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ツインソウル(双子の魂)

 私は滅法孤独に強くて、好きになった女性は何人もいましたが、ただそれだけのことで、結婚などということは常に現実的な問題になりませんでした。
今生の主要な課題が霊的真理の学習にあったからだと思います。
 その目的をほぼ達成し、人生の持ち時間が残り少なくなった今、ヴィセント ギリェムの『魂の法則』を読んでから、氷が融けるように少し感覚が変って来ました。
この世界の何処かに、心から愛し合えるもう一つの定められた魂が存在すると確信出来ることは、本当に有難いことです。
 孤独な魂にとって、これほど大いなる神の愛を感じさせる仕組はないでしょう。
何時の日か、共に進化した魂として、回り逢う日を楽しみに生きて行けます。


アミ 小さな宇宙人』 エンリケ・バリオス著/石原彰二訳 (徳間文庫)
     p229-234 から抜粋

アミが(アカシックレコードで)垣間見た未来の双子の魂 ビンカ

 遠くの岸辺に東洋風の仏塔のような、蔓棚のようなものが、浮んで見えて来た。
日本風の屋根をしていて、それを何本もの細竹が支えていて、そこを蔓草の青い花とバラ色の葉が、一面を覆って壁を作っていた。
黒く磨かれた木の床の上には、太い縞模様の座布団が置いてあり、天井からは、小さな鈴虫籠と金かブロンズで出来た香入れとが、ぶら下っていた。

 座布団の上に座った“彼女”がいた。とても身近に、限りなく身近に感じた。にも拘らず、あれが、初めての出会いだった……。 
 お互いに、未だ、目は見合せずに、ただただこの最初の出会いの瞬間が、少しでも長く続くことだけを祈った。
何も急ぐ必要はなかった……何故なら、この出会いを、何千年もの長い間待続けていたのだから……。

 ついに未だ見ぬ彼女の顔を見る瞬間が来た……明るい青い肌をした、美しい東洋人の容貌をしていた。
黒い髪は、真中から左右に分けてあり、額の中央にはほくろがひとつあった。
彼女に限りない愛を感じた。彼女の方にとっても同じことであった。
やがて、クライマックスの瞬間が、やって来た。
 僕は手を伸し、彼女の手に触れようとした。とたん……全てが消え去った……。

ペドゥリート: 「僕はどの世界にいたの、アミ?」

アミ: 「時間と空間の外に位置している世界……今の君にとっては、全く別の次元の世界だよ」

アミ: 「ある限界まで進歩を遂げてしまった、おおよそ、(愛の度数が)2000度位の状態の君の未来の姿を垣間見てしまったんだよ」

ペドゥリート: 「どうして、未来を見ることが出来たの?」

アミ: 「全て書かれているんだよ。もう、既に書かれているんだよ、“神の小説”(註: 神の意識=アカシックレコード)にはね。
ただ、何ページか先を、飛ばして読んでしまった、それだけのことだよ。・・・・・・」

ペドゥリート: 「あの女の子は誰なの? 今でも僕達は、とても愛し合っているように感じているけれど」

アミ: 「神(愛)が君の側に、彼女がいるチャンスを、何度も与えるだろう。
時には、彼女と分るだろうし、時には分らないだろう。
すべて、君の“胸の脳”(ハート)次第だよ。
ひとつの魂だけでは、“半分”にしか過ぎないんだよ」 

もどってきたアミ』 エンリケ・バリオス著 石原彰二訳 (徳間文庫)
     p215-216 から抜粋

ペドゥリート: 「あの“バラ色の世界”での出会いは何時のことなの?」

アミ: 「何度も一緒になったり別れたりした後のことだよ。
これから君達は未来に向う人生の中で、その都度その都度お互いを捜し合い、その度に出会うようになるんだ。
 そうした何度もの出会いの後でバラ色の世界に住むようになるんだ。
そして、最後には二人は合体して一つの存在となる。そうなったら完全だ。
今は未だお互いに一つの存在の半分でいる。
離れながら進歩・進化して行くんだ」


ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf
・ 〔人間関係と「愛の法則」〕より抜粋

ギリェム: 愛についての話で思い出したのですが、僕たちには全員双子の魂がいるのだと言われましたよね。

イザヤ: その通りだ。

ギリェム: 双子の魂は存在するのですね。

イザヤ: そういうことだ。

ギリェム: 想像の世界の中の幻想で、ロマンチックな夢とばかり思っていました。

イザヤ: そうではなく、実在するのだ。ただ、君たちが想像する通りだとは限らない。

ギリェム: それでは、双子の魂とはどういうものですか?

イザヤ: お互いを補い合える、100%似通った魂のことだ。
双子の魂は、愛で結びつくように創造され、完全に幸せになるためには、お互いを必要とし合うのだ。


ギリェム: 各人の双子の魂は一つだけですか、それとも複数存在するのですか?

イザヤ: とても似通った魂は複数あり得るが、100%類似するたった一つのものだけが、双子の魂だ。

ギリェム: 双子の魂は、どういう目的で創造されるのですか?

イザヤ: 誰もが絶対に、孤独を感じることのないように自己覚醒を促し、愛の道を歩むよう突き動かしてくれる自分と同じ存在が要るためだ。
双子の魂は、君の理想のパートナーで永遠の伴侶だ。


ギリェム: それは、双子の魂は一緒になるために同時に生れ変わる、という意味ですか。

イザヤ: 多くの場合にそうだが、いつもそうとは限らない。魂の発達に求められることによる。
例えば、自己の意志力を発展させて相手に依存しないようになるために、独りで物事を経験しなければならない場合も時にはある。

ギリェム: 一緒に転生する場合には、カップルとして暮すためにそうするのですか?

イザヤ: それは理想的な状況で、多くの場合にそうなるように転生が準備されるのだが、必ずしもそうなるとは限らない。
また一緒に転生しても、カップルとしてではなく、身近な家族や別の関係に生れ変ることもある。
魂の成長のために要請されることや、魂自身の選択にもよる。
転生した後で、一緒にならない選択をする可能性もあるのだ。


ギリェム: では、今生で関わる人たちが選ばれるのは、転生前の決定なのですか、それとも生れ変ってから決めるのでしょうか?

イザヤ: 家族構成や特定の友人や将来のパートナーなど、一番身近な人間関係は、転生以前に話し合われる。
これに関しては、生れ変る魂たちの間で、それぞれの使命や試練においてお互いに助け合う約束がなされる。
例えば、将来生れ変って来る子供に対して親になる約束をすることなどだ。
ただ、その約束が後に果されるかどうかは別物だ。


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これが貂? カワイイ! 

 テン(貂、黄鼬)は、哺乳綱ネコ目 イヌ亜目 イタチ科テン属 に分類される。(Wikipedia)
確かに猫と犬の“あいのこ”みたいです。毛並も綺麗し飼えないかな。

   「ところてん」 ごっこ…♪
   画像転載元: (https://twitter.com/yakisoba/status/499150905993084928/photo/1


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501.河野談話の形骸化 (06/26)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-513.html

502.韓国の米軍慰安婦集団訴訟 (06/27)
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503.天使の魂を持った女優 (06/27)
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504.桝の中の金魚 (06/27)
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505.「洋公主(ヤンコンジュ)」問題 詳報 (06/27)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-517.html

506.重曹の臭い消し効果 (06/28)
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507.穏やかなひと時 (06/28)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-519.html

508.アセンションは意識の変容 (06/28)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-521.html

509.STAP細胞は本物 (06/28)
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501.御神木 (06/29)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-523.html

502.全記事掲載順一覧(6)(06/29)
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503.甦る神の国日本 (06/29)
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504.スティーブ・ジョブズのプレゼン術 (06/29)
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505.自由・平等という罠 (06/30)
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506.STAP論文、ネイチャーが撤回意向 (06/30)
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507.食べ物を感謝して頂く (06/30)
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508.小保方さん、検証実験に参加決定 (06/30)
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509.肉体を持って生れて来た目的 (07/01)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-531.html

510.クリー族の男 (07/02)
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511.小保方さん、出勤 (07/02)
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512.小保方さん検証実験の環境(07/02)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-534.html

513.自分の物差は万能ではない (07/03)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-535.html

514.神国日本の面影 (07/04)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-536.html

515.ブータンの若者達に想う (07/05)
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516.未知の水素原子ハイドリノ (07/06)
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517.巨人、恐竜、重力 (07/07)
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518.永遠なる現在(久遠の今) (07/08)
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519.愛情の翼 (07/09)
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520.明日戦争がはじまる (07/10)
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521.積極的平和主義? (07/11)
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522.台風8号は予行演習か? (07/11)
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523.天災地変は人民の心次第 (07/12)
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524.嫌韓の罠 (07/13)
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525.重力接着? トリック? マジック? (07/14)
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526.STAP細胞、国策に乗るか (07/14)
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527.反戦と白眼 (07/15)
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528.自分はどんなピース? (07/15)
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529.呪 い (07/16)
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530.理研が用意した小保方さん用実験室 (07/16)
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531.日を頂く (07/17)
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532.小保方さん「学位取消しに該当しない」 (07/17)
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533.プロジェクト・ペガサスとタイムトラベル (07/18)
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534.科学論文のコピペは不正ではない (07/18)
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535.引寄せの法則の真実 (07/19)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-557.html

536.「本能寺の変」の黒幕 (07/20)
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537.MH17便撃墜事件 副島隆彦 (07/20)
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538.ライトワーカーマイクの葛藤 (07/21)
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539.偽メッセージの見分け方 (07/22)
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540.二極で学ぶ時代から統合の時代へ (07/22)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-562.html

541.若山教授、前言を修正 (07/23)
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542.時間についての再考 (07/24)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-564.html

543.雲のように自由に生きる (07/24)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-565.html

544.小保方さんが負傷したNHK取材の詳細 (07/25)
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545.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (07/26)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-567.html

546.27日のNHKスペシャル、放送内容を確定 (07/26)
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547.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (2) (07/27)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-569.html

548.オバマとポロシェンコの電話会談? (07/27)
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549.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (3) (07/28)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-571.html

550.小保方さんへのNHK取材(日本報道検証機構) (07/28)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-572.html

551.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (4) (07/29)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-573.html

552.小保方さんの弁護士、NHKを批判 (07/29)
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553.芯を持って生きる (07/30)
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554.木内鶴彦のパラレルワールド体験? (07/31)
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555.この世は嘘と洗脳と罠に満ちている (08/01)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-577.html

556.闇の舌なめずり (08/01)
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557.マレーシア機撃墜の真相 他 副島隆彦 (08/01)
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558.ニューエイジ、パラレル世界観の虚構 (08/02)
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559.ヴィセント ギリェム 「神」 (08/03)
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560.泥沼に咲く白蓮 (08/03)
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561.ヴィセント ギリェム 「進化の法則」 (08/04)
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562.ヴィセント ギリェム 「アストラル界」 (08/05)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-584.html

563.コブハクチョウの親子 (08/05)
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564.理研・笹井氏自殺、小保方さん等に遺書 (08/05)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-586.html

565.高次元では過去・現在・未来が同時に存在するか (08/06)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-587.html

566.過去も未来も幻想 (08/06)
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567.惑わされないこと (08/07)
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568.美少女? 男? 惑わされてはいけません (08/08)
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569.理研・笹井氏自殺の理由 異説 (08/09)
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570.波動が違う世界=パラレルワールド ではない (08/10)
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571.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (5) (08/11)
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572.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (6) (08/12)
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573.玉蔵さんが改心したのか? (08/13)
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574.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (7) (08/14)
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575.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (8) (08/15)
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576.ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (9) (08/16)
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577.ヴィセント ギリェム 「淫乱と色欲」  (08/17)
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578.ヴィセント ギリェム 「虚栄心」(1) (08/18)
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579.ヴィセント ギリェム 「虚栄心」(2) (08/19)
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580.小さくて大きな話 (08/20)
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581.オレンジャーの応援メッセージ (08/20)
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582.私のゴミ処理法 (08/21)
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583.ヴィセント ギリェム 「自尊心」(1) (08/22)
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584.ヴィセント ギリェム 「自尊心」(2) (08/23)
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585.光の使者と闇の使者 (08/24)
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586.心のままに一歩を踏み出そう (08/24)
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587.ヴィセント ギリェム 「尊大(自負心)」 (08/25)
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588.ヴィセント ギリェム 「地球は問題児学級」 (08/26)
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589.心に未来を描く/(超)引寄せの法則 (08/27)
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590.ヴィセント ギリェム 「進化した文明」(1) (08/28)
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591.ヴィセント ギリェム 「進化した文明」(2) (08/29)
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592.これが貂? カワイイ!  (08/30)
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593.ツインソウル(双子の魂) (08/31)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-615.html

594.意識革命が始まっている (09/01)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-616.html

595.屋根の上に登る (09/02)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-617.html

596.ヴィセント ギリェム 「攻撃性」(1) (09/03)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-618.html

597.ヴィセント ギリェム 「攻撃性」(2) (09/04)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-619.html

598.第二次安倍改造内閣で注目したこと (09/04)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-620.html

599.日本は何故戦争をしたか (09/05)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-621.html

600.雨が降る (09/05)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-622.html
 

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ヴィセント ギリェム 「進化した文明」(2)

 ここに記された、現在の地球より一段階か二段階進化した惑星の政治体制は必ずしも素晴らしいものには見えません。
しかし、日月神示を参照しても本当の神の世(マツリあるだけ)になる前に、このような段階を経ることは間違いないようです。(磐戸の巻 第13帖)
 基本的に、帝政以前の共和制ローマやソビエト社会主義共和国連邦、現在の共産党一党独裁中国の実態が明らかにしたように、人間のエゴが克服されない限り、どのような政治体制を造っても理想社会は実現しません。
 同様に、仮にコブライベントが成功したとしても、肝心の処をすっぽかしているので、これも時間が経てば元の木阿弥になるでしょう。
全員アセンションも、ライトチェンバー(光の部屋)による完全覚醒も本物のスピリチュアリズムから見ると、ただの妄想に過ぎないことはハッキリしています。(参考過去記事: 「光の部屋の三日間」と因果律
コブライベントは、他に「光の勢力」主導という「あなた任せ」の要素が強いのも問題です。
 デーヴィッド・アイクを始めとする陰謀論的真実に目覚めても未だ不十分です。

 私たちが今、本当にしなければならないこと、それはアイクが否定したイエスや、アミ、イザヤ等が説いた「真実の愛」に目覚めることです。
お花畑的なチャネリング・メッセージとは違い、その真実の愛が如何に厳しいものかを余すところなく説いたことに『魂の法則』の真価があります。
 その波動を周辺に拡げ、一人でも多くの方を目覚めさせてあげることです。
一人ひとりの覚醒が人類の潜在意識を変えて行くのです。
人類の意識が変れば、物質的な環境は後追いで従(つ)いて来ます。
それが、地球をアセンション(次元上昇)に導く最も正しい道だと信じます。


ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

他世界での生〕(3)

ギリェム: 統治者はどのようにして選ばれるのですか?

イザヤ: それは各惑星で異なる。
通常は、様々な分野の代表者からなる色々な審議会があって、その中で理事の投票によって調整役(統治者)を決める
この調整役は交代制であったり、任期が長期に及ぶなど、惑星により様々だ。

ギリェム: どうやってこれらの閣議(調整役)の一員となるのですか。

イザヤ: 幼児期に示した能力によって、特定の人に対して指導業務に焦点を当てた教育を施す。(天才教育)
そして、その能力が開発されて行くに従って段々と責任が大きい職に就き、幹部の役目に対する要請に応じるのだ。

ギリェム: 政府が階級組織化しているようで、あまり民主的な制度には見えません。
人民が選出するのではなく、上層の人たちが自分たちの後継者を選んでいるように思えます。

イザヤ: これらの世界の人々は、政府が最も賢く愛情深い人々の手中にあると知っているので、この政府の形態に合意している。
統治者には、君たちの世界のように、支配したり抑圧したり権力を濫用する意思などなく、全くその反対なのだ。
 彼らは、同胞の進化を助けるチャンスだと思い、自分の能力を最大限に発揮するのだ。
統治者は、富や特権を積むために権力にしがみつく気は毛頭ない。
そのようなことは思いもしないだけではなく、役職に就いても他の住人と比べて何の特別な恩典もないのだ。
 しかも、市民全体に影響を与えるような決定は、国民投票でなされる。


ギリェム: 少数の選ばれた者だけが統治出来る寡頭政治に思えますが。

イザヤ: 確かに、それらの世界では、誰もが統治業務に参加出来る訳ではない。
だが、地球では権力エリート階層は、最も裕福で経済的な支配力を持つ家族で構成され、一般的に霊性が低く極端に自我が強く、権力と富に野心を燃やしているが、これらの世界では正反対なのだ。
指導権は正に、最も我欲が少なく、最も愛のレベルが高く、一番謙虚で智慧のある者たちに与えられるのだ。


ギリェム: それでも、同じ人たちが余りにも長い期間統治をする階級制度化した政府組織に見えます。

イザヤ: 君がそう見るのも無理はない。
地球では、権力の座に一定期間いた者は、最初はそうでなくても腐敗してしまい、自己の利益や特定の支配グループの為だけに権力を行使するので、君たちはその他の者が損害を被るのを見慣れてしまっているのだ。
 だが、あちらの世界ではそうではない。

ギリェム: 未だはっきり解りませんが。

イザヤ: それでは、理解出来るように君自身の世界での例を挙げてみよう。
君たちの世界ではある人が医者になるには、何年間もの専門教育が要求され、最低限の経験を積んだ後に専門家であることを証明したり、大変厳しい倫理上の規範を守る約束をしなくてはならない。
こんなにも準備をした後で、四年毎にポストから外されるとするなら、それは大変な無駄となる。
 君が盲腸を患って手術を受けなければならないと想像したまえ。
今話したような人が外科医であって欲しいと望むだろう。 
それとも外科教育を受けていない人の中から執刀医が選ばれる方が好ましいのか?
 君たちの世界は後者の例のように、良心の呵責を感じない人が誰でも統治任務に参入出来るようになってしまっているのだ。
だが、進んだ世界では、君たちが医者に要求するのと同じように、経験があり特定の愛のレベルに達していることを実際に証明して見せるよう、統治者に要求するのだ。

ギリェム: それでは、民主主義が進んだ政治形態だとは思われないのですか?

イザヤ: 私の説明の仕方が悪かったかも知れない。
特定の人に強制されることなく、人々に政府を選ぶ力があるという点は、霊的にはやや進歩している
実際、先ほど説明した(進化した世界の)内閣は、それらの世界の市民に自由に選出されたもので、新たに導入される重要な変革には必ず議会と住民の賛同が必要だ。
 しかし往々にして、代表者を選ぶために定期的に選挙をするということが、自由で民主的であることにはならない。
もしかすると、裏で権力を操る者たちにとって都合の良い者の中から候補者がある程度事前に選出されているかも知れないし、他を虐げて特定の政党を贔屓する宣伝が為されているかも知れない。
 スターリンとヒトラーが候補者である選挙ならどう思うかね?

ギリェム: 白紙で棄権した方が良いでしょうね。

イザヤ: ともあれ、地球の政治家層に蔓延する腐敗レベルを見る限り、同じ人を長い間、権力に就かせておくのは好ましくないので、君たちの世界では今のところ、定期的な選出制度が一番進んだ政治形態だろう

ギリェム: 待って下さい。裏で権力を操る者たちについて何か言われていましたが、それはどういう意味ですか。

イザヤ: 時には政治の要職にある者が本当の統治者ではなく、取替えの利く操り人形に過ぎない、ということに気づくべきだ。
定期的に選挙をしたり野党が存在すると見掛け上は民主主義に思えるが、それは人々を無知蒙昧に放置したまま搾取し続ける目的しかないエリート層の独裁の隠れ蓑に過ぎないのだ。

ギリェム: 教育はどんなですか?

イザヤ: 精神・頭脳・身体を総括して能力の最大限まで育成し、才能に応じて各人を指導する
これらの世界では、五感以外の知覚能力が大変発達しているので、そのお陰で教師も生徒をずっと良く理解し、個々の力量や才能や関心事を知ることが出来る。
 学業教育以外では、透視力・テレパシー・念動力など君たちが容認しないような個人の可能性を開発し、それによって生徒は高次の霊性との繋がりを発展させようとする。

ギリェム: それで、どんな信仰を持っているのですか?

