スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私が生れた年について

 私が生れた昭和十八年という年について、大本の出口王仁三郎はこんなことを書遺しています。

 「御経綸三千年に満ちぬるは、明治の24年なりけり(翌25年、出口ナオに艮の金神が憑かり初発の神示)
昭和歴十八年の元旦は五十年準備の満てる日にぞある
五十年の地の準備神業を終え十八年は第一年となれり
三千年と五十年にて切り替えの準備は全くできあがりけり
昭和十八年未の年より三千年のいよいよ仕組みの幕はあがれり」
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-219.html

 更に、これに関連して日月神示には次の言葉があります。

未の三月三日、五月五日は結構な日ぞ
(ひふみ神示 第二十九巻 磐戸の巻 第十六帖)

 つまり、私が生れた昭和十八年未年の五月五日は結構な日だったのです。
しかし、この後、王仁三郎がいう「次の三千年の仕組の幕」はなかなか上りませんでした。
(私が岐阜で津田さんから聞いた話では「大本の仕組を止めてある」ということでした)
代りに昭和19年6月10日から、岡本天明へ降されたのが、国常立大神の「日月神示」です。(或いは、それが「次の仕組の幕」だったのかも知れません)

 昭和23年1月19日、出口王仁三郎は、
「いま、大本にあらわれし、変性女子(へんじょうにょし、自分のこと)はニセモノじゃ。・・・
美濃か尾張の国の中、まことの女子が知れたなら、もう大本も駄目だろう。・・・」
 という自虐的な遺書を残してこの世を去りました。

 そして昭和61年(1986年)、ハレー彗星と共に美濃(今の岐阜県の一部)に津田さんを生宮として降臨した国常さんの許に、密かに呼び集められた身魂の中に昭和十八年未年五月五日生れの私もいたのです。
しかし、あれから29年、大本の仕組(雛型経綸)は依然として発動しなかったように見えます。そして、今年2015年、誰かがその起爆スイッチを入れるのでしょうか。
 そう言えば、今年も未年です。


関連記事

テーマ : ふと感じること
ジャンル :

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。