スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旧九月八日からの大祓ひ祝詞

富士は晴れたり日本晴れ、いよいよ岩戸開けるぞ。 
旧九月八日から大祓ひのりとに天津祝詞の太のりと「一二三(ひふみ)のりとコト」入れてのれよ。忘れずにのれよ。
その日からいよいよ神は神、けものはけものとなるぞ。
(ひふみ神示 第十巻 水の巻 第9帖)


 上の神示を実行するためには「大祓ひ祝詞」「天津祝詞の太のりと」が判らなくてはなりません。
先ず、「大祓ひ祝詞」ですが、これに該当する祝詞は二種類あります。
1.日本神道古来の「中臣の祓え」
2.大本の「神事(かみごと)」
 このどちらにも中ほどに「あまつのりとのふとのりとごとをのれ」という一句があり、上記神示と符合します。
しかし、現在の「中臣の祓え」には下記神示が指摘するように、「あなはち(あはなち?)」や「しきまき」が抜け落ちており、一方、大本の「神事」にはそれらの言葉があることから後者を採用することと致します。

今度の世界中の戦は世界の借銭なしぞ、世界の大祓ひぞ
神主お祓ひの祝詞(のりと)あげても何にもならんぞ、
お祓ひ祝詞は宣(の)るのぞ、今の神主 宣(の)ってないぞ、口先ばかりぞ、
祝詞も抜けてゐるぞ。あなはち(あはなち?)、しきまきや、くにつ罪、みな抜けて読んでゐるではないか、
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第8帖)


 次に天津祝詞の太のりと「一二三(ひふみ)のりとコト」ですが、これについての説明は日月神示を含めて何処にもありません。いわば、謎の一句です。
よって、僭越ながら、以下は私の判断です。手懸かりは冒頭の神示と同じく「水の巻第2帖」にある次の神示です。

ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと)であるぞ。
たかあまはらに、かむつまります、かむろぎ、かむろみのみこともちて、すめみおや かむいざなぎのみこと、つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに、みそぎはらひたまふときに、なりませる、はらえとのおほかみたち、もろもろのまがことつみけがれを、はらえたまへ きよめたまへと まおすことのよしを、あまつかみ、くにつかみ、やほよろづのかみたちともに、あめのふちこまの、みみふりたてて きこしめせと、かしこみかしこみもまおす。
あめのひつくのかみ、まもりたまへ さちはへたまへ、あめのひつくのかみ、やさかましませ、いやさかましませ、一二三四五六七八九十(ヒトフタミヨイツムユナナヤココノタリ)。
(ひふみ神示 第十巻 水の巻 第2帖)


 ここで注意して頂きたいのは「たかあまはらに、」から「かしこみかしこみもまおす。」までは「天津祝詞」として知られているものですが、何の説明もなく、その後、他にはない「あめのひつくのかみ、…」と「一二三四五…」が続いていることです。
私は、これこそ『天津祝詞の太のりと「一二三(ひふみ)のりとコト」』ではないか、と直感しました。
これを土台に、更に以下の三点を改めました。

1.「天のひつくの神」を「大ひつきくに大神」に読み替える。
その根拠は下の神示です。

日の神ばかりでは世は持ちては行かれんなり月の神ばかりでもならず、そこで月の神、日の神が御一体となりなされて「ミロク」様となりなされるなり、日月の神と現はれなさるなり。「みろく」様が日月の大神様なり、
千(チ)の御先祖様九二の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現はれなさるなり、旧九月八日からは大日月の大神様とおろがみまつれよ。
(ひふみ神示 第廿二巻 アホバの巻 第17帖)


 この大日月の大神様とは下の神示のように、【○の中に十】の記号が入っており、大日月地(おほひつきくに)大神様とお読みするのが妥当と思われます。(日月と大日月の違い)

神々の数は限りないのであるが、一柱づつ御名を称(タタ)へてゐては限りないぞ。
大日月【○の中に十】(ヒツキ)の大神と称へまつれ。総ての神々様を称へまつることであるぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第58帖)


 太日月地大神という御神名は下の神示に出て来ます。(太も大も原文では同じ「オー」の記号と思われます。ひふみ神示 補巻 月光の巻 第19帖 や、第十六巻 アレの巻 の中に、♀から横棒を除いたようなその記号が見えます)

霊の発動をとめて、静かにする法は
「国常立大神 守り給へ幸(さき)はへ給へ」と三回くり返すこと。
又「素盞鳴大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返すこと、
又は「太日月地大神 守り給へ幸はへ給へ」と三回くり返すこと。
(五十黙示録 第四巻 第19帖)


2.「一二三四五…」を「〇一二三四五…」と改める。
これについては、私のブログ記事No.28「岩戸開き」(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-29.html)を参照下さい。
冒頭の神示と下の神示が対応しています。

