スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

時間についての再考

一切の未来も一切の過去も、総てが現在ぞ。中今ぞ。
このこと判るが善ぢゃ。神は総てを知っているのぞ。
現在は永遠ぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第7帖)

 現在は過去の行為(カルマ)の結果であり、未来は現在の行為(カルマ)の結果ですから、現在の中に過去も未来も潜在していると考えられます。
過去、現在、未来を繋いでいるのは因果律と、限定された自由意志です。
実際に存在しているのは現在だけであり、過去も未来もパラレル・ワールドという三次元の時空としては存在していません
 そもそも、この三次元の世界に別の三次元の世界(パラレル・ワールド)が重なって存在することは電気的な反発により(物理的に)不可能です。
重なることが可能なのは、次元(波動、神智学の質料)が異なる場合です。
 重ならずに何処かに無数のパラレル・ワールドが存在するなどは、小学生でもしない馬鹿げた妄想に過ぎません。
量子力学の多世界解釈でも、パラレル・ワールドを観測することは不可能だとされています。(Wikipedia)
観測不可能なものを有ると主張するのは無意味です。
 子子子子子(ねここねこ)さんのブログは全体的に粗雑なものですが、次の言葉は参考になります。(但し、魔龍さんによると、スピリチュアルの真髄はカバラの理論と全く同じだそうで、「科学的に」検証出来なくても真実です)

「どんなことでも、自分で検証出来ることだけを正しいと信じなさい
自分で検証出来ないことへの真偽の判定は保留にしなさい。
検証出来ないことを利用する詐欺師に騙されないために

 

 ただ、これが四次元以上になると、話が複雑になって来ます。

時、所、位、総てが想念の中、想念のままに現はれて来るのであるぞ。
判るやうに申すならば、時間も空間も映像であって、情態が変るのみのことであるぞ。
情態のもと、本質は限りないから、無限であるから、自由であるから、霊界は無限、絶対、自由自在であるぞ。
現界では、時間に順に得たものでも、心の中では時間に関係なく、距離に関係なく、一所へならべられるであらうがな。
心の世界で、時間、空間のない道理これでよく判るであらうがな。

(ひふみ神示 第二十五巻 白金の巻 第7帖)

 「霊界では時間、空間に関係なく、想念のままに現実が現れる」ということになると、その中には過去や未来も含まれることになります。
しかし、その「過去」や「未来」は三次元ではありません
私の認識ではアカシックレコードの記録(記憶)です。(そのオリジナルは太陽司神の全経綸として宇宙メンタル界層に実存し、下位の界層に行くほど不完全なコピーとなります)
一度、アカシックレコードに記録された三次元の「過去」を改変することは不可能です。(再掲した下記神智学の記述参照)
また、神智学の別の所では、未来は過去程、はっきりしたものではないと明記されています。
未来を変えたければ現在を変えれば良いのです。
こういう単純で明快で合理的な説明に比べて、タイムトラベルやパラレルワールドを説く人達の説明は如何にも胡散臭い陰謀的妄説だと思います。
 私の本心は、信頼する霊学書にそんな言葉が一言も出て来ない以上、議論の必要もないというものです。
また、正しい生き方をする上で何の関係もありません。
まあ、私が一目置いている「なわ・ふみひと」さんや、「魔龍さん」が認めるというのなら一応、考え直すかも知れませんが。

 “メンタル界層(五次元)は想念が何らの拘束も受けない領域であるから、もし修行の出来た人が何かの情景に特にその注意を向けると、その情景は直ちに彼の前に出現する。
 例えば、もし彼がジュリアス・シーザーの英国上陸が見たいと思うと、一瞬の裡(うち)に彼は、その情景を見るのではなく、実際に彼自身がその現場の海岸に古代ローマ軍と共に上陸している自分に気付く。
 その全情景は、西暦紀元前55年に彼が現場に居れば目撃したであろう様に、正しくそのまま彼の廻りで再演される。
勿論、演者達は単なる反映(うつし)に過ぎないから彼など全く意識しないし、また彼がやろうとしたところでこの演者達の行動を変えることは全く出来ない

 尤もこのドラマが眼前で進行する速度を(ビデオの様に)変える事も、一時的に止めて見る事も出来る。
また、話している事も聞えるし(それが何語であっても)理解出来る。そして彼等の思っている事もその動機も解るのである。
(中略)

 大自然の記録と云われているアーカーシャの記録にはブッディ界層(六次元)では、普通の意味で言う記憶よりも遥かに多くの意味がある。
この界層では時間と空間とは最早何らの制約もしなくなる。
観察者は事件の関連を殊更に査閲する必要は最早なくなる。
過去も現在もそして未来も同時に彼の前に現われる
のである。
 何故なら、彼は所謂「久遠の今」の中にあるからである。
この言葉は物質界層では無意味ではあっても、ブッディ界層では事実なのである。”
(A・Eパウエル編著 神智学大要3 メンタル体 第28章)

 この「久遠の今」を理解する上で参考になるのが、次の記述です。

 “臨終の、時間にしてほんの数秒の間に、人は自分の過去の全生活をどんな些細な事でも事細かに次々と見せつけられる。
そして今生における因果の鎖全体を一瞬にして了得し、かくして彼は今や一切の虚飾を剥ぎ取られ、在るがままの己自身の相(すがた)を悟る。
彼は数々の成功と失敗、数々の愛と憎しみを見、その全てを支配して来た傾向を観、自分の全生涯を支配して来た考え方が浮き彫りにされ、死後の生活の主要部分を送る界層が明らかとなる。”
(A・Eパウエル編著 神智学大要2 アストラル体 第12章)

 つまり、高次元の「魂」は地上の如何なる「スーパーコンピューター」よりも優れた「能力」を持っているのです。
これと、「質料の軽さ」(意志によって瞬時に動く)、及び「精妙な質料によって表現される意識の高さ」の三つが高次元を特徴付けているのです。
 これは、我々が生きている時空以外に別の時空が存在しているのではなく、単純に意識の問題だということです。
言い方を変えると、数学的な次元と霊学的な次元は似て非なるものだということです。
 例えば、ビルの屋上から投身自殺をした人が地上に激突するまでの僅かな時間に、今生の出来事を細部に至るまで追体験したところで、それは異次元時空間にシフトしたのではなく、あくまで意識の上の体験なのです。
 意識の表れ方は次元によって異なります。それが全てです。


関連記事

テーマ : 考察
ジャンル :

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。