スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

木内鶴彦のパラレルワールド体験?

 7月29日、「zeraniumのブログ」さんに紹介された下記記事について私の見解を述べさせて頂きます。
 
 問題の本質は、幽体離脱状態の木内氏が見たのは四次元アストラル界低層の取りとめの無い想念の世界だということです。
それが、不完全な五次元メンタル界のアカシックレコードでさえなかったことは、未来が正反対の二つの場面の二重映しに見えたことからも分ります。
 本物のアカシックレコードなら、その時点での不確定部分がそんなに大きい筈がないからです。
おそらく、木内氏自身が未来は滅亡か天国だと思っていて、そのとおりの未来が見えたのでしょう。(それは未来ではなく、単なる想いの世界)
 お寺の建築現場で自分の名前を材木に書いたというのもおかしい。
木内氏がいた幽界と建築現場では次元が違い、友人に話しかけても 気付かれなかった同氏が木材に文字を書き残すことなど出来る訳がありません。
 その江戸時代は現代と同時に存在する並行世界(パラレルワールド)ではなく、単なる過去に過ぎません。
木内氏の潜在意識に残っている何らかの記憶が甦っただけでしょう。
この話には、かなり作為が入っている可能性もあります。
少なくとも、読者である我々にはその真偽を簡単に確かめる手段はありません。

 スピ系の人達は、世界の三大霊訓と言われる「シルバーバーチの霊訓」、「モーゼスの霊訓」、「アラン・カルデックの霊の書」、また、「日月神示」、「神智学」、新しいところでは、「ヴィセント・ギリェムの魂の法則」、「アミ三部作」、「オレンジャーのメッセージ」等々、霊学の本流に「パラレルワールド」の文字も概念も全く出て来ないことをもっと重く受止める必要があります。(要するに「パラレルワールド」は、純正スピ界に闇が注入した「陰謀オカルト」だと言いたいのです)
 上に挙げた本物の霊学に較べると、素人の臨死体験を何度かしただけの木内氏の話など、この世界では小学生の戯言(たわごと)程度のものです。 


引用記事: 「zeraniumのブログ」
この世界は過去、現在、未来が交差する「パラレルワールド」!
      2014年7月29日(火)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-5bc1.html
『あの世飛行士』 木内鶴彦×保江邦夫  ヒカルランド
〔抜粋〕

保江邦夫: 藤田(一照)さんから、ご自身がなぜお坊さんになったかというお話を聞きました。彼はすごく優秀で、東大の大学院まで行って、修士になるとすぐに心理学の助手になりました。
 そのご褒美に1、2年アメリカに留学させてもらい、新進気鋭の東大の心理学者ということで、アメリカのいろいろな学会に出て活躍していました。
ですが、他の学者から足を引っ張られる。もちろん日本人の学者も足を引っ張るし、アメリカ人も、ほかの国の人も足を引っ張る。
表面上は味方のようなことを言っておきながら、いざとなったら陰でおとしめるようなことを平気でやる。

 そういう学問の世界が嫌になって、藤田さんはアメリカにいながら東大に辞表を出しました。
「心理学に限らず、学問の世界は汚い。辞めます」、と言ってスパッと辞めました。
そして気持ちをよくしなければいけないと思い、アメリカで見つけた禅寺に入門しました。
もちろん他に日本人もおられたけれども、アメリカの禅寺で修行して、得度し、ちゃんと名前も頂戴したそうです。

 そのうちに藤田さんは、アメリカでたまたま「東大大好き」の日本人の大金持ちと出会いました。
藤田さんは彼に気に入られて、「俺の家が鎌倉にあるが、私はしょっちゅうアメリカに来ているので留守が心配だ。もし留守番として鎌倉の家に住んでくれるなら、生活費も全部出すし、家も自由に使ってくれてかまわない」と言われました。
 藤田さんはいい話だと思い、日本に戻って鎌倉の大金持ちの家に住むことにしました。
藤田さんは早稲田大学と筑波大学の非常勤講師もしています。
古巣の東大には一度辞表を出したのでにらまれているということですが、そのうち東大にも戻られると思います。

