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未来予知とパラレルワールド

 この記事でオレンジャーは、「パラレルワールド=仮想の世界」と捉えているものと思われます。何故なら、他の記事で「過去も未来もあなたの思考が生み出すただの幻想にすぎない」と言っているからです。
 5/6 追記: 本来のパラレルワールド(並行世界)は同じ時空に並存する異次元界です。
そこに於ける過去と未来はアカシックレコードです。過去は確定、未来は不確実性を残します。これが、最も合理的な霊学的解釈です。
 
 もし、このパラレルワールドを三次元の実在世界と捉えると、どうしても「電子殻同士の反発から存在しうる筈がない」という難題にぶち当ります。(霊界でも波動が同じなら硬く感じられ、重ならないそうです)
ですから、このパラレルワールドとは囲碁のコンピューターシミュレーションのような、可能性とか選択肢のことだと考えないと、この世界が途轍もなく複雑怪奇なものになってしまいます。
 考えても見て下さい。囲碁の石一つ動かすのにも複数の選択肢があり、それぞれの選択肢にまた複数の選択肢が生じます。かくして、一つの対局だけでも厖大なケースが発生しうるのです。
仮にパラレルワールドが存在するならば、現実には負けた対局でも、別のパラレルワールドでは勝っているなどということも起りえます。(但し、実証は不可能)
 そういう状況が全宇宙的な規模で一瞬一瞬起るのです。
宇宙の始まりからのその数は計数不可能で、その全てが三次元の並行世界として存在し、今も爆発的に増え続けていることになります。とても、数千万程度の並行世界では足りません。

 ただ、ここで一つ引っ掛かるのが、霊界では想念が即現実になるということです。
霊界でも「想念の世界」とは別に「仮想の世界」が存在しうるのかどうかは、私には良く判りません。
そもそも、霊界に於ける現実とは何なのかが問題です。
まあ、これはあの世に行ってからの宿題としておきます。少なくとも、この世でパラレルワールドのことを考えることは無意味です。(関連する過去記事は「パラレルワールドという嘘 一厘の仕組」及び「オレンジャー」で検索可能)

 
宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 未来を予知するということ       2013-03-07 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11484532272.html

 俺はオレンジャー!
今日は、未来を予知するということについて話をしよう!
よく、予知能力を持った人が、予言をしてその予言が当った、外れたということで一喜一憂している人がいる。
予知は基本的には誰にでも可能なのだが、その難易度はとても高い。

 何故か?
それは、予知には必ず揺らぎの要素が含まれているからだ。
予言者が見ている未来は、確実に存在している。
但し、それは沢山ある選択肢=スライド(多数の映像)の一つであって、その通りになるかどうかまでは良く判らないのだ。
 これは、君達の世界に時間という概念が存在していることに由来する。
時間がなければ、過去も未来も現在も区別がなく、全ては、当に今、同時に認識することが出来る。

 でも時間という概念があるから、結果として因果関係が生れ、そこに揺らぎが生じるのだ。
予知能力者の中には嘘をついている人もいるが、かなり本当のことを言っている人もいる。
それはあるスライドに焦点を合せた発言なのだ。

 ただ、同時にパラレルワールドのように沢山の並行した世界が存在していて、その何処に意識があって、実現化するかは当に宝籤に当るかどうかのような確率論に過ぎない。
予言者として沢山の世界の存在まで知っている人は決して確定的な表現はしない。
そのゆらぎの可能性を分っているからだ。

 一方で、未来はこうだと断定的に表現する人は、未だ複数のスライドを見ることが出来るレベルにいないため、そのような表現になる。
これは当るかも知れないし、当らないかも知れない。

 大切なことは、色々な可能性の未来のスライドが用意されているので、自分が希望する未来を自ら選択すること。
巷で言われている「引寄せの法則」は、当にこの概念をエゴ的に応用したものだ。

 未来予知は出来る。でも予知出来る未来の数は膨大だということを是非知って置いて欲しい。
どの未来になるのかを考えるよりも、自分の理想とする未来を是非引寄せて欲しい!

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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