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実体験 カルマの法則

悪く言われるとメグリ取ってもらえるぞ。悪く言うとメグリつくるのぢゃ。
(ひふみ神示 第廿二巻 アホバの巻 第17帖)

悪口を言う人がおったら拝むのや その人がこちらのいんねんを取ってくれる恩人やで
(天理系の書「神に近づく道」より なわのつぶや記 2006年3月8日


 最近、私は上の神示(カルマの法則)を身を以って体験した。
私の仮面(ペルソナ)は複雑で文体も何とおりでも使い分けられる。ご了承願いたい。
神の現れである自然が様々な顔を持つように、神のミニチュアである人間も様々な顔を持つ。
優しい母親も子供を叱る時があり、夫の浮気に怒り狂う時もある。
押なべて、人も物事も一面を見て全体が解った気になってはいけない。

 さて、きっかけは、コブラが「カルマはアルコンのプログラム」と言ったことである。
それに対してコブラ支持のA氏が「カルマとは観念である」という記事を書き、更にコブラ批判の魔龍氏までもが、「支配層はカルマの罰を免れる」みたいな論を展開したため、久し振りに白刃を抜いて一暴れした。
 しかし、それは居合の殺陣みたいなもので、直ぐに剣を収めて何事も無かったかのように普段どおりのペースに戻ったから、騒ぎは自然に収まった。(身構えて反撃して来た相手は肩透かしを食った)

 この一件を通し、私は多くのことを学んだ。

人を悪く言うと確かに自分が傷付く。つまり、上の神示にあるように、めぐり(=カルマ)をつくる。

人を悪く言うと、相手は黙っている場合と、反撃して来る場合があるが、どちらの場合も自分がめぐり(=カルマ)をつくる。
相手が直ぐに悪口を言い返して来る場合は、その時点で自分のカルマは解消するが、相手が黙っている場合はカルマの解消が先送りされる


相手が悪口を返して来た場合、それが的を射ていると自分も傷付き、それがカルマの解消になる。

相手の悪口が的外れの場合は自分は傷付かず、悪口を発した相手のカルマだけが残る

私が偽と気付かずコブラの記事を拡散したカルマは魔龍氏の批判によって解消した。感謝する。

悪口を言った自分のカルマは第三者からの悪口によって解消される事がある。

「カルマは観念(思い込み)」と言っている本人がカルマの法則に完全に支配されている。
例えば、A氏が我慢出来ずに悪口を返して来たのもそうだし、動物愛護や肉食はダメを主張するのも、過去生に於いて逆のことをして来た罪の償いと思われる。

・ コブラとは関係ないが、ある人物が、明らかに間違っている記事を性懲りも無く書くのでコメント欄で容赦なく罵倒したことがある。
魔龍氏もノラリクラリさんをボコボコにして覚醒させようとしたが、諦めたと書いている。似たようなものだ。
 私が罵倒したその人物は一言も抗弁せず、黙って私のコメントを削除しただけであるが、(この対応はA氏より上)何者かが私に代って、懇切丁寧に長文のコメントを書いてくれた。
それにより、私の怒りそのものは間違っていないと解ってくれたと思う。
そんなことが、記憶に残っているだけで3回はあった。
 結局、彼はその後覚醒し、とても良い記事を書くようになった。(やはり、自己嫌悪に陥っていたと白状)
そのことを私は心から喜び、以前にも増して彼のファンになっている。(元々好意を持っていない相手なら黙過するだけ。因みにここ数年で私がコメントを書き込んだブログは3つ位しかない)
この場合、私は、我と我身を傷付けて、結果的には相手の為になっている。
 この私のカルマは、有難い事にA氏の私に対する悪口によって解消された。その代りにA氏がカルマを負う事になった。(カルマの肩代り)
A氏のカルマはそれだけではなく、依然としてコブラを偽と判断出来ないことによっても更に積上っている。

・ もう一人、仙台の主婦の方は、私がバシャールを邪霊と決め付けた後、長い間ブログを更新しなかった。(魔龍氏もバシャールはまやかしと言っているが私とは理由が違う。コブラに対しても同様)
 心配して毎日ブログを見ていたが、先日、やっと記事を書いてくれた。
それによると、“迷い、浄化、気づき、変容、、、このところ、私は、意識の量子跳躍のステップをたどっていた。”のだそうだ。
素晴らしい。やはり、良い身魂は違う。それでこそ、意地悪をした甲斐があったというものだ。

・ どうも、私は知らない裡に極悪神、艮(うしとら)の金神の御用をしているのかも知れない。偽善者には解らんだろう。
魔龍氏も悪人(我よし)に見えるが、少なくとも偽善者ではない。むしろ艮の金神と同じく偽悪家の方だろう。
就中(なかんずく)、評価出来るのは異例の正直さである。

・ 魔龍氏は、なわ氏が2012年の予言を外したことをボロクソに貶(けな)しているが、なわ氏の重荷(本人も気にしている)を軽くして上げているので良いことだ。

・ ここで挙げた人の他に、私が気に掛けている人は何十人もいる。
私が気に掛けているということは、多分、私の背後にいる“怖~いお方”に見守られているということだ。

・ ノラリクラリさんには一応、感謝している。


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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