 私はその鎌倉の家に行ったことはありませんが、豪邸だそうです。
彼は「自分がどういう人間か」というお話をして、「もっとすごい話がある」と言うのです。
 そして彼が鎌倉の豪邸に留守番として住み始めて、しばらくたった頃の出来事を話してくれました。
ここからは藤田さんから聞いた言葉をそのまま伝えます。私が言ったわけではないので間違えないでください。

 すごい豪邸を預かっていたら、藤田さんいわく、「何か浮浪者みたいなやつ」が訪ねてきて、その豪邸の一部を会合の場として貸してくれと言う。
普通の留守番なら、あるいは普通の坊さんなら断っていただろうけども、藤田さんは、その人をうさん臭いけれども、何か憎めない、何か違うと思い、その日の夕方からそこを貸すことをオーケーし、さらに会合に人を集めるのにも協力しました。
 「近所の人にも、自分のネットワークの人にも声をかけてあげましょう」と、なぜか自分で言ってしまったそうです。
実はそこへ「場所を貸してください」と言ってきた浮浪者のような、しかし何か憎めない人物が、「木内鶴彦さん」だったのです。(笑)

 その日の夕方から会合が持たれましたが、藤田さんは会場を提供するだけなので出る必要はなかったのですが、留守番としてのプロ根性で、最後まで会場で木内さんの話を聞いていました。
 聞いているうちに吸い込まれて、彼いわく「その日の聴衆の中で自分が最もよく聞いて、最もよく信じた」と。
その時の木内さんのお話の内容を藤田さんから聞いた私は、それを今度は次ぎに出会う人みなに語りました。
 しかも私はまだ木内さんに会ったこともないのに、まるで木内さんの懇意であるかのように、「木内さんってすごいんだよ。こんな凄い人が世の中にはいるんだよ」、と会う人、会う人に言いまくりました。
そして今日、初めてお会いしました (笑)。  

 ご存知の方も多いと思いますが、木内さんは臨死体験だけでなく、何度かの死亡体験まで経験していて、30分以上亡くなっていてちゃんと死亡診断書まであるのです。
 これは藤田さんから聞いた話ですが、木内さんは死亡体験の中で、起き上がってみたら側に何かあって、それが自分の身体だと気がついた。
木内さんはそのうちお迎えが来るだろうと思ったけれども、なかなか来ない。

 そのうちふと、最後にあの友だちに会っておけばよかったな、残念だなと思った瞬間、何とその友人のいるあたりに自分の視野があり、友人は元気そうにやっている。
 声をかけても相手にはわからず、ともかく安心し、そろそろお迎えが来そうだし、その時に身体のそばにいないと、天国に連れて行ってもらえないかもしれないと心配になり、木内さんはまた病室に戻る。
 それはやってみると簡単だったそうです。
それで「あ、これ簡単なんだ」と思い、木内さんは本来天文学をされる科学者ですから興味が湧き、まだお迎えも来ないようだし、もうちょっと遠くまで行けるのではないか、せっかくだからこの状況を楽しんでみようと思いました。

 私なら、皇居の中とか(笑)、ホワイトハウスの大統領執務室に行く程度ですが、木内さんはずっと疑問に思っていた「ピラミッドをどうやって造ったかを知りたい」と思ったのです。
 すると何と、ピラミッドの建築現場に来ている。(略)そうだったのか、こうやってピラミッドは造られたのかと長年の疑問が晴れた木内さんは、もうそろそろお迎えが来るだろう、病室に戻らないと俺は天国に行けない、ヤバイ、帰ろうと思いました。
その場所がどこだったかはうろ覚えですが、とにかく日本の、ご自分が亡くなった病院の一室を思い描きました。

