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異世界? パラレルワールド? に行った話

 2014年3月26日、「日本や世界や宇宙の動向」さんに掲載されたこの記事は、元記事を辿って見れば、全く信用の置けない匿名の投稿記事だと分ります。 
 私に言わせれば、一見してフジテレビ系ドラマ「世にも奇妙な物語」と同レベルの完全な作り話か、気を失っている間に見た夢(アストラル体験)です。
唯一の証拠となる「傷跡」も、確認した者はなく、嘘を信用させる為に捏造したエピソードでしょう。
 「日本や世界や宇宙の動向」さんは、明らかに異次元とパラレルワールドの違いも弁えず、混乱した話をしています。
また、「夢」が何であるかも、ご存知ないようです。

 しかし、「神一厘の仕組み・探究道 ~神・世界秩序の始まり~」の曽ヶ端 賢治氏がこれを パラレル・ワールドが始まっています!(2014-03-29)で採り上げ、「本当が一番」さんがこれを転載(2014/04/11)したり、ふぐり玉蔵が、どっちの地球に住むか やはり感謝の心(3/31) で、又、「めもっとこ」さんが 異次元体験の例(03/28) で採り上げたり、ネット上でそこそこ波紋が拡がりました。
 こうして拡散したインチキ記事は、何も知らない読者に読まれて結果的に本物のスピリチュアリズムを貶める手助けをした事になります。
曽ヶ端 賢治氏はまともな神道系のブロガーさんですが、残念ながら霊学には疎いようです。
「日本や世界や宇宙の動向」さんも「本当が一番」さん、「黄金の金玉を知らないか?」の玉蔵も同じです。但し、めもっとこ さんは異次元体験である事をお解りになっていたようです。
 この記事を拡散した人の多くが、次元上昇後、全ての真実が明らかになった時に、自分の不勉強を恥じる事になります。

   パラレルワールド(又はパラレルアース)説ではどちらの地球も
   存在している
(狂人の説)
    パラレル・ワールド(またはパラレル・アース)


転載元: 「日本や世界や宇宙の動向」
この男性は、パラレルワールドを体験したかもしれないそうです
       2014年03月26日14:43
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51922446.html

 パラレルワールドに行ったのではないか? と思った男性の投稿記事です。
もし、以下の物語が単なる作り話でないなら、本当に、パレレルワールドに行った可能性があるのではないでしょうか。
 周囲の状況が鮮明で物語がしっかりしている夢は、案外、別世界に飛んで行っている可能性があると思います。
これは単にネットに書き込まれた情報なので、錯覚なのか単なる夢なのか作り話なのかは。。。分りませんが。。。

 実際にパラレルワールドは幾つも存在しているそうですから、別の世界で違った人生を歩んでいる自分が何人もいる事になります。
1つの魂が幾つかに分れて別々の世界で違った人生体験をしているのでしょう。
別の世界では世界の状況も若干違うようです。
 宇宙の仕組は物質世界の人間の頭では到底理解出来ない事だらけです。
パラレルワールドがこの世と同じように物質世界かどうかは私には分りません。
夢の中でパラレルワールドに飛んで行っている場合もありそうです。
その時に印象に残った夢は何年経っても忘れないものです。
誰でも時には不思議な夢を見る時がありますね。

元記事: 「哲学ニュース nwk」
異世界?パラレルワールド?に行った話
     2014年03月26日12:00
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4648446.html

