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魂が目覚める時(2)

古代霊は語る シルバー・バーチの霊訓より』 近藤千雄・編 (潮文社)
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/kodairei.html#4
〔なわさんのサイトから転載〕  

第4章 苦しみと悲しみと ~ 魂の試練 (2)  

 神は瞬時たりとも休むことなく働き、全存在の隅々まで完全に通暁しております。神は法則として働いているのであり、晴天の日も嵐の日も神の働きです。
有限なる人間に神を裁く資格はありません。宇宙を裁く資格もありません。地球を裁く資格もありません。あなた方自身さえも裁く資格はありません。物的尺度があまりに小さすぎるのです。
物的尺度で見る限り、世の中は不公平と不正と邪道と力の支配と真実の敗北しか見えないでしょう。当然かも知れません。しかしそれは極めて偏った、誤った判断です。
 地上では必ずしも正義が勝つとは限りません。何故なら因果律は必ずしも地上生活中に成就されるとは限らないからです。
ですが、地上生活を超えた長い目で見れば、因果律は一分の狂いもなく働き、天秤は必ずその平衡を取戻します。
 霊的に観て、あなたにとって何が一番望ましいかは、あなた自身には判りません。
もしかしたら、あなたにとって一番イヤなことが、実はあなたの祈りに対する最高の回答であることも有りうるのです。
 ですから、なかなか難しいことではありますが、物事は物的尺度ではなく霊的尺度で判断するよう努めることです。
というのは、あなた方にとって悲劇と思えることが、私共から見れば幸運と思えることがあり、あなた方にとって幸福と思えることが、私共から見れば不幸だと思えることもあるのです。
 祈りにはそれなりの回答が与えられます。
しかし、それは必ずしもあなたが望んでいる通りの形ではなく、その時のあなたの霊的成長にとって一番望ましい形で与えられます。
神は決して我が子を見棄てるようなことは致しません。しかし神が施されることを地上的な物指しで批判することは止めなければいけません。

 絶対に誤ることのない霊的真理が幾つかありますが、その中から二つだけ紹介してみましょう。
一つは、動機が純粋であれば、どんなことをしても決して危害を蒙ることはないということ。
もう一つは、人のためという熱意に燃える者には必ずそのチャンスが与えられるということ。この二つです。
 焦ってはいけません。何事も気長に構えることです。
何しろこの地上に意識を持った生命が誕生するのに何百万年もの歳月を要したのです。
さらに人間という形態が今日のような組織体を持つに至るのに何百万年も掛かりました。
その中からあなた方のように霊的真理を理解する人が出るのにどれほどの年数が掛かったことでしょう。
その力、宇宙を動かすその無窮の力に身を任せましよう。誤ることのないその力を信じることです。
 解決しなければならない問題もなく、争うべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。
悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。
 「あなたにはもう縁のない話だからそう筒単に言えるのだ」――こうおっしゃる方があるかも知れません。
しかし私は実際にそれを体験して来たのです。あなた方より遥かに長い歳月を体験して来たのです。何百年でなく何千年という歳月を生きて来たのです。
その長い旅路を振返った時、私は、ただただ、宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりなのです。 一つとして偶然ということがないのです。偶発事故というものがないのです。
 全てが不変絶対の法則(因果律)によって統制されているのです。
霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかもが一目瞭然と解るようになります。
私は宇宙を創造した力に満腔の信頼を置きます。

 あなた方は一体何を恐れ、また何故に神の力を信じようとしないのですか。
宇宙を支配する全能なる神に何故身を委ねないのですか。
あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って、神の御胸に飛込むのです。神の心を我が心とするのです。
 心の奥を平静に、そして穏やかに保ち、しかも自信を持って生きることです。
そうすれば自然に神の心があなたを通じて発揮されます。愛の心と叡智を以って臨めば何事もきっと成就します。聞く耳を持つ者のみが神の御声を聞くことが出来るのです。
愛が全ての根源です。愛 ― 人間的愛 ― はそのホンのささやかな表現に過ぎませんが、愛こそ神の摂理の遂行者なのです。
 霊的真理を知った者は一片の恐怖心もなく毎日を送り、いかなる悲しみ、いかなる苦難にも必ずや神の御加護があることを一片の疑いもなく信じることが出来なければいけません。
苦難にも悲しみにも挫けてはいけません。なぜなら霊的な力は如何なる物的な力にも優るからです。
 恐怖心こそ人類最大の敵です。恐怖心は人の心を蝕みます。
恐怖心は理性をくじき、枯渇させ、マヒさせます。あらゆる苦難を克服させる筈の力を打ちひしぎ、寄せつけません。心を乱し、調和を破壊し、動揺と疑念を呼起します。
努めて恐れの念を打消すことです。
真理を知った者は常に冷静に、晴れやかに、平静に、自信に溢れ、決して乱れることがあってはなりません。
 霊の力は即ち神の力であり、宇宙を絶対的に支配しています。
ただ単にが絶対 all-powerful というだけではありません。絶対的な叡智 all-wisdom であり、また絶対的な all-love でもあります。生命の全存在の背後に神の絶対的影響力があるのです。

 鋼(はがね)は火によってこそ鍛えられるのです。
魂が鍛えられ、内在する無限の神性に目覚めて悟りを開くのは、苦難の中に於いてこそなのです。
苦難の時こそあなたが真に生きている貴重な証しです。
夜明けの前に暗黒があるように、魂が輝くには暗黒の体験がなくてはなりません。
そんな時、大切なのはあくまでも自分の責務を忠実に、そして最善を尽し、自分を見守ってくれる神の力に全幅の信頼を置くことです。
 霊的知識を手にした者は挫折も失敗も神の計画の一部であることを悟らなくてはいけません。
陰と陽、作用と反作用は正反対であると同時に一体不離のもの、いわば硬貨の表と裏のようなものです。表裏一体なのですから、片方は欲いがもう一方は要らない、という訳には行かないのです。
 人間の進歩のために、そうした表と裏の体験、つまり成功と挫折の双方を体験するように仕組まれた法則があるのです。神性の開発を促すために仕組まれた複雑で入組んだ法則の一部、いわばワンセットなのです。
そうした法則の全てに通暁することは人間には不可能です。
どうしても知り得ないことは信仰によって補う他はありません。盲目的な軽信ではなく、知識を土台とした信仰です。
 知識こそ不動の基盤であり、不変の土台です。宇宙の根源である霊についての永遠の真理は、当然、その霊の力に対する不動の信念を産み出さなくてはいけません。
そういう義務があるのです。それも一つの法則なのです。
 恐怖心、信念の欠如、懐疑の念は、折角の霊的雰囲気を撹乱します。
われわれ霊界の者は信念と平静の雰囲気の中に於いて始めて人間と接触出来るのです。
恐れ、疑惑、心配、不安、こうした邪念はわれわれ霊界の者が人間に近づく唯一の道を閉してしまいます。

 太陽がさんさんと輝いて、全てが順調で、銀行にたっぷり預金もあるような時に、神に感謝するのは容易でしょう。しかし、真の意味で神に感謝すべき時は辺りが真っ暗闇の時であり、その時こそ内なる力を発揮すべき絶好のチャンスなのです。
しかるべき教訓を学び、魂が成長し、意識が広がり且つ高まる時であり、その時こそ神に感謝すべき時です。霊的マストに帆を掲げる時です。
 霊的真理は単なる知識として記憶しているというだけでは理解したことにはなりません。実生活の場で真剣に体験して初めて、それを理解するための魂の準備が出来上るのです。その点がどうも良く解って頂けないようです。
 タネを蒔きさえすれば芽が出るというものではないでしょう。芽を出させるだけの養分が揃わなくてはなりますまい。
養分が揃っていても太陽と水がなくてはなりますまい。そうした条件が全部うまく揃った時にようやくタネが芽を出し、成長し、そして花を咲かせるのです。
人間にとってその条件とは辛苦であり、悲しみであり、苦痛であり、暗闇です。
 何もかもうまく行き、鼻歌まじりの呑気な暮しの連続では、神性の開発は望むべくもありません。
そこで神は苦労を、悲しみを、そして痛みを用意されるのです。
そうしたものを体験して始めて、霊的知識を理解する素地が出来上るのです。

 そして一旦霊的知識に目覚めると、その時からあなたはこの宇宙を支配する神と一体となり、その美しさ、その輝き、その気高さ、その厳しさを発揮し始めることになるのです。
そして一旦身につけたら、もう二度と失うことはありません。
それを機に霊界との磁気にも似た強力な繋がりが生じ、必要に応じて霊界から力なり影響なり、インスピレーションなり真理なり美なりを引出せるようになるのです。
 魂が進化した分だけ、その分だけ自由意志が与えられるのです。
霊的進化の階段を一段上がる毎に、その分だけ多くの自由意志を行使することが許されます。
あなたは所詮、現在のあなたを超えることは出来ません。そこがあなたの限界といえます。
が同時にあなたは神の一部であることを忘れてはなりません。如何なる困難、如何なる障害も、必ず克服するだけの力を秘めているのです。
霊は物質に優ります。霊は何ものにも優ります。霊こそ全てを造り出すエッセンスです。
何故なら、霊は生命そのものであり、生命は霊そのものだからです。
                         (終り)


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魂が目覚める時(1)

 陰謀論でいう「真実への覚醒」と、「魂の覚醒」は中味が違います。
例えば、デーヴィッド・アイクの新著にも「覚醒」の二文字が躍っています。
しかし、これはヴィセント・ギリェムの『魂の法則』を訓えたイザヤや、シルバー・バーチが言う「覚醒」とは全く異質のものです。言葉が同じなので、つい騙されそうになりますが・・・。
 工作員サイトは論外として、そうではない「ノラリクラリ」さんだの、「唖蝉坊」さん、「およよ」さん等を見ても、全然、霊的に覚醒していません。
紛らわしいのが工作員がいっぱいのチャネリング・メッセージで、こんなものを幾ら読んでも魂の覚醒は無理です。

 日月神示に、「世界一度に改心」させる「一厘の仕組」のことが書いてありますが、それは地上が一度、地獄の三段目まで落込んでから発動される非常に厳しい手段です。
カルマの清算(洗濯)と身魂磨きが出来ていない人達には耐え難いものになるでしょう。
「カルマは観念」、「カルマは無くなった」などと戯言(ざれごと)を言った人がどうなるか、とくと拝見させて頂きます。

 2012年末、一気呵成の次元上昇がマイルドな次元上昇に修正されてから二年、自発的に覚醒する人は覚醒し、もうこれ以上は「最後の手段」が発動されなければ、覚醒出来そうにない身魂ばかりが残っていると思われます。
 「全員アセンション」は幻と消え、これから来年にかけて、厳しい「分離」の圧力が急激に高まって来ることは避けられそうにありません。
おのおの方、覚悟召されよ。


 今の世は地獄の二段目ぞ、まだ一段下あるぞ、
一度はそこまで下がるのぞ、今一苦労あると、くどう申してあることは、そこまで落ちることぞ、
地獄の三段目まで落ちたら、もう人の住めん所ざから、悪魔と神ばかりの世にばかりなるのぞ。
 地獄の三段目に入ることの表(おもて)は一番の天国に通ずることぞ、
神のまことの姿と悪の見られんさまと、ハッキリ出て来るのぞ、
神と獣と分けると申してあるのはこのことぞ。何事も洗濯第一。

(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第9帖)
 
 
『古代霊は語る シルバー・バーチの霊訓より』 近藤千雄・編 (潮文社)
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/kodairei.html#4
〔なわさんのサイトから転載〕  

第4章 苦しみと悲しみと ~ 魂の試練 (1)  

 この交霊会に出席される方々が、もし私の説く真理を聞くことによってラクな人生を送れるようになったとしたら、それは私が引受けた使命に背いたことになります。
私どもは人生の悩みや苦しみを避けて通る方法をお教えしているのではありません。
それに敢然と立ち向かい、それを克服し、そして一層力強い人間となって下さることが私どもの真の目的なのです。
 霊的な宝はいかなる地上の宝にも優ります。それはいったん身についたら失うことは絶対にありません。
苦難から何かを学び取るように努めることです。
耐え切れないほどの苦難を背負わされるようなことは決してありません。
解決できないほどの難問に直面させられることは絶対にありません。
何らかの荷を背負い、困難と取組むということが、旅する魂の当然の姿なのです。
 それはもちろんラクなことではありません。しかし魂の宝はそう易々と手に入るものではありません。
もしラクに手に入るものであれば、何も苦労する必要はないでしょう。
痛みと苦しみの最中にある時はなかなかその得心がいかないものですが、必死に努力し苦しんでいる時こそ、魂にとって一ばんの薬なのです。
 私どもは、いくらあなた方のことを思ってはいても、あなた方が重荷を背負い悩み苦しむ姿を、あえて手をこまねいて傍観するほかない場合がよくあります。
そこからある教訓を学び取り、霊的に成長してもらいたいと願い祈りながら、です。
 知識にはかならず責任が伴うものです。その責任をとってもらうわけです。
霊はいったん視野が開けば、悲しみは悲しみとして冷静に受け止め、決してそれを悔やむことはないはずです。
さんさんと太陽の輝く穏やかな日和には人生の教訓は身にしみません。
魂が目を覚ましそれまで気づかなかった自分の可能性を知るのは時として暗雲たれこめる暗い日や、嵐の吹きまくる厳しい日でなければならないのです。
 地上の人生は所詮は一つの長い闘いであり試練なのです。
魂に秘められた可能性を試される戦場に身を置いていると言ってもいいでしょう。
魂にはありとあらゆる種類の長所と弱点が秘められております。
即ち動物的進化の名残りである下等な欲望や感情もあれば、あなたの個的存在の源である神的属性も秘められているのです。
そのどちらが勝つか、その闘いが人生です。地上に生れてくるのはその試練に身をさらすためなのです。
人間は完全なる神の分霊を受けて生まれてはいますが、それは魂の奥に潜在しているのであって、それを引出して磨きをかけるためには是非とも厳しい試練が必要なのです。
 運命の十字路にさしかかる度毎に、右か左かの選択を迫られます。
つまり苦難に厳然として立ち向うか、それとも回避するかの選択を迫られますが、その判断はあなたの自由意志に任されています。
もっとも、自由といっても完全なる自由ではありません。その時点において取巻かれている環境による制約があり、これに反応する個性と気質の違いによっても違って来るでしょう。
地上生活という巡礼の旅において、内在する神性を開発するためのチャンスは予め用意されているのです。
そのチャンスを前にして、積極姿勢をとるか消極姿勢をとるか、滅私の熊度にでるか利己主義に走るかは、あなた自身の判断によってきまります。
 地上生活はその選択の連続といってよいでしょう。
選択とその結果、つまり作用と反作用が人生を織りなして行くのであり、同時にまた、寿命つきて霊界に来た時に霊界で待受けている新しい生活、新しい仕事に対する準備が十分出来ているか否か、能力的に適当か不適当か、霊的に成熟しているか否か、といったこともそれによって決るのです。単純なようで実に複雑です。
 そのことで忘れてならないのは、持てる能力や才能が多ければ多いほど、それだけ責任も大きくなるということです。
地上に再生するに際して、各自は地上で使用する才能についてあらかじめ認識しております。
才能がありながらそれを使用しない者は、才能のない人よりはそれだけ大きい責任を取らされます。当然のことでしょう。