 ところが、一発で帰れなかった。
何か日本的な感じの場所には着いたのですが、見ると、人々が「ちょんまげ」を結っている。明らかにそこは江戸時代でした。
 木内さんがいる場所は、どこかのお寺を建立している最中の工事現場のようで、大工さんがキセルでタバコを吸いながら一服していました。
藤田さんから聞いた話では、その時に木内さんはちょっと遊びごころを出した。
 俺はもう天国に行ってしまうのだから、せめて俺がいたという証拠を残そうと思い、その辺に置いてあった材木に「木内」と何かアルファベット的なサインを書きました
そして再び病室を思い描いたら、今度はちゃんと病室に戻れました。

 しかし病室で待っていてもまだお迎えは来ない。
そこで木内さんは、過去にも行けたのだから、ひょっとすると未来にも行けるのではないかと思い試してみた。
 すると行くには行けたのだけれど、藤田さんが私に語ったところでは、その未来は二重写しのようになっていたのです。
それは2つの状況が重なり合っており、一方は生き物がまったくいない荒涼とした悲惨な世界。片や緑に溢れた場所で子どもたちがキャッ、キャッと楽しそうに遊んでいる。その2つの場面が二重写しになっている

 木内さんは、「エーッ、何で?」といぶかしんでいると、ヒュヒュヒュッと病室に戻され、ああ、お迎えが来たのか、もう観念しなきゃいけないと思ったとたん、何と横たわっている自分の体に戻っていました。
木内さんが「フンギャーッ」と起きたら、周りの人はみんな「エーッ」とそれはそれは驚いた。
それはそうです。30分以上も死んでいたはずの体が動いて起き上がったのですから。

江戸時代に行って残してきたサインを、高知のお寺で発見!!

 その死亡体験からしばらくたって、木内さんは天文学の方にも復帰され、四国の高知県高知市で開かれた学会に参加しました。
しかし木内さんが高知に行かれたのはその時が初めてでした。
 会場と宿舎の間のどこかの町並みを学会仲間の人と2人で歩いていると、あるお寺の前を通りかかった。
木内さんは「あれ? ここには来たことがある」と思いました。
何か気になって、一度は通り過ぎたそのお寺に行ってみました。
お寺の本堂の形を見ると、死亡体験時に偶々江戸時代に行った時の、大工さんが建立していたあのお寺ではないかと思われる。

 それならどこかに自分がサインした板があるはずだと思い、木内さんはそこのご住職に「ここのお寺のどこかの板に梵語(ぼんご)のようなグニュグニュした、何か変な文字が残っていませんか?」と尋ねました。
 それを聞いてご住職は、「えっ! 何であんた、それを知っているの?」と驚いた。
実はそういうものが実際にあって、そのことはそこの檀家の方々でも、昔からの檀家の方しか知らない事実なのだそうです。
その場に連れて行かれて木内さんご本人がそれを見ると、果してあの死亡体験の時ご自分がサインしてきたものだったそうです
 藤田さんが私にそう語ってくれました。(笑)

 しかもご住職は、「実はこのお寺が建立された時に、不思議なことが起きたという話が巻物で伝えられている」と言うのです。
その言い伝えとは、職人が一服して休憩していたら、置いてあった材木になぜか勝手にバーッと梵語が出て来たというものでした。
 当時はアルファベットなんかわからない時代ですから、当然、当時の人は木内さんのサインを梵語だと思う。これは凄い、お釈迦様のお力に違いないということになって、その話を最初の住職が巻物にして残した。
それがずっと伝わっているということでした。

 木内さんはそれまで、ピラミッドに行ったり、江戸時代に行ったり、未来に行ったりし、自分が死んでいた30分間の間に体験したことは事実なのか、それとも熱にうかされた脳が勝手に作り上げた妄想、イメージなのかと、科学者として判断出来なかったのですが、自分が江戸時代に行った時に書いたサインが残っている高知のお寺へ行った時、あの体験は全部事実だったのだと悟られたのでした。


関連記事

テーマ : 不思議な体験
ジャンル :

コメントの投稿

非公開コメント

木内氏の体外離脱は実体験?

