スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ナザレのイエス イザヤ(6)

ヴィセント ギリェム 「魂の法則」 小坂 真理 訳
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf
〔抜粋〕

・ イエスの地上での使命

ギリェム: (3)教会や司祭が地上での神の仲介者である、という信仰は正しくない、とも言われましたね。

イザヤ: そうだ。

ギリェム: 何を根拠にそう言われるのですか?

イザヤ: イエスと当時の司祭層との関係を正しく読み取るのなら、イエスには司祭という身分を創る意図も、カトリック教会が創ったような階層制度を設ける意志も絶対になかったという結論に至る。
カトリックのヒエラルキーは、その時代のユダヤ教会をかなり忠実に模倣したものだ。
 イエスは、一人ひとりが神と繋がっていると教え、司祭を介してのみ神と交信出来るという誤った考えを覆しに来たのだ。
実際、イエスは、公の説教のかなりの部分で、ユダヤ聖職者達に応酬している。
イエスのやることの全てが彼らを逆撫ですることだったので、聖職者達はイエスを手強い競争相手だと看做したのだが、それは誤りではなかった。イエスは、次のメッセージを形を変えて何度となく繰返したからだ。
 「聞きなさい。彼らは神の仲介者などではない。何故なら、適切な霊的援助を差伸べることよりも、君達を犠牲にして経済力を失わないことの方に一生懸命だ。
馬鹿げた法律で君達を混乱させてしまったが、そんなものは必要ない。天の国に入るために唯一必要とされることは、愛することだ」
このメッセージが聖職者階層の目に留まり、人々が覚醒してしまえば自分の仕事がなくなってしまうと考えて、イエスを殺してしまったのだ。

ギリェム: カトリック教会は、何故それほどユダヤ教に似てしまったのでしょう。

イザヤ: 最初はそうではなかった。何故なら、キリスト教徒は、初めはユダヤ人、後にはローマ人から絶えず迫害され、常に身が危険に曝されていたので、イエスの愛の教えの信奉者となるには、大変な覚悟が必要だったからだ。
 しかし権力者達は、私益に有害な思想の支持者を抹殺しようとしたにも関わらず、信徒が増え続けるのを見て、「敵をやっつけられないのなら、逆に取込んでしまえ」という戦略に切り替えたのだ。
 全ローマ帝国をキリスト教に改宗すると布告したコンスタンティヌス皇帝以後は、多くの者が信仰によってではなく、権力によってキリスト教徒にさせられた。
そして、大半が強いられたものであったために、全てを台なしにした。
隣人愛は、そこでお終いになったのだ。
 それ以前の宗教の高位神官と信者達は鞍替えをし、何の霊的改変もないままキリスト教に移り、重要な職に就き始めるようになった。
宗教の元最高神官が、キリスト教の一信者で我慢するなどとは、君達でも思わないだろう。
 彼らは、権力の持分を維持したかったのだ。そこで、神官の帽子を、教会の司教の帽子に変えたのだ。いや、実は帽子でさえも変えはしなかった。法王と司教の被るミトラでさえ、別の宗教に由来しているのだ。
ミトラと呼ばれるのは、ローマ人が崇めていた神々の一つ、ミトラ神への古代信仰の神官達が被っていた物だからだ。
 キリスト教にはそれ以前の宗教儀式が沢山取り入れられ、元来の隣人愛のメッセージは、それに反する概念で侵されてしまった。
カトリック教会とは、このようにして生れたのだ。
 神と富とに兼ね仕えることは出来ない、とイエスは言ったが、カトリック教会は二千余年も前のユダヤ教会のように、ほぼ最初からお金の方に加勢したのだ。

ギリェム: でしたら、法王の絶対的権威と地上における神の代表という...

イザヤ: 勿論全て嘘だ。法王も普通の人間と同じように間違えることがある。法王と霊界との繋がりは、他の人のものと比べて何も特別なものではない。
高次の霊性との繋がりは、無条件の愛を努力することによって段々と強くなるもので、どれほど立派な肩書きを授けられようと、それで繋がりが深まる訳ではない。

ギリェム: では、どこからそんな考えになったのですか?

イザヤ: 前に言ったとおり、教会の首長自身がそう言っている。通常それは、権力や富への野望に唆かされた行為を、誰にも見破られないように正当化するための手段なのだ。
 救済には彼らが不可欠だ、と人々に確信させることが出来れば、教区民を犠牲にして、誰にも咎められずに暮せる筈だからだ。
「神の任命した者達」に従わなければ「永遠の罰」だぞ、と言って何時でも脅すことが出来た。それは「神の代理人」の命令に従わないのであれば、という意味で、つまり、彼ら自身のことを指していたのだ。


関連記事

テーマ : 歴史&スピリチュアル・ミステリー
ジャンル :

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。