スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「美しき緑の星」の紹介文

 今、ネットで話題の映画「美しき緑の星」の紹介文を、ブログ「自由人の カルマ・ヨガ ノート」の光奈広大(みつな・こうだい)さんが書いて下さったので転載させて頂きます。
 実は、私は映画そのものは見ていないのですが(サイズが大き過ぎ)、この紹介文だけで充分以上に満足してしまいました。
何時ものことながら、この方の文章力は見事で、スピ界随一かも知れません。未だ見ておられない方はどうぞ。


自由人の カルマ・ヨガ ノート
 美しき星の、ああ無情       2015.05.15   
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-404.html#cm

 スピリチュアル分野の周辺で俄に注目される映画ってありますよね。
数年前だと、世界を操る影の支配システムを暴露するドキュメンタリー『スライブ』や、「真の自分の探求」を神話の冒険物語になぞらえた『ファインディング・ジョー』などがそうだ。
で、最近特によく話題に上がっているのが――、1996年作のフランスのコメディー映画『美しき緑の星』だろう。

 僕自身も、ここのコメント欄で教えて貰ったのを始め、スピリチュアル関連のブログやフェイスブックなどでちょくちょく紹介されているのを目にして、とても興味を持って動画サイトにあるものを見てみたのだけど――、
うまく作られた面白い内容だし、20年近くも前にこんな「ど真ん中ストレート」なテーマをよく描いたものだなと感心してしまう…。

 この物語の主人公は、地球から離れた小さな惑星に暮す異星人だ。
彼らは、産業化された文明や貨幣経済を既に何千年も前に卒業し、今では豊かな自然と調和しながら、皆で収穫物などを分ち合いながら幸せに暮している。

 有名な『神との対話』の本の3巻目に、地球外にいる「高度に進化した存在(HEB)」という話が出て来るけど、まさにそのような人々だ。
ファンタジー物語『アミ 小さな宇宙人』に登場する「オフィル星」にも似ている。その主人公のアミは「宇宙の基本法とは『愛』であり、地球はまだまだ未開の星だ」と語っているけど――、「美しき緑の星」の映画も、まさしくそのような図式である。

 だから、アミの物語が好きという人は、きっとこの映画も気に入ると思いますね。

                        ◇

 折角だから映画の粗筋を説明すると――
その小さな惑星に暮す人々が、山の上で集会を開いているところから話が始まる。

集会では、他の惑星への派遣について話し合われる。
司会の長老が「ナボ星に行きたい人!」と呼び掛けると、大勢が一斉に手を挙げる。
「クリスト星への希望者は!」と言うと、これもまた沢山の人達が我先にと名乗りを上げる。
 ところが、「では、地球へ行きたい人は」と尋ねると、皆が急に俯いてシーンとなってしまう。

 ある者は思わず口にする。「ほっときましょう」。
長老は困って言う。「しかし、もう200年間も無派遣だよ」。
すると別の者が諦めるように、「無駄さ。他の星ならまだしも、地球は論外だ」とこぼす。
集まった人々はそれに賛同する。「全くだよ。圧政、不平等、差別、独占、飢餓。酷いところさ。しかも貨幣経済だし」――

 そんな行詰った雰囲気の中、ミラという一人の女性が手を挙げる。「あの、私行っても良いわよ!」

                          ◇

 「高度に進化した宇宙人が、遅れた地球にやって来る」という設定は、「アミ」がまさしくそうだし、トミー・リー・ジョーンズが演じる缶コーヒーのCMだってそうだし、SFの最早定番と言って良いだろう。

 でも、そんなお決まりパターンでありながらも、この「美しき緑の星」が他にない異彩を放っている理由が――
地球にやって来たミラが、様々な人々のいわゆる「意識の目覚め」を誘引して行く、という展開にある。

 これは映画のかなり「要点」になってしまうけれど…、でも要点を知ってから見ても魅力が損なわれることはないだろうから、ちょっと踏込んで紹介しますね(余計な情報は要らないという人は、読み飛して下さい…)。

 地球についての情報不足なままパリの中心街に降り立った異星人のミラは、何か疑問を抱く度に、目の前にいる忙しそうな人達を呼び止めては質問をする――
 「ここは何という街ですか?」「この四角い紙がお金というものですか?」「きれいな水は何処で飲めますか?」…

 尋ねられた人達は皆、「あんたは病気か」「付合ってられん」と、怒りながら立去ってしまう。
ところが、そうしてミラに接した人は、暫らくすると、はたと何か大切なことに気付く。自分がそれまで当り前と思っていたことが全く違って見えたり、その辺の街路樹の美しさに魅了されてしまったりと…。