イザヤ: 宗教自体は存在しない。
宗教を、特定のドグマを信じ特定の規範を強要する司祭や教義で構成された「組織」で、何らかの形でそこに入会しなくてはならないものと理解するとしたらだが。
 先にも言った通り、(進化した)彼らは、霊的な真相、各人の起源と目的地、宇宙を司る諸法則を明確に自覚しているのであり、それが惑星で実施される教育・経済・政治などの活動に反映される。


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ヴィセント ギリェム 「進化した文明」(1)

ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

他世界での生〕(2)

ギリェム: 地球が経験するかも知れない進化の大飛躍についてお話し下さったので、その素晴らしい未来のことをもっと詳しく知りたいです。
でも、現在の地球と人類の悲惨な状況から見ると、それは随分先のことのようで、正直言って夢物語に思えます。

イザヤ: 実現しそうにないその未来こそ、何十億もの惑星では(夢物語ではなく)現実なのだ。
確かに地球と人類の現状は嘆かわしいものだが、二、三百年の間に物凄い展開があり得るのだ。例を挙げようか。
 人類の科学技術レベルを、西暦1800年当時と2000年とで比較してごらん。
本当に驚くべき進歩を遂げた。しかし、君が仮に二百年前に戻って当時の人々にそのことを話したとしても、誰も君を信じようとはしないだろう。
 だから、人間が、知的・物的発展に注ぎ込んだのと同じ意志力と熱意を霊的発展に応用したとしたらどうなるかを、想像して見たまえ。
地球は今、霊的覚醒の時代を生きている。
覚醒したいと願う魂が全員目覚めて実行に移せば、物事は急速に変るだろう。

ギリェム: そうでしたら、僕たちがお手本や模範に出来る「愛の法則」に則って進化した文明ではどのように暮しているのかをお話し下さい。

イザヤ: 喜んで。丁度、君たちより一段または二段上の進化レベルにある文明について話そう。
 それ以上進んだ文明での暮しを話したとしても、君たちには理解し難いだろうからだ。
何れにしても、完全に同一の文明はないのだと思っていなさい。
だが、進化した文明全てに共通する事柄はあり、それは精神面に関係するので、そのことについて説明しよう。
 中でも最も重要なのは、それらの文明が個人及び集団の霊性進化の工程を自覚していることで、全力を挙げて個々の住人や人類全体の霊的進歩に努めているのだ。
そのため、全ての規則や法律、政治や資源管理の形態などは、「愛の法則」やその他の魂の法則に感化されたものだ。
 結果的に、憎しみも、個人や集団のエゴも、いかなる暴力も存在せず、誰にも虐待されることがない。
故に、戦争やテロや犯罪行為は一切存在せず、皆が兄弟だと認め合っているので、殺人・売春・誘拐・独裁制・軍制・奴隷制もないのだ。

ギリェム: まるでユートピアです。それで、どのようにしてそれを成し遂げたのですか?

イザヤ: 自分本位の考えは破壊や苦悩しかもたらさず、真に幸せになる唯一の方法は愛することだ、との結論に達することが出来たからだ。
そして、彼らは、愛を育てることと心の中のエゴを徐々に除去することに全エネルギーを注ぎ、その世界を調和の取れた暮し易い我が家へと変化させたのだ。
 しかし、そこに到達するまでにバラ色の道を辿れた訳でなく、困難な進化のプロセスを経て来たのだ。
彼らも自分たちの利己的な行為の結果を味わわねばならず、君たちのような苦難を舐めなければならなかった。
利己的で愛が欠如している道を通っては何処にも辿り着けないということにどれだけ早く気づけるかが、どういう世界になるかの違いだ。

ギリェム: 彼らの政府と政治・経済の構造についてお話下さいますか。

イザヤ: 通常、どの惑星にも惑星全体の政府がある。
地域ごとに歴史的独自性を保持し、中央政府に組入れられている自治体はあるものの、独立した政府を持った国家や民族という区分は存在しないのだ。
 中央政府は、公共の福祉を達成するために惑星の住人の必要性に応じて、生産手段の管理と運営をする。
要するに、多くの人を犠牲にして一部の人だけを優遇する利己心が無いので、民間企業は存在しない。
 従って、企業利益を維持するために、広告を通して製品を消費するように、過度に煽る必要もない。
特定の消費財を購入出来るように、労働時間に見合う労力の価値を測定する方法はあるが、それ自体に独立した価値があるお金そのものは存在していないので、銀行や証券などの投機的金融事業を通して利潤を追求する経済活動は排除された。
 それ故、インフレーションも通貨の切下げ・高騰もなく、利子という概念も存在しないのでその増減もなく、経済は非常に安定している。
ある製品の代価が変化するとしたら、それは生産に必要な資源の保管量だけが原因だ。
 しかし、事前に準備を整える能力が優れているので、特定の原料や枯渇燃料の依存からは脱却している。
環境をとても大事にするので、汚染しない再生可能エネルギーを徐々に適用した。
 それらは僅かな残留物しか残さないが、それも殆んど100%再利用される。
社会面では、食糧・住居・教育・仕事と言った最低限の権利は、単に生きているだけで誰にでもその権利がある。
 従って、飢えも「ホームレス」も、ローン・貧困・失業・未就学も存在しない。
住民たちの物的生活レベルはかなり快適で、惑星全域のどんな場所でも住人でも似通っている。
これらの惑星の住人には我欲がないので、富や物的財産を蓄積したいという気持ちが無いのだ。

ギリェム: 働くとしたらですが、人々は何に従事するのですか?

イザヤ: 大多数の人は公益のために、教育や科学・テクノロジーの研究に従事し、全地域の全住人の生活レベルを可能な限り改善させ、個人と集団の霊性進化を促進させようとしている。
 第一次産業と第二次産業、つまり農業と工業で一番負担となる労働は完全に自動化されており、専門家の仕事は生産過程を監理することとなる。
 一日の労働時間は君たちの惑星よりもずっと短いが、不快な仕事に就く者も才能が活かされていない者もいないので、ずっと生産的だ。
また、自分の仕事で公共の福祉に貢献することが皆の喜びなので、他人に食べさせて貰うような怠け者は一人もいない。
 更に、社会形態自体が製品を宣伝する必要がないので、地球に存在する売買に関わる販売業や広告業などの特定の職業は存在しない。
必要とされるものだけが生産され、もっと多くまたは少なく消費しろとプレッシャーをかけられることもなく、各人が必要な分を取る。
 結果として流行は存在しないので、消費の傾向が気ままに変ることはなく、住人の健康や内的・外的な健全性が向上する、より良い製品が出来た時だけに変ることになる。
 余計な活動を取除けば、個人としても物質的・破壊的で利己主義的な活動に従う必要がなくなるので、世の中はテクノロジーにおいても霊性においても急速に進歩出来るのだ。

ギリェム: 説明を聞く限りでは、地球上の複数の国での共産主義または社会主義の経済システムに似ているようです。

イザヤ: 幾つかの点においては確かにそうだ。

ギリェム: でもこのシステムは、地球では完全な失敗に終ったのです。

イザヤ: 社会主義を導入した地上の国々では、暴力でそれを強行し、精神的な概念がなく物質面だけに基づいていたことを考慮すべきだ。
その一見したところ平等に見えるにも拘らず、実際には、不平等を生み出す基となる各人の我欲が、自己のイデオロギーを他者に押しつける優勢な階層を出現させていたのだ。
 社会主義が本物となり機能するためには、物質面だけではなく精神面でもそうする必要があり、各自が納得して採り入れなければならない。
君たちの世界で起こったように、力づくでの強制によってではいけないのだ。
 つまり、各人の心から我欲を根絶して愛に置換えなければならず、そうして初めて、内面の変化の論理的な結果として、集団レベルでの物理的な変化が自然に現れるのだ。(註: これが、コブライベントの根本的な誤り
地上の利己的・物質的で無神論(註: 唯物論)的な社会主義に対して、これらの世界では「精神的社会主義」とでも呼べるやり方をしている。

ギリェム: それで、政府のシステムはどのようになっていますか。民主制や共和制や王制などなのでしょうか?

イザヤ: これらの名称ではどれも適切に定義をすることが出来ない。
これは、最も進化した者たちの政府なのだ。
叡智と愛において一番能力のある者に、最も重い責任を与えるのだ。

ギリェム: 地上に、それと似たような政府がありますか?

イザヤ: 一番似ているのは、長老会議を行なうアメリカンインディアンの部族のものだ。


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心に未来を描く/(超)引寄せの法則

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ

1.ココロに描く          2014-08ー16
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11910610504.html

 俺はオレンジャー!
君達は心のキャンパスを上手く使っているか?
君達の身の回りにある世界は、君達が思い描いたものが時差を経て具現化したもの。

 君達の想いがセカイを作っているんだ。
君達一人ひとりには創造のチカラが与えられている。
その意味で、君達一人ひとりが神であり、創造主なんだ。

 君達の理想をココロのキャンパスに描き切って見よう。
単なる想像ではなく、実現可能なレベル迄詳細に描き切って見よう。
それが次の時代の青写真になるんだよ。


 今日はこんなところだ。 じゃ!


2.思考を現実化させる      2014-06ー13 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11877178324.html

 俺はオレンジャー!
今、巷で引き寄せの法則や思考を現実化させる系の書籍やセミナーが大人気だ。

 確かに引き寄せの法則は存在するし、思考は現実化する。
ただ、そうした書籍やセミナーに集まっているエネルギーは所謂エゴの塊が多い。

エゴを満たす為のエネルギーでは、現実化させるのに必要な臨界点を超えることが難しくなり、結局実現しないことが多いんだ。
何の為にそうした法則を利用するかを先ず考えて欲しい。

 最初の内はエゴを満たす為でも良い。
でもその先に何があるのか、本気で考えて自分の存在と向き合うと、初めて自分の使命が見えて来る。


 声でワイングラスを割る方法をご存知だろうか?
そう、声の周波数を調整しながら、グラスと共振する周波数を探して、その共振周波数で音を鳴らし続けると、グラスは声だけで割れてしまう。

 思考を現実化させる動きもこれに似ている。
すべては波動なので、必ずそこに共振できる部分が存在し、思考のエネルギーが現実のとある部分と共振することで現実化が加速することになる。
 でもそれには相応のエネルギー量とタイミングが必要なんだ。
目的が中途半端であったり、潜在意識の中に疑心暗鬼な部分があるとそれは実現しなくなる。

その辺りのことを知っておいて欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ! 


3.超引き寄せの法則       2014-08ー26
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11915386709.html

 俺はオレンジャー!
巷で引き寄せの法則というものが流行っているが、あれは本当だ。
君達の意識のエネルギーは君達が想っている以上にパワフルで何でも引き寄せることが出来る。

 ただ、引き寄せることはエネルギーを動かすことだから、それに相対したエネルギーも動くことになる。
本当に引き寄せたいのであれば、まず先に与えることが良い。
その与えたことやものが、そのままエネルギーとなって君達に返って来る。

 ここで君達が良く陥る誤解を伝えておこう。
返ってくるのは、自分が与えた人からではないことが多い。
また、その形態も実に様々だ。

 与えたものは100%返ってくる。
でもそれは与えた人から返って来るとは限らないし、与えた形態で帰って来るとも限らない。
全く別のところから別の形で戻ってくることが多いから君達は気づかないんだ。
でもきちんとその法則は成り立っているからちょっと意識してみて欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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ヴィセント ギリェム 「地球は問題児学級」

 これはオレンジャーのメッセージと重なっています。
反面、コブライベントや楽観的なチャネリング・メッセージとは甚だ異質です。

参考: オレンジャー関連の過去記事
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-446.html
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-466.html
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-507.html


ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

他世界での生〕(1)

ギリェム: 「愛の法則」に従わずに自己破滅してしまった文明に住んでいた魂は、どうなってしまうのですか?

イザヤ: すでに言ったように魂は不死だから、勿論、霊的次元で生き続ける。
文明が破壊され遺物となった跡に転生して進化を続けるのだ。
その惑星が完全に破壊されてしまった場合は、転生が可能となる自分の星に似た別の惑星のアストラル次元に移転させられるのだが、これは君たちの世界で都市が洪水で壊滅した場合に、危険の少ない地域に生存者を収容するのと同じことだ。
 通常、最も進化が遅れている者は、生存環境がずっと苛酷な更に後進の惑星に移動させられ、一度は手にしていたのに維持出来なかったものの有難味に気づくように学ばされるのだ。

ギリェム: それでは、他の惑星出身の魂が地球に転生したり、逆に、地球人が別の惑星に転生することもありますか。

イザヤ: それは有り得るし、破壊された惑星のような極端なケースだけではなく、自己の進化レベル以上の惑星には転生出来ないという制限つきだが、ある惑星から別の惑星への定期的な魂の移行は起る。
 移行出来る星は、自分の出身惑星と同等か下のレベルでなければならないのだが、自分のレベルよりも後進的な惑星の場合には、同時に、波動対応の問題が生じる。
つまり、進化した魂が下位の惑星に転生する時には、その星特有の肉体に顕現出来るように、自分のアストラル体の振動パターンを再調整しなければならない。
魂の振動レベルが惑星のものよりもずっと高い場合には、この調整は実質的に不可能となる。
 君たちに分り易く例えれば、普段着ているものよりも2サイズも小さい服を着ようとするようなものなのだ。
だから、地球に転生出来る進化した魂のレベルは、君たちよりほんの一段高いだけに過ぎないし、特別の場合でも二段階上が限度だ

ギリェム: 破壊されなかった惑星出身の魂は、どんな目的で別の惑星に転生するのですか?

イザヤ: 一般的には霊的進化を促進する為だ。
進化した魂は、自分より進化の遅い惑星に転生して、その惑星生れの魂の霊的成長を促進することが出来る。
ある魂がその惑星の魂の平均よりも速く進化してしまい、自己のリズムで進化し続けるには、そこが物足りなくなることもある。
そうすると、小学校の最終学年を終ると中等教育を受けるために学校を変るのと同じように、自分のレベルに合うもっと進化した次元に転生する。
 また、特別な時期には特定の惑星で、自分の能力を試して進化の工程を速められるような恵まれた環境が整えられる。
ある惑星に、集団的な飛躍を遂げようとする魂が大勢いる場合には、彼らの要請に応じるために、惑星自体が再編成される必要がある。
 ある惑星がこのような状況におかれている時には、同等な進化レベルにある他の惑星の沢山の魂が魅力を感じ、それを体験して自分の霊的成長に役立てようと、その星への転生を希望する。


ギリェム: 他の惑星の魂たちにとって、そんなに魅力的な環境とはどういうものですか。

イザヤ: 実は、君たちの惑星は、レベル変化をする可能性に近づいているのだ。第三レベルの惑星から第四レベルに移行するかも知れない。
 もしも充分な数の魂が、魂の目的や魂が不死であることや皆が兄弟であることを自覚し、愛を学び、この世の諸悪の根源である我欲を放棄して、霊的に進化するために転生するのだと気づけるなら、この飛躍を実現させられるかも知れない。
 そのような存在は、物事を行なう上での新しい方法を地球にもたらし、愛に基づいたやり方で、社会・経済・政治などの全ての面で世の中を変えようと力を尽すことだろう。
しかし同時に、世界を操る権力者のように我欲を捨てたがらない者が大勢いるので、進化した魂による改革の試みを全力を挙げて阻止しようとするだろう。

彼らは、同胞を搾取して得た権力や物的財産を放棄するのが嫌なので、何の変化も望んでいないのだ。
 各々の魂は、愛のために戦うのか、それともエゴのために戦うのかを決断すべきで、選んだもののために精力的に活動すべきだ。
これは、愛の党派を選んだ魂の成長にとっては、特別なチャンス、素晴らしい環境となる。

 何故なら、まだ我欲に執着していてあらゆる手段を講じて目標を達成させまいとする者の無理解・中傷・暴力など、無数の障害と対峙しなくてはならないからだ。
そして、これらのあらゆる種類の攻撃や屈辱や非難にも関らず、愛を信じ続けられるならば、無条件に愛せるようになるという、魂の最大の目標に一歩近づけるのだ。

ギリェム: ええ、その事なら知っています。
映画では善人が勝つこともあるのでしょうが、現実では平和主義の善人は虐殺されてしまって、最後にはいつも悪人が勝つのです。
歴史を見ればそんな話で一杯です。初期のキリスト教徒とか、カタロス派とか...。

イザヤ: 確かにこの戦いが永遠に延長されれば、利己的な集団は変革の全ての試みを永久的にボイコットするかも知れないので、愛情深い集団に霊的な停滞と、無益で不毛な苦悩をもたらすであろう。
 しかし、このように熾烈な戦いは無期限には続かない。最終的には二つのグループの分離が必要となろう。
分離するということは、二つの中のどちらかのグループが、自己の進化レベルの条件に見合った別の惑星に生れ変るために、立ち去らなくてはならないということを意味する。
 君たち人類は今、このような過程を経験していて、最終的には話しているような魂の選別が行われるだろう。


ギリェム: 聖書の黙示録の最後の審判を思い出しますが、何か関係があるのですか。

イザヤ: 聖書に記されている最後の審判とは、起り得る地球の未来のヴィジョンとしてこのプロセスを垣間見た作者が、自分の能力の範囲で書き表したもので、個人的な解釈の一つと言える。
 一周期のおしまいは、勿論世界の終末ではなく、一つの段階の終りに過ぎない。
また、今のところは我欲を放棄しないと決断していても、それが最終決定となる訳でもない。
 人はいつでも好きな時に意見を変更出来るし、今その機会を活用しなくても、後でそうすることも可能だ。
よって、「善人を右に、悪人を左に分ける」選択をするのは神ではなく、自分自身の決断なのだ。
 霊界は、皆に同じだけの機会を与えているので、何をしたいのか、どんな世界に生きたいのかを決めるのは、自由意志を持った自分自身なのだ。
 意志の力と努力がどちらに向いているかで、得られるものが決まる。
愛の中で暮したい者は、愛に基づく世界に生きる。
我欲の中で暮したい者は、そのように生きることが自分を不幸にすると気づいて変更を決意するまでは、エゴに基づく世界で生きるだろう。

ギリェム: それで、どれが去るグループでどれが残るグループなのですか。

イザヤ: 場合による。二つの選択肢がある。
進化出来た魂の数が、惑星を愛の方へ向わせるのに充分でなければ、惑星全体での進化の飛躍は成し遂げられない。
惑星は現在の振動レベルを保ったまま、飛躍を遂げなかった魂を留めるので、もっと高い進化レベルの惑星に移されて転生するのは、飛躍を遂げた者となろう。
 その場合、地球は相変らず第三レベルの惑星であり続け、エゴからの脱却を望まなかった魂によって占住され続けるので、再び何千年もの間、克服出来なかった試練と同じ類のものに向合うことになるのだ。
 一方、我欲の放棄を願った愛情深い魂は、各自が到達出来た進化レベルに応じて上位の惑星に転生する。
彼らはそこで、自己の内面と調和する他の存在と出会え、誰にも邪魔されずに自分の愛を表現出来るので幸せになれ、更に高次な目標に挑戦出来るのだ。

 前のケースと反対に、進化出来た魂の数が、人類が「魂の法則」に従って前進し統治出来るようになるために充分であるなら、惑星自体が進化の躍進を成し遂げるだろう。
その場合は、進化の跳躍を成し遂げた者が地球に残ることになり、進化出来なかった者が同等の進化レベルの別の惑星に移転させられて、そこで生れ変わるのだ。

 これが、イエスが山上で行なった垂訓の中で「柔和な人たちは、幸いである。彼らは地を受継ぐであろう」と言った意味である。
この一文は、輪廻転生や、進化の法則や「霊的裁きの法則」の知識がなければ理解出来ないであろう。
 柔和な人々が地を所有出来るとは、どういうことであろうか?
我々は、圧制者・権力者・暴君が、常に土地に対する権力と支配を誇示し、「柔和」な平和主義者は虐殺されたくなければ紛争から逃れなければならないのを見飽きて来たので、理解し難いことだろう。
 それは他でもない、イエスが、進化レベルに応じた選別の過程に言及しているからで、将来は地球に愛と平和において進歩した(柔和な)魂を連れて行く、という意味なのだ。
一方、「愛の法則」に従わない者は自己進化レベルに見合った惑星で転生するように、移転、つまり「追放」されるのだ。

ギリェム: ここに留まれない魂は、どのように他の世界に移転するのですか?

イザヤ: ゆっくりとした段階を踏むだろう。
地球の波動レベルと調和出来ない魂は、死後は地上で転生するのを止め、自分と同じ進化レベルの他の惑星に生れ変るようになる。
 地球がレベルを上げた場合には、波動レベルの上昇自体が、その域に達しなかった魂がこの世に生れ出ることを不可能にするので、彼らは自己の振動レベルに相当する別の世界に生れなければならない。
ある時期からは、同じ波動パターンの子供だけが生れることになるだろう。

ギリェム: それでは、別の惑星に移動するには、死を待たねばならないのですか。

イザヤ: 通常はそうなるが、常にそういう訳ではない。
惑星レベルでの大災害の場合には、その惑星から別の星へと大規模に人々を移動させるに足るテクノロジーを持った地球外文明の関与によって、肉体をまとった魂の移動が可能になる。
 それは、地球の特定の地域で天災が起った際に、被災地の生存者を治療したり避難させるために、人道支援の任務を開始するのと似たやり方だ。

ギリェム: 進化の飛躍が出来なければ、惑星が霊的に停滞することになるのでしょうか。

イザヤ: 全くそういうことはない。何千年か経てば、進化の飛躍をする別の似たようなチャンスが巡って来るだろう。
その時には、現在の自分勝手な魂の大半も愛に目覚めるに足る充分な経験を積んでいて、前回にはしたいとも思わなかった進化の飛躍が可能となるのだ。
 地球には、過去にも、このような集団的な進歩のチャンスが幾つかあった。
その最後の時には、それが君たちの星では少数派だったために、別のより進化した惑星に移住させられ、地球は進化を為し遂げられなかった存在の住み家となったのだ。
 同じような状況を辿っていた他の惑星は、その時の地質学的な変動を利用して、惑星間の大移動を行なった。
地球は、それぞれの惑星で進化の跳躍が出来なかった人類グループの避難所のようになったのだ。


ギリェム: それは、地球上の多くの種族が僕たちの惑星出身ではなく、他の世界からやって来たという意味なのですか?