 悲しみは、魂に悟りを開かせる数ある体験の中でも特に深甚なる意味を持つものです。
悲しみはそれが魂の琴線に触れた時、一番よく眠れる魂の目を醒まさせるものです。
魂は肉体の奥深くに埋もれているために、それを目覚めさせるためにはよほどの強烈な体験を必要とします。
悲しみ、無念、病気、不幸等は地上の人間にとって教訓を学ぶための大切な手段なのです。
 もしもその教訓が簡単に学べるものであれば、それは大した価値のないものということになります。悲しみの極み、苦しみの極みにおいてのみ学べるものだからこそ、それを学べる準備の出来た霊にとって深甚なる価値があると言えるのです。
 真理は魂がそれを悟る準備の出来た時始めて学べるのです。
霊的な受け入れ態勢が出来るまでは決して真理に目覚めることはありません。
こちらからいかかる援助の手を差伸べても、それを受け入れる準備の出来ていない人は救われません。
霊的知識を理解する時機を決するのは魂の発達程度です。魂の進化の程度が決するのです。
肉体に包まれたあなたがた人間が、物質的見地から宇宙を眺め、日常の出来事を物的物指しで量り、考え、評価するのは無理もないことではありますが、それは長い物語の中のホンの些細なエピソード(小話)に過ぎません。
 魂の偉大さは苦難を乗り切る時にこそ発揮されます。失意も落胆も魂の肥しです。
魂がその秘められた力を発揮するにはどういう肥しを摂取すれば良いかを知る必要があります。それが地上生活の目的なのです。
 失意のドン底にある時はもう全てが終ったような感じになるものですが、実はそこから始まるのです。あなたにはまだまだ発揮されていない力、それまで発揮されたものより、はるかに大きな力が宿されているのです。
それはラクな人生の中では決して発揮されません。苦難と困難の中でこそ発揮されるのです。
金塊もハンマーで砕かないとその純金の姿を拝むことが出来ないように、魂という純金も、悲しみや苦しみの試練を経ないと出て来ないのです。それ以外に方法がないのです。
 人間の生活に過ちはつきものです。その過ちを改めることによって魂が成長するのです。
苦難や障害に立ち向かった人が、気ラクな人生ばかりを送っている人よりも一段と大きく力強く成長して行くということは、それこそ真の意味でのご利益と言わねばなりません。
 何もかもがうまく行き、日向ばかりの道を歩み、何一つ思い煩うことのない人生を送っていては、魂の力は発揮されません。何かに挑戦し、苦しみ、神の全計画の一部であるところの地上という名の戦場において、魂の兵器庫の扉を開き、神の武具を持ち出すこと、それが悟りを開くということなのです。
 困難にグチをこぼしてはいけません。困難こそ魂の肥しなのです。
むろん困難のさ中にある時はつらいので、それを有難いと思うわけには行かないでしょう。
しかし後でその時を振り返って見た時、それがあなたの魂の目を開かせるこの上ない肥しであったことを知って、神に感謝するに相違ありません。
 この世に生れくる霊魂がみなラクな暮らしを送っていては、そこに進歩も開発も個性も成就もありません。
これは厳しい辛い教訓には違いありませんが、何事も、価値あるものほど、その成就には困難がつきまとうのです。
魂の懸賞は、そう易々と手に入るものではありません。
                          (続)
 

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予言の見方

 最近、猫予言を二つ御紹介しましたが、過去に、「予言とはどういうものか」について、オレンジャーが的確なメッセージを出していました。(予言には二種類ある)
更に、これに関連して地球が現在何処に向っているかを警告する最近のメッセージがありましたので二つ併せて掲載します。

 何かと良く解らない理由を付けては実行を先延ばしするコブライベントや、お花畑的チャネリング・メッセージは詰るところ、こうした現実から目を逸らさせるために出されている偽メッセージなのだと思います。
要するに、本当に覚醒して貰いたくない人達が出しているのです。
 この期に及んで尚、「光の勢力」だの「光の部屋の三日間」だの、「銀河艦隊の救援」だのに期待して、「自分が本当に為すべきこと」を怠っている甘チョロさん方に鉄槌が下される日は近い。

 今、「zeraniumのブログ」さんで連載している「大きな浄化が起こる前に悟ってもっとアセンション』 A・ジョルジェ・C・R 著」の中に、
 “人々は一般的に、意識を上げるとか、霊性を高める、あるいは(携帯電話の)電磁波等、目に見えない社会問題などのように、それぞれが努力しなければならないテーマが出てくると、後ずさりしてしまうものです。
 つまり、人々の多くは前に向って進む努力をしたくない訳で、自分に代って誰かがやって欲しいのです。
しかし、このような他人任せの受身の時代はもう終りました。
自分を変えるのは自分でしかなく、他人によって変ることは出来ません。”
 というフレーズがあります。
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-4e0e.html

 私が、いわゆる陰謀論サイトをあまり評価しない理由、逆にハートさんのような生き方を高く評価する理由、そして、アミやオレンジャーがしつこく言っていることも、要はこれと同じなのです。


1.宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 予言の役割        2013-11-04
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11669303178.html

 俺はオレンジャー!
今日は予言の役割について少し語ろう。

 予言者なる者がこの星には沢山いる。
悟った星においては、こうした職業は存在しない。
何故ならば、全員がこうした能力を持っているからだ。

 この能力とは未来を見渡すことが出来る能力ではない。
未来のある特定の一点を見ることが出来る能力だ。
未来には不確定性が存在しているので、予言者が言っていることは真実の一つではあるが、確定された未来ではない。
沢山の未来予想図
(いわゆるタイムライン)の中から選ばれた一つの選択肢に過ぎないのだ。

 予言者の殆んどは、自己のエゴを満たすためにその能力を使っている。
殆んどが、お金を得る手段として使っている時点であまり意味はない。
ただ、そうしたエゴの外で予言活動をしている存在も実際にいる。
彼等は単純にこのままで行くと大変な事態が起ることを知っているから、それを警告したいだけなのだ。

 本物と偽者、是非見分けて欲しいものだ。
ま、君達にとっての大変な事態が地球にとって大変な事態かどうかはまた別の話だが。。。

 今日はこんなところだ! じゃ!


2.宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 異常気象からのメッセージ    2014-09-25 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11929699768.html

 俺はオレンジャー!
最近異常気象が続いている。
大雨が降ったり、街中に突然雹が降ったり、台風も頻発していて、更には竜巻まで発生している。 この状況をおかしいと感じている人も多いだろう。
そう、おかしいんだ。
少しずつ地球はシグナルを与えてくれている。
これまで地球上では大きなリセットが6回行なわれている。

 今回もそのリセットへ向けて着実に時間が進んでいる。
そろそろ私達は学び、行動する時ではないか。
今の状況では人は地球にとってのガンだ。

地球存続の為ではなく、自らのエゴを満たす為に全てを貪り食らう。
癌細胞はやがてその宿り主の死を迎えて自らも死滅する。

 良く見て欲しい。今の地球の状況を。君達が癌細胞であるということを。
今、出来ることをやろう。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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白鵬の時代終るか 怪物登場

 楽しみですね。久し振りに痛快なニュース。

gooニュース
逸ノ城、2大関に続き鶴竜も撃破! 14日目は白鵬と1敗同士対決/秋場所  
       2014年9月26日(金)18:20         SANSPO.COM
http://news.goo.ne.jp/article/sanspo/sports/ssp20140926528.html

    逸ノ城、2大関に続き鶴竜も撃破!

(サンケイスポーツ)
 大相撲秋場所13日目(26日、両国国技館)新入幕で快進撃を続ける21歳の逸ノ城が、横綱鶴竜と結びの一番で対戦し、はたき込みで破り初金星。
12勝目を挙げた怪物が、史上2人目の新入幕優勝へ向け、14日目はこの日、豪栄道に初黒星を喫した横綱白鵬との1敗同士の大一番に挑む。

 一度(立会いが合わずに)突っかけ緊張しているかに見えたが、怪物は落ち着いていた。
2度目の立ち合いで、僅かに左に変わると、低く当たりに来た鶴竜の頭を右手で押さえつけ、そのまま、はたき込んだ。まさに“秒殺”での初金星で1敗をキープした。

 新入幕では昭和以降、史上初の2日連続大関連破を成遂げた怪物は、初土俵から5場所目での金星をゲット。年6場所制となった昭和33年以降、史上最速となった。
更に、新入幕での横綱戦勝利は昭和48年秋場所で琴桜に挑み、金星を奪った大錦以来、41年ぶりの快挙となった。

 いよいよ、夢が広がる。14日目の結びの一番では横綱白鵬との対戦が決まった。新入幕力士が2日続けて横綱に挑むのは初めて。
新入幕場所で横綱2人と対戦するのは、1943年夏場所で東富士が安芸ノ海、照国と当たって以来で2例目となる。

 逸ノ城は「今日は思い切りやろうと思った。うれしいです」と淡々。白鵬戦については「一生懸命、思い切りぶつかっていきます」と意気込みをみせた。

 新入幕力士の優勝は大正5(1914)年5月場所の両国ただ一人。21歳の怪物が、歴史的Vに向け、14日目に大一番を迎える。


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先天的障害や病気の理由

 (この記事は短いですが、非常に大事なことを書いてありますので良く読んで下さい)
前回のハートさんの記事に出ていた「Lila P さん、I Eri さんの他、障害者を家族に持つ、あるいはそのご本人達にお伝えしたいこと」に関連し、「ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』」でイザヤが述べていることを抜粋しました。
ハートさんの「励まし」とは少し違っているところもありますが、霊学上の厳正、且つ深遠な知識を持っておくことも重要です。
 但し、私の場合もそうでしたが、カルマに由らずして鍛えのために敢えて障害を持った肉体を選んで転生して来る場合があります。(そのことを教えてくれたのも国常さんの神示でした)
それが原因で私はエリートコースを外れ、苦悩の中で霊的な世界に足を踏み入れたのです。


部分引用元記事: 「zeraniumのブログ」
病気は魂の浄化の1つの方法   2014年9月18日(木) 
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/1-9ac8.html

Q: 先天性の病気の場合、何がその原因ですか?

イザヤ: (原則として)前世での行ないに原因がある。
病気は、エゴに駆られて犯した「愛の法則」に反する行為により、貯めた負債を清算するための試練なのだ。
人は「愛の法則」に違反すると、「霊的な作用と反作用の法則」により、その行為が心理的毒素となって魂に浸透し、波動レベルを下げてその本来の姿を乱してしまう。

 その乱れが、メンタル体や将来の肉体の原型となるアストラル体などの、濃密な体を変化させてしまう。よって転生する時に、肉体の遺伝子コードに変異を起すこととなり、先天的な病気を引起こすことになる。
このことから解ることは、たとえそれが前世で行なわれたものであれ、病気の要因がエゴであるというのはやはり正しいのだ。

 両親からの遺伝を受継ぐことで、特定の病気になり易いというのも極めて確かなことである。そして、そこへ転生して来る魂は、そういう状況を知った上で同意したのだ。
 魂は肉体的、精神的障害が、前世の行為による通過すべき試練であることを知っているのである。
これは同時に、そうした状況を経験することを生前に同意した両親にとっても試練となる。


Q: そうした状況にある人々にとってはこうした話は受容れ難い話のはずですから、「こんな目に遭うなんて、自分達が一体何をしたんだ」と考えるに違いないでしょう。

イザヤ: そう考えるのが普通である。
何故なら総体的に理解するためには、現生以前に多くの過去世を経験して来ていることや、魂がそうした過去世において、以後の転生で直面することになる状況を創り出したことを認める必要があるからだ。
 生命は現在の人生の後も存続するので、現生における病気も結局は一時的なものに過ぎない。その一時的な経験から愛の学びを積んでいるのであり、病気はそのためにあるのだ。
そしてあなた方の誰もが1度は、そのような経験をしていると考えて間違いはない。

 先天的なものであれ、事故によるものであれ、普通の子供に接するように振舞いなさい。
そして実際普通の子供なのだから、外見で判断してはならない。
そうすれば肉体の奥深くに、誰もが変らない同じ魂を見出すだろう。
 そうした愛する者の中に不完全な肉体を見るのではなく、完全な魂を見ることだ。
そしてその魂の通りに、完全な存在として扱って上げなさい。
今世では不具合な肉体という衣装ではあるが、その奥には健全な肉体の人と同等か、若しくはそれ以上に力強く、生きて感じて気づくことの出来る人がいるのだ。

 (中略)

 既に述べたが繰返しておこう。
肉体的あるいは精神的な障害は一時的な状況であり、それは肉体が消滅すれば終るものである。だがそうした体験を通して本人や周囲の人々に生じて育った感情は、魂の糧となって永続する。
そして当にこれが大切なことなのだ。これを通して、自分や他人の苦悩に敏感になることが出来る。

 おそらく前世では、今苦しむ人達は他者に同じような苦しみを与えたことがあり、自分が如何に他人を傷つけたかを自覚することが出来なかったのだ。
故に愛への第1歩は、他人も自分と同じ感情を持っていることに気づき、自分が苦しむのと同じように苦しむのだと認識することなのだ。

Q: 先天性の病気にある霊的な意味とは何でしょうか?

イザヤ: こうしたケースでの病気は、魂は毒素を肉体に渡し、肉体は汚れを拭き取る雑巾のような働きをする。
この「汚れ」が肉体レベルでの病気の要因であるが、病気はそれを下水に流すように、より精妙な霊体を清めるために役立つ。
また人生の最期に、こうした仕組を利用して毒素を一気に洗い流すために、病気になることを選択する魂もいる

 つまり生涯かけて重い病を患うことなく、霊体に貯っていた心理的毒素の一部を肉体に移転するために利用し浄化するのだ。
このようなケースは通常、頻繁に見られるが、こうした場合には死を押止(おしとど)めようとどんなに頑張ってみても全く無駄である
何故ならそれは霊的な浄化であるからだ。

 魂が心理的毒素を除去する方法は幾つかある。
自分の行為を反省し、悪かったと気づき愛ある行為で償なって行くならば、病気を体験することなく魂の毒素を取除くことが出来る。
 だから必ずしも病気になることで毒を消す必要はないが、それ(病気)が一番手っ取り早い方法なので、多くの魂がそうすることを選択している。
明らかなことは、毒素という重荷を取除くために何かをしない限り、それは残ることになるので、その後、より高いレベルへと魂が進化することを阻むことになる。
(注: 瞑想やヒーリングで心理的に解決出来るのかどうかは疑問)

 特定の試練に立向うことを選択して生れて来た魂は、物質主義に流されることで転生の目的から外れてしまわないために、病気をそうした記憶の喚起に利用する。
 つまり病気は車線からはみ出たことを知らせる(防護柵などの)路肩装置のように働き、魂が目的から逸れてしまった場合にだけ起動する。
それが同じ状況でも重病にならない人がいる一方で、なり易い人がいる理由であり、(後者は)アラームが鳴り易い。
それほど強くない感情の刺激であっても、病気を誘発させるには充分なのだ。


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「ハートの贈りもの」さんの記事から

 この記事は私が読んでも殆んど抵抗がありません。
将来、前回のオレンジャーメッセージにあった“結局お金を巻上げるような族(やから)”の一人にならないようにさえ気をつければ、現在最も期待出来る成長株です。

 
「ハートの贈りもの―2014―黄金時代02年」
自分の波動の位置を知る      2014-09-22
http://blog.goo.ne.jp/narudekon/e/1e1a9457236663b5c2ed7c863cd819aa

 ハートのg+コミュニティで、Lila P さんと、I Eri さんの投稿に関し、思うことがあったので、ブログに載せることにしました。
多くの人の目に触れて欲しいので。投稿そのものに関しては、コミュニティの、Lila P さんの2014/9/17を見て下さいね。

 今、波動が、大きく二つに分れて来ています。それを実感しています。
コミュニティのメンバーを見ていると分りますが、上昇し始めると、とても速いです。

 自分の波動が上昇するかしないか、波動を分けることになる目安として、私は、二つの考え方に注目しています。

 一つは、コミュニティの koyama さんへのコメント欄で書きましたが、自分に起きる総てのことを、「外部、あるいは他人が原因で起り、自分にはどうしようもない。自分は被害者だ」と思うか、「自分の学びのために起きた、自分を成長させてくれる出来事」だと思うかどちらの考え方をするか、ということです。
今回のこの記事に直接関係はないですが、その私のコメントも、ここに載せておきますね。

 以下、2014/9/19の koyama さんの投稿に対するコメント。

 koyama さんの言われること、同感です。

 高次からのメッセージで言われていることもギリシアの修道女と同じく、ひたすら、「一人一人が自分の中で平和を確立するだけで、世界平和は実現する」ということ。
相手を打負かす戦いも、大規模な抗議行動も要らないんです。
一人一人が、自分の中に平和を確立したら、世界は一瞬で変わる。。
 平和を確立した個人は、もはやどのような争いにも関わらなくなるから。。それくらいシンプルなんですね。
そして、私は、地球人全員とまでは行かなくても、ある一定の人数がそうなれば、集団としての波動が一気にそれに同調する日が来るのではないか、、、それを期待しているわけです。
 ブログも、このコミュニティも、そのためにやっているようなものです。

 世界平和のことはさておいても、個人としての気づき、そこから全ては始まります。
個人の中に未だ争いがある時、それは外部のせいでも、他人のせいでもない、、その本人の選択であるわけですが。
 「自分は常に被害者で他人のせい」と捉えるか、「自分に学びと成長をもたらしてくれるものであると知り、自分で自分を管理する力を取り戻して行くか」、選択は二つに一つ、ソウルの進化はここからスピードアップする。次元上昇へ進む道に置かれた、けっこう狭いゲートと言って良いですね。
ここを抜けられるかどうかが、ソウルにとっては、今回の転生で出された先ずは大きな宿題です。

