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大峠の越え方 (3)

身魂磨き

 次に身魂みがきです。

よくこの神示読んで呉れよ。よめばよむほど、身魂みがかれるぞ、
と申しても仕事をよそにしてはならんぞ。

(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第13帖)

身も心も神のものざから、毎日毎日神から頂いたものと思えばよいのであるぞ、
身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる、神の最も尊いとことしてお扱いすることぞ。
(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第14帖)

ミタマ磨きと申すのは、神からさづかってゐるミタマの命令に従ふて、肉体心すてて了ふて、神の申すことはそむかん様にすることぞ。
学や智を力と頼むうちはミタマは磨けんのざ。

(ひふみ神示 第八巻 磐戸の巻 第16帖)


 直ぐ上の神示は、神智学的にいえば、低我三体(メンタル体アストラル体肉体)を内なる神モナド太陽司神の分神霊)の意思に従わせる、ということになります。
もっと平易な言い方をすれば、良心に従って行動しなさいということです。
「なわのつぶや記2011.01.11」に引用された出口ナオの御筆先にもこれと非常によく似た文章があります。

身魂を磨くと申すのは、天から授けて貰うた大本の身魂の命令に従うて、肉体の心を捨ててしもうて、本心に立ち返りて、神の申すことを何一つ背かぬようにいたすのであるぞよ。学や知恵や仏を力にいたすうちは、まことの身魂は研けておらんぞよ。
(大本神諭 天の巻 大正5年旧11月8日)


また、

みたまみがきとは善いと感じたこと直ちに行ふことぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第67帖)


 これが、最も解り易く且つ実践し易い身魂みがきの方法です。
実は仏教の方にもこれと同様な教えがあります。

諸悪莫作 衆善奉行(しょあくまくさ しゅぜんぶぎょう)
(悪いことをするな、良いことをしなさい)(七仏通誡偈


 釈尊を含む七仏が共通して説いた教えを一つにまとめたものがこんな単純なことだというのは驚きです。
しかし、“三歳の童子これを知るといえども 八十の老翁なお行じ難し”です。
因みに私の身魂磨きは、「隠れて善い事をする」、それだけです。

 少し補足しますと、大きなことではなく、毎日でも出来ることで、しかも普通の人は決してやろうとはしないことです。
どうしてやろうとしないのかというと、バカバカしいからです。
なにしろ、顔も知らない他人様の不心得の後始末をこっそりとするのですから。
それを有難くさせて頂くことによって、自分は幾らでも徳積みが出来るのですからこんな愉快なことはありません。
 これを始めると大難は小難に変り、その度に気づきを得られ、その内に何もかもうまく運ぶようになります。神の力が加わって来るのです。
バカになってやってみなさい。
今からでも間に合う、うれしうれしとなる最短コースです。


先に(他人様の)お尻をふかねばならんことも、世が迫ってくると出てくるのぢゃ。
その代り、後では神がそなたのお尻をきれいにふいて下さるぞ。

(ひふみ神示  補巻 月光の巻 第56帖)

よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが、
人に知れぬ様によき事はするのざぞ。
この事よく深く考へて行へよ。

(ひふみ神示  第六巻 日月の巻 第16帖)


 お尻を拭く、とは勿論カルマの清算のことです。 
何故、人に知られない方がよいのかというと、これは実際にやって見て解りました。
同じことでも、人に知られないように善い事をするのは、自分が神にでもならなければ出来ないことだからです。(悪いことなら誰でも隠れてやれますよね)
人の本性は神なのです。
我善しになっている自分が、その曇りを取って神になることが身魂磨きなのです。

人に知れん様によいことつとめと申してあろが。
人に知れん様にする好い事神こころぞ。
(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第7帖)

臣民には神と同じ分霊(わけみたま)さづけてあるのざから、みがけば神になるのぞ。
(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第12帖)



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まとめteみた.【大峠の越え方 (3)】

〔身魂磨き〕次に身魂みがきです。よくこの神示読んで呉れよ。よめばよむほど、身魂みがかれるぞ、と申ふみ神示第三巻富士の巻第13帖)身も心も神のものざから、毎日毎日神から頂い

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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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