イザヤ: そういうことだ。またこの事から、君たちが全員兄弟であることを認識することも出来る。
宇宙の多くの場所での生命の発達形態は、地球のものと大変似通っていて、様々な惑星由来の種族間の違いも最小なので、お互いに交流し合って兄弟として共存することが可能なのだ。

ギリェム: そう認めるのは難しいですが。

イザヤ: 人類の歴史に関する君たちが知り得ない過去の事象が沢山あるので、そう思うのが普通だ。
過去に犯した不正を人民に知らせず、過ちから学ばせまいとする様々な時代の支配者によって、歴史的な記録は、数え切れないほど抹消されて来たからだ。
 無知な民ほど扱い易いのだ。「歴史を忘れた民は同じ過ちを繰返す」と、格言にもある。

だが良く観察すると、多くの文化に地球外の星々からやって来た人種がその民族や種族の起源だとする、世代から世代へと語り継がれて来た先祖由来の伝承が存在している。


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ヴィセント ギリェム 「尊大(自負心)」

ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋(一部、書籍を参照)
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

ギリェム: 尊大(自負心)というものが何で、どういう特徴があるのか説明して下さい。

イザヤ: 尊大(自負心)とは自信過剰から謙虚さに欠けることで、君たちが誤って「自己愛」と呼ぶものが過剰にあることだ。
この段階の魂に残された二つの克服すべき主要課題は、謙虚でないことと、執着、つまり愛する者の愛を分ち合うのが困難なことだ。

 尊大な者は自信過剰で他者を必要とせず、全てにおいて自己充足的である。
他者を助ける気はあるが、助けを求めるのは弱さの証拠だと思う欠点があるので、本当に助けを必要としていても自分から援助を求めることは稀である。そして、人に知られまいとする。
 自分の必要性や弱さや欠点、気落ちしていることなどを隠し勝ちで、「どうしたの? 何か出来ることはない?」と聞かれることがないように、誰にも気付かれないようにする。
そして気づかれると神経質になり、自分が自己充足出来ていないことを認められずに腹を立てる。つまり、不信感・怒り・傲慢が表面化するのだ。
 尊大な(自負心のある)者は自尊心の強い者よりも感化されにくく、忘恩で報われても傷つくことは少ないのだが、中傷されたり裏切られたと感じると、自分の計画通りに行かなかった時のように、怒りと傲慢が頭をもたげて来る。
 例えば、理解して助けてあげようとしている者から軽蔑されたりバカにされたりすると怒りと高慢が目覚め、「俺が誰なのか分っているのか」とか、「よくそんな真似が出来るな」、「そんな口を叩くなんて、一体何様のつもりだ?」などと返答をする場合がある。
 謙虚になれず、感謝されないことや侮辱を受容出来ない場合には、他者を種別して偏見を持ったり、接し方を変えたりする。
自分のエゴを自覚し克服出来なければ、助けて欲しいと近づいて来る人がいても、不信感に支配されてしまう。
 自分の偏見で特定の人が苦手になり、それぞれの必要性に応じて公正に平等に援助するのではなく、各人への不信感・恐れ・不得手の程度で判断することとなる。
 尊大な(自負心のある)者は独りでも平気だと思っているが、認め難くても実際には皆と同様に、幸せになるためには愛し愛されていると感じる必要がある。
そのため、感情面で自信がなくなると、独りで大丈夫だという外面が崩れてしまう。
 確信していた愛を失う恐れは不信感を募らせ、悲しませ、絶望的で無気力にする。
こうなるのは、まだ執着心に苦しんでいるからで、愛する者の愛を共有するのが困難なためだ。

ギリェム: 僕には、ごく普通の反応に思えますよ。愛する者の愛を失うのが怖いのは皆に共通することではないですか?

イザヤ: 無条件の愛の経験に至っていたなら本物の愛は絶対に失われないと知っているので、執着で苦しむこともないし何も怖いものがないだろう。

ギリェム: ではどうやって、尊大(自負心)の段階を超えるのですか。

イザヤ: 繰返しになるが、愛して理解し、欠点のままに行動するのを避けるのだ。
魂が謙虚さを増し執着をなくすにつれて、尊大でなくなるだろう。
この謙虚になり執着しないという資質は、見返りを期待せずに他者を心から助けるという隣人愛の実践を通して発展するのだ。

 尊大な(自負心が強過ぎる)者が、失望や屈辱を味わうことを怖れて自分が与えることの出来る援助を惜しめば、欠点を増長させることになり停滞してしまうだろう。
だが、自分の怖れや偏見を克服し、気持ちに従って行動すれば進歩出来るだろう。


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心のままに一歩を踏み出そう

 味噌糞一緒の知識を山ほど集めて垂れ流し、何もしようとしない人達が何と多いこと。


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
その一歩が大切     2014-08-23
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11914013989.html

 俺はオレンジャー!
君達には、毎日様々なインスピレーションが降り注いでいる。
でも君達の過去の経験や周りの声、常識という概念がそのインスピレーションに従って一歩を踏み出すことを躊躇させているんだ。
でも、その一歩がないと君達の大切なゲートを開くことが出来ない。
ちっぽけだと思えるその一歩が世界を変えることもあるんだよ。

 心のままにあるがままに自分の人生を生きて欲しい。
その一歩が君の全てであり君の全てはそこから始まるのだから。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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光の使者と闇の使者

 ヴィセント・ギリェムとデーヴィッド・アイク。
この二人の波動の違いは顔写真を見ても著書の一部を見ても一目瞭然。
どちらに波長が合うかは身魂次第ですが、光と闇は共に人類の進化のために必要です。
 とは言え、デーヴィッド・アイクの著書に関しては、私は、当ブログに掲載した「なわのデーヴィッド・アイク論(1)~(4)」(グーグル検索でヒット)や、天下泰平さんの紹介記事(下記、画像転載元)だけで充分です。
 とても、本を買って読む気にはなれません。そんな真実を知っても素通りするだけで、私がすることに変りはないのです。


    ・ ヴィセント・ギリェム
     『魂の法則』の著者
     ヴィセント ギリェム 
   画像転載元:(http://ameblo.jp/clearmk/entry-11540229611.html
   PDF版『魂の法則』の最後にありますが、転載方法が分りませんでした。

    
   ・ デーヴィッド・アイク 
    最近刊『ハイジャックされた地球を99%の人が知らない(上)』の著者
    デーヴィッド・アイク
    画像転載元:(http://ameblo.jp/pure-tenkataihei/entry-11909739832.html


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ヴィセント ギリェム 「自尊心」(2)

ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

 「自尊心」(1)より続く

ギリェム: 進化に役立ててもらえるように、気位の高い人に簡潔に言えることはありますか。
イザヤ: 悲しみや虚しさを感じる時には、自分自身に閉じこもらないように。
感じさえしなければ苦しみが緩和されるだろうと考えて、感情を抑圧してはならない。
そうすればもっと苦しむことになるし、解消出来ない不毛な苦悩となるからだ。
 考えたことではなく、感じたことに従って生きようとしなさい。
他者を思いやらねばならないが、その期待に沿おうとするのではなく、自分の気持ちに従うこと。

人から傷付けられたことを口実にして、自分の不信感や孤立を正当化してはならない。
自分の感情を利用したいのだと思う者には慎重になり、誠意を持って近づいてくる者には心を開くのだ。

ギリェム: 人の意のままにならずに、他者を傷付けないようにするにはどうしたら良いのですか。

イザヤ: 相手の苦悩が我々の利己的な行為によるものなのか、それともその人自身の我欲、つまり我々の意思や自由意志を尊重したくないためなのかを知る必要がある。
 我々の利己的な行為が原因なら、我々が是正の努力をするべきだし、相手の我欲のせいなら、苦しみを生み出しているのはその人自身なので、その人が改善しなければならない。
他者のせいで苦しんでいると思っていても、独りで苦しんでいるのだと知るべきなのだ。

ギリェム: でも、その人が変りたくなければ、どうしますか。

イザヤ: その人にとって自己改善することが有益であっても、そう強制すれば本物ではなく、自由意志を侵害してしまうので相手に強要は出来ない。
そうは言っても、その人に、他の人の意志を曲げる権利がある訳ではない。
だから、自分本位な人の利己的な態度に従わされている人は、自分の感情や信念を曲げるべきではないのだ。

ギリェム: 例えば、ある人といざこざがある場合に、相手がその人自身のエゴで苦しんでいるのか、それとも僕の利己的な態度によって苦しんでいるのか、どうやって見分けられるのでしょうか。

イザヤ: 相手の立場になって、どう感じるだろうか、その状況でどうして欲しいのだろうか、と分析してごらん。
自分が発信者・執行者となって行なおうとしていた行為についての判断が、その行為の受手となれば変化するのなら、君の態度に何らかの利己心や不公正な部分があったということだ。
送り手としても受け手としても同じ姿勢でいられるのなら、公正に近い判断だ。
 でも大抵のケースは様々だ。つまり、両者に利己的な部分があり、双方が自分のエゴを改めねばならないのだが、自我によるのでなければ確固とした態度を保ち、相手の利己的な行為に屈してはならない。
 最終的には「自分にして欲しくないことを他者にしてはならない」と、「苦悩の原因であり意志の侵害だと分っていることを、他者が自分や自分の庇護下の者にしないように(心を)尽せ」という金言に要約出来るだろう。

ギリェム: よく理解出来るように、例を挙げて頂けますか。

イザヤ: よろしい、例を挙げよう。教育の一環として子供を叩く母親を想像してごらん。
子供に与える肉体的・精神的苦痛を考慮していない母親によると、それは子供を従わせる方法だそうだ。
 もし本当にその方針が正しいと信じているのなら、自分が夫に殴られることも問題なく容認出来るということで、彼女が子供に使ったのと同じ論拠を夫が持出して正当化しても承服出来ることだろう。
 だが誰でもそうだが叩かれれば痛いので、彼女はこの状況を苦々しく嘆き、当然だが非常に苦痛なので、夫が殴り続けることには同意しないであろう。
 この母親は、夫に殴られて痛いのであれば、彼女がそうする時も子供は同じように痛いだろうと気づくべきだ。
そして現実から学ぶ気があれば、叩くことは苦痛を生み正当化出来ないので、それ自体が悪いことだ、という結論に達するであろう。

 この女性には、どんな解決策があるだろうか?
子供に対する暴力の行使を放棄するのだ。そうすることによって、自分自身のエゴを克服し、力づくで弱者の意志を曲げようと懸命になることもなく、同時に、自分の自由意志を踏みにじる暴力的で利己的な夫の支配から逃れることに力を尽せるのだ。
 攻撃する者がいじめる対象を失って苦しむのであれば、それは相手に苦しめられているのではなく、他者の意志を力ずくで曲げたいという我欲を放棄するのが嫌なだけなのだ。

ギリェム: 先ほど、他者を喜ばせようと過剰な努力をしてはならないと言われましたが、誰かを愛すると、その人が幸せでいられるように、あらゆることで喜ばせてあげようとすることと矛盾しませんか?

イザヤ: 喜ばせてあげればあげるほど愛していると考えるのは大きな間違いで、善意ある者の多くが陥る大きな罠だ。
愛している人には、その人を喜ばせる以前に、援助し、理解し、尊重しなければならない。
 喜ばすのと支援することの違いを知っておくことは大切だ。
と言うのは、誰かの機嫌を取る時に、手を差伸べる代りに弊害を与えてしまって、喜ばせたのは相手の我欲だけだった、ということもあるからだ。
 しかも、自分の自由を失って、相手の我欲に自分の意志を服従させて機嫌を取る時は、自分自身を犠牲にしているのだ。

ギリェム: 手助けと機嫌取りとを、どう見分けるのですか。

 自分で超えなければならない試練や状況を背負っている人を、喜ばすだけで助けなければ、能力を試す機会を奪うことになるので、その人の魂の停滞に一役買ってしまう。
真の手助けというものは、その人自身で試練や状況を解決出来るように、支え励ましてあげて、前進出来るようにしてあげることだ。


ギリェム: 援助することと機嫌を取ることの違いがはっきりする例を挙げて下さいますか。

イザヤ: そうしよう。先生に学校の宿題を家でするように言われた同じクラスの二人の子供をイメージしてみよう。
二人ともずっと遊んでいたいし宿題はうんざりするものなので、しないで済ませようとする。
 一人の父親は、息子が怒らないように、しかも宿題をやらずに学校に行くという羽目にならないように、自分が代りにやることにするが、その間、子供は楽しく遊んでいる。
もう一人のお父さんは、子供が暫らくの間遊びを止めなくてはならなくても、子供自身が宿題をするように一緒に座って手伝ってあげることにする。
 最初のお父さんは、息子が嫌いな作業をしてあげているので機嫌を取ってはいるが、宿題は子供に課された状況であり、その子の学習に必要なものなので援助をしてはいない。
この父親は、息子が怠惰で依存的で我儘になり、どんな状況でも自分の問題を解決してくれる人を求めるようになることに加担してしまっているのだ。
 二番目のお父さんは自分の姿勢によって、遊びを中断したくない息子が怒る可能性を冒しているので機嫌を取ってはいない。
だが、子供が学んで自己責任を受容することに寄与しているので、子供を援助していることになる。

ギリェム: それなら愛する人を喜ばすのは、いけないことなのでしょうか。

イザヤ: いつも悪いとは限らない。自分自身の自由を犠牲にしてしまう場合と、相手が独力で超えねばならない試練の肩代りをして魂の停滞に加担してしまう場合が良くないのだ。

ギリェム: 自尊心についてに戻りますが、自尊の段階を超えた魂は、どんな進歩を遂げたことになるのですか?

イザヤ:
・ 魂はもっと自信に満ち、自分の感情を自覚し、幸せに生きるためには気持ちに従って生きねばならないことを認識している。
・ 自分を在りのままに見せることを以前ほど恐れない。そのため、以前より打解け、明るく自然で、自由で感情の防壁が少ない。
・ 自分の内に籠らなくなり、感謝をされなくても気にしなくなる。
・ 他人に、より共感出来るようになる。
・ ご機嫌取りに過大な努力を払わない。つまり、人の思い通りにされることが少なくなり、簡単に言いなりにならないので恨みや怒りを覚えることも減る。
・ 愛しても見返りを期待しなくなる。
・ 心を開いて自分に向けられる他者の愛を感じ取り、心を許して自分の愛を他者に与える。
・ 否定的な状況にあまり影響されなくなり、以前より受容れることが出来る。
・ 肯定的なことをもっと楽しめるようになる。


ギリェム: 自尊から次の尊大(自負心)への移行を決定づけ、両者を別々の段階とするものは何ですか?

イザヤ: 自尊心の強い者は、愛を与え受け取る能力があるのに、傷つくのを恐れるがためにその両方を抑制し、自分の周りに無感情という鎧を作ってしまう。この無感情という鎧が気位なのだ
この鎧をほぼ完全に消滅出来ることが、次の段階への移行となる目印だ。


ギリェム:無条件の愛への道のりの最終工程に到着しつつあるようですね。

イザヤ: 未だそうではないのだ。
魂が自分の抑圧や恐れから充分に解放され、感謝されないなどの否定的な態度を受容出来るようになったとしても、その工程を完全に克服出来たことにはならない。
自尊心を乗越えた魂は、未だ自尊心が進化したもっと巧妙な自我の形態である尊大(自負心)を克服する必要がある。



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ヴィセント ギリェム 「自尊心」(1)

ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

ギリェム: 虚栄の段階を超えた魂は、他にはどんな進歩が出来たことになるのでしょうか。

イザヤ: 虚栄心から充分に解放され、完全に自尊の段階に入った魂が成し遂げた事を大まかに説明しよう。それは、しっかりとした愛の送り手になり、感情を理解出来る魂になったことで達成出来たものだ。
 先ず、正義の概念がもっと進歩している。自尊心に達した人は、外見的なものよりも本物で公正なものに気づいている。
一般的に気位の高い者は、より公平に行動する。不平等になりそうな場合は、自分が得しようとはせず、他者が蒙るであろう損害も考慮して決断する。
 最早、ちやほやされたいとは思わず、真に愛され愛することを求める。
気位の高い者が獲得した見栄っ張りとは反対の資質は、控えめになることであり、目立つことはしようとせずに、公正で寛大であることに満足を覚える。
 自尊心の強い者は、自分が愛する者には寛大である。それ故、人間関係においても注目の的になろうとはしない。
百の表面的な付合いよりも、一つの本物の友情を望むのだ。

 (中略)

ギリェム: 自尊とは何で、どういう顕れ方をするのでしょうか。

イザヤ: 自尊心の強い者の最大の問題は、他者に感謝されなかったり、利己的に振舞われたり、愛して貰えないことを、なかなか受容れられないことだ。
特に、愛情の絆を築いてしまった場合は、そうすることが難しい。
気位の高い者は、自分を愛してくれる者は容易に愛せるのだが、自分を愛してくれない者を愛することが未だ難しい。
 そのため、自分が好きな者を在るがままに認めようとはせず、その美徳にも抵抗があるが、特に欠点は認め難い。
また、自分の考えが間違っているかも知れないと認めるのが、本当に難しい。
 報われない愛、すなわち、どんなに愛しても利己的な態度を改めて貰えない事が我慢出来ない。
両親・兄弟・伴侶・子供など、非常に身近な家族の場合は特にだ。
彼らを変えようと自分が努力して変化を期待するのだが、何も変えられないと絶望し、気落ちして怒ったりする。
 思いやりのあるちょっとした態度を示されると意のままになるのに、操られていたと気づくと激怒し、その人に恨みを抱く。
表面的には自分の行為の代償は求めていないが、感謝されなければ、例えば、相手を助けようと一生懸命やったのにその代りに殴られたりすると、気持ちをどう整理して良いのか未だ分らない。
 そのため、気位の高い者が感謝をされなかったり、失恋したりという目に遭うと、自尊心が次々に形をとって顕れる。
感情を害されたり傷ついたりすると、自分の殻に閉じこもり、人間関係から孤立する。
 そして、怒り・憤り・無気力・意固地・恐れ・罪悪感が目覚める。
自分の奥深い感情を傷付けられるのが怖いので、気持ちを表現するのを恐れ、感情や情緒を隠そうとする傾向がある。
 憐れみの対象になりたくないので、否定的な感情は抑圧し、弱みにつけ込まれ傷つけられるのが嫌なので、他人に弱さを見せようとしない。
一方、見栄っ張りな人たちの嫉妬を買って睨まれたくないので、肯定的な感情も抑制する。
肯定的な感情を抑制し勝ちなことで、彼らは不幸な気持ちになる。
 否定的な感情を抑圧したり隠したりして黙って耐えると、突発的に、激怒・憤り・怒りなどが爆発してしまうが、その後で罪悪感を覚える。
人を信用せず、いかなる問題も自分だけで対処出来ると思い込む態度が、最も他の人たちから孤立させることとなる。

ギリェム: 自尊心が最も有害な形で顕れるとどうなりますか。

イザヤ: 自分には、真に愛されたり愛を受ける価値がないと信じ込んで、愛することも無意味だと思うようになる。これは、自分自身で孤立してしまう態度で、寡黙で無気力、臆病、陰気、憂鬱で怒りっぽく、生きる気力のない人へと変貌させてしまうこともある。
 前に、虚栄心の強い者は愛されてもそれを評価出来ないと言ったが、自尊心の強い者は、愛されることを拒んでしまう。
だから、どちらの理由であろうと、その人たちは欠点のせいで、愛されていても愛されていると感じられないのだ。
 虚栄心の強い者は、愛情を受取るよりも、自分の我欲を満たして貰うことに夢中だからだ。
そして自尊心の強い者は、傷つけられるのを避けようと自分の殻に閉じこもってしまい、どんな愛情ですら受取ろうとはしないからだ。
 それは子供の時から、僅かな注意を引くために、あらゆることをする必要があったためかも知れない。
だから、もっと良いことはないし、在るがままに愛されることもない、と自分を納得させてしまったのかも知れない。
 そしてどうなると思うかね? 自分が何をするかに関係なく、無条件に在るがままに愛してくれるという人が現れると、驚いて自分の内に隠れてしまうのだ。ただ単に信じられないので拒絶してしまうのだ。
「僕を利用しようとせずに、愛してくれるなど信じられない。これはきっと罠に違いない。受入れようと心を開けば、きっとグサッと刺されて、もっと苦しむに違いない。だから心を開く甲斐はない」と思うのだ。
 こうして幸せになるために必要とされるものがあり、それを評価出来るにも関らず、気位が高いとそれを拒んでしまう。そして、苦しみたくないと苦悩し、感情を優先しなかったことで苦しむ。

ギリェム: 自尊心を克服するにはどうしたら良いでしょう。

イザヤ: 虚栄心の場合と同じで、最初の一歩は欠点を自覚することで、その次は態度を是正することだ。
欠点を認識してそれがどのように具現するかの知識を得ただけでは、その出現を防ぐことは出来ないが、認識出来さえすれば、人生で決断を下す際に、自尊心に従った行動を回避する助けにはなる。
 我々が心の命じるままに決断するとしたら、自尊心は徐々に弱くなり、最終的には制覇されるだろう。
自覚すると、自尊心とは何か、自分にどのように顕れるか、何がそれを増長させるのかを深く知ることに繋がる。

