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なわのデーヴィッド・アイク論(3)

[なわのつぶや記(復刻版)]
竜であり蛇である? われらがアイク  
  2007年12月1日(土) 更新

イエスの教えには切り込めないアイクの弱さ

  デーヴィッド・アイクの近著『竜であり蛇であるわれらが神々』(英文原題は『マトリックスの子供たち』)を購入しました。
上巻にさっと目を通した感じでは、やはりお勧めしたいと思う本ではありませんでした。
 率直な感想は「アイクの正体見たり…」という感じです。
アイクこそ、この本のタイトルのように、その魂は竜であり、蛇なのではないだろうか‥‥と思いたくなるような内容の羅列でした。
一口に言うと、「傲慢極まる表現が多い」ということです。

 そこで、再度『大いなる秘密』(太田龍・監訳/三交社)の上・下巻を紐解いてみました。‥‥謎が解けました。
アイクがなぜこんなにも「新約聖書は架空の物語である。イエスは実在の人物ではない」ということに固執するのか ― その理由が解ったのです。
以下は私が導き出した結論です。

 先ず、アイクは多分ユダヤ人だろうということです。
少なくともユダヤ人の血を引いているのは間違いないと思います。
David が「ダビデ」というユダヤ姓であることもそれを表していますが、気になるのは彼が著書の中で「世界を動かしている黒幕がユダヤ民族である」という一般的に出回っている説を執拗な迄に否定している点です。
 又、ユダヤ教を信ずる人達が長年に亘ってキリスト教及びキリスト教徒を攻撃し、既にある時点からは完全にキリスト教の中枢に入り込んで、ユダヤ化させてしまったと指摘されている点については全く触れていません。
それどころか、「ユダヤ人も他の民族と同じようにレプティリアンに操られている犠牲者なのだ」と言いくるめる有様です

このあたりの論理の展開はたいへん巧妙です。

 『大いなる秘密(下)世界超黒幕』の末尾にある索引の「ゆ」の項に「ユダヤ教・ユダヤ教徒」「ユダヤ人」の2項目が載っています。
そのすべてのページをめくって内容を吟味してみました。
すると、どのページも「ユダヤは世界の黒幕とは関係ない」という“ユダヤ擁護”の内容で埋め尽されているのです。
以下にその一部を抜粋してご紹介します。

  イギリスとオランダ間の本当を言えば、その両国民には全く関係のないことだ。
レプティリアンやブラザーフッドに騙されるのはもう止めだというなら、「あれはイギリス人だ」とか「あれはオランダ人だ」とか言って、大声を上げるのを止めることだ。
 「アメリカ人」「ドイツ人」「フランス人」「白人」「黒人」「ユダヤ人」、あるいは「レプティリアンだ」と言うのも止めるべきだ。
こういう「大衆」は一切係わってはいない。係わっているのはある「一定の血統」と、その内部派閥だけなのだ。
 一つの人種なり、民族なり、信仰体系なりを非難することは、まさにブラザーフッドが我々に求めていることだ。
何故なら、大衆が互いに分裂していれば、統一が取れず、揉め事が多くなり、派閥抗争に発展するからだ。
 当に、「分割して統治せよ」だ。
裏で操っているのは、幾つかの血統と、今挙げたような国々や民族の全てを通して活動している「使い走り」とで作っているネットワークだ。
大衆は一切何も知らされてはいない。(下巻295ページ)

 これは明らかに「ユダヤ人(人種)」「ユダヤ民族(民族)」「ユダヤ教(信仰体系)」を念頭に置いて述べられたものです。
アイク自身は、「ユダヤ(人・民族・教)」が世界を支配下に置こうという謀略を持っていると見られていることを知っていて、それをストレートに表現することなく、一般論として処理しているのです。
見事な目晦ましと言わざるを得ません。
それ以外にも次のような表現で「ユダヤ(人・民族・教)」を弁護しています。

 レプティリアンが世界支配の媒体として利用しているのは主に白人種であるが、彼らは、中国人や日本人、アラブ人やユダヤ人とも交配を重ねている。(上巻151ページ)

 「ユダヤ人だけがレプティリアンの手先になっている訳ではない」ということを言いたいのでしょう。
アイクによれば、日本人にも憑依されている者はいるようです。
「レプティリアンに憑依され、世界を支配しようと考えている日本人もいる」ということでしょうか。

 我々がユダヤ人と呼んでいる人々の大部分は、イスラエルの地ではなく、コーサカス山地にその起源を持っている。
歴史学や人類学の研究によって、ユダヤ人と呼ばれている人々の中で古代イスラエルと何らかの遺伝的繋がりを持っていると考えられる人は、ほんの僅かに過ぎないということが分っている。(上巻178ページ)

