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超短期生れ変りの実例

 地球の人口の多さから見ても、生れ変りの周期が短くなっているようです。
これまでのように悠長な時間を掛けてカルマの清算をしている余裕が無くなっているのでしょう。
下記の一例は終末現象加速の現れと見ます。

 カルマ論的に言えば、この少年は殺された時点で過去のカルマを清算したのであり、直ぐに生れ変って犯人を暴いたのは、殺した側のカルマが残っており、その清算の為だったと考えることも出来ます。
 正しいかどうかは分りません。


連載「イナンナが語る ニビル星人アヌ一族の物語」
3歳児 前世で殺された記憶から犯人発見に至る
      2014年05月26日
http://sonia.thd-web.jp/e20415.html

 ゴラン高原(イスラエル、レバノン、ヨルダンおよびシリアの国境が接する高原)に住む3才の男の子が、前世でどのように死んだか知っていると主張した。
疑う大人達が大勢いたにも拘らず、その加害者を裁判に掛けることを可能にした。

 “Epoch Times”新聞(2014年5月17日)によると、この幼児が言葉を話せる年齢になった時、自分は斧で頭を切りつけられて殺されたと親に語った。 
その話は村の人々にも広がった。
そしてドイツ人の心理セラピストであり退行催眠師でも有名な Trutz Hardo 先生もその話を直接その子から聞かされた。

 その3才の男の子が住むコミュニティーの人々は、この話を深刻に受止め、その子が、前世について他に何を知っているか尋ねた。
するとその子は村の人々を自分が生れた場所に連れて行った。
 そして自分を前世で殺した男を教え、更にはその凶器の斧まで見付けた。
その3歳児は、殺人鬼の名前まで憶えていたので、皆でその男を問質(といただ)したところ、その男は真っ青になった。

 更に凄いことには、その子は前世の自分が白骨化して放置されていた場所まで皆を誘導した。
その骸骨は確かに傷を負っていて、その男の子の身体の同じ場所にアザがあったという。

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テーマ : 不思議な出来事
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MH370便 失踪事件の真相

 マレーシア航空370便失踪事件については、呆れるほど大量の撹乱情報が錯綜しましたが、当ブログでは、以下のヤスさんの記事が最も合理的で正しいと判断します。


「ヤスの備忘録2.0 歴史と予知、哲学のあいだ」
マレーシア航空、370便はどうなったのか?
     2014年5月26日
http://ytaka2011.blog105.fc2.com/blog-entry-330.html

〔部分転載〕
 以下は、マハティール元マレーシア首相が自身のブログに投稿した内容の全文翻訳である。

ボーイングの技術? 上空に昇ったものは降りて来なければならない

1.航空機は一度上空に上がると降りて来なければならない。
航空機は上空を長時間飛行することが出来る。
だが、航空機といえどもいつかは降りて来なければならない。
安全に着陸するか、または墜落するかだ。
 だが、航空機が忽然と姿を消してしまうということはない。
強力なコミュニケーションシステム、無線と衛星によるトラッキングシステム、そして巨大なデータを格納できるフィルム不要のカメラなどを搭載している現代の航空機であればなおさらそうだ。

2.私は、MH370便のコミュニケーション装置とGPSのシグナルが無力化されていたことを書いた。
こうした装置が何も出来ない状態になっていなければ、地上の管制は航空機に呼び掛けることが可能であった筈である。
 また、GPS装置が無力化されていなければ、衛星は全ての商用フライトの位置、フライトナンバー、発進した空港、目的地などの包括的なデータを追跡しているので、MH370の位置を追尾できたはずである。
だが、こうしたデータは入手不可能になっている。すべてのスクリーンから、この航空機は忽然と消えた。

3.MH370の機体はボーイング777である。
これはボーイング社によって組立てられ、整備された機体だ。
機体が搭載しているコミュニケーションやGPSのシステムもボーイングが整備したものだ。
 これらが無力化されていたとすれば、ボーイング社はどうやってこれが可能になるのか知っている筈だ。
勿論ボーイング社は、これらの装置は航空機の安全な飛行にとって最も重要なので、簡単に無力化出来ないように保証していた筈である。

4.私がネットで検索したところ、ボーイング社は2006年に、設定された目的地に自動的に到着出来るように、一度稼働させてしまうとパイロットがコントロール出来なくなるシステムで特許を取得している。

5.ジョン・クロフト氏が2006年12月1日にワシントンDCで書いた「The Flightglobal.com」の記事では、「変更不可能な自動着陸装置の稼働は、パイロットが機体に搭載されたセンサーを通して行なうが、もしテロリストがコックピットをコントロールしようとした場合、CIAのような政府組織による無線や衛星を通して稼働させることが出来る」としている。

6.明らかに、ボーイング社と特定の機関は、商用機の「自動着陸装置」を乗っ取ることが出来る。
MH370便の機体であるボーイング777はそうした航空機のひとつである


7.何物かが航空機の乗っ取る為に、遠方から「自動操縦装置」を稼働させ、MH370便のパイロットが操縦不能に陥ったのではないだろうか。

8.航空機の残骸や燃料の跡を探したり、ブラックボックスの「ピン」信号に聞き耳を立てるのは、時間と金の無駄ではないのか。
明らかにこれは、燃料を使い果たした通常の墜落ではない。
おそらく航空機は、MASマーキングを外され、どこかに存在している。

9.ボーイング社は、この「テロ防止用自動着陸装置」の存在について説明すべきだ。
パイロットが海上にソフトランディングし、そのまま機体を沈めたとは私には思えない。

10.明らかに誰かが何かを隠している。マレーシア航空とマレーシアがすべての責任を負うというのはフェアーではない。

11.何らかの理由で、メディアはボーイング社やCIAに係わる問題を報道したくないようだ。私の読者がこの記事を読んでくれることを望む。

 以上である。

 この情報を掲載した「インターナショナル・ビジネス・タイムス紙」は、記事の紹介の後、興味深い付加情報を掲載している。

 まだMH370便の飛行した方向が全く分らなかった3月11日、米政府の高官が匿名で「MH370便は方向を西に転換し、インド洋に向った」と話したことを明らかにした。
事実、3月14日になるとマレーシア政府はインド洋に飛行したことを明らかにした。なぜこの高官は知っていたのだろうか?

ディエゴ・ガルシア基地への着陸

 「MH370便」は、タイランド湾の上空を飛行中、西に方向転換したことは、タイ空軍やマレーシア空軍のレーダーから明らかになっている。
方向転換は事故ではなく、明らかに何ものかによって意図的に操作された可能性が高いとしている。

 そして、この方角の延長線上には、英国領で米軍の基地として貸与している「ディエゴ・ガルシア基地」がある
ここは、米空軍のB52やB2などの爆撃機の展開基地としてよく知られている。
何者かが何らかの目的で、「MH370便」を「ディエゴ・ガルシア基地」に強制着陸させたのではないかと推理されている。

IBMマレーシア支社のフィリップ・ウッド氏

 もし「MH370便」を「ディエゴ・ガルシア基地」に強制着陸させられたのであれば、マハティール元首相が指摘するように、「自動着陸装置」が外部からコントロールされた可能性は否定出来なくなる。

 ところで、情報の真偽のほどははっきりしないが、興味深い情報を「MH370便」の行方を調査しているジャーナリストが明らかにしている。

 「MH370便」には、IBMマレーシア支社の管理職のフィリップ・ウッド氏という人物が乗っていた。
ある人が、マレーシア航空が行方不明となってから、ウッド氏からの写真が添付されたメールを受信したというのだ。
 写真は真っ暗で何も映っていなかったが、写真に埋め込まれているGPSの位置情報から、これが「ディエゴ・ガルシア基地」から発信されたことが明らかになったという。

 そして以下のようなメッセージがあったという。
「私は航空機がハイジャックされてから、目隠しをされ軍関係者の人質になっている。
私はIBMに勤務しており、ハイジャックされた時に尻に携帯電話を隠した。
 私は他の乗客から引離され、独房に入れられている。
私の名前はフィリップ・ウッドだ。薬物を注入されらしく、はっきりと考えられなくなっている」

 この情報は今ネットを駆巡っているが、真偽のほどは分らない。

裏にある動機

 さて、仮に「MH370便」がハイジャックされ、「ディエゴ・ガルシア基地」に強制着陸されたとしても、その目的は何なのだろうか?
既に第268回のメルマガで解説したので読んだ読者も多いと思うが、「MH370便」には同じIT企業の社員が複数搭乗していた。
メルマガのこの部分だけをブログにも掲載する。

 会社はテキサス州オースティン市に本社がある「フリースケール・セミコンダクター社」だ。
通信機器や車などに組込まれているIT機器のプロセッサーやチップを生産する大手IT企業である。

 因みに「フリースケール・セミコンダクター社」は、世界最大の投資ファンド運用会社、「ブラックストーン・グループ」に2006年に買収されている。
この投資ファンドの実質的なオーナーは、ヤコブ・ロスチャイルドであるとされている


申請中の特許

ところで「フリースケール・セミコンダクター社」は、先端的な軍事技術に関する特許を申請中であったことが分っている。
それは、「ECM」という軍事用レーダーを撹乱する為の装置に使われるチップの特許であった。
「ECM」はいま開発中の先端的な軍事技術である。
 そしてその特許だが、「フリースケール・セミコンダクター社」でチップの開発に従事した技術者によって共有されている。
以下の人々である。

ペイドン・ワン(中国、江蘇省蘇州)
ジージュン・チェン(中国、江蘇省蘇州)
ジーホン・チェン(中国、江蘇省蘇州)
リー・イング(中国、江蘇省蘇州)
フリースケール・セミコンダクター社

 これらの開発エンジニアと「フリースケール・セミコンダクター社」は、新しく開発された「ECM」の特許をそれぞれ20%づつ共有している。

 そして特許の国際的規定では、もし特許の保有者が死亡した場合、生存している残りの特許保有者が特許を獲得することになっている。
これは、もし「MH370便」が墜落し、特許を共有しているこれらの個人がすべて死亡した場合、「フリースケール・セミコンダクター社」が全ての特許を独占的に保有することになる。

 この特許は、「MH370便」が消息を絶った3日後にあたる3月11日に米特許局によって認可された。
特許番号は「US 008671381」で、このサイトで認可された特許が確認できる。

 この特許の文書を読んでみたが、あまりに専門的なので、この分野に詳しい専門家しか分らないような内容だった。
従ってこの特許が、「ECM」の技術に関係するものなのかどうか文書からは確認しようがなかった。
だが、特許が申請されており、それが認可されていたことははっきりした。
 これと「MH370便」の「ディエゴ・ガルシア基地」への強制着陸がどのような関係にあるのかは分らないが、何らかの動機の一つになっているのではないかと疑われている。


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テーマ : 未解決事件・迷宮入り事件
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拉致問題、全面解決へ

参考記事: 水面下で進む拉致問題解決? (05/26)  


 goo ニュース
北、不明者・遺骨も調査…生存者発見なら帰国へ
   2014年5月29日(木)19:31    YOMIURI ONLINE  
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/world/20140529-567-OYT1T50168.html

 ラヂオプレス(RP)によると、北朝鮮の朝鮮中央放送などは29日夕、「日本人拉致被害者および行方不明者を含む全ての日本人に対する包括的な調査を全面的に行う」と報じた。

 日本人の遺骨、墓地、残留日本人、日本人配偶者についても同時並行して行うという。

 また、特別な権限を付与された「特別調査委員会」を設け、調査および確認状況を随時日本側に伝え、生存者が発見されれば帰国させる方向で協議し、「必要な措置を講じる」とした。

 一方、朝鮮通信(東京)によると、朝鮮中央通信は29日、日朝政府間協議で日本側が、最終的に独自に行っている制裁措置を解除する意向を表明したとし、北朝鮮の特別調査委が調査を開始する時点で、人の往来規制などを解除すると報じた。


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テーマ : 伝えたい事
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STAP論文1本撤回へ

 5月23日の過去記事、小保方さん: 「何ですかそれは」 に書かれていた、“新たな画像の誤りが指摘された問題”がこのような形で決着しました。
結局、若山照彦山梨大学教授が自分の誤りを自分で内部告発し、論文を取下げたいと小保方さんにメールしたので、「それならご勝手に」、ということで撤回が決ったのです。
 理研が捏造とか不正とか言っている小保方論文の撤回に同意したのではありません。


YAHOO! ニュース
<STAP細胞>論文1本撤回へ 小保方氏ら著者11人同意
 毎日新聞   5月29日(木)2時32分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140529-00000011-mai-sctch

 理化学研究所のSTAP細胞論文問題で、2本の論文のうち不正と認定されていない論文について、小保方(おぼかた)晴子・研究ユニットリーダーを含む11人の著者全員が撤回に同意し、英科学誌ネイチャーに撤回を申請したことが28日、理研関係者への取材で分かった。
小保方氏が論文撤回に同意したのは初めて。
一方で、STAP細胞の存在を報告した論文については、理研が撤回を勧告しているが、小保方氏は同意していない。

 1月30日付でネイチャーに掲載されたSTAP細胞論文は2本の構成で、今回撤回される論文はSTAP細胞から作られた幹細胞の性質などを記述したもの。

 小保方氏の代理人の三木秀夫弁護士は28日、この論文について小保方氏を含む3人の責任著者の一人である若山照彦・山梨大教授が理研在籍時に主導したと主張。
 その上で「『若山教授が撤回を希望するなら反対しない』という消極的な同意。撤回理由も明確な説明を受けていない」と述べた。
更に「大切なのはSTAP細胞の存在を報告した論文。(同意した論文は)『主・従』の従に過ぎない」とした。

 三木弁護士や理研関係者によると、撤回は若山教授が今月中旬に呼び掛け、小保方氏は今週、もう一人の責任著者の笹井芳樹・理研発生・再生科学総合研究センター副センター長を通じ「反対はしません」と電子メールで回答し、著者全員の意向が纏ったという。

 撤回される論文は今月21日以降、複数の画像などに疑義があると毎日新聞などが報じ、外部識者による理研の改革委員会が22日に理研に調査を求めた。
 理研は当初「著者が撤回しなければ調査する可能性がある」と説明したが、26日には「著者間で撤回に向けた協議が進んでいる」と調査しない方針を決めた。
 ある専門家は「今回の撤回同意は不正の調査逃れだと思われても仕方がない」と話した。
撤回を呼び掛けた若山氏は、取材に「撤回出来たとしても不正の有無は調査されるべきだ」と話した。【須田桃子、斎藤広子、吉田卓矢】


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テーマ : 伝えたい事
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何だ! そうだったのか。肥満

武田邦彦(中部大学) マスコミが伝えない事実と解説
なぜ、人間は「太る」のか?
http://takedanet.com/2014/05/post_39dd.html

 先日、「肥満の医学」に関する論文を少し読んでいたら、とても面白いものがあった。
単なる医学ではなく、なかなか興味深いものだったので、その一部を紹介したい。

 最初の論文は「人間は本来、太る筈はない」ということが書かれていた。
動物はその動物に最適な体重にする為に、多くのシステムを持っていて、「これ以上、栄養を取る必要が無い」と言うことが判るようになっている。
 だから、特殊な病気になった動物や、人間が無理矢理、餌を与える動物などを別にしたら、「太った動物」というのはいない。
確かに群をなして何千匹で草原を歩いているヌーでも、シマウマでもその体型は殆んど同じである。
目の前に溢れるほどの草(食料)があるのに、痩せたり太ったりしていない!!

 それに対して人間はBMI(肥満指数)で20以下のガリガリの人と、BMIが30以上の太った人がいる。
一体、これはどういう理由なのだろうか? と論文では問うている。
研究の結果、人間も本来は太ることは出来ないが、頭脳が優先して必要も無い栄養を取ることがあるから太るという結論が書いてあった。

 そうなると、人間が太るという要因が二つあることが解る。
一つが「体重を制御する能力が病気で破壊された」という状態で、これは体の病気だ。
もう一つは、体の異常は無いが、頭脳が壊れているという場合だ。

 多細胞動物が誕生して以来、爬虫類まではDNA、つまり遺伝情報の方が優性だったが、哺乳動物になって僅かに頭脳情報が上回るようになり、更に人類は脳が発達した哺乳動物より10倍程度の脳情報がある。
だから、時に遺伝情報(生物としてのまともな情報)を脳情報が抑制することがあり、それが肥満の原因とされていた。

 私の今までの経験などに良く合う。
例えば、健康な時に脂っこい物が美味しいし、不調になると食べたくなくなる。
朝はあまり食欲がないが、栄養を使い切った夕方は何でも美味しい。
お醤油を掛けたい時には血圧が低く、末端の血流が不足している時だ。

 私の食欲制御はまともに行っているように見える。
病気がちだった私も40歳ぐらいから今に至るまで、どんな生活をしても、何を食べても、たらふく食べても、食事を抜いても、いつでも62キロだったことを考えると、体は弱かったが、体重の制御装置は正常だったらしい。
 「肥満防止」とは「心に病を持たず、美味しい物を美味しい、食べたい時には食べる」ということで良いのだろう。

 もう一つは、「これ以上、栄養を取る必要は無い」ということをどこで感知しているかだ。
一つは血中のグリコーゲンのようなもので、これは濃度を検出していると考えられている。
その他にも人間の制御系だから、いろいろ工夫しているに相違ない。

 でも、一つ疑問がある。食べ物を口に入れる時には未だ体はその食べ物の影響を受けていない。
食べてから少なくとも10分ぐらいは胃に入った食べ物の種類などを検知して、食べるのを制限するのにかかるだろう。
そうすると、常に食べ過ぎの危険があるのではないか?

