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人生の目的は苦労を楽しむこと

 この記事でオレンジャーは「わざわざ不便な肉体を持ってこの世に存在している理由は楽しみたいからだ」と語っています。
しかし、また、「この世は肉体という大リーグ養成ギブスをつけて魂を磨く場なのだ」とも言っていて、「楽しむ」ことが、楽をして遊ぶことを意味している訳ではありません。
(註: 関連記事が「自由人の カルマ・ヨガ ノート」さんにありますのでどうぞ。肉体という養成ギブス
 実は、日月神示もオレンジャーと同様のことを述べています。
苦(試練)に負けず苦を楽しみ、苦に満ちたこの世で天国に住める者が、あの世でも天国に住めるのだと訓えています。
私も歳をとって少しはこの境地に近付けているのかな、と最近思うこともあります。

親と子であるから、臣民は可愛いから旅の苦をさしてあ るのに、苦に負けてよくもここまでおちぶれて仕まうたな
(ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第2帖)

苦しむと曲るぞ、楽しむと伸びるぞ、此方苦しむこと嫌ひぢゃ、苦を楽しみて下されよ
(ひふみ神示 第廿巻 ウメの巻 第27帖)

身も心も嬉し嬉しなるのがまことの神ぢゃ。ものの嬉しさだけではゼロぢゃ。たまの嬉しさだけでもゼロぢゃ。よく心得なされよ。
死後のみ説く宗教はゼロの宗教ぢゃ。迷ふでないぞ。
この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ないのぢゃと申してあらう。

(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第21帖)


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 肉体という乗り物     2013-01-28
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11458483288.html

  俺はオレンジャー!
今日は肉体について少し伝えよう。
肉体は魂の乗物で、古のエジプト人達は Kar(カー)と呼んだ。
因みに、今の車の Car の語源もここにある。

 人間は死んだら魂という存在になり、全ての制約条件から解き放たれることになる。
そこで自分という存在が完璧で全ては一つであることを思い出す(註: 霊格による)のだが、肉体を持っている段階でそれを感じたいと思っても中々出来ない。
 チベットの修行僧のように厳しい修行をすることで、その意識を持つことは可能だ。
人によってはその状態を「悟りを開く」と表現している。
では何故、わざわざ不便な肉体を持ってこの世に存在しているのか?
答えは至って単純。「楽しみたいから」だ。

全てが完璧で何もかも思い通りになるというのは、実は何も刺激や学びがなく、この上なく退屈だ。

 想像して欲しい。
ロールプレイングゲームで、全てのアイテムが揃って完全無敵になった状態を。
その状態でゲームをやっても詰らないだろう。人生ゲームも同じだ。
 最初はゼロの状態からスタートして、様々な出来事を通じて、感情を動かしながら学び、成長する。
言わばこの世は肉体という大リーグ養成ギブスをつけて魂を磨く場なのだ。

 宇宙の存在達は、そうしたステージは大分前に卒業してしまっている。なので、今では肉体を持たず意識体として存在している場合が多い。
只、意識体から振動数を落すことによって、三次元的な肉体を持つことも出来る。
この上なく不便だが、逆にその不便さを楽しんでいたりもする。

 そんなお気楽宇宙人が地球上に沢山存在していることを是非知っていて欲しい。
何れ(いずれ)ここでその見分け方をお伝えしよう。

 じゃ、また。


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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