 「だから、現在のユダヤ人は、新約聖書の中でイエスを謀略にかけて殺害したとされているユダヤ・パリサイ派とは遺伝的関係はないのだ」ということを言いたいのでしょう。
 確かに、今日の世界を支配していると言われるユダヤは、かつてのカザール帝国から逃げてきた民族で、古代ユダヤと区別するために「アシュケナジー・ユダヤ」と呼ばれ、イエスの時代の「スファラディー・ユダヤ」とは別の民族であると言われています。
 然しながら、古代イスラエルとは何の繋がりがなくても、アシュケナジー・ユダヤと呼ばれる白人系の“ユダヤ人”が、世界一極支配を目論んでいるというのは事実でしょう。
出自は違っても、“ユダヤ”に問題があるのは確かなのです。

 ヒンドゥー教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの大宗教は皆、その起源を同じくするものである。
それらはみな、7千年前の大洪水の直後、アーリア人やそのレプティリアン(爬虫類型異星人)との混血種が出現した中近東から派生したものだ。
これらの宗教は、人々の精神を恐怖や罪悪感によって封じ込めるべく作り出されたものだ。(上巻216ページ)

  ユダヤ教をさりげなくその他の宗教と並べ、決して特殊性がないように思わせています。
キリスト教の母胎となった新約聖書をご覧頂ければ(「マタイの福音書」だけに目を通して頂いても)、それが「人々の精神を恐怖や罪悪感によって封じ込める」ものではなく、むしろその逆であることは一目瞭然です。
この辺りのアイクの決めつけは明らかに何らかの意図を持っていることが読み取れます。

  イスラエルの子孫たるユダヤ人の物語の大部分は架空のものである。
しかし、そのヴェールの下には真実が隠されている。
現在に至るまでの数年間、ユダヤ人ほど精神的に捕われの身とされて来た人々はいなかった。
 何故なら一般のユダヤ人達は、ユダヤ上層部のブラザーフッドによって、情け容赦ない残酷な迫害を通じての奇怪な精神操作を受け、彼らの計画を推進するために利用され続けてきたのだから。
「ユダヤ」のロスチャイルド家は、莫大な金をナチスに出資することによって、一般のユダヤ人たちを恐るべき悲惨な結末へと追い込んだ。(上巻222ページ)

 「悪いのは皆ロスチャイルド一族なのです。
そして、ロスチャイルドが誕生(18世紀)する前にユダヤ人が働いたとされる悪事の数々の大部分は架空の物語なのです」
 とアイクは断定しています。
但し、その検証はなされていません。
このようにアイクは、ユダヤに都合の悪いことは、イエスという人物を十字架に架けさせたことを筆頭に、大部分は架空の物語ということにしてしまいます。

 バビロン時代以来編纂され続けてきた凄まじい量の『トーラー』及び『タルムード』は、個人の日々の生活を事細かく規定するものであり、人間精神に対する砲撃と言っても良い程のものでもあった。(中略)
 レヴィ人によって作られたこの書物は非ユダヤ人を排撃する病的な人種主義に満ちており、少しでもユダヤに挑戦する者があれば徹底的に「殲滅」するように説いている。

 『タルムード』は世界一極悪な人種主義の書である。
その精神の病の深さを示すいくつかの例をあげてみよう。

「ユダヤ人だけが人間であり、非ユダヤ人は家畜である」
「非ユダヤ人はユダヤ人の奴隷となるために創られたものである」
「非ユダヤ人との性交は動物との性交と同じである」
「非ユダヤ人は病気の豚以上に忌避されるべきものである」
「非ユダヤ人の出生率は極力抑えなければならない」
「雌羊やロバを失っても取返しがつくように、非ユダヤ人についても取り替えが利く」


 これらは単に凶悪な人種主義と言うに止まらない。
もう一度良く読んで頂きたい。
それは当に、ドラコ・レプティリアンとその手下共が人類に対して取っている態度そのものなのだ。
このような恐るべき内容は一般のユダヤ人によって書かれたものではない。
 一般のユダヤ人達は、このような恐るべき信仰の犠牲者なのだ。
確認しておきたい。『タルムード』はレヴィ人によって書上げられた書物である。
その彼等は、バビロニアのレプティリアン・ブラザーフッドの血流に属する秘密司祭団であり、ユダヤの人々に対してはアドルフ・ヒトラー程の誠実さも持合せてはいなかったのだ。
 だからユダヤ人を責めるのは筋違いだ。
それこそブラザーフッドの思う壺なのだから。
「分割して支配せよ」は彼らの基本戦略だ。(上巻231ページ~)