 ただ、、ここに来るメンバーはもうこのことが解っている人達ばかりですが、、そうでないレベルの人達にどのように伝えたら良いのか。。
決して彼らとて放っておかれている訳ではなく、見回せば、それについて書かれた本は書店に行けば山のようにあり、「気づき」のためのメッセージも、それこそこの世界に無数に散りばめられています。
それに本人が気づくかどうかが大切で、、私達に出来ることは、気づくように働きかけて上げることくらいでしょうか。

 私達は、自分の波動を落してまで、苦しんでいる波動の人に同調、同情する必要はありません。
そのような形でどっぷり浸かるのは無益、自分にとっても有害なだけで、この辺はクリアに切離す必要があります。
 ただ、目覚めの手助けになるようなものを周りに置いてあげる、、その人に理解し易い言葉で、その視点から一緒に話をする、それくらいしか出来ないのではないかと感じています。。
 私が行おうとしている QHHT、Remember Who You Are のセッションも、現在でのトラブルの原因が、過去世からの持越しによる場合もある、、それを本人が知ることによって解消して上げられればと願ってのことですが、、恐らくは、私のセッションに来る人自体も、ある程度は解っている人でないと、セッションの存在すら気づかないでしょう。波動の引寄せがありますから。。
 最近は、、残念ながら、波動の二極化は急ピッチで進んでいます。

 あ、最後にもう一つ、苦しみから抜ける特効薬は、何度も書くけど、「全てへの感謝」それだけなんですけどね。。
これは、万能薬なんですが。。この薬があるということすら、知らない人も多い。

 さて、話は戻ります。

波動を分けるもう一つの目安は、これです。
輪廻転生、過去世の存在、ひいては、ソウルの存在、自分のソウルの不滅性を信じられるかどうか。。これにより、また、波動は二つに分れます。

 このブログの訪問者数ですが、私が三次元の陰謀論情報を多く載せていた頃には、毎日1万を超えていましたが、そういうものを殆んど載せなくなり、私が自分の内部世界に集中するようになった今は、4000弱に減りました。
 この、残っているコアな読者の方々は、私がブログを更新しようがしまいが、毎日のように訪問してくれており、おそらく私とは非常に波動が近くて、私の世界をよく理解してくれる、よく理解出来る、いわばこれからも、私と同じ世界を共有して行く人達だと思っています。

 一方、陰謀論や三次元海外情報を載せなくなってから、ここを訪れなくなった人達は、おそらく私と波動が合わなくなって来たのでしょう。

 私が上に述べた、自分の波動の位置を知る二つの目安、それでも説明出来るかも知れません。
上の二つの目安がクリア出来ていれば、今はもう、陰謀論には興味が無くなって来ている筈だからです。

 クリアにお伝えしますが、ソウルは不滅です。光のエネルギーそのものだからです。
私は極若い頃から、アセンションも何も、スピ系には全く無縁だった頃から、それを知っていたという自覚があります。
 そして、自分自身で、QHHT、ドロレス・キャノンの退行催眠療法を学んでからは、それは確信に変りました。
三次元での死というのは、固体としての形を取るのを止めただけで、本質のエネルギー体は、何も損なわれていません。
 ソウルはただ、自らの学びのために何回も転生して、様々な状況を生きることをチャレンジします。ゲームとしてです。
地球だけではありません。さまざまな次元、宇宙、星、あらゆる世界を経験して行きます。
まさに、魂磨きという言葉がありますが、、その通りに、ありとあらゆる状況を自分に体験させ、ソウルを進化させて行くのです。

 ですから、ここからが本題ですが、Lila P さん、I Eri さんの他、障害者を家族に持つ、あるいはそのご本人達にお伝えしたいこと。

 その人たちは「高貴です」、「勇敢です」、「成熟したソウルです」。

 何故なら、その人達は、今世で、敢えてそのような苦労を「自分の学びのレッスン」として選択して来たソウルだからです。
自分の進化・成長のために、わざわざそのような苦労を自分で設定して来たからです。
 そして、その人を支える周囲の家族・親戚・友人の方々も、同様に立派です。
何故なら、障害を持って生れることを選択するソウルに対して、(多くの場合、同じソウルファミリーです)、「解った。では、私は、あなたをサポートする立場に生まれるね」と、約束して、今世、この状況に生れて来たからです。

 強調したいことは、誰に強制されるのでもなく(高次元には、あなたに何かを強制する存在はいません。たとえ過去のカルマの清算であっても、次の転生のセッティングは、誰かに強制されるのではなく、自ら自分にはそれが必要だと納得して、選択して来るのです)、自分自身が、選択したセッティングだということ。

 ですから、どちらの立場であっても、どうぞ自分に誇りを持って欲しい。

 障害を持って生れる人達は、自分にとっての学びの他に、そういう自分を見る周囲に対しても、「愛の波紋を広げる」効果、「愛とかヘルプとか助け合いの概念をもたらす」効果を生み出すことも、目的にしています。
それによって、周囲の人々や世間を成長させてあげるのです。
自分がそういう姿で生れることにより、他の人達にも、レッスンを授ける事が出来るのです。

 これが、Lila さんや Eri さんにお伝えしたかったこと。。。

 だから、勇気を持って、誇り高く、その状況をポジティブに体験して行って下さい。せっかく自分で選んだ状況なのだから、そこから、学び尽して下さい。

 以上、私のコメント、終り。

 、、、と、、このまま、この三次元が続くのなら、ここは、これで語り尽したことになるのでしょうが。
でも、実は、終らないんです。私にとっては。。続きがあります。
今は違う、、と、私は思っています。。。今はもう違う、と言いたい。
 次元上昇を始めた世界、ニューアースに生きることを選択したならば、「もう、苦しみは必要ない」、私はそう言いたいのです。
「魂磨き」のためであろうが、あるいは過去の「カルマの清算」であろうが、、もう、「苦しみは終りにしていい」。。どんな苦しみも、もう要らない、、ニューアースへは持って行かなくて良い荷物だと思います。

 つまり、理由は何であろうと、もう「苦しむ必要はありません」。治せるチャンスが来たら、治して貰って下さい。
ハイアーセルフに頼んで、治して貰って下さい。ニューアースの上で生き続けたいのであれば。。あらゆる疾病や障害を治すテクノロジー、例えば失った手足を生やすテクノロジーも存在すると、高次からは言われています。。
 そのようなテクノロジーがこれから先、いつの段階で出て来るのか、それは未だ分りません。ただ、諦めなくて良いとお伝えしたいです。HS(ハイアーセルフ)に、治りたい、治して下さいと、お願いして良いのです。

 それを今、これを読んで下さる人全員にお伝えしたいと思います。。時期は分らないけれど、必ず、全ての疾病・障害が治る時が来ます。

 但し、上に述べましたが、そのためにも、意識の覚醒、ソウルの進化のための二つの前提をクリアしていないと、ちょっと難しいのです。
そもそも、その情報を受入れるレベルに到達しないし、あるいは、一時的に治して貰ったとしても、低いレベルに留まったままの自分の意識では、その不調和を再現してしまうからです。

 例えば、これも、QHHT から得た知識ですが。。つまり、ドロレスさんが大いなるソースや人類の集合意識とのコンタクトによって体験したことですが。

 癌というのは、怒りだそうです。。自分には怒りがあるのに、それを表現せずに抑圧していることによって、身体が作り出す異常だそうです。
本人が何に対する怒りを溜めているかによって、発生する部位が決って来ます。

 癌の場合、ハイアーセルフによるヒーリングは、何に対してその人が怒っているか、何を抑圧しているのか、それに気づかせることから始まります。
HSによるヒーリングが実現しても、本人が自分を内観して自分の中に潜んでいる怒りを解消しない限りは、一旦治っても、また再発してしまうからです。

 あらゆる病気は、そのように自分内部の不調和から生れるものです。ここにも、多くの気づきが必要ですね。

 という訳で、以上、トラウマの解消や、様々な障害や癌のヒーリングは可能な時代になって来たけれど、つまり、ニューアースはもう間近だけれど、そのためには、基本的に個人の波動の上昇が必要だということを、お伝えしました。
これも、、伝わる人には伝わるけれど、伝わらない人には??? な話かも知れませんが、、残念ながら。

 (ああ、、これも、自分で書いたというよりも、、上から書かされた感じがします。。ずっと、書きなさい、書いてね、、、と言われていたような。。フフフ、コレデスッキリ (*^-^))


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人の本質は行動に現れる

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
行動で判断する   2014-09-23
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11929083567.html

 俺はオレンジャー!
この世の中には色々な人がいる。
素敵な格好をしていたり、凄い肩書きを持っていたり、イケメンや美女だったり、沢山のお金を稼いでいたり、素敵な言葉と笑顔で愛想を振りまいている人もいるだろう。

 ただ、その人の本質は行動に現れる。
どんなに外見や言葉が素敵であっても行動が伴っていなければ、そこに真にエネルギーは生れない。

 この世は殆んどが搾取モデル。
お金を得る為に都合の良いことばかり言って結局お金を巻上げるような族(やから)ばかりだ。
良く相手の行動を観察して見よう。
それだけでかなりの本音が見えて来る。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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動物と人間の関係を考える(7)

 さて、このシリーズを書く発端となった「盲導犬制度は是か非か」という問題について簡単に結論を述べておきます。
「盲導犬制度は是である」これが霊学的に見た私の結論です。
理由は、その経験が彼(犬)の属する群魂の進化に寄与するからです。
 進化こそが、この宇宙をその想念の内に存在有らしめている神の大経綸です。
従って、進化の概念を内包しない霊学など一文の価値もない偽物に過ぎません。
因果律もその一部であるカルマの法則も、進化のために存在する神の意思の表れであり、この宇宙の秩序を保つ不変の法則です。
 これをアルコンのプログラムだの、観念だのと言っている者がいるが、嗤(わら)うべき小児の妄説か、正しき者を試す魔界の存在が言わしめていることです。
 
 それはさておき、盲導犬がしていることは、人間に置換えれば無私の奉仕活動であり、訓練そのものをも含めて進化のためには極めて好ましいものです。
たとえ、ある一匹が不自由な生活を強いられたとしても別の一匹がそうでなければ、群魂全体としてはバランスの取れた発達をすることが可能です。
 犬と人間との関わりは、猫と人間との関わりより一歩進んだものです。
彼等(犬達)は、動物界のトップランナーとして、霊界でも人間との関わりを継続します。
そして、未来に最も優秀な人間として生れ代って来ます。その時、我々は霊界から彼等の進化を導くことになります。

 そもそも、飼主と盲導犬の間にあるのは愛による信頼関係であって、隷従関係ではありません。ただ、補助器具を外して自由に振舞える機会を出来るだけ多く与えるように心掛ける必要はあるでしょう。
この点は、人間の子供を学校や塾に縛り付けず、自由に遊ばせる必要があるのと何等変りはありません。
 むしろ、猫の場合に良く見られる、過度で異常な可愛がり方の方が好ましくない結果を齎(もたら)します。健全な発達のためには適度の放任も必要です。

 神智学にも次のような趣旨のコメントがあります。
「密教徒は、時として動物愛好者にあまりその動物を可愛がり過ぎないように、また異常な可愛がり方をしないように、警告を発せざるを得ない。
何故ならば、その行為は人間の子供の場合と同様に、その動物が無理な成長をし、未熟なままで個人化するという好ましくない結果を齎すからである」
 (A・E・パウエル 編著 『神智学大要 4 コーザル体』 第12章 動物の群魂)
                       (終り)


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動物と人間の関係を考える(6)

神智学大要 4 コーザル体』 A・E・パウエル 編著/仲里誠桔 訳(たま出版)
第12章 動物の群魂 より抜粋

 現在の人類は、この連鎖(地球連鎖、その前は月連鎖)の進化を半ば少し過ぎただけであること、及び、動物達が人間にまで進化して来ると思われるのは、この進化期の終末時のみであることをここで思い起さなければならない。
 故に今個人化に達しつつある、或いは近付きつつある動物は他の動物よりも著しく進んでいる筈であり、従ってこのような事例は極めて少ない。(註: この本が書かれた時点より、現在は、一段階進んでいるように思われる)
それにも拘らず、このような早熟な個人化が時々起きるが、それには人間との親密な関わりが必要条件である。
 その際、二つの要因が働いていることに注目したい。即ち、

(1) 人間の感情と行為とが、絶えずその動物の感情と行為とに働きかけており、それによって動物の感情や知恵が一段と高いレベルに引上げられる傾向にあること。
(2) 動物は親切に扱えば、人間に対する献身的な愛が発達し、その人を理解しようとすることや、その人の望むことを予知しようとする努力がその動物に智慧の力を引出させることになる。

 ある生命を動物界から人間界に引上げるところの個人化は特定の7種類の動物だけに起きることが分っている。 
実際にはそれは家畜だけに限られ、それもあらゆる種類の家畜に及ぶ訳ではない。
我々が確実に知っているのは、象、猿、犬、猫である。5番目は多分、馬であろうと思われる。(残り2種は不明)
 これらの7つのタイプの先頭の背後には野獣の列が続く訳であるが、未だ詳しくは調べられていない。
然しながら、狼、狐、ジャッカルやその類いの動物は全て終極には犬に進化し、ライオン、虎、豹、ジャガー、豹猫は家畜として猫に進化する
 ある型の動物が人間として個人化するにしても、同一の型の人間になるのであって、それ以外の型の者にはならないことに注意しなければならない。(註: 犬から人間化したグループと、猫から人間化したグループは型が違う)
 蜂及び蟻(並びに小麦は「炎の主方」によって金星から地球に齎されたもの)は純粋に地上の動物とは全く違った生き方をしている。
即ち、1個の群魂が蟻や蜂の全体を動かしており、そのため、それらの昆虫の社会全体が唯一の意志によって行為をし、その成員は実際には唯一の体の手足となっている
ことは、人間の手足が人体の奴僕であることに異ならない。
彼等は唯一の群魂を持つだけではなく、唯一の群体を持つと言っても良い。

 メーテルリンク氏の研究は、以上のことを裏書しているようである。
氏は次のように言っている。
 「蜂の巣や蟻塚、白蟻の巣の中の虫は全体で一個体、一匹の生物を成しているように思われる。
その器官は無数の細胞から成り、バラバラに動いているようであるが、それは見掛けだけであり、実際には常に同一のエネルギー、或いは同一の活気に満ちた個性、同一の中心律法に随順しているのである。
 従って、彼等は全体として不死であり、そのお蔭で数百もの白蟻が病気になっても、直ちに他の白蟻がこれに取って代るので、それは中心に影響も与えなければ触れもしない。
 数百万年にも亘ってこれらの昆虫は生き続け、しかも彼等の無数の経験のうち、一つも失われてはいない。
彼らの存在が中断したこともなく、又その記憶が消滅したこともない。
個々の記憶は残続し、その仕組が機能しなくなることも決してなく、群魂が獲得したものを中央に集中することを止めることも決してない。
 彼等は丁度、我々人間の細胞のように、同一の生命液の中に浸っている。
しかし、彼等の場合、この液は人間の場合よりも遥かに拡散し、遥かに伸縮性に富み、遥かに精妙である。
この中心帰一は疑いも無く蜂の普通魂と繋がっており、恐らく、本物の宇宙魂と繋がっているであろう」

 一つの群魂に付着している個々の生物の数を言えば、蝿や蚊なら百万の四乗(1の後に0が24個付く)、兎や雀なら数十万、ライオン、虎、豹、鹿、狼、猪のような動物であれば数千匹に上るであろう。
羊や牛のような家畜であればその数はもっと少ない。
 個人化が出来る7種の動物の場合には、其々一つの群魂に普通は数百だけしか付着していない。その動物が発達をするに連れて、数は急速に減る。
 パリアー犬(インドでゴミ溜めを漁る黄色の犬)なら一つの群魂に数千匹も付着しているが、本当に賢い、愛玩されている犬や猫であれば、10匹か12匹を出ることはない
 英智の大師方が注いでおられる霊気はある程度広い範囲内に存在するあらゆるものに影響を与えるが、動物の群魂(複数)も亦その影響を非常に受け、且つそれによって進化を助けられている。


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「幻の桜」の猫予言(2)

 2014年10月8日、日本全国で皆既月食を見ることが出来ます。(国立天文台情報
この月食の色が株価大暴落の予兆となるかも知れません。と猫ちゃんが古(いにしえ)の予言者のようなことを仰っているそうです。
猫ちゃん、外れたらお仕置き(お洗濯)ですぞ。

 入浴嫌いの猫
002入浴中の猫
転載元: (http://dailynewsagency.com/2014/02/12/prove-cats-absolutely-hate-bath-9t6/

