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二度の大戦で英が独に勝った「大戦略」

 これは必読です。今、日本が中国に勝つために必要な「大戦略」の骨子が簡潔に纏められています。当ブログのこれ迄の記事の流れとも一致します。この「RPE」の論文が安倍内閣の要人に読まれることを願っています。


【RPE】★ 勃興するドイツは、なぜ落目の覇権国家イギリスに負けたのか?
       ロシア政治経済ジャーナル No.1377  
      2016年04月25日            北野幸伯
http://archives.mag2.com/0000012950/20160425000000000.html

 全世界のRPE読者の皆様、こんにちは! 北野です。

 世界3大戦略家ルトワックさんの超名著、『中国4.0 ~ 暴発する中華帝国』、早くも4刷だそうです。まことに目出度いことです。
余りにも面白いので、私も4回完読してしまいました。そして今は、ルトワックさん、もう一冊の「家宝級」名著『自滅する中国』を再読しています。
 久し振りに読んでみると、実に深遠なことが書かれています。今回は、イギリスとドイツについて。
経済力や軍事力で優っていたドイツは、なぜイギリスに負けたのかを見てみましょう。
「外交力」と「軍事力」の関係、「大戦略」と「戦術」の関係等が良く解ります。

昇るドイツ、沈むイギリス

 アメリカの前の覇権国家と言えばイギリス。19世紀、ビクトリア女王の時代に絶頂期を迎えたこの国。しかし、1890年頃には、新興国家ドイツに負けつつありました。

 <この当時のドイツは、イギリスを産業革新の面で追抜きつつあり、その結果としてグローバル市場での競争に勝ち、資本を蓄積し、それを更にイノベーションに注込むことによって、イギリスが優位を保っていた分野を次々と奪っていた。
 当時は未だ重要であった鉄鋼産業に於いても、ドイツの優位は増すばかりであった。また、当時の最先端産業であった化学分野に於けるドイツの優位は、既に絶対的なものだった。>(90p)

 う~む。覇権国家イギリス、経済分野でドイツに「完敗」の様相です。ドイツは、金儲けだけに励んでいたのではありません。儲けた金を、国民に還元もしていました。
世界で初めて「健康保険」、「労災保険」、「国民年金制度」等を作り、国民の幸福増進に邁進していたのです。「て言うか、イギリスは、金融でしょ???」。そう思う方も居るでしょう。しかし・・・。

 <世界の主要準備通貨としてのポンドの一極支配等による構造的な優位性の両方が、ドイツ経済の活性化による急速な資本形成によって覆されようとしていた。
ハンブルグのヴァールブルク銀行はロンドンのロスチャイルド銀行を抜去ろうとしていたし、イギリス最大の銀行でさえもドイツ銀行の前では影が薄くなっていた。ドイツ銀行は1914年に世界最大の銀行となり、金融業界で最も競争力のある銀行になっていた>(91p)

 1890年、誰もが「ドイツの未来は明るく、イギリスの未来は暗い」と考えていました。ところが実際は・・・。
ドイツは、第1次世界大戦、第2次世界大戦でイギリスを中心とする勢力に敗北。第2次世界大戦後は、西ドイツと東ドイツに分断されてしまいます。
1890年の希望は見事に裏切られ、ドイツの20世紀は「悲惨」でした。
何故そうなったのでしょうか? 原因は、イギリスにありました。

「ドイツ打倒」を決意したイギリスがしたこと

 1890年当時、イギリスは、フランス、ロシアと「植民地獲得競争」に明暮れていました。
フランスとは、アフリカとインドシナで競走していた。
ロシアとは、中央アジアで競争していた。
それで、イギリスにとって、
仮想敵ナンバー1 = フランス
仮想的ナンバー2 = ロシア
 だったのです。
ところが、イギリスがフランス、ロシアと争っている内に、「あれよあれよ」と言う間にドイツが台頭して来て、最大の脅威になって来た。それで、イギリスはどうしたか?
 仮想敵ナンバー1のフランスと「和解」したのです。英仏は、
・ モロッコ問題
・ ニューファンドランド島問題
・ タイ問題
・ 東アフリカ、中央アフリカ問題
・ マダガスカル島問題
・ ニューヘブリデス諸島問題
 等を、急速に解決して行きました。
1904年迄に和解を完了したイギリスとフランス。今度は両国一体化して、ドイツの海洋進出を阻むようになって行きます。
 仮想敵ナンバー1と和解したイギリス。今度は、仮想敵ナンバー2ロシアとの和解に動きます。
1907年8月、イギリスとロシアは、「英露協商」を締結しました。
更にイギリスは1902年、日英同盟を締結、ドイツが日本と組む道を閉ざしました。
 もう一つの重要なファクターがアメリカです。イギリスは、「あらゆる犠牲を払ってでもアメリカと良好な関係を保つこと」を決意し、そのようにしました。
こうして、1890年時点でドイツに「覇権を奪われるか???」と恐怖していたイギリス。1907年迄に、フランス、ロシア、日本、アメリカを味方につけることに成功したのです。結果、ドイツには、弱い同盟国しか残りませんでした。それは、
オーストリア=ハンガリー帝国(民族紛争が酷かった)
イタリア(弱い軍隊しかなかった)
オスマン帝国(近代化出来ず、尚且つイタリアと仲が悪い)
 結果、どうなったか? 皆さんご存知です。
1914年に始った第1次世界大戦で、ドイツは完敗したのです。しかし、ドイツが負けることは、イギリスが1907年迄に、フランス、ロシア、日本、アメリカを味方につけた時点で決っていたのです。