 そう思っていたら、ある論文に「このぐらいで食べるのを止めよう」と感じるのは「血中の栄養」などではなく、「口の中で噛んだ回数」で分泌される物質によるとあった。
そうか!!

 生物界の様々な現象を勉強していると、あたかも複雑な仕組のように見えて、実は単純な判定をしている時がある。
これもその一つで食べるものがある程度一定なら、わざわざ栄養分を測定しなくても「噛む回数」だけで判定が出来る。その方がエネルギーが要らない。

 そうなると、肥満の原因は「食物が柔らかくなったから」とか、「甘い飲料は幾ら飲んでも満腹感がない」からと思えて来た。
近くにいた人が「俺はカレーを飲み込む」と言った。
まさにカレーを飲み込むと幾らでも食べることが出来るのだろう。

 「動物はまれにしか肥満はない」(註: 冬眠前などは別)と言うことを考えると、人間が肥満する原因は、「頭脳優先の食事」と「噛まない食事」にあるようにも思える。大体、私は「朝食を摂ると良いことがある」などとは信じていない。
食欲がない時には食べない。
                     (平成26年5月24日)   武田邦彦


食べるには噛むことぞ、噛むとはかみざぞ、
神に供へてからかむのざぞ、かめばかむほど、神となるぞ、
(ひふみ神示 第十巻 水の巻 第6帖)

腹へったらおせよ。二分は大親(神)に臣民腹八分でよいぞ。
減らんのに食べるでないぞ。
一日一度からやり直せよ。ほんのしばらくでよいぞ。
(ひふみ神示 第十四巻 カゼの巻 第1帖)



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テーマ : 伝えたい事
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カルマが終る時

 カルマの胚種(スカンドハ)は肉体とアストラル体の恒久原子、及びメンタル単位の中に貯えられています。
従って、恒久原子(及びメンタル単位)が魂から消滅した時が、真の意味でカルマの役割が終る時です。
 その時を神智学から探ると、魂が上昇進化してコーザル界(上位メンタル界)の上、六次元のブッディ界層以上に達した時と判断されます。
輪廻転生する魂はコーザル界より上には行かず、反転して転生への道を辿るからです。
 前回の記事に登場した、“御用の悪”もカルマの清算を終らないとブッディ界層以上には昇れません。
神智学には“恒久原子を放ち去った方々”について、次のような記述があります。

 主ゴータマ仏陀の諸体(肉体、アストラル体、メンタル体)には、この世界、そして恐らくはこの世界(複数)の連鎖(※)に関与しながら大師の域に達し、その後、その恒久原子を放ち去った方々全部の恒久原子が集められて用いられている。
 (「神智学大要4 コーザル体」 第23章 恒久原子と転生のメカニズム)

※ 「神智学大要5 太陽系」に詳しい。現在の地球連鎖の前は月連鎖。一連鎖は七天体よりなり、各天体は七回の活動期(天体期)を持つので、合計49天体期で一連鎖期となる。

 つまり、人が真にカルマから開放されるのは、大師以上のレベルに達してからになります。
今から11年前に、“カルマの制度は成長に時間が掛かると言うことで廃止になりました。”などと戯言を言った人がいますが、その後もカルマの法則が生きていることは明々白々です。
嘘だと思ったら、試しに誰かを殴ってみなさい。
 神は法則そのものであって、法則が都合で廃止されるなどということは、絶対に有り得ません。


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テーマ : 考察
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進化した「魔導師」の運命

 直近の魔龍氏の記事を読んで疑問が氷解しました。
魔龍氏に降臨したドラゴン魔女は少なくとも低級霊ではありません。
下記引用記事の1.にあるように、五次元メンタル界の最高亜層に達した邪神と思われます。
この域に達した邪神は、自分が間違った道を歩んだことを理解しており、そのカルマの清算のために「御用の悪」を務めている存在です。
 邪神は通常、“霊的向上を目指す人々の妨害者としての役割を勤める”ものですが、本例のように、“悪鬼の如く偽を暴く”場合も有り得ると考えます。
それも、“悪の力が亡ぼされる為”であり、「カルマの清算」になるからです。 

 尚、現在、“ドラゴン魔女(魔龍)が、何者かによって封印されてしまっている”というのは、私の背後にいる“怖~いお方”の所為である可能性があり、彼女の御役目が終りつつあることを意味しているのかも知れません。
少し前にも書いた、その“怖~いお方”からの慈愛溢れるメッセージを再掲しておきます。

 此の方悪が可愛いのぢゃ、御苦労ぢゃったぞ、
もう悪の世は済たぞ、悪の御用結構であったぞ。
早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ。

(ひふみ神示 第廿一巻 ソラの巻 第10帖)



引用記事:
1. A・E・パウエル 編著 「神智学大要 4 コーザル体」 第21章 第七天界
 より抜粋

 その数は非常に限られているが、メンタル界層の無形亜層で意識を働かせている人の中には過去に於いて「魔法使い」であった者もいる。
彼等の中には高度の知性が目覚め、それと共に万物一体を知的に認識もしている。
 彼等は今では自分が間違った道を歩んでいたこと、世界が上昇の弧を昇るのを妨げ抑止することが如何に無駄であり不可能であるかが解っている。
彼等は自分が造ったカルマに未だ繋がれているために間違った側、即ち崩壊の側で働かなければならない。
しかし、その働きの動機は変化している。

 今や彼等は、霊的生活を妨げるものと戦うことによって強くなって行かなければならない人々に、その妨害者としての役割を勤めるのである。

 この真理をマリー・コレリは覚知したようで、彼女はこの点をその著書「悪魔の嘆き」の中で扱っている。
同書の悪魔は敗北する度に喜んでいる。 
悪魔たる彼は努めて反対する。
しかし、相手がそれに対抗するほど霊的に成長していることが判ると喜ぶのである。
 
 生命のこの側(悪)のことはヒンズー教プラーナ書でも認識されている。
同書の中には、ある人が高度の知識を得るところまで進化し、やがて自分の過去のカルマを償う為に、ラーヴァナ(※)のような善の敵対者という形で生れ変る
 彼は彼自身の過去のカルマのために、世界中の悪の力(複数)を自分自身の中に糾合しなければならないのである。
そして、それはその悪の力が亡される為なのである。
 他の宗教にも形は変るが同じ考え方がある。

※ インドの神話ラーマーヤナに登場する魔王。


2. なわ・ふみひとの抄録
コナン・ドイル・人類へのスーパーメッセージ
アイヴァン・クック・著 大内 博・訳 講談社 1994年刊
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen43.html
 より抜粋

地球とそれを取り巻く異次元が浄化される  

 すべての存在の局面に光の天使と暗黒の天使が住んでいることを、私はすでに説明しました。
この事実が何を意味するかお解りでしょうか。
 多分、皆さんはこれまでは、すべての暗黒の天使は地獄に落ちてそこに住みつき、一方、光の天使は天界の最も高いところまで引き上げられ、神の右手に座っているといったふうに想像してきたのではないでしょうか。
 これは真実からほど遠い考えで、このために、人間は何世紀もの間、善と悪について誤った考えを抱くという結果になったのです。
知性に溢れた存在達からなるこの二つの軍隊、皆さんがそう呼びたければ、光の天使と暗黒の天使は、共に手を取り合って仕事をし、一緒に進化する存在であり、お互いになくてはならない存在なのです。
 そのことに皆さんを目覚めさせることが、今夜の私の使命です。
この事実をしっかりと把握して初めて、善と悪の性質について明確に理解できるようになるでしょう。
 これまでのところ、人々は、善は常に悪と対決しなければならないものと考えてきました。
これほど間違った考えはありません。
悪は、人間が善と呼ぶ資質ないしは状態を補足する大事なものであり、悪がなければ善は進化することも存在することも出来ません。

 人間が悪と呼ぶものもまた神の一部であり、人間が神と呼んでいる宇宙の知性は、それ自身のなかに善と悪を含んでいるのです。(註: シルバーバーチも同様の考え) 

 現在のところは、善と悪は神の僕として、神の完璧な計画を実現すべく働いているのです。
善悪が人間の僕となることこそ究極のあり方です。  
人間一人一人が自分の物質的な生活、そして個人的な思いに支配された生活よりも高いところに引上げられた時、初めて、生命とは一つの巨大な全体であることが解るでしょう。
その時、生命とは神の包括的な一つの全体であり、善と悪、白と黒にはそれほどの違いがないということが理解されるでしょう。
 これを聞いて、次のような疑問をもつ人がいるかも知れません。
 「もしそれが本当であるとすれば、善に向かおうとする衝動は失われてしまうのではないでしょうか。
正しいことと間違ったことの間に実質的な違いがないというのであれば、この世界を改善したり、人間が自分自身を高めていく必要はなくなってしまうのではないでしょうか。
すべてのものが究極的には正されるのであれば、自分の好きなようにやっていけばよいのではないでしょうか」

上昇への道、下降への道  

  ここで皆さんに思い出して貰いたいのは、星が天空にかかっているのと同じように、人間の魂は生命の永遠の周期の軌道に乗っていて、眠ることのない神の意識に支えられてその軌道を巡り、かつ、その神の意識の中に保持されている、ということです。
 確かに、魂はある程度の自由意思と選択する能力を与えられ、それによって善を受け入れたり悪を拒否したりすることができます。
しかし、人間の魂はいかなる時であれ、崇高なる魂である神との絆を断ち切る力はありません。
そして、神に向って上昇しようとする力が常に働いているのです。
(中略)
 人間の運命とは、究極的に神の許に帰ることによって完成するものなのです。
と同時に、人間が神のような存在になるためには、高みに昇るだけでなく、最も低いところまで落ち、悪の深い縁まで落ち、最も深い地獄の底を通り抜けて、やがて自分の住む場所となる天界に達しなければならない、ということも確かです。
 人がこの深遠な真実を把握すれば、同胞である他の人々を責めることはなくなるでしょう。
なぜなら、人間としての完全な魂の達成という素晴らしい目標によって、心は喜びで満され、その目標に向って、他の人々も自分自身も、善や悪を経験しながら努力しているのだということが解るからです。


3. 一厘の仕組  御用の悪 (4)   再掲
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-12.html

御用の悪

 この世に善と悪があるのは、霊と身、真と偽、美と醜、愛と憎があるのと同じです。
片方だけでは、能(ハタラキ)がなく、従って弥栄しません。
そこに底知れないほどの神の叡智と仕組が存在しているのです。

(神の)光はゝ、真、善、美、愛となり、又そのうらの○、偽、悪、醜、憎となり現はれるぞ。
御用の善となり、御用の悪となる。
悪にくむは外道の善、

(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第41帖)

善のみで善ならず。悪のみで悪ならず。
(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第43帖)

善と悪との動き、心得なされよ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第98帖)

悪なくては生きて行けん。悪は悪でないぞ。外道の悪が悪であるぞ。
(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第16帖)

外道とは上からの光が一度人民界にうつり、人民界の自由の範囲に於ける凸凹にうつり、それが再び霊界にうつる。それが幽界と申してあらう。
その幽界から更に人民界にうつったものが外道の善となり、外道の悪となるのざ。
(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第41帖)

何も彼も存在許されてゐるものは、それだけの用あるからぞ。
近目で見るから、善ぢゃ悪ぢゃと騒ぎ廻るのぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第69帖)

悪あればこそ向上するのであるぞ。悔い改め得て弥栄するのであるぞ。
人間の能(ハタラキ)あるのざぞ。ゝを忘れてはならん。
(ひふみ神示 第二十五巻 白銀の巻 第4帖)

この世の悪も善も皆御用と申してあろが。
身魂相当の御用致してゐるのざぞ、

(ひふみ神示 第九巻 キの巻 第17帖)



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宇宙人から見た核兵器や原発

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
こどもの飲酒運転    2014-05-26
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11861780384.html

 俺はオレンジャー!

 今、君達が扱っている核兵器や原子力発電は、宇宙から見ていると子供が飲酒運転をしているように見えてならない。

 核兵器の本当の恐ろしさを君達は未だ知らない。
核兵器は、その破壊力やその後に訪れる放射能汚染も勿論怖いのだが、それ以上に怖い現象があるんだ。
その現象が起ってしまうと、地域破壊だけではなく地球ごと吹っ飛んでしまう可能性がある。

 これは数量の問題ではなく、共振とか波動の問題に近い
君達の感覚器では認識出来ない領域にまで踏込んで回復不可能な状態にしてしまう可能性があるんだ。

 原子力も全く同じ。
使った廃棄物を処理出来る能力を持たない
のに何故どんどんそういうものを増して行くのか。
将来の科学発展に委ねているということだが、そもそも、その発展には誰が責任を持っているのか。

 宇宙から見ると地球人は恐ろしい人種に見える。
もっと当り前の事を当り前に判断して、自分達の命を大切にして欲しいと心から願っている。
でないと、本当に宇宙のメンバーの仲間入りが出来ないよ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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スターシード ティアランさんからのメッセージ

「目覚め Despertando.me」
「私は宇宙人」の著者ティアランさんからの励ましのメッセージ 
    2014年4月7日

(前文 省略)

 まず宇宙にはたくさんの星があり、それぞれが宇宙連合という愛を基本方針とした連合に属している。
宇宙連合の最終目標は進化をして神(aka: アカシックレコード・クラウドコンピューター・全ての叡智が入った愛のエネルギー)と統合する事である。
 いわゆる神と呼ばれるこの知識の集まりは全てと繋がっていて、情報を流したり、吸収したり個々とエネルギーの交換をしながら、そして拡大しながら存続している。
宇宙連合はそのあまりの素晴らしさを知っているために神に憧れ、神との統合を目指しているのだ。
 しかし、たくさんある星の中でも宇宙連合に属していない星もある、その星はニビル星という。
そこに住む種は愛の送受信機が身体に組み込まれていないという特徴を持っていた。
 彼らの技術力はかなり高く、宇宙船なども作れるレベルなのに愛が無いので、覇権争いなどで星自体が破壊されまくって、自滅に向かっていた。
その破壊っぷりはニビル星の軌道が変わってしまうほどで、どんどんと軌道を外れて変な方向へ暴走していってしまったのだ。
宇宙連合としては、そのような星が宇宙をさ迷っていては迷惑なのだが、だからといって“ニビル星を排除しよう”などとはならない。
 あくまで宇宙連合の基本方針は“愛”なのでニビル星を更正させる方向で話は進められた。
どう更正させるかというと、それはニビル星人に“愛の送受信機”を組み込むしかないという事になった。
 宇宙連合が作った愛の送受信機を搭載した地球人と交配させ、ハイブリッドにするという作戦だ。
そこで崩壊寸前のニビル星が“もう住めない状態”になった頃を見計らって近くに“地球”という、住むのに丁度良い星を漂わせる事にしたのだ。
 その為に地球には自然や食べ物、水、様々な次元など・・・宇宙連合の科学者たちは地球にしばらく滞在し、親のような愛情をかけて完璧な環境を育てて準備しておいた。
 いよいよ住めなくなったニビル星から慌てて宇宙船で抜け出したニビル星人たちはしばらく宇宙船上で過ごしていたものの、永遠に宇宙船で過ごす訳にもいかず、手頃な着地地点を探していた、するとな~んと丁度良い所に星が!!! それが宇宙連合が用意した“地球”だったのだ。
 何も知らないニビル星人(以下:ニビルっち)たちは、地球に着地した。
そこはニビルっちが大好きなビル群とか都会な感じは全く無く、自然がいっぱいあって何だか田舎くさい星だったが、他に行くところもないし仕方なく地球に留まる事にした。
 するとある日、ニビルっちの宇宙船に訪問者が訪れる。
なんと! 地球を用意して育ててきた宇宙連合の科学者の方たちだった。
その時始めて到着した地球は宇宙連合の管轄であるとニビルっちは知る。
 ニビルっちたちは宇宙連合さんの存在自体は前から知っていた。
何だか愛だのワンネスだのダサい事を謳っていて、ニビルっちが持っていない愛の送受信機というのを皆さん搭載しているらしいという事も知っている。
 自分たちには関係ないやと思いつつも、何だか宇宙連合の皆さんに対しては常に劣等感を感じてしまうのであった。
そんな宇宙連合さんたちが来たって事は、きっと自分たちを追い出す為であろうとニビルっちは思ったのだが、予想に反してそういった話ではなかった。
 宇宙連合の科学者さんたちの話というのはなんと・・・地球に住んでもイイよという話だった。
でも、しばらくは地球に住む事は出来るけど、地球の環境が完全にニビルの体質に合うわけではないので純正のニビルっちだと二世代くらいが限界で滅んでしまうとの事。
 地球に半永久的に住むには、宇宙連合が用意したクローンのような技術で作った原始地球人と交配する必要があるという事だ。
そして地球に住む条件として以下の契約条件が交わされる・・・
 宇宙連合が用意した原始地球人には、実は“愛の送受信機”が搭載されているので、ニビルっちが元々持っている技術力と原始地球人の愛をそれぞれ混合して、期限内に宇宙連合の仲間入りができるくらいに、双方の愛と技術両方の水準を高めておく事。
 ニビルっちは宇宙連合に対して対抗意識を持っているが、何となく宇宙連合に対する羨ましさもあるし、嬉し恥ずかしい気持ちを隠しつつ、他に行くところもないので、嫌々ながら原始地球人との交配及び愛と技術力の向上の条件に合意をして、地球に住まわしてもらう事になった。
 条件の中には、宇宙連合は介入しないという項目もあったのでニビルっちたちは地球に住み、原始地球人たちを育て、自由にやって良いという事だった。
しかし、それまで地球を育成し、親として地球を創造してきた宇宙連合の科学者たちは愛の無い暴力的なニビルっちに地球と地球人たちを託すのが実際とても心配であった。
 そんな中、不介入の約束を破って数人の科学者たちが地球人に紛れて地球に残ったのであった。
こうして、地球は3タイプの宇宙人で始まった。