 因みに空振り専門の玉蔵さんも10月暴落予想です。
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1582.html
十八番(おはこ)の「ヒャッハーーーーー!!!!!。モヒカン刈りだ。トマホークだ。行くぞ、者ども!」が出ますかどうか???(こちらの方はあまり当てにはなりません)


「幻の桜」 その赤はどんな赤?   2014-09-20
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1678.html

P8260001_R 幻の桜 猫予言2

 「えんえんの独断と偏見なんですけどね。株価が暴落する気配が出始めてるです」 
暴落する気配? 
 (・・;)
「なんだか感覚的にさまざまな予兆が出てるです。 
ただ、いつかと言われるとちょっと難しいんですけどね。
それに暴落までは当然上がってるでしょうから」
 (・・;) 
「ただ何となく、何となくなんですけどね。
時期を合せて時を合せてそれが起される動きが見えてるですよ」
 (・・;)
「あめ(夢)でこう言っていた人がいたです。
「今度の株価の暴落は表の座を総入れ替えする為にも行われる。
だから、もしそれが行われるとしたら今の表の座の者たちが最もダメージを受けるタイミングでそれは引起される」
    (えんえんの言葉)


 「月の色は株式に影響を与える
 (・・;)
「太陽よりも月の色が株式に影響を与える。
月食の月の赤味は見るタイミング、見るポイントによって色味が変わる。
その色味の差が人の心理、株価にも影響をもたらす」
 (・・;)
「本当に暗い月食もあるんだ。そういう時はけっこーな確率で恐慌になりやすいんだ。
もしくは赤がとてつもない恐怖感を与える月食の後も市場に不安やパニックを呼びやすい。
月食の色はトレーダーなら要注意するべきだな」
 (・・;) 
「それと月食のあと地震が起きやすいのは、実は大地の緩衝というよりも運ぶ想念の影響によるものだ。
運ぶ想念の動きが変ると、もろく崩れる地盤や経済はたくさんあるんだ。
 特に都市や結界ガチガチの地帯のように運ぶ想念により辛うじて維持されてる、もろいもろい磁場では運ぶ想念の動き方がちょっと狂うだけで大地はうねる」
 (・・;)・ 
「月食の色味は運ぶ想念の気分や動きを大きく変える。
世界の大半はな。運ぶ想念の錯覚で維持されていて月食により幻影が剥げた途端、想念が違う動きを見せることは多いんだ」(・・;)

「だから色を見るんだ。月食の色味を見るのが予知なんだ」
「その赤はどんな赤?」 
見た瞬間、終りの赤か、始まりの赤か、その他の意味の赤か、それらの意味をより細かく瞬時に読み取る。それを読み解くことで富の独占もできるんだ」
 (・・;)
「月読みは色の反射神経が必要だ。データでなく感覚的に色を微細に読み解く能力。
本来この時期は世界の構築者達はそんな月読みの系譜にはりついてるはずなんだけどな。

 今は人間違いしてて月読みのふりをした子犬に多く張り付いてる。
だから大犬はこれからやってくる想定外の未来の現実に対処が出来なくなるぞ」
 (・・;)
「それと余談だがな。
東京はな。あそこに作ったことで鏡返しの磁場になったんだ。
将来性があるものを将来性が無いと感じ、将来性が無いものを将来性があると感じる磁場。
 上総と鏡返しの立地に作られたことで、あの地にいると眼力が逆方向に働く磁場が出来、人間違いがたくさん起った。 
特に震災以降、その効果は加速した。
はるちゃんが震災前に引越せと言ったのは東京にいると眼力を無くしてしまうからだ」
 (・・;)・
「太田道灌の責任だな。
大雑把に両方東京湾だったことと誰かに誘導され直前の未来と、より未来の可能性を混同し土地間違いをしたんだろう。
 今もその手の間違いがよく起こってるな。
直前に来そうな者と本当に可能性がある者がよく混同されている」
 (・・;)・
「それと解釈は色々あるんだがな。
俺が知っている禁断の紅い実とは月食のことだ。
この数年あめ(夢)で紅い実を採っていた者たちは月食以降、その紅い実がどんな効果をもたらすのか身を以って知るだろう。 

 現物が見やすいのは山だ。幻影が見やすいのは海だ。
願いに応じて月食を見るポイントを選べ」
     (オーちゃんの言葉)


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動物と人間の関係を考える(5)

古代霊は語る』 シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄 訳編(潮文社)
第6章 動物の進化と死後の生命 より抜粋

問 「動物で一番進化しているのは何ですか?」

シルバー・バーチ 「犬です」

問 「犬の次に進化している動物は何ですか。猫ですか猿ですか?」

シルバー・バーチ 「猫です」

問 「なぜ猿ではないのでしょう。人間と非常に良く似ていると思うのですが?」

シルバー・バーチ 「前にも述べましたが、進化というのは一本道ではありません。必ず優等生と劣等生とがいます。
人間は確かに猿から進化しました(註: この進化は偶然や淘汰だけで起るものではなく、「進化の司」による意図的な力が働いている)が、その猿を犬が抜き去ったのです。その大きな理由は人間が犬を可愛がったからです」

問 「犬が人間の次に進化しているから可愛がるのだと思っていましたが……」

シルバー・バーチ 「それもそうですが、同時に人間の側の好き嫌いもあります。
それからこの問題にはもう一つの側面があるのですが、ちょっと(簡単には)説明出来ません。
長い長い進化の道程において、猿はいわば足を滑らせて後退し、残忍にはならなかったのですが、喧嘩っぽく、そして怠けっぽくなって歩みを止めてしまい、結局類魂(群魂)全体の進化が遅れたのです。
 それと同時に、というより、ほぼその時期に相前後して、犬の種族が進化して来ました。
猿よりも類魂(群魂)全体の団結心が強く、無欲性に富んでいたからです。
しかし、どうも説明が困難です。もっともっと複雑なのです」

問 「猿の種族が法則を犯したのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「法則を犯したというのではなく、当然しなければならないことをしなかったということです」

問 「では猿と同じ様に、将来、犬が進化の階段を滑り落ちるということも有り得るのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「それはもう有り得ないでしょう。というのは、既に何百万年もの進化の過程を辿って来て、地上の種がすっかり固定してしまったからです。
種の型が殆んど定型化して、これ以上の変化が生じる可能性はなくなりつつあります。
物質的変化には限度があります。形体上の細かい変化はあるかも知れませんが、本質的な機能上の変化は考えられません。(中略)」
        
問 「猿の転落もやはり自由意志に関係した問題ですか?」

シルバー・バーチ 「それは違います。自由意志は個的存在の問題ですが、動物の場合は類魂(群魂)全体の問題だからです」

問 「動物に個体としての意識がないのに、なぜ類魂(群魂)全体としての判断が出来るのですか?」

シルバー・バーチ 「個々には理性的判断力はなくても、働くか怠けるかを選ぶ力はあります。必要性に対して然るべく対処するかしないかの選択です。
そこで種としての本能が伸びたり衰えたりします。個々には判断力はなくても、長い進化の過程において、種全体として然るべき対処を怠るという時期がある訳です」
 
問 「それは植物の場合にも言える訳ですか?」

シルバー・バーチ 「そうです」

問 「それは外的要因によっても生じるのではないですか?」

シルバー・バーチ 「それはそうですが、あなたの仰る外的というのは実は内的でもあるのです。
それに加えて更に、霊界からコントロールする霊団の存在も考慮しなくてはいけません」


参考1: 「神智学大要5 太陽系」 第13章 審判の日

 類人猿は月連鎖時代の動物王国に属するのであって地球の動物界に属するものではない。(註: 類人猿は動物ではない。魂の年齢では、月連鎖で植物だった犬、猫よりずっと年長の、本来は人間となるべき種族である)
 彼等はいわゆる「心無き者の罪」(H.P.ブラヴァッキーの表現)によってそのような体を持つようになったもので、ゴリラ、チンパンジー、オラン・ウータン、ヒヒ、テナガザルがその類いである。
彼等は死後、アフリカに現存するレミゥリア人類タイプの非常に原始的な人種に化身するものと思われる。

参考2: 「天才チンパンジー」
・ アイ (チンパンジー) - Wikipedia
・ アユム (チンパンジー) - Wikipedia
・ パンくん - Wikipedia
                            (続)


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動物と人間の関係を考える(4)

古代霊は語る』 シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄 訳編(潮文社)
第6章 動物の進化と死後の生命 より抜粋

問 「(霊界の)動物界にはどんな種類の動物がいるのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「地上で可愛がられている動物、親しまれている動物、大切にされている動物、人間と殆んど同等に扱われて知性や思考力を刺激された動物の総てがおります。
そうした動物は飼主の手から離れたことで寂しがったり迷ったりするといけないので、動物界に連れて来られて、他の動物と一緒に暮しながら、動物の専門家の特別の看護を受けます。
 そこには動物を喜ばせるものが何でも揃っており、やりたいことが何でも出来るので、イライラすることがありません。
そして時には地上にいる飼主の家の雰囲気内まで連れて来られ、暫し、その懐しい雰囲気を味わいます
心霊知識のない人が自分の飼っていた犬を見たとか猫が出たとか言って騒ぐのはそんな時のことです。(ペットの幽霊が出る!)
何となくあの辺に居たような気がすると言った程度に過ぎないのですが、地上の動物の目にはちゃんと見えていますよ。霊視能力が発達していますから……」(猫が何もない空間を睨んで様子がおかしい時などは幽霊を見ている?)

問 「動物界で世話をしている人間が連れて来る訳ですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。それ以外の人に添いて戻って来ることはありません。
ところで、その世話をしている人はどんな人達だと思いますか? 動物が大好きなのに飼うチャンスがなかった人達です。
それはちょうど子供が出来なくて母性本能が満たされなかった女性が、両親に先立って霊界へ来た子供の世話をするのと一緒です。
 犬とか猫、その他、人間が可愛がっている動物が飼主に先立ってこちらへ来ると、動物が大好きでありながら存分に動物との触れ合いが持てなかった人間によって世話がされるのです。
勿論、獣医のような動物の専門家がちゃんと控えております。
それもやはり地上で勉強したことがそのまま霊界で役に立っている訳です。
(本物の)知識は何一つ無駄なものはありません」

問 「病気で死亡した動物の場合も人間と同じ様に看護されるのですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。そうしたチャンスを喜んで引受けてくれる人が大勢います」

問 「動物界は種類別に分けられているのですか、それとも全部が交じり合っているのですか?」

シルバー・バーチ 「種属の別ははっきりしています」

問 「動物界は一つでも、それぞれの境界があるということですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。とにかく自然に出来上っております。一つの大きな檻の中に飼われているのではありません。(場所的に棲み分けがなされているということか)」

問 「猫は猫、犬は犬に分けられている訳ですか?」

シルバー・バーチ 「そのとおりです」
        
問 「特に仲の良かった動物同志は別でしょう。その場合は互いに境界の近くに来る訳ですか? 」

シルバー・バーチ 「そういうことです。全てが至って自然に出来上がっていると考えて下さい」
                        (続)


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「幻の桜」の猫予言

 「人間より動物の方が心霊能力が優れている場合がある」ことは前回の記事にも書いてあります。
ここに紹介する猫予言、「鰻掴みの玉蔵さん予言」より迫力があったので、 MAHAO さんの妖術に掛らないように、予言の部分だけを抜き出して見ました。
 確かに来年から本物と偽物、地球学校の卒業組と留年組の「分離」圧力が一段と高まり、霊的(+心的、物質的)準備の出来ていない人には厳しい時代になって来ると思います。
 本当の覚醒のためには避けることが出来ない道程です。
本物とは無縁のところで戯言(ざれごと)を言っている半端者達に鉄槌を下す必要を認めます。
 尤も、艮(うしとら)の金神さんの地元東北の方々は、3.11で大禊(オオミソギ)が済んでいますので、基本的に心配は要らないと思います。
「北がよくなる」と日月神示にもありました。北の範囲が何処までかは分りませんが・・・。

キT(た)がよくなる、キたが光るぞ、きT(た)が一番によくなると申してあること段々に判りて来るのざぞ。
(ひふみ神示 第十五巻 イハの巻 第10帖)


「幻の桜」  冷静な幻影  
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1671.html
          2014-09-10 : 猫予言  より
〔抜粋〕

 これから徐々に徐々に冷たい気が暑い地域に運ばれて、暑い気は冷たい地域に運ばれるようになる。 
寒い地域と暑い地域の気候が逆転するころロシアはバラバラになる。
ロシアは寒いから抑えられたんだ。暑くなると抑えられない。
ハイパーゴルバチョフ状態が起るんだ。
 
 アメリカはな。気候が寒くなり、経済的に沈没し、大地もあちこち陥没する。
今あちこちに陥没穴が生じてるだろ? あんなものじゃないぞ。 
ある日突然起るんだ。都市が町が一帯の地域が穴に沈み壊滅して行くさまが(見える) 
 その前後、アメリカは経済的に沈没し、物凄く寒くなって行く。
アメリカにとって本当の冬の時代が来るんだ。
そしてウィルスは世界中にどんどん広がって行く。
古いウイルス、新しいウイルス、どんなウイルスかは知らないが世界の終りと共にウイルスはパニック状態を拡散して行く。
 不動産(と)嗜好品は暴落する。
今世界で価値があると思われてる大半のものが無価値になる。
紙幣は紙屑となる。(大事なのは)金(きん)と食べ物だ。

 東北は暖かくなれば今よりもっと食料が取れる。
 
2015年3月、新しい幻影が生れ始めると次第に金の価値が上るんだ。 
何故なら新しい時代の始まりは冷静な幻影から始まるからだ。
終りの盛上りの幻影ではなく冷静な幻影。それが新時代の幻影だ。 
冷静に紙幣と金(きん)を比べれば、成り立ちと効用を比べれば、どちらに価値があるのか人の気分が気付き出すんだ。
 そしてな。
人の気分は冷静な幻影によってどんどんクールダウンされて行く。
嗜好品、今まで必要とされていた物全てにより懐疑的になり、それは物に止まらず優しくしてないのに権威を誇っている連中達に疑問を呈すようになる。
「御飯をくれてないのになんであいつらが俺達の上に立つんだ? 」
「税金を払わされてるのに何であいつらの言う事を聞かなきゃいけないんだ」
「優しくもしてくれないのに 何であんな人に恋焦がれていたの?」
「何の得もないのに 何が好きだったのか?」
全てにおいて、この冷静な幻影が緩衝する。
 そしてな。
あたらしい時代の月読みは色、形と言うより音で月を読むんだ。
音から月の幻影を読む。それが新時代の月読みだ。
俺もくまくまも新時代の月読みを目指してるんだ。
        (ダイオウちゃんの言葉)


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動物と人間の関係を考える(3)

古代霊は語る』 シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄 訳編(潮文社)
第6章 動物の進化と死後の生命 より抜粋

シルバー・バーチ 「・・・それは措いて、あなたはまさか蜘蛛を家の中に持ち込んでペットとして飼ったりはしないでしょう。カブト虫に温かい人間愛を捧げるようなことはしないでしょう。
それはあなたと、そういう昆虫との間の隔たりを意識するからです。
進化の道程において、遥かに遅れていることを本能的に直感するからです。
 一方、犬とか猫、時に猿などをペットとして可愛がるのは、一種の親近感を意識するからです。もう直ぐ人間として生れ代って来る段階まで近付いて来ているために、動物の方でも人間の愛を受入れようとするのです」

問 「では動物が人間に飼われるということは、その動物はもう直ぐ人間に生れ代るということを意味するのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「進化にも、突然変異的な枝分れ、いわゆる前衛と、後戻りする後衛とがあります。つまり、前に行ったり後に退ったりしながら全体として進化して行きます。
 中には例外的なものも生じます。動物で知的な面で随分遅れているものも居れば、小鳥でも犬より知的に進化しているものがいたりします。
しかし、そうした例外と、全体の原理とを混同してはいけません」

問 「動物の魂=類魂(群魂)は同じ種類の動物に何回も生れ代るのですか、それとも一回きりですか?」

シルバー・バーチ 「一回きりです。無数の類魂(群魂)が次々に生れ代っては類魂(群魂)全体のために体験を持帰ります。動物の場合はそれぞれ一度ずつです。そうしないと全体の進化になりません」

問 「我々人間としては、犬や猫などのペットと同じように、生物の全てに対して愛情を向けることが望ましいのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「それはそうです。しかし、同じ反応を期待してはいけません。
愛情は愛情を呼び、憎しみは憎しみを呼ぶというのが原則ですが、進化の程度が低いほど反応も少なくなります。
 (進化の程度について言えば、)あなたの心に怒りの念があるということは、あなたの人間的程度の一つの指標であり、進歩が足りないこと、まだまだ未熟だということを意味している訳です。
あなたの心から怒りや悪意、憎しみ、激怒、ねたみ、そねみ等の念が消えた時、あなたは霊的進化の大道を歩んでいることになります」

問 「動物がようやく人間として誕生しても、その人生が惨めな失敗に終った場合は、再び動物界へ戻るのでしょうか?

