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現憲法は誰が作ったか

大森 実 著 『日本はなぜ戦争に二度負けたか』 中央公論社(1998年)
 から要点を抜書きしてまとめました。

p143~p153 より

 1946年2月3日、マッカーサー元帥は日本側から提出された松本委員会草案を拒否し、元帥自身の考えをメモ書きした「新憲法の三原則」をホイットニー民政局長に手渡した。
その内容は以下のようなものだった。

1.天皇は国家元首である。天皇は世襲君主とする。天皇の義務と権力は、憲法が定める人民の基本的意志に従って実施される。

2.国家主権の力としての戦力は廃棄される。日本は紛争と国家の安全保障のための戦力否定を行なう。日本は、今世界を席券しつつある防衛と、安全のための高い理想に頼らねばならない。
日本の陸、海、空軍は永久に認められない。日本に軍隊の戦闘力が与えられることは永久にない。

3.日本の封建制度は停止される。華族の権限は、天皇の家族を例外として、生存中の生命を超えて継続されない。貴族の権限も中央政府と地方政府から直ちに排除される。予算は英国の制度を模範とせよ。

 そして、この「マッカーサー三原則」に沿った憲法草案をGHQで独自に準備するよう指示した。(期限は1週間)
命令を受けたホイットニー准将は、GHQのスタッフと共に夜を徹する突貫作業で草案を書き上げ、マッカーサー元帥の承認を得たのは2月12日のことであった。
 翌13日、ホイットニー准将は草案起草に当ったケーディス大佐、ラウエル中佐、ハッシー中佐の三人を引連れて東京麻生の吉田外相邸を急訪した。
吉田邸には幣原主相と吉田外相の他に、松本憲法大臣と白洲次郎がいた。(事前に通報があって待っていたものと思われる)
 ホイットニーは彼らに草案を手渡し、「この通りやれとは言わないが、やるべき基本原則は全部書いてあるから読んでくれ」と言って読んでいる間、庭で待った。

 「検討する用意が出来た」と、白洲が苦渋に満ちた石のような表情で呼びに来て部屋に入ったホイットニーは、「マッカーサー元帥は、これに劣る案はいかなるものも考慮に入れない。この案の基本方針に反しない些細な修正には応じる」と言ったそうだ。
日本側が草案を検討するために与えられた時間は僅か15分だった。

 こうして殆んど問答無用の形で与えられたGHQの草案に沿って作られたのが現在、日本の平和主義者が金科玉条のように有難がっている平和憲法である。その目的が何であったかは、バカでも解る。

 尚、特記事項として、戦力不保持の九条2項の前に、原案にはなかった「前項の目的を達するため」と言う一句を挿入し、後に「自衛のための戦力なら良い」と解釈出来る余地を残したのは芦田 均(当時の衆院憲法改正委員会委員長)であり、これを自身に与えられた権限で即座に承認したのはケーディス大佐だったという。
 そのケーディスは当時、自衛権など全く考えもしなかったと後年、大森のインタビューに答えている。ある意味、芦田に嵌められたと言っても良い。
だが、そのお蔭で日本は改憲しなくても軍隊を持てるようになった。
もし、日本に自衛隊がなかったら、と思うとぞっとする。永久にアメリカの言いなり奴隷である。
 自衛隊は世界一精強な軍隊にしたら良い。そうすれば、武道の達人にちょっかいを出す無法者はいなくなる。国際社会でも発言力を増すだろう。
そう言えば、オレンジャーが「愛と力」というメッセージを出していた。
平和は愛だけでも、力だけでも達成出来ない。
今、愛と力を統合出来るのは、アメリカ人でも中国人でもなく、日本人だけだ。



宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 愛と力       2015-07-28
http://ameblo.jp/oranger13/entry-12055361730.html

 俺はオレンジャー!
愛とは一体化であり、非効率なこと。
力とは分散(?集中か)であり、効率を求める。

 愛と力は其々が極を形成し、どちらが良いという訳でもなく、自己の中でスウィングして(揺れて)いる。
君達は答えを求め過ぎ。固定の答えなど存在しない。

 自然界を見て欲しい。
何一つ固定されているものは存在しない。
全てのものは揺れ動き、その中で動的平衡状態を作る。
その最たるものが君達の心であり、体なんだ。
この感覚を是非掴んで欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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