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悪を知る

 前記事で中国流の悪しき国家ビジネスを見ましたが、韓国も同類です。
この二国は非難・攻撃の対象としてではなく、日本が乗越えるべき相手と見なければなりません。つまり、日月神示で言う「御用の悪」です。
 仮令(たとえ)、相手がどんなに卑劣・悪辣な手を打って来ようとも全てお見通しで、その上手(うわて)を取れるぐらいでないと神の御用は難しいと言うことです。「三国志」の諸葛孔明のような存在にならなければならないのです。
 これに関連して、最近、「ねずさんのひとりごと」で紹介された根本博・陸軍中将の話は大変教訓的です。(鍛え上げられた陸軍将校の強み 2016年02月13日)

 “根本中将は、終戦時に支那派遣軍の司令部命令に敢えて背き、駐蒙軍の武装を解かず、また北支方面に展開した後も、武装したまま北京に駐屯しました。
ソ連にも、支那国民党軍にも、勿論支那共産党軍にも屈せず、どこ迄も軍を保持して敵を撃退し、敵方からは「戦神(いくさがみ)」として恐れられる存在となりました。
 そのお蔭で、蒙古方面にいた4万人の日本人居留民、北支方面にいた35万人の日本人居留民、そして後に台湾金門島の戦いに於いては、嘗ての敵である国民党軍を指揮して台湾1千万人の命を救っています。”
 
 中国人の本性を知悉していれば、支那での「武装解除」が何を意味するかくらい容易に想像出来なければならなかったのです。
無条件降伏後も支那派遣軍100万人が一致結束して武装解除せず、襲われれば撃退し粛々と日本人居留民を帰国させ、最後に軍が撤収していれば、どれだけの悲劇が避けられたことでしょうか。未だに「九条を守れ」とか「戦争反対」とかのたわ言に騙される人がいる日本人の「お人好し」と「おバカ」を叩き直すにはまだまだ「御用の悪」が必要です。

千人力の人が善人であるぞ、
お人よしではならんぞ、それは善人ではないのざぞ、神の臣民ではないぞ

(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第23帖)

悪には悪の道、それ知らん善の神では、悪抱き参らすこと出来ん。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第38帖)

智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。
智の中には総てを取入れて理解出来るやうになってゐるのであるぞ。
愛の中に悪入れてはならんぞ。

(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第17帖)

参考過去記事: 「一厘の仕組」
 善か悪か(2014-04-08)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-382.html


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日月の民草

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 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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