シルバー・バーチ 「そういうことはありません。一旦、人間として自我意識を具えたら、二度と消えることはありません。それが絶対に切れることのない神との絆なのですから……」

問 「屠殺とか動物実験等の犠牲になった場合の代償、いわゆる埋合せの法則はどうなっていますか?」

シルバー・バーチ 「勿論、それにもそれなりの埋合わせがありますが、一匹とか一頭とかについてではなく、その動物の属する類魂(群魂)を単位として法則が働きます。
進化の程度が異なる動物と人間とでは因果律の働き方が違うのです。
 特に動物の場合は原則として死後は類魂(群魂)の中に個性を埋没してしまうので、個的存在とは条件が異なります。
類魂全体としての因果律があるのですが、残念ながら人間の言語では説明のしようがありません。譬えるものが見当りません」
        (中略)
問 「動物同士は殺し合っているのに、なぜ人間は動物実験をやってはいけないのでしょうか?

シルバー・バーチ 「それが人間の進化の指標だからです。人間が進化すればするほど地上から残忍性と野蛮性が消えて行きます。
愛と慈しみと寛容の精神が地上に漲った時、動物の残忍性も消えて、それこそライオンと羊が仲良く寄り添うようになります

        (中略)
問 「人間より動物の方が心霊能力が優れている場合があるのはどうしてですか?

シルバー・バーチ 「人間が今送っているような“文化生活”を体験していないからです。
人間がもしも文化生活の“恩恵”に浴さなかったら、心霊能力が普段の生活の一部となっていた筈です。つまり、人間は文明と引替えに心霊能力を犠牲にした訳です。
 動物には人間のような金銭問題もなく、社会問題もないので、本来なら人間が到達すべきであった段階へ人間より先に到達したのです。
人間の場合は物質文明が心霊能力を抑え込んでしまった訳です。
いわゆる霊能者というのは進化のコースの先駆者です。いずれは人間の総てが発揮する筈の能力を今発揮している訳です」

問 「動物にはいわゆる第六感というのがあって災害を予知したり、知らない所からでもちゃんと帰って来たりしますが、これも心霊能力ですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。霊能者にも同じことが出来ます。ただ動物の場合はその種族特有の先天的能力である場合があります。
いわゆる本能と言われるもので、ハトがどんな遠くからでも帰って来るのもそれです。これも一種の進化の先駆けで、その能力だけが特に発達した訳です」
                         (続)


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動物と人間の関係を考える(2)

古代霊は語る』 シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄 訳編(潮文社)
第6章 動物の進化と死後の生命 より抜粋

問 「動物は死後もずっと飼主と一緒に暮すのでしょうか。それとも、いずれは動物だけの界へ行くのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「どちらとも一概にには言えません。何故なら、これには人間の愛が関わっているからです。 
死後も生前のままの形体を維持するか否かは、その動物に対する飼主の愛一つにかかっているのです。
 もしも動物とその飼主、その両者が時を同じくして霊界へ来た場合、その飼主の所で暮します。愛のある場所が住処となるわけです。愛が両者を強く結びつけるのです。その場合は動物界へ行く必要はありません。
 しかし、もしも飼主よりも先に他界した場合は、動物界へ行ってそこで面倒を見て貰わなくてはなりません。
飼主との愛が突如として切れたのですから、単独で放っておかれると動物も迷います。
 地上では人間的な愛と理性と判断力と情愛を一身に受けたのですから、その主人が来る迄、ちょうどあなた方が遠出をする時にペットを専門家に預けるように、霊界の動物の専門家に世話をして貰うわけです」

問 「人間との接触によって動物はどんなものを摂取するのでしょうか?」

シルバー・バーチ 「長い進化の道程の何処かの時点で、神が、というよりは法則の働きによって、動物の魂に自我意識が芽生え、やがて理性が芽生え、知性が発達して来ました。
 その段階で人間は判断力というものを身につけたわけです。即ち物事を意識的に考え、決断する能力です。
しかし実はそうした能力は全部始めから潜在していたのです。
どんなに遠く遡っても、魂の奥に何らかの形で潜在していたのです。それが神の息吹きで目を醒ました訳です。
 さて、そうして神が動物に霊性の息吹きを吹込んだように、あなた方人間も動物に対して同じことが出来るのです
人間は神の一部です。従って進化の順序の中で人間の次に位置する動物に対して、その霊性の息吹きを吹込むことが出来る筈です。
 つまり動物との接触の中で、愛という霊的な力によって、動物の魂に自我意識を芽生えさせることが出来るのです。
それがその後の長い進化の道程を経て、やがて人間という(生物としての)頂点にまで達する訳です。
 愛が生命のすべてのカギです。動物であろうと人間であろうと、愛は死によって何の影響も受けません。
愛こそは宇宙の原動力です。全宇宙を動かし、全てを制御し、全てを統治しています。
 また愛は人間を通じて他の生命へ働きかけようとします。
人間同士でもそうですし、動物、植物といった人間より下等な生命でもそうです。愛があればこそ生命は進化するのです」

問 「霊界で動物と再開したとして、その一緒の生活は何時まで続くのでしょうか。何時までも人間と一緒ですか?」

シルバー・バーチ 「いえ、その点が人間と違います。人間と動物は何処かの時点でどうしても分れなければならなくなります。
地上の年数にして何十年何百年掛るか分りませんが、動物の進化と人間の進化とではその速度が違うために、どうしても人間について行けなくなる時が来ます。
 人間は死の関門を通過して霊界の生活に慣れて来ると、向上進化を求める霊性が次第に加速されて行きます。
そして魂に潜む能力が他の生命の進化を援助する方向へと発揮されて行きます。
 そうやって人間が霊的に向上すればするほど、動物はいかに愛によって結ばれているとは言えそのスピードについて行けなくなり、やがてこの愛の炎も次第に小さくなり、ついには動物はその所属する「種」の類魂(グループ・ソウル。神智学では群魂。神智学の訳語の方が正確と思われる)の中に融合して行きます

問 「すると動物の場合は個性を失なってしまうということですか?」

シルバー・バーチ 「そのとおりです。そこに人間と動物の大きな違いがあるわけです。動物は類魂(群魂)全体として未だ一個の個性を有する段階まで進化していないのです。
 その段階(群魂→個別魂)まで進化すれば、もはや動物ではなくなり、人間となります。
ペットとして可愛がられた動物は、人間の愛の力によって言わば進化の段階を飛越えて人間と一緒に暮す訳で、人間の進化について行けなくなって愛の糸が切れてしまえば、もとの類魂(群魂)に戻る他はありません

問 「せっかく人間との接触で得たものが消えてしまうのでは愛がムダに終ったことになりませんか?」

シルバー・バーチ 「そんなことはありません。類魂(群魂)全体に対して貢献をしたことになります。
類魂(群魂)全体としてその分だけ進化が促進されたことになるのです。
全体に対する貢献です。今までその類魂(群魂)に無かったものが加えられた訳です。
 全体のために個が犠牲になったということです。そうしたことが多ければ多いほど類魂(群魂)の進化が促進され、やがて動物の段階を終えて人間へと進化して行きます」

問 「その時点で人間界へと誕生する訳ですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。人間界への誕生には二種類あります。
古い霊が再び地上へ戻って来る場合と、そうやって動物界から始めて人間界へ誕生して来る場合です」

問 「一人の人間としてですか?」

シルバー・バーチ 「そうです。双方とも霊魂です。双方とも自我意識を持った霊であり個性を有しております。
ただ、一方がベテランの霊で進化の完成のためにどうしても物質界で体験しなければならないことが生じて、再び地上へやって来るのに対し、他方は、やっと人間の段階にまで達した新入生です。直前まで動物だったのが人間へとジャンプしたのです。
 アメーバの状態から始まって爬虫類、魚類、鳥類、そして動物と、ありとあらゆる進化の段階を辿って、今ようやく人間へと達したのです」(註: 胎児の形体変化がその過程をなぞっていると言われる)

問 「セオソフィー(神智学)の教えと同じですね」

シルバー・バーチ 「何の教えでも宜しい。私に対して、学派だの宗派だのを口にするのは止めて下さい。
世の評論家というのはアレコレとよく知っていることをひけらかすだけで、その実、素朴な真理を何一つご存知ない。困ったことです。・・・」
(註: ここでシルバー・バーチが非判したのは、神智学ではなく、いわゆる物知り顔の評論家であることに注意)
                           (続)


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動物と人間の関係を考える(1)

 猫は純粋なペットですが、犬の場合は、ペット以外に訓練によって盲導犬、警察犬、災害救助犬、モンキードッグ(畑を荒す猿を追い払う犬)等、人間の生活に役立つ忠実な助手として活躍しています。
 少し前、盲導犬オスカーが何者かによって傷付けられ、オスカーが鳴声も上げず耐えるという事件が発生し、犯人に対する怒りの声が日本中に満ちました。
 先ず、この事件の周辺を misa さんのブログで見ておきましょう。
ここで注目すべきは後半に引用されている、ある獣医さんのブログ記事です。
ここには、体重を測るために、ある盲導犬の補助器具を全て外した時、彼が嬉嬉として病院中を走り回り、居合わせた人々にじゃれついたという逸話が記されています。
 これは、盲導犬が普段、どれほど束縛された不自由な生活を強いられているかを考えさせる貴重な話です。
かと言って、デヴィ夫人に代表されるように、盲導犬制度を悪とし、無くすべきという主張にも疑問が残ります。
 当ブログでは、この問題を広く動物の進化と絡め、今後数回に亘ってキチンとした霊学に基いて考察してみたいと思います。(私の霊学を補充する意味合もあります)


「misa のブログ」
刺されても鳴き声もあげず。。「盲導犬オスカー」
    2014-08-28 08:30:45
http://ameblo.jp/aries-misa/entry-11916275299.html

 盲導犬が刺されるという許し難い痛ましいニュースがありました。
私の亡くなった彼は全盲だった為、一時期盲導犬のお世話になっていた事もあります。なので、このニュースは黙っていられないのです。

引用記事1: 何者かが盲導犬を刺す 被害男性「これは自分の“傷”」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140825-00000013-wordleaf-soci
より抜粋。

 盲導犬は、視覚に障害を持つ人の目となり、共に歩むパートナーだ。
日本で育成された最初の盲導犬『チャンピイ』が誕生したのは、1957年の夏のこと。以来、活躍の場を広げ、全国の実働数は今や1000頭を超えたとされている。
 しかし、盲導犬第1号から57年経った今も、世間一般の理解は十分とは言えない状況だ。
この夏、それを裏付けるような事件があった。何者かにアイメイト(盲導犬)が刺され、けがを負わされたのだ。
被害に遭ったのは、埼玉県の全盲の男性(61)とアイメイトの『オスカー』。
オスカーは、間もなく9歳を迎えるラブラドール・レトリーバーのオスだ。

     盲導犬オスカー(画像は差換えてあります)
     盲導犬オスカー
     画像転載元: (http://enta-trend2014.blog.so-net.ne.jp/2014-08-26-1

 7月28日、男性とオスカーは午前11時ごろに自宅を出て、JR浦和駅から電車に乗り、県内の職場へ向かった。
いつものように職場の店舗に到着すると、店長が飛んで来て「それ、血じゃないの!?」と声を上げた。
 オスカーはいつも抜け毛を散らさないようにTシャツタイプの服を着ている。
その服のお尻の上の辺りが真っ赤に染っていたのだ。服をめくると、腰の辺りから流血していた。
応急処置を施して動物病院に連れて行くと直径5ミリほどの刺し傷が4箇所あった。

         オスカーの傷
         盲導犬オスカー 生々しい刺し傷

 服に傷がなかったことから、何者かがわざわざ服をめくって付けた傷であることは明白だった。
被害男性は「聴覚にはまだまだ自信があるが、全く気づかなかった」と言う。
 アイメイトとして訓練を受けて来たオスカーは、人に対する攻撃性を持たず、吠えることはおろか声を上げることも滅多にないという。
幸い、オスカーの傷そのものは手術等を要するような重いものではなかったが、男性とオスカーの心の傷の深さは計り知れない。

 「屈辱です。無防備で抵抗出来ない犬を狙うなんて・・・」。今も思い出す度に悔し涙が出る。
「盲導犬」という言葉からは、「賢い犬が道を覚えて盲人を誘導している」という印象を受け易い。
 しかし、実際は、人が犬に「ライト」、「レフト」などと指示を出しながら歩く。
こうした「共同作業」がある為、アイメイトという呼称が生み出された。
アイメイトは「私の目となる対等なパートナー」であり、オスカーと男性は一心同体だ。
 だから、オスカーの痛みと屈辱は自分のものでもある。
男性は当日、地元警察署に被害届を出しているが、実際に犯人を割出すのは極めて難しい状況だ。
動物の場合は傷害罪ではなく器物損壊罪にしかならない。
 当日、男性から連絡を受けて警察にも同行した動物愛護団体役員の佐藤徳寿さんは、こう語る。
「どこに怒りをぶつけていいのか、本当に悔しいです。刑法上は『物』かもしれないが、盲導犬はペットとは違い、ユーザーさんの体の一部です。
早急に法を変えて傷害罪と同等の罪に問えるようにして欲しい」

 アイメイトは、刑法上は「物」扱いだが、2002年に成立した「身体障害者補助犬法」では、ペットとは一線を画した権利を与えられている。
同法は、公共施設やレストランなどの店舗、公共交通機関が盲導犬を伴っての入場を断ってはならないと定めた法律だ。
 にも関わらず、今回のような事件・事例は後を断たない。
例えば、ある盲導犬は、気付かないうちに額にマジックで落書きされ、パートナーの女性は深い心の傷を負った。
タバコの火を押し付けられたという話は「珍しくない」と、使用者や関係者は口を揃える。
 被害男性自身も「しっぽを踏まれる、わざと蹴られるのは日常茶飯事」と訴える。
神奈川県のアイメイト使用者の男性(69)は、「今年になってレストラン・旅館で4回も入店を拒否された。ちょっと多いですね」と話す。
 また、近年特に目立つのはアイメイトの存在そのものを“虐待”だと受け止め、執拗に協会に抗議してくる市民の存在だ。
しかし、入店を断られた男性はこう話す。「アイメイトを傷つけたりむやみに拒否することは、単に動物愛護の問題ではありません。人権侵害です」
         <抜粋終わり>

 盲導犬・アイメイトは単なるペットではないのです。親子・兄弟関係と同じような対等なパートナーなのです。彼らへの理解がないのは悲しいですね。
オスカーの傷の深さから見て、かなりの痛さだったと思います。
 しかし、オスカーは訓練された盲導犬だった為、刺されても鳴き声を我慢したと見られ、こんなにまでして忠実にアイメイトとしての任務を全うしていることに胸が痛みます。
(注: 盲導犬は、人前などで無意味に吠えないための訓練はありますが、痛みに耐える訓練などはしていません)
パートナーである男性も、こう語っています。
『なんでここまで我慢するのって感じ。痛いって言って良いんだよ』

 本当に、オスカーの健気さに心打たれます。
だけど、オスカーも、ハーネスを外したらこんな風になるのかな? (と思われる)もうひとつのエピソード。。。これは、本当にあったお話です。
この獣医さんのブログから転載します。

引用記事2: こんな子が居ました 盲導犬の隠された性格
http://pet-net.sakura.ne.jp/byouin/byouinura54.html

 毎朝、私が通勤する途中に見かけていたある盲導犬。
交通量の多い交差点で、いつも彼が信号待ちをしている時間、私は「やっぱり盲導犬は凄いなぁ。素質があるよねぇ。」と思いながらニコニコとその横を車で通過します。

 獣医と言えども、盲導犬を見る事はなかなかありません。
それはとても印象的な、それでいて毎日続く不思議な風景でした。
出会いは突然やってきました。
 ある日、そんな盲導犬の彼が、ひょんな事から私の患者になりました。
盲導犬の管理は非常に厳しく、月に一回の健康診断、爪の確認、足裏の毛刈り、肛門腺に予防関係に・・・・
とにかく飼い主さんに危険が及ばないよう、完璧な状況下で任務がこなせるようにメンテナンスされています。
勿論優秀な盲導犬(のこと)。爪切りでも自分から足を差し出すほどで、全ての診察は非常にスムーズに進みます。