 自尊心は、恐れ・不信・自己充足から発展し、孤立や感情の抑制という形態で出現する。
自尊心は、魂の感受性にとっては鎧のようで、難攻不落の城壁の如く魂を取囲み、感情の出入りを妨げる。それ故、この鎧を剥ぎ取る努力をせねばならない。
 気位の高い者が自尊心を克服するために最初にするべきことは、自分には愛される資格はないし本当に愛してくれる人に出会うこともない、という思い込みから自由になることだ。
 真の相思相愛を求める者は、遅かれ早かれそれを見つける。似通った魂はお互いを探し求めるし、出会った時にお互いが分るからだ。
だが、悪いことから身を守ろうとして扉をピッタリ閉じてしまうと、固く閉じ過ぎたがために、善いことも経験出来なくなるので、辛抱強い揺ぎない努力が必要だ。
危害が及ばないように慎重になるのは良いが、感情を放棄しては駄目なのだ。
 忘恩を忘恩で返したり、憎しみを憎しみで、恨みを恨みで返すのも良くない。我々を苦しませることは、他者をも苦しませるからだ。
感受性が発達して苦悩をより良く理解出来た者は、自覚がないままに苦痛を与える者よりも、苦しみを生み出す責任が重い。
 既に言ったが、繰返しておこう。君たちは独りではないのだ。
我々は一人残らず全員が、神や守護霊やその他無数の霊的存在や友人、そして肉体の有無を問わず霊的な家族に深く愛されているのだ。
 しかもそれだけではない。君たちの一人ひとりには、魂の伴侶である双子の魂が存在し、それを介して、純粋な無条件の愛の目覚めを体験する
のだ。ただ、そのことを自覚すれば良いだけなのだ。
 また、自分を傷付けた恩知らずでも、赦すことを学ばねばならない。
気位の高い者は、まだ気付けていない者を理解する力があるので、かつては自分も同じ状態であったと認識すべきなのだ。
 同時に、本当の自分自身になる恐れを手放さなくてはならない。
口では愛していると言いながら、従わせたいだけの人が仕掛けた罠からは自由にならねばならないが、反対の道を選んでもいけない。
つまり、苦しみを恐れて、人間関係で孤立するのも良くない。
 愛して欲しいと望むのは悪くはないが、皆の愛の能力が同じではない、と知っておかねばならない。
報われたいがために、親族だからとか一緒に暮しているからという理由だけで、相手に自分と同じ強さで、愛したり尊重してくれるように要求してはならない。
 愛情がない場合に、もっと責任が重いのはどちらだろう?
愛すことを知らずに愛さない者(虚栄心が強い者)か、それとも愛せるのに欠点のためにそうしない者(自尊心の強い者)だろうか。
 自己の自由意志を放棄してしまうことになるのであれば、他者を喜ばせるために過大な努力をしないことも大切だ。
相手の未だ目覚めていない感情を覚醒出来ると信じて、報われないのに過剰な努力をすると、何れ失望や悲しみ、幻滅や苦々しさ、怒りや無力といった形のつけを払わされる。
 既に言ったが、真の愛は、何の見返りも期待もせずに無条件に与えるもので、お返しする気のない人や全く与えることの出来ない人に、愛を強要出来ないのだ。
                          (続)


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私のゴミ処理法

 拾って来たゴミも自分で出したゴミも、先ず燃えるゴミと燃えないゴミに分けます。
ガラス瓶は蓋を取ってそのまま別にします。
ペットボトルは蓋を取って踏み潰し、体積を小さくします。
空き缶はスチール製とアルミ製に別け、枕木のような硬い木の上で、大きな木槌で叩いて潰します。
 最後に指定袋に入れて公共のゴミ集積場に出します。
(以下の画像はクリックすると拡大して見ることが出来ます)


    ・ 軽トラの荷台に積んだ容器と特大トング
   P8200254.jpg

    ・ 色んなゴミが混ざっています
   P8200256.jpg

    ・ 空缶はこうやって潰します
   P8200258.jpg

    ・ 鯖缶も縦に潰してこのとおり
   P8200259.jpg

    ・ 分別コンテナ
   P8200261.jpg


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オレンジャーの応援メッセージ

 何となく、今朝アップした記事とシンクロしているような・・・。


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
自分の限界に挑む      2014-08ー20
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11912509312.html

 俺はオレンジャー!
あなたは与えられた自分の全ての能力を活し切れているだろうか?
人間に与えられている能力は実は凄く大きいものがある。
君達は自分の意思で行動出来るし、その行動結果をシェアすることも出来る。
目に見えない部分では、その波動をお互いに潜在意識レベルでシェアして人類という全体意識を引上げることも出来るんだ。

 宇宙からは沢山の支援エネルギーが流れ込んでいる。
君達も気付いているだろう。
昔に比べて想いが現実化するスピードが早くなっていることを。
身の回りに起るシンクロニシティの頻度が上っていることを。
君達の意識が今試されているんだ。
この時代にその場所を選んで生れて来ていることをもう一度思い出そう。
偶然じゃないんだ。ここで動かなければ何時動くんだ。

 そろそろ本気で生きないか?
君達の本気が、今の世界を変えて行くから。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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小さくて大きな話

 暫らく硬い話が続いたので今日は一休みです。
東北は未だ梅雨が明けていないようなお天気が続いていますが、植物は大喜びです。

 さて、先週8月15日のことです。この日は年金の振込み日なので、街中へ出掛けて行ってイオンのATMから少し纏まったお金を引出しました。
その1万円札の中に少し裂目のあるお札が1枚、紛れ込んでいました。
幅1ミリ、長さ3ミリ程度の小さな鈎裂きです。
 単に折り目が弱っていて今にも切れそうになっているとか、一部切れていても、合せるとぴったり重なるものは裏から半透明のテープを貼ると、きれいに修復出来ます。
実際、私はそういうお札に当ると直ぐには使わず、丁寧に修復してから使います。
皺くちゃになったお札は分厚い本の中に暫らく挟んで置いて皺を取ることもあります。(だって、レジ係さんが可哀相でしょ)
 ところが、今回はその方法が使えません。隙間を何かで埋めないと裏からテープを貼れないのです。
死蔵するのも嫌だし、ATMに戻すとまた誰かが嫌な思いをします。
数日考えてから、口座を開いている銀行の支店に持って行って事情を話し、新札と交換して貰えないか相談して見ました。
 すると、案ずるより産むが易しで受付の銀行員さん(女性)はニコニコして何も言わず、直ぐに交換してくれました。代りに差出された小さな用紙に、住所、氏名、電話番号を書いただけで手数料はゼロでした。

 まあ、一事が万事、私の周辺ではこの調子です。
以前、道路脇の谷底に転がっていた旧いブラウン管テレビを引っ張り上げて市役所に持って行った時も、ちゃんと引取ってくれました。
あれは、処分に費用が掛るので業者さんは引取らないのです。
 私が何時も通っている道は、何も言わないのにどんどん整備されて、今では街の反対側まで立派な広い舗装道路になっています。
表通りには未だゴミがあるので、車にコンテナと特大のトングを常備して出来るだけ拾っていますが、閑静な住宅街に入るとゴミひとつ落ちていません。
 何だかんだ言っても日本は神の国ですからね。
自分の心に正直に生きていれば、お天道様が護ってくれます。
私は、それを実感しているのです。


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ヴィセント ギリェム 「虚栄心」(2)

ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

 「虚栄心」(1)より続く

イザヤ: 虚栄には様々な段階がある。
虚栄の初期の段階では、我欲は、強欲(自分の持っているものを他者と分ち合いたくない)、貪欲(他者を犠牲にしてもどんどん欲しがる)、羨望(自分が欲しがる物的なものを持つ人を拒絶する)といった、より原始的で物質的な顕れ方をする。

 魂が感情面を認識して進歩した次段階では、物質的な利己心は、霊的なものへと変化する。
この段階での魂は、まだ我欲にしがみついてはいるが、同時に感情も発展させ始めている。まだ愛を与えようとはしないが、愛の存在を認知し、心地良いと分っているので、愛を受取ろうとする。
 強欲が執着(特定の人からの思いやりや愛を他者と共有したくない)に変るのはこの時で、貪欲は独占(皆が自分だけに注目して優しくしてくれるのを望む)に変わる。
一方、羨望はもっと上手く化けて、自分にはないが欲しいと思う美徳を持つ人たちに対する反感へと変わる。


 感受性が強くなって正義の概念はもっと発達するものの、我欲から離れられていないため、損得が絡むと、故意に自分の得になる不公平な行動を取ることが多く、自覚している分だけ余計に罪深いと言える。


ギリェム: 根本的にどのように進歩すれば、虚栄心の段階を克服したと言えるのですか。

イザヤ: 虚栄と自尊とを区別する主な進歩は、魂の愛を目覚めさせることである。
 虚栄心の強い者は一方的に愛を受取るだけだが、自尊心の強い者は、もう愛の送り手となれる魂である。
それは、かなりしっかりと主体的に、本当に愛することが出来る能力を獲得したことを意味する。

ギリェム: 虚栄心の強い者は愛することが出来ない、または愛を体験したことがない、ということですか。

イザヤ: 勿論そうではない。全ての魂は愛することが出来る。
実際、自尊心のレベルに達した魂は、全てがそれ以前に、虚栄心の段階を経ている。
また当然のことながら、一夜にして愛の発信者となったのではなく、愛の炎を灯すか消すかという、感情(愛)の発露とエゴとの葛藤が長く続いた期間があったのだ。
 虚栄心の強い者の炎は弱く、絶えず点いたり消えたりを繰り返す。
感情面で努力する確固たる意志に欠け、利己的な気紛れを満たすことにまだ一生懸命なので、炎を育むことに力を注がないのだ。
 別の言い方をすると、虚栄心の強い者がまだ自分の炎を灯せず活性化出来ずに、他者の火で暖まろうとする一方で、自尊心の強い者は、既に自分の内面に炎を起す方法を発見している。
 また、その火が力強く燃える時に生じる真の愛の片鱗を認識し経験したことがあるので、より鮮明な体験が出来るように、確固たる意志で炎が消えないように努力している。

ギリェム: 魂はどうやって、自分の火を起す方法を学ぶのですか。

イザヤ: 自分自身の体験と、進化した魂たちを手本にして学ぶのだ。
虚栄心の強い魂は、通常、身近に転生した愛の送り手となるもっと進化した魂によって、手ほどきを受ける。
 それは自分の伴侶であったり、父親や母親、息子や娘、兄弟や姉妹などの家族である。
多くの場合、他者が自分に尽すことに慣れ切っている進化の遅い魂は、その時点では与えられていることを自覚出来ずに、もっともっとと要求し...遂には失う羽目になる。

 その時になって失われた愛を懐かしみ、かつての愛を再び味わいたいと願い、愛されていたのに評価出来なかったことを自覚し認識し始める。
この欲求によって、自分をそれほど愛してくれた人たちに対する最初の感情が芽生え、それが以後の転生に持越される。
 つまり、人が愛を与えられるようになるには、最初に愛を受取れなければならない。
要求ばかりしていた魂は以後の転生では、自分より進化の劣った者と身近に共存する体験を課され、過去に他者に求めたのと同じように要求されるであろう。
こうして、他者の利己的な行為の中に自分のエゴを認識し、自分自身と向合うことになるのだ。
 この学習は、愛の受け手または送り手という、主な役割を転生毎に交代しながら、数え切れないほど継続することもある。

送り手として与えれば与えるほど、受け手として受け取れるようになる。
愛の道を歩むのか、それとも我欲の道を続行するかは、魂の意志次第なのだ。


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ヴィセント ギリェム 「虚栄心」(1)

 このテーマを取上げるのは、最近、私が魔龍さん、タラの芽団地さん、hamacho さん等とネット上で格闘し、思い当ることが多いからです。
結論を大雑把に言えば、この三人共、まだまだ虚栄心(エゴ)がいっぱいです。
皆、自分が正しい、一番偉いと思っていることに変りはないようで、他人の自由意志(進化の道筋)に平気で介入して来ます。
 私のことは自分では分りませんが、相当頑固に見えるようです。
しかし、コブラが詐欺師だということは認めましたし、嘘と罠に満ちたこの世で、ある程度の頑固さは必要だと思うのですが・・・。
愛が足りないことは自覚しています。でも着実に進歩しています。
何にしても、これらの経験は、私の霊的進化の為に非常に有益だった、と今思っています。
 この時期にヴィセント ギリェムの『魂の法則』 を読めたのは、守護霊が仕組んだのか分りませんが、真に有難いことです。(最近、PDFでは飽き足らず、本を購入しました。「シルバーバーチの霊訓」と同じくらい価値のある一冊です) 

 
ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

ギリェム: 虚栄心とはどういうもので、どんな顕れ方をするのでしょうか。

イザヤ: 虚栄心は我欲(エゴ)の最も原始的な形態だ。
これは、若い魂と、知的面では充分進歩したにも関わらず、感情面ではまだ初心者の魂に特有なものだ。
 虚栄心の最大の特徴は、自分本位なことだ。
特に自分が必要とすることや基本的欲求を満たすことに熱心で、他者の必要性には殆んど、或いは全くというほど関心を示さない。
多くの場合、他者の自由意志を侵害していることには気づかず、自分の自由意志ばかりを優先しようとする
 見栄っ張りな人は自分が中心であろうとして、他の人たちから注目されることを望む。
愛を殆んど知らないので、真の愛とおだてとの違いが良く分らない。
愛よりも要求が多い。
それ故、人間関係では、愛され愛することよりも、知名度や賞賛や賛美を求め、おだてられたり自分の要望が叶うことを好む
 見栄っ張りな人は常に自分と他者とを比較し、いつも人より上位に立とうとする。
能力や物的面で自分より下だと見なした者を馬鹿にしたり蔑むことが多く、自分にとって有益だと思う人を過剰に賞賛する。
(魔龍さんと、なわさん、デーヴィッド・アイク三者の関係がそう)
 常に自分の利益を優先し、不公平な行動を取ることが多い。
そして、利己的な行為をカモフラージュしようと、しょっちゅう事実を曲げる

感情が未発達なので自分自身に不満を覚えることが多く、孤独になるのを極端に嫌う。
 他者を大いに必要とし、自分の必要性のみならず趣味や気紛れ迄を満たそうと、しばしば相手を操り思い通りにするので、周囲の人を肉体的にも精神的にも隷従させてしまうほどだ。
 しかし、期待する満足感が得られなければ、直ぐにその人間関係に飽きてしまう。
そのため、家庭では伴侶や子供、仕事では部下などの弱者を、自分の影響下から逃れられない所有物のように見なし、蹂躙することがしばしばである。
 自分に値すると思っていた注目が得られない場合には、被害妄想や攻撃、脅しや嘘など、思いつく限りの策を弄し、いかなる手段や代償を払ってでも、注意を引こうとする。  
 この欠点が顕著に顕れると、そのネガティブな息詰まる波動で周りの人びとが消耗してしまうので、虚栄心というものを知らず、どう扱っていいのか分らなければ、長時間我慢出来る人など滅多にいないだろう。
 これが、彼らには知人は多いのに、余り友人が出来ない理由だ。
誰も何もせず自分だけがどれほど頑張っていることか、としょっちゅう自慢するにも関らず、努力が要ることには直ぐに飽きて、他者に責任を負わせようとする。
 私心なく人にさりげなく尽すことは稀で、いつもそれを誇示し、一般的に自分の行為以上の返礼を見返りに求める。
見栄っ張りな人は、善い人になるつもりはなく、そう見せかけようとしている。


ギリェム: それなら、そんな人が余りいないことを願いますよ。

イザヤ: 実のところ、人類の四分の三は未だこの初期の進化段階にあり、君たちの世界の政治家層の一番の欠点が虚栄心なのだ。
尤も、自認出来ること自体がより進歩していることになるので、今話したことが自分に当て嵌まる等と言う人はいないと思うがね。
君たちの惑星がこんな状態なのも、そのせいだ。

ギリェム: そんな風に利己的な人と暮すのは、耐え難いでしょうね。

イザヤ: このような者や、もっと目立たないエゴから、君自身が無関係だとでも思っているのかね?
進化していない人と一線を画そうとして、理解しかねると言い切ること自体に、君自身の我欲がチラついている。
 虚栄心の段階は、その後の自尊心と尊大という段階と共に、完全性への道程において、全ての魂が一つ残らず通過しなくてはならないものだ
これらの段階を超えられた者は、ある時点で自分の欠点に気づき、克服の努力をしたのであり、高次の人の見習うべき手本のお陰で、それを成し遂げることが出来たのだ。
進化した魂たちが自分たちだけで前進して、進歩の遅い同胞を見捨てたとしたら、一体どんな愛を育んでいると言えるのだろうか?

 このように露骨な説明をしてしまうと、大変手厳しく思えるだろう。
しかし私には、誰かを差別したり除外する意図はなく、君たちが虚栄心という我欲の形態を理解し、その知識を自己改善に役立てるよう望んでいるのだ。

ギリェム: この場合は、虚栄心になって顕れる我欲のことですが、魂は自分のエゴをどのように自覚して、克服していくのですか?

イザヤ: 通常は、自分と似たレベルの者の利己的な行為を、身を以って痛感することによる(私が体験したものが当にこれ)
「霊的裁きの法則」(カルマの法則)は、他者の行為を通してであろうと、各人を自分の行為と向合わせ、自己改革のために最大の恩恵が得られるようにする。
 魂は実際に苦しむことで感受性を高め、特に自分と似通った状況を経験した他者の苦悩を、より敏感に感じ取れるようになる。
その者に対して芽生える連帯感は、愛の萌芽なのだ。

ギリェム: 魂は、自分の行為が生み出した苦悩を必ず実体験して、それらの行為が他者に有害であった、と学ばねばならないのですか?

イザヤ: いや、自分の行動が他者に与えた害を自覚出来、自分の過ちや他者の経験から学ぶことが出来れば、理解したことになるので、その必要はない。
 しかしそのためには、感受性や愛が充分に発達していなければならない。
何故なら、愛がある場合にのみ、他者の気持ちを苦悩も含めて、自分のことのように感じられるからだ。
 初歩段階の魂の場合は、自分の利己的な行為を自分自身が味わって苦しんだ方が、速く進歩することが出来る。
一方、愛を育むことが出来れば、自分の過去の体験や他者の体験を理解することで、もっと速く進歩できる
のだ。

ギリェム: 理解によって、虚栄心を克服するにはどうしたら良いのですか。

イザヤ: 最初の一歩は欠点を自覚することで、その次は態度を是正することだ。
自分の欠点を認識したからと言って、それが表面化しないように出来る訳ではない。
自覚し認めるだけではなく、我欲に従った行動を避け、その言いなりにならずに気持ちに従って決断するなら、我欲は次第に力を失い、最終的には克服されるだろう。
自覚すれば、虚栄心がどういうものかを深く認識出来、それがどのように自分に顕れ、何によって増長されるのかを知ることが出来る。

 幸せになるためには周囲の注目の的となるのが重要で、皆から褒め称えられたり、ちやほやされて、喜びや贈り物や注目を山ほど貰うのが良い、と信じることで虚栄心は増大する。
虚栄心は、幸せになるためには、物であろうと人であろうと身の周りの全てのものを所有する必要がある、と自分にも他人にも思い込ませるように現実を変えてしまう傾向となって顕れる。
 虚栄心は、進路にある全てのものを吸い込む掃除機みたいに自分に溜め込みはするが、持っているものを何一つ評価しない。
それは、見たところ世界一素晴らしく、それなしには幸せになれそうにないおもちゃを買ってくれと、地団太踏んで親に要求する子供のようだ。
だが、おもちゃを手に入れると、何分も遊ばず直ぐに飽きて壊してしまう。
 従って、感情を呼覚ます努力をせず、自分の気まぐれを満たすことばかりに夢中でいる限り、彼らは常に不満・空虚・不幸であり、他者から愛されてもそれが分らず評価も出来ない。
自分自身の努力や意志によって成し遂げることでなければ、それを本当に理解して評価することも楽しむことも出来ないが、虚栄心の強い者は、何に対しても殆んど努力をせず、他人が自分のためにしてくれるのを望む。
 目的を持った場合には、外見的・物質的・表面的なものが多く、魂の内面的目標であることは滅多にない。 (私の場合、これは完全にクリアしています)
見栄っ張りな者は、自分で火を起すのが面倒なので、いつも隣人の焚火で暖を取る人に似ている。常に他人に依存し、自分自身では何もしない。
自分で独自の火を起せば、他人に頼って暖まる必要はない。
この火は、霊的次元では愛の炎であり、魂を慰め暖め、進歩して本当に幸せになる力を与える。
                           (続)


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ヴィセント ギリェム 「淫乱と色欲」 

 これを読むと、以前に当ブログで御紹介したオードリー・ヘプバーンが如何に優れた魂であったかが解ります。(天使の魂を持った女優
おそらく、彼女は美しく生れついた女性のあるべきお手本を示すために、地上に降りて来てくれた高貴な魂だったのでしょう。