1.宇宙連合の科学者たちが作った宇宙人のクローンのような原始地球人
2.ニビルっち
3.内緒で地球に紛れ込んだ宇宙連合の科学者数人

 そうやって地球は始まるが、ニビルっちはそもそも愛がないので原始地球人を馬鹿にして奴隷にして働かせるという始末になる。
でも純正ニビルっちだと子孫繁栄が二代くらいまでが限界と言われたので、最低限度で原始地球人と交配する事にして、後は奴隷として働かせ自分たちは技術力や知識を活かして王族となった。
 宇宙連合は介入はしないと約束したものの、視察隊を送り込む事はあった。
その一人が、かの有名なイエスキリストである。
キリストは原始地球人が奴隷として働かされている現状を見て驚く、しかも交配は最低限しかされていない、酷すぎるし約束が守られていない。
むしろニビルっちは自らのアイデンティティーである残虐性が愛との交配によって失われないよう、残虐な儀式を密かに秘密の神殿で行なっていた。
 キリストはその秘密の神殿を破壊して抗議した。
その状況を見て自分たちも“殺される~”と恐れたニビルっちたちはキリストを処刑してしまう。
 一方、密かに地球人に紛れて残った宇宙連合の科学者たちは身を隠しながら、古代ヘブライ地方で12支族として着々と子孫を増やしていった。
彼らは元々宇宙連合の技術者でかなりの知識とサイキックなどの能力を持っていたために権力者側から弾圧されるようになる。
 いよいよ弾圧が激しくなるという時に彼らはそれを予知して、約束の地(実は: 日本)へと逃げていった。
この時、12支族の中で2支族が逃げ遅れた。
この2支族は結果的に弾圧され潰され、奴隷や娼婦などにさせられてしまう。(バビロン捕囚)
 でも、この逃げ遅れて潰された2支族も、もとはと言えば宇宙連合の科学者たちの子孫、それ故に大変頭が良かったのです。
弾圧されて辛酸を舐めさせられた彼らは、今度は悪知恵を働かせてお金儲けに走って行く事になる。
 その手掛かりとして、まず村などを襲い略奪した金で貸金業を営み始める。
そして、資金力を増やしていき、やがて諸国の王族などに対して資金を調達できるまでになり、金を条件に支族の身内を王族と婚姻関係にしたりしながら権力層に食い込んでいった。
 やがて彼らは領土を持たないけれども、王族や政治に入っていき、国などを影で支配するようになる。そして自分たちだけが優秀な血統であると謳うユダヤ教を作った。
彼らの最終目標は失われた10支族と合流し12支族で自分たちだけの国を建国する事である。
 この2支族が現在、欧州のユダヤ人(Jews)と呼ばれる人々である。
このように王族となったニビルっちと、元科学者の血を引く、逃げ遅れて潰された後、金融業でのし上がった2支族の子孫たちはどんどん交わっていき、世界の中枢を担う権力を裏で牛耳るようになる。
 自分の国を建国したい2支族、自分の星が欲しいニビルっち・・・それぞれ似たような目標を持ったこの混合体がイスラエルを建国した張本人であり、エルサレムを奪還し、ユダヤの神殿の再建を虎視眈々と目論んでいる人たちなのである。
 放っておけば、この権力によってその他の人類は抹消される運命である。
ここまで来たら宇宙連合との約束なんて知らん。
何だかんだ、いちゃもんをつけて約束なんか破ってしまえと彼らは考えている。
 それで宇宙連合に罰せられる事はない、なんせ“愛”が基本方針の宇宙連合だ。
原始地球人の世話を押し付けといて、期限までに人類の技術の水準を高めろなんて冗談じゃないと主張するつもりでいるのだ。
 ニビルっちの子孫らは知らないがこの“期限”というのは、軌道を外れたニビル星が地球と再接近する頃に設定されている。
宇宙連合はニビル星が再接近する頃までにニビル星人たちが愛の送受信機を搭載し、晴れて自分の星に戻り自分たちの星を再建できたら良いのではないかと考えて敢えてこの時期を設定したのである。(注: ニビルっちたちの歴史認識というのは何か情報源があるのか、なんでそんな昔の事を覚えていられるのか? その情報源は肉体を持たないいわゆる悪魔と表現されるような非物質のミニクラウドライブラリーの状態で存在している。ニビルっちたちはそこにアクセスできる為、過去の歴史は忘れ去られる事無く鮮明なまま、今まで受け継がれてきているのだ)
 また、宇宙連合の科学者たちの子孫は知らないのだが、12支族の内の失われた10支族のほとんどはお告げにより日本にたどり着いている。
科学者たちの子孫の多くは実は日本人になっている。
でも、それを知らない2支族の末裔は金融業から始まって、着々と蓄えた資金力を使ってアメリカを裏で支配している。
そして有能で気に食わないと思った日本に原爆を落としたり、311の人工地震を起こして日本を潰そうとしている。
 でも、彼らの目標は12支族が再会して共に国を建国する事ではなかったのか・・・。
潰そうとしている日本に実は探し求めていた“失われた10支族”の末裔がいるとは知らないのだ。(注: 宇宙連合の科学者たちの子孫の末裔はどうやって歴史を認識しているのか、12支族の事は知っているのか、何故そんな昔の事を知っているのか?それは彼らの宗教にもなっているユダヤ教の教えに隠されているからだ。その為に情報は失われずにここまで受け継がれてきているのだ)
 ではそれと今の地球のアセンションはどう関係してくるのか?
ようするに・・・ニビルっちたちと科学者の末裔である弾圧された2支族の人々が愛に気付けばアセンションになるのだ。
彼らの目覚めを待っている状態が今。
ニビルっちの末裔といっても、相当地球人と交配されているのでもちろん彼らにも“愛の送受信機”が搭載されている。
それが着々と作動してきているために、彼らは焦って自暴自棄になっている。
 どうにか“愛”を打ち消そうとするがもがけばもがくほど苦しくなるのが現状。
地球がカオスに見えるのは彼らが愛の中で激しく最後の抵抗をしているからである。
このように人間のルーツは3種類の宇宙人である事が分ったが、結局はそれぞれのDNAは長年をかけて混ざっている。
 私たちには原始地球人のDNA、ニビルのDNA、宇宙連合の科学者のDNAそれぞれが様々な比率であるものの、入っているというのが事実だ。
私たちはみんな地球という特別な星を選んで生れて来た、いわば同胞であり、DNAを分けた兄弟姉妹であるという事だ。
その中で今ニビルっち&元科学者側の悪役の方々とライトワーカーのように目覚めている側の方々と、何も気付いていない一般の方々とが混在している。
 では、どうしたら良いのか?? 
今目覚めている私たちライトワーカー側の人々は、大多数の何も気が付いていない一般の方々に働きかける事が出来る。
より多くの方に目覚めてもらう事で地球における愛のエネルギーを大幅に上昇させる事が出来るのだ。
 その結果ニビルっち&元科学者の方々の目覚めが大いに促されるし、それによってアセンションが早まるという事。
しかし、この肝心要の時期にライトワーカーたちの中には待ちくたびれたと弱音を吐いてみたり、地球のカオスの状態を見てテンションガタ落ちの方もいるようなので、そもそも地球と人類は何故こんな状態になったのかを解説する事で何かのヒントになればと思ったわけです。
 ですからライトワーカーのみなさん~!! 
今はテンションを下げている場合ではないのです!
“今が皆さんの出番です!!!”
“今こそ自覚のない一般ピーポーの目覚めのスイッチをONにして上げて下さい。”
“あなたにしかできない方法で地球の眠っている方々を揺り起して上げて下さい。”
“これ以上地球に刺激を与えながら人々を起し続けるのをしていたら地球が壊れてしまいます。”
“あなたは何が得意ですか? そのあなたのツールで地球の皆さんを優しく起して上げて下さい。”
“思い出して下さい、そのために地球に来たのではないのですか???”
“出来ないと思わずに、好きなことに飛び込んで行って下さい、それが直接地球と人類を救います。”
“みんなが愛に気が付けば、ニビルっちや、堕落した科学者たちの子孫も劇的に愛の影響を受けますから。”
“ニビルっちや、堕落した科学者たちと私たちが歩み寄った融合地点、0ポイント地点がアセンションです。”
アセンションの鍵を握っているのは私たち一人一人の愛のエネルギーです、愛が愛を呼んでどこまでも広がるのです。”
 
 どうかこのメッセージが何かしらのお役に立つことを願っています。

ティアラン&じゅん***「私は宇宙人」(ブック)についてはこちら
http://japonese.despertando.me/「私は宇宙人」%E3%80%80のご紹介/


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水面下で進む拉致問題解決?

 この中矢情報のソースは板垣氏です。
7月27日には、日本弥栄の会主催で板垣英憲氏を迎えて大講演会を行なうそうです。
板垣情報と言えば、例のネオ満州建国の話を想起します。
まんざら嘘ではないかも知れません。


「日本弥栄の会」   今週のコラム  
拉致問題の全面解決に期待   2014.05.26
http://www.nihoniyasaka.com/contpgm2/w_main.php?oya_id=1&back_id=978#978

 本日(5/26)より、スウェーデンのストックホルムで日朝双方による外務省局長級の協議が行われます。
主な議題は当然、拉致問題の解決に向けての話し合いだと思われます。

 昨年5月の飯島勲内閣官房参与の北朝鮮訪問、アントニオ猪木参議院議員の訪朝、今年1月に日朝の当局者がベトナムで行った極秘協議、3月に中国の瀋陽で行われた日朝赤十字会談、そして3月30日から北京で行われた日本と北朝鮮の局長級協議と、段階を踏みながら、日本と北朝鮮は水面下で粘り強く交渉を進めてきました。

 また、3月10日~14日にかけて、モンゴルのウランバートルにある迎賓館で、横田滋・早紀江さん夫妻と、めぐみさんの娘、つまりお孫さんにあたる金恩慶【キム・ウンギョン】さんとの面会が、密かに行われました。

 じつはあの時、横田夫妻はめぐみさんとも会ったのだそうです。

 板垣英憲さんの情報によると、あの時、モンゴル政府の迎賓館の2階で、まず横田夫妻はめぐみさんの夫・金英男氏とウンギョンさんと会ったのですが、それからみんなで3階に上がっていくと、めぐみさん(朝鮮名:金恵慶【キム・ヘギョン】)が待っており、涙の再会を果したということです。

 この時、日赤国際部長、朝鮮赤十字会事務総長、外務省北東アジア課長、北朝鮮外務省日本担当課長も同席していたそうで、皆で集合写真も撮ったそうです。

 帰国後の記者会見で、横田夫妻は満面の笑みを浮かべ、「夢のような時間が実現した」、「本当に奇跡的なことで大きい喜び」などと嬉しそうに語ったのは、どうもこうした背景があったからのようです。

 何故それが公式に発表されないのか、理由は何かというと、やはり、めぐみさんが「平壌のオモニ(母)」と呼ばれる特別な存在だからでしょうね。
そう考えることで、いろいろな疑問が氷解します。

 今回は第三回目の局長級会議が第三国で行なわれるわけですが、ここのところの日朝交渉はスムーズに運んでいると聞きます。
拉致問題の全面解決に向けて、着々と進んでいるようです。

 北朝鮮の核実験とかミサイル問題も、国際社会の目からしたら脅威に映るわけですが、日本と北朝鮮の間に横たわる最大の問題は、何と言っても拉致問題です。
これがもし、全面解決、拉致被害者の全員帰国となれば、両国間の障害は取り除かれることになります。
日朝国交正常化に向けて一気に進み出すでしょう。

 私も、本当にそんなふうに事が運ぶのかどうか、半信半疑なのですが、日朝交渉の成果を見守りたいと思います。
                          (以下省略)


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なわの身魂磨き論

「身魂を磨くカルマの法則」
第7章 カルマ清算のための身魂磨き実践編
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/karma35.html

人生は身・口・意の癖が形になったもの

  善くないカルマを清算するためには日々の身魂磨きがもっとも大切である、と申し上げてきました。
この章では具体的な身魂磨きの実践方法をご紹介していきます。

 まず「身魂」という言葉の意味を確認しておきたいと思います。
「身魂」という言葉の「身」は「この世において形となって現れ、認識できるもの」を意味しています。
私たちの言動や心の状態、つまり「身・口・意」のことです。
これに対して「魂」は、「普段は認識できない心の中身」ということで、「潜在意識」と言ってもよいでしょう。
 その潜在意識の中に溜まっている過去の善くない身・口・意を一掃することが「カルマの清算」で、そのことを「大本神諭」や「日月神示」では「大掃除」「大洗濯」と表現していました。
そして、「身魂磨き」とは「大掃除が終ったあと、再び潜在意識に善くないカルマを溜めないようにするために心の習慣を改めること」を意味しています。
 そのためには、まず自分の身・口・意の癖を知ることが必要です。
自分が日常的にどのような気持ちの持ち方をしているか(心の癖)、どのような言葉をよく使っているか(言葉の癖)、どのような行動パターンを持っているか(行動の癖)を知ること、つまり自分の「身・口・意」のパターンを知る必要があるということです。
 しかしながら、自分の「身・口・意」のパターンはなかなか分り難いものです。
それを教えてくれるのがカルマの法則(原因と結果の法則)なのですが、そのカルマの結果は個々の原因ごとにはっきり分る形で返ってくるわけではありません。
いろいろなカルマの原因が複合的に絡み合い、しかもかなりの時間が経ってから私たちの運命に影響してくるため、その出来事が過去のどの原因の結果なのかということが分り難いのです。
 ここに、そのようなカルマの特徴をわかりやすく説明した一文がありますのでご紹介します。
以下は『チベットの生と死の書』(ソギャル・リンポチェ・著/講談社)からの抜粋です。
この文章を読みますと、原因に対応する結果が必ずしも一つずつセットとなって現れて来る訳ではないことがお解り頂けると思います。

 カルマは何を意味しているというべきだろう? 
それは、わたしたちが身体で、言葉で、心で行なうことが、すべてそれに応じた結果をもたらすということを意味している。
 「たとえわずかな毒であっても、死をもたらすことがあり、たとえ小さな種であっても、大樹に育つことがある」とは、師たちのあいだで語り伝えられた言葉である。それをブッダはこう言い表す。
 「悪行を、単にそれが些細なものというだけで見過ごしてはいけない。
小さな火花ひとつで、山ほどもある積みわらを焼きつくすことができるのだから。
ささやかな善行を、それが恵みをもたらすことはあるまいと、見過ごしてはいけない。小さな一滴の水の雫(しずく)も、やがては大きな器を満たすのだから」。
 わたしたちの行為の結果は今はまだ熟していないかも知れない。
だが、いつか必ず、ふさわしい時と場所を得て、それは成熟する。
普通わたしたちは自分のしたことを忘れる。
そしてはるか後になって、その結果がわたしたちに追いついてくる。
その頃にはそれを原因と結びつけることはできなくなっている。
(中略)
 わたしたちの行為の結果は遅れてやって来る。来世になることもある。そして、その原因をひとつに特定することはできない。
なぜなら、どんな出来事も、ともに熟した多くのカルマのきわめて複雑な複合体であるからだ。
そのため私達は、物事は「偶然」に起ると考え、すべてが旨く行くと、それをただ「幸運」と呼ぶ。
(中略)
ブッダが言ったように、「今のあなたはかつてのあなたであり、未来のあなたは今のあなた」なのだ。
 パドマサンバヴァはさらに言う。
「過去世の自分を知りたければ、今の自分の状態を見ることだ。
来世の自分を知りたければ、今の自分の行ないを見ることだ」。
 つまり、来世でどのような誕生を迎えるかは、現世における自分の行為の質によって決るということである。
ただし、行為がどのような結果をもたらすかは、ひとえにその行為の裏にある意志や動機によるのであって、行為の大小によるのではない。
     ― 『チベットの生と死の書』(ソギャル・リンポチェ・著/講談社)

 ここで、この文章の内容に沿って「カルマの法則」のポイントを次の6項目に整理してみました。

(1) カルマは私たちの行為、言葉、思念の結果として現れる。
(2) カルマの原因が小さなものであっても、やがて大きく育っていく。
(3) 育ったカルマは相応しいタイミングで、人生に結果をもたらす。(その結果は、生れ変わった次の人生の中に現れることもある)
(4) 結果が現れるまでに一定の時間が経過するため、人はその結果がどの原因によるものかが判らなくなっている。
(5) 人生で遭遇する出来事は過去のカルマの複雑な複合体なので、現因をひとつに特定することは難しい。
(6) カルマの大きさを左右するのは行為の大小ではなく、行為の裏にある意志や動機である。

 まず、(1)の「カルマは私たちの行為、言葉、思念の結果として現れる」ということですが、カルマは善いカルマも善くないカルマも総て私たちの「身・口・意」の結果として現れるということです。
仏教で教える「因果応報の理」がまさにそのことを述べています。
 「善因善果」「悪因悪果」ということで、「身・口・意」によって作られた「因(原因)」は、必ず「果(結果)」となって人の運命に影響を及ぼし、その人生を形作っていくことになるということです。
 ですから、人の輪廻転生が終ると言われているこの終末の時代においては、過去(または過去生)の善くないカルマを一掃し、またそのあとで新たに善くないカルマを作らないために、行為、言葉、思念を正しくコントロールする習慣を身につける必要があるということです。
これが「身魂磨き」の目的だと言えます。
 つまり、「過去の善くないカルマを清算すること」、「再び善くないカルマを作らないように身・口・意をコントロールすること」の2つが大切ということです。