この記事に投稿する気は余りなかったのですが、少し調べてみました。かなり昔に木内鶴彦氏の体験を読んだ記憶があったからです。(月刊ムーの2001年11月号の記事の発見迄に約半日かかりましたが)
(下記内容を信じられれば・・・・)木内鶴彦氏の体外離脱(臨死)体験とは、実体験の様に思えます。
日月神示や霊学の本流に「パラレルワールドの概念など無い」の否定もいい加減にしたら(?)と言いたいですね。日月神示には、三千世界の大洗濯の言葉が何度も出てきますが「三千世界=パラレルワールド」の事では(?)と私は思っていますが・・・・・何を信ずるのも「あなたの自由(そして責任)」という事で・・・・・

1>問題の本質は、幽体離脱状態の時の木内氏が見たのは四次元アストラル界低層のとりとめの無い想念の世界だという事です。
→(×)四次元の存在(幽体離脱した)から見た三次元の現実世界の体験の様です。木内氏は時空を超えて過去の自分に話しかけていた事(多分?想念での意志伝達)を講演などで話している様です。
ゲリー・ボーネル氏の言う体外離脱体験には2種類あり、
一つはエーテル体トリップで現在の地球圏内限定で肉体速度の約7倍(?)の速度のリモートビューイングで、もう一つはアストラル体トリップで地球外でも肉体速度の約10000倍の速度で時間移動も可能なもの。木内氏の臨死体験での体外離脱は、(エーテル体ではなく)アストラル体での体外トリップだった様です。
ゲリー氏は最初は過去や未来へ行かない方が良いと言います。(→タイムラインを変えカルマを負う為?)

(月刊ムー誌2001年11月号のP.16-17より)時空を超えて過去の自分に話しかける
臨死体験し肉体から抜け出した状態となった木内氏は、彼の肉体を見つめる父親に対して、自分はまだ生きている事を伝えようとして、父の耳元で大声を出そうと思ったとたんに、突然目の前の父親が消えたかと思うと、彼は自分の身体を足先の方から見下ろしていたのだ。「これは、親父の視線じゃないか・・・おれは親父の中に入ってしまったのか・・・!」・・・・・どうやら自分は意識だけの存在になってしまったらしい。・・・・
そうだ、お袋はどうしただろう?。母親の事を思ったその瞬間、彼は彼は1階のホールで電話をかけている母親の所にいた。・・・・・次に病室が気になると、やはりその瞬間に彼は病室にいた。・・・・・なにしろ、特定の場所を思うだけで、瞬間的に移動する事ができるのだ、それどころか、父親の身体に入りその目線で外を見たりする事もできる。どう考えても尋常ではない。そこで彼は思った。空間を超える事が
できるなら、時間も超えられるのではないか、と。・・・・・・実は彼には、時間をさかのぼる事ができるなら、ぜひとも確かめておきたい過去の出来事があったのである。
彼が6歳の頃、姉と二人で故郷・長野の千曲川の崖道を歩いていた時のことである。突然彼は背後から、「危ない!」という声を聞いた。ふと見ると、前を行く姉の所に大きな石が転げ落ちそうになっていた。彼はとっさに姉を突き飛ばし、おかげで姉は転んで怪我をしたが、巨石の直撃はさける事ができたのである。
だが、周囲を見回しても、声をかけてくれた人は影も形もなかった。それどころか姉は、そんな声など聞こえなかった、といい、突き飛ばされて怪我をした、と木内氏を責める。・・・・もしも過去に戻れるなら「危ない!」と声をかけてくれた人を見つけたい。そう思った瞬間、彼はまさに、あの時に戻っていた。崖道を歩いてくる子供時代の自分と姉を、崖の上から見下ろしていたのである。ふと見ると、やはり巨石が転げ落ちそうになっている。彼は無意識のうちに叫んでいた。「危ない!」と。
そう、木内氏(の姉)を救った「声」の主はなんと自分だったのだ。

