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日月神示とベーシックインカム

 波頭 亮 氏の参考記事1 によると、ベーシックインカム批判の論点は、主として次の3点だそうです。

(1) 働かなくても生活出来るようになれば、働かない人が増える。
(2) ベーシックインカムのコストは国民経済の固定費として負担になり、経済競争力を削いでしまう。
(3) ベーシックインカムを支給するための原資は巨額で、財政を圧迫する(そのため、他に必要な公的支出にお金を回せなくなってしまい、かえって国民の厚生レベルを低下させてしまう)。

 (1) については、波頭氏も反論していますが、日月神示が明快に答を出しています。(参考記事1、2)

 また、財源について、波頭氏は消費税を充てれば企業の競争力を削ぐことはないと論じていますが、年金や生活保護、失業保険や子育て支援金等の社会保障を廃止するだけでも、それに伴う行政コストの削減も含めてかなりの財源を捻出出来ます。
 それでも足りない分は政府通貨を使えば良いだけのことです。
現行体制でも日銀が国債を無制限に購入(異次元緩和)すれば、間接的に日銀券の顔をした政府通貨を発行していることになります。
因みに、政府の膨大な借金の大部分は日本国民に対するものであり、それを返すために消費税を上げるというのは変な理屈です。
借りた金を返すために、借りた相手から金をふんだくるのですから。


参考記事1: 日経ビジネス
ベーシックインカムに対する3つの反対論 (波頭 亮)
     2011年12月2日(金)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20111129/224649/?P=1
 
〔部分転載〕

就労の動機と選択条件が変化する

 まず第1の批判である「働かない人が増える」という指摘について。
そういう現象がある程度、発生するであろうことは十分に考えられる。
しかし、BI(ベーシックインカム)があるからといって全く働かない人が大量に発生するかと言うと、私はそうは考えない。
むしろBIが無い今はニートをやっている人でも、BIが導入されれば、逆に働くようになるのではないかとすら思っている。
 どういうことかと言うと、BIが導入されれば、食うために無理をしてやりたくもない仕事をする必要がなくなるからである。
生活を成り立たせるために我慢して、好きでもない過酷な仕事をする必要がなくなる。
生きるためではなく、「楽しむため」や「好きなことをやるため」という前向きな動機で仕事に就くことが容易になる。
 人々がこういう就労行為を取るようになると、雇用者が人を雇う場合に、低条件で過酷な仕事を押しつけることが出来なくなる。
その一方で、好きな仕事なら賃金は低くてもやりたい、楽しめる仕事なら給料を気にせずに働きたい、という人も出て来るであろう。
つまり、BIが導入されると、就労の動機と職業選択の条件が現在とは大きく変化することになると考えられる。
 当然、より良い暮しをしたいとか、より高みを目指して自己実現を図ろうとする人達は今と何ら変りなく働くであろう。
働けば働くほど自ら得られるものは大きくなるのだから。


参考記事2: 日月神示

 今の政治はむさぶる政治ぞ、神のやり方は与へぱなしざぞ、(ウズ)ぞ、マコトぞ。今のやり方では世界は治まらんぞ、道理ぢゃなあ。
天にはいくらでも与えるものあるぞ、地にはいくらでも、どうにでもなる、人民に与へるものあるのざぞ、おしみなく、くまなく与えて取らせよ、与へると弥栄へるぞ、弥栄になって元に戻るのざ、国は富んで来るぞ、神徳 満ち満つのぢゃ、この道理判るであらうがな。
 取り上げたもの何にもならんのぢゃ、ささげられたものだけがまことじゃ、乗るものも只にせよ、田からも家からも税金とるでないぞ、年貢とりたてるでないぞ、何もかも只ぢゃ、日の光見よ、と申してあらうが、黄金(きん)はいらんと申してあろが、暮しむきのものも只でとらせよ、只で与へる方法あるでないか、働かん者食ふべからずと申す事 理屈ぢゃ、理屈は悪ぢゃ、悪魔ぢゃ、働かん者にもドシドシ与へてとらせよ、与へる方法あるでないか、働かんでも食べさせてやれよ、何もかも与へぱなしぢゃ、其処に神の政治始まるのぢゃぞ、神の経済あるのぢゃ
 やって見なされ、人民のそろばんでは木の葉一枚でも割出せないであらうが、この方の申す様にやって見なされ、お上は幸でうもれるのぢゃ、余る程与へて見なされ、お上も余るのぢゃ、此の道理判りたか。
 仕事させて呉れと申して、人民 喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、皆々神の子ぢゃ、神の魂うゑつけてあるのぢゃ、長い目で見てやれ、おしみなく与へるうちに人民 元の姿あらはれるぞ。
 むさぶると悪になって来るのぢゃ、今のさま見て改心結構ぞ、そろばん捨てよ、人民 神とあがめよ、神となるぞ、泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ、元の元のキの臣民 地(くに)の日月の神ぢゃと申してあろがな。

 (ひふみ神示 第十八巻 ヒカリの巻 第3帖)


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日月神示に、そんな箇所が・・・

日月神示は、あまり存じなかったゆえ、調べてみました。
岡本天明という人が書いたそうで、彼は出口王仁三郎と関係していたそうですね。

日月神示について、少しずつ勉強していこうと思いますが、
日月神示に、こんな箇所があるなんて、驚きです。
プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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