 (2)の「カルマの原因が小さなものであっても、やがて大きく育っていく」と同じ意味のことが新約聖書にもイエスの言葉として次のように表現されています。

 「天の国(The Kingdom of heaven) は、一粒のからし種のようなものです。
ある人がそれをとって畑にまくと、それはどんな種よりも小さいのに、成長すると、野菜の中でいちばん大きくなり、空の鳥がきて、その枝に巣を作るほどの木になります」。
 またほかの譬を彼らに語られた。
「天の国は、パン種のようなものです。女の人がそれを取って三斗の粉の中に混ぜると、全体がふくらんできます」。(マタイによる福音書)

 この世で作った心の癖は、この世とは次元の異なる神の国や霊界に於いては、その何十倍、何百倍にも膨らんでしまうということです。
そのことを、先ほどの文章の中で仏陀も、
 「悪行を、単にそれが些細なものというだけで見過ごしてはいけない。小さな火花ひとつで、山ほどもある積みわらを焼きつくすことができるのだから。ささやかな善行を、それが恵みをもたらすことはあるまいと、見過ごしてはいけない。小さな一滴の水の雫(しずく)も、やがては大きな器を満たすのだから」と述べていました。
 これと同じことは、霊界行脚をしてきた超能力者として知られるスウェーデンボルグも語っています。
  結論としまして、神の国や霊界などの異次元に於いては、私たちが「身・口・意」によって作った「原因」に対して、「結果」が大きく拡大され、しかも瞬時に返ってくるということです。
 つまり、あの世では善くない原因の見返りは大変激烈なものになると覚悟しておく必要があります。
この世で言う「人を呪わば穴ふたつ」とよく似た現象が瞬時に起るということですから、そういう意味では、この世で身・口・意のコントロールができない人が神の国に行けないのは、むしろ神の慈悲心の表れと言えるかも知れません。

 (3)の「育ったカルマは相応しいタイミングで、人生に結果をもたらす」という場合の「タイミング」のことを、仏教では「縁」と表現しています。
「因縁」という言葉もありますが、カルマ(因)はタイミング(縁)を得て結果(果)をもたらすのです。
多くの場合、私たちが人生で出会う人がそのタイミングを作ってくれます。

 (4)と(5)は既に述べてきた通りです。
この世では、カルマの結果が現れるまでに時間がかかるため、それが現れたときには原因となる自分の身・口・意について忘れてしまっているということです。
 しかも、カルマはさまざまな原因の複合体として結果を生み出していますので、一つの原因が一つの結果とストレートにつながっているようには見えないのです。
 つまり、人を殴ったら必ず自分が逆の立場で殴り返されることを体験するわけではないということです。
「殴る」という心の働きがカルマとなって潜在意識に記録され、それが大きく育つことによって、あるとき地震で家具が倒れてきて頭を直撃する、といった形でカルマが完結するということもあるでしょう。
 また、職場の上司に不満を持っていていつも心の中で反発している人が、ある日、車を運転して交差点で停車しているところに、後方から他の車に追突される、といった形で「衝突」という心の働きが現象化するケースも考えられます。
 この人の場合、自分が車に衝突されたのは単なる偶然で、単に運が悪かったためだと考えるのが普通でしょう。
まさか自分が普段から職場の上司に対して抱いている「衝突する気持ち」が、潜在意識の中で大きく育ち、それが車の衝突という形で実を結んだとは理解できないはずです。

 さて、カルマの法則でもっとも留意しないといけないのは、(6)の「カルマの大きさを左右するのは行為の大小ではなく、行為の裏にある意志や動機である」という内容です。
 私たちがどういう意図をもってその行為をなしたか、ということが結果を生み出すということです。
もちろん、善くない意図を持たずに、知らずに行なったことに対しても、結果はかならず現れますが、それほど大きな見返りとはならないということです。
逆に、小さな行為であっても、その裏に邪悪な意図が隠れていれば、結果は甚大な形で返ってくることになります。
 たとえば、他人にイタズラで石を投げたのが頭に当たって怪我をさせた場合、傷つける意図はなかったとしても結果として他人にキズを負わせたという行為のカルマは必ず返ってきます。
 それは、まず「大変なことをしてしまった。ごめんなさい」という反省させられる形で結果が現れます。
あるいは、怪我をした本人から面罵されたり、周りの人たちから冷たい非難の目で見られるという形でカルマの結果を受け取ることになるでしょう。
 そこで、その人は「イタズラでも人に石を投げたりしてはいけない」という気づきを得ることになり、以後はそのような軽率な行動を慎むことになります。そのことによってカルマは完結することになるのです。
 しかしながら、もしその人を大けがさせたいという悪意を持って石を投げたのであれば、結果としてその石が相手の人に当たらなかったとしても、「人を傷つけたい」という悪意は潜在意識に植え込まれて、さらに大きく育っていくことになります。
 やがてさらに大きな事件の当事者として、犯罪を犯し、法律の裁きを受けて社会的に厳しい立場に置かれるという結果を招くことにもなるのです。
カルマの法則は「人に気づきを与える」という目的で働くようになっているからです。
 自分の身・口・意の結果を知ることによって、その身・口・意の内容を改めることになれば、善くないカルマは解消され、その結果として、運命が好転して行くことにもなるということです。

  最後に、その辺りのカルマのメカニズムを上手く表現した 『魂との対話』(ゲーリー・ズーカフ著/サンマーク出版)の中の一文をご紹介して、この項を終りたいと思います。
ズーカフはこの文章の中で「意志と動機」のことを「意図」と表現していますが、同じ意味に捉えて良いでしょう。

あなたは永遠に責任から逃れられない

 あらゆる行動、思考、フィーリングが、意図によって動機づけられている。
意図は、何らかの結果と一体となって存在する原因である。
もし私たちが何らかの原因に関わったとしたら、私たちがその結果と関わらないことは不可能である。
このようにきわめて深いレベルで、私たちは、自分の総ての行動、思考、フィーリングに関する責任を負わせられている。
 私たちは、自分の意図の果実の総てを、自ら食べなくてはならないのである。
よって、自分の様々な意図を認識すると共に、どの意図がどんな結果を作り出すかを整理し、自分が作り出したい結果につながる意図を選択することは賢いことである。
(中略)
 他人を嫌悪する人間は、他人からの嫌悪を体験することになる。
他人を愛する人間は、他人からの愛を体験することになる。
キリストが「山上の垂訓」の中で行なった、「自分がして貰いたいと思うことを、人にして上げなさい」という教えは、カルマの力学にもとづいた行動指針である。
個別化されたカルマの法則は、「あなたは自分が世界に与えたものを世界から受け取ることになる」といったところだろう。
 カルマは道徳的な力学ではない。道徳は人間が創造したものである。
宇宙は決して裁かない。カルマの法則は、私たちの道徳システムの内のエネルギーバランスを含む、あらゆるエネルギー・バランスを支配している。
(中略)
 結果を未だ生み出していない原因の総てが、まだ完結していない出来事である。
それはアンバランスなエネルギー状態にあり、バランスがとれる状態に向う過程にある。
そしてそのバランスは、必ずしも一つの生涯の中で完結するとは限らない。
        ― 『魂との対話』(ゲーリー・ズーカフ著/サンマーク出版)


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やっぱり! 「宇宙の基本法」

 宇宙人オレンジャーが、イエスや、小さな宇宙人アミと同じことを言っています。
今の地球には、デーヴィッド・アイクが暴露した真実より、こちらの方が大事(重要性も優先順位も上)なのです。


「宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ」
愛を中心に生きる     2014-05-24
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11859405226.html

 俺はオレンジャー!

 頭で考えてばかりいると利己的な意識に支配されてしまい易い。
利己的な意識で動いていると、人はそれを敏感に感じるから、どんどんあなたから離れて行ってしまう。

 中心に必要なのは頭=知恵ではなく愛なんだ。
愛からスタートして、その手段として知恵を使う、その順序がとても大切。

 愛は完全なる利他から始まる。だから人の心を動かすんだ。
知恵も大切だが、愛の人として生きて欲しい。

 学校でも知恵や知識ばかりを教えるのではなく、愛を伝えて欲しい。
それだけで、世の中は大きく変るから。


 今日はこんなところだ。 じゃ!


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「カルマを手放せ」の罠

RHNDS【イルミナティ白書】LUCIFER帝国☆666の世の建設
運命を決定しているカルマの法則   2012年12月10日
http://new-mu.seesaa.net/article/305974668.html
 
 〔抜粋〕 

 カルマを信じていない人や全く囚われていない人でも、確実にカルマの法則に基づいて生きているのである。

 「ただただ手放せばいい」というのは逃げる行為で、カルマは解消していないままなのだ。

 「カルマ」の観念を手放そうと思っても手放せるものではない。
表面意識で「カルマ」の観念を手放そうとしても、潜在意識にインプットされているからである。


 表面意識でカルマの観念を手放すことができたとしても、その原因である潜在意識では解決できておらず、蓋をして見て見ぬふりをしているだけとなり、結局は同じことが延々と繰返されるのである。

 観念を変えようとしたり無くそうとしても、そう簡単には変えることも無くすことも出来ないのが現実である。

 日常生活の中での個人的なトラブルや怪我、事故、病気などの不幸や災難は潜在意識の投影(カルマの結果)である。
現象として現れたということは、それで終わった(カルマが解消した)ということなのだが、人間はその外側の現象を見て、再び新たなカルマを生むのである。

 解決すべき心の問題が浮上してきた自然の流れ(カルマ)を無視すると何の進展も起きない。
「ネガティブ・カルマ」の観念を手放したところで、カルマの法則から逃れることはできない

 客観的に「幸・不幸」を等価に観ることが、内観であり、正見であり、真実の姿を観るということなのだ。
その過程で様々なパターンでの因果律が浮き彫りとなり、すべては「必要・必然・ベスト」であることが認識できる。

すなわち、すべてを肯定的(ポジティブ)に捉えて「理解」することができるようになるのである。

 カルマが実在ではないことは、ある意味で事実だが、「カルマは存在しない」という一面だけを信じるのも危険である。
人生での出来事を「理解」に繋げることが出来ず、潜在意識(カルマ)の浄化や意識進化の道を閉されるからだ。 

 カルマが実在ではないというのは、人間界も幽界も実在ではなく、人間も輪廻も幻影だからである。
だが、自分が人間界に人間として生きているという確信を持っているなら、カルマだけが存在しないことを信じるのは唯物論者と同じである。(一面しか見ていない)

 人間界は幻であり、自分という人間も幻であり、輪廻も幻であることを理解しているなら、カルマも幻であることが分る。
しかし、それを理解するということは、カルマの結果で人間界に生まれ、自分という人間が存在していることを「理解」するということでもあるのだ。

 あくまでも投影だが、人間界は存在し、自分という人間も存在し、厳然と存在するカルマの法則に基づいて輪廻転生が繰り返されているのだ。
カルマの法則を理解し、カルマを浄化するために生れて来たと言ってもいい。


 つまり、「カルマを手放せ」という教えは人生の目的を放棄するようなもので、人間界や人間の存在そのものを否定することにも繋がってしまうのである。



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小保方さん: 「何ですかそれは」

小保方氏「何ですかそれは」誤り指摘箇所は別人担当
  2014年5月22日17時28分    スポーツ報知
http://www.hochi.co.jp/topics/20140522-OHT1T50141.html

 STAP細胞の論文に新たな画像の誤りが指摘された問題で、理化学研究所の小保方晴子氏(30)の代理人を務める三木秀夫弁護士が22日、大阪市内で記者団の取材に応じ「(誤りが指摘された)写真は小保方氏ではなく別の著者(註: 若山照彦山梨大学教授)の担当分野で、違っているかどうかも彼女には理解できない」と述べた。

 三木弁護士によると、小保方氏は新たな誤りについて報道で初めて知り「何ですかそれは」と話していたという。
三木弁護士は「あたかも小保方氏が(画像を)ごまかしているようになっている点に憤慨している」と指摘した。

 三木弁護士は「理研の調査委員会の調査は終わっている。報告書で取り上げなかった話が、なぜ正式な発表でない形で出るのか」と理研の対応を批判した。

 理研は情報提供によって、別の実験結果を示す2匹のマウスとした写真が、同じマウスの別カット写真だったことが判明したとしている。


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シルバーバーチは悪霊である?

 私はシルバーバーチの盲目的信者でもなければ、日月教の信者でも、神智学の学徒でもありません。
なわ・ふみひと氏と同様、霊学(霊的真理)の探究者です。
私のブログの「サニワ」というカテゴリーは、その立場から疑問を抱いた記事に対する考察です。
 
 「to C」というサイトに「シルバーバーチは悪霊である 1~4」という記事が載っています。 
Profileを見ても、どんな人物が書いたかは不明ですが、「お勧めカトリックサイト」などという欄があり、文面から見ても、カトリック系と思われます。
それなら、シルバーバーチを悪霊というのは当り前で、その時点で、もう底が割れています。
 しかし、一応、全文を読んで見ると、要するに論拠は3つです。
http://to-chihiro.blogspot.jp/2010/11/4.html

1.教会の権威を全面否定している。
これは、ご存知「イルミナティの極秘指令」と同じである。

2.彼が「イエスをよく知っている」と「嘘」を言っている。
カトリックの示現を見慣れている者から言わせると、シルバーバーチは「イエスをよく知っている」と言ったからこそ、自ら「墓穴」を掘ったのである。

3.シルバーバーチは自分の祈りをいつも「ああ、真白き大霊よ」(Oh, Great White Spirit)から始める。
だから、聖白色同胞団(Great White Brotherhood)や、白光真宏会(White Light Association)と関係あるのではないか。

 
 以下は、私の反論です。

1.教会の権威が偽物であることは真実ですから高級霊が知っていて当然です。
それが、「イルミナティの極秘指令」と同じだからと言ってシルバー・バーチと結び付ける理由にはなりません。

2.シルバーバーチがよく知っている霊界のイエスと、カトリックが信じているイエス像と相違しているのは当り前です。
勿論、カトリックのイエス像は宗教団体が人為的に創り上げたものです。

3.「真白き大霊」というのは、高級霊のオーラの色彩から来ているのです。
神智学に、“アルハットのメンタル体とアストラル体は、一種の乳白色の真珠貝のような美麗な色を呈し、その様は筆舌の良く及ぶところではない。”と記されています。
 (神智学大要2 アストラル体 第3章 色彩)


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日月神示とカルマの法則

 日月神示に散りばめられているカルマの法則については、今後も見付け次第追加して行く方針です。
掲載順序は巻と帖の番号が若い順とします。
文章は、岡本天明・筆/コスモ・テン・パブリケーション刊の「ひふみ神示」上、下巻に従います。
ネット上では「ひふみ神示データー」で全文参照出来ます。

祓ひせよと申してあることは何もかも借銭なしにする事ぞ。
借銭なしとはめぐりなくすることぞ、昔からの借銭は誰にもあるのざぞ、それはらってしまふまでは誰によらず苦しむのぞ。
人ばかりでないぞ、家ばかりでないぞ、国には国の借銭あるぞ。
世界中借銭なし、何しても大望であるぞ。
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第8帖)

人の手柄で栄耀してゐる臣民、もはや借銭済(な)しの時となりたのぞ、改心第一ぞ。
神の規則は恐いぞ、隠し立ては出来んぞ、何もかも帳面にしるしてあるのざぞ、神の国に借銭ある臣民はどんなえらい人でも、それだけに苦しむぞ、家は家の、国は国の借銭済(な)しがはじまってゐるのぞ、済(す)ましたら気楽な世になるのぞ、世界の大晦日(おおみそか)ぞ、みそかは闇ときまってゐるであらうがな。
借銭(かり)返すときつらいなれど、返したあとの晴れた気持よいであらうが、昔からの借銭ざから、素直に苦しみこらへて神の申すこと、さすことに従って、日本は日本のやり方に返して呉れよ、
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第35帖)

我れに判らんメグリあるぞ、
メグリは一家分け合って、国中分け合って借金無しにして下されよ、
(ひふみ神示 第九巻 キの巻 第15帖)

今度は借銭済(な)しになるまでやめんから、誰によらず借銭無くなるまで苦し行せなならんぞ、借銭なしでないと、お土の上には住めん事に今度はなるぞ。
(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第13帖)

悪く言われるとメグリ取ってもらえるぞ。悪く言うとメグリつくるのぢゃ。
(ひふみ神示 第廿二巻 アホバの巻 第17帖)

悪いこと通して善くなる仕組、よく心得よ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第7帖)

めぐりあるだけ神がうらめしくなるぞ。めぐりなくなれば神が有難いのぢゃ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第13帖)

この道に入って始の間は、却って損したり馬鹿みたりするぞ。
それはめぐり取って戴いてゐるのぞ。それがすめば苦しくても何処かに光見出すぞ。おかげのはじめ。
次に自信ついて来るぞ。胴がすわって来るぞ。心が勇んで来たら、おかげ大きく光り出したのぢゃ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第48帖)

めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。
めぐりは自分でつくるのであるぞ。他を恨んではならん。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第77帖)

