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笹目秀和仙人

 道院の笹目秀和老師(通称 仙人)、この様々な伝説に包まれた人物と私は二度お会いしたことがあります。
東京で環境計量士の仕事をしていた頃、『モンゴル神仙邂逅記』(徳間書店)という本を読んで、偶々場所が東京近郊だったため訪ねてみたのです。

 御会いした印象はどうということは無かったのですが、成行きで求修を申し込みました。(その時、老師は何故かちょっと意外という顔をされました。私に霊的な何かを感じ取られていたのでしょうか?)何を話したかは憶えていません。
 それから1ヶ月ほど経って、当時、下宿していた世田谷のアパート宛に秀和仙人直筆の手紙が届きました。
その中にフーチで私に与えられた道名が「岳須(がくす)」であることを報せる書類があり、余白に秀和仙人直筆の書込みがありました。
それによると、
 「岳は人に抜きん出ることで一方の旗頭となる意、須はスベカラクと約し得て、修道よろしきを得れば、総てのことが人に抜きん出て事を運び得るとの御神意かと拝察されます」
 だそうです。
「岳○」という道名は他にもあるようですが、スベカラクなどというのは珍しかったかも知れません。
まあ、道院の修道(もしかして魔法?)は殆んどしなかったので世間的には大した者になりませんでしたが。ポテンシャルはあったのでしょうか。
 また、別紙2枚の便箋に、
「・・・この世を去る時には主神在住の妙山に居を賜る名前であるとまで申されますので、その名に恥ずることなく一切のカルマを去って妙山復帰が出来ますよう祈ります」
 とあり、「開設記念日(八月廿日)にはフーチもありますから御来山を期待して居ります」と書き添えられていました。
しかし、これだけ期待されていながら、私は何となく道院と波長が合わず、自然に離れて行きました。
 後に、日月神示によって、その理由を知ることになります。

仙人と申すものは如何に高度なものであっても、それは幽界に属す、
仙人界には戒律があるからぞ、神界には戒律なし、
しかし神界にも仙人的存在はあるぞ。

(五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第7帖)

 先日、多磨主院がその後どうなったか、ネットで調べてみましたが、結局よく分りませんでした。
ただ、以下の情報が少し、興味を惹きました。
どうやら、昭和の道院は笹川良一氏や安岡正篤師を通じ、日本の支配層にも影響を及ぼしていたようです。
その系譜には、ベン・フルフォード情報に出て来る内田良平の黒龍会改め白龍会、また老荘思想や合気道も垣間見えます。
http://heartland.geocities.jp/gypsyheart_1963/sinnsennnohito/sinnsennnohito6.html

出口王仁三郎 道名 尋仁 
出口日出麿 道名 運霊

 「昭和四十年代には、日本のドン笹川良一氏が(日本紅卍字会の)統掌(とうしょう)を務めている。(秀和仙人は多磨主院の統掌)
安岡正篤師(道名 誠恪)や白光真宏会の五井昌久師、また合気道開祖の植芝盛平師、昭和の棋聖呉清源、中矢伸一氏の著書がある謎の巨人堀川辰吉郎(明治天皇の隠し子で中丸 薫の父親?)など錚々たる面々が会員になっていた。 (一部、Wikipedia 世界紅卍字会 より)
 詳しくは知らないが、笹川良一氏の死後、その跡を継いで、深見東州師が「道院・紅卍字会」を援助しているらしい。実際、深見師のプロフィールに、日本紅卍字会副会長と書かれている」

     写真からだけでも凄まじい気を感じる
     合気道開祖の植芝盛平師(出口王仁三郎に師事)
      植芝盛平
    画像転載元:
   (http://www.onitama.net/modules/ot/index.php?content_id=39


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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