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動物と人間の関係を考える(2)

古代霊は語る』 シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄 訳編(潮文社)
第6章 動物の進化と死後の生命 より抜粋

問 「動物は死後もずっと飼主と一緒に暮すのでしょうか。それとも、いずれは動物だけの界へ行くのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「どちらとも一概にには言えません。何故なら、これには人間の愛が関わっているからです。 
死後も生前のままの形体を維持するか否かは、その動物に対する飼主の愛一つにかかっているのです。
 もしも動物とその飼主、その両者が時を同じくして霊界へ来た場合、その飼主の所で暮します。愛のある場所が住処となるわけです。愛が両者を強く結びつけるのです。その場合は動物界へ行く必要はありません。
 しかし、もしも飼主よりも先に他界した場合は、動物界へ行ってそこで面倒を見て貰わなくてはなりません。
飼主との愛が突如として切れたのですから、単独で放っておかれると動物も迷います。
 地上では人間的な愛と理性と判断力と情愛を一身に受けたのですから、その主人が来る迄、ちょうどあなた方が遠出をする時にペットを専門家に預けるように、霊界の動物の専門家に世話をして貰うわけです」

問 「人間との接触によって動物はどんなものを摂取するのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「長い進化の道程の何処かの時点で、神が、というよりは法則の働きによって、動物の魂に自我意識が芽生え、やがて理性が芽生え、知性が発達して来ました。
 その段階で人間は判断力というものを身につけたわけです。即ち物事を意識的に考え、決断する能力です。
しかし実はそうした能力は全部始めから潜在していたのです。
どんなに遠く遡っても、魂の奥に何らかの形で潜在していたのです。それが神の息吹きで目を醒ました訳です。
 さて、そうして神が動物に霊性の息吹きを吹込んだように、あなた方人間も動物に対して同じことが出来るのです
人間は神の一部です。従って進化の順序の中で人間の次に位置する動物に対して、その霊性の息吹きを吹込むことが出来る筈です。
 つまり動物との接触の中で、愛という霊的な力によって、動物の魂に自我意識を芽生えさせることが出来るのです。
それがその後の長い進化の道程を経て、やがて人間という(生物としての)頂点にまで達する訳です。
 愛が生命のすべてのカギです。動物であろうと人間であろうと、愛は死によって何の影響も受けません。
愛こそは宇宙の原動力です。全宇宙を動かし、全てを制御し、全てを統治しています。
 また愛は人間を通じて他の生命へ働きかけようとします。
人間同士でもそうですし、動物、植物といった人間より下等な生命でもそうです。愛があればこそ生命は進化するのです」

問 「霊界で動物と再開したとして、その一緒の生活は何時まで続くのでしょうか。何時までも人間と一緒ですか?」

シルバー・バーチ 「いえ、その点が人間と違います。人間と動物は何処かの時点でどうしても分れなければならなくなります。
地上の年数にして何十年何百年掛るか分りませんが、動物の進化と人間の進化とではその速度が違うために、どうしても人間について行けなくなる時が来ます。
 人間は死の関門を通過して霊界の生活に慣れて来ると、向上進化を求める霊性が次第に加速されて行きます。
そして魂に潜む能力が他の生命の進化を援助する方向へと発揮されて行きます。
 そうやって人間が霊的に向上すればするほど、動物はいかに愛によって結ばれているとは言えそのスピードについて行けなくなり、やがてこの愛の炎も次第に小さくなり、ついには動物はその所属する「種」の類魂(グループ・ソウル。神智学では群魂。神智学の訳語の方が正確と思われる)の中に融合して行きます

問 「すると動物の場合は個性を失なってしまうということですか?」

シルバー・バーチ 「そのとおりです。そこに人間と動物の大きな違いがあるわけです。動物は類魂(群魂)全体として未だ一個の個性を有する段階まで進化していないのです。
 その段階(群魂→個別魂)まで進化すれば、もはや動物ではなくなり、人間となります。
ペットとして可愛がられた動物は、人間の愛の力によって言わば進化の段階を飛越えて人間と一緒に暮す訳で、人間の進化について行けなくなって愛の糸が切れてしまえば、もとの類魂(群魂)に戻る他はありません

問 「せっかく人間との接触で得たものが消えてしまうのでは愛がムダに終ったことになりませんか?」

シルバー・バーチ 「そんなことはありません。類魂(群魂)全体に対して貢献をしたことになります。
類魂(群魂)全体としてその分だけ進化が促進されたことになるのです。
全体に対する貢献です。今までその類魂(群魂)に無かったものが加えられた訳です。
 全体のために個が犠牲になったということです。そうしたことが多ければ多いほど類魂(群魂)の進化が促進され、やがて動物の段階を終えて人間へと進化して行きます」

問 「その時点で人間界へと誕生する訳ですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。人間界への誕生には二種類あります。
古い霊が再び地上へ戻って来る場合と、そうやって動物界から始めて人間界へ誕生して来る場合です」

問 「一人の人間としてですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。双方とも霊魂です。双方とも自我意識を持った霊であり個性を有しております。
ただ、一方がベテランの霊で進化の完成のためにどうしても物質界で体験しなければならないことが生じて、再び地上へやって来るのに対し、他方は、やっと人間の段階にまで達した新入生です。直前まで動物だったのが人間へとジャンプしたのです。
 アメーバの状態から始まって爬虫類、魚類、鳥類、そして動物と、ありとあらゆる進化の段階を辿って、今ようやく人間へと達したのです」(註: 胎児の形体変化がその過程をなぞっていると言われる)

問 「セオソフィー(神智学)の教えと同じですね」

シルバー・バーチ 「何の教えでも宜しい。私に対して、学派だの宗派だのを口にするのは止めて下さい。
世の評論家というのはアレコレとよく知っていることをひけらかすだけで、その実、素朴な真理を何一つご存知ない。困ったことです。・・・」
(註: ここでシルバー・バーチが非判したのは、神智学ではなく、いわゆる物知り顔の評論家であることに注意)
                           (続)


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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