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積極的平和主義?

「日刊ゲンダイ」
東大名誉教授・石田雄氏 「戦争に向かった戦前と似ている」
       2014年7月7日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/151621/1~7

学徒出陣した私には首相のいかがわしさがすぐ分かる

― 具体的には、どの部分が戦前と似ているのでしょうか?

 私は「日本の政治と言葉」という本を書いた際、「平和」という言葉が歴史上、どういうふうに使われたかをフォローしたことがあるんです。
平和というのは最初は、非暴力という意味で使われる。
しかし、日本においては次第に東洋平和という使い方をされて、日清、日露、日中戦争において戦争の大義にされて行く。
これは日本の戦争に限った話ではなく、ありとあらゆる戦争の言い訳、大義名分に「平和」という言葉が利用されてきたのです。

 唯一の例外がナチス・ドイツの侵略ですね。
こういう歴史を見ていれば、安倍首相が唱える「積極的平和主義」という言葉のいかがわしさがすぐわかるんですよ。

― 平和という言葉の使い方がまず、そっくりだと。

 それと排外的なナショナリズムのあおり方ですね。
積極的平和主義と排他主義が重なり合うと、非常に危険な要素になります。
平和とは非暴力であり、非暴力とは敵を憎まないことです。
敵を理解することで、問題を解決しようという考え方です。
しかし、今の安倍政権は中国、韓国を挑発し、緊張をつくり出している。
そこに積極的平和主義が重なるものだから、危ないのです。

もう一度「国のために死ね」と言うのか

― 靖国参拝がいい例ですね。

 論外です。戦争体験者として、個人的な意見を言わせてもらえば、誰がお国のため、天皇陛下のために死んだものですか。みんな無駄死に、犬死にだったんですよ。
歴史学者の藤原彰氏の調査によれば、戦死者の6割が餓死だったという。
 特攻隊だって、どうせ死ぬなら、美しく死のうとしたわけで、誰も喜んで死んだわけじゃない。
それを美化し、首相が「尊崇の念を捧げる」などと言うのは「もう一度、国のために死んでくれ」という宣伝だと思う。
死んだ人の霊を慰めたいと言うのであれば、それは二度と戦争を起さないことなのです。

― 政府は集団的自衛権の行使についても、限定的であって、戦争する国になるわけじゃないと主張しています。

 海外の邦人を保護するため、と言っていますね。この理屈も戦前と似ています。
1932年の第1次上海事変の直前、日本人の僧侶数人が殺傷される事件が起こった。
日本政府は邦人の生命を守るという名目で、上海の兵力を増強し戦闘が拡大、その後、本格的な日中戦争になりました。
個別的自衛権であれば、「日本の領土内に攻め込まれたとき」という歯止めがかかりますが、邦人保護という名目で海外に出ていけば、歯止めがなくなってしまうのです。

― 駆けつけ警護はどうですか?

 アフガニスタンで援助活動をしているペシャワール会の中村哲代表は、「自衛隊が邦人救助に来るのは危ないからやめてほしい」と言っています。
実際、ペシャワール会は日本がインド洋の給油活動をする前は、車両に日の丸を掲げて活動していた。それが守り札になったからです。
しかし、給油活動を境に日の丸を消した。米国と一体と見られる懸念があったからでしょう。

 集団的自衛権による武力行使や集団安全保障による制裁措置に自衛隊が参加すれば、ますます憎悪と攻撃の対象になる。
もうひとつ、集団的自衛権で海外に出ていけば、おそらく、米軍の傘下に入る。
邦人がいなくなったから帰ります、なんて言えるでしょうか。
 米軍は無人機で攻撃する。
一般市民が巻き添えになれば、その恨みは陸上で展開している自衛隊に向く。
こうなる可能性もあるわけです。 

― 戦後70年間、せっかく平和国家としての地位があるのに、あえて、それを捨てて、恨みを買う必要があるのか、ということですね。

 言葉がわからない地域で武力行使をするのがいかに危ないか。
イラクに駐留する米軍が「止まれ」という制止を振り切った車両を攻撃したら、殺されたのは、お産が近づき、病院に急ぐ妊婦だったという報告もありました。
 相互理解がなければ、どんどん紛争は激化してしまう。
それよりも、日本は戦後一人も海外で人を殺していないというプラスの遺産を生かすべきです。
非武装の支援に徹すれば、外交的パワーもついてくる。
その遺産を今、食い潰してしまうのは誠に愚かなことです。

首相は他者の気持ちが分からない人

― 先生は殺せと命じられた身にもなってみろ、と投書で書かれましたね。

 私の父親は二・二六事件の直後に警視総監になったものだから、寝るときも枕元に拳銃を置いていた。
父親は神経がもたず8カ月で辞任しましたが、私も武器恐怖症になって、不眠症が続いた。
学徒出陣となって、徴兵検査のときは兵隊に行くべきだと思っていたが、人を殺す自信がなかった。

 東京湾の要塞重砲兵に配属になったのですが、軍隊というのはいつでも誰でも人を殺せる人間を作る、そういうところなんですね。
敵を突き殺す訓練をやらされ、「そんなへっぴり腰で殺せるか」と殴られる。
命令があれば、それがいいか悪いかを考えちゃいけない。
なぜ、それをやるのかを聞いてもいけない。

 幸い、負け戦でしたから、敵が攻めてきて殺されるのを待っているような状況でした。
そんな中、東京空襲に来た米軍の戦闘機が東京湾に墜落して、パイロットが泳いで来たんですね。
捕まえて司令部に報告すれば、「殺せ」と命令されるかも知れない。
捕虜を殺すのは国際法違反です。しかし、命令に背けば、陸軍刑法で死刑です。
これは大変なことになったと悩みました。

― しかし、命令する側は平気で「殺せ」というわけですね。

 憲法解釈を変えれば同じような境遇に自衛隊員も置かれる。
殺される方もたまらないが、殺す方も大変だ。

― そういう国に戻そうとしている安倍首相という政治家をどう見ていますか?

 自分よりも不利な人の立場で物事を考えられないのだと思います。
他者感覚の欠落、共感能力の欠如というか、ずっとチヤホヤ育てられると、そうなって行くのかも知れません。
デンマークの陸軍大将、フリッツ・ホルンは戦争絶滅法案なるものを提唱していて、開戦後、10時間以内に元首、首相、閣僚、議員を最前線に行かせる。
そういうことを決めれば戦争はなくなると言っています。
そういう立場に立たされれば、積極的平和主義なんて簡単に言えるわけがないのです。

― 国民も正念場ですね。
 
 一番恐れているのは沈黙の螺旋です。出る杭は打たれるからと黙っていると、その沈黙がだんだん広がって誰も声を出せなくなる。
若い人の方が「出る杭は打たれる」と心配するでしょうから、ここは年長者が声を出さなければいけないと思います。

◇ 石田雄(いしだ・たけし) 1923年6月7日生まれ。旧制成蹊高校から東北帝国大学法文学部へ。在学中に学徒出陣を受け、東京湾要塞重砲兵連隊に入隊。復員後、東大法学部へ。東大社会科学研究所教授・所長、千葉大法経学部教授などを歴任。著書多数。


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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