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日・印の絆

 1945年9月に第二次世界大戦が終結しイギリスは戦勝国となったが、日本やドイツとの戦いで国力は衰退し、最早、本国から遠く離れている上に独立運動が根強く続けられて来たインドを、植民地として支配して行くことは困難であった。
 更にはチャンドラ・ボースやラース・ビハーリー・ボース、A.M.ナイル等が設立したインド国民軍の一員として、これを支援した日本軍と共にイギリス軍やアメリカ軍、オーストラリア軍等と戦ったインド人将官が、イギリス植民地政府により「反逆罪」として裁判に掛けられることとなった。これに対してガンジーは、「インドのために戦った彼等を救わなければならない」とインドの国民へ独立運動の号令を発した。
 この運動をきっかけに再びインド全体へ独立運動は広がり、これに耐えることが出来なくなったイギリスはインドの独立を受入れ、1947年8月15日にデリーの赤い城にてジャワハルラール・ネルーがヒンドゥー教徒多数派地域の独立を宣言し、イギリス国王を元首に戴く英連邦王国であるインド連邦が成立した。(その後1950年には共和制に移行し、イギリス連邦内の共和国となった)
 尚、ガンディーの「ヒンズーとイスラームが融合したインド」との思い通りには行かず、最終的にはイスラーム教国家のパキスタンとの分離独立となった。(Wikipedia「マハトマ・ガンディー」より転載)

 ガンジー(左端)と談笑するチャンドラ・ボース(右側ほぼ中央)
マハトマ・ガンディー(左)とボース(右)
画像転載元:(Wikipedia「スバス・チャンドラ・ボース」)

zakzak
【賞賛される日本】 中韓と異なるインドの歴史観と「インパール戦争」の評価
      2014.01.28         軍事ジャーナリスト 井上和彦
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140128/frn1401280736000-n1.htm~n2.html)

 首都デリーの中心部には、大東亜戦争に於いてインド国民軍を指揮して日本軍と共にインパール作戦を戦ったインド独立の英雄、スバス・チャンドラ・ボースの銅像が建つ。ボースは、嘗ての英国植民地支配の象徴であったレッド・フォート(赤い砦=ムガル帝国時代の城塞、英国軍が大本営として接収した)の方角を指差している。

 さて、インパール作戦は戦後、日本陸軍の愚策の1つとして批判に曝されて来た。だが、この作戦の本質は、日本軍約7万8000人とインド国民軍約2万人の日印連合軍による“対英インド独立戦争”である。この作戦があったればこそ、戦後、インドは独立出来たのである。

 事実、インドはインパール作戦を「インパール戦争」と呼び、「対英独立戦争」と位置付けている。日本軍はインド独立を支援した解放軍である。インドは「日本が侵略戦争をした」という歴史観を持っていない。
インド解放のために英国軍と戦った日本軍将兵に対し、元インド国民軍大尉で、全インドINA事務局長、S・S・ヤダバ大尉は1998年1月20日、こう記した。

 《我々インド国民軍将兵は、インドを解放するために共に戦った戦友としてインパール、コヒマの戦場に散華した日本帝国陸軍将兵に対して、最も深甚なる敬意を表します。インド国民は大義のために生命を捧げた勇敢な日本将兵に対する恩義を、末代に至る迄、決して忘れません。我々はこの勇士達の霊を慰め、ご冥福をお祈り申し上げます》(靖国神社)

 大東亜戦争後の1945年11月、英国はインパール作戦に参加した3人のインド国民軍の将校を、レッド・フォートで裁判に掛け、反逆罪として極刑に処そうとした。この事実が伝わるや、インド民衆が一斉に蜂起して大暴動に発展した。結果、最早事態収拾が不可能と判断した英国は遂にインドに統治権を返還した。1947年8月15日、インドは独立を勝取ったのである。

 インド最高裁弁護士のP・N・レキ氏は次のような言葉を残している。

 《太陽の光がこの地上を照す限り、月の光がこの大地を潤す限り、夜空に星が輝く限り、インド国民は日本国民への恩を決して忘れない》

 インドで英雄として讃えられている日本人のことも紹介して置こう。その名は誰あろう(チャンドラ・ボースを支援した)東條英機元首相である。 
2006年3月19日、カルカッタのチャンドラ・ボース記念館で「東條英機に感謝をする夕べ」が催された。そこには、チャンドラ・ボースの甥嫁であるクリシュナ・ボース館長に招待された東條元首相の孫娘、東條由布子氏の姿があった。

 そして、我々日本人が絶対に忘れてはならないのが、大東亜戦争後、日本に全ての戦争責任を擦(なす)り付けた極東軍事裁判で、裁判の不当性を訴えて日本人被告全員を「無罪」と主張したインド代表のラダビノート・パール判事である。

 いかに韓国や中国が、史実を捻じ曲げた“歴史認識”を振回して、日本に罵詈雑言を浴びせても、インドはこれに真っ向から異を唱え、日本を擁護してくれている。

 アジアは中国・韓国だけではない! アジアには親日国家・インドがいる!


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五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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