損もよいぞ。病気もよいぞ。怪我もよいぞ。それによってめぐり取っていただくのぞ。
めぐりなくなれば日本晴れぞ。今がその借銭済しぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第83帖)

その人民にメグリなくしてもメグリ負ふことあるぞ。
人類のメグリは人類の誰かが負はねばならん。一家のメグリは一家の誰かが負はねばならん。果さねばならん。
善人が苦しむ一つの原因であるぞ。神の大きな恵みであり、試練であるぞ。
(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第24帖)

この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるなれど、それは 大難を小難にし、又めぐりが一時に出て来て、その借銭済しをさせられてゐるのぢゃ。
借りたものは返さねばならん道理ぢゃ。損もよい、病気もよいぞと申してあろうが。
(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第44帖)



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神智学のカルマ論

 「神智学大要」の中で「カルマの法則」が纏まって出て来るのは、生れ変りのメカニズムを説明する時です。
その一部を以下に引用します。

 魂が地上界に降(くだ)って新しく生れ出る時、彼は過去という荷物を背負わなければならず、その多くは彼の恒久原子の中に波動傾向として貯えられている事を我々は見て来た。
 このようなカルマの胚種または種子を仏教ではスカンドハ(Skandha)と称しているが、英語にはまだそれと正確に同じ意味を持つ言葉がない。
このスカンドハは物質的特質、感じ、抽象的考え、精神傾向、精神力より成り、これら全部の精髄がコーザル体の中に組込まれ、残りは既述のように恒久原子とメンタル単位の中に貯えられる。
 生れ変るためにやって来て、自分のスカンドハにいわば出迎えられる魂を、H・P・ブラヴァツキーはその躍如たる、力強い、他の追随を許さぬ言葉で次のように描いている。

 「スカンドハの腕を持ったカルマがデヴァチャン(天界)の国で待っている。
(デヴァチャンでの休息の後、)魂は新しく生れ変るためにこの閾(しきい)より再び出てゆく。
 今は休息している魂の未来の運命が、正義の応報という秤の中で震えるのは実にこの瞬間である。
それはカルマの法則の支配の下に今や再び平伏(ひれふ)すからである。
 魂の前世の数々の罪が罰されるのは実にこの再誕、この神秘な、苛責なき、しかしその命令の公正かつ英知において決して誤ることのない法則が選び且つ備えた再誕においてである」

(A・E・パウエル 編著 「神智学大要 4 コーザル体」 第23章 恒久原子と転生のメカニズム)
 
 次に引用するのは、偶々、ネットの検索に引っ掛かった現代神智学協会の見解です。
基本的にシルバーバーチの霊訓と同じです。
また、なわ・ふみひと氏の新約聖書(イエスの訓え)に対する認識とも同じです。

カルマー蜘蛛の巣状の網ー
by コリン・プライス(1999年から英国神智学協会の会長)
http://www.theosophyjp.net/pdf/karuma.pdf

〔抜粋〕
 カルマはこれまで、根本的宇宙法則と説明されて来た。この法則の本当の性質を理解すると、その完璧さが明らかになるだろう。

 科学的法則についての理解は、人がそれを学ぶにつれて変わるかもしれないし、明らかにしようと試みるにつれて変るかも知れないが、科学的法則そのものは不変である。
カルマの法則は、このカテゴリーに入る。
それは私達が神智学の分野で理解している、宇宙法則への尊敬に於いて、とても重要である。

 『神智学の鍵』でH・P・ブラヴァツキーは次のように言う。

 我々はそれ(=カルマ)を、宇宙の根本的法則であり、自然界の隅から隅まで存在する他のあらゆる法則の根源、初め、源泉であると考えます。
カルマは物質的、メンタル的、霊的レベルにおいて、結果を原因にぴたりと合せる、間違うことのない法則です。

 最大のものから最小のものまで、宇宙的な騒動からあなたの手の動きに至るまで、どの原因もその当然の結果を伴わないままではいられません。
 そして似たものが似たものを生み出すように、カルマは目に見えず知られることのない法則で、賢明に、聡明に、公平に、結果をその原因にぴたりと合せ、結果の原因を遡って、その作り主を明らかにします。
カルマそのものは不可知ですが、その働きは解ります。
 カルマは再調整の法則で、物質界で妨げられた平衡と、精神の世界で壊された調和を、絶えず修復しようとします。


 イエスはこう言っている。(『マタイによる福音書』七章二節)

 あなたがたが裁くその裁きで、自分も裁かれ、あなたがたの量るその秤で、自分にも量り与えられるであろう。

 聖パウロは言う。(『ガラテヤ人への手紙』六章七節)

 間違ってはいけない。神は侮られるような方ではない。
人は自分の蒔いたものを、刈り取ることになる。


 W・Q・ジャッジは雑誌『道』でこう書いた。

 カルマは最も小さくて見えない原子からブラフマーに至るまで、全てのものと存在に作用する。
カルマは人間、神々、エレメンタル(四大霊)の三つの世界に向って行き、顕現世界の中にそれを免れるところはない。


 クートフーミ大師は『マハートマ・レターズ』で、カルマを報酬の法則と呼び、次のように言っている。

 初めから我々はこう教えた。人はそれぞれ、自発的な生産物である言葉ひとつひとつに、自ら責任がある。(「法則と証拠」)

 『シークレット・ドクトリン』の一巻にこう書いてある。

 全ての事が完全に細部に至るまで、リピカ達によってアストラル光に記録されている。

 H.P.ブラヴァツキーはカルマを「報復の法則」とも呼んだ。
それはどのように働くのだろうか。記録を通してである。
彼女はこう書いている。

 そして第2の七者、リピカである。リピカの「リピ」という語は「書く」という意味で、文字どおりには「筆記者」という意味である。
秘教では、これらの神聖な存在達は報復の法則であるカルマと関係がある。
 彼らは目に見えないアストラル光の銘板(タブレット) ― 大いなる永遠の画廊 ― に印象を刻みつける記録係あるいは年代記編者だからである。
その記録は自然現象の宇宙の中で人の、そして人であった、あるいは未来に人となるものの行為と、思いすらもずっと正確に記録していく。
『ベールを脱いだイシス』に言われているように、この神聖で目に見えないカンバス(画布)は「生命の書」である。・・・
 だがリピカは死と関係のある神々ではなく、永遠の生命と関係がある。
リピカは人と子供達の誕生とそれぞれの運命と関係があり、人の人生は既にアストラル光に描かれている。
それは宿命的にではなく、過去と同じく未来は、絶えず現在の中に生きているからに過ぎない。
(スタンザⅣ)

 現在という時は、過去からのカルマに決定され、今のカルマが未来を決定する。そのように法則は自動的に働く。
それは変化することがなく、自然の法則と丁度同じように働く。

 部屋の明りを点けると同じようにいつでも明るい。
カルマがそれと同じように働くのを強調し過ぎることはない。
それは完全な証拠に基づいており、その証拠はアストラル光に記録されている。


 ヨハネによる福音書12章47、48節で、イエスは言う。

 わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。・・・・・・
私を拒み、わたしの言葉を受入れない者に対しては、裁くものがある。
私の語った言葉が、終りの日にその者を裁く。


 マタイによる福音書12章33~37でイエスは言う。

 木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければ、その実も悪いとせよ。木はその実で判るからである。
蝮の子らよ。あなたがたは悪い者であるのに、どうして良いことを語ることが出来ようか。
 凡そ、心から溢れることを、口が語るものである。
善人は良い倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。
 あなた方に言うが、審判の日には、人はその語る無益な言葉に対して、言い開きをしなければならないであろう。
あなたは、自分の言葉によって正しいとされ、また自分の言葉によって罪ありとされるからである。



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地球のカルマの清算

世は七度の大変り、いよいよの段階に入ったら、何が何だか、われよしの人民にはいよいよ判らなくなり、あせればあせる程ふかみに落込むぞ。
(ひふみ神示 補卷 月光の巻 第40帖)


 宇宙人オレンジャーも地球は今度が7回目のカルマの清算だと言っています。
美しいガイアの繊細な波動と、邪悪な魂達に影響された人々の粗い波動とのずれが、あるタイミングで共振して大きなエネルギーを発生するのだそうです。
 
 “ステージアップ出来るかどうかは君達自身に掛っている。”

 コブライベントや超楽観的なチャネリング・メッセージは、本当に為すべき事から目を逸らさせる罠だと言っているようです。


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
今回が7回目のチャレンジ      2013-11-05
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11669997957.html

 俺はオレンジャー!

 これまで地球という星は、大きな試練=カルマの清算を6回行なって来た。
これはノアの箱舟伝説に代表される、地球上のリセットの出来事のお話だ。

 世界中の神話の中にその記載が埋め込まれている。
後世の子孫にその出来事を忘れないように警告する為に。

 今回の清算は7回目

 ステージアップ出来るかどうかは君達自身に掛っている
地球の持つ波動と、君達人類の持つ波動にずれが生じると、所謂そのずれがある一定のタイミングで共振をして、そこに大きなエネルギーが生れる。
それが(地球の)カルマの清算の正体だ。

 地球と共に生きることが出来ていればこのような清算は決して起らない
君達の行動と精神の状態が全てを決めているんだ。


 地球には既に50億以上の魂が存在している。
マルドゥクの存在達の転生も益々盛んになっていて、地球の魂の負荷は相当なものになっている。

 今回は何とか乗越えて欲しい。
それが君達が今この地球にいる一番の理由なのだから。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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惑星の破滅を救う宇宙の基本法

 「アミ 小さな宇宙人」、「もどってきたアミ」、「アミ 3度めの約束」のアミシリーズ三部作は、お伽噺風にカモフラージュされた宇宙人からのメッセージです。
そのイントロダクションに、「これから語るすべてのことは、ぼくのたんなるファンタジーにすぎず、子どものためのおとぎ話だ」と記されています。
 しかし、それは、この物語を伝える人物の安全を考慮した宇宙人アミの忠告に従ったお断りなのです。
逆説的に言えば、真実を知られたくない側にとっては、それくらい危険な内容だということです。

 このアミ三部作は一体何を伝えようとしているのでしょうか。
一言で言えば、「人類が自滅しない唯一の宇宙の法は科学の水準に見合う愛だ」と言っているのです。
「愛が宇宙の基本法」という言葉が繰返し出て来ます。
その愛の内容はキアという異星人の隠者クラトが羊皮紙に書いた文章としてこの物語の重要なエピソードにもなっています。
 そのクラトの言葉は、最後に、こう結ばれます。

「・・・・・・
どうやったら愛が手に入るかって?
愛を与えることによって
愛することによって

       キア星の隠者 クラト
(もどってきたアミ 第14章)

 そう、イエス・キリストの黄金律と同じだったのです。
これは、因果律の一部であるカルマの法則を表したものです。
カルマの法則は、地球だけではなく、宇宙の基本法なのです。
 そのイエス(と呼ばれている金星人)を含め、地球の進化の為に働くスターシード達は、自分のカルマを清算する為に来ていることが多いのです。
この物語の語り手である少年ペドゥリートもその一人です。
 アミはペドゥリートやビンカが別の進化した惑星から転生していることを教えた上でこう諭します。

「きみたちのようないわゆる伝道師は、前の人生で愛に対してなにかしらのあやまち、なんらかの過失を犯しているんだ。
でも、そのあやまちは奉仕することによってつぐなわれる。
その仕事の選択はきみたちの自由な意志によってなされたものなんだよ」

(「もどってきたアミ」 徳間文庫 p100~101)

 詳しくは述べませんが、金星人オムネク・オネクも、やはり、カルマの清算の為に地球に来ている、というストーリーになっています。

 なわ・ふみひと氏がデーヴィッド・アイク論の冒頭で、どうしても納得出来ないと書いたのは、アイクがイエスの存在を否定したこと自体ではなく、この「宇宙の基本法=愛」を否定、若しくは隠蔽したことだったのです。
それは、何と言う名前の人物が伝えたかに拘らず、人類の命運を決するほどの重要な教えだと言っても過言ではありません。
 
 以下に、「もどってきたアミ」の中に記されている、ある惑星の破滅の有様を掻い摘んでご紹介します。
多くの教訓を含んだ内容になっています。

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〔もどってきたアミ〕(エンリケ・バリオス著 石原彰二訳 徳間書店)
第14章 羊皮紙とふたつの可能性

アミ: 「これは救済計画に参加したこの世界の人々の努力も空しく、暴力と悪とを克服できなかった世界の実際の記録なんだ。見てごらん」

 その惑星の大気は濃い灰色の雲の層にどっぷりと覆われていた。
沢山の空飛ぶ円盤が地上に向って下降して行った。
「今見ているのは“ 救出作業 ”だ。
円盤が、(進歩度)“ 700度 ”以上ある人達を探し出しているんだよ。

 司令官が乗っていたのと同じ大型宇宙母船が現れた。
「数百万もの人を避難させなければならないからね・・・」
度数の高い人というのは思った以上に沢山いるんだよ。
悪いように見える人でもその悪い行いは、単に“ 不正 ”に対する反逆に過ぎない場合が多い。
ただ間違った表現方法を取ってしまっているんだ。
 また別の場合、悪い機構、悪いシステムによって生み出された集団的な悪習とも言える。
一般的に言って世の中の習慣や必要性が、悪い行いを強要している。
だからこそ、われわれの送っているメッセージを広めることが重要になって来るんだ。
多くの人々がメッセージに耳を澄まし、目覚めて行くことで、今見ているような破滅への危険が少しでも減って行くんだ」


 「ある円盤が山の上を通過した。下から一団のグループが合図を送っているが、その円盤は見向きもせずに通過して行った。
ただ“自分達だけ”の命の救済を求めた人達は、今、その命を失う・・・別の人生の別のチャンスを待たなければならない・・・

 映像はアミの解説と共に数々の無残なシーンを映し出して行った。
汚染された塵の雲に覆われ真っ黒になった世界。
揺れの収まらない中で死んで行く沢山の人々。
山のように高い大津波が、海岸線を乗り越えて総ての物を破壊して行く様子。
同時に何千もの円盤が、ほんの数百万の人だけを救出して、他の大多数の人達を死の中に置き去りにして行く有様・・・

 「彼らはまだ救いの道が残っている時に、何もせずに逃げ出したんだ。
(彼ら)は、残念なことだけど“良い種”ではないんだ。
もし、仮に新しい世界に住むチャンスを与えられたとしても、彼らは人々に奉仕したり協力したりする行動は取らないよ。
 本当に単純なことだけど、彼らには愛が不足しているんだ。
健康な生活とか、心身の浄化とか、精神の進歩とかいった名目にカモフラージュされたエゴイズムだ」


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 日月神示にもこれと全く同じようなことが記されています。

われが助かろと思ふたら助からぬのざぞ、その心われよしざぞ。
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第22帖)

いざといふときには神が知らして一時は天界へ釣り上げる臣民もあるのざぞ。
(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第19帖)

言ふこときかねば一度は種だけにして、根も葉も枯らして仕まうて、この世の大掃除せねばならんから、種のある内に気つけて居れど、気つかねば気の毒出来るぞ。
(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第2帖)



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2014年5月17日の空

 昨日、自宅の上空に現れた神秘的な光景です。(13時40分撮影)
サムネイル画像をクリックして拡大すると、日付もはっきり表示されます。 

P5170246.jpg


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なわのデーヴィッド・アイク論(4)

[なわのつぶや記(復刻版)]
竜であり蛇である? われらがアイク  
  2007年12月1日(土) 更新
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki026.html

 さて、ユダヤ問題が長くなりましたが、私がアイクの文章で最も問題があると感じたのは以下の内容です。
ここでも、アイクはアメリカや中南米の原住民を虐殺したのがスペインからやって来たコロンブスを始めとするユダヤ人を中心とした人物であったことに全く触れていません。
それどころか、「暴力を受ける側にもそれと同じような(争う)波長があるからだ」とまで言い切っています

 インディアンの文化に全く理解を示すことなく、「戦闘用に顔に絵の具を塗りたくるような心性」と言い切っていますが、インディアンが顔に模様を描くのは、決して戦いの時に相手を威嚇する為のものではなかった筈です。
それを「殺戮と争いが溢れていた」ことの証明のように断定している姿勢にも、たいへん傲慢なものを感じます。
愛のカケラも感じられない人物と言って良いでしょう。
以下は『大いなる秘密(下)世界超黒幕』の515ページ~516ページの内容です。

 キリスト教愛国主義者に、ブラザーフッドのアジェンダに代るものは何かと尋ねると、「神の下に一つに纏まった国」を作りたいと言う。
いいだろう。だが、誰の言う神だ? キリスト教の神か、イスラム教の神か、ヒンズー教の神か。
それともニューヨークのエセルやロサンジェルスのビルが見た神か。
いやいや、彼等が言っているのは勿論キリスト教の神、彼等が信じている神の姿だ。
 つまり彼等はブラザーフッドの代りに自由を求めているのではなく、彼ら流の独裁を求めているのだ。
ここでも両者は、自分の意思を他者に押しつけ、他者の生き方や信仰を抑圧しようとしている。
どんな口実があるにせよ、互いに引合わずにはおられないのも、同じ周波数帯で活動しているからだ。
                    (中略)
 キリスト教過激派に当て嵌まる事は、イスラム教過激派にも言える。
ヒンズー教やユダヤ教他、あらゆる宗教の過激派についてもそうだ。
これは、ヨーロッパ人がやってきた時点のアメリカ原住民についても、ある程度当てはまる。
アメリカ原住民の文化には驚異的な知恵もあるし、全てのものが繋がっているということに関しても、ヨーロッパ人よりも遥かに深い理解をしている。
 だが、ここで極端に走って、ニューエイジ運動を支持した多くの者のような甘っちょろいアメリカ原住民像を描いてはいけない。
白人が来る迄のアメリカ先住民の各部族は、その多くが、単に部族が違うからという理由だけで互いに争っていた。
 殺戮と争いが溢れていたのだ。
そのように荒々しいばかりで、戦闘用に顔に絵具を塗りたくるような心性で生きていれば、同じように暴力を正当化する別のエネルギーを惹き付けるだろう。