12345678の世が12345678910の世となりて、012345678910 の世となるのぢゃ。
012345678910 がマコト(〇九十)と申してあろうがな。
裏表で二十二ぢゃ。
二二(ふじ)は晴れたり日本晴れぞ。判りたか。
(五十黙示録 第六巻 至恩之巻 第15帖)


3.「大本の神事」の最後、
「…祓ひたまへ清めたまへとまをすことをきこしめせと かしこみかしこみもまをす」
を、
「…祓ひ給ひ清め給ふことを、よしはらへ、あしはらへ給ひて弥栄の御代とこそ幸はへ給へ幸はへ給へ。
○一二三四五六七八九十百千万歳万歳。

(五十黙示録 補巻 紫金之巻 第一帖)
に差し替える。
これは、「紫金之巻 第一帖」の内容が、「大本の神事」と略同一(簡略形)であることから、後者の「結び」を採用したものです。
岩戸開きを目前に控えた大祓ひ祝詞の結びは、「…をきこしめせと かしこみかしこみもまをす」ではなく、「弥栄の御代とこそ幸はへ給へ幸はへ給へ。○一二三四五六七八九十百千万歳万歳」が相応しい、との判断からです。

 以上の判断がもし正しかったのであれば、それは私の力ではなく、見えない世界からの誘導の賜物であると思います。
10月22日の東北は、午前中(所によっては終日)、今秋一番の雲一つない見事な秋晴れに恵まれました。
この日、私は午前10時20分から神示のとおり「大祓ひ祝詞」に天津祝詞の太のりと「一二三(ひふみ)のりとコト」を入れて宣り、同30分から引き続いて「誓の言葉」を述べるための礼拝に入り、次元上昇のお手伝いを大神様にお誓い申し上げました。
神事は同35分には滞りなく終了し、目立った変化と言えば同43分に岩手県沖を震源としてM4.7の地震が起り、軽く揺れただけでした。
あるスピリチュアル系の情報に基けば、この日、この時間に全世界で14万4,000人の方々が次元上昇を決断された筈です。
この情報を伝えたチャネラーのソースは邪神の可能性もありますが、10月8日のそのメッセージに限って言えば、国常立の霊団が介入したものと思われます。
この後、どのような推移で12月21日~23日の次元上昇を迎えるか予断を許しませんが、悪神や人民の改心により、案外、型の型くらいで済む可能性もあります。

神示で知らしただけで得心して改心出来れば大難は小難となるのぢゃ、
やらねばならん、戦は碁、将棋、位の戦ですむのぢゃ、
人民の心次第、行ひ次第で空まで変ると申してあろがな、
(ひふみ神示 第廿二巻 アホバの巻 第16帖)


聞かせてきくならば、実地はカタのカタ位ですむなれど。
(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第31帖)



旧九月八日からの大祓ひ祝詞

三拝八拍手
 たかあまはらにかみつまります 
もとつみおやすめおほかみのみこともちて やほよろづのかみたちをかむつどへにつどへたまひ かむはかりにはかりたまひて いづのおほかみ みづのおほかみは とよあしはらのみづほのくにを やすくにとたひらけくしろしめさむとあまくだりたまひき 
 かくあまくだりたまひしよものくぬち(国中)にあらぶるかみたちをば かむと(神問)はしにとはしたまひ かむはら(神掃)ひにはらひたまひて こととひし いはね(磐根)きね(樹根)たちくさ(立草)のかきは(片葉)をもことやめて あめのいはくらはなち あめのやへくもをいづのちわき(千別)にちわきてあまくだりたまひき
 かくあまくだりたまひしよものくになかを やすくにとさだめまつりて しもついはねに みやはしらふとしきたて たかあまはらにちぎ(千木)たかしりて すめおほかみのみづのみあらかつかへまつりて あめのみかげひのみかげとかくりまして やすくにとたひらけくしろしめさむくぬち(国中)になりいでむあめのますひとらがあやまちをかしけむくさぐさのつみごとは 
あまつつみとは あはなち みぞうめ ひはなち しきまき くしさし いけはぎ さかはぎ くそへ ここたくのつみを あまつつみとのりわけて
くにつつみとは いきはだだち しにはだだち しらひとこくみ おのがははをかせるつみ おのがこをかせるつみ ははとことをかせるつみ ことははとをかせるつみ けものをかせるつみ はふむし(昆虫)のわざはひ たかつかみのわざわひ たかつとり(鳥)のわざはひ けものたふ(仆)し まじもの(蠱物)せるつみ ここたくのつみいでむ
 かくいでばあまつみやこと(宮言)もて あまつかなぎ(金木)を もと(本)うちき(切)り すゑ(末)うちた(断)ちて ちくらのおきくらにおきた(置足)らはして あまつすがそ(菅曾)を もとかりたち すゑかりき(刈切)りて やはり(八針)にとりさ(取裂)きて あまつのりとのふとのりとごとをのれ。 

