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封印された神の国日本

 前回の記事でオレンジャーが言っている“日本の戦後教育で封印された真実”の一つがこれだと思います。
これを読むと、テレビドラマの「水戸黄門」シリーズも浅薄な勧善懲悪の型を借りた嘘の刷り込みだと判ります。


「危機の日本人」 山本七平・著 角川書店 2006年刊
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1304-28.html
〔なわ・ふみひとの「抄録〕から抜粋

宣教師たちは日本をどう見ていたか

 「日本人はまた理解力に富むのみならず、想像力にも富み、自ら、世界の何処の民族にも劣れるものに非ずと確信すれば、その見識は自然に高く、外人と邂逅(かいこう)しても、ただこれに賤視(せんし)の一瞥を与うるのみなり。彼等は良く善悪を識別す」
 (1577年宣教師コスムス・ワルレンシスの書簡)

 彼の来日はザヴィエルの来日から27年目だから、ある程度の予備知識は持って来たであろう。
ではザヴィエルやそれに続くフロイスの印象はどうだったのであろうか。

 「第一に、余の考えにては日本人ほど善良なる性質を有する人種は、この世界に極めて稀有なり
彼等は至って親切にして、虚言を吐き詐欺を働くが如き事は、かつて聞きも及ばず、且つ甚だしく名誉を重んじ、その弊は反って彼等をして殆ど名誉の奴隷たらしむるが如き観あるに至れり」

 「日本人は学を好み、他国人よりも良く道理に通ずるも、未だ地球の球体なる事、及びその運行の事を知る者無かりし故、余等その理由その他天文に関する事を説明せしに、彼等は喜びてこれを聞き、且つ上流の人は、余らを敬慕して益々その説の蘊奥(うんのう)を叩〔啓〕けり。
彼等は才知と勇気とに富みて心豊かに学を好めば、真理を信ぜしむるには十分の見込あり」
 (以上ザヴィエルの書簡)

生来、道理に明らか、盗みを憎む……

 フロイスの1565年の書簡には次のように記されている。

「……日本の貴人は皆礼儀正しく教育良く、喜んで外国人に会い外国の事を知らんと望み、極めて些細なる点まで聞かんとす。
彼等は生来、道理に明らかなり。
 盗みは彼等の最も憎むところにして、ある地方に於ては盗みを為したる者は何ら手続を踏む事なく直ちにこれを殺すを得、鎖なく牢獄なく司法官なく各人は自家に於て判事たり。
故にこの国の良く治まらざるを得ず、罪は見逃されず、また譴責によって免除されず、直ちに犯人を殺すが故に、恐怖によりよく統治せらる」

 以上の3つの書簡はすべて関ケ原の前、いわば16世紀に書かれたものである。
だがそれにつづく多くの書簡等も、日本人の礼儀正しさ、犯罪への強い嫌悪感、知的好奇心の旺盛さを記している。
 以下引き続いて、17世紀、18世紀、19世紀の、云わば「外人」の日本人観を紹介したいと思う。
それが比較的客観的なのは、この時代と徳川時代の大部分に於いて、多くの外国人は日本人のこういった特性が自国にとって危険なものとは見ていない事による。
 日本人は、彼等にとって、海の彼方の島国の珍しい民族であり、これを、一種、好奇の目で眺めているだけである。
だがこれが幕末、即ち19世紀になると、意外な程早くから日本警戒論が出て来る
しかしそれは一先ず措き、ここではその前の幕藩体制時代の日本人評から始めてみよう。
 家康の顧問となった三浦按針(あんじん)ことウィリアム・アダムズは、イギリス本国への書簡の中で次のように述べている。

日本人民は性質温良にして礼儀を重んずること甚だしく、戦いに臨みては勇剛なり。
国法を犯したる者は厳刑に処して仮借するところなく、法を用うる事公平
にして今や国内太平なり。
蓋(けだ)し内政宜しきを得る事日本国の如きはまた他に在らざるべし

士商工農と見なしたオランダ人

 これが徳川中期となるとオランダ人の日本人観が加わり、またオランダ商館に雇われたドイツ人やスウェーデン人 ─ たとえばケムプエルやツンベルグ ─ などの記述が加わる。
さらにヨーロッパでは、日本関係の資料を集めた物や、16世紀の宣教師が送ったものを編纂した『日本西教史』などが出版される。
 次は17世紀中頃のオランダ人モンタヌスが蒐(しゅう)集し、『オランダ使節日本紀行』の中に収録したものである。