 ところがある日、彼の本当の姿を見ることになるのです。
それは正確に体重を測ってみましょうか・・と盲導犬の補助器具を全て外した時の事でした。
彼は一目散に病院を駆け巡りました。
そして、病院内の看護士、獣医一人ひとりに挨拶をするようにじゃれて、グルグル回って、伏せをしたと思いきや飛び掛ってきて、また次の人間のところへ・・・。
 そう、これが彼の本当の姿だったのです。
本当は人間と一緒に思い切り遊びたくて、走り回りたくて、普通の犬としての暮しに憧れを持っていた。
そんな彼に与えられた使命、盲導犬。長い間、ずっと抑えていた感情だったのでしょう。
 そんな彼を露(あらわ)にした原因、それは・・・プロ意識。間違いなく、彼に付けられていた補助器具でしょう。それを付けている間、彼は「プロ」なのです。
何があっても、飼主さんを守り、自分の使命を果さなければなりません。
 飼主さんの「いつもごめんなぁ・・ごめんなぁ・・先生、少しだけこの子を自由にさせてあげても良いですか?」と言う言葉が重く心に残っています。
飼主さんは、きっとこの子の気持ちにずっと気づいていたのでしょう。
 信頼で結ばれた強い関係。
本当は遊びたいし走りたい・・・けれども誇りを持って毎日仕事を続ける盲導犬に強く感銘を受ける事となりました。

 それから・・・今でも毎朝彼の姿を、交通量の多い交差点で見かけます。
しつこいですが、「素質」などと安易な言葉で彼を評価していた私自身に今でも苛立ちを隠せません。
そんな簡単なものでは無いのです。
 彼は毎月、病院に来た時だけ補助器具を外し、ほんの数分間だけ皆に挨拶しに行く自由を与えられています。私達も精一杯、彼と挨拶をします。
犬は本当に凄いです。獣医になって良かったと思います。
      <転載終わり>

 盲導犬の本来の姿。。。
人間のために、本当に本当に有難う。感謝の言葉しかありません。


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ロシア軍の妖精

 ロシア軍のキャンペーンガールだそうです。
天使のように可愛いけれども、良く見るとわざとらしいでしょ? 
多分、雇われモデルではないでしょうか。見かけに惑わされてはいけません。
(でも、クリミアの美人過ぎる検事総長と言い、この少女と言い、白人にも可愛い女性がいるのだ)

       ロシア兵(軍?)宣伝の女の子、天使か妖精や・・・。
       (つっきー8月43日‏@tukishin/pic.twitter.com/njquvfILZK
      BxS19I5CMAAEhfhロシア軍の妖精
      画像転載元: (http://ameblo.jp/1357gy/entry-11924038562.html



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ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (11) 

「zeraniumのブログ」
すべてにおいて「因果応報」という正義が行なわれる
      2014年9月12日(金) 
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-f979.html

イザヤ: あなた方の世界では、責任が取れるだけの数以上の子供は妊娠しない方が良いし、そのための避妊は、転生する魂を損傷することなく妊娠を防ぐ手段となる。
地球よりも進んだ世界では、妊娠して魂を宿すためには、単なる性的な関係以上のものが求められるものであり、自らの進化の必要性によっても生む子供の数は異なる。

 もし女性が子供を欲しくないのに避妊をせず、その結果妊娠し、中絶をした場合を見てみよう。
この場合、将来彼女の魂が再び転生してある母親の母胎に宿った時、その母親もまた彼女がしたのと同じような理由から彼女を中絶することになる。
 何故なら因果応報の法則は、自分が招いたのと同じ状況に自らを置くものであり、前世で自分が他者にした行為である中絶は、次に生れ変る時には同じく自らが中絶されることになり、あるいは妊娠出来なくなったりするからである。

 また家庭において、両親と子供の間にある問題の多くが、かつて中絶したり、そうしようとしたことから派生したものであることを知っているだろうか? 
転生しようとした魂が十分進化していなかった場合、生れる機会を奪われたことを赦せず、霊界から悪影響を及ぼして復讐しようとすることがある。
 また、やっと母体へ転生出来たとしても、妊娠中の無意識下にあるそうした記憶が、自分や親への敵対心に変ることもある。
それがトラウマとなり、精神的あるいは肉体的な病気を持って生まれることもある。

 中絶が容認されるケースもあり、特に母親が死ぬ懼れのある場合だが、まだ生れていない者の命と、既に生れている者の命のどちらかを選ばねばならない場合、後者を選ぶ方が好ましい。
 強姦の結果妊娠した場合は、生れる魂の権利よりも母親の自由意志が優先される。
つまり意に反して妊娠してしまったわけなので、母親には産まない権利があり、それは魂の「自由意志の法則」に反する行為とは見なされない。

 しかし、強姦というおぞましい行為が引起こしたものであっても、霊界は常に、生命を育むようにと応援をする。
またこのような強姦という状況であっても、それが偶然の成行から起きたものである場合は少なく、当の魂が前世において行なった行為の結果が、対峙(たいじ)させている状況かも知れないと理解すべきである。
どちらにせよ、一番納得出来る選択肢を選ぶのは当の女性でなければならない。

 胎児が何らかの先天性の病を持って生れて来ることが分った場合、前のケースとは異なり、それを理由に中絶するのは霊的観点から擁護は出来ない。
あなた方の物質主義的な視点からは、何らかの先天性の病いを持つ人の人生は無駄で、苦しみには意味がないと思われている。
しかし霊的な視点は、別の展望で物事を見る。

 つまり、不完全に見える肉体の中に、健全な肉体に宿るのと同じ魂が宿っていることを理解しなければならない。
魂が、使い勝手の良くない肉体であるために、物質世界で完全に自己を表現出来ないとしても、健全な肉体に宿っている存在と同じように、感じたり気づいたり出来ないわけではなく、彼が自分自身で選択したその体験から学べないわけでもない。

 なぜなら、このような状況に敢えて生れ変る魂は、偶然にそうなったわけではないからである。
あなた方の多くには、そうした人生は多難で不可解なものに見えるかも知れないが、実はそうした状況は、転生してくる魂とそれを受入れる家族の霊的な進化にとって、より良く貢献出来る環境なのだ。

 肉体的障害あるいは精神的障害というものは、その肉体が死を迎えるや否や消滅するものであり、魂にとっては単なる一時的な状況に過ぎない。
しかも多くの場合、そうした肉体による経験を通して意識は目覚め、彼らの間で繰広げられた感情的経験はより自覚されて補強され、霊的な成長や学びとして残るのだ。
 故に、このケースのような状況を中絶で断ち切ることは、それに関る複数の魂達の進化成長の可能性を、敢えて「断つ」ことになるのだと気づかねばならない。

 勿論、赤ん坊の先天的な病気を避けるために、様々な試みで苦痛を予防しようと尽力するのは当然である。
だがそれによって、もっと辛い別の状況を生出してはならない。
つまり、病気を防ぐ行為が非難されるのではなく、命に反する行為が非難されるのである。
前の例で言うならば、生れてから病に苦しむという災いを避けるために、中絶という生命の抹殺を生出してはならないのである。

助けを必要とする人は助けなければならない

イザヤ: いかなる場合であっても、助けを必要としている人が、その人がどんな人で何をしたかに拘らず、助けてあげるべきだと心しなければならない。
その人を翻弄する理解し難い辛(つら)い状況が何に起因するのかという知識は、その理解力によって必要な人を支援する力を得るために与えられるのだ。
つまり、自業自得であるとか、前世での悪事に見合ったものを受けているなどという口実が、人への支援を拒む言訳として利用されてはならない

 転生に際し、魂の過去の記憶や意識の喪失は、母体の妊娠の過程で始まることもあるが、眠気を催すように徐々に昏睡状態に入って行く。
しかし未だあまり進化していない魂は、直ぐに昏睡状態となる。
進化した魂は霊的により自立しているので、意識もより最後まで失わない。
場合により誕生の瞬間まで自由でいられることもあり、誕生後も幼子として何年かに亘り、転生前の自由の中に留まる場合もある。

 本来の純粋な魂の状態には性別というものはない。
性別とは、あなた方の物質的世界に存在する必要性からだけ生じるものである。
つまり魂が必要としている学びが何であるかによってのみ、ある人生においては男性であったが、次の人生では女性を選択することがある。
だが転生においては、どちらかの性だけをより熱心に選ぶ傾向が見られ、男女として一緒に転生することを決めたツインソウル(双子の魂)の場合は、どちらかが反対の性を選ぶ。

 肉体を離れた魂であっても、魂が未だ人間的進化段階にある場合、性別を区別出来る特徴をアストラル体に保ち、自らの進化状態に相応しい容貌や外見など自分が好きな姿で現れることが出来る。
そのために死後間もない魂は暫らくの間、自分が望む最後に生きていた時の容姿や容貌の特徴を保っている。

 しかし魂が進化していて、最後の転生の出来事から完全に解放されている場合には、その顔立ちはより美しく、老化の跡は見られないだろう。
何らかの必要があって、高次の霊が物質的世界にいる人の前に現れる時には、その任務に必要な最適な姿と容貌を伴うものである。


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造化の妙 たんぽぽ

 「栄華を極めたソロモン(王)でさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」
                                    イエスの言葉 (マタイ 6章29)

全画像転載元: (http://mintmk.blog.fc2.com/blog-entry-206.html

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終りなき旅路の友

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
ストーリーを共有する   2014-09-12
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11923724486.html

 俺はオレンジャー!
君達にはそれぞれ人生というストーリーがあり、君達は毎日新しい自分物語を紡いでいる。
そのストーリーは一人で楽しむのも良いが、沢山の人とシェアすることにより、そのパワーを何倍にも増幅することが出来る。

 自分の夢を持っている人は、その夢を多くの人とシェアした方が良い。
共感する人が生れて、その夢を応援したり、そのプロセスで一緒に楽しめる仲間が増えるから。

 君達の日々のプロセスは、ストーリーそのもの。
その一つ一つに、日々の一歩一歩に大きな価値があるし、
君達はそのために肉体を持って今、この世に存在しているんだ。
沢山の仲間とストーリーを共有しよう。
その積重ねが新しい時代を創るから。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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神智学について

 私の霊学は「シルバー・バーチ」、「日月神示」、「神智学」の3本が主柱です。これらを骨格にして肉付けされたものです。
これに関連して、最近ネット検索中に偶然以下の記事を見付けました。

「Questcafe」 
ホリスティックで読み解く世界 神尾学  インタビュー/和田達哉
http://questcafe.jp/interview/interview_vol032.html) より抜粋

「神尾: 仲里誠桔(なかざと せいきち)先生という方が、昔、たま出版から『神智学大要』という本を出されました。
それが結構売れたんですよね。仲里先生は、有名な『ヒマラヤ聖者の生活探究』というシリーズを最初に訳された。
 これは、私が神智学の解説書として『秘教から科学へ』という本を出すために、先生が生前、沖縄まで挨拶に来られた際にお聞きした話ですが、先生は神智学不毛の地であった日本に神智学を根づかせるに当り、戦略を練られた。
 最終的には神智学であるとか、今私が一番重要だと思っている「アリス・ベイリー」という人の翻訳を出したかったんだけれども、それらは難解なのでいきなりは世の中に受入れられないだろうから、それで、戦略的に一番受入れ易いものとして、最初に『ヒマラヤ聖者の生活探究』を出して、その次に今は世間ではあまり知られていないですけど「マクドナルド・ベイン」という人の本を出された。
これも素晴らしい本なんですね。それらを訳された後で『神智学大要』の翻訳に取掛かられたんですね。
 ある程度話題になって、本も結構売れたんですけど、『神智学大要』の段階だと物凄く難解で、多分買った人の殆んどが理解出来なくて、放り投げたままになっていたと思うんです。
 私も偶々縁があって、神智学に接して、最初は全然解読出来なかったんですけど、とにかく解る所は興味深いし、これはとてつもなく重要なことが書かれているんじゃないかと、感じました。
 そういう精神世界の事っていうのは、何が真理か分らないと言いますか、ある意味での如何わしさというのがどうしても感じられるんですけども、神智学は物凄く論理がしっかりしているんですね。
 私も長年色んな分野の科学的な研究をやって、東大の大学・大学院にも14年間いて、最初は理科系から、文化系の分野まで一応勉強したものですから、論理的な文章というのは読み慣れていました。
そういった感覚からして、扱われている対象はちょっと普通では科学の対象には載ってこない。
和田: はい。
神尾: 対象は違っているけれども、論述の仕方は物凄くシャープだし、レベルが高い・・・
和田: 非常に知性を感じさせられる。

 上にあるように、神智学というのは論述の仕方が物凄くシャープでレベルが高く、「神智学大要」ともなると非常に難解です。
私は東京で環境計量士をやっていた時、渋谷の書店でこの「神智学大要」を見つけて全5巻を購入し、岩手の山中に住みついてから独学でマスターしました。(細かい字でびっしりと書かれ、5巻合せると厚さ10cmになります)
 この本に注目するきっかけを作ってくれたのは国常さんです。
国常さんが、元々大阪で歯医者をされていた津田忠利さんという方の霊学教育に使っていたのがこの本でした。(津田さんは国常さんの神示が入るようになってから医者を辞め、実質無収入となって私他ほんの数人を特訓した後、間も無く他界されました)
津田さんが神示を頼りに読んでいた本を私が独学でマスター出来たのは、やはり霊界からの指導があったからだと思います。
 因みに上記の神尾学氏の経歴は私と似たところがあります。
私は、本来の才能は文科系でありながら、今生は不得手な理科系をメインに勉強しました。(文才、画才は小学校時代から際立っていましたし、中高時代、国語の実力は鹿児島県のトップクラスでした)
だから、東大の理系は無理でしたが、東北大学理学部から大学院をストレートで卒業し、民間の化学系研究所で14年間働いています。
 「およよ」さんが最近の記事で蚊に効果があると言っている「ヒノキチオール」(7員環芳香族化合物の一種)は私が修士論文を書く時に使った素材です。
農薬の研究をしていましたから、もし、オーム真理教と縁があれば、サリンの合成などお手の物でした。
 しかし、東京の書店でオーム関係の本を一度パラパラと見ただけで「何だ。くだらん」と興味を持たなかったのは、やはり霊格というか波長が合わなかったからです。

 それはともかく、上記の神尾さんは「神智学」だけで、「シルバー・バーチ」や「日月神示」は勉強されていないようです。
同様に、中矢伸一氏は殆んど「日月神示」オンリーと言っても良い状態です。
また、あれだけ幅広く霊学を勉強された「なわ・ふみひと」さんも神智学には手を出しませんでした。
 最近、私が推奨しているアミ・シリーズ、オレンジャー・メッセージ、ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』等を「なわ」さんがどう評価されているのか知りたいものです。
HPを見ると、この頃良く旅行や登山をされていますが、「2012年の黙示録」の続編を書くことは諦めてしまわれたのですかね。
 一方、私に挑戦して来た hamacho さんは日月神示と神智学は良く勉強していましたが、本物のスピリチュアリズムに疎く、その結果、外道のオカルティズムに嵌ってしまったようです。
 こうしてみると、私のように、文系、理系双方に跨り、スピリチュアリズムも、日月神示も神智学も勉強したというのは非常に珍しいケースなのかも知れません。
少なくともネットの世界に同好の士を見つけることは未だに出来ていません。

 ところで最近、魔龍さんのサイトに投稿されたコメントに下記のようなものがありました。
これを見ると、私などは魔術師に打ってつけの素質を持っていたと思われます。(もし、なっていたら仲間は幾らでも出来たでしょうに)
しかし、幸か不幸か私は人生の半ばで国常さん直々の大禊(おおみそぎ)を受けたために、魔術的なものには全く興味を持たなくなりました。
 魔龍さんも何処かで私のような大浄化を受けなければ(おそらく、生きるか死ぬかの目に遭う)、本物にはならないと思います。


「MAGICA魔法入門カバラ~真を見抜く法」
東京に地下都市があるというムービー~大阪にもあるやろ
http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-391.html
コメント欄:
魔術師   2014-09-10(23:20): ムーア

 魔龍さんこんばんは、魔術師のアレイスター・クロウリーが魔術師になるにはこの資格が欠かせないといってたそうでその資格が以下だといいます。

1、健康にすぐれている。
2、少なくともひとつは得意なスポーツがある。
3、少なくともひとつの科学分野で実験を行う能力がある。
4、数種の分野の科学の広い知識を持ち合わせている。
5、基本論理学の試験に合格している。
6、イデアリズム、唯物論、合理主義、スピリチュアリズム、比較神学などを含んだ哲学史の試験に合格している。