 国力でドイツに劣るイギリスが勝利出来た要因は二つです。
・ 「外交力」によって、有力な国々を味方につけること出来た。(そのために、イギリスは、大きな譲歩をしている)
・ 外交を導く、確固たる「大戦略」があった。
 一方、強い経済、強い軍隊があったドイツは、それにあまりも頼り過ぎ、「大戦略」でイギリスに負けたのです。ルトワックさんは言います。

 <最終的な結果を決めるのは、それらよりも更に高い大戦略レベルである。>
<ドイツ陸軍が1914年から1918年にかけて獲得した、数多くの戦術・作戦レベルの勝利でさえも、より高い戦略レベルを打破り、そのトップの大戦略レベル迄到達することはなかった。従って、ドイツ陸軍の激しい戦いは何も達成しなかったのであり、それはまるで彼等が最高ではなく、最低の軍隊であることを証明してしまったのと同じなのだ。>」(98p)

 皆さん、イギリスとドイツの話を読まれてどう思われましたか? 私は、戦前、戦中の日本のことを思い出しました。
日本軍は中国軍に連戦連勝でした。戦術では、何時も勝っていたのです。ところが、軍隊が弱いことを自覚していた中国は、「外交によって味方を増やすこと」にパワーを集中させていました。結果、1937年に日中戦争が始った時、中国は、アメリカ、イギリス、ソ連3大国から支援を受けていたのです。
自国の軍事力を一番に考えた日本。
(軍隊が弱いので)外交を一番に考えた中国。
 勝ったのは、弱い軍隊の中国だったのです。

現代日本への教訓

1.敵は、「一国」に絞る
 1890年、イギリスの周りは敵だらけでした。フランス、ロシア、ドイツ。しかし、イギリスは、「ドイツこそが最大の敵だ!」と決めた。今、日本の周りも敵だらけです。
・ 北方領土を返さないロシア。
・ 核兵器を持ち、ミサイルを日本海にぶっ放す北朝鮮。
・ 世界で狂ったように「反日プロパガンダ」を続ける韓国。
・ 「日本に尖閣、沖縄の領有権はない!」と宣言している中国。
 日本も賢いイギリスのように、「どの国が真の脅威なのか?」を見極めなければなりません。そう考えると、これは勿論、「反日統一共同戦線」戦略を持ち、沖縄を狙う中国だ、となるでしょう。
(● 全国民必読、中国の「反日統一共同戦線」とは?⇒(http://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2012_11_15/94728921/

2.その他の敵と和解する
 「ドイツこそ最大の敵」と決めたイギリス。次に行なったことは、「その他の敵」との和解でした。具体的には、フランス、ロシアと和解した。
これを日本に当嵌めると、日本は、「ロシア、韓国と和解するべきだ」となるでしょう。
 日本、アメリカの仲介で韓国と和解しました。しかし、ロシアとの関係は、悪化し続けています。もし安倍総理に「大戦略観」があるのなら、
「仲良くしましょう!」と言ったその直後、「ところで、北方領土何時返してくれますか?」とは言わないでしょう。
 賢いイギリス人であれば、「北方4島のことは、棚上げにしましょう。ところで、ロシアは『制裁』、『原油安』、『ルーブル安』で経済が大変みたいですね。制裁解除はアメリカとの関係があるので難しいですが、石油・ガス輸入を増やすことは出来ますよ。その他、お手伝い出来ることがあれば言って下さい。出来る限りサポートします」等と言うことでしょう。

3.大国との同盟強化
 ドイツを敵と定めたイギリス。フランス、ロシアと和解した。更に、日本と同盟を結んだ。アメリカとの仲を益々良くして行った。これを今の日本に当嵌めるなら、
(1) アメリカとの関係を、ありえないほど良好にするべきです。
 日本が「集団的自衛権行使」を容認することで、日米安保は、「片務」から「双務」に近付いた。そしたらどうです? 中国は、すっかり攻撃的ではなくなりました。これは、安倍総理の功績です。ところが、ここでも「大戦略観」はあるのかな? と疑問に思うことがあります。
 毎回同じ話で恐縮ですが、2015年4月、「希望の同盟演説」で日米関係を劇的に好転させた。その翌月、3000人の訪中団を送り、日米関係をぶち壊した。
こういう行動を見ると、「行当たりばったりなのではないか?」と疑念が出て来ます。賢いイギリスは、「何があってもアメリカとの関係は良好に保つ」と決意していました。日本も今、同じ決意をすべきです。
 勿論、中国を挑発したり、意図的に関係を悪化させるべきではありません。しかし、アメリカとの関係は最重要視するべきです。
更に、将来必ず中国に匹敵する大国になるインドとの関係も、一貫して深めて行きましょう。
 イギリスの賢い大戦略、外交の結果、ドイツには、冴えない同盟国しか残りませんでした。日本がアメリカ、インド、ロシア、オーストラリア、東南アジア諸国等を味方につけて行けば、中国の味方は、反抗的な北朝鮮ぐらいしか残らないでしょう。しかし、そうなるかどうかは日本次第です。経済力でも軍事力でも、既に日本を上回ってる中国。日本は、
(2) 大戦略をもつこと。
(3) 一貫した外交で、「味方を増やして行く』こと。
 これによって、中国との戦争を回避することが出来るでしょう。(「中国と戦うために全てを犠牲にしても核武装する!」等と総理が決意すれば、逆に世界を敵に回して日本は破滅するでしょう。大戦略の方が、軍事戦略より上なのです)


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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