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自主防衛論

 二つ前の記事「夢見るチカラ(2)」をアップした同じ日の夕方、まるでシンクロでもしたかのように、下記の記事が「タカギカツトシ」氏のブログにアップされていました。
やはり、完全自主防衛論者はいないか、いても極めて少ないようです。 
下の赤字で記した小林節(こばやし せつ)氏のやり方で時間を稼ぎ、その間に弛(たゆ)みなく自衛隊の増強に努め、最終的に完全自主防衛体制を確立する、というのが私の考えな訳です。

 因みに、「自衛隊の総兵力は約24万人(女性1万2300人)、対人口比で主要国中最低水準であり、年間防衛予算は4兆6804億円(25年度)、対GDP比では1%未満であり世界最低水準だそうです。(註: 26年度4兆8848億円、27年度4兆9801億円、28年度概算要求5兆911億円と、毎年約千億円位のペースで増えている)」(参考: 板垣 英憲ブログ 2013年10月15日


『世界を戦争に導くグローバリズム』(中野剛志 著)レビュー①~属国化へ向かう集団的自衛権~
      2015-09-05 16:55:10
http://ameblo.jp/kattann2525/entry-12069729448.html

 ずいぶん以前から図書館で予約していた本がようやく届いたので読みました。結構本格的な内容ですけど、新書なので読み易いです。

 この本は、米国の国家情報会議による「グローバル・トレンド2030」という報告書を基に、現在の政治や国際情勢を分析した1冊で、特に、覇権安定理論や、理想主義と現実主義という国際政治学上の重要な概念を使用して分析と解説を行なっています。
その大まかな内容は追々説明するとして、今回は現在話題になっている集団的自衛権との関わりについて述べている個所について解説します。

 「戦後日本では、左派は一国平和主義を唱え、保守派は日米同盟の重要性を訴えて来た。
昨今の集団的自衛権の容認を巡る議論に於いても、左派はそれによって日本が戦争に巻込まれることを恐れており、保守派はそれによって日米同盟が揺ぎ無いものとなることを願っている。
だが、左派も保守派も、一見対立しているようでありながら、「自主防衛を目指さない(自国の安全保障を覇権国家アメリカに依存し続ける)」という前提は共有しているのである。
 また、自由、民主主義、基本的人権といった価値観に立脚した外交を展開するという理想主義についても、左派と保守派は、具体的な政策は兎も角、少なくとも理念上は一致するだろう。
両者ともグローバリズムが平和と繁栄ではなく、破壊と戦争を齎すのだという現実を未だに受入れられないのも同じ理由による」(「終りに」より)

 色々と回り道をしてしまい、こちらのブログでもなかなか前に進んでいない安保法制と、それを回る左右両陣営の対立構造を回る議論なのですが、ここにその要点の一つがあります。
つまり、左右の陣営は、安保法制や集団的自衛権については、賛成であったり、反対であったりして一見対立しているように見えながら、その根本の部分においては、様々な共通点を持っているということです。そして、その一つが自主防衛の放棄です。

 この自主防衛の問題に関して、非常に重要な問題が一つあり、それは、果して「日本は自主防衛だけではやっていけない」と集団的自衛権賛成派の論者が語る文脈に於いて、そのやっていけないという意味は、日本国家、および領土内の防衛に関して述べているのか? それとも東アジア全体の秩序を安定化させるだけのパワーを日本が有していないという意味なのか? という点です。

 同じ「日本一国だけでは安全を確保出来ない」という言葉でも、それが、日本一国の防衛であるのか? 東アジアの秩序の安定化に関してであるのか? ということで全く意味は違って来ます。
恐らくは、この点に於いて集団的自衛権賛成派に於いても議論や認識の統一はなされていないのではないか? 或いは場合によっては意図的な混同を行なっているのではないかと思います。

 覇権安定理論に於いては、アメリカの一極集中のパワーが衰退して行く状況で、アメリカは世界支配を諦め、何らかの妥協的な政策の選択を余儀なくされるとされます。
そして、東アジアに於いては、アメリカは二つの矛盾する政策を同時遂行する必要がある。
それが「同盟戦略」と「共存戦略」です。
同盟戦略とは、東アジアに於いてはアメリカの軍事力を撤退させると共に、日本や韓国といった同盟国との協力関係を形成しながら撤退して行く地域の安定性を確保しようとする戦略、恐らくアメリカから見た日本の集団的自衛権の意義はここにあります。

 しかし、この同盟戦略の問題は、現時点で、日本や韓国と言ったアメリカの同盟国は、拡大する中国の影響力を抑え込み、東アジアの安定性を確保するだけのパワーを有していない点です。
そのため、アメリカは同時に中国との「共存戦略」をも模索することになります。

 要は、ここで重要なのは、日本は一国の軍事的プレゼンスでは東アジアの安定性を確保出来ないということなのですが、それは必ずしも日本の自主防衛が不可能であるということを意味しません
海に囲まれた国家であると同時に、一応、世界第3位の経済大国で技術大国でもある日本には、一国で引籠って徹底的に自主防衛に集中するという選択肢は十分あり得ます。(小林節氏は自主防衛と日米安保の組合せで自国の防衛を堅持し、軍事的な引籠りを選択することが日本の防衛にとって最も有利であると論じています

 もちろん、「そんなことは選択出来ない!! 何故なら中国には核兵器があるからだ!!」と主張する方もいるでしょうが、一応、日本も日米同盟を堅持し、アメリカの核の傘の下にいる限り、中国も容易に核兵器の使用は出来ません。
一方で、通常兵器のみで日本と全面戦争を行なうなどということは中国にとっても、ほとんど百害あって一利なしの愚策であり、少なくとも日本が引籠り中国に対して軍事的な干渉を行なわない限り、中国がそのような選択をする可能性はかなり低いでしょう。

 そのように考えるなら、ますます、「やはり、結局、集団的自衛権というのはアメリカの東アジアの軍事戦略上の都合に日本が振回されることになるだけだあああ!!」という思いを強くすることにもなるでしょう。

 勿論、このような単純化された議論のみから、安保法制や集団的自衛権の必要性の有無について論じ切ることは不可能なのですが、また同時に、現在の(それ以上に単純化された)「アメリカとの同盟関係の強化のために集団的自衛権が必要なのだ!!」、「いや、アメリカの戦争に巻込まれるのは嫌だ!!」というような感情的な議論から抜け出すためにも、「そもそも、本当に自主防衛は不可能なのか?」、また、「不可能であるとするなら、どのような意味において不可能だというのか?」といった問いを投げかけることは不可欠なのではないかと思います。


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 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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