 『タルムード』が極悪の書であることは一応認めています。
然しながら、それがなぜユダヤ人の為に書かれたのか、何の目的で書かれたのかについては全く説明されていません。
 ですから中々苦しい弁護内容となっています。
何故ユダヤ人と非ユダヤ人を分割しなくてはならないのか ―。
頼まれもしないのに『タルムード』という秘密文書を作成して、その中でユダヤ人だけを特別扱いする理由は何なのか ―。
 そもそもレヴィ人とは一体何者で、『タルムード』が彼等の作という証拠は何処にあるのか ―。
それらには触れずに、「とにかくユダヤ人は悪くはないのだ」と結論だけを急いでいる感じです。

  現に、『タルムード』を中心的な教義にしていると言われているユダヤ教を信仰する人達(=ユダヤ人)が、今日の世界を支配している層の中枢に居る事は紛れもない事実なのに、その事に全くの頬かむりをしているのは異常です。
ユダヤを恐れているか、ユダヤのシンパか、あるいは自らが隠れユダヤ人であるかの何れかだと思われます。
  更に意図的だと思われるのは、『タルムード』の教えの悪質性についての説明が大変おざなりだということです。
その内容も、意図して面白おかしく表現されている処だけを拾っています。
「タルムードはユダヤの教えではなく、それはレプティリアンが書いたものだ」と、ここでもアイクは“ユダヤ”を弁護しています。

  少数のエリート達から見れば、ユダヤ人であろうとカトリックであろうとイスラムであろうと、支配対象であることに変わりはない。
これら全ての宗教や人種と云ったものの欺瞞性は、今日ユダヤ人と呼ばれている人々の実情を見れば明らかだ。
 あるユダヤ人の人類学者は言う。
ユダヤ人なる「人種」は存在しない、と。
ユダヤというのは信仰であって人種ではない。
だから「ユダヤ人」という概念はまったくの捏造である。
(中略)
 ここで留意すべきは、ユダヤ教徒の中にも他の文化に属する者の中にも、レプティリアンの血を受け継ぎ秘密裡に活動している特別な人種が潜んでいるという事実である。(上巻235ページ)

  要するに、「ユダヤ人だけが特別に悪いことをして来た訳ではない。
どんな文化に属する者にもレプティリアンは憑依しているのだから」と、世界中で悪事を働いて来たとされるユダヤ人を徹底的に弁護しています。
最終的には、「もともとユダヤ人なる人種は存在しないんだ」ということで、イエスと同様、ユダヤ人種までが架空の存在にされてしまいました。

 19世紀末に発見された『シオン賢者の議定書(プロトコール)』は、20世紀に起こった出来事とその操作手法を、驚くべき正確さで物語っている。
略して『プロトコール』と呼ばれるそれらの文書は、ロスチャイルドらレプタイル・アーリアンによる創作である。(中略)
 ブラザーフッドは『プロトコール』の内容に対する信用度を落すのに躍起になっている。
それほど『プロトコール』の内容は的を射ているのである。
 私は『プロトコール』のことを、一般に言う「ユダヤ」の手によるものであるなどとは、全く思っていない。
はっきり言えば『プロトコール』は、レプタイル・アーリアンによって「ユダヤ」のものであるかのように見せかけて作られたものだ。(上巻488ページ~)

 ここでも“犯人”は姿の見えないレプタイル・アーリアンということになってしまいました。
アーリア人を操って書かせたという異次元の存在を証人喚問をすることは出来ませんので、確かめる術はありません。
アイクは異次元に行って見て来たのでしょうか‥‥。
かくてアイク法廷では、「証拠不十分につきユダヤは無罪!」ということになったようです。

 シオニズムは陰謀の中心であると言われることもあるが、それは間違っている。
それは、はるかに巨大なブラザーフッド・ネットワークの一部に過ぎない。
シオニズムはユダヤ人固有のものではない。それは一種の政治運動である。
 シオニズムを支持しないユダヤ人は大勢いるし、シオニズムを支持する非ユダヤ人もかなりいる。
「シオニズム」イコール「ユダヤ人」と考えるのは、「民主党」イコール「アメリカ人」と考えるのと同じようなものだ。(上巻521ページ~)

 こうして、徹頭徹尾、「ユダヤ」擁護の内容が続きます
これならADL(ユダヤ名誉毀損防止連盟)から抗議を受ける心配はないでしょう。
逆に表彰状と賞金が贈られるに違いありません。
 かつて文藝春秋社が創刊したばかりの『マルコポーロ』という雑誌に、「アウシュビッツのユダヤ人虐殺はなかったのではないか」という記事を掲載しただけで、たちどころにADLから抗議を受けて廃刊に追込まれたことがありました。
私はその創刊号を持っていますが、決して過激な内容ではありません。
 今日、「ユダヤ」を名乗る勢力がこれだけ強大な力を持っていること、そして「ユダヤ民族」擁護の為に他の民族にはない過敏な反応を示すことについて、アイクはどう考えているのか気になるところです。


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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