 さらにミラは、頭の固い役人などに追詰められてピンチに陥った時、「切断」と呼ばれる裏技を繰出す。
これに掛ると、人間は突然雷に打たれたようになり、世の常識、社会システム、思考活動などから一切切離されてしまう。
 そして、完全にありのままの「素の自分」になってしまう…。

 中世の聖者のフランチェスコを描いた『ブラザー・サン シスター・ムーン』という映画で、豪商の家に育った青年のフランチェスコが或る時突然、この世界の全てが神の愛に満されていることを悟り、至福に包まれて恍惚となるシーンがあるのだけど――、丁度そのような感じ。

 「切断」された人の中には、街行く人々や、木や地面に向って、ただただ「ありがとう、ごめんなさい」と唱え始める人もいる。
これ、20年前の映画ですよ…。

 人々の「意識の目覚め」という、ある意味でスピリチュアルの最も中心的なテーマに、これほど真っ直ぐに切り込みながらも、作風そのものはハチャメチャなコメディーである。
この点は、冒頭に挙げた大真面目な『スライブ』や『ファインディング・ジョー』とはかなり異なる。
 そして終りに近付くほど、羽目を外すようにハチャメチャの度合いが増して行き、やがて人によっては、「こんな下らない低級コメディーなんか見てられない」という感じになって行く…。

 でも実は、この映画のメッセージ性があまりにも濃くて本質的であるために、ちょっとでも引いてしまう人を篩い落そうという意図で、わざとこのような作りになっているのでは――、なんて風にも勘ぐってしまう。
 その「隠された意図」の通りと言うべきか…、映画が作られた当時は、ほぼ全ての人に見向きもされないまま、お蔵入りになってしまった。

                          ◇

 僕がこの映画でとくに面白く感じたのは、冒頭の集会シーンでの台詞だ。
地球に200年前に派遣されたことがある男が(この星の人は物凄く長寿なのだ)、自らが目にした当時の地球の状況をこんな風に振返っている――

 「パリという街に革命が起って、共和制に移行したんだ。でも、直ぐにおかしくなって、皇帝が即位した。戦争で多くの人が死んだよ。皇帝の命令でそうなったんだ。本当にどんどん酷くなって行ったね。それでもう仕方なく、逃げて帰って来たという訳さ」

 この200年前のパリというのは、『レ・ミゼラブル』の舞台として描かれている時代である。
まさに政治も、社会も、人々の心も、どうしようもなく荒んでしまっていた…。

 でも、異星人が逃げて帰るほどの悲劇的状況にあった中でも――
レ・ミゼラブルの主人公ジャン・バルジャンが修道院から銀食器を盗み出して捕えられた時に、「その食器は私がこの人に差上げたものです」と庇ってくれる司教がいた、というそんな時代でもある。
 そしてジャン・バルジャンは、受けた愛に応えるため、他者を救うために果敢に生き続け、更には自分を追詰めようとする宿敵のジャベール警部の命をも救う――

 救いようのないほど荒んだ時代でも、「無償の愛」や「希望」が人から人へと細々と受継がれ(更には後にもっと悲惨な戦争を幾度も経験しながら)、何とかここまで至ったことを考えると――、人類の歩みも決して捨てたものではないと思える。
 そして今、こうした「美しき緑の星」という映画がシェアされることも、一つの時代の進展かなと思います。

 映画を作ったコリーヌ・セロー監督のインタビューがネット上にあったので、以下に引用します。

 「世の中の仕組みを根底から問い直すクレイジーな映画を撮ってみたいと思いました。
そして長い時間をかけて考証を行なったのです。アイデアを書留めたノートが何冊にもなりました。
 完成した台本を見た人達の反応は実に様々でした。プロデューサーは『本当にこの映画を撮る心算なのか?』と言うので、私は熱を込めて『もちろん』と答えました。

 かくして映画は封切られたのですが、完全な失敗でした…。誰も興味を示さなかったのです。客が入らず、批評家からは酷評されました。業界にとって、この作品は理解不能なUFOだったといえます。
 しかし、この映画は死にませんでした。逆境にも拘らず『美しき緑の星』は生残り、生物のように成長し、人々の話題となったのです。この映画が必要とされているからでした。一緒に映画を見て語り合うサイトが、幾つもネット上に見られるようになりました。
 私は早すぎたのでしょうか? この映画のように、価値観を根底から問い直すことで世の中を変えることが必要な、ぎりぎりのところにいま私達は来ているのかも知れません」

                      ◇

 結びのヒーリング・ミュージックは、Painted Water「Ilana’s Mansion」。



関連記事

テーマ : アセンション(次元上昇)
ジャンル :

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。