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なわのデーヴィッド・アイク論(1)

[なわのつぶや記(復刻版)]
竜であり蛇である? われらがアイク  
  2007年12月1日(土) 更新

・ 「大いなる秘密」に対する大いなる疑問

  当サイトでご紹介しているデーヴィッド・アイクの『大いなる秘密(上)爬虫類人』の中に、私がどうしても納得出来ないことが述べられています。
それは、「新約聖書は捏造されたものであり、イエスは架空の人物である」という内容です。

 これは、まさに「百の真理に(猛)毒一つ」の手口ではないかと思っています。
つまり、誰が見ても正しいと解る内容を並べておいて、その中に巧妙にウソ(毒)を紛れ込ませるという手法です。
 狙いはそのウソの部分を信用させたいことにありますので、他の正しい内容はその囮として使われるということです。
言わば、知られたくない秘密を明らかにするという犠牲と引換えに、自分(達)に都合の悪い真理をウソと思い込ませるという手法で、「肉を切らせて骨を切る」という高等テクニックと言えます。

  この場合の「百の真理」とは、世界を操る陰の勢力の奥の院に関する様々な分析です。
それを「低層四次元に住むレプティリアン(爬虫類人)である」とするアイクの研究は、確かに説得力があります。
 しかしながら、わが国におけるユダヤ問題研究の第一人者とも言うべき太田龍氏が、最近ではすっかり“アイク信者”になっておられるところを見ましても、このアイクの研究は一個人の努力によるものとは思われません。
多くの協力者(執筆依頼人や情報提供者)による資料提供や資金面の援助があるものと考えられます。
 アイクの著書を太田龍氏に働きかけた人間がどういう人物か知りたいところです。
太田龍氏がユダヤ問題やイルミナティに関する研究者として多くの信奉者を持っていることを計算してのアプローチではなかったか、と見ています。
勿論、ご本人にはその自覚はないと思いますが、最近の太田氏の「アイクかぶれ」振りは異常と言わざるを得ません。

 さて、アイクが明らかにしている“真理”の中で私が納得出来る内容は、「異形の霊界の頂点に住み着いたおぞましい存在こそが、イルミナティの奥の院であり、フリーメーソンやシオニスト・ユダヤ等を操る悪魔的存在である」という部分です。
 今日では、ロスチャイルドやロックフェラー、あるいはビルダーバーグ倶楽部や三百人委員会といった人物または組織が世界を牛耳っているように見えますが、その奥の奥、上の上には、どう考えても異星人または異星人を装った異次元の存在がいることは間違いないと思われるからです。

 聖母マリアを装ってポルトガルのファティマに住む子供達の前に姿を現し、第1次世界大戦の終焉と第2次世界大戦の勃発を予告し、それをさらにスケールアップしたような出来事(第3次世界大戦?)が起ることを匂わせた存在は、まさに低層の異界に住む悪魔的存在としか考えられません。
 これこそ、人類の恐怖心を煽り、それを自らのエネルギーとしている存在、すなわち神を装って人類の洗脳を計っている連中の手口なのです。
この宇宙の法則を創造し運行している存在が、わざわざクリスチャンの信仰の対象となる聖母マリアに変装して人類を導かないといけないような、あまりにも低次元で人間臭い手口を使うことはあり得ないことです。

 ということで、世界を牛耳っている勢力の奥の院の分析に付きましては、アイクの研究は真理を突いていると考えて来ました。
然しながら、その研究の中に、以下のような形で新約聖書を否定する記述があるのです。
 先ずは、その内容に目を通して頂きたいと思います。
以下は『大いなる秘密(上)爬虫類人』の第5章(264ページ~)の冒頭に述べられている内容です。

・ 世界的救世主神話は大衆の精神を操作するため茶番的にひねり出したもの

  キリスト教会は、空想の上に打ち立てられた茶番劇だ。
この二千年間、フロックコートを着た男達によって売り歩かれたお伽話を何十億もの人々が信じて来たという現実を見れば、大衆を支配することが如何に容易いかが解るだろう。
 そしてキリスト教に就いて言えることは、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教など、ほとんどすべての宗教に当てはまる。
これらの宗教は、同一の勢力によって同じ目的を達成する為に作られたものである。
世界中の救世主神話は、同一の作戦計画の元に打ち立てられている。
それは大きく3点に絞れるだろう。

