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ネガティブな波動から逃げない

 所謂、「引寄せの法則」を持出して、醜い嫌なことには目を瞑り、楽しいこと、ワクワクすること、美しいこと、善いこと等々、ポジティブなことに波長を合せましょう、という話をする人々がいます。
耳触りは良いけれど、彼等は結局、「二極性の学び」から逃げているのであって、彼等に真の「二極性の統合」など出来る訳がありません。
それが出来るのは、善も悪も身を以って体験し、しかもそれを超えられた人だけです。
そういう人でなければ、「サニワ」も「この世の建替え」も出来ません。


なわ・ふみひとの〔Browse 365〕
「意識と波動」の不思議な世界  杉山育代・著  星雲社 
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1311-15.html

● 嫌いな人と付合えるようになる

 ある霊能者が言いました。「東京の繁華街は私にとって地獄です。だって、例えば新宿の歌舞伎町に行って御覧なさい。あそこは欲望の渦ですよ。妬(ねた)み・嫉(そね)み、裏切り、憎しみ、脅し、……もう人間の醜さの展示場です。あんな所に行ったら私の体は保ちません。そもそも東京は(まともな人の)住む所ではないです」と。
 確かに、霊能者は人の意識の波動を受けることの出来る能力者ですから、好むと好まざるとに拘らず、色々な人の想念を体が受けてしまいます。想念の中でも特に醜い波動ほど影響を受けます。ですから、「もう沢山」という気持ちになるのでしょう。霊能者は極端なケースですが、私達も多かれ少なかれ、こうした気持ちを持っていないでしょうか。
 私に言わせれば、これは間違いです。現実から逃避してはダメです。良し悪しを別にして、妬み・嫉(そね)み、憎しみなどがあるのが人間世界なのです。その代り、愛もあれば優しい心に出会うことだってあるじゃないですか。そうした諸々を含んだ所に人間世界が成立っているのです。私達は、こうした世界で生きて行かなければならないのです。憎しみが醜いからといってそこから逃避しては何の解決もありません。憎しみを愛に変えることだって不可能なことではないのです。
 今から10年前、筑波で開かれた科学博で、3000個の実をつけた一株のトマトが展示されていました。遺伝子に特別の操作をした訳ではなく、まったく普通のトマトです。野澤重雄さんが開発した水気耕栽培で、ハイポニカ農法と言われるやり方で育てられたものでした。(苗を土に植えるのではなく、酸素を強制的に送る装置が付いた、常に動く水溶液内で育てる) 単にこれだけのことなのに、どうして3000個もの実を着けられるのでしょうか。
 野澤さんは次のように説明します。
「……植物の生命の本質は今私達が見ているよりも、もっと大きい可能性を宿しているのです。植物は何処までも大きくなる性質を潜在的に秘めているのです。問題は、その可能性を阻害する要因があることです。その中で最大の阻害要因が土です。……土は光を通さないし、水分が一定していない、温度も不安定、栄養にもムラがある……云々」と。
 水気耕栽培は、その阻害要因を全部取除いた栽培方法だったのです。一株のトマトが松の木のように大きく枝を張り、3000個もの実を着けるのは壮観です。生命の未知なる可能性を垣間見る思いがします。
 でも、これは手放しで賞賛出来るものでしょうか。私にはやや疑問に思えるのです。
確かに、土は成長のための阻害要因にはなっていますが、自然界で土が無かったら植物は自分の根ですっくと立上がることは出来ません。風に倒れないように根を張ることも出来ません。雨による水分の補給も、栄養の摂取も出来ません。それが自然というものです。常に限界が付き纏うのです。
 そのために生命の潜在能力が開花出来ないという論理は、少し飛躍し過ぎていると思います。理想的な環境など無いのです。大いなる可能性とは、どんな粗悪な環境でも、それなりに生命を育む能力と言う風に考えるべきだと思います。
 これと同じことが、人と人との付合いでも言えないでしょうか。嫌な人もいれば好きな人もいる。欲望の渦もあれば愛の泉もある。こうした雑多な要素で成立っているのが人間世界です。そこから逃出したのではダメです。
 色々な邪気に対して、そこから逃げるのではなく、自分の気を同調させ、その気と付合える能力を身に着ける訳です。こうすることによってどんなタイプの人間とも分け隔てなく付合えるようになります。実に理想的な姿だと思いませんか。

★ こちらも参考にして下さい → 人は神になるための道程である


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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