    ハリウッドスターとして全盛期のオードリー・ヘプバーン
    オードリーヘプバーン
    画像転載元: (http://murakamisagan.web.fc2.com/sakubun/joyu-Audrey.htm

     晩年のオードリー・ヘプバーン
    オードリー
    画像転載元: (http://ameblo.jp/audrey-beautytips/entry-11165991855.html

 ヘプバーンの女優業は年齢と共に減って行き、後半生の殆んどを国連児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げた。ユニセフへの貢献は1954年からで、1988年から1992年にはアフリカ、南米、アジアの恵まれない人々への援助活動に献身している。(Wikipedia)


ヴィセント ギリェム 『魂の法則』  より抜粋
http://www.uv.es/vguillem/Tamashii_no_Housoku.pdf

イザヤ: セックスへの依存は、虚栄心の顕れでも自尊心の顕れでもある。
だが、人がセックスを常習するようになる原因は、それぞれの場合で異なる。
そのため、見栄っ張りな者に特有の淫乱と、自尊心の強い者と尊大な者の特徴である色欲という、二つの表現形態に区別してみよう。

 淫乱とは、セックスの悦びへ過度に傾倒することだ。虚栄心の強い者のセックスへの依存は、他者から認められたいという欲求と関係している。
つまり、セックスを通して人から認められたり、称賛されたり、ちやほやされることを期待しているのだ。
 彼らは、自分自身を満たす手段として性的快楽に溺れるが、他者の欲求を配慮することが殆んどない。
しばしばセックスを利用して人を独占し、意のままにしたり優位に立とうとする。
 感覚が飽和し、飽き飽きしてしまうと、性欲をメンタルに駆り立てる手段として新しい刺激を探す。
それは、パートナーを頻繁に変えることであったり、サディズムとマゾヒズムなどの堕落した性様式に訴えたり、他の人たちをその意に反して乱交に巻き込んだりといったものだ。
 一方、自尊心が強い人のセックスの常習は、愛せる人がいないことを認められないとか、特定の人への愛情を抑圧したり認めようとしないなどの、愛情の空虚感や欲求に起因している。
つまり、自尊心の強い者が本当に必要としているのは、愛され愛すことなのだが、自分の愛情欲を認識せずに抑圧してしまうことが、安全弁のように、セックスへと逃避させてしまうのだ。
 要は、愛の欠如をセックスで補っているのだ。そのために過度の性欲があるが、虚無感は、性的なものではなく感情的なものなので、性関係では満たすことが出来ずに満足出来ない。
そこで、益々セックスを求めるようになる。そうすることで、この空虚感を癒そうとするのだが、上手く行かずに、前述のような堕落した様式に至る場合もある。

ギリェム: 色欲はどう克服するのですか。

イザヤ: 色欲に関しては、セックスによって満たそうとしている内面の虚無感は愛情の欠如によるもので、愛情だけがそれを満たすことが出来ると認めることが、それを克服する唯一の方法だ。

ギリェム: 淫乱はどう克服しますか。

イザヤ: それが虚栄心を反映したものだと認識して、それでは絶対に幸せになれないことに気づくのだ。
残念だが淫乱のケースの大半は、若さや肉体美や性力などの衰えが顕れ、性的魅力を失ったり、体が精神的な性欲に応じられなくなった時に、自然に消滅するのだ。
肉体の衰えにより、自分の取巻き連中は消え、それまでの人生の主要な刺激剤も失われる。
 こうして人は、便宜上の虚しい関係を築きながら、無意味な人生を送ってしまったという、厳しい現実に直面するのだ。
肉体的な魅力だけで寄って来る人たちに囲まれていたが、魅力が失われるや、その人たちは魔法のように消え失せるのだ。
その人の我欲にも関わらず、本当に愛してくれた何人かが残ってくれるかも知れないが、彼らに注意を払ったことなど殆んどなかった筈だ。
 虚栄心を満足させるために使用した外見美という武器が失われてしまうと、真相にずっと近い新たな局面と対峙しなければならない。
そこでは、人を惹き付けるためには、自分の内面から何か美しいものを引き出さねばならないのだ。
 こうして、便宜上の関係と気持ちの通う関係との違いを評価出来るようになり、後者を尊重することを学ぶだろう。

ギリェム: でしたら、美しく魅力的な人たちだけが淫乱なのですか。

イザヤ: そうではないが、その多くが淫乱の深みに陥り易い。
魅力がないその他の見栄っ張りな人たちは、そうしたいと思っても、欲しいものを手に入れる餌としては、肉体的な魅力を利用できないからだ。
 そういう場合は、虚栄心が羨望を呼起し、自分が持たない美貌を獲得したいという叶え難い欲望に駆られ、体重を落したり、整形手術を何度も受けようとする考えに取りつかれ、自分をより魅力的に見せようとする。
肉体的に魅力的なのに、完全な肉体を持とうとする執念に捉われてしまう人は多く、それは「ナルシシズム」または「肉体信仰」と呼ばれる虚栄心の具現形態の一つである。

ギリェム: ナルシシズムまたは「肉体信仰」がどういうものなのか、もう少し広く説明頂けますか。

イザヤ: それは、今言ったように、虚栄心の表現形態の一つであり、自己の肉体美が望み得る最大の価値を持つものとして傑出するものだ。
自分の体で満足出来ずに「完全な肉体」を求めることは、脅迫観念へと変る。
 これは精神的な病気であり、食べることを止めたり、あらゆる種類の痩身サプリ・強壮剤・興奮剤などを摂ったり、自分の命を危険に曝すことさえ厭わず、様々な人工物をインプラントするといった、常軌を逸脱した行動を取る。
 ナルシシズムに感化されてしまった人は、絶対に自分の体で納得しない。時間とエネルギー、意志とお金の全てを、肉体の改善へと費やしてしまう。
肉体自体が自分自身だと思い込んでいるのだが、実際には、物質界で動くために使用する衣服に過ぎない。
 いつかは理想的な肉体を手にして幸せになれるのだ、という偽りの幻想を抱いている。
そして幻想を利用して儲けている、エステ産業や化粧業界や消費主義によって、その信念が益々強まって行く。
 だが、その幻想は我欲が仕掛けた罠に過ぎず、それでは幸福にはなれない。
幸福は、愛を育むことでしか獲得出来ないのだ。そのため、不満はどんどん膨張する。
そして、体内時計が老年へと向って情け容赦なく進んで行くにつれて、あんなにも一生懸命になって得られた成果が、老化という自然現象によって台なしにされて行くように思える。
人生はこうして過ぎて行き、かつては美しかった肉体を完全に去る時が来て、非情にも自然の腐敗プロセスが宣告される。
 魂は霊界に戻ると、今や墓の中で朽ちた自分自身ではなかった肉体を美しくしようと無駄に時間と努力を費やしたことに気づき、魂という永続する本当の自分を改善することには殆んど努力しなかったことに気づく。
しかし、手遅れなことなどない。
魂の命は存続するので、再び生れ変って、着ている肉体を自分だと思い込んで無駄にしてしまった人生でやらなかった事を、もう一度やり直せるのだ。

ギリェム: こういう見方をすると、肉体美は魂の進歩にとっては障害だと言っても良いですね。

イザヤ: 私の話から、美しさはそれ自体がネガティブな特性なのだと思わないで欲しい。
その反対に、魂が進化して行くにつれて内面の美に呼応して、魂が宿る肉体はより完全により美しくなるのだ。
そして実際に、君たちよりも霊的に進化している物質界では、そうなっているのだ。
 しかし、進化の乏しい魂たちが支配する後進的な世界では、確かに諸刃の剣となる。
虚栄の段階から抜け出せない進化の乏しい魂にとっては、肉体的な魅力は虚栄心の奔放を許す武器となり、そのために使用される。
気紛れ・下品・不躾・横柄に振舞っても、自分の肉体美が欲しいものを与えてくれると知っているのだ。
 それは、称賛してくれる者や、ちやほやしてくれる人たちだ。
目も眩む肉体の美しさで欲しいものが手に入るのなら、なぜ善い人になる努力をする必要があろうか?
 
 …こうして何時しか老年になり、自分の唯一の魅力を失い、独り取残されて、自分のモラルの貧しさに失望する。
美しく魅力的な外見を維持することばかりにかまけていて、内面を改善しようと努めたことが一度もなかったからだ。

ギリェム: ナルシシズムはどう克服しますか。

イザヤ: 自分は肉体ではないので、肉体にそれほど煩わされるべきではないと認識するのだ。人が幸せになるためには自分自身を、つまり自分の内面を耕さねばならないのだ。
 肉体美という罠に陥った多くの魂がそのことを知っている。
そのため、自分の体ばかりを眺めて人生をそれ以上浪費したくないので、直ぐ後の転生では有難味の少ない肉体を選ぶのである。
 我欲を克服して人間として改善したいので、美しい肉体を持つことが誘惑の原因となるのであれば、現状では持たない方を選ぶのだ。

ギリェム: それでは自尊心の強い者は「肉体信仰」に陥らない、つまり、自分の体に不満を覚えたり、魅力的で美しくなりたい、と熱烈に願いはしないのですか。

イザヤ: もちろん願いはするが、見栄っ張りな者とは違う要因でそうするのだ。
気位の高い者は、称賛の的となるよりも、愛されることを求めているのだが、もっと美しくなればもっと愛して貰える、と間違って信じ込んでしまうのだ。
 自尊心の強い者がハンサムな場合は、周りの人たちは自分を好きで側にいるのではなく、肉体やその他の魅力に惹かれているからで、飽きたりもっと素敵な人に出会えば簡単に捨てられてしまう、と知ってしまうと失望する。

ギリェム: 僕たちは、本当は魂であって肉体ではないのに、どうして自分の魂を意識せず、身体ばかりを自分と同一視するのでしょうか。

イザヤ: それが君たちの世界が教えることだからだ。魂は存在せず、人とはその体であると教えている。
君たちの快楽主義の世の中では、評価される資質とは物的なもの(肉体美・富・権力)で、内的な資質(感受性・慈悲深さ・謙虚さ・慎み深さ)は軽視されるのだ。

 霊界では、それと全く逆だ。全ての霊的な資質が評価される。
中でも謙虚さは最も評価される資質の一つだが、外的な資質は、魂個有のものではないので、何の価値もない。
外的な資質は、劇の作品が変れば俳優の衣装替えがされるように、ある人生から他の人生で変化するので、状況的な付随物だと考えられている。
 人は、今生では外見的に美しくても、次の転生では醜いかも知れないし、今回は金持ちでも、次回は貧しいかも知れないのだ。
魂は、肉体から離れている間は、その違いが明確に解っていて、霊性の改善の為にこの世にやって来ると知っている。
 しかし肉体に宿ると、身体との一体感や過去の忘却や、転生先の文化の影響などで、霊的に改善する目的意識の低い魂は、自分を完全に肉体と同一視してしまう。
そして、魂が顕現するということには、個人的に経験したことも、他者の経験も頭から否定するのだ。


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ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (9)

「zeraniumのブログ」
特別に選ばれた「選民」などはいない
    2014年8月14日(木)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-9c10.html

Q: 聖書や他の聖典が神のみ言葉だと信じるのは間違いだとのことですが、ではこれらは何なのでしょうか?

A: 旧約聖書は何冊かの本が纏められたものであり、そこにイスラエルの歴史の1部が収められているが、指導者たちの征服欲から行なわれた行為を正当化するために、それが「神の意志」であったと思わせるための都合のいい修正が行なわれている。
また平均よりも進化した預言者たちのかなり正しい教えも挟まっているが、それらは既に信仰が狂信的に操作されていることについて警告している。

 すべてが偽りだとは言っていない。だから私は引用しているのだ。
イエスが説教に喩えを多く用いたのは偶然ではなかった。
そうすることで、教会に不都合な多くの部分が、改竄されてしまうことを避けることが出来た。
それは人々には譬えの意味がよく理解出来なかったので、教会の検閲に引っ掛からずに済んだのだ。

 よく聞きなさい。
すべての宗教には、神あるいは神の使者の手によるとされる聖典というものがある。
何故なら、そうしなければ自分たちの神聖さを正当化出来ないからなのだ。
 霊的に平均よりも進歩している者や、高次の霊の感化によって書かれた可能性のあるものが多少存在していることは確かだが、実際には、あなた方と変らない同じような人間の手によって書かれたものなのだ。
騙されないための一番良い方法は、著者の名前に惑わされずに内容を吟味することであり、メッセージの質を見ることで作者の霊的レベルが解るだろう。

 また著者は1人だとされているものでも、実際には何人もの手で書かれたものもある。
そうしたものは千年以上に亘って偽造などの改竄が行なわれて来ており、「聖なる仲介者」だと勝手に名乗る者たちの利益となって来た。
 故にある段落は霊的に進化した者によって書かれているが、その次のものは詐欺師の手になるということがあり、偉大な真実のすぐ脇に大嘘が書かれている可能性がある
ゆえに真実は、徹底的に中身を分析しながら、「麦殻」を捨てて「麦粒」だけを集めることで知ることが出来る。

 地球には多くの宗教があるが、魂の「自由意志の法則」を尊重せず、権力者の見解による教義を押し付けることで成り立っている学説や宗教は全て本物とは言えず、神や高次の霊性から与えられたものだとは見なせない。
よってこうした宗教的権威者たちを、真の霊性の指導者とは見なすことは出来ない。
何故なら霊性の指導者は、絶対に力を行使したり操作しようとすることがなく、特定の掟(おきて)を強要することがないからである。

 すべての宗教には高次の存在から閃きを受けて得た真実の一部があるが、その他の多くは地上的な利益に翻弄された者達が付け加えたものだ。

Q: 例を示して下さい。

A: よろしい。
例えば旧約聖書にある十戒はかなり的を得た規律であり、これは霊的に進化した者の教えに忠実である。その十戒の1つに「汝、殺すなかれ」というのがある。
だが同時に旧約聖書の他の部分には、自らを神と称する存在が「約束の地」を征服する為に、イスラエルの民を他民族の攻撃をさせる為に派遣するというくだりがある。
 当然このような戦闘では、人々は互いに争って殺し合う羽目になる。
つまり、もしその記述が本当であれば、神がイスラエルの民に「殺せ」と命じたのだと推測出来る。しかしその場合、この「殺せ」というメッセージは、十戒の「殺すなかれ」と矛盾する。

 この明らかな矛盾した逆説をどう解釈すべきだろうか?
神が矛盾したことを言ったのだろうか? しかしそれでは、桁外れに進化した存在のすることとしてはとても認め難いことだろう。
 そうであれば2つの指示は、それぞれ異なる動機と目的を持った別の者たちに由来する記述だと認める必要があるだろう。
「殺すな」というメッセージと、「殺せ」というメッセージとでは、常識的に見てどちらが霊的に進化したものだと言えるだろうか? 
もし「殺すな」の方が高次の霊性からの教えだと認めるのなら、その反対のものはそれとは同じ源から生じてはいないことが判る。

Q: ではどこから生れたのでしょうか?

A: それは侵略することに興味があった者たちからだ。
しかもそれは現在でも同じことが、同じように繰返されているのだ。
表向きは神を信じるキリスト信者として振舞い、常にスピーチの最後には「神のご加護がありますように」と付け加えながら、自国民を平気で他国への侵略に派遣する指導者が、現在の地球には沢山いるのではないだろうか? 
 それによって何百万人もの死者を出し、何百万もの家庭を何世代にも亘って破壊し続けているのに、聖書の詩編や「神を信じる」とか、「神は我々とともに!」などと言う言葉を、自分たちの行為を正当化する為に利用しているのではないか?

 はっきり言っておこう。
神や高次の霊性を持つ存在たちは、紛争の一方の肩を持って味方することもなければ、いかなる侵略や征服も支持することはない。
もしそうすれば、それは創造主自身が設定した「宇宙の法則」の1つの「愛の法則」を犯す事になる。
 ユダヤ教徒やキリスト教徒の規律に「主の名をみだりに唱えてはならない」というのがあるが、それが当に今挙げた者たちによって犯されていることであり、単なる話の中で「神」の言葉を多用することではない。
彼らは人間という神の子を踏みにじることに神が同意しているかの如く、その名を利用して自分たちの非道な行為を正当化しているのだ。

Q: 神によって選ばれた民というのは、どういうことですか?

A: 神から優先される民族や人間などは存在しない。
神や高次の霊性は、他の者を差別して特定の民族や人種と特別に結びつくことなどはしない。
神はすべての人が自らの進歩成長を推進めるようにと呼びかけるが、それに応えるかどうかも魂の自由であり、「宇宙の法則」に従うことを誰にも強いることはない。

 もし望むなら、それぞれの魂の意志と能力に応じて、個人あるいは集団で、人類の進化の計画において具体的な役割を果す約束をすることが出来る。これが魂の選択である。
 故に「選ばれし者」とは、自分の内面を高次の霊性に開き、「愛の法則」に従った人生を送る約束をした者に過ぎない。
それによって自分を成長させ、未だこの呼び掛けに心を開いていない者たちの手本となることが出来る。

 宇宙霊界との直接的な交信は、実は全ての人々に開かれているものであり、1人1人がそれぞれ神や高次の霊性や自分の指導霊と直接的なつながりを持っていて、それぞれが独自の方法でそれを体験して行く。
 大切なことは誠実に真摯にコンタクトを求めることであり、その動機に魂を成長させたいという目的が必要である。もしそうであれば、それぞれが必要としているものが与えられる。
その経験は欠点を正当化することではなく、愛においての進歩に役立てることである。

 しかし不幸なことに、「アセンデッド・マスター」なるものや、そうした重要な人物だと思われたいという欲望から、自己暗示による経験を本物と思い込んだ結果、他人を騙してしまうような人があなた方の世界には沢山いる。
 また本当の霊的交信を経験したとしても、それをその後の進歩や他者の援助に生かす代りに、自分は優れていると自惚れてしまい、他者から神のように扱われることを要求する者もいる。
自分をどう改善するかを追及するのではなく、他者からの賞賛を求めてしまうのは、虚栄心に由来する欠点である。
これはあなた方の世界ではごく頻繁に見られる現象だ。

Q: 預言者とは何ですか?

A: 預言者とは、宇宙の真実を教え、「愛の法則」に反する行為が何を齎すかをそれぞれの時代の人々に忠告するために、高次の霊界から送られてくる者のことである。
一般的に転生する惑星の霊的レベルよりは進歩している魂であるが、そうでなければ託された使命を遂行することが出来ない。
一般的に、彼らは転生した社会から拒否や拒絶の扱いを受け、虐げられたり罵倒され、馬鹿にされたりする。
 しかしそうした状況において他者を助けることで、自らの愛の力量を試すこととなり、同時に自分自身の進化を進めることが出来る。
つまり、彼らは通常考えられているように、特別で神聖な特権を持つ存在などではないのだ。

 よってその霊的な能力は、数々の輪廻転生のサイクルを通して、自分自身の修行の功績によって獲得されたものに過ぎない。
それは言うなれば、下級生を助ける上級生のようなものであるが、転生の条件は誰もが同じであることから、肉体的な年齢からは彼らを識別することは出来ないという点だけが異なる。
 そしてあなた方も何時の日か、この惑星の住民が充分に成長進歩を遂げる日が来たならば、その魂の中から、進化の遅い他の惑星の人々の世界へ預言者として転生し、その役目を果す者が出て来ることだろう。


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ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (8)

 「ナザレのイエスは実在の人物で、宇宙の基本法である「神の愛」を身を以って説いた。
キリスト教はこのイエスの教えに多くの嘘を混ぜて、民衆支配の道具とした。
聖書は神の真理と人間の作り話の混ぜ物です」
 これが、シルバーバーチとイザヤが共通して伝えたイエスの真実です。
デーヴィッド・アイクとその信奉者がイエスの教えの真価はおろか、その実在さえ否定したのは、彼等の根本的な欠陥だと思います。
(当ブログ 惑星の破滅を救う宇宙の基本法 参照)


「zeraniumのブログ」
キリスト教の誤りは正されなければならない
    2014年8月13日(水)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-288c.html

Q: ナザレのイエスは、神自身の生れ変りだったのですか? それとも神の子だったのですか?

A: ナザレのイエスは、高度に進化した魂が地球へ転生したものだった。
だから神の生れ変りではない。しかも彼は、自身のことを神であると言ったことは1度もない。
 そのように断定したのは、イエスの後にやって来た別の者たちである。彼は、あなた方がそうであるのと同じように真に神の子である。
違いがあるとすれば、彼はそれを自覚していたが、あなた方にはその自覚がないということだけだ。彼はあなた方と同じように、正真正銘の人間だった。

Q: ではイエスも進化するために、輪廻転生のサイクルを経験しなければならなかった、と仄めかしているのですか? 
つまりイエスもかつては、私たちのように全くの未熟者だったという意味ですか?

