スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本は難民を受入れるべきか

 これもスピ系や左翼の人達が陥り易い罠です。
日本は難民を受入れないのが正解です。路上で困っている人を見掛けたら親切にしてあげるのは良いですが、自宅に連れ帰ると平穏な家庭生活が破壊され、苦しむことになります。
前記事にある、現実の世界とネットや精神の世界を混同したのが、ドイツのメルケル首相です。シリア難民自体が「陰謀」である可能性も排除出来ません。


YAHOO! ニュース
難民申請の規則を強化、1週間前倒しで ドイツ
   10月24日(土)11時4分配信        AFP=時事
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151024-00000005-jij_afp-int

 【AFP=時事】ドイツは24日、シリアを始め複数の国から数多くの移民らが押寄せている状況を受け、難民申請に関する新法を予定より1週間前倒しで施行し難民申請の規則を強化することとなった。
新法案は国会で迅速に採択され、11月1日に施行される予定だったが、23日、司法官報に掲載されたため、翌24日に施行されることになる。

 難民問題に関する政策の調整を担当するペーター・アルトマイヤー(Peter Altmaier)官房長官は、公共放送ARDに対し、前倒しの動きは、これから難民申請をしようとしている人々への「合図」と述べた。

 新法では、ドイツを移民らにとって魅力のない国に変える努力として、これまで結果を待つ難民申請者に支給されていた現金が物品の支給に変更される。また、難民申請を却下された者の国外退去手順も早められるという。

 アルトマイヤー官房長官は、「ドイツに滞在する権利を持たない難民申請者の国外退去に関しては、我々は改善を試みている。なるべく早く、今年中にも行ないたい」と述べた。
【翻訳編集】 AFPBB News


参考記事:
難民を引き受けるべきか(1) 民族性から考える
   2015年10月22日     武田邦彦(中部大学)  
http://takedanet.com/archives/1043214525.html

 「難民」という点で、世界の民族は大きく二つに分けることが出来る。
一つが、アーリア人でインド西方からアメリカまで分布する所謂ヨーロッパ、ロシア、中東、アメリカ合衆国の人々で、彼らは「力があれば他国への侵略は良いことである」ということで、その主人公は例えばローマ帝国のシーザーのように「英雄」として尊敬される。
 このような地域では、「侵略」が日常的なので、それに伴って追出される「難民」が常に発生して来た。その結果、「侵略」と「難民」はペアーになっているので、難民が発生した時にはそれを受入れる伝統もある。
 一方、アジア海洋民族やアメリカのインディアンなどは、「自分の土地は自分の土地、他人の土地は他人の土地」という意識があり、侵略は殆んどしない。このような国は、他国への侵略の主人公はむしろ悪人か失敗と捉える。豊臣秀吉の朝鮮征伐が日本人にとってあまり歓迎されないのも民族性が影響している。
 このようにアジア海洋民族系の場合、侵略がないので難民が出ない。むしろ難民を引受けるということは侵略を是とすることになるので受入れない。
今回のシリア難民の場合、その発生原因は1920年代にヨーロッパが中東を適当に地図上で線引きして分割したことに端を発している。つまりアーリア人的な発想で難民が発生しているのだから、難民がヨーロッパに向えばヨーロッパ、ロシアに向かえばロシアが収容するべきで、日本は関係ない。(平成27年10月17日)

難民を引き受けるべきか(2) 生活の安全から考える
    2015年10月23日     武田邦彦(中部大学)  
http://takedanet.com/archives/1043281070.html

 日本の社会、特にNHKなどを中心とする現在のマスコミに左右される社会は、どんなことでも「良い子」の方向を選び、「何故、それで良いのか」という問いはない。難民問題が起ると「可哀想だ」、「日本だけは・・」という直感的な議論が横行している。

 しかし、私達の大人、もしくは親としての責任は、あることが日本のためにどういう影響があるか、問題は無いかを冷静に考えなければならない。第一回は戦争と難民の関係を整理し、難民を引受けるのは戦争とのペアーであることを示した。
 その国の安全性はその国にとって基本的な要件だ。だから、難民や外国人労働者を含めて「生活の安全を保つ」というのが最も大切である。生活の安全、つまり犯罪とかテロというものは、その民族や国で常識が異なる。日本の場合、伝統的に犯罪は殆んどなく、それが日本の特徴である。
 先ず第一に明治の初めに日本に来た貝塚発見者モースの著述を表紙に示した。(真ん中はモースの本、右がモースの肖像)
「鍵を掛けぬ部屋の机の上に、私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子供や召使いは一日に数十回出入りをしても、触ってはいけないものには決して手を触れぬ」
当時のアジアで、子供や貧困層がお金を見て盗まない筈はないが、日本では全くその気配すらないことにビックリしている。
 次に、現代の世界の犯罪率(人口10万人あたりの殺人件数)を示す。
 4ded69f8-s世界の犯罪率(人口10万人あたりの殺人件数)

 世界広しといえども日本は(この表の国の中では)最も犯罪率が低い。この文化を守るためには難民や外国人労働者を基本的には受入れることが出来ない。(受入れるべきではない) (平成27年10月17日)


関連記事

テーマ : 考察
ジャンル :

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。