暴力も選択肢の中と考える2つのグループがいれば、必ず両者の間には霊的な対立が起るものなのだ。
    『大いなる秘密(下)世界超黒幕』(デーヴィッド・アイク/三交社)

 コロンブスの悪業については、既に当サイトの「ホンのひとくち」に以下の2冊の書籍の抜粋をアップしています。
① 『日本は掠奪国家アメリカを棄てよ』
② 『ユダヤ問題入門』
私が問題としている内容をピックアップして以下に再掲します。

・ 見せしめに腕を叩き切る偉人(=コロンブス)

 コロンブスは日記をつけていた。その日記には、バハマ諸島に上陸した時、先住民は数々の贈物を手に、海の中にまで出向いて歓迎してくれたと記されている。
 コロンブスが「穏やかで優しい」と形容した先住民は、武器を持たないどころか、その存在さえ知らなかったという。
コロンブスは記す。
「私がサーベルを見せたら、刃のほうを持って手を切ったくらいだった」
 上陸してから数カ月の間、スペインの後援者に宛てた手紙には「彼らは極めて純真かつ正直で、決して物惜しみしない。乞われれば、何であろうと与えてしまう」と書いている。

 しかし、日記の中に突然、次のような一節が現われる。
「彼らは立派な召使いになるだろう。手勢50人もあれば、彼らを一人残らず服従させられるし、望むことを何でもやらせることができるだろう」。
これが、コロンブスが先住民に対して抱いていた見解である。
客を手厚くもてなす主人としてではなく、自分達の思い通りのことをやらせる為の召使いとして見ていたのだ。

 コロンブスの日記には、やたらと「黄金」の2文字が登場する。
最初の2週間の日記には、75回も出て来る。
黄金に目が眩み、小躍りするコロンブスの姿が目に浮ぶようだ。
  ジン氏が記すように、コロンブスの話で強調されるのは彼の「厚い信仰心」だ。
コロンブスはそれ故、先住民に「改宗」を迫ったのだろう。
一行の主な滞在地であるエスパニューラ島には、至る所に十字架が立てられたそうだ。
しかし、それと並べて絞首台も立てられ、1500年には340台を数えているというから、コロンブスの信仰心とは一体何であったのか。

 コロンブスー行の所業は目を覆うばかりである。
先住民が持っている僅かばかりの黄金を見ただけで、大量にある筈だと思い込み、期限を設けて、黄金を差出すよう命じた。
そしてそのノルマを達成出来なければ、ほかの先住民への見せしめのため、腕を叩き切ったという。
  山に逃げた者は猟犬に追われ、仮令逃げ切れたとしても、その先に待っていたのは餓死か病死。何れにしても死だった。
絶望に打ちひしがれた人々は、毒を飲み干した。

 コロンブス等が来た事によって、地上の楽園だったエスパニョーラ島は急速に人口が減って行った。
もちろん、この「減る」という意味は、殆んど「死ぬ」と同義である。
もっと正しい表現を使えば、「殺された」という事だ。

 ある学者の推定では、当初30万人いた先住民のうち約10万人が、1494年から96年までの2年間で死亡したという。
1508年には更に6万人に減り、1548年には生存者は500人いたかどうかも疑わしい。
これを「ジェノサイド(集団殺戮)」と呼ばずして、何と呼べば良いのだろうか。
    『日本は掠奪国家アメリカを棄てよ』(ビル・トッテン/ビジネス社)

・ ユダヤは、エスパニョーラ島の原住民三百万人を、50年で皆殺しにした!

 この島の原住民は、元を辿れば、何万年か前、アラスカ経由で新大陸を南下したモンゴル族、即ち我々日本民族と同族の人々です。
スペイン国籍のユダヤ人は、この島の人々の保有する黄金を奪取する目標を立て、キリスト教の伝導を目晦ましに使って原住民を油断させてから、悪魔の本性をさらけ出しました。

 彼等は、馬に跨り、剣や槍や銃を持って、原住民の村落を襲い、老若男女長幼の別なく手当り次第に惨殺した。
身重の女の腹を裂き、誰が一太刀で体を真っ二つに斬れるか、誰が一撃の下に首を落せるかの腕試しを競った。
また母親から乳飲み子を奪い、その子の足をつかんで岩に頭を叩き付けたり、幼児を川へ突落しておいて、「さあ、泳いでみな」と冷笑したりした。

 ユダヤ、スペインの侵略者達は、漸く足が地に着く位の高さの絞首台を13基作り、キリストと12人の使徒を讃えるのだと言って、13人をこの台に吊し、その下に薪を置いて火を付け、生きたままの原住民を火焙りにして殺した。
また、原住民の手足を鎖で縛り、その体に乾燥した麦藁を巻き付け、それに火をつけて転がし、その焼け死ぬ様を見て拍手を送るというふざけ方をした。

 インディオの家族を殺す手口は入念だった。
地中へ打込んだ4本の棒の上に、細長い丸太棒で作った板を取り付け、その下で火を焚いた。
耐え兼ねて悲鳴を上げるのを面白がってじわじわと死んで行くのを楽しそうに眺めていた。

 怒った原住民が、稀にユダヤ、スペイン侵略者を殺害したが、インディオが1人のキリスト教徒(実はユダヤ人)を殺したら、その仕返しに百人のインディオを殺すという掟を作った。
この島のある王国の有力者300人を集めたスペイン総督(ユダヤ)は、出入り口を塞いで閉込め、火を放って焼き殺した。
 ― といった記録が残っています。

 こうして、エスパニョーラ島300万人は200人を残して全滅し、この200人も間もなく死滅した、というのです。
我々日本人にはとても信じられない話ですが、旧約聖書とタルムードでユダヤの本音を知って見れば、いかにもユダヤのやりそうな事と納得出来るではありませんか。
                『ユダヤ問題入門』(太田龍・著/泰流社)

 ここで紹介されている話は史実として幅広く知られているものです。
アイクがそのようなアメリカ建国の原点となる歴史を知らなかった筈はありません。
このような歴史の“真実”には目を背けて、アイクは次のように吐捨てているのです。

 「‥‥甘っちょろいアメリカ原住民像を描いてはいけない。
白人が来る迄のアメリカ先住民の各部族は、その多くが、単に部族が違うからという理由だけで互いに争っていた。
殺戮と争いが溢れていたのだ。
そのように荒々しいばかりで、戦闘用に顔に絵具を塗りたくるような心性で生きていれば、同じように暴力を正当化する別のエネルギーを引付けるだろう」


 この事から見ても、口先で「ラブloveが大切だ」と言っているアイクという人物の欺瞞性を感じないではおられません。
アイクの書籍を通じて強く感じるのは、新約聖書でイエスが弟子達に「世の終りに大切なこと」として教え諭した内容と、正反対の波長です。

 その一つは「言葉使いが汚いこと(「聖書の神なんか、糞食らえだ!」と言った表現)」、「知ったかぶりで傲慢な態度(=謙虚さがない)」、「歴史的に多くの人の信仰の対象となってきた神を口汚く罵っている(=自分を高くする者)」等等です。
 ということで、私もこれ以上アイクの文章に係わりを持ちたくありませんが、最近太田龍氏が必死にアイクの宣伝を続けておられるので、間違った認識が広がる恐れもあります。
今後も機会を見て、更にアイクの虚妄性を明らかにして行きたいと思います。
                            
                        (了)



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イエスの教えには切り込めないアイクの弱さ

  デーヴィッド・アイクの近著『竜であり蛇であるわれらが神々』(英文原題は『マトリックスの子供たち』)を購入しました。
上巻にさっと目を通した感じでは、やはりお勧めしたいと思う本ではありませんでした。
 率直な感想は「アイクの正体見たり…」という感じです。
アイクこそ、この本のタイトルのように、その魂は竜であり、蛇なのではないだろうか‥‥と思いたくなるような内容の羅列でした。
一口に言うと、「傲慢極まる表現が多い」ということです。

 そこで、再度『大いなる秘密』(太田龍・監訳/三交社)の上・下巻を紐解いてみました。‥‥謎が解けました。
アイクがなぜこんなにも「新約聖書は架空の物語である。イエスは実在の人物ではない」ということに固執するのか ― その理由が解ったのです。
以下は私が導き出した結論です。

 先ず、アイクは多分ユダヤ人だろうということです。
少なくともユダヤ人の血を引いているのは間違いないと思います。
David が「ダビデ」というユダヤ姓であることもそれを表していますが、気になるのは彼が著書の中で「世界を動かしている黒幕がユダヤ民族である」という一般的に出回っている説を執拗な迄に否定している点です。
 又、ユダヤ教を信ずる人達が長年に亘ってキリスト教及びキリスト教徒を攻撃し、既にある時点からは完全にキリスト教の中枢に入り込んで、ユダヤ化させてしまったと指摘されている点については全く触れていません。
それどころか、「ユダヤ人も他の民族と同じようにレプティリアンに操られている犠牲者なのだ」と言いくるめる有様です

このあたりの論理の展開はたいへん巧妙です。

 『大いなる秘密(下)世界超黒幕』の末尾にある索引の「ゆ」の項に「ユダヤ教・ユダヤ教徒」「ユダヤ人」の2項目が載っています。
そのすべてのページをめくって内容を吟味してみました。
すると、どのページも「ユダヤは世界の黒幕とは関係ない」という“ユダヤ擁護”の内容で埋め尽されているのです。
以下にその一部を抜粋してご紹介します。

  イギリスとオランダ間の本当を言えば、その両国民には全く関係のないことだ。
レプティリアンやブラザーフッドに騙されるのはもう止めだというなら、「あれはイギリス人だ」とか「あれはオランダ人だ」とか言って、大声を上げるのを止めることだ。
 「アメリカ人」「ドイツ人」「フランス人」「白人」「黒人」「ユダヤ人」、あるいは「レプティリアンだ」と言うのも止めるべきだ。
こういう「大衆」は一切係わってはいない。係わっているのはある「一定の血統」と、その内部派閥だけなのだ。
 一つの人種なり、民族なり、信仰体系なりを非難することは、まさにブラザーフッドが我々に求めていることだ。
何故なら、大衆が互いに分裂していれば、統一が取れず、揉め事が多くなり、派閥抗争に発展するからだ。
 当に、「分割して統治せよ」だ。
裏で操っているのは、幾つかの血統と、今挙げたような国々や民族の全てを通して活動している「使い走り」とで作っているネットワークだ。
大衆は一切何も知らされてはいない。(下巻295ページ)

 これは明らかに「ユダヤ人(人種)」「ユダヤ民族(民族)」「ユダヤ教(信仰体系)」を念頭に置いて述べられたものです。
アイク自身は、「ユダヤ(人・民族・教)」が世界を支配下に置こうという謀略を持っていると見られていることを知っていて、それをストレートに表現することなく、一般論として処理しているのです。
見事な目晦ましと言わざるを得ません。
それ以外にも次のような表現で「ユダヤ(人・民族・教)」を弁護しています。

 レプティリアンが世界支配の媒体として利用しているのは主に白人種であるが、彼らは、中国人や日本人、アラブ人やユダヤ人とも交配を重ねている。(上巻151ページ)

 「ユダヤ人だけがレプティリアンの手先になっている訳ではない」ということを言いたいのでしょう。
アイクによれば、日本人にも憑依されている者はいるようです。
「レプティリアンに憑依され、世界を支配しようと考えている日本人もいる」ということでしょうか。

 我々がユダヤ人と呼んでいる人々の大部分は、イスラエルの地ではなく、コーサカス山地にその起源を持っている。
歴史学や人類学の研究によって、ユダヤ人と呼ばれている人々の中で古代イスラエルと何らかの遺伝的繋がりを持っていると考えられる人は、ほんの僅かに過ぎないということが分っている。(上巻178ページ)

 「だから、現在のユダヤ人は、新約聖書の中でイエスを謀略にかけて殺害したとされているユダヤ・パリサイ派とは遺伝的関係はないのだ」ということを言いたいのでしょう。
 確かに、今日の世界を支配していると言われるユダヤは、かつてのカザール帝国から逃げてきた民族で、古代ユダヤと区別するために「アシュケナジー・ユダヤ」と呼ばれ、イエスの時代の「スファラディー・ユダヤ」とは別の民族であると言われています。
 然しながら、古代イスラエルとは何の繋がりがなくても、アシュケナジー・ユダヤと呼ばれる白人系の“ユダヤ人”が、世界一極支配を目論んでいるというのは事実でしょう。
出自は違っても、“ユダヤ”に問題があるのは確かなのです。

 ヒンドゥー教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの大宗教は皆、その起源を同じくするものである。
それらはみな、7千年前の大洪水の直後、アーリア人やそのレプティリアン(爬虫類型異星人)との混血種が出現した中近東から派生したものだ。
これらの宗教は、人々の精神を恐怖や罪悪感によって封じ込めるべく作り出されたものだ。(上巻216ページ)

  ユダヤ教をさりげなくその他の宗教と並べ、決して特殊性がないように思わせています。
キリスト教の母胎となった新約聖書をご覧頂ければ(「マタイの福音書」だけに目を通して頂いても)、それが「人々の精神を恐怖や罪悪感によって封じ込める」ものではなく、むしろその逆であることは一目瞭然です。
この辺りのアイクの決めつけは明らかに何らかの意図を持っていることが読み取れます。

  イスラエルの子孫たるユダヤ人の物語の大部分は架空のものである。
しかし、そのヴェールの下には真実が隠されている。
現在に至るまでの数年間、ユダヤ人ほど精神的に捕われの身とされて来た人々はいなかった。
 何故なら一般のユダヤ人達は、ユダヤ上層部のブラザーフッドによって、情け容赦ない残酷な迫害を通じての奇怪な精神操作を受け、彼らの計画を推進するために利用され続けてきたのだから。
「ユダヤ」のロスチャイルド家は、莫大な金をナチスに出資することによって、一般のユダヤ人たちを恐るべき悲惨な結末へと追い込んだ。(上巻222ページ)

 「悪いのは皆ロスチャイルド一族なのです。
そして、ロスチャイルドが誕生(18世紀)する前にユダヤ人が働いたとされる悪事の数々の大部分は架空の物語なのです」
 とアイクは断定しています。
但し、その検証はなされていません。
このようにアイクは、ユダヤに都合の悪いことは、イエスという人物を十字架に架けさせたことを筆頭に、大部分は架空の物語ということにしてしまいます。

 バビロン時代以来編纂され続けてきた凄まじい量の『トーラー』及び『タルムード』は、個人の日々の生活を事細かく規定するものであり、人間精神に対する砲撃と言っても良い程のものでもあった。(中略)
 レヴィ人によって作られたこの書物は非ユダヤ人を排撃する病的な人種主義に満ちており、少しでもユダヤに挑戦する者があれば徹底的に「殲滅」するように説いている。

 『タルムード』は世界一極悪な人種主義の書である。
その精神の病の深さを示すいくつかの例をあげてみよう。

「ユダヤ人だけが人間であり、非ユダヤ人は家畜である」
「非ユダヤ人はユダヤ人の奴隷となるために創られたものである」
「非ユダヤ人との性交は動物との性交と同じである」
「非ユダヤ人は病気の豚以上に忌避されるべきものである」
「非ユダヤ人の出生率は極力抑えなければならない」
「雌羊やロバを失っても取返しがつくように、非ユダヤ人についても取り替えが利く」


 これらは単に凶悪な人種主義と言うに止まらない。
もう一度良く読んで頂きたい。
それは当に、ドラコ・レプティリアンとその手下共が人類に対して取っている態度そのものなのだ。
このような恐るべき内容は一般のユダヤ人によって書かれたものではない。
 一般のユダヤ人達は、このような恐るべき信仰の犠牲者なのだ。
確認しておきたい。『タルムード』はレヴィ人によって書上げられた書物である。
その彼等は、バビロニアのレプティリアン・ブラザーフッドの血流に属する秘密司祭団であり、ユダヤの人々に対してはアドルフ・ヒトラー程の誠実さも持合せてはいなかったのだ。
 だからユダヤ人を責めるのは筋違いだ。
それこそブラザーフッドの思う壺なのだから。
「分割して支配せよ」は彼らの基本戦略だ。(上巻231ページ~)

 『タルムード』が極悪の書であることは一応認めています。
然しながら、それがなぜユダヤ人の為に書かれたのか、何の目的で書かれたのかについては全く説明されていません。
 ですから中々苦しい弁護内容となっています。
何故ユダヤ人と非ユダヤ人を分割しなくてはならないのか ―。
頼まれもしないのに『タルムード』という秘密文書を作成して、その中でユダヤ人だけを特別扱いする理由は何なのか ―。
 そもそもレヴィ人とは一体何者で、『タルムード』が彼等の作という証拠は何処にあるのか ―。
それらには触れずに、「とにかくユダヤ人は悪くはないのだ」と結論だけを急いでいる感じです。