2>不完全な五次元メンタル界のアカシックレコードでさえなかった事は、未来が正反対の二つの場面の二重映しに見えた事からも分ります。
→(ほぼ○ですが)木内氏の体験の多くは、当時の四次元世界の存在が見た未来図なのでしょう。木内氏自身も一部、アカシックレコードの情報に接触した様ですが、肉体に戻ると殆どは覚えていない様です。

(月刊ムー誌2001年11月号のP.32-33より)
ところで臨死体験、とくに幽体離脱の際に意識が時空を超越する事を、木内氏は「膨大な意識」という言葉で説明する。当初、彼は元の(3次元~4次元の)意識を保ったままで、あちこちに行ったり父親の中に入り込んだりしていたのだが、しばらくすると、とてつもなく大きな意識に包まれたという。
この「膨大な意識」が彼の中に流れ込んできたのである。そのとたん、なぜか意識の中に、太陽系や地球そして人間をはじめ、あらゆる生命の誕生から終焉までの莫大な情報、つまり宇宙の誕生から終焉までの巨大な流れの情報が流入してきた。・・・・(これが自我意識とは関係ない(超越した)「包括的な知」であり、6次元に存在するとされる「アカシックレコードの情報」と思われる)・・・・だが通常の意識に戻ると、その体験を通常の脳のスペックに合わせて理解し、意味付けする以外になくなってしまう。木内氏は言う。
「膨大な意識の隅々まで覗き見てきたつもりだった。生き返って自分の肉体に意識が戻ってみると、その見てきた筈の内容のほとんどが思い出せない」・・・・・・(宇宙論では木内氏は解釈を間違った?)

3>恐らく、木内氏自身が未来は滅亡か天国だと思っていて、その通りの未来が見えたのでしょう。(それは未来ではなく、単なる思いの世界)
→(ほぼ×)木内氏が臨死体験(幽体離脱)した時点での「人類の集合意識」が創り出す二通りの可能性の未来を見た様です。一つは地獄的状態となる未来と、もう一つは穏やかな平和な未来の可能性。

4>お寺の建築現場で自分の名前を木材に書いたというのもおかしい。
→(×)他人の心の中に入って、当時の人の心を操って書いたと述べています。

(月刊ムー誌2001年11月号のP.28-29より)過去に残した痕跡が確認された!
木内氏は、過去へ行けるならば、そこに証拠を残してこようと、思いついたのだ。そこで彼は1000年前の四国へ行ってみた。そして当時の人間の肉体を操って御神木を植えたり、土佐神社の柱の一つに自分の名前の一部である「つる」という文字を落書きしたりしたのである。臨死体験があまりにも膨大だったせいか木内氏自身もそんな事は、忘れていたのだが、今から4年前(1997年)の正月、たまたま誘われて土佐神社に参詣に行く事になった。車で神社に近づくにつれ、次第に記憶が甦り、目の前にかつて見た風景が重なり始めた。
そして、神社についた時には、彼は完全に1000年前の事を思い出していたのだ。自分が植えた小さな御神木が大木になっているのを確認した彼は、御神体の置いてある部屋に、何と見覚えのある柱を見出したのである。そこで宮司に事情を話すと、彼は一緒になって柱を調べてくれた。すると宮司は、柱の裏に木内氏の筆跡で書かれた「つる」の字を発見したのである。
ここでは、文字を発見したのが木内氏ではなく、宮司だったという所がポイントだ。第三者が関与している点で、彼の体験の信憑性は非常に高いといえる。