A: 仄めかしてなどいない。断定しているのだ。
つまりイエスもあなた方殆んどの者たちと同じように、物質的世界での経験を積むことを通して自らを改善しなければならなかった。
そして、自らの意志と個人的な努力によって、地球世界で果すべき任務を遂行出来るだけの、求められた進歩レベルに至ったのである。
 イエスの最大の功績は、地球へ携えて来た愛のメッセージを広めた意志の強さと勇気にある。
彼はそのために、自分が多くの苦悩と死さえも被ることを知っていたが、誰の脅しにも屈することなく、自分の考えを変えることがなかった。

 イエスのように無条件の愛を知っている者は、自らの償いの必要性のためではなく、使命遂行の任務のためにのみ行動する。
魂は進化成長したある段階から、愛だけを動機として行動する。
そのような多くの魂たちが、進歩の遅れている世界への転生を希望し、自分たちの後に続く後輩たちを支援して愛に生きることで、より早く進化しようとする。

 その時遭遇する否定的な状況は、自らのカルマによるものではなく、霊的に劣った世界そのものに本来備わっているものだ。
だが彼らは苦痛も死も怖れてはおらず、そうした苦悩を味わうことを怖れてはいない。
  彼らは高次に進化しているので、死が存在しないことを知っており、肉体的生命は魂のほんの一瞬にしか過ぎないと解っている。
魂はいかなる試練からも学ぶことが出来るので、教えるためだけではなく、学ぶためにもやって来る。
 それは自分の進歩レベルと同等レベルの世界にいるよりも、愛と理解の度量を常に試されることになるので、より早く進化出来るようになる。

 さらに同等レベルの愛に満ちた環境では露呈することもないような自らの欠点が、そうした極限状況によって表面化し、奥深くに隠れた自分のエゴを改善する機会を得られることから、より前進することが出来る。

 イエスは人生のある時点から最後の数年間にかけて、キリストと呼ばれる別の存在と2人で行動した。
断言出来ることは、キリストとイエスが神とは異なる別々の存在であったことだ。
 つまり彼らは2人とも神でもなく神の顕現でもなかったが、イエスがキリストから霊感を与えられ、励まされて任務を完了出来るためには、そうした援助を与えられる必要があった。
しかしイエスは決して、自分の意識や独立性を失うことはなく、自由意志を失うこともなかった。

Q: イエスの本来のメッセージは、後世において多くの書換え、付け加えが行なわれて、本来のものは歪められてしまったそうですが、それをどのように見分ければ良いのですか?

A: ごく単純に、「魂の法則」に反する信念はどれも、イエスの教えたものではないということになる。
イエスはこうした宇宙の法則を熟知していたので、それを聞く耳を持つ者に伝えようとしたのだ。その中の幾つかを挙げよう。

・ すべての人間は人種や性別、宗教に拘らず、同じ本質を持つ存在である。つまり、すべての者が進化途上にある魂であり、その故に兄弟姉妹である。(マタイによる福音12章50節、18章12~14節)

・ 魂の生命は永遠であり、死は存在しない。(マタイによる福音10章28節、3章13節)

・ 地球上の人間の務めは、無条件に愛することを学び、エゴから解放されることだ。魂がどれだけ成長したかの印は、愛の力量だけで量られる。
愛だけが我々を進化させるのであり、自らの内なる神へと近づけるのである。(マタイによる福音5章43~48節)、(ヨハネによる福音15章12節)

・ 霊的成長進歩は、自分自身の努力に掛っている。
人間の肉体的死後の運命は、生きていた時の「愛の法則」に基いた行為、あるいは反した行為によってのみ決定される。(ヨハネによる福音3章21節)、(マタイによる福音18章18節)

・ 各人はそれぞれ神との独自の繋がりがあるので、仲介者に依存して霊界と交信する必要はない。(マルコによる福音11章24~25節)、(ヨハネの第一の手紙5章14節)、(ルカによる福音11章9~13節)

・ 魂の成長進化は唯1度の肉体的転生では成遂げられず、より高度な霊性を獲得する進歩のためには数多くの転生が必要である。(ヨハネによる福音3章3節~13節)

・ 「霊的裁きの法則」あるいは「原因―結果」の「因果応報の法則がある。その意味は、自分が蒔いたものは自分が収穫しなければならないということ。(マタイによる福音7章1~2節、12節)

・ この地球上以外にも人の住む多くの世界があり、その目的はどこも同じである。すなわち、魂の霊性を進化させる学校としての役目である。(ヨハネによる福音4章2節)

Q: 霊的な観点から、イエスの死後に付け加えられた、真実でないキリスト教の信念を挙げて下さい。

A: 挙げれば沢山あるが、中でも霊的な進歩にとって一番悪い影響を及ぼしている最も重要なものを挙げてみよう。

① 宗教的儀式の執行に精神的な何らかの価値があり、死後に天国において特別な賜物の確保に役立つという信念。

② 聖書やその他の聖典が神の御言葉であるという信念。

③ 教会や聖職者が、地上における人と神の仲介者であるとする信念。

④ 自らの悪い行為を清算するためには「告白・告解」が必要であり、司祭から許されることで解消されるとする信念。

⑤ 臨終において悔改めれば、全てが許されるという信念。

⑥ イエスが十字架上で死ぬことで、人類の罪を贖(あがな)ったとする信念。

⑦ 原罪があるとする信念。

⑧ 性を何か罪深いものだとする信念。

⑨ 人生は1度切りであり、唯1度の人生で魂の行く末が永遠に決められるとする信念。
(救われる者は永遠の天国と栄光が約束され、罪人には永遠の地獄と罰が待ち受けるとする信念)

⑩ キリスト教信者だけが救われるとする信念。

⑪ 肉体の蘇りを信じる信念。

 霊性進歩の道には近道などはない。
我々を霊的に進化させる、つまり「救済する」唯一のものとは自己の改善であり、エゴを手放して愛の能力を成長させること以外にはない。
救済には宗教的儀式が不可欠とする信念は、様々な教会の指導者たちが人々の霊性を監督指導し、コントロールするために利用して来たものである。

Q: では宗教に儀式があるのは良くないことなのですか?

A: 人々の霊性を操作したり逸脱させるために、儀式を利用するのは良くないことだ。
儀式など必要ないのに、どうしてその儀式を行ない続けねばならないのか? 
 あなた方の歴史を見ると、儀式や象徴は、メッセージの代りに別に用意された、あるメッセージにすり替えられてしまうことが多い。
その結果、そうした儀式や象徴を盾に取り、結果的に従うべき信仰に悉く反するという大きな過ちを犯すことになる。

 その良い例が十字軍と宗教裁判だ。
それは胸元に大きな十字の印を付けた人々による大量虐殺と殺人であった。
彼らは毎日、聖体を受けており、手に聖書を握って、死の宣告を行なったのだ。隣人に対する愛の教えは一体何処にあるのだろうか?

Q: ですが聖餐式(ミサ)は、イエス自身によって伝えられたのではありませんか?

A: そうではない。
イエスが自分の処刑までもう時間が残されていないと悟り、別れの晩餐に弟子たちを集めたことは本当である。
だが彼は聖体を与えるような儀式だけでなく、その他のいかなる儀式や式典なども確立させようと考えたことはなかった。
 さらに言えば、たとえそれが象徴的なものであろうと、キリストの肉を食べ血を飲むとする行為は、まさにカニバリズム(人肉食習慣)を連想させるものであり、イエスはそうしたものとは何の関係もない。

 こうした儀式には、それ以前からある、他の宗教儀式がキリスト教に取入れられたのである。そのようにしてイエスの使徒たちの名称や十字の印などと共に、後世に導入されたのである。
 十字の印もイエスに由来してはいない。
十字架というものはイエスの時代には、現在の電気椅子と同じように、人を処刑するためだけに用いられていたのだ。

 もしあなた方に正常な判断力があれば、自分の信仰の象徴に十字を使おうと思いつく者は誰もいなかったことがわかるだろう。
イエスが現代に生れて電気椅子で処刑されていたなら、あなた方は電気椅子をペンダントとして胸に下げようとするのだろうか?

Q: こうしたお話はかなりショッキングなものなので、キリスト信者、特にカトリック信者にとってはなかなか受け入れ難いことではないでしょうか。

A: そうだとしても、それが真実なのだ。
霊的な真相に眼を開くように努め、イエスの地上での任務が、人々の霊的な成長と進化の道を示すことであったと思い出すとよいだろう。
 あの時代の宗教組織がして来たことは、多くの迷信と戒律で人々を怖れさせ、聖職者が自らの富と権力を手にするために神の名を利用し、長い間人々の真の霊的成長を阻害して来たのだ。

 複雑な儀式を利用して人々からお金を巻上げ、人々の犠牲の上に裕福な暮しをしていた。
そしてイエスがその事実を曝露したので、彼を殺したのだ。
 当時のユダヤ教会は、イエスの人物像を利用して彼の教えを操作し、人類の霊的な成長を押え込んで生き永らえて来た今日のキリスト教会の姿と、非常に良く似ていたのだ。
もういい加減に目を醒まし、こうしたことはきちんと正されるべきである。


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ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (7)

 男女の愛や結婚について、また、これと切離せないセックスの問題について、これほど真実を語ったスピリチュアルな話は初めてかも知れません。
これに関連して以前から心に引っ掛かっているのがラミーコや魔龍さんのセックス観です。
私にはどうしてもスッキリ心に納まらないものがあるのです。
その正体が少し見えて来ました。


「zeraniumのブログ」
無条件に愛すれば、無条件に愛される
    2014年8月11日(月)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-cdd2.html

『魂の法則』 ヴィセント・ギリェム 著/小坂真理 訳/ナチュラルスピリット 刊(2014/7/2 発行)  より〔抜粋〕

Q: どのような理由から、2人の人がカップルになるのでしょうか?

 まず①愛から、②霊的な成長の必要性から、また③執着からだ。
最初に挙げた2つの場合は、転生する以前に、霊的な判断に従って取決められる。
 3つ目のものは転生後に本人が選んだものであるが、多くの場合、当然それは霊的なものではなく「現世的な」理由によって決められており、すでに述べたように転生以前に交された魂同士の約束が、ここで何度も変更されることになる。

 最初の①のものは、愛情による結びつきと、魂同士の類似性によるものだ。
②の霊的な成長のための結びつきは、互いに学びあう必要性によるものだが、通常、互いの間に前世からの課題が残されていたり、特定の欠点や美徳に互いに取組むことで、霊的に向上する可能性のある魂の間に見られる。
 ③の執着による場合は、外面的な肉体や性的魅力であったり、互いの知的あるいは物質的な目標が似ていたり、物質的な必要性と愛情の欲求、それに一緒になる者同士の便宜的利益や義務などによって結びつく。

Q: どこへ転生するかが霊界で決められるのは理解できますが、2人がカップルになるというような決定は、いつも現世で決められるように思うのですが・・・。

 確かに、最終決定は転生して後に行なわれる。
しかし何十億という人々の中から見ず知らずの2人が出会うというのはどれほどの確率だろうか? 
 その出会いは偶然なのだろうか? つまり、特定の2人が出会うための環境が整い、知り合う機会が成立するためには無数の状況が重なる必要があることが解るだろう。
 そしてこれは、実は霊界からの介入で調整されていることなのだ。
また自分の人生において、ある人が自分の重要な人になると予感できるのは、前世の記憶が呼起す感覚によるものである。

 我々は、魂の双子・ツインソウルを誰もが与えられているが、あなた方の進化レベルの世界では、しばしば転生ごとに異なるパートナーを選ぶのが普通であり、多くの場合、霊的成長のために変える必要があったり、前世での行為の結果として変わることがある。
 つまり、霊的に完全に似ているツインソウルであっても、愛よりも欠点が強く、しかもそれを認識も修正もする気がなければ、一時的に別れてしまうこともある。
人は失って初めて、大切なものに気づくこともある。そうして次には、あまり似てはいないが、自らの欠点を修正するために役立つ人を相手に選ぶことになる。

 あなた方の世界では殆んどの人が、内面的なものを気にかけたりしないので、愛によって結びつくカップルは非常に少ない。
大多数の人々は、物質的あるいは精神的な必要性や便宜性、それに外見や性的魅力などによって一緒になるので、肝心の魂の要求に従って結びつく者はほんの少数である。

 魂が自らのエゴの殆んどを取り除くことの出来た進化した者たちの世界では、もっと自分の心の声に忠実であり、彼らの殆んどの結びつきは愛に基いている。
 それは類似する魂同士が相手を見間違えたりすることがないからであり、物質的欲望がいかに満されようと、互いの愛情ほど幸せを感じられるものはないことを知っているからである。
そうした世界では、私利私欲によって相手を選ぶ者たちはいないし、当然、双子の魂・ツインソウルでないカップルに出会うこともない。

Q: 私たちの今の世界では、1人の人だけをパートナーにするのがもっともいいことだと考えられていますが、あなたのお話によるとそうでもないように思えるのですが・・・。

 本来、愛というものと結婚とは別物である。
ある程度の時間が経過しなければ結婚している夫婦には解らないのだが、あなた方の地上での結婚生活の90%に真の愛は存在していない
だが届出をしているということが理由で、たとえそうでなくてもあなた方は考えを変える気はないように見える。

 自分たちの関係を感情に基いて選ぶようになれば、進化した世界の人々のように、あなた方の関係も永続的なものとなるだろう。
ただその世界で互いを結びつけているものは、義務などではなく、愛情なのである。
人は誰にも、相手を選ぶ自由と同じく、自分で決意するなら別れる自由もあり、自分の決めるそうしたことについて誰にも言い訳をする必要がない。

 はっきりさせておきたいことは、2人を結びつけるものは相互の愛であるが、常にそれぞれが個人の自由を完全に持っているということだ。
それがたとえ司祭や神主の前であれ、宗教的遺物と花で装飾された祭壇の前であれ、サインした契約書などで結び付けられることはない。
 2人を結びつけるものはそのような契約や儀式の神ではなく、それらはあなた方が作り上げた法律や習慣であり、あなた方自身がそれを継続してそうしているに過ぎない。

 神が本当に与えてくれたものは、愛する能力と、愛を体験して幸せになるための双子の魂・ツインソウルであり、自らの運命を自分で決定できる自由である。
 しかしあなた方の世界では確かに、愛情で結びつくほんのわずかな夫婦であっても、それぞれのエゴは克服されねばならず、エゴによって感情が押さえつけられてはならない。
誰と一緒にいたいか、あるいはいたくないかを選ぶ自由があるのは常に良いことであり、霊界は常に、自由意志の味方である。

 ただ届け出をしたというだけで、何の愛情もない相手と一緒にいることを強制したり、好きであっても何らかの理由で一緒に暮らすことが不可能な人を強要するのは、自由意志の侵害となる。
あなた方は、夫婦になるということを、自由意志の一部を放棄することだと依然として思い込んでいるようであるが、そうではない。
 たとえばあなた方は、結婚したり同棲すると、絶対に果すべき義務であるかのように、相手と性行為を持たねばならないと思っているがそれは違う。
人は嫌であったり望まないのであれば、ただ結婚しているからという理由で性行為を義務づけられたりはしない。

 また単に性行為を理由に相手と一緒になる理由もなければ、どのような状況で一緒になったにせよ、自分にはない気持ちを感じなければならぬ義務もない。
 そしてこれが一番重要なことであるが、そのために罪悪感を覚える必要はない。
感情とは強制されるものではなく、自然に湧き出なければならないものだからだ。
 つまり霊的な観点からは、すべての上に自由意志があり、他のどんなことであれ、あらゆることに勝(まさ)って自由意志があるのだ。
執着を手放さない限り、愛の至福を味わうことは到底できない。
愛における執着とは、鳥にとっての「鳥かご」なのだ。

Q: 愛し合っているからではなく、単なる性行為だけの時間を持つことは、何らかの霊的な法則に背くのでしょうか?

 その人たちが自由に選択したのであれば、問題ではない。
しかし魂は、成長し進歩して行くにつれて性行為の関係以上のものを求めるようになるので、ただの肉体的関係だけで満されることはなく、虚無感を覚えるようになるものだ
 またお互いに性的に惹かれ合ったとしても、魂の類似性がなく内面的な気持が満されないならば、そうした性的関係だけの結びつきは飽きてしまうので長くは続かない。
たとえ続いたとしても、2人の絆(きずな)はとても弱いものなので、不安定な関係故に揉め事が絶えないだろう。

 魂が成長して行くにつれて、性行為という生物的本能の欲求は気持ちを表現するものへと変わっていく。
原始人の性もまた基本的に本能的なものであり、好きでない人と性行為をしても、まだ感情が殆んど発達していなかったことから空虚感を覚えることもなかった筈である。
しかし愛の能力が高く進化した魂であれば、本能を満足させるためだけの性行為には、大きな虚無感を覚える筈である
進化した魂にとっての性行為は、親密な愛情表現なのだ。


 進歩した世界では、一緒になろうと魂を突動かすものは、純粋に内に感じる愛だけであり、それ以外の理由で互いが結びつくことは極めて稀なことである。
 また彼らは洞察力が非常に発達していることから、あなた方の世界によくあるケースのように、外見に惑わされた結果、自分の思っていたような人ではなかったことが分り、騙されたと思ったり失望することもない。

 あなた方地球に住む人々の性の問題は、その殆んどが何の愛情も感じない人との性行為を持つということに由来している。
あなた方が見るのは肉体的な一部分だけであり、性の喜びのもっとも大きいものは、肉体的に非常に魅力的な人と関係を持つことだと思い込んでいる。
 殆んどの人は自らの感情を認識することがなく、ゆえに自分と霊的に似ている人と一緒になることが出来ない。
そのために愛情を持てないことから問題が生じるのだ。
つまり、内的に満されたと感じられないことが問題なのだ。
愛のない性行為を持つことで一番苦しむのは、そうした内的なものを求めている進化した魂なのだ。

 互いの間に愛情がないことが問題なのだと気づいていても、自分の正直な気持ちに従う代りに、また同じような愛のない別の相手と性行為をしてみたり、行為に色々な要素を加えてみたりするが、虚しさは埋まらない。
この虚しさは感情でしか埋められないものなので、それをどれほど物で埋めようとしても不可能なのだ。

 あなた方が誤って、「情熱的」な愛であるとか、「ロマンチック」な愛と呼ぶものは強い肉体的な魅力による関係で、それは花火のように一瞬は強烈だとしても、その後は完全に消え失せてしまう。
 それでそうしたものを何とか継続させようと、豪華なプレゼントやディナー、スィートルームでの一夜などを準備して努力する。
しかしそうしたものも、実際には単に性欲が満されれば無くなってしまうものであり、求めているものは只の性的魅力であるに過ぎない。

 情熱ということに関して言えば、殆んどの場合、それは愛とは何の関係もなく、ただ誰かを所有したいという満されぬ欲求だけであり、まさに我々が執着と呼ぶエゴが現れたものである。
しかし人は物ではないので所有出来ないし、本人は本人以外の誰にも属さない。
愛することと所有したいこと、また愛と執着を混同してはならない。

 ここではっきりさせておこう。
我々は、誰かを愛するように強制することは出来ないのだ。
もし愛が自由でなければ、それはもはや愛ではないのだ。
そして感情も強要することは出来ない。感情は他人の提言や操作、強要、命令にも従わない。
 もしあなたが愛されたいのであれば、何の見返りも期待せず、無条件に愛することである。
そうすればいつか、「原因・結果」の「因果応報の法則」が、あなたが与えたものをもたらすだろう。


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玉蔵さんが改心したのか?