  現に、『タルムード』を中心的な教義にしていると言われているユダヤ教を信仰する人達(=ユダヤ人)が、今日の世界を支配している層の中枢に居る事は紛れもない事実なのに、その事に全くの頬かむりをしているのは異常です。
ユダヤを恐れているか、ユダヤのシンパか、あるいは自らが隠れユダヤ人であるかの何れかだと思われます。
  更に意図的だと思われるのは、『タルムード』の教えの悪質性についての説明が大変おざなりだということです。
その内容も、意図して面白おかしく表現されている処だけを拾っています。
「タルムードはユダヤの教えではなく、それはレプティリアンが書いたものだ」と、ここでもアイクは“ユダヤ”を弁護しています。

  少数のエリート達から見れば、ユダヤ人であろうとカトリックであろうとイスラムであろうと、支配対象であることに変わりはない。
これら全ての宗教や人種と云ったものの欺瞞性は、今日ユダヤ人と呼ばれている人々の実情を見れば明らかだ。
 あるユダヤ人の人類学者は言う。
ユダヤ人なる「人種」は存在しない、と。
ユダヤというのは信仰であって人種ではない。
だから「ユダヤ人」という概念はまったくの捏造である。
(中略)
 ここで留意すべきは、ユダヤ教徒の中にも他の文化に属する者の中にも、レプティリアンの血を受け継ぎ秘密裡に活動している特別な人種が潜んでいるという事実である。(上巻235ページ)

  要するに、「ユダヤ人だけが特別に悪いことをして来た訳ではない。
どんな文化に属する者にもレプティリアンは憑依しているのだから」と、世界中で悪事を働いて来たとされるユダヤ人を徹底的に弁護しています。
最終的には、「もともとユダヤ人なる人種は存在しないんだ」ということで、イエスと同様、ユダヤ人種までが架空の存在にされてしまいました。

 19世紀末に発見された『シオン賢者の議定書(プロトコール)』は、20世紀に起こった出来事とその操作手法を、驚くべき正確さで物語っている。
略して『プロトコール』と呼ばれるそれらの文書は、ロスチャイルドらレプタイル・アーリアンによる創作である。(中略)
 ブラザーフッドは『プロトコール』の内容に対する信用度を落すのに躍起になっている。
それほど『プロトコール』の内容は的を射ているのである。
 私は『プロトコール』のことを、一般に言う「ユダヤ」の手によるものであるなどとは、全く思っていない。
はっきり言えば『プロトコール』は、レプタイル・アーリアンによって「ユダヤ」のものであるかのように見せかけて作られたものだ。(上巻488ページ~)

 ここでも“犯人”は姿の見えないレプタイル・アーリアンということになってしまいました。
アーリア人を操って書かせたという異次元の存在を証人喚問をすることは出来ませんので、確かめる術はありません。
アイクは異次元に行って見て来たのでしょうか‥‥。
かくてアイク法廷では、「証拠不十分につきユダヤは無罪!」ということになったようです。

 シオニズムは陰謀の中心であると言われることもあるが、それは間違っている。
それは、はるかに巨大なブラザーフッド・ネットワークの一部に過ぎない。
シオニズムはユダヤ人固有のものではない。それは一種の政治運動である。
 シオニズムを支持しないユダヤ人は大勢いるし、シオニズムを支持する非ユダヤ人もかなりいる。
「シオニズム」イコール「ユダヤ人」と考えるのは、「民主党」イコール「アメリカ人」と考えるのと同じようなものだ。(上巻521ページ~)

 こうして、徹頭徹尾、「ユダヤ」擁護の内容が続きます
これならADL(ユダヤ名誉毀損防止連盟)から抗議を受ける心配はないでしょう。
逆に表彰状と賞金が贈られるに違いありません。
 かつて文藝春秋社が創刊したばかりの『マルコポーロ』という雑誌に、「アウシュビッツのユダヤ人虐殺はなかったのではないか」という記事を掲載しただけで、たちどころにADLから抗議を受けて廃刊に追込まれたことがありました。
私はその創刊号を持っていますが、決して過激な内容ではありません。
 今日、「ユダヤ」を名乗る勢力がこれだけ強大な力を持っていること、そして「ユダヤ民族」擁護の為に他の民族にはない過敏な反応を示すことについて、アイクはどう考えているのか気になるところです。


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・ デーヴィッド・アイクは悪魔の使者?

 「百の真理に毒一つ」という手口は、囮商法などでもそのテクニックが使われています。
観客が常に「yes」という答えを出すような質問を繰返しながら、何時の間にか高額の商品を買わせてしまうという方法です。
書籍の場合は別にお金を払う訳ではありませんから、肯くような内容を並べておいて、ウソも一緒に信じて貰う事はそれほど難しいテクニックではないのです。

 間違った知識や情報は、どんな書籍にも多少は含まれているとは思いますが、問題なのは意図的にウソを潜ませてある書物があるということです。
それは著者が邪悪な意図を持って執筆したものもあれば、著者自身が他の悪質な情報提供者から誤った情報の提供を受けて、結果としてウソを混入させているケースもあります。
 
 また、参考にした情報源が“文献”のような形のあるものではなく、単なる“閃き”だとか、“神様”や“宇宙人”を名乗る存在からのメッセージである場合は、比較出来る同種の情報がないため、正しいかどうかを判断することが難しくなります。
 ですから、その真贋を判断する為には、非常に幅広い知識に裏打ちされた洞察力が必要となるのです。
まして、最初からウソによって読者をミスリードする目的で書かれた書籍の場合は、更に手の込んだ虚飾が施されているため、普通の人ではとてもそのウソは見抜けません。
 さて、ここで申し上げたいのは、「デーヴィッド・アイクは確信犯である」ということです。
アイクは間違いなく「世界支配層」にスカウトされ、育てられて、巧妙なウソを世界中に信じ込ませる為にデビューさせられた人物だと思われます。
そういう意味では、まさに「悪魔の手先」と言っても良いかも知れません。

 アイクの各著書に描かれた「世界を動かしている支配層」に関する内容には、唸り声を上げたくなるほど感心したのは事実です。
それなのに、どうしてもアイクの文章の波長に共鳴出来ないのが不思議でした。
要するに、全く波長が合わないのです。それが何故なのか疑問に思って来ました。

 今回、当サイトに『大いなる秘密(上)』の内容を丁寧に拾ってアップするに当り、合せて1000ページを超えるこの本を、もう一度じっくりと読み返してみました。
 確かに部分部分の内容には問題が感じられないどころか、大変な説得力があります。
然しながら、やがて随所に散りばめられたウソが明確に浮び上がって見えて来ました。
 そして、大筋としてはこの本の意図は「世界支配層」の姿を明らかにすることによって、むしろ多くの人達に恐怖心を抱かせ、「自分以外に頼りに出来るものはないんだ」と思い込ませる目的で書かれたものであるという結論に至ったのです。

 卑近な譬えで申し上げましょう。
例えばある暴力団の幹部から情報提供を受けたライターが、暴力団組織の内部に就いて非常に詳しい暴露本を書いたとします。
一般の人には全く知られていない特殊な世界の内情が描かれていれば、多くの人は「すごい!」と驚嘆する筈です。
「よくぞここまで調べられたものだ」と。

 然しながら、その情報を提供したのは暴力団に身を置く人物です。
その人物名を「プラザーフッド」としておきましょう。
ブラザーフッドは、一般の人が自分達の力の前にひれ伏すように、いかに暴力団が大きな力を持っているかを誇示しているのです。
 そして、「警察なんて何の力もないんだ。絶対守ってはくれないぜ」というメッセージも、併せて発信します。
暴力団が自らそういうことを自慢する訳には行かず、また客観性もありませんので、一般人を装ったライターに代弁させるのです。

 デーヴィッド・アイクが否定する「警察の力」とは、一口に言えば「神の力」ということです。
その為に「神=宗教団体の持ち物」という決めつけをした上で、宗教団体が如何に堕落しているかを強調し、最後は「宗教は人間を洗脳する為に悪魔が創り上げた手口だ」と断定しています。
 そのことによって、「神なんて頼りにしても駄目だよ」と洗脳しているのです。
「最後に頼れるのは自分だけなんだ。この現実を作り上げているのは自分なのだから、自分が考え方を変えれば世界は直ぐに変るのだ」。
「私は幸せ、と思えば、すぐにハッピーになれるんだ」という論理です。
ここでは「カルマの法則」が全く度外視されています
 ここにアイクの説の虚妄性があるのです。



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・ 「大いなる秘密」に対する大いなる疑問

  当サイトでご紹介しているデーヴィッド・アイクの『大いなる秘密(上)爬虫類人』の中に、私がどうしても納得出来ないことが述べられています。
それは、「新約聖書は捏造されたものであり、イエスは架空の人物である」という内容です。

 これは、まさに「百の真理に(猛)毒一つ」の手口ではないかと思っています。
つまり、誰が見ても正しいと解る内容を並べておいて、その中に巧妙にウソ(毒)を紛れ込ませるという手法です。
 狙いはそのウソの部分を信用させたいことにありますので、他の正しい内容はその囮として使われるということです。
言わば、知られたくない秘密を明らかにするという犠牲と引換えに、自分(達)に都合の悪い真理をウソと思い込ませるという手法で、「肉を切らせて骨を切る」という高等テクニックと言えます。

  この場合の「百の真理」とは、世界を操る陰の勢力の奥の院に関する様々な分析です。
それを「低層四次元に住むレプティリアン(爬虫類人)である」とするアイクの研究は、確かに説得力があります。
 しかしながら、わが国におけるユダヤ問題研究の第一人者とも言うべき太田龍氏が、最近ではすっかり“アイク信者”になっておられるところを見ましても、このアイクの研究は一個人の努力によるものとは思われません。
多くの協力者(執筆依頼人や情報提供者)による資料提供や資金面の援助があるものと考えられます。
 アイクの著書を太田龍氏に働きかけた人間がどういう人物か知りたいところです。
太田龍氏がユダヤ問題やイルミナティに関する研究者として多くの信奉者を持っていることを計算してのアプローチではなかったか、と見ています。
勿論、ご本人にはその自覚はないと思いますが、最近の太田氏の「アイクかぶれ」振りは異常と言わざるを得ません。

 さて、アイクが明らかにしている“真理”の中で私が納得出来る内容は、「異形の霊界の頂点に住み着いたおぞましい存在こそが、イルミナティの奥の院であり、フリーメーソンやシオニスト・ユダヤ等を操る悪魔的存在である」という部分です。
 今日では、ロスチャイルドやロックフェラー、あるいはビルダーバーグ倶楽部や三百人委員会といった人物または組織が世界を牛耳っているように見えますが、その奥の奥、上の上には、どう考えても異星人または異星人を装った異次元の存在がいることは間違いないと思われるからです。

 聖母マリアを装ってポルトガルのファティマに住む子供達の前に姿を現し、第1次世界大戦の終焉と第2次世界大戦の勃発を予告し、それをさらにスケールアップしたような出来事(第3次世界大戦?)が起ることを匂わせた存在は、まさに低層の異界に住む悪魔的存在としか考えられません。
 これこそ、人類の恐怖心を煽り、それを自らのエネルギーとしている存在、すなわち神を装って人類の洗脳を計っている連中の手口なのです。
この宇宙の法則を創造し運行している存在が、わざわざクリスチャンの信仰の対象となる聖母マリアに変装して人類を導かないといけないような、あまりにも低次元で人間臭い手口を使うことはあり得ないことです。

 ということで、世界を牛耳っている勢力の奥の院の分析に付きましては、アイクの研究は真理を突いていると考えて来ました。
然しながら、その研究の中に、以下のような形で新約聖書を否定する記述があるのです。
 先ずは、その内容に目を通して頂きたいと思います。
以下は『大いなる秘密(上)爬虫類人』の第5章(264ページ~)の冒頭に述べられている内容です。

・ 世界的救世主神話は大衆の精神を操作するため茶番的にひねり出したもの

  キリスト教会は、空想の上に打ち立てられた茶番劇だ。
この二千年間、フロックコートを着た男達によって売り歩かれたお伽話を何十億もの人々が信じて来たという現実を見れば、大衆を支配することが如何に容易いかが解るだろう。
 そしてキリスト教に就いて言えることは、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教など、ほとんどすべての宗教に当てはまる。
これらの宗教は、同一の勢力によって同じ目的を達成する為に作られたものである。
世界中の救世主神話は、同一の作戦計画の元に打ち立てられている。
それは大きく3点に絞れるだろう。

① あなたは原罪と共に生れて来た。
あなたがこの地上に生れた最初から、あなたは無価値なものだった。

② あなたは、「救い主」を信じることによってのみ救われる。司祭達の言うとおりにしなさい。

③ もしそれに従わないのであれば、あなたは地獄の業火の中で永遠に焼かれ続けることになるだろう。

  このようなやり方によって、何千年もの間、恐怖と罪悪感とが作り出され続けて来たのだ。
赤子に死なれたカトリック教徒の母親は、わが子の魂がどうなるのかを案じて深い悲しみにくれるという。
 ほんの数日しか生きられなかった赤子達は、イエスヘの信仰を持つことが出来ないからだ。
彼らは天国へ行くのだろうか。それとも地獄へ行くのだろうか。
私はアメリカのテレビで、あるカトリックの番組を観たことがある。
その中で、長いフロックコートを着た男(神父)がそのことを質問された。

 彼は言った。「それは非常に深い神学的な問題です。赤子の魂はリンボー(冥界の辺土)へ行きます(何時までそこで彷徨い続けるのだろうか?)。
或いは両親の行ないによって天国へ行けるかどうかが判定されます」
  司祭の行ないによって判定されるのでなくて本当に良かった! 
イエスを信じることによってのみ救われるというのであれば、イエスの名前さえ聞かれないような地域に住んでいた何十億もの人々はどうなったのだろうか。
彼らは全て地獄の業火で焼かれるというのだろうか。
  キリスト教の神なんて糞喰らえだ。そんなことが本当であろう筈がない。
それは、レプティリアンの秘儀を受けたバビロニアン・ブラザーフッドが、大衆の精神を操作する為にでっち上げた作り話なのだ。
      『大いなる秘密(上)爬虫類人』(デーヴィッド・アイク/三交社)

  新約聖書の内容が捏造なのではなく、アイク自身が「新約聖書の内容はこんなものだ」と捏造しているのです。
新約聖書の冒頭にある「マタイによる福音書」だけを読んでも、アイクのウソは直ぐに解ります。
新約聖書の内容は、まさにこの宇宙の真理ともいうべき「カルマの法則」の要諦を余すところなく述べているといっても過言ではありません。

 イエスの死後に宗教化されたキリスト教は、アイクの言うような性質を持っていると言えるかも知れません。
しかし、イエスとキリスト教は関係ないのです。
イエスの教えを記述した新約聖書を宗教として利用しているのがキリスト教であるというだけのことです。
アイクは現在のキリスト教の問題点を指摘することによって、イエスそのものの教えを否定しようとしていることが見て取れます。

 百歩譲って、もしイエスが実在の人物でなかったとしましても、その雛型となった人物がキリスト(メシア=救世主)だったと考えることが出来ます。
2000年も前に、あれだけの霊的真理を述べられる存在は、どう見ても正統な霊界(神霊界)に住まう高級神霊の生れ変り、又はそのような高級神霊を指導霊とする人物と思って間違いないからです。
それは何も「イエス」という名前でなくても構わないわけです。
 しかしながら、イエスの教えを広めた弟子達(アイクはこの弟子達も架空の人物だと述べていますが)によって、その後、ユダヤ教と対立する教義を持つキリスト教が宗教として誕生し、世界中に広まって行ったことは紛れもない事実です。

 また、そのキリスト教に対して、ユダヤ教を信仰する勢力から陰に陽に攻撃が仕掛けられ、主だった教会は勿論、今日では法王庁まで支配下に置かれていると見られています。
 もし、新約聖書の内容がアイクの言うレプティリアン(爬虫類人)の影響を受けた人物の創作によるものであれば、作った後でその教えが広がるのを妨害するような無駄なことはしないでしょう。
 新約聖書に書かれたイエスの教えそのものが、彼らにとってはたいへん有難くないものなので、“究極の妨害策”として、イエスや新約聖書そのものの否定という工作を行なったものと考えられます。

 この点に関する限り、デーヴィッド・アイクの分析は却下したいと思いますが、それよりも、アイクそのものが多分に異次元からミスリードをされている可能性も高いと考えています。
 霊的に敏感な者は、ちょっとした気の弛みで低層四次元からの干渉を受け、憑依されてしまう危険性があるという見本のような気が致します。アイクが自著の表紙に自らの手を広げた全裸の写真を載せて世間の注目を集めようとしたことを見ましても、当(まさ)に普通の感覚とは思えません。
「それ(裸体の表紙)を異常と見る考え方こそが、洗脳されている証拠だ」といった詭弁を使って読者を翻弄していますが‥‥。
 
 本題に戻ります。
現在のキリスト教が新約聖書の内容を曲解した教えを広めていることについては、私も同感です。
アイクが指摘した問題点は、新約聖書の中にあるのではなく、キリスト教となった宗教団体の教えの中に潜んでいるということです。


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新約聖書の「カルマの法則」

 この記事はなわ・ふみひと氏のデーヴィッド・アイク論の序章となるものです。


・ 新約聖書が教える究極のカルマの清算法

なわ・ふみひとの[身魂を磨くカルマの法則]
第6章 カルマの清算はどうすればできるのか より
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/karma30.html