(注)月刊ムー誌の2001年11月号は1000年前と書いていますが、(当時の)木内氏の勘違いかも知れません。土佐神社は935年頃(約1079年前)創建→1563年兵火で社殿焼失→その8年後の1571年(安土桃山時代で織田信長の頃)に長曽我部元親が四国平定を祈願して社殿を再建したとなっています。
「zeraniumのプログ」さんの内容では、チョンマゲ頭の江戸時代で、木内と梵字かアルファベット的なサイン書きでどこかの寺(?)としか述べていないので、部外者は確認の方法がありません。しかし月刊ムーの記事の様に「土佐神社」で、書いた文字も「つる」ならば(?)・・・・社殿再建の時で安土桃山時代の様です。

5>木内氏がいた幽界と建築現場では次元が違い、友人に話しかけても気づかれなかった同氏が木材に文字を書き残すことなどできる訳がありません。
→(×)木内氏は自らの臨死体験で、他人の肉体の中や心の中に入り込み操れる事を知っていた様です。

(月刊ムー誌2001年11月号のP.28より)臨死体験は幻覚ではなかった!
(上記の1>で説明した体験の後)、木内氏は、次に自分がいま体験している状態が事実なのか、それとも夢にすぎないのかを確認したいと考えた。そこで彼は、長野県にいる友人の達の所へ行ってみる事にした。例によって、そう決意しただけで彼は友人の仕事場にいた。その日は丁度別の2人の友人が遊びに来ていて、3人で思い出話に花を咲かせている所だった。
木内氏は彼らに混じって話を聞いていたが、ふと窓の外を見ると、国道で信号待ちの自動車が渋滞している。そこで木内氏はイタズラ心を起こした。友人達の心の
中に入り込み、たまたま車中にいる人がこちらを見ている時に、その人に氏のイメージを投影してみたのである。すると案の定友人達には、その人が木内氏に見えた様だ。みんな口々に木内氏の名を呼んで、彼を部屋に誘い込もうとしたのである。だが、当然ながら自動車はそのまま行ってしまった。友人達は無視されたと、しきりに文句を言っていたという。
数ヵ月後、奇跡的に回復した木内氏は、件の友人達に合い、この時の状況が正に彼の体験と寸分たがぬものであった事を確認したのだった。これは正に、彼の体外体験が単なるビジョンではなく、実体的な体験であったという有力な証拠となるだろう。

6>その江戸時代とは現代と同時に存在する並行世界(パラレルワールド)ではなく、単なる過去にすぎません。木内氏の潜在意識に残っている何らかの記憶が甦っただけでしょう。
→(ほぼ×?)4>で説明した内容が正しいならば、過去に存在した現実(=体験)なのでしょう。

7>この話には、かなり作為が入っている可能性もあります。少なくとも、読者である我々にはその真偽を簡単に確かめる手段はありません。→(前半○、後半×)
→(4>の注で述べた様に)「1000年前」と「江戸時代」の相違(実際は安土桃山時代)、また柱に書いた文字がひらがなの「つる」の字か「梵語かアルファベット」的な文字かという点、それと「神社」が「お寺」となっているなどかなり作為的に(真実が判らない様に?)編集されている可能性があります。
(もっとも、仏教伝来以降は徳川時代までは「神仏習合」であったのでそう言うのかもしれないが・・・・・)
後半は、今でも高知県の土佐神社の柱の一つには「つる」と書かれた文字があるとの事。木内氏が案内したツァー客も柱の「つる」の文字を確認して写真に撮りネットに掲載中の様です。(写真では薄くて判りづらいですが)

fuyuさんの日記2009年6月6日、四国旅行3日目(土佐神社)
http://kayama.cocolog-nifty.com/fuyu/2009/06/3-2ec9.html

ただ私は、木内氏の宇宙論(15000年前月無し→彗星を地球の重力が補足し月へ)は信じていません・・・・
クラリオン星人が言う様に、6500万年前木星を周回の地球(3つの月)→太陽を周回軌道の地球(2つの月)と、16000年前のアトランティス崩壊時(2つの月→1つの月)文明も地上人と地底人へと思いますが・・・・
プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。