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日本人の心

 ある、オカルト否定派のお父さんが書いているというサイトに、ちょっと良い話がありましたので転載させて頂きます。日本人なら良く解る話だと思います。(文章は不自然な所を多少添削しました)
因みに私もオカルト否定派です。オカルトと霊学では、週刊誌と人類最高の叡智というほどの違いがあります。科学は只の知識(道具)に過ぎません。


「知人から聞いた話」 (いわゆる、知り合いの友人から聞いた話)
停車場      2015-02-22(Sun)
http://longbow5377.blog.fc2.com/blog-entry-71.html

外国人が見た明治の日本
 この記事は明治二十六年六月七日(1893年)、強盗及び警官殺害の凶悪犯が上熊本の停車場(駅)に護送されて来た時のことについて書かれたものです。

 汽車は、下駄を履いた乗客達の慌てた急ぎ足やカラコロという音が響き、また新聞やラムネなど飲物を売る少年達の呼び声などで、何時ものように慌しく、また騒々しい光景の中で停車した。
 改札口の外で、私達(筆者ら)は五分近くも待っていた。
その時、警部が改札口の扉を押し開けて出て来て犯人が現れた。
大柄の粗野な感じの男で、顔は俯き加減にしており、両の手は背中で縛られている。
犯人と護送の巡査は二人共改札口の前で、立止った。
すると、詰め掛けている人達が一目見ようと黙って前の方に押寄せた。

 そのとき、警部が叫んだ。
「杉原さん! 杉原おきびさん! いませんか?」
「はい!」と声がすると、私の近くに立っていた子供を背負った細身の小柄な婦人が人混みを掻き分けて進み出た。
この人は殺された巡査の妻で、背負っているのが息子である。
 警部がその手を前後に振って追払う仕草をすると、群衆は後ずさりに下がった。
そうして、犯人と護衛の警官のためのスペースが出来た。
この空間で子供を背負った未亡人と殺人者とが向合って立つことになった。
辺りは静まり返っている。

 そして、警部がこの未亡人にではなく、子供に話しかけた。
低い声だが、はっきりと喋ったので、一言一言が明瞭に聞取れた。
「坊や、この男が四年前にあんたのお父さんを殺したんだよ。
あんたは未だ生まれちゃいなくて、おっ母さんのお腹の中にいたんだからなぁ。
 あんたを可愛がってくれる筈のお父さんがいないのは、この男の仕業だよ。見てご覧。
ここで警部は犯人の顎に手をやり、しっかりと彼の目を向けるようにした。
「坊や。よく見てご覧、こいつを! 怖がらなくて良いから。
辛いだろうが、そうしなくちゃいけない。あの男を見るんだ!」
 母親の肩越しに、坊やは怖がってでもいるかのように、眼を見開いて見つめる。
そして、今度はしゃくり泣き始め、涙が溢れて来る。
それからまた、坊やは、しっかりと、言われたように男をじっと見つめている。
真直ぐにその卑屈な顔をずっと覗き込んでいた。

 周りの人達も息を呑んだようである。
犯人の表情が歪むのが見えた。後ろ手に縛られているにも拘わらず、彼は膝から崩れ落ち、顔を土埃の中に打ち着けて、人の心を震わせるような、自責の念に駆られたしゃがれ声で暫らく嗚咽していた。
「済まない! 許してくれ! 坊や、堪忍しておくれ!
憎んでいたからじゃねぇんだ。怖かったばかりに、ただ逃げようと思ってやっちまったんだ。俺が何もかも悪いんだ。
あんたに、全く取返しの付かない、悪いことをしちまった!
罪を償わなくちゃならねぇ。死にてぇだ。そう喜んで死にますとも!
ですから、坊や、お情けと思って、俺を許しておくんなせぇ!」
 男の子は静かにまだしゃくり泣いている。
警部は肩を震わせている犯人の男を引起した。
黙りこくったままだった人々は、左右に分れて道を空けた。
するとその時、全く突然に、群衆が皆啜り泣き始めたのである。
 銅像のような表情をした護送の警官が側を通り過ぎる時、私は、それから多分、殆んどの人もかつて見たことのない、そして恐らく再び見ることもないであろう日本の警官の涙を目撃したのである。

 外国人である著者は、この一件に、犯罪の意味を犯罪者に悟らせると言う本来の温情ある裁きがあると感じ、また当時の日本人を、「この人達(日本の庶民)は、人生の困難さや人間の弱さを純朴に、また身に沁みて経験しているので、犯人に対する激しい怒りではなく、罪についての大きな悲しみだけで胸塞がれ、後悔の念と恥を知ることで満足しており、またあらゆることに感動し、何もかも分っているのであった」と記している。

 良く出来た話だと思う人もいるかも知れないが、ラフカディオハーン(小泉八雲)が見た事を書いた実話である。


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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