 あれは2年ほど前の話。異世界の話のワクワク感は異常。
2年前母子家庭だった俺の母親が死んだ。ショックは大きく何をする気力も起きなかった。
 もういっそ死んでしまおうと思い投身自殺をしようとした。
あの時確かに俺はビルの屋上から飛んだんだ。落ちて行く時の恐怖で俺は意識を失った。
確かに俺は自殺しようとしたし落下して行く中の光景を今でも覚えてる。
だが、目を覚すと俺は見知らぬ街の道路で寝ていた。
 目を覚ました場所は山梨県だった。
俺はその時中国地方に住んでいたし山梨なんて人生で1度も来た事のない場所だった。
不安になった俺は取り敢えず関東にいる友達に電話しようと思ったんだ。だが、携帯がなかった。
そういえば飛び降りた時、ポケットから携帯が落ちて行った事を思い出した。
 幸い近くには駅があり、交番があったから取り敢えず交番に行って見る事にした。
まとめサイトなんかで見た事のある異世界系の話では言葉が通じないというのが良くあるけれど俺の場合は普通に言葉は通じた。
交番にいた警察官に今迄の事を全部話すと住んでる県迄の帰り方を丁寧に説明してくれた。
財布は持っていたし中には3万と少しの現金も入っていたから言われた通りに帰る事は簡単だった。
 ただ距離もかなり遠いし時間も大分掛った。
だが、帰っている途中1000円札と5000円札の肖像画が違う事に気づいた。
気になって聞いてみると野口英世と樋口一葉は1つ前の紙幣の肖像画らしい。多分未来ではないと思う。
 肖像画の人は全く知らない人だった。
そして無事地元まで辿り着けた訳だが知らない建物がちらほらあり知ってる建物が無かったりした。
もしかして俺の家がなかったらどうしようなんて事も考えたんだが家はちゃんとそこにあった。
家に入ると母が生きてて俺が生れて直ぐくらいに死んだと聞かされていた父親がいた。
 小さい時1度だけ父親の写真を見せて貰った事があった。
その人がそのまま歳を取った感じだったから本物の父なんだろうと思った。
困惑や嬉しさで泣いてしまった。
 両親はとても心配してくれた。
暫らくして気分が落着くと先刻の知らない肖像画の人が気になった。
高校の歴史の教科書を見ると大半は一緒なんだけど細かく違っている所があった。
 昔の事でなく最近の事もちょくちょく違っているみたいだった。
1番違った点は今日本が戦争中という事だった。
憲法9条が存在しなくて9条には何か別の内容が書かれていた。
でも徴兵制とかはないみたいで軍に入る人は皆志願制みたいだった。
相手は中国らしく向うから仕掛けて来たみたいだった。
戦争中と言えど日常生活には特に影響もなく、もう2度と会う事も出来ないと思っていた両親との生活も出来て何気ない日常がとても幸せだった。
 ずっとこの世界が続くと良いなと思っていた。
でも細かい事なんだけど色々違う事もあって自分の知らないニュースだったり、自分の知ってる事が実際には起ってない事だったりして多少困る事はあった。
 1番困ったのは職場が違った事だった。
普通のサラリーマンって感じの仕事をしてたんだけどあっちの世界では工場みたいな所に勤めていた。
勿論同僚は知らない人しかいないし色々と苦労したんだけど1ヶ月位するとだんだん慣れて来た。
 パラレルワールドに来て3ヶ月。
時が経つのは早くこの世界の生活にも大分慣れて来た。
思えばこれは神が人生をやり直すチャンスをくれたんじゃないだろうかと思う事もあった。
 親孝行なんて出来なかったから精一杯親孝行して行こうと思った。
何よりも父と話している楽しそうな母を見るのが幸せだった。
こんなにも仲が良かったんだなと思った。
 だが、平和な生活とは裏腹に戦況は悪化しているみたいだった。
そしてついに徴兵が始まるようになった。
対象は20歳以上の健康な男子という事らしい。
 当時19歳だった。
どうせ後1年で行く事になるならばと思い俺は仕事を辞め、軍に志願した。
今思えばとても馬鹿な事をしたと思う。
 入隊する事自体は難しい事ではなかった。
航空隊に入り訓練兵として戦闘機の操縦を学んだ。
普通1年程の訓練を経て戦場へと向うんだが切羽詰ってたのか俺は約6ヶ月半年で訓練を終了した。
 その間にもどんどん戦況は悪くなっていた。
本土上陸はなんとか食い止めてたが完全に防戦一方だった。
美保基地に配属され仲間達もどんどん出撃して行っていた。
 日本海上空での空戦が基本だった。
戦況は悪化しているみたいだった。戦況は悪くなっていた。
次々と仲間達が出撃行く中、俺も出撃する事になった。
 本土空襲に来る敵機動部隊の迎撃。
半年間訓練をしているとは言え、実戦に出た事なんて初めてだった。
死ぬのは怖かった。両親ともっと一緒に過していたかった。
 激しい空戦だった。生き延びる為ずっと逃げ回っていた。
撃墜されて行く仲間も見たし撃墜された敵も見た。
気が付くと空戦は終っていて残ったのは俺と他に7人。
何年もパイロットをやっている熟練搭乗員だそうだ。
結局1発も弾を使わず初の空戦は終った。パラレルワールドに来て凡そ10ヶ月だった。
 2度目の出撃。又も敵機動部隊の迎撃だった。
この敵機動部隊の目的はと言うと本土空襲である。
敵は済州島という韓国のちょっと下の辺りにある島に航空基地を作っていてこれだけでもかなりやばいのにその上本土空襲までされるようになれば   日本も敗戦確実。何としてもそれだけは避けたかったのである。
 本土からおよそ200kmほどの地点での空戦。
俺は1機撃墜し嬉しくなった。浮かれている所に後ろから機銃掃射を受けた。爆発こそしなかったものの機体は制御不能。
 海に向け真逆様、今思えば戦闘機には射出座席という物が付いていて脱出する事だって可能だったんだがあの時そんな事は考えられなかった。
「死ぬのか」と思った。短い間に色々な思い出が頭の中を巡った。
 3ヶ月だけだったが父親と過せた事。
二度と会えないと思った母親と出会った事。
軍に志願したのは何よりもこの2人の生活を裕福なものにしたかったからなのかも知れない。
 海に落ちた事は覚えていない。
落ちる寸前気を失ったのだろうか。2012年の12月8日だった。
気が付くとビルの屋上に寝ていた。
 ポケットにあの時落した携帯が入っていた。
自殺を図ったのが2月5日午後5時前後。携帯が示している時刻は2月5日午後6時32分。
約1時間30分。俺が過ごした10ヶ月は約1時間30分の間に見た夢だったのか?
 急いで家に帰った 。
家に帰るとそこに母の姿はなく勿論父の姿もなかった。
あの日のままだった。何もかもが 。
 だけど向うの世界で起った事は本当の事なんじゃないかと思ってる。
1度向うで派手にコケた時があった。
その時結構擦り剥いちゃってその部分の怪我が治っても傷跡みたいに残ってたんだ。
その傷跡が帰ってきても残ってたんだよ。
残念だけど(財布の中には)向うの物は何も持って之なかった。
向うの肖像画の人も気になったから検索してみたんだけどヒットしなかった。
 両親と過した時間は短かったんだけれど幸せな時間だった。
俺は死ぬなんて考えるのは止めてこれからの人生を幸せに生きようと決めた。
長い時間付き合ってくれた方、有難うございました。


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プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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