 古代から現代に至る迄の間に、世界で最も多く発行されて来た書物といえば、文句なしに聖書という事になるでしょう。
聖書には旧約聖書と新約聖書がありますが、旧約聖書はユダヤ教とキリスト教で正典とされ、イスラム教にも影響を与えているのに対し、新約聖書はキリスト教だけの正典とされている点が違います。
しかしながら、例えば新約聖書がキリスト教という一宗教団体の為に書かれた書物だと思っている方は、その認識を改めて頂く必要があります。

 正確に言いますと、新約聖書は「イエス・キリストという超能力者が、終末を迎えた人類に対して正しい生き方を伝えた警告の数々を、その弟子達が取り纏めた書物」という事が出来ます。
決して一つの民族や一つの宗教団体の信者の為だけに編纂されたものではないのです。
 しかも、今日のキリスト教は、本来のイエス・キリストの教えから大きく逸脱しているという指摘がなされています。
有名なシルバーバーチの霊言や、超能力者として霊界とこの世を行き来して来たと言われているスウェデンボルグの著書の中で、その事が厳しく批判されています。

 というわけで、さらに踏込んだ説明をしますと、新約聖書は、仏教の「因果応報の理」と全く同じ内容の「カルマの法則」を説き明している書物と言っても良いでしょう。
 そういう観点から、ここでは新約聖書の冒頭に収められている「マタイによる福音書」を引用しながら、イエス・キリストの教えの真髄とも言える内容を見て行きたいと思います。
イエス・キリストは弟子達に「人が神の国に入る為には、この世でどのような事を守らないといけないか」ということを教えているのですが、基本的には「カルマの法則」について述べています

 因みに、新約聖書に度々出てくる「御国」あるいは「神の国」とは、この世で善行を積んだ人が死後に訪れるとされる「天国」の事ではありません。
この物質文明が滅んだ後に現れる「新しい世界」の事を意味しているのです。
  終末の時代を迎えた今、私達人類が幾度かの生れ変りの中で作って来た善くないカルマを清算して「神の国」に行く為には、これからどのような生き方をすれば良いのでしょうか。
新約聖書の中でイエス・キリストは色々な譬えを使って、終末に於ける生き方の要点を大変解り易く教えてくれています。
 その教えの数々を分類して、次の9項目に整理してみました。
これらは超能力者でもあったイエス・キリストが弟子達や民衆に対して明らかにした「究極のカルマの清算法」と言えるものです。
この後で一つずつ解説して行きますが、先ずはその9つの項目を纏めてご覧頂きたいと思います。

・ 新約聖書が教える究極のカルマの清算法

 (1) 心を尽して神を愛しなさい

 (2) 自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。

 (3) この世での報いを求めず、 神の国に富を積みなさい

 (4) この世では幼子のように自分を低くしなさい

 (5) 神の力を疑ってはなりません。

 (6) 人を裁いてはいけません。

 (7) 自分がして欲しいと思う事を、他人にして上げなさい。

 (8) 心の中に悪い思いを持たないようにしなさい。

 (9) 父と母を敬いなさい。

                    (以下、各論省略)


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小保方さん 実験ノートへの誤解に悔しさ

YAHOO! ニュース
小保方氏 実験ノートへの誤解に悔しさ 公開したのはごくごく一部の引用
デイリースポーツ 5月12日(月)23時34分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140512-00000079-dal-ent

 STAP細胞の論文問題で、理化学研究所・小保方晴子氏の代理人弁護団は12日、ネット上などで小保方氏の実験ノートに関して誤解に基づく批判・中傷が集中しているとして、メディア宛に声明文書を出した。

 取材対応した弁護団の三木秀夫弁護士は、今月7日夜に弁護団が小保方氏の実験ノートの記載内容として公開した「マウス絵」などに関して、「あくまで理研に提出した理由補充書に実験ノートのごくごく一部を引用したもの」と説明。
 実物の実験ノートはほぼ手書きで「マウス絵」はノート1ページの約8分の1に当る部分を接写したもので、残り部分にはデータが書き込んであったという。
また「マウス絵」以外の公開箇所は、手書きの記述をワープロ打ちで再現したものだという。

 同弁護士は「世間には恰も実験ノートを公開したとの認識が広がり、『あんなものか』『あんな少しのものでしかないのか』と思われている」「誤った情報が海外にも流れ、歪められて伝わっている」とした。

 現在も大阪府内の病院に入院中の小保方氏について、同弁護士は「電話で話をすると、先日の(理研の再調査不再開の)決定に対する悲しさに加えて、その(実験ノートへの誤解の)ことばっかり言っている状態」と明かした。

 改めて「理研の調査委には(実験ノート)全部のコピーを提出していた」と説明した。

 これ迄も同弁護士は、小保方氏の実験ノートに関しては「ちょっと(内容を)出しただけで、ネット科学は、批判中傷の嵐で炎上していると聞いている。
特許も絡めた問題も噴出して、粗探しも始まるだろうし、もう身動き取れないのが正直なところ」
と語っていた。


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黒魔術は用済み

 此の方悪が可愛いのぢゃ、御苦労ぢゃったぞ、
もう悪の世は済たぞ、悪の御用結構であったぞ。
早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ
 
(ひふみ神示 第廿一巻 ソラの巻 第10帖)
 
改心すれば型小(ち)さくて済むなれど、掃除大きくなるぞ
(ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第10帖)
 

 コブラも魔龍も黒魔術に係わっている。
黒魔術というのは、霊性の向上を伴わず、霊力だけを手に入れて自分の為に利用する邪道である。
 こういうのも立派な神の御用ではあるが、人類が巨大な進化の弧の最下点を通過して上昇弧に入って行くに連れ、用済みになって来る。
その段階で彼等に残された正しい道は、改心してカルマの清算を行ない、善の御用に鞍替えすることである。
それが冒頭に掲げた神示の意味するところです。
 それが出来なければ、彼等は進化の弧から取残され、他の未開惑星に転生するとか、永遠に闇の中を彷徨うことになります。
簡単に言えば、次元上昇が出来ない。(精々五次元止まり)
最悪の場合、魂そのものを失うことになります。
 
 その際、カルマの清算を免れる方法があると考えるのは彼等の願望に過ぎず、実際には存在しない。
カルマは観念だという説(魔龍によると、デーヴィッド・アイクも言っている。コブラはパクっただけでしょ)は単純にウソであると判断する。(http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-334.html
 タラの芽が「カルマが観念であることはヨガに精通している人には周知のこと」というのも怪しい。(魔道のヨガなら別だが)
ヨガと無関係ではない神智学にもそんな話は出て来ない。
 “昨年までは、カルマは神が作られた宇宙の法則だと信じていました。(今年に入って?)私の意識に突如過去の教義(霊的関連書籍含め)がほころび始めました。”
http://stonegods.blog.fc2.com/blog-entry-722.html
というのは、エネルギーが変ったからではなく、邪霊と波長が合った可能性を疑った方がいい。

 魔龍がタラの芽のカルマ論にどう反論するか注目していたが、結局は同じ穴の狢で「カルマの法則は存在するが、回避する術があり、しかも覚(醒)者には適用されない」という話になった。
http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-335.html
これは、根本的に論理がおかしい。
 ネガティブカルマを犯す覚者などは完全に自己矛盾である。有り得ない。
もし存在したらそれは覚者ではない。

 こういう罰の免除は(絶対に)ない、とシルバー・バーチが断言している。
3つ前の記事
そのシルバー・バーチを貶めるようなことを言った竹下雅敏も邪霊だと4つ前の記事でサニワしておいた。


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試練の意味(シルバー・バーチ)

 地上生活の目的は、愈々霊界へ旅立つ時が来た時に霊に十分な備えが出来ているように、様々な体験を積む事です。
先ずこの地球へ来るのはその為です。
 地上はトレーニングセンターのようなものです。
霊が死後の生活に対して十分な支度を整える為の学校です。
あなた方にとってイヤな体験こそ本当は一番為になるのですよ、と繰返し申し上げるのは、そういう理由からです。
 魂が目覚めるのは呑ん気な生活の中ではなく嵐のような生活の中に於いてこそです。
雷鳴が轟き、稲妻が走っている時です。
地上だからこそ味わえる体験を積まないといけません。
かくして霊は一段と威力を増し強化されて、死後に待受けている生活への備えが出来るのです。

 地上の人生は所詮は一つの長い戦いであり試練です。
魂に秘められた可能性を試される戦場に身を置いていると言っても良いでしょう。
 魂にはありとあらゆる種類の長所と欠点が秘められております。
即ち動物的進化の段階の名残である下等な欲望や感情もあれば、あなた方の個的存在の源泉である神的属性も秘められております。
そのどちらが勝つか、その闘いが人生です。
地上に生れて来るのはその試練に身を曝す為なのです。

 人間は完全なる神の分霊を享けて生れてはいますが、それは魂の奥に潜在しているのであって、それを引出して磨きを掛ける為には、是非とも厳しい試練が必要なのです。
 運命の十字路に差し掛かる毎に右か左かの選択を迫られます。
つまり苦難に厳然と立向かうか、それとも回避するかの選択を迫られる訳ですが、その判断はあなたの自由意志に任されています。
 尤も、自由といっても完全なる自由ではありません。
その時点に於いて取巻かれている環境による制約があり、これに反応する個性と気質の違いによっても違って来るでしょう。

 地上生活と言う巡礼の旅において、内在する神性を開発する為のチャンスは予め用意されております。
そのチャンスを前にして積極姿勢をとるか消極姿勢をとるか、滅私の態度に出るか自己中心の態度に出るかは、あなた自身の判断によって決まるという事です。

      「古代霊は語る シルバー・バーチ霊訓より」(近藤千雄・訳編/潮文社) より
                            

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試練に学ぶ

 オレンジャーがシルバー・バーチと同じ事を言っています。
これと、次のコブラメッセージを読み比べてみて下さい。
コブラの正体がはっきり見えて来ます。残念ながら、イベントは詐欺です。

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 “人々はまた、苦難は決して人生体験の一部として意図されたものではないことに気づくようになりました。そしてとうとう、この地球の二元性という実験はエラーであり、修正する必要があることを認識しています。
修正は、光に戻るプロセスを経てなされます。”

引用元: 地球惑星の最新情報
http://nowcreation.jimdo.com/2014/05/09/地球惑星の最新情報/
----------------------------------------------------------------------------------------------------------


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
試練に学ぶ      2014-05-11
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11847241356.html

 俺はオレンジャー!

 君達の周りで理不尽な出来事が起る事があるかも知れない。
そんな時、自分の不運を呪って、悪態をついたりしていないだろうか?

 そんな事をしても全く事態は解決しない。
大切な事は、その状態をきちんと受け止め、その時に出来るベストを尽す事。

 試練は必ず君達の人生で起こる。
正確には起るようにプロットされていて、それによって君達は様々な事を学ぶんだ。
何も無い状況が続くのであれば、生きている意味がない。
 唯、毎日楽しい事だけでは魂の成長は有り得ない。
大変な事を、自分のベストな能力を使って乗切る事によって、君達の可能性の枠が広がって行くんだ。


 試練が来たら大きく成長する大チャンスだと感じて欲しい。
大きなテストを乗越えて、一回り大きく成長出来るとても貴重な機会だ。
その試練を通じて、本当の自分の姿と出会える事もある。
そんな心構えで試練から学んでほしい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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シルバー・バーチが説く因果律

死にたい 生きるのが辛い人へのメッセージ から抜粋
http://www.sbsb.jp/シルバーバーチの霊訓-全12巻からの霊言集/3-因果律についての霊言集/

 「地上では必ずしも正義が勝つとは限りません。何故なら因果律は必ずしも地上生活中に成就されるとは限らないからです。
ですが地上生活を超えた長い目で見れば、因果律は寸分の狂いもなく働き、天秤は必ず平衡を取戻します」
 
 「神は絶対に誤魔化されません。法則は法則です。原因はそれ相当の結果を生み、自分が蒔いた種子は自分で刈取ります。
そこに奇跡の入る余地もなければ罰の免除もありません。
摂理は一分一厘の狂いもなく働きます。不変・不易であり、数学的正確さを以って作用し、人間的制度にはお構いなしです」

 「摂理は機械的に機能し、自動的に作用します。
即ち親切、寛容、同情、奉仕の行為が自動的にそれ相応の結果を齎して霊性を高め、反対に利己主義、罪悪、不寛容の精神は自動的に霊性を下げます。
 この法則は変えようにも変えられないのです。みっともない執行猶予も安価な赦免もありません。神の公正が全宇宙に行渡っております。
霊的な小人が巨人の振りをしても誤魔化せません。死の床での悔改めも通用しません」


 「蒔いたタネが実りを齎すのです。タネは正直です。
トマトのタネを蒔いてレタスが出来た事はありません。蒔かれた原因は大自然の摂理に正直に従ってそれなりの結果を齎します。
 自然界について言える事は人間界についてもそのまま当嵌まります。
利己主義のタネを蒔いた人は利己主義の結果を刈取らねばなりません。
罪を犯した人はその罪の結果を刈取らねばなりません。
寛容性のない人、頑固な人、利己的な人は不寛容と頑固と利己主義の結果を刈取らねばなりません。
この摂理は変えられません。永遠に不変です

 「発生した原因は数学的・機械的正確さをもって結果を生み出します。
聖職者であろうと、平凡人であろうと、その大自然の摂理に干渉する事は出来ません。
 霊的成長を望む者は霊的成長を促すような生活をする他はありません。その霊的成長は思いやりの心、寛容の精神、同情心、愛、無私の行為、そして仕事を立派に仕上げる事を通して得られます。
 言い換えれば内部の神性が日常生活に於いて発揮されてはじめて成長するのです。
邪な心、憎しみ、悪意、復讐心、利己心と言ったものを抱いているようでは、自分自身がその犠牲となり、歪んだ、ひねくれた性格という形となって代償を支払わされます」

 「摂理に反した事をすれば必ずそれなりのツケが廻って来ます。
何時も申しておりますように、その摂理の働きは完壁です。
時としてそれがあなた方人間には見極められない事がありますが、因果律は間違いなく働きます。法則だからです。
このことはこれまで何度も説いて参りました。ここでも改めて申し上げます。宇宙には自然の法則、神の摂理しか存在しない、と。
ですから、その摂理に順応して生きる事が何よりも大切である事を人類が悟るまでは、地上に混乱と挫折と災害と破滅が絶えないことでしょう。
私達に出来るのは永遠の霊的原理をお教えする事だけです。
 物的なものが全て朽ち果て灰燼に帰した後も尚残るのはそれだけだからです。
物的なものしか目に映じない人間は、幻影を追い求め永遠を忘れるために大きな過ちを犯すのです。
 至って単純な真理ばかりです。が、地上人類は未だにそれを悟れずにいます」

 「私に言える事は、如何なる過ちも必ず本人が正さなくてはならないという事それだけです。
地上で正さなかったら、こちらへ来て正さなくてはなりません」

 「神の摂理は絶対に誤魔化せません。
傍若無人の人生を送った人間が死際の改心でいっぺんに立派な霊になれるとお思いですか。
魂の奥深くまで染み込んだ汚れが、それ位の事で一度に洗い落せると思われますか。
 無欲と滅私の奉仕的生活を送って来た人間と、我侭で心の修養を一切疎かにしてきた人間とを同列に並べて論じられるとお考えですか。
すみませんでしたの一言で全て赦されるとしたら、果して神は公正であると言えるでしょうか」

 「責任は個々において背負うというのが摂理です。
摂理の許に於いては、あなたは他人の行為に責任を負う事はありません」

 「他人を唆して悪い事をさせた場合。それはあなたの責任です。一種の連鎖反応を起させた事になります」

 「原因と結果の法則は容赦なく展開して行きます。その因果関係に干渉出来る人はいません。
その絶対的法則と相容れない事が起きるかのように説く教説、教理、教訓は間違っております」


 「忘れないで頂きたいのは、根本において支配しているのは因果律だという事です。
地上に於ける身体的行為が結果を生むのと同じように、精神的及び霊的次元に於いてそれなりの結果を生むように仕組まれた自然の摂理の事です」

 「誰が何をしようと、その代償はそちらにいる間か、こちらへ来てから支払わされます。
如何なる行為、如何なる言葉、如何なる思念もそれが生み出す結果に対してその人が責任を負う事になっており、絶対に免れる事は出来ません」

 「自分が過ちを犯したら、その荷は自分で背負ってそれ相当の苦しみを味わわなくてはなりません。
そうやって教訓を学ぶのです。もしも誰か他の者が背負ってあげることが出来るとしたら、過ちを犯した本人は何の教訓も学べない事になります」

 「慈悲性に富む摂理にも機械性がある事を忘れてはなりません。
如何なる力を以ってしても、因果律の働きに干渉する事は出来ないという意味での機械性です。
如何に格の高い霊といえども、一つの原因が数学的正確さを以って結果を生んで行く過程を阻止する事は出来ません」

 「皆さんは地上という進化の過程にある世界に於ける進化しつつある存在です。
その地球は途方もなく大きな宇宙のほんの小さな一部に過ぎませんが、その世界に生じるあらゆる事態に備えた法則によって支配されております。
 その法則の枠外に出る事は出来ないのです。あなたの生命、あなたの存在、あなたの活動の全てがその法則によって規制されているのです。
あなたの思念、あなたの言葉、あなたの行為、つまりあなたの生活全体を如何にしてその法則に調和させるかは、あなた自ら工夫しなければなりません。
 それさえ出来れば病気も貧乏も、その他無知の暗闇から生れる不調和の状態が無くなります。
自由意志の問題について問われると必ず私が自由といっても無制限の自由ではなく自然法則によって規制された範囲での自由です、と申し上げざるを得ないのはその為です」


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プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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