 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。
 たかあまはらに、かむつまります、かむろぎ、かむろみのみこともちて、すめみおやかむいざなぎのみこと、つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに、みそぎはらひたまふときに、なりませる、はらえとのおほかみたち、もろもろのまがことつみけがれを、はらえたまへきよめたまへと まおすことのよしを、あまつかみ、くにつかみ、やほよろづのかみたちともに、あめのふち、こまのみみふりたててきこしめせと、かしこみかしこみもまおす。
おほひつきくにおほかみ、まもりたまへさちはへたまへ、おほひつきくにおほかみ、やさかましませ、いやさかましませ、
 〇一二三四五六七八九十(レイ ヒト フタ ミ ヨ イツ ムユ ナナ ヤ ココノ タリ )。


 かくのらば
あまつかみはあめのいはとをおしひらきて あめのやへくも(八重雲)をいづのちわ(千別)きにちわきてきこしめさむ くにつかみはたかやまのすゑ ひきやま(短山)のすゑにのぼりまして たかやまのいほり ひきやまのいほりをかきわけてきこしめさむ
 かくきこしめしてはつみといふつみはあらじと しなどのかぜのあめのやへくもをふきはなつことのごとく
あしたのみきり(御霧)ゆふべのみきりを あさかぜゆふかぜのふきはらふことのごとく
おほつべ(大津辺)にをるおほふねをへ(舳)ときはなちとも(艫)ときはなちておほわだのはら(大海原)におしはなつことのごとく
をちかた(彼方)のしげき(繁木)がもとをやきがま(焼鎌)のとがま(敏鎌)もてうちはらふことのごとく
のこるつみはあらじとはらひたまひきよめたまふことを たかやまのすゑ ひきやまのすゑより さくなだりにお(落)ちたきつはやかわ(速川)のせ(瀬)にますせおりつひめ(瀬織津比売)といふかみ おほわだのはら(大海原)にもちいでなむ
 かくもちいでい(往)なば あらしほのしほのやほぢ(八百道)のやしほぢ(八塩道)のしほのやほあひ(八百会)にます はやあきつひめといふかみ もち(持)かかのみ(可可呑)てむ かくかかのみては いぶきどにますいぶきどぬしといふかみ、ねのくにそこのくににいぶきはなちてむ
 かくいぶきはなちては ねのくにそこのくににますはやさすらひめ(速佐須良比売)といふかみ もちさすらひ(持佐須良比)うしな(失)ひてむ
 かくうしなひては うつそみ(現身)のみにもこころにもつみといふつみはあらじと はらひたまひきよめたまふことを よしはらへ あしはらへたまひていやさかのみよとこそさきはへたまへさちはへたまへ。
 〇一二三四五六七八九十百千万歳万歳(レイ ヒト フタ ミ ヨ イツ ムユ ナナ ヤ ココノ タリ モモ チ ヨロヅトセ バンザイ)。

八拍手三拝


誓のための礼拝

先づ神前に向って静座し、しばし目つむり、気しづめ、
三拝八拍手。

ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここノ、たり。
ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここノ、たり。
ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここノ、たり、もも、ち、よろづ。

ひふみ よいむなや こともちろらね 
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか 
うおえ にさりへて のますあせゑほれけ~。
(これを三回繰り返す)

大日月地大神様、弥栄(やさか)ましませ、弥栄(いやさか)ましませ。

誓の言葉」。

神のキ、三回頂く。
(大神様のキを頂きます、と念じて暫し黙祷後、三回神前のキを吸って下座に吐き出す)

八拍手、三拝。

(ひふみ神示 第十九巻 マツリの巻 第15帖 より)
 

旧九月八日からの「誓の言葉

大日月地大神様、大日月地大神様、雨の神様、風の神様、岩の神様、荒の神様、地震の神様、世の元からの生神様、百々(もも)の神様の大前に、日々弥栄の大息吹、御守護弥栄に御礼申上げます。
この度の三千世界の御神業、弥が上にも、千万弥栄の御働き祈り上げます。
三千世界の神々様、臣民人民一時も早く改心いたし大神様の御心に添ひ奉り、地(くに)の日月の神と成りなりて、全き務め果たします様 何卒(なにとぞ)御守護願ひ上げます。
そがためこの身この霊(タマ)はいか様にでも御使ひ下さいませ、
何卒三千世界の神々様、臣民人民が知らず知らずに犯しました罪、穢、過(あやまち)は、神直日大直日に見直し聞き直し下さいます様、特にお願ひ申し上げます。
元つ神えみためえみため。
(ひふみ神示 第十九巻 マツリの巻 第3帖 より)



関連記事

テーマ : 伝えたい事
ジャンル :

コメントの投稿

非公開コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。