 「ふぐり玉蔵」氏が昨日(8月12日)、びっくりするような記事を書きました。
まさか、本物の宇宙人のメッセージ、「小さな宇宙人アミ」シリーズを取上げるとは・・・。
しかも、私の記事「波動が違う世界=パラレルワールド ではない」(08/10)の内容とシンクロしています。
 hamacho と名乗る、日月神示も神智学も良く知っているくせに肝心要の精神を理解せず、“(信用出来ない観念的な)高次元の真相を知らなければアセンション出来ない”などと戯言(たわごと)を言っている増上慢が次々と繰り出す誰某(だれそれ)が何と言ったとかのコメントを、

“スピリチュアル的には一文の価値もない、どうでも良い内容。
全て、真理とは無縁の嘘、捏造と判断します。読むだけ時間の無駄。”

 と一刀両断に斬り捨て、「ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 」(実質的には「愛の法則」)を積極的に紹介している当ブログの趣旨と同じことをアミが言っています。
玉蔵さんが自分の考えで列挙している小さな親切(ゴミ拾いが抜けていますが)も、私が身魂磨きの一環として日常的に心掛けていることです。
 但し、アミもオレンジャーもそれ以上のレベルを求めています。
玉蔵さんの言うレベルで終ってしまうと、これも一つの罠です。
肝心なところを一言で言えば、人類の自由意志でこの世のソフトウェアを変えることです。(オレンジャーの「アセンションの嘘」を参照)
そして、その試金石となるものが、目の前にある戦争の危機です。
 この観点で各種のメッセージを読めば、即座に嘘が判別出来ます。
 
 
「黄金の金玉を知らないか?」
もどってきたアミを読んでました
   2014/08/12 
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1555.html

 「もどってきたアミ」を読んでました。
さて、ワタスは最初、この本は、さくらももこさんの漫画かと思ってたのですが。
「アミ小さな宇宙人」という本ですね。
ペドゥリートという少年がアミという小さな宇宙人に出会う物語です。
とっても可愛らしくて良い本です。
疎開村にこの本の日本語版の出版に携わった人がいて教えてもらいますた。忘れたころにちょっと読んだりしてます。
今日、たまたまこんなところを読みました。

(本の画像紹介):(http://ecx.images-amazon.com/images/I/3143TV5QEEL._AA160_.jpg

p.274~p.275(文庫本)
 「君たちの世界は今、永遠の破滅寸前だ。
差し当たって、まず第一に優先しなければならないことは、君たちの惑星を救うことだ。
 それが終わったら、今度は子供たちに十分な食べ物が行き渡るようにし、戦争が決して子供たちを脅かすことがないようにする。
そうなった時始めて、存在や宇宙や精神や科学について、深く掘り下げて考えるゆとりが生まれる。

 今の時点では、もっと人間的な世界に作りかえるのには、もうすでに知っていることを実践するだけで十分なんだよ。
このより人間的な世界を手に入れるための戦いに協力しないのは、その理由がいかなるものであれ、たとえ精神的なものであっても、エゴイズムの現れでしかない。つまり、共犯関係にあるということなんだよ。

 君たちの未開世界では、沢山の人たちが、精神性(スピリチュアル、霊性)をただ複雑な頭脳訓練のことだけだと思い込んでいるんだ。
そしてまた、別の人にとっては世の中に背を向け、苦しみの修行をしたり、禁欲したり、身体を浄化したり、祈り続けたり、何かの信仰を持ったり・・・でもただそれだけなんだよ。

 いくらそんなことをしても、もし愛を忘れていたとしたら一文の価値もない。
もし、愛があるなら、それらを無欲な奉仕に変えるべきなんだよ。

今、君たちの世界は絶滅の危機に瀕している。平和と統一のために働くこと以上に価値のある仕事はないんだよ。」

 さて、ワタスもこのブログで、スピリチュアルだとか、引き寄せの法則だとかいろいろ書いてるのですが
でも良く考えればスピリチュアルというのが我良し(われよし)のためのものになってますた。(註:よく自分で気が付いたものです)
自分が幸せになるためだけのスピリチュアルですね。
宇宙人アミさんに言わせれば、そんなスピリチュアルは一文の価値もないと言うことです。


 宇宙人アミさんが言う愛とはたった今も、どんな人でもできる簡単で超単純なことです。(註: 以下は玉蔵さんの例示)

・ 道に迷ってる人を見つけたら案内する。
・ 電車で席をゆずる。
・ 車の割り込みをさせてあげる。
・ さびしい思いをしてそうな友人がいたら電話をしてみる。
・ 疎遠になってる両親に久しぶりに電話をする。
・ 仕事で失敗して落ち込んでる同僚を励ます。
・ 何かを買った時、店員さんに笑顔でありがとうと言う。
・ 空腹の人に食べ物をあげる。
・ 明日、泊る場所がない人を泊めてあげる。

 この本の言葉はなぜか琴線に触れます。どんな人にもある心の中の共通する部分。それに触れるからだと思います。

 ワタスは、この世界はおかしい。この世界の仕組みはなんか変だ。
その感覚にさいなまれてこのブログを始めました。
そして、共感してくれる人が集まってくれて、そんな中、このアミの本を教えてくれる人に出会いました。

 日本には縁ある魂が生まれてきている。それは多くを語らなくても分かる。
共感してくれる方は、みんなどこか縁ある魂なのだと思っています。
みんな何かこの世界を変えようと思って、生まれてきた魂なのかもしれません。

 アミが言うように、たった今この世界は破滅への道、戦争に行くような流れになっています。今は、悪の極まる時期です。

日月神示 地つ巻 第35帖
「日本は国が小さいから一握りに握り潰して喰う積りで攻めて来ているなれど、この小さい国が、喉(のど)につかえて何(どう)にも苦しくて堪忍して呉れと云う様に、とことんの時になったら改心せねばならん事になるのぞ」

 奴らが日本を恐れる理由。
日本には、この愛の心がまだ残ってるからでしょう。
日本にはより多くの縁ある魂が生まれて来ていると思ってます。

 今の時期。アミの言葉が琴線に触れるなら。その心を忘れなければ絶対に間違いがない。
どんなに暗闇が来ても心配することはない。単純で誰でもできることを忘れなければ良い。
暗闇を照らしだす一条の光。そんな風に思っていました。

 本当にありがとうございますた。


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ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (6)

「zeraniumのブログ」
自分の直感と感情が教えてくれる
    2014年8月10日(日)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-41fa.html

『魂の法則』 ヴィセント・ギリェム 著/小坂真理 訳/ナチュラルスピリット 刊(2014/7/2 発行)  より〔抜粋〕

Q: 家族構成や将来のパートナーなどは、転生以前に互いに相談し合って約束されているということですが、その約束は必ず守られるのですか?

 実はあなた方の世界では、絶えず転生以前の約束は破られている。
その原因は通常、本人が自身のエゴに身を委ねる結果、決断の多くが頭で下されることによる。
 あなた方の思考は物質主義に多大に影響されているので、物質的な獲得や快楽主義的な生活を志向するように誘導され、本来決めてきた志(こころざし)や霊的な約束を忘れてしまうからだ。

Q: 魂は転生する前のことを殆んど覚えていないと思うのですが、転生してからそうした約束がどんなものだったかをどうやって知るのですか?

 霊的な直感に従ってみるとよい。人は心で感じたとおりにする時、どの道を選ぶべきかを知っている内面の声に従っているのだ。
そして当初の目的を果して行くにつれてより幸せになり、さらに自信がついて落着き、人生における次の目標が明らかになって来る。
 心の声に耳を貸さないでいると、あなた方は頭脳のみに導かれることになる。
頭脳は感情とは異なり、純粋に物質的な目的に向うよう仕向けるので、その結果、人は虚無感を覚え、自分との折合いがつかず、不満足で自信がなく、人生に意義を見出せなくなる。

 転生前にカップルになる合意をしていた2つの双子の魂が、現世で出会ったとしよう。
魂たちは互いを認識し、両者に愛情が芽生えた。
しかし一方の魂は既にひどくエゴに洗脳されており、今回の出会いでの決定もそのエゴに従ってしまった。
 エゴは頭の中で、物質的に不満足な状況に難癖をつけ、あらゆる方法で感情を無視させようと働く。
「そんなに良い相手とも思えない。第一お金を持っていない。学歴がない。育った環境が違う。カッコよくないし、肉体的な魅力がない。多分家族は反対するだろうし、しかも遠方に住んでいる。それに・・・」

 もし自分の本物の感情を味わうなら、真の幸福の一端を一緒に経験出来る、霊的に似た魂と生きるチャンスが現れたというのに、このようにしてそのチャンスを逃し、自分の気持ちに反した選択をすることで、転生以前にした双子の魂との約束を破ってしまう羽目になる。
 エゴの言いなりになると自分の気持ちに従うことはなく、頭脳による知的で物質的な期待に沿って相手を選ぶだろう。
こうして外面的肉体的にもっと魅力的な人や、もっと構ってくれる人、もっと稼ぎのある別の人を優先した結果、表面的にはもっと刺激的で安楽な生活を送るだろうが、心が満されず感情的には虚しいに違いない。

 しかし代替計画は常に存在する。
ガイド役の霊たちはそれぞれの人の能力と限界を把握しているので、霊的にはそれほど類似していない相手であっても、自分の感情のために努力する気のある別の人と人生をやり直すことが可能だ。(離婚ー再婚)
 一見、その人の選択が幸せへの最短距離から外れた否定的なことに見えるが、しかし自分の好きな時に考えを変える自由もあるわけで、やってみなければ自覚できない体験をすることも自由意志の一部である
 それに、この方法で学ばなければ、別の方法でも学べるし、同じ場所へ行き着く道は様々にあり、選択肢は異なるとしても体験や学びにおいては同じなのだ。

Q: 家族構成、つまり父親、母親、兄弟姉妹はどのように決まるのですか?

 通常は、一緒に生れようとする魂たちがそれぞれの指導霊たちから助言や支援を受けながら、互いの合意のもとに決められる。
そこには贖罪(しょくざい)や使命などの目的があり、転生する魂の進化が目的である。

 たとえば、親、子、兄弟を構成する家族全員が前世では互いに天敵同士であり、憎しみや復讐、恨みに駆られて残酷な危害を加え合った過去を持つ場合がある。
 これらの魂たちは、血縁の中に共に転生することで、生れる愛情を奮い起して、お互いの傷を癒すという目的のもとに一緒に生れ変る。
つまりこのケースでは、前世で互いに傷つけ合って「愛の法則」に反したために、彼らの間に清算すべき負債があったので、家族となることで一種の贖罪が行なわれる。

 使命の場合には、魂は負債の帳尻を清算するために集まる必要はなく、愛し合っているので、より進んだ霊的な目的の遂行のために、援助し合うために一緒に転生する。
そうした目的は、進化の遅れた人たちを支援することと関係しているが、同時に自分たちの霊的向上にも役立つ。

 これらは両極端な2つのケースであるが、それだけではなく実際には、その間には様々なエゴと愛、あるいは贖罪と使命を目的とした家族のケースが無数に混在している。
魂は霊的進化の道程を進んで行くにつれ、支払うべき「借り」が少なくなり、無条件に与えられる愛の力が大きく成長する。

Q: しかし、贖罪が目的の家族関係の場合、憎しみ合う人たちの共存は、暴力や口論などが起きて逆効果にならないでしょうか?

 彼らは、家族として共存することを強要されたわけではない。
自分たちの悪い感情を克服するために、彼らの指導霊たちの提案を受け入れたのだ。
だからあなたが言うような虐待や暴力、緊張や口論が起きるとすれば、こうした魂たちが未だ霊的な悪習を手放さず、自らを改善する気がないから起るのだ。

 通常、家族の全員が互いに仲が悪いわけではなく、たとえば父親と息子の対立、あるいは兄弟間の仲が悪くても、他の家族とは問題ない場合がある。
通常このような家族には、彼らより進化した魂が転生していてあるべき手本を示す。
似たような欠点のある魂が一緒に転生する理由は、まさにお互いが相手を映し出す鏡の役目となるためであり、自分と似た存在と共存する体験から学ぶことが目的である。


 この経験から学ぶべき一番大切なことは、我々はみな兄弟なのだということを知ることである。
そしてこれが当に文字どおりに実現しており、前世で最も憎むべき相手だったのが、次の転生ではあなたの兄弟となるのだ。

 ここで一つはっきりさせておこう。
一部の人だけを愛して、その他を憎んでいるようでは進歩は出来ない。
憎しみを愛に変えない限り、あなた方は前進出来ないのだ。
 ゆえに憎しみの結果行なった行為は償う必要があるが、自分にとって一番苦手で最も借りがある人に償いをするのが理想的であろう。
またエゴが顕れたものが欠点であるが、自分と同じエゴを持つ他人のエゴを認識したり、それを体験してみることも有益である。

 我々は他人のことはよく分るのに、自分のことは気づかない傾向にある。
つまり我々は、特に嫌いな人の欠点には神経を尖らせるが、実は自分も同じであるからこそ他人の中によく見えるということには気づかないのだ。
 他者のエゴのために実際に苦しむことで、自分の中の欠点がどのように自らに響くかを体験し、自覚することが出来るので、それをなくそうと考えるだろう。



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ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 (5)

「zeraniumのブログ」
私たちは「執着」を「愛」と間違えて教えられてきた
      2014年8月9日(土)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-3935.html

『魂の法則』 ヴィセント・ギリェム 著/小坂真理 訳/ナチュラルスピリット 刊(2014/7/2 発行)  より〔抜粋〕

Q: エゴが顕れる感情にはどんなものがあるのか、それについて話してください。

 エゴにはより原始的なものAと、それが元になって生じているものBとの二通りがある。

   A: 強欲・貪欲・好色・憎悪・攻撃性・羨望
   B: 執着・独占・嫉妬・恨み・無力感・情欲・罪悪感・怖れ・悲しみ

 強欲とは、物質的財産を蓄えることを過度に熱望することである。
欲張りな人は、物質的に与えられるものをどんなに沢山持っていても、自分のものだと思っているものを他者と分ち合うことを拒否する。
 その結果、物質的な強欲は霊的な強欲、つまり執着へと変化する。
霊的な強欲とは執着であり、不当に自分の所有物だと考えている人たち、たとえば子どもやパートナーなどと愛情を分ち合うのが難しい。

 執着に苦しむ者は、少数の人しか愛さず、その人たちにも同じことを強要する。
そして実は多くの人々が、「愛している」と思い込んでいるがそれは誤りであり、相手を強く愛しているがゆえに苦しいと言うのだが、実際には愛着による執着によって苦しんでいるのだ。
魂が進歩すると初めて、愛と執着との区別ができるようになる。

Q: 愛と執着との違いを説明してください。

 人が愛する場合は、愛する人と自分の自由意志を尊重しようと努めるものだ。
自分がその人と一緒にいられなくても、愛する人が自由で幸せでいられるように尽すだろう。
 それに対し、執着を患(わずら)っている場合は、愛する人のためになることよりも、自分のエゴを満たすことを考える。
その結果、相手の自由意志を侵害する傾向にあり、相手の意に反して自分の近くに置こうとしたり、自分のやりたいことを強要したりし、相手と「自分の競争相手」と見なす他の人との関係を最大限妨害したりする。

 本当に愛する者は、愛する人を所有しようとはせず、愛する人が他の人たちを愛しても不快に思わない。
執着は底をつくかもしれないが、本当の愛、真実の愛は決してなくなることがない。
 より多くの人を愛せるようになって行ったとしても、愛が減るわけではない。
しかし執着は、そうだと思いこむ。他の人たちに与えられる愛は、自分から奪われるものだと思わせる。

 執着を持つ者は、愛情を要求し、それを強要し強制する。
自分がすることの見返りを常に求める。要求して受け取ることだけを考え、自分が与える時は常に利益と引き換えであり、最初に自分が頼んだことをしてくれることが条件だ。
 執着すると、自分の自由意志までも侵害し、したくないことをするように自己を強要する。
真実の愛を感じるものは、無条件に与え、感情を束縛しない。
強要も強制もせず、愛する人に何の見返りも求めず、何の要求もしない。

 たとえば、鳥を愛しているという2人の人がいる。
1人はいつも空調の効いた部屋の中で、金でできた鳥かごの中に鳥を飼っている。
栄養のある餌をやり、きれいな湧水を与え、定期的に獣医へ連れて行く。
もう1人は、ただ餌を持って公園に行くだけであり、鳥が飛んで来ればなでてやり、怪我していて飛べない時は世話をする。

 最初の人は、「自分は本当に鳥たちを愛している。野生であれば得られない快適さを与えているし、そのためにお金も費やしている。でもなぜかすぐ病気になり、どんなに治療にお金をかけても早死にしてしまう。それがとても辛い! どうしたらいいのだろう?」と言う。

 それに対しもう1人は、「私が世話する鳥たちは、私のものではない。彼らは本来の自然の中で生きている。
鳥が私と一緒にいてくれるのは、鳥がそうしたいからなので私は幸せだ。
自由に飛び回り、望むように生きている鳥を見られてうれしい。
 友よ、あなたの鳥は自由でないから悲しみで死んでしまうのだ。
好きに飛べるように鳥かごを開けてやれば、自由になって幸せになるので生き続けるよ」と言う。

 「かごを開ければ飛んで行ってしまい、2度と会えないじゃないか!」、と最初の者は答える。
それに対し2人目は、「逃げたとすれば、それは意に反して捕えられていたからで、そんな隷属した生活がいやだからだよ。
 でも私の鳥たちは、好きな時に来たり去ったりできると知っているから、逃げたりしない。
それどころか私が公園に行くとすぐに寄って来てくれて、私の上に止まるよ」と言う。

 最初の人は、「それが私の望みだ。私は鳥たちに好かれたいんだ」と言う。
すると2人目の人は、「強要すればそうはならない。あなたは彼らが最も願っていることの代りに快適さだけを与えた。
鳥は自由に飛びたいんだ。鳥を本当に愛しているのなら、自由に行かせてあげなさい」と答える。

Q: 執着がどのように他人の意志を侵害するのですか?

  子どもが大きくなって、恋人ができたとか、家から離れて仕事や勉強がしたいなどさまざまな理由で独立を求める際、それをさせずに自分の側に引き留めようとする母親には執着がある。
 執着のある母親は、子どもと一緒にいたいという欲求を押通そうとし、独立して自分の人生を歩みたいという子どもの希望を尊重しない。
もしそれが叶わないと感情的に傷つけられたように思い、「子どもは私を愛していない」などと言い、彼らに罪悪感を抱かせるように仕向けて子どもを側に置こうとする。

 「この仕事、あの専門を学びなさい」と子どもに要求して、もしそうしなければ仕送りをしないとか、相続権を譲らないなどとする父親には執着がある。
 門限は何時だとか、付き合って良い人悪い人を指図する人には執着がある。
これらはすべて「偽りの愛」という執着であり、それは執着する相手を監獄や刑務所へ閉じ込めておくことであり、執着する者はまるでその看守である。

Q: 執着は他人の自由意志を踏みにじるだけでなく、自分自身の自由意志をも侵害するとのことですが、それはどのような場合ですか?

 たとえば先の母親を例にとると、執着する人は、家族以外の人に支援するなど、自分の心が求めることに時間を使いたいと思っても、そうすると子どもや夫の面倒を見られなくなると考えて自制してしまう場合だ。
執着を乗り越えなければ、自分の内面を充足させることに罪悪感を覚えるだろうし、それによってそうすることを自分に禁じてしまうかもしれない。

Q: しかしそれが執着であるという例には驚きます。なぜならそのように家族に尽す人は、一般的に家族を愛する人だと思われていることが多いからです。

 その理由は、執着というものがあなた方の文明社会に深く根付いており、しかも多くの場合、愛と混同されているからである。
ほとんどの人々は、受けて来た教育のために執着心が非常に強くて深く、それを自分の個性の1部として定着させてしまっている。
女性は自分の時間の100%を夫や子どもや仕事に捧げないならば、罪悪感を抱かせられるようになっている。

 家族以外の人に時間を費やすと、味方であるはずの家族からでさえ口うるさく批判され、「自分の家族よりあの人たちの方が大事なの?」とか、「一体なぜそんなことに関わるんだ? お前は家族と一緒にここにいるべきだろ」、「人にどう思われるか」、などと言って罪悪感を抱かせられる。
 男性は、社会の慣習によりこれまで大きな自由を謳歌して来たが、彼らもまた執着の感情から免(まぬが)れているわけではない。
見も知らぬ人に手を貸そうとすると、特にそれが何の得にもならない場合には、他の人の執着によって非難されたりする。

 すでに述べたが、真実の愛はなくなることがないので、愛する対象が段々増えて行っても、それで家族を愛さなくなるわけではない。
しかしそうなると約束も多くなり、時間も取られることになる。
 それが執着を患う者には、前よりも少ししか愛してもらえていないと受け取られるが、実際にはそうではない。
結局、彼らから家族の義務を果さないという罪悪感を弄(もてあそ)ばれるのだ。

 よく観察してみれば、誰かが週に1、2度、2、3時間かけてお金を使い、サッカー観戦やパチンコ、カラオケ、飲み屋などに行くが、それで家族をないがしろにしているという印象を持つ者はいないことがわかる。
 しかしその同じ人が、自分や他の人々に役に立つような内面的な話に行く人に対しては、あらゆる難癖(なんくせ)をつけて罪悪感を与える。
結局これは、分ち合うのが困難という、執着が持つ性質のためである。
執着は愛ではないので、この障害を克服できなければ、あなた方は霊的に停滞してしまうだろう。

Q: 家族は霊的成長の障害となり得るのですか?

 障害となるのは、自分にも成長する気がないだけでなく、他者にも成長させまいとする魂たちの理解のなさである。
彼らは進歩を願う者を、それがたとえ家族のようにつながりのある者であっても、自分の持つあらゆる手段を駆使してそうさせまいとする。
 理解のある家族と暮す者には、家族が霊的な成長を遂げるための支えとなる。
しかし地球世界の人類は執着ということにおいて殆んど成長していないので、真剣に覚醒に取組もうとする者は少数に過ぎない。

 家族には同じレベルの魂がいるが、霊的成長に取組むつもりでいても、彼らが同時に目覚めることは殆んどない。
だがそれをできる人が先陣を切らねばならないのだ。
 キリスト教の影響力を強く受けてきた人々のために言うと、イエスも家族からの執着のためにその無理解を乗越えねばならなかった。
イエスの家族は彼を理解できなかったので、彼が家の義務を果さないと言って常に非難したのだ。
 気が狂っていると言い、罪悪感を感じさせ、ヨセフが亡くなって彼が大家族を養う責任を負うようになってからは特にひどくなった。
だが事実はそうではなく、イエスは母親と兄弟姉妹たちが自立できるまで物質的支援をしたのだ。

Q: 無条件に愛するためには、家族を放棄する必要があるのでしょうか?