① あなたは原罪と共に生れて来た。
あなたがこの地上に生れた最初から、あなたは無価値なものだった。

② あなたは、「救い主」を信じることによってのみ救われる。司祭達の言うとおりにしなさい。

③ もしそれに従わないのであれば、あなたは地獄の業火の中で永遠に焼かれ続けることになるだろう。

  このようなやり方によって、何千年もの間、恐怖と罪悪感とが作り出され続けて来たのだ。
赤子に死なれたカトリック教徒の母親は、わが子の魂がどうなるのかを案じて深い悲しみにくれるという。
 ほんの数日しか生きられなかった赤子達は、イエスヘの信仰を持つことが出来ないからだ。
彼らは天国へ行くのだろうか。それとも地獄へ行くのだろうか。
私はアメリカのテレビで、あるカトリックの番組を観たことがある。
その中で、長いフロックコートを着た男(神父)がそのことを質問された。

 彼は言った。「それは非常に深い神学的な問題です。赤子の魂はリンボー(冥界の辺土)へ行きます(何時までそこで彷徨い続けるのだろうか?)。
或いは両親の行ないによって天国へ行けるかどうかが判定されます」
  司祭の行ないによって判定されるのでなくて本当に良かった! 
イエスを信じることによってのみ救われるというのであれば、イエスの名前さえ聞かれないような地域に住んでいた何十億もの人々はどうなったのだろうか。
彼らは全て地獄の業火で焼かれるというのだろうか。
  キリスト教の神なんて糞喰らえだ。そんなことが本当であろう筈がない。
それは、レプティリアンの秘儀を受けたバビロニアン・ブラザーフッドが、大衆の精神を操作する為にでっち上げた作り話なのだ。
      『大いなる秘密(上)爬虫類人』(デーヴィッド・アイク/三交社)

  新約聖書の内容が捏造なのではなく、アイク自身が「新約聖書の内容はこんなものだ」と捏造しているのです。
新約聖書の冒頭にある「マタイによる福音書」だけを読んでも、アイクのウソは直ぐに解ります。
新約聖書の内容は、まさにこの宇宙の真理ともいうべき「カルマの法則」の要諦を余すところなく述べているといっても過言ではありません。

 イエスの死後に宗教化されたキリスト教は、アイクの言うような性質を持っていると言えるかも知れません。
しかし、イエスとキリスト教は関係ないのです。
イエスの教えを記述した新約聖書を宗教として利用しているのがキリスト教であるというだけのことです。
アイクは現在のキリスト教の問題点を指摘することによって、イエスそのものの教えを否定しようとしていることが見て取れます。

 百歩譲って、もしイエスが実在の人物でなかったとしましても、その雛型となった人物がキリスト(メシア=救世主)だったと考えることが出来ます。
2000年も前に、あれだけの霊的真理を述べられる存在は、どう見ても正統な霊界(神霊界)に住まう高級神霊の生れ変り、又はそのような高級神霊を指導霊とする人物と思って間違いないからです。
それは何も「イエス」という名前でなくても構わないわけです。
 しかしながら、イエスの教えを広めた弟子達(アイクはこの弟子達も架空の人物だと述べていますが)によって、その後、ユダヤ教と対立する教義を持つキリスト教が宗教として誕生し、世界中に広まって行ったことは紛れもない事実です。

 また、そのキリスト教に対して、ユダヤ教を信仰する勢力から陰に陽に攻撃が仕掛けられ、主だった教会は勿論、今日では法王庁まで支配下に置かれていると見られています。
 もし、新約聖書の内容がアイクの言うレプティリアン(爬虫類人)の影響を受けた人物の創作によるものであれば、作った後でその教えが広がるのを妨害するような無駄なことはしないでしょう。
 新約聖書に書かれたイエスの教えそのものが、彼らにとってはたいへん有難くないものなので、“究極の妨害策”として、イエスや新約聖書そのものの否定という工作を行なったものと考えられます。

 この点に関する限り、デーヴィッド・アイクの分析は却下したいと思いますが、それよりも、アイクそのものが多分に異次元からミスリードをされている可能性も高いと考えています。
 霊的に敏感な者は、ちょっとした気の弛みで低層四次元からの干渉を受け、憑依されてしまう危険性があるという見本のような気が致します。アイクが自著の表紙に自らの手を広げた全裸の写真を載せて世間の注目を集めようとしたことを見ましても、当(まさ)に普通の感覚とは思えません。
「それ(裸体の表紙)を異常と見る考え方こそが、洗脳されている証拠だ」といった詭弁を使って読者を翻弄していますが‥‥。
 
 本題に戻ります。
現在のキリスト教が新約聖書の内容を曲解した教えを広めていることについては、私も同感です。
アイクが指摘した問題点は、新約聖書の中にあるのではなく、キリスト教となった宗教団体の教えの中に潜んでいるということです。


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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