 これが条件だそうです。(以下、省略)


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コブラの決定的な誤り

ヴィセント ギリェム著 小坂真理 訳 (ナチュラルスピリット刊)
『魂の法則』 p133
第二法則 「自由意志の法則」(イザヤ) 

・ 魂には、自分自身の運命を選び、進化したいか否かを決める自由がある。
・ 魂が、自己決断で「愛の法則」と調和する時にのみ進化する。
・ いかなる強制にも強要にもよらず、魂が自分で進化しようと心に決め、努力した場合にのみ、霊的に進歩出来る。
・ 進化は、自由の中にのみある。


あなた方の魂の進化は、本人自身が本当にそれを望み、決断した時にのみ本物となる。
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-625.html
各人の心から我欲を根絶して愛に置換えなければならず、そうして初めて、内面の変化の論理的な結果として、集団レベルでの物理的な変化が自然に現れるのだ。
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-612.html
もし、進歩することが強いられていたり、強制あるいは強要されていた場合、そうしたものが失われてしまうと、とたんに魂は元の状態に戻ってしまう。
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-573.html

 私はこの頃強く思うのですが、幾ら陰謀論的真実を知っても、テクノロジーが進歩しても、霊的真理を知っても、霊能力を獲得しても、その他、表面的なアプローチだけで、真の「魂の覚醒」や「魂の進化」が達成されることはありません。
その意味で、ネット上で覚醒を呼掛ける殆んどのサイトが空疎なものになっています。

 イザヤのメッセージとは対照的に、コブラは下記のインタビューで、

人類のスピリチュアルな目覚めのプロセスは、イベントの後でないと不可能だと思います。
光の勢力は、もはや、人類の目覚めや人々の協力を待ち望んではいません。” 
もし私たちがただ人類の目覚めを待っていたら、何十年も、何世紀もかかるでしょう。(註: イザヤはそれでも止むを得ない、とする立場です。その場合でも「分離」が起り、目覚めた人達と目覚めなかった人達は地球を含めて別々の惑星に別れます)
変化を起すという観点に立つと、光の勢力の介入が必要なのです。
人間は内的経験だけでは目覚めることが出来ません。具体的な裏付け、具体的な証拠が必要なのです。
私は、大規模なスピリチュアルな目覚めはイベントの後だろうと言っているのです。
 
 と本音を吐露しています。つまり、「イベントなしで人類規模の覚醒は起らない」と。
そのイベントは「光の勢力」という人類以外の勢力(架空の存在かも知れない)によって起される、というのですから宇宙の法に真っ向から逆らっています。
コブライベントの本質を簡単に言えば、「子供の宿題を親が代ってやる」ようなもので、宇宙の法で禁じられている「進化のプロセスへの明白な干渉です。
 以前に「カルマはアルコンのプログラムである」(グーグル検索可)と言ったことに加えて、今回の発言でコブラの正体が完全に確定したと断言出来ます。
同時に、コブラを支持する人々は吸血鬼の餌食になって自らも吸血鬼に変身する「ゾンビ」だとも言っておきます。
 その一つが、「ほんとうがいちばん」という、本当は嘘だらけのサイトではないか、と思います。(勿論、嘘と本当の見分けがつき難いように、沢山の真実を混ぜてあります)


「Now Creation」
ロブ・ポッターのコブラインタビュー(後半) 8月26日インタビュー
http://nowcreation.jimdo.com/2014/09/07/ロブ-ポッターのコブラインタビュー-後半/) 
 より抜粋

人類の目覚め (この項、全文転載)

ロブ: あなたが今している仕事は、あなたが選んだのですか、レジスタンスがあなたを選んだのですか?

コブラ: 私は、レジスタンスからブログを始めるようにずっと要請されていました。それは私の考えではありませんでした。
いくつか提案を受けましたが、あまり嬉しくありませんでした。時期尚早だと感じていましたからね。
彼らが、今こそその時だ、ただ取りかかれと言うから、始めたのです。

ロブ: 物事の成長には時間がかかります。地上にいるあなたの仲間からのサポートは、嬉しいものですか?

コブラ: ある人たちは私を非常に喜ばせてくれると言えますね。とても良い意味で、ある人たちは私を驚かせます。
たくさんの人たちは悪い意味で私を驚かせます。なぜなら地上での協力はあまり得られず、私の期待を大きく下回っているからです。
これが、時間がとてもかかっている主な理由なのです。ドラマを見せつけられると、信じられない気がします。

ロブ: 分かりますよ。地上の要員にはさらに何を望みたいですか? 
私たちが創り出したり、行動したりできることで?

コブラ: 私は人々に、この戦いを共に戦い始めてほしいです。
あなたがこの惑星を解放したいのなら、私たちは協力しなければなりません。本当にそうなのです。
私たちは、共通のヴィジョンと共通のゴールをもち、それに向かって共に働き始める必要があります。

ロブ: 人類がスピリチュアルな意識と波動を高めれば、エネルギーは熟してイベントを実らせるのではありませんか? 
あるレベルの人たちは、地球で生じていることを学ぶのと同じくらい、スピリチュアルな目覚めにも専念すべきではありませんか? 
スピリチュアルな目覚めのプロセスも同様に大切だと思いますか?


コブラ: 人類のスピリチュアルな目覚めのプロセスは、イベントの後でないと不可能だと思います。
キマイラグループのテクノロジーが除去されたとき、イベントは起こります。
 光の勢力は、もはや、人類の目覚めや人々の協力を待ち望んではいません。
もちろん、そうしてもらえればやり易くなるし、移行もずっと落ち着いたものになるでしょう。
今そのテクノロジーは除去されているところです。このような要因がすべて解決すれば、自ずとその方向に進んでいくでしょう。


ロブ: ではあなたは、人々がスピリチュアルな波動を高めることが、地球の変化を創り出すために重要なことだとは考えていないのですね。
今の私たちのレベルでは遅すぎるのだと、そう言っているわけですか?

コブラ: もし私たちがただ人類の目覚めを待っていたら、何十年も、何世紀もかかるでしょう。
変化を起こすという観点にたつと、光の勢力の介入が必要なのです。

もちろん、どの人も重要です。スピリチュアルなグループを作ってもらえれば、いずれのグループも移行をより簡単で、より速いものにしてくれるでしょう。
 人類は、変化を成し遂げるための優れたプランを、うまく実行できる状態にあるとは言えません。
解放運動のリーダー格の人たちでさえ、協調的行動を取る力が不足しているからです。
 しかし、地表を超えたところからインパルスが届きます。その時にのみ、人類はそのインパルス、そのヴィジョンに従うことができるでしょう。
そして具体的な結果、具体的な証拠を示されれば、人々は目覚めます。
人間は内的経験だけでは目覚めることができません。具体的な裏付け、具体的な証拠が必要なのです。そのような証拠が示されることでしょう。

ロブ: ちょっと賛成しかねますね。それぞれの人がそれぞれのスピリチュアルな経験を通して、目覚めることもできると思います。
イベントが起こらないうちは、自らを解放できるようなスピリチュアルな目覚めを、誰も経験しないと言っているのですか?

コブラ: そのような目覚めはあり得ることです。
私は、大規模なスピリチュアルな目覚めはイベントの後だろうと言っているのです。
 イベント後は、 人々に証拠が示され、光が存在し、カバールがおらず、そのような障害物抜きでスピリチュアルな成長が始まるときです。
私が今話しているのは、世界規模のことです。
もちろん、個人レベルでは、目覚めはその人次第です。私は人類全般について話しています。

ロブ: オーケー。はっきり区別してくれてありがとう。
あなたの言っている意味は感じとっていましたが、明白にしたかったのです。


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技術革命に過度な期待は禁物

 9/9にアップされた唖蝉坊さんの記事の内容は、「GFLサービス(たきさんのホームページ)」にもありますので、ある程度知っています。
しかし、理系の人間の冷静な目で見ると、どれもこれも飛び付ける内容ではありません。

 例えば、「QEG」については、当ブログでも紹介したことがありますが、結局、コブラやベンジャミン・Fは嘘を吐いていました。
その後の展開は“ハートの贈りものg+”の「ニューアース・テクノロジー」欄を見ても、はかばかしくありません。

 「オオマサガス」については当ブログに記事がありますが、直ぐにでも実用化可能なフリーエネルギー技術なのに、原子力安全保安院が普及を阻んでいます。(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-487.html
同様の問題は全てのフリーエネルギー技術に付いて回ります。これを解決するのが先です。

 ブラックライト社の「ハイドリノ(ミルズ博士の理論)」については、私も本を一冊読んで記事にしていますが、これはフリーエネルギーではありません。(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-538.html

 「Solar Hydrogen Trends Inc.による水素発生器」は知りませんが、こちらもフリエネではないようです。

 「キリル・チュカナノフのQFE発電機」、「宇宙インダクション発電機」はフリエネ装置のようですが、私は内容を知りません。
調べようにも引用サイトが英文では読むのが大変です。今は読むエネルギーが勿体無いです。

 他にもケッシュや佐野千遥の理論・技術がありますが、日本語で読んでもチンプンカンプンです。解らないものは分りません。
 
 「ドゥルバーノ・メルチェジデク・・・2014年7月25日 奇跡的な新技術」も、「過イオン化水」のことが良く解らないのでこれも判断を控えています。
とにかく、訳も分らずに飛び付くと、ろくなことがありません。

 それより何より、今一番の急務は人間の(愛の)意識レベルを上げることです。
技術は当分、今あるもので十二分です。今でも「子供に銃の玩具」の域です。
それが、アミ、オレンジャー、ヴィセント・ギリェム達が説いていることの共通項です。
 そこから焦点を逸らすようなことを言っているから、コブラは工作員(詐欺師)だと自信を持って断言出来るのです。
これについては、良い材料が出て来たので稿を改めて書きます。


参考記事: 「GFLサービス(たきさんのホームページ)」 より
五つの有用なフリーエネルギー技術 2014年9月7日
http://www12.plala.or.jp/gflservice/FiveFreeEnergyTechnologies140907.html
ドゥルンバーノ・メルチェジデク・・・2014年7月25日 奇跡的な新技術http://www12.plala.or.jp/gflservice/Melchezidek140725MiraculousWater.html


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今、未来を創っている

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
未来は今あなたが創造している   2014-09-08
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11921745758.html

 俺はオレンジャー!
新しい時代は既に始まっている。
既に色々な人のところに、そのピースが降って来ており、人によっては気の合う仲間と共にそのピースを集めて、合せる活動を既に始めていることだろう。

 答えが見えている訳ではない。
今のこのステージは、ある意味直感と自分の信念に従って、真っ暗な道を真っ直ぐ進んでいる情況。
不安もあるし、きっと怖いこともあるだろう。でも仲間がいればその不安を払拭出来る。

 大切なのは、一人で動かないこと。
感性の近い仲間と共に、ある意味、遊びながら共に情報を交換し、考えをぶつけ合い、日々スパイラルを昇って行く。
 このスパイラルにはある意図が与えられているが、それはゴールではなく、方向性=ベクトルだ。
明確でなくても、こっちの方向で良いという感覚を十分に張巡らせながら前に進んで行くんだ。
 一歩一歩、今君達が歩いていること、そのプロセスが次の時代を創っている。
今この瞬間に未来が創造されているという感覚を是非忘れないで欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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荒城の月

 今夜は中秋の名月です。もう秋ですね。昨夜も月を見に外へ出ると肌寒さを感じました。
(音楽と絵が揃った良い動画が見つからないので、下記の歌詞を追うか、瞑目して聞いて下さい。3本目は画像が少し気に入りました)

・ 「荒城の月」 Hiro and Akiko


動画転載元: (https://www.youtube.com/watch?v=wHA91JOGbIg

     荒城の月 
            土井晩翠 作詞
            瀧廉太郎 作曲

   春高楼の花の宴
   めぐる盃かげさして
   千代の松が枝わけいでし
   むかしの光いまいづこ

   秋陣営の霜の色
   鳴きゆく雁の数見せて
   植うるつるぎに照りそひし
   むかしの光いまいづこ

   いま荒城のよはの月
   変らぬ光たがためぞ
   垣に残るはただかづら
   松に歌ふはただあらし

   天上影は変らねど
   栄枯は移る世の姿
   写さんとてか今もなほ
   嗚呼荒城のよはの月


・ 「荒城の月」 尺八(+ギター) 櫻井正隆


動画転載元: (https://www.youtube.com/watch?v=QcdyNqCiRUk


「荒城の月」と日本の城 (フルート・琴) Ren


動画転載元: (https://www.youtube.com/watch?v=5vm3BEog_Ls


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ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (10)

 昨日(9/6)、zeraniumさんがアップされたこの記事も、前2件のオレンジャーメッセージと関連しています。
その前の「歴史の真実」に関する記事も唖蝉坊さんの記事とシンクロしています。
こういうシンクロがオレンジャーのいう「経験やメッセージのシェア」なのでしょう。
今は未だバラバラなこの輪が拡がって行くと、世の中を引っ繰り返す大きなエネルギーになって行くのかも知れません。

(註: 下記イザヤのメッセージ中、ヨガとか瞑想が陥り易い罠を指摘されていることに注意して下さい。わざわざそんな真似をしなくても、睡眠中には誰でも霊的な指導を受けているのです。朝、目が覚めた直後の自分の心の声や、良心に従うだけでも充分です)


「zeraniumのブログ」
誰もが生れながらのアドヴァイザーを持っている
      2014年9月6日(土)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-4420.html

 あなた方の魂の進化は、本人自身が本当にそれを望み、決断した時にのみ本物となる。
あなた方には転生の前後を通じて、成長を指導してくれる高次の存在が付添うが、そうしたことを意識し過ぎると、それに左右されて自由な行動が出来なくなってしまうものだ。

それは親や先生の前では意識的な行動を取ってしまう子供と同じで、誰もいなければもっと自由で、本来の自分の姿に近い振舞いが出来るのと同じである。

 そのためにそうした記憶をなくし、誰にも監督されているという確証を持たずに物質界へ転生するのである。
それはあなた方の魂が何の制約も受けることなく、意識せずに完全に自由の中で行動出来るためであり、自らの経験を通して自分自身でしたいことを決められるためなのだ。

 真実をより深く知りたいと願う者は、必要な答えや霊的な援助を得るだろう。

それが例えば、宇宙が物理的にどう機能しているかを知りたいという偉大な好奇心が、常にあなた方をして更に重要な科学的発見をするようにと駆立てている。
霊性においても同じであり、あなた方の魂が充足感を得るためには、自らの疑問に答えを見出す必要があり、因果関係の探求によって隠れた事実を発見出来るのである。

 魂には本来、目の前の偽物や本物を見極める力が備わっている。
それは良心や感情から来る囁(ささや)きであり、魂の進化が進むにつれてそれがますます明瞭なものとなる。

時々立止まり、それに耳を傾ければ、多くの答えを得ることが出来るだろう。
しかしそうした霊的な真相を知るためには、自分も努力してそのように決意しなければならない。
それを古い諺では、「汝自信を知れ。そうすれば宇宙を知るに至るだろう」と言うのだ。

 あなた方の魂は見捨てられてはおらず、ガイド役の霊的存在たちが常に助けてくれている。
自分では解決出来ないような問題がある時には、さりげなく答えを示してくれている。
 そうした援助は、あなた方の回りの人を通して与えられる場合も多い。
しかしあなた方は多くの怖れや社会的常識なるタブーを抱えており、そうした自らの先入観や思い込みとは相容れない回答を認めることが出来ないことから、高次元にいるあなた方の仲間たちは思うように支援することが出来ない。

 例えばその良い例が、死に対するあなた方の態度である。
今日のあなた方の社会では未だに、死というものは忌(い)むべきタブーである故に、魂が肉体を離れる場合、家族や愛する者たちの間で悲劇が繰広げられる。
 それはなぜなのだろうか? あなた方は自分には理解出来ないということだけで、魂は死なず、肉体の死後も魂は存在するという証拠を認めようとはしない。
別次元へ移動した魂たちが、別れの挨拶や、愛する者たちを安心させるために何らかの形で現れて見せる時、あなた方は単にあり得ないことと信じ込んでいるために、その事実を受け入れることが出来ない。

 そうしたことには、宗教の影響も大きい。
現存する宗教の教えは、実際の証拠や証言によるものではなく、作られた愚かな教義に基いて死や死後の説明をしている。
彼らは霊的なコンタクトは全て否定することで別次元との交信を禁じ、承認しない。
そのために死は忌むべきものでなくてはならず、死を怖れさせる必要がある。