 霊的高次元が、家族の放棄を要求することなどあり得ないことである。
なぜなら家族というものはまさに高次元において創られたものであって、家族において最初の感情を刺激する手段のためである。
夫婦間や親子間の愛情は、魂が最初に出会う感情であり、それは生殖本能や子どもへの保護本能から発達したものである。

 ここで唯一伝えたいことは、愛において前進するためには、心を開いて分ち合い、家族という1つの単位の概念を広げ、この世界に存在するすべての霊的存在がその一部であるという考えにまでならねばならないということである。
 もしあなた方が愛する時に、カテゴリーという区分を設けるならば、真の兄弟愛の実現は不可能である。
なぜなら当然、自分の家族が一番先で、次に同じ故郷や国、同じ人種や文化、宗教の者を優先し、それでも残ったものがあれば他者にあげようということになるだろう。

 見返りを期待せずに与えるのではなく、常に何らかの見返りと引換えであることで、エゴがカモフラージュされている。
すべては自分に沢山くれそうな人が第一にリストアップされ、以下はそれに続く。何もくれない人は欄外だ。
こうした利己的な態度は、どれほど会員だけの連帯を正当化しようと頑張っても、基本的に「愛の法則」を侵害するものだ。

 執着は虚栄心の段階に始まり、自負心の段階の最後まで克服されることが難しいものだ。もちろん進歩はあるが、しかしそれは常にゆっくりである。
 虚栄心の強い者の感情はあまり発達していないので、執着心はとても強く、他者の自由意志への配慮がなく、甘やかされたり構われたいという思いや、成長への意志の弱さなどによってそれがより助長される。

Q: では強欲と執着はどう克服するのですか?

 強欲の反対は寛大であるが、強欲に打克つためには、物質的および霊的な寛大さを発展させる必要がある。
強欲と執着は、物質的、霊的な面において、自分が持っているものを他者と分け合うことで乗り越えられる。


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波動が違う世界=パラレルワールド ではない

 当ブログの、高次元では過去・現在・未来が同時に存在するか(08/06)に対し、8月9日早朝、hamacho さんから2件のコメント投稿がありました。一つの原稿を字数制限のために2分割したそうです。
尚、本日10日未明にも3件目の投稿がありましたが、昨日用意したこの記事をアップする時点では未だ読んでいません。

 さて、この中で核心的に重要な見解の相違(というか大きな誤り)が一つ明らかになりました。
尚、文中、私が使った「波動」の用語は、次元、質料、界層、階層、波長、バイブレーション、内分等、様々な表現を一括りにしたものです。

hamachoさん:“私は、「無数の波動が違う世界=無数のパラレルワールド」と考えているのであって、パラレルワールドの中には次元の違う世界だけでなく、過去・現在・未来の世界も当然含まれていると思っております。

私: パラレルワールドは次元の違う世界ではありません。

“パラレルワールドとは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいう。「異世界(異界)」、「魔界」、「四次元世界」などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。”(Wikipedia)

 このウィキぺディアの引用は、当ブログの パラレルワールドという嘘(2014/03/30) の中で既に為されています。
また、「霊性進化の道」さんも同様な認識であったことは明らかです。

“* 霊界の界層(階層)は、全て一つの場に重なり合って存在しています。
これをパラレル世界・多次元世界と呼ぶのであれば、それは正しいと言えます。
しかしニューエイジで言われるパラレル世界とは、そうした意味ではありません。”
ニューエイジ、パラレル世界観の虚構 (08/02)

 ですから私は、“三次元の世界に別の三次元の世界が重なって存在する事は、電気的な反発により物理的に不可能なので(パラレルワールドは)原理的にあり得ません”と言っているのです。
 パラレルワールドとしての過去も未来も三次元ですから、当然何処にも存在する筈がないのです。
シルバーバーチが言うように、この事情は、他の界層でも同じです。波動(次元)が同じなら重なり合うことは出来ません。

 私の考えは旧いと言っていますが、以前、「田舎で深呼吸」さんの「カルマとは観念である」を批判した時も同じように言われました。
これは正しくも使えるし、詐欺師が騙すのにも使える便利な言葉です。
日月神示にも「今までの教えは今までの教え」という言葉が1箇所出て来ますが、その内容は二元性の統一という充分納得出来るものです。
 オレンジャーも同じことを言っています。

(悪を)抱き参らす人の心に、マコトの不動の天国くるぞ。
抱き参らせば悪は悪ならずと申してあろうが。
今までの教えは今までの教え。
(秋の巻 第1帖)

これまで善悪で単純に見えていたものが、一つレイヤー(階層)を挙げてみると、実はそこには善も悪もなく、一つの出来事であったことが解ったりする。
これまでが間違っていたのでも、時代遅れになったのでもない。そういうステージに入っているだけのことだ。
(オレンジャー)
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11897849313.html

 基本的に霊的真理に旧いも新しいもなく、最近の「ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』」にもパラレルワールドは出て来ません。
また、宇宙人オレンジャーは、最近のメッセージの中で、

過去も未来もあなたの思考が生み出すただの幻想に過ぎない
その幻想のために今というリアルを失ってしまうことはとても勿体無いことだ。
もっと今を感じよう。もっと今を生きよう。”
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11905578382.html
 
 と明快に断言しているではないですか。これ以上、何を議論する必要があるというのです。
後、多少気になった細かい点を以下に箇条書きで指摘して置きます。

・ 「信じるものになりなさい」、「新しい葡萄酒は新しい皮袋に」、「月光の巻51帖」、「極めの巻4帖」等。
→ 牽強付会、我田引水の間違った勝手な解釈。

・ (一厘の仕組が)異端視しているのは、「パラレルワールドが存在する」という事、「高次元の霊界(狭い意味では低次元の霊界でも)、過去・現在・未来が同時に存在」する事、「過去や未来にタイムトラベルが可能」である事、現在の行動によって未来が変わり「過去も書換が可能」である事などですが・・・・
→ 「現在の行動によって未来が変わり」は当然正しい。私の過去記事の中で、はっきり書いています。
「未来を変えたければ、現在を変えれば良い」 (http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-564.html
「変えることが出来るのは現在だけで、現在を変えることによって「未来」(実は未だ実現していない現在)が変ります」(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-540.html

・ 神智学の類魂は動物に関するもので人間に関するものではありません。
→ アップ後1日位に気が付いて群魂に修正してあります。

・ 木内鶴彦氏の話で、最近の本の方が(脚色の)偽情報で、2001年の「ムー誌がほぼ正確」ではと思っています。一方のあなたは、本の内容の方が正しい。との事の様ですが、実は本の内容も(多分全く?)信用していない様です。
→ その話は本に書いてあるので、当然、本の内容を正しいなどとは思っていません。 
 
・ 般若心経の「色即是空 空即是色」
→ 神智学の天地創造そのままです。空がコイロンであり、色がコイロンの中に想念で出来た“泡”の集まりである質料です。

メンタル界でちょっとでも物を思うと、またアストラル界でちょっとでも欲を出すと、すぐに波動が起き、それがどんな微かな波動であろうと、メンタル質料とアストラル質料はただちにそれに感応して種々様々な形を取り、やがてそれが想念形態に結晶するという生き物のような、奇妙な特徴をメンタル質料とアストラル質料に与えているのは第二ロゴスのこの入魂する生命なのである”(神智学大要 1 エーテル体 序論 第一章)

・ ゲリーボーネル
 
 試みに、なわさんのHPでこの名前を検索して見ると、唯一件、次のような記述があるだけでした。(http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki080205.html

“ デーヴィッド・アイクによれば、「神」や「救世主」が語りかける形での「心霊交信」による情報も、大半は特定の周波数で人工的に流されているものだ、ということです。
私も、アイクのこの説は正しいと思っています。
 ちなみに、このような手法で巧妙に眩惑されている著名な人物をピックアップしますと、以下の3人を挙げることができます。”

  ① ゲリー・ボーネル(『光の12日間』の著者)
  ② ニール・ドナルド ウォルシュ(『神との対話』の著者)
  ③ ジュセリーノ 

午後3時頃、追記:
・ ファルス、ゲリー・ボーネル、コンノケンイチの著書からの引用

 スピリチュアル的には一文の価値もない、どうでも良い内容。
全て、真理とは無縁の嘘、捏造と判断します。読むだけ時間の無駄。


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理研・笹井氏自殺の理由 異説

 飯山氏は、STAP現象=植物性乳酸菌原因説ですね。
それが真実で、且つ小保方さんがこの事実を知らないのなら、検証実験は失敗というオチなのか? ちょっと切ない話だなあ。
 それにしても、この写真に写っている4人の人物は確かに意味深ですね。
3人の科学者の中で、笹井氏だけがノーベル賞を受賞していないことは、魔龍さんが言っているように、秘密結社の意向に逆らった可能性も考えられます。(下記リンク元の最後に関連記事あり)
http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-378.html


「capitarup0123のblog」
深い闇のなかに消えた秘密     2014年08月06日
http://blog.livedoor.jp/capitarup0123/archives/40213361.html

(飯山一郎)より

  この写真が全てを物語っている…
 この写真が全てを物語っている…
 安倍総理が神戸まで足を運び、STAP細胞の作成成功を視察している輝かしい場面だというのに、誰もが固い表情である。
山中ノーベル賞は忌々しげな表情だし、野依ノーベル賞は怒っているような顔つきで、笹井非ノーベル賞や安倍総理の表情にも喜びや嬉しさの表情は一切ない…。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------

 「この秘密は絶対に漏らすなよ! 墓場まで持ってゆけ!」

 そういう極秘情報がSTAP細胞には最後までつきまとっていた…。
STAP細胞が目の前でちゃんとできるということを確認した!」 と断言したのは理研の丹羽仁史博士だが、笹井芳樹博士も最後までSTAP細胞の実在を否定しなかった。 (記事

 幹細胞の研究と技能では日本の第一人者である笹井芳樹博士や丹羽仁史博士が「STAP細胞の実在」を確信し、確認している。である以上、STAPは確実に実在していた! と、今でも確信しているのは鷲だけではあるまい。
しかし、STAP細胞には、問題や謎や闇の部分が多すぎる。 (記事

 最大の謎は…、
「オレンジジュースみたいな感じの酸性水」、これが何なのか?! である。

 このことは、誰も触れないし、言わないし、質問や疑問すらも厳重に封じられている。
このオレンジジュースの秘密を知っているのは、笹井芳樹博士と丹羽仁史博士である。(記事) (オボちゃんは今もって知らないままだ。)
「オレンジジュースの理研内利権の秘密」を知っているのは、野依ノーベル賞と、笹井非ノーベル賞である。(丹羽博士は今もって知らないままだ。)

 その全ての秘密を一切全く話さぬまま、笹井芳樹博士は墓場まで持っていってしまった…。
それまでは、悩みに悩んだであろう。迷いに迷ったであろう。
人体の生き死にの専門家でもあるドクター笹井が一発で死ねなかったことがソレを物語っている。

 それにしても…、
「県警によると、笹井氏は先端医療センターの研究棟の4~5階の非常階段踊り場の手すりにひも状のものをかけて首をつっていた…」(記事) というのは、不自然だ。
ドアノブにネクタイをかけて首をつって死んだ大臣の「自殺」と同じくらい不自然だ。(誰かが足を引っ張ったのかな?)


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美少女? 男? 惑わされてはいけません

 この画像を見て、最初はみんな女だと思うでしょう。
その後、「男子校の女装グランプリ」というタイトルを見て、「エーッ!」と驚くでしょう。確かに女形は本物より女らしいと言います。
ところが、コメント欄を読むと「なんだ嘘か」とがっかりします。しかし、そのコメントの裏付けはありません。
 さあ、皆さんは一体、どちらが本当だと思いますか?
ここで大抵の人は混乱し、正しい判断が出来なくなります。まんまと詐欺師の術中に嵌ったのです。
こうなったら、もう自分の心に訊くしかありませんね。
 この、たおやかな容姿に眩惑されないように。(笑い)


   男子校の日々 ‏@danshikou_hibi
   男子校の女装グランプリ。勝てる気がしない。。。
   (pic.twitter.com/XWFbRqDuNs)
   美少女? 男?
画像転載元: (https://twitter.com/dansikou_hibi/status/483541546952704000/photo/1

セロタ ‏@sohei7979 ·6月30日
@dansikou_hibi @idea_www 月子ちゃんやんw

いろは168 ‏@pu_168 ·6月30日
@dansikou_hibi ホントにか(゚Д゚)!!

尊皇討奸 ‏@requiemvampire ·7月3日
@dansikou_hibi これならよゆーでぺろぺろ出来るヾ(   )ノ” 

ひよ@SUMMONER ‏@chirsmmm ·25 分
@dansikou_hibi @e_buso これデマですよ?

友好的なe_buso ‏@e_buso ·21 分
@chirsmmm えええ。そうなんですか。
このガッカリ感は一体ナニ・・・

ひよ@SUMMONER ‏@chirsmmm ·18 分
@e_buso
海外サイトで普通に女の子って紹介されてます。
台湾かどこかのコスプレ大会です。


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惑わされないこと

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
まどわされないこと    2014-08ー05
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11905197249.html

 俺はオレンジャー!
地球人にも様々な勢力や個性が存在しているように、宇宙人にも実に様々な種族が存在している。
陽気な存在で知られているプレアデスの中にも邪悪なものが存在しているし、逆にオリオンのような好戦的な種族の中にも愛に溢れている存在が沢山いるんだ。

 君達は、認識をシンプルにする為に、ある塊毎に属性を付けたがる。
ただ、その行為は結局概念化を促進し、真実からどんどん遠ざかってしまう危険な行為なんだ。

 チャネラーが様々な情報をキャッチしているが、その中には悪戯もあるし、君達人類を洗脳しようとするものもあるから、そうした嘘の情報に惑わされてはいけないよ。

 本物は決して君達を誘導したりはしない。
その行為が人類にとって機会を奪うことであり、またもし悪影響を及ぼした場合、その反作用が自分達に返ってくる怖さを良く知っているからだ。
(カルマの法則)

 今考えていること、感じていることは本当にあなたのものか?
誰かの都合で動かされていないか、注意深く観察して欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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過去も未来も幻想

 オレンジャーは私のブログを見ていてくれたのだと思います。
前回の記事をアップした後、絶妙のタイミングでこの記事が出ました。(今、11時45分です)


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
過去と未来に苦しまない     2014-08ー06
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11905578382.html

 俺はオレンジャー!
君達は、今、幸せかい?
何かに悩んだり、苦しんだり、ストレスを貯めて生きていないか?

 あなたの思考が過去にばかり目を向けていると、あなたは過去の記憶に支配されてしまう。
その記憶が辛いものであれば過去の記憶を思い出している今という時間が辛い感情で覆われてしまう。
あなたの思考が未来にばかり目を向けていると、未だ起きていない沢山の心配事であなたの頭は支配されてしまう。

 過去も未来もあなたの思考が生み出すただの幻想に過ぎない。

その幻想のために今というリアルを失ってしまうことはとても勿体無いことだ。
もっと今を感じよう。もっと今を生きよう。
あなたの人生から幻想が消えてきっとこの世の美しさに目覚めることだろう。

 今日はこんなところだ。  じゃ!


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高次元では過去・現在・未来が同時に存在するか

 当ブログの時空観に関して、hamacho さんと名乗る方から多数のコメントが寄せられています。(数えて見ると11件あり、殆んどが長文です)
これまで直接の応答は控えて来ましたが、8/03の投稿では大分、論点が絞られて来たので初めてブログ上でお応えさせて頂きます。
今回のコメントの要点は下記抜粋のとおりで、煎じ詰めれば、この記事のタイトルのようになります。
 
 私の見解は、「高次元で過去・現在・未来が同時に存在しているように見えるのは、アカシックレコードを見ている時だけである」というものです。
高次元では、想念移動の速度と情報処理能力が飛躍的に拡大するので違った時空が存在するように見えるのです。
 時空が意識だというのは、五感全てがそうですが、例えば、波長700nm(ナノメートル)の光を赤いと感じるようなもので、感覚(=意識)に関係なく「波長700nmの光」という実体が存在すると思っています。(時空にも実体があり、=内部意識ではない)
 神智学の六次元ブッディ界層に於ける「久遠の今」という意識情態は、アカシックレコードに意識を向けている時の特別な感覚です。(当ブログ、時間についての再考 (7/24) 参照)
ブッディ界層自体の状態がそうだというわけではありません。
神智学ではアーディ界層(九次元)から物質界層まで、各界層を構成する質料の泡の数によって統一的に説明されており、同じ時空の中に存在していると理解されます。
但し、物質宇宙が占める空間より、霊界が占める空間が圧倒的に広大です。しかし、どちらも同じ空間の中に存在しているのです。

 もうひとつ、類魂に関する問題がありますが、神智学の群魂は動物に関するもので人間に関するものではありません。
人間について言えば、低我3体(メンタル体、アストラル体、肉体)を恰も投資のように低次元に降しては学習と教訓を回収している「高我」がそれに相当します。
 シルバーバーチは、「私はそれを大きなダイヤモンドに譬えています。一つのダイヤモンドには幾つかの面があり、そのうちの幾つかが地上に再生するわけです」と述べています。
 そうすると、「バシャール自身は、このダリル・アンカというチャネラーの来世から来た存在です」というのは、チャネラーが自分自身のハイアーセルフ(高我)と対話している可能性がある、というだけの話で来世とは関係がありません。
ハイアーセルフは未来に存在するのではなく、今現在、この空間に重なって存在しているのです。
 但し、チャネリングの質から見て、バシャールはダリル・アンカのハイアーセルフではなく、ただの低級霊でしょう。

 それから、木内鶴彦氏の話で追記があります。
もし、彼が言うように、幽体離脱した人が誰でも簡単に三次元の過去や未来に干渉出来るのなら、何故そのことが多くの霊界通信に出て来ないのでしょうか?
また、睡眠中は誰でも幽体離脱しているのに、朝、目が覚めたら突然、自分の状況が変っていたりすることが、何故、日常的に起っていないのでしょうか?
 例えば、目が覚めたら宮殿のベッドに寝ていたり、事故で切断した足が生えていたりしないのでしょうか?
もし、別のパラレルワールドではそうなっている、と言うのなら、検証不可能な話です。(信じるに値しない)
だから、柱に痕跡が残っているのが事実なら、hamacho さんも認めておられるように、それは過去、実際にこのタイムラインで行なわれた行為の痕跡なのです。
 hamacho さんが過去の月刊誌「ムー」を半日掛けて調べて判ったように、木内氏の本の内容とは相違している部分があります。(8/01の投稿コメント) 
本の内容の質から見ても、全体的に信用出来ません。

タイムトラベル、パラレルワールドについて

 「三次元の世界に別の三次元の世界が重なって存在することは、電気的な反発により物理的に不可能」ですから原理的に有り得ません。
シルバーバーチの霊訓によると、この事情は他の次元でも同じようです。
(本稿で引用しているシルバーバーチの霊訓は、文言の一部をグーグル検索すると複数出て来ます)

「今そうやって座っておられるイスを皆さんは硬いと感じているでしょうが、それは、そのイスを構成している素材の原子核の回りを回転している電荷と、あなた方の身体の電荷とが同じだというに過ぎません」(シルバーバーチ)

「死ぬと今度は幽体と呼ばれている、より高い周波数で振動している身体で生活を続けます。
その幽体は死後の階層の波長と同じですから、今皆さんが身の回りの環境が硬いと感じているのと同じ原理で、やはり全てが硬くて実感があるように思えるのです」
(シルバーバーチ)

日月神示の三千世界の意味

 シルバーバーチも日月神示も、同じ時空間に無数の波動が違う世界が同時に存在していると言っているのであって、時間が違うパラレルワールドとは無関係です。

「あなた方が幽界と呼んでいるところは霊の世界の中の小さな区域です。
それは低い境涯から高い境涯へと至る無数の段階の一つにすぎません。きっちりと周囲が仕切られて存在するのではありません。
それを”界”と呼んでいるのは、あなた方に理解できる用語を用いるしかないからです」(シルバーバーチ)

「互いに混ざり合っています。空間に充満している無線電信のバイブレーションと同じです。さまざまな波長があり、さまざまなバイブレーションがあります。が、その全てが同時に同じ空間を占めているのです」(シルバーバーチ)

「地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団も、内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様である事を知り得るのである」(ひふみ神示 第十七巻 ジシンの巻 第14帖)


hamacho さんのコメント(8/03の要点抜粋)

・ 「パラレルワールド」が存在するのは事実です。ニュー・エイジの「時間・空間論」(=全ての時間と空間も同時に存在する)も、死後の世界と輪廻転生を卒業した存在(=時間超越の7次元以上の存在?)から見れば事実となる内容です。
魂は永遠の存在で「全ての時間や空間が、共に自分自身の内部に存在する(!!)」という意識だからです。

・ 霊界でも(3次元世界と同様)? 過去→現在→未来」の流れの時間の意識は「低い霊界の時間」で、「過去も現在も未来も同時に存在する」時間の意識は「高い霊界の時間」だと思っていますが・・・・貴殿はどの様にお考えでしょうか(?)・・・・・。

・ あの世での現実も(低次元では)流れる時間→(高次元に行くと)同時に存在する過去・現在・未来の時間へと変化していくと思えます。

・ バシャールと、そのチャネラー(=ダリル・アンカ)との関係は、バシャールがフォーカス35(=6次元)の存在(=向こうの私)で、そのチャネラーは3次元の私(=こちらの私)という事になるかも知れません。
そうすると、「私(バシャール)自身は、このダリル・アンカ(チャネラー)の来世から来た存在です。という内容も正しい内容かも知れません。(多分そうでしょう?)


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プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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