 「官吏(武士?)、商工民、農民等には多くの徳あり。
第一に彼等は概して善性なり、親切にして愛すべし、その理解は俊足、記憶もよくまた想像力にも富めり。
その正確の判断及び学問等に於ては、独り東方の諸国民に超越するのみならず、我等西洋人にすらも勝る。
 されば彼等の田舎人、また教育を受けざる児童の如きにても、その懇切典雅なるに於て、あたかも一紳士なり。
彼等は我等ヨーロッパ人よりも早くラテン語、諸種の工芸科学を知得す。
 貧なる事は日本人にありては恥とせられず、且つこれが為に人に賎(いやし)めらるる事なし。
彼等は常にその居宅を清潔にし、衣を更(か)えて人を訪れる。
全て粗野なる語を発し大声に語るが如き事を忌み、貧賎、偽誓、または遊蕩もまた甚だしく厭わる。
 名誉を得るの欲望頗る盛んなるも、また敢えて己れの上長を敬するを忘れず、名誉のためには何事も犠牲にす。
偽りて人を訴うるは彼等に於ては罪人なり。
故に下賤の人にても、人に邂逅(かいこう)する時はこれに相応の尊敬を表し、たとえその人の不在の時にでも、決してこれを悪し様に言う事なし。
 貴人の会話は主として他の功名美徳の讃美雅称なり。
仮令下賤の日雇人にてもその日常、敦厚(=篤実で人情に厚いこと)ならざれば、雇主は直ちにこれを解雇す。
要するにかかる人物を用いて争闘の起る事のなからんことを心とするのみ。
 されば人々、仮令古き怨みを心に懐くとも決してこれを言辞に表わさず、僅かに悲しき不満の面持を為すに止まり、事の善悪曲直に拘らず、これと争い、または人の仲裁を求むるが如き事のあることなし。
 すべて多言は日本人にありては品位ある人々を大成さす所以に非ずとせらるれば、その街道に出でても、通行する平民に些かの諍いあるをも見る事なし。
 夫と妻と、親と子と主人と僕との間には勿論衝突なし。
何事も沈黙静謐(せいひつ)に葬り去られ、何事かの小破綻ありとしても、これが友人によりて繕われ、和解せらる。
 たとえその非行を罰する事ありとするも(斯くの如き事は極めて稀なれども)これに対して用いる語は全て温柔なり。
この故に日本人には、我等ヨーロッパに於けるが如き法廷なく、法律なし
 彼等は私怨をば公敵に対する戦争に於て償却す。
如何なる時にも己れの不幸困難を愁訴せず、また己れの損失を憂えず、心を蝕む激しき悲哀が胸裡に存するとも、よく楽しげなる顔貌を以てこれを覆うの驚くべき能力を有す……」

 以上のような記述のほかに面白い点は、オランダ人はこの日本紀行の中で日本の階層を士農工商ではなく、士商工農と見ている点である。
徳川時代の日本の現実を見た者が、そのように見ても不思議ではない。

飢渇寒暑に屈せず、勤務に倦怠せず

 さらに1689年刊行のフランス人 J・クラッセの「日本西教史」には次のように記されている。

 「日本人はことに堪え忍ぶ驚くべき美質あり。
飢渇寒暑に屈せず勤務に倦怠せず、商人等も粗暴の挙動なく、実に親切丁寧に、職工農民等の卑賤に至る迄もヨーロッパとは反対なれば、知らざる者は彼等が皆宮中にて教育を受けたりと思わん程なり……」

 「日本人一般の気質として名誉を重んじ、自分が賤視せらるるを嫌忌すること外国人の比すべき所にあらず、事々物々みな名誉面目の念によりて拘束せられざるなし。
従って彼等は一途に自分の職務に精励し、如何なる小事と雖も、不当の行為に出ずる事なく、またこれを口外せず。
 日本人はその身分に準じ義務責任を怠らざるにより、不正の言語を発し人を損う事少なく、諸人互いに尊敬し合う。
なかんずく貴族等の礼讃に至りては位階・順序・立居振舞・進退の容儀を以てこれを表すが故に、悉くこれを解明すること難し。
 下賤貧困の者共にても相互の間に敬礼あり……日本人は貪欲を嫌忌し、もし一人貪欲なる者ある時は目して卑劣にして廉恥なき者とす。
これまた、その名誉を希望するに因(よ)るなり……」


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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