 また一方で物質至上主義のあなた方の世界の科学は、末期患者や臨死体験をした人々の証言から、死のベールを剥がして真実に近づこうとする少数だが勇気ある研究者をあらん限りの力を振って邪魔するのある。
その結果、死に行く人々やその愛する人々は、慰めも希望も見出すことなく、悲しみに覆われ、心情的に完全に見捨てられてしまう。

真の祈りとは何か

 しかし助けて貰いたければ、それは簡単なことである。ただ、そう頼めばよい。
心からの願いを霊界に送り、何が起るかを待ちなさい。
ただ単純に、自分の状況や必要なことを話し、助けを請いなさい。
あなた方1人1人に付添う指導霊たちはそのためにいるのであり、こうしたあなたからのメッセージを受取って対処するためにいるのだ。
心から誠実に、霊的成長と進歩を達成したいという思いから願うのであれば、答えが得られるだろうかと心配する必要はない。
 これが本当の祈りなのである。
神や仏や、イエスや聖母や聖人を崇める祈りを、限りなく何回も繰返すのが祈りではないし、そうしたものはあなた方にとっても霊界にとっても何の意味もないのである。

 あなた方の求めている支援は、多くの場合、あなた方の自由意志に干渉しない非常に精妙な方法で与えられる。
しかもその魂が本当に必要としていて、それを受入れる態勢にある場合にだけ援助される。
あなた方をガイドする存在たちは、ある時はあなたの良心の囁きを介して、頭の中であなた方に話しかける。
あなたを守る他の存在たちも同じようにし、悩み事の種類に応じて助言をする。

 その故に、あなた方の良心の声の中には、指導霊だけではなく、霊的な兄弟などの霊界からの声も一部含まれることになる。
それだけではなく、あなたがこれ迄の無数の転生を重ねる中で培(つちか)ってきた、叡智を宿す自分自身の魂の声もそこに含まれているのだ。
 このようにしてこの心の声は、問題解決のための援助や助言となり、あなたの人生が幸せであるか辛(つら)いものであるかに関わりなく、あなたが霊的成長と進化を遂げるための最大の恩恵を引き出し、エゴを取り除くために、また無条件の愛の学習に役立つようにしてくれる。

 援助を受け取るためには、答えを見出す必要のある質問をして後、それが得られることを信頼して確信し、良心の囁きがもたらす返答に安心して耳を傾けることである。
 瞑想というのは、霊的観点から言うならば、日常の問題から頭を解放し、内なる声が聞けるような冷静な状態になることである。
それは自分の欠点や傾きを観察して改善し、自分というものの気持ちを大切にすることに役に立つ。

自分自身を知る行為こそが「瞑想」

 瞑想とは、自分自身を知るために自己を分析することであり、いつ自分はエゴのままに行動し、いつ心に従って行動したかを認識することが出来る。
もしそれが解るのであれば、どのような瞑想法を用いるか、用いないか、するかしないかは最早問題ではない。
しかしあなた方は多くの場合、本質的なことではなく表面的なことに拘るが、何をするかしないかは問題ではなく、どのような意図を持っているかが重要なことなのだ。

 なぜこのようなことを言うかと言えば、呼吸法で頭をカラにし、何時間も蓮華(れんげ)坐を組んだり、身動きしないでいられる非常に器用な人々がいるが、そうした人々であってもそうした瞑想状態から離れるや否や、いつもの霊的な悪癖に逆戻りして浸り込む。
そうした特定のテクニックを真似ているだけなのに、自分を霊的であると思い込んでいる人々が多いからである。

それは瞑想でも何でもなく、ただその振りをしているだけなのである。


 良心の声を明瞭に聞くには、頭の中のお喋りを止め、日常的な心配事から頭を自由にしなければならない。
独りになれる静かな時間を設け、自分の欠点や傾き、その日の自分の行動、発言、心の動きなどを思い返してチェックし、あるいは書出してみる。
そしてもしあなたが願いを心から誠実にするならば、必ず必要な答えを見出すことが出来、また試練にしっかりと立向かえる力が与えられる。

 しかし良心の声は、我々をおだてたりするものではなく、贔屓もせず嘘も吐かず、我々のエゴを不快にするようなことも言う。
又、あなた方は皆、睡眠中にもより多くの直接的な援助を受けている
それは肉体が眠っている間に、魂は身体を脱出して物理的次元を暫らく離れて霊的次元へ行くからだ。

 そしてそこでガイド役の存在や親しい者達と出会い、日々の生活の様々な問題を解決するために援助を受け、頑張る気力を貰う。
つまり、あなた方は意識することはないが、誰もが皆、夜の間に肉体を離れて、霊的アストラル体で旅をしているのだ。

 殆んどの人は睡眠中のそうした霊界での交流体験をはっきり覚えてはいないが、人によっては何らかのイメージや記憶が夢として残ることがある。
夢には、目を醒している時には理解出来ない事柄を、明確にしてくれる記憶が暗号化されて含まれている。
 だから元気で過すためには、睡眠を十分に取ることがとても大切である。
良く眠れないと、霊的次元と直接的な交信が出来なくなり、物質的次元における試練と向合うために、必要な助言や活力を受け取ることが出来ないからである。


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上下グレン

 本日、午後遅くアップされたオレンジャーの下記メッセージ、当ブログの前記事と関連しています。
そして、日月神示の上下グレンとも関係がありそうです。

上下にグレンと引繰り返るぞ。上の者下に、落ちぶれた民上になるぞ、岩戸開けるぞ、
(ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第20帖)


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
逆三角形にヒントあり   2014-09-06
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11920924474.html

 俺はオレンジャー!
これまでの世の中は全てピラミッド構造、即ちヒエラルキー(ドイツ語のヒエラルヒーと英語のハイァラーキの混成語)型の社会構造で構成されて来た。

 今は時代が移り変っている。
これからの時代は三角形ではなく、逆三角形がキーとなる。
今までの脇役が主役となり、今まで中心であったものが淘汰されて行く。
自分を自分と考えているステージから卒業し、シェアが進んで行き、進化を体感出来るようになって行くだろう。


 逆三角形のこの形をイメージし続けて欲しい。
それが大きなヒントになっているから。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


参考記事: 上下にグレンと引っ繰り返る
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-55.html


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ブログを書く意味

 ブログの内容は即ちその人の霊格を表しています。
当ブログは読者に迎合しないように、「訪問者数」や「拍手」は設定していませんが、FC2ブログ専用の「訪問者リスト」には時々意外な「大物」が顔を出して下さったりします。
非公開コメントは、コメントがあったという痕跡も残らないように設定されていますが、ちゃんと届いております。

 最近、問題のある記事を書いておきながら反論は受付けないと宣言した方を見受けましたが、本当は自信がないだけで臆病な偽善者だと思います。
目立ちたい、信者だけに取囲まれていたいという未だ虚栄心いっぱいのレベルです。
下記、オレンジャーのメッセージから見ても進化は遅いでしょう。


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
伝えるということ       2014-09-03
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11919027938.html

 俺はオレンジャー!
俺は毎日このブログを通じて自分の考えや感じていることを発信している。
君達には君達の役割があり、必要なメッセージや体験が日々降注いでいる。

 大切なことはその経験やメッセージを自分一人で囲い込んでしまうのではなく、皆でシェアすること。
シェアされたら、それを評価するのではなく、その内容で感じたことをその発信者に丁寧にフィードバックすること。
その循環の繰返しによって君達人類は進化することが出来るんだ。


 もっと自分を伝える努力をしよう。
今はそれが昔に比べて簡単に出来る時代なのだから。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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雨が降る

 外は音も無く静かに雨が葉っぱを濡らしています。遠い昔の記憶・・・。

 
歌唱動画転載元: (http://ojcry.com/?p=415

       雨 

 雨がふります。雨がふる。
 遊びにゆきたし、傘はなし、
 紅緒の木靴(かっこ)も緒が切れた。
 
 雨がふります。雨がふる。
 いやでもお家で遊びませう、
 千代紙折りませう、たたみませう。
 
 雨がふります。雨がふる。
 けんけん小雉子(こきじ)が今啼いた、
 小雉子も寒かろ、寂しかろ。
 
 雨がふります。雨がふる。
 お人形寝かせどまだ止まぬ。
 お線香花火もみな焚いた。
 
 雨がふります。雨がふる。
 昼もふるふる。夜もふる。
 雨がふります。雨がふる。

 (作詞: 北原白秋 作曲: 弘田龍太郎)


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日本は何故戦争をしたか

 日本が侵略戦争をしたのは秀吉の朝鮮出兵の時だけである。
日露戦争は帝政ロシアの極東進出に対する日本の自衛戦争で、有色人種が初めて白人と互角以上に戦った近代史の奇跡だった。
 太平洋戦争はフランクリン・ルーズヴェルト大統領の策略によって止むを得ず始めた戦争である。(自衛戦争であったことは敵側のダグラス・マッカーサー元帥も認めている)
戦争には負けるべくして負けた(多くの売国奴が出た)が、戦後、アジアの植民地が一つ残らず独立するきっかけを作った。
 戦後の「東京裁判」は戦勝国による理不尽な断罪である。
真に裁かれるべきはアメリカだ。
現在でも日本はアメリカの実質的な支配下にある。
(日中、日韓の仲が悪いのは政治的な陰謀と見て良い。背後に世界支配層)
 
 以上が、日本人として誰もが知っておくべき歴史の真実です。
しかし、その状況はアメリカの衰退によって潮の流れが変り始めています。(西洋の時代から東洋の時代へ)
その境目に登場したのが安倍政権です。
安倍は富国強兵策を採り、日本を真の独立国にする歴史的な使命を帯びているように見えます。
 私は、平和を守るためには、暴漢に襲われても闘える武力が必要だという立場を取ります。
核兵器は決して使ってはならないものですが、持っているだけで侵略の抑止力になることも事実です。
 しかし、仮令(たとえ)、同盟国のためであっても、アメリカの侵略戦争に加担することには断固として反対します。
それは日本の尊い歴史を汚すものです。(そのために、建前としての憲法は保持すべき。アメリカの言いなりにはならない実力を持つことも必要)

 
参考記事1: 「zeraniumのブログ」
白人の植民地を侵した「日本の罪」とは何なのか? 世界史をもう一度しっかり再検証する必要がある      2014年8月26日 (火)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-0a1e.html
英国人記者が見た『連合国戦勝史観の虚妄』 ヘンリー・S・ストークス 詳伝社
(抜粋)

東京裁判について
 「白人の植民地」を侵した日本の罪とは何だろうか?
日本がアジアの欧米植民地を侵略したのは、悪いことだったのだろうか?
もし侵略が悪いことであるのなら、世界史で分るように、アジア、アフリカ、オーストラリア、北米、南米を侵略して来たのは、西洋諸国である。
しかし、これまで、西洋諸国がそうした酷い侵略について謝罪したことなど1度もない。
どうして日本だけが、欧米の植民地を侵略したということで謝罪しなければならないのか。

 「東京裁判」では、「世界で侵略戦争をしたのはどちらだったか」という事実を伏せて日本を裁いた。
それは侵略戦争が悪いからではなく、「有色人種が白人様の領地を侵略した」からだった。
白人が有色人種を侵略するのは『文明化』することであり、劣った有色人種が白人を侵略するのは『犯罪』であり、神の意向(ゴッズ・ウィル)に逆らう『罪』(シン)であると正当化が行なわれた。

 「東京裁判」は白人による「復讐劇」が目的であり、日本の正当性を認めるつもりは最初からなかった。
認めれば自分達の誤りを認めることになってしまう。
なぜなら広島、長崎に核爆弾を投下し、東京大空襲を始め全国の主要都市を空爆し、民間人を大量虐殺した「罪」だけではなく、もっと言えば、世界中で侵略を繰返して来た白人のその正義の「誤謬」が、決して明らかにされることがあってはならなかったからだ。
 それが連合国の立場だった。


参考記事2: 武田邦彦(中部大学) マスコミが伝えない事実と解説
普通の歴史(追補) 侵略戦争とはなにか?(3) 
憲法9条も軍部独走も関係なし
   平成26年8月24日
http://takedanet.com/2014/09/3_d7d0.html

 日露戦争、日米戦争という明治維新からこれまでに日本が戦った主要な二つの戦争は、「平和憲法があるかどうか」とか「軍部が独裁だったかどうか」など全く無関係のことだった。
 日露戦争は白人の国、ロシアがわざわざモスコーからシベリアを渡って、旅順や朝鮮まで来るから起った戦争で、日本が外国を侵略しようとして起った戦争ではない。
いわば、盗賊がドンドンと扉を叩くので、妻子を守るために戦った戦争だった。(極めて明瞭)
 日米戦争は白人の国、アメリカがわざわざワシントンから太平洋を渡って、グアム、フィリピン、そして中国まで来たから起った戦争で、日本が外国を侵略しようとして起った戦争ではない。
これも盗賊が東から来て、やむを得ず戦った戦争だった。(きわめて明瞭)
 もし戦前に「平和憲法」があって日本に軍隊がなくても、戦争は起った。
遥か彼方の国が攻めて来るのだから、そんな時に「私の国には平和憲法があります」などと寝言を言っても相手は「なんだ、それは? お前の国の中のことだろう。俺には関係ない」と言うだろう。
憲法は国内法だから国際紛争には何の意味もない。
 日露戦争の時にロシア皇帝ニコライ二世が言ったように、「日本は戦争しない。ロシアの方が強いから」と言ってどんどん来たのと同じように、「日本に平和憲法があっても関係ない。俺達は日本を取る」と言うだろうからである。
 「日本人が平和憲法を定めたから、外国は攻めて来ない」などという矛盾した論理では平和という難しいことを守ることは出来ない。
戦後70年、日本が戦争をしなかったのは、独立国なのに日本列島に世界最強のアメリカ軍が駐留し、近海に核ミサイルを積んだポラリス原潜が配備されているからだ。
 平和憲法を持っているとか、平和憲法があったから平和が守れたというのはウソである。

日本はアメリカ軍という自国の軍隊ではない、いわば世界一強い傭兵的な軍隊を持ち、更に核武装していた。
 戦前、軍部が独走したから戦争が起ったというのも間違いだ。
ロシアが旅順を軍港にし、佐世保と台湾まで進出すると言ったからロシアと戦争になったし、アメリカが太平洋を渡って日本迄来たから戦争になった。
アメリカのルーズベルト大統領は「アジア人は召使に使っても良いが、日本の黄色い猿だけは殺せ」と言っていた。
 だから、ロシアと戦争をしなければロシアの植民地になって日本の若者は両手首を切られたし、アメリカと戦争したから310万人の同胞を失っただけで済んだが、戦わなければ5000万人は殺されていただろう。
その証拠が広島・長崎・東京大空襲という事実だ。
 アメリカとの戦争の前、日本はアメリカを信用し、アメリカから石油や鉄鉱石などの原料を約7割ほど輸入していた。
それをアメリカは中国へ進出しようとし、それに中国が内通したので、日本に対して石油と屑鉄の禁輸を行なった。
 これは「宣戦布告」であるとされている。
つまり、食料や石油のような「生活必需品」、「国を守るための必要最低限のもの」を禁輸することは国際的に許されていない。それをアメリカがやった。
 ここでは、ロシアが悪い、アメリカが悪いと言いたいのではなく、そんなことを言っても意味がない。ここでは「事実をそのまま認めよう。そうしないとまた戦争になる」ということを示したいだけだ。
平和憲法があろうとなかろうと、軍部が暴走しようとしまいと、外国が遠くからやって来たら戦争になる。
 日本は自ら戦争を仕掛けたことはない。日本列島は実に住み易く2000年も住んでいるので日本人は海外に出たくない。
外国語は不得意、安全指向でシャイな性格、日本の中で生活する「内弁慶」の国だった。それは今でもそうだ。
 長い2000年の歴史で日本が外に出ようかなと思ったのは、豊臣秀吉の晩年ぐらいなもので、南に行けば豊かなフィリピンもインドネシアもあるのに行かなかった。
その点ではロシア人やアメリカ人のような白人(アーリア人種)とは全く違う考え方を持っている。
 繰返しになるが、日本が戦争をしたのは、平和憲法がなかったからでもなく、軍部が独走したからでもなく、単に「白人が遠くから、どけどけと野蛮に侵入してきた」からに他ならない。
だからこれからも平和を守るということは、平和憲法を守ることでも、軍隊を持たないことでも(現実は既に持っている)、核兵器を持つかどうかも(現実は既に持っている)でもなく、「外国が来なければ戦争にならない」ということだけである。
 自虐趣味の人はいるけれど、それに引き摺られて国民全部が錯覚してはいけない。


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プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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