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インドネシアの開放

なわ・ふみひと の 「Browse 365」 
世界が愛した日本』 四條たか子・著 井沢元彦・監修 竹書房  
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1307-19.html
 より抜粋

〔植民地からの解放〕 

  インドネシアに於けるオランダの植民地政策は巧妙なもので、先ず教育の機会を与えない愚民政策を推し進めた。
「アジア人は白人に劣る」と刷り込むことで、白人の支配から抜出すことは不可能だと思い込まされたのだ。
また、一部原住民をキリスト教に改宗させて軍に採用し、民族の族長を通じた間接統治を行なって氏族の分断を図った。
集会や団体行動は一切禁止され、多数の民族語を統一した標準語を作ることも禁止された。
  20世紀になるとようやく圧政への反動から倫理主義政策が採用され、下級官僚として使える程度の教育を施す学制が作られたが、オランダ人との混血児を優遇して、支配者と被支配者の緩衝材とする政策なども露骨に実施された。
それでもこの倫理主義には、民族意識に目覚めた知識人を生む効果があったのである。
  日本のインドネシア侵攻は、当にそういう時期に始まった。
1941(昭和16)年12月8日、日本が真珠湾攻撃に踏切った直後、オランダは日本に宣戦布告した。
日本はオランダ領東インドの攻略を『蘭印作戦』と名付け、1942(昭和17)年1月11日にボルネオ島のタラカン、セレベス島のメナドへの攻撃を皮切りにジャワ島を目指した。
スマトラ島のベンクルに幽閉されていたスカルノはじめ、ハッタ、シャフリールら、当時のインドネシアの代表的な指導者を解放した。
  そして今村均中将が率いる陸軍の主力第16軍は3月1日に上陸を開始、僅か9日間でオランダとアメリカ、イギリス、オーストラリアの連合軍を降伏に追込んだ。
  日本軍は侵攻の前からインドネシアに向けたラジオ放送で、インドネシアの解放を呼び掛け、『インドネシア・ラヤ』(後の国歌)を繰返し流した。
また、当時のインドネシアでは、「長い間白人に支配された後、北から来た小柄な黄色人が白人を追出し、その後、幸福な時代が来る」というジョヨボヨの予言が信じられていたのである。
日露戦争に勝利し、アジアの解放を主張する日本には、この予言の体現者となる期待が掛けられていた。
そして実際に、350年に亘ってインドネシアを支配して来たオランダが、たった10日足らずで降伏したという事実は、驚きと感謝を以って多くのインドネシア国民に歓迎されたのである。
  しかし、インドネシアの人々にとって、日本人は未知の存在だった。
憎むべきオランダを追い出したとは言え、日本は単にオランダに代る存在に過ぎないかも知れない。そんな不安も亦多くの国民に共通のものだった。
それを払拭したのが、今村司令官を通じて出された『布告第1号』である。

  日本人とインドネシア人は同祖同族である。
  日本軍はインドネシアとの共存共栄を目的とする。
  同一家族、同胞主義に則って軍政を実施する。


  『民心の安定』こそ第一と考えた今村が強い信念をもって、強圧方針を唱える軍政担当者を説得して掲げたものだった。
「日本が掲げた“八紘一宇”とは同一家族同胞主義なのに、侵略主義のように誤解されているところがある。
軍事力を持っている我が軍は、何かあれば何時でも強圧を加えることが出来る。だから出来る限り、緩和政策を以って軍政を実行することとする」
  それでも、今村の決断には猶強い反対があり、元内務大臣の児玉秀雄ら3人が統治政治顧問として陸軍大臣から派遣されて来た。
今村は上陸以来のインドネシアの人達の日本軍に村する好意と協力ぶりを説明し、児玉らに現地視察を勧めたのである。
 「何処へ行っても日本の内地と変らない。原住民は日本人に親しみ、オランダ人は敵対を断念し、華僑は迎合を強めている。産業の回復も早く、軍事物資の調達成績も優れている。ジャワでは強圧政策は必要ない」
児玉を含む3人の顧問はそう言って感心した。
陸軍省では更に武藤軍務局長を派遣して強圧策の必要性を説いたが、今村はそれを見解の相違だと突っ撥ねた。
  「新しい統治要綱が発令されれば軍紀に従うが、自分の起草案に悖(もと)るものに屈することは耐えられない。新要綱の指令が出る前に免職を計らって下さい」
今村は、当に自身の首を賭してジャワ軍政の基本方針を貫いたのである。


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五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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