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先天的障害や病気の理由

 (この記事は短いですが、非常に大事なことを書いてありますので良く読んで下さい)
前回のハートさんの記事に出ていた「Lila P さん、I Eri さんの他、障害者を家族に持つ、あるいはそのご本人達にお伝えしたいこと」に関連し、「ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』」でイザヤが述べていることを抜粋しました。
ハートさんの「励まし」とは少し違っているところもありますが、霊学上の厳正、且つ深遠な知識を持っておくことも重要です。
 但し、私の場合もそうでしたが、カルマに由らずして鍛えのために敢えて障害を持った肉体を選んで転生して来る場合があります。(そのことを教えてくれたのも国常さんの神示でした)
それが原因で私はエリートコースを外れ、苦悩の中で霊的な世界に足を踏み入れたのです。


部分引用元記事: 「zeraniumのブログ」
病気は魂の浄化の1つの方法   2014年9月18日(木) 
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/1-9ac8.html

Q: 先天性の病気の場合、何がその原因ですか?

イザヤ: (原則として)前世での行ないに原因がある。
病気は、エゴに駆られて犯した「愛の法則」に反する行為により、貯めた負債を清算するための試練なのだ。
人は「愛の法則」に違反すると、「霊的な作用と反作用の法則」により、その行為が心理的毒素となって魂に浸透し、波動レベルを下げてその本来の姿を乱してしまう。

 その乱れが、メンタル体や将来の肉体の原型となるアストラル体などの、濃密な体を変化させてしまう。よって転生する時に、肉体の遺伝子コードに変異を起すこととなり、先天的な病気を引起こすことになる。
このことから解ることは、たとえそれが前世で行なわれたものであれ、病気の要因がエゴであるというのはやはり正しいのだ。

 両親からの遺伝を受継ぐことで、特定の病気になり易いというのも極めて確かなことである。そして、そこへ転生して来る魂は、そういう状況を知った上で同意したのだ。
 魂は肉体的、精神的障害が、前世の行為による通過すべき試練であることを知っているのである。
これは同時に、そうした状況を経験することを生前に同意した両親にとっても試練となる。


Q: そうした状況にある人々にとってはこうした話は受容れ難い話のはずですから、「こんな目に遭うなんて、自分達が一体何をしたんだ」と考えるに違いないでしょう。

イザヤ: そう考えるのが普通である。
何故なら総体的に理解するためには、現生以前に多くの過去世を経験して来ていることや、魂がそうした過去世において、以後の転生で直面することになる状況を創り出したことを認める必要があるからだ。
 生命は現在の人生の後も存続するので、現生における病気も結局は一時的なものに過ぎない。その一時的な経験から愛の学びを積んでいるのであり、病気はそのためにあるのだ。
そしてあなた方の誰もが1度は、そのような経験をしていると考えて間違いはない。

 先天的なものであれ、事故によるものであれ、普通の子供に接するように振舞いなさい。
そして実際普通の子供なのだから、外見で判断してはならない。
そうすれば肉体の奥深くに、誰もが変らない同じ魂を見出すだろう。
 そうした愛する者の中に不完全な肉体を見るのではなく、完全な魂を見ることだ。
そしてその魂の通りに、完全な存在として扱って上げなさい。
今世では不具合な肉体という衣装ではあるが、その奥には健全な肉体の人と同等か、若しくはそれ以上に力強く、生きて感じて気づくことの出来る人がいるのだ。

 (中略)

 既に述べたが繰返しておこう。
肉体的あるいは精神的な障害は一時的な状況であり、それは肉体が消滅すれば終るものである。だがそうした体験を通して本人や周囲の人々に生じて育った感情は、魂の糧となって永続する。
そして当にこれが大切なことなのだ。これを通して、自分や他人の苦悩に敏感になることが出来る。

 おそらく前世では、今苦しむ人達は他者に同じような苦しみを与えたことがあり、自分が如何に他人を傷つけたかを自覚することが出来なかったのだ。
故に愛への第1歩は、他人も自分と同じ感情を持っていることに気づき、自分が苦しむのと同じように苦しむのだと認識することなのだ。

Q: 先天性の病気にある霊的な意味とは何でしょうか?

イザヤ: こうしたケースでの病気は、魂は毒素を肉体に渡し、肉体は汚れを拭き取る雑巾のような働きをする。
この「汚れ」が肉体レベルでの病気の要因であるが、病気はそれを下水に流すように、より精妙な霊体を清めるために役立つ。
また人生の最期に、こうした仕組を利用して毒素を一気に洗い流すために、病気になることを選択する魂もいる

 つまり生涯かけて重い病を患うことなく、霊体に貯っていた心理的毒素の一部を肉体に移転するために利用し浄化するのだ。
このようなケースは通常、頻繁に見られるが、こうした場合には死を押止(おしとど)めようとどんなに頑張ってみても全く無駄である
何故ならそれは霊的な浄化であるからだ。

 魂が心理的毒素を除去する方法は幾つかある。
自分の行為を反省し、悪かったと気づき愛ある行為で償なって行くならば、病気を体験することなく魂の毒素を取除くことが出来る。
 だから必ずしも病気になることで毒を消す必要はないが、それ(病気)が一番手っ取り早い方法なので、多くの魂がそうすることを選択している。
明らかなことは、毒素という重荷を取除くために何かをしない限り、それは残ることになるので、その後、より高いレベルへと魂が進化することを阻むことになる。
(注: 瞑想やヒーリングで心理的に解決出来るのかどうかは疑問)

 特定の試練に立向うことを選択して生れて来た魂は、物質主義に流されることで転生の目的から外れてしまわないために、病気をそうした記憶の喚起に利用する。
 つまり病気は車線からはみ出たことを知らせる(防護柵などの)路肩装置のように働き、魂が目的から逸れてしまった場合にだけ起動する。
それが同じ状況でも重病にならない人がいる一方で、なり易い人がいる理由であり、(後者は)アラームが鳴り易い。
それほど強くない感情の刺激であっても、病気を誘発させるには充分なのだ。


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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