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ブログ休眠に追込まれた人達

 今日、6月22日は参院選の公示です。いよいよ大詰めです。

 当ブログでは「2016年の元旦に想う」(2016-01-01 09:06)の中で次のように書いています。

 “公的には7月の(衆参同時となるかも知れない)参院総選挙が極めて重要です。その結果が日本の運命を決めるのみならず、世界の運命を決める「関が原の戦い」と言っても良いでしょう。何としても自民党に勝たせ、安倍総理に引続き政権を担って欲しいと願っています。
 安倍さんは、これ迄に何度も危うい局面を「神風」によって救われています。私には、そのことが国祖国常立大神の霊団が手助けしているように見えます。よって、当ブログも精一杯応援させて頂きます。

 因みに、私が応援した人もブログも何故か一種の霊力が加わり、私が何等かの理由で見限る時が大抵ピークになるという奇妙な経験を何度もしています。これには思い当る方が何人もいらっしゃる筈です。つまり、私の行為には「日月の臣民」に特有な神霊の力添えがあるということです。表面的な是非善悪に拘らず、神の御用をする者は「光」、妨げる者は「闇」なのです。”
 
 ところで6月18日、私が比較的最近見限ってぷっつりと長期間アクセスしなかったブログがどうなったか、ちょっと覘いて見ました。その結果が以下です。


1.「田舎で深呼吸
  2015.12月31日以降、更新停止。

 ここのブログ主とは「カルマ」や「フリーエネルギー」、「コブラ」等に就いて議論を闘わせた因縁の相手です。
最後は「反安倍」と「安倍支持」で真っ向から対立し、「書き込まないでくれ」と言われ、手を引きました。「良かろう。どちらが正しいか、決着は参院選で着く」というのが私の立場です。
私の最終コメントは「ヾ(。 ̄□ ̄)ツ あのフジテレビまでもが!」にあります。日付: 2015.11.11(21:43)


2.「自由人の カルマ・ヨガ ノート
  2016.3月05日以降、更新停止。

 このブログは毎回500前後の「拍手」と何十件ものコメントがある人気サイトでした。
私もある時機から常連になっていましたが、2015.12月25日、「叩き屋」と看做され「投稿禁止処分」を受けました。その通告が「集大成の多様性」のコメント欄に残っています。「他者のコメントにコメントをされる方へ」(Koudai Mitsuna)というのがそれです。その当否については見解の相違ですから敢えて釈明はしません。(削除された投稿記事も含めて、全ての原稿が手許に残っていますから、しようと思えば出来る)
 それより、光奈広大が何故、ブログを続けられなくなったのか、本人の記述を拾って見ると、以下のとおり。(原文修正せず)

 “頭の思考活動が、自分にとって未経験なくらい、本当にとどんどん希薄になってきている…。その静けさの中に引きこまれ、ただ漂うようにくつろいでいるしかない、という感じです。”

 “ブログに関して言えば、これまではだいたい3~5日くらいのペースで、話題になるような「意味のかたまり」みたいなものが、自分の内にフワッと自然に浮かび上がってきた。
 その漠とした「意味のかたまり」をつかみ取って、頭の左脳機能を駆使しながら「言葉」の形にえっちらおっちらと書き出していくことによって、ブログ記事を書いていた。でもこの作業はなかなか面倒で、実に非効率な「脳の肉体労働」という感じだ…。
 で、今の状況はと言うと、その「意味のかたまり」みたいなものが薄っすらと浮かび上がっては来るのだけれど――、その浮かび上がってくるものよりも、背景にある「空白」のほうに意識が向かう。
 また、漠とした「意味のかたまり」をつかみ取っても、それを言語化していく左脳機能が、以前のようには活動的でない…。”「漂っています」(2016.02/19)

 “その後も、僕の頭の中の「思考活動」は、徐々に希薄化してきている。
ただ一方で、身の回りの現実は、家の引っ越しの準備や諸手続きなどで、けっこうあわただしい状況にある。
 さらには、妻が勤め先を辞めて(また半年ほどしか続かなかった…)、かつて長く患っていた鬱の症状が再発とまではいかないまでも、妻の精神状況はかなり不安定な様相だ。
 そのため、僕に対して非常にきつい言葉を頻繁に投げかけてくる。
でも、そうした生活上のあわただしさや、感情的な揺さぶりによって、僕の気持ちがあるていどまで行き詰まってくると――急に、ハートの中心から、こんな思いがわき立ってくる。「やがてこの私は、終わるのだ」――”「私は、終わるのだ 」(03/05)

 どうも、ご本人は自分に何が起きているか理解出来ていないようです。
私の側から見ると、私を追い出した時点でこの人の役目が終ってしまい、私の念と本人の守護霊の双方からの働き掛けで「ものを書く霊力」を止められてしまった、と見えるのですが、どうでしょうか。
 このブログは「スピ談義」の巧みさと、コメント対応の丁寧さが人気で、多くのファンがぶら下っています。しかし、私「日月の臣民」の目から見ると、霊学の根本的な処を間違えています。ですから、彼の守護霊団もそれを気付かせるために、敢えて荒療治に踏切ったのではないでしょうか。この人が自分の間違いに気付き、将来復活する芽は未だ残っていると思います。(根本は「無」が闇の教えだということ)


3.「徹底検索、掘進
    2016.5月23日を以って更新終了。

 ここのサイトには私の記事も多数、収録されています。また、私のブログにも掘進と交した対話の記録が残っています。「堀進と神と666の対話
 しかし、結局、この人は単なる「情報コレクター」で終ると見切りを付け、糸が切れてしまいました。そして、ここに来て、やはりブログを続ける意味を見失ってしまったようです。以下は本人の言訳。気の毒に。

 “週に一回の書き込みを続けようと思っていましたが、指導霊はそれさえも望んでいません。来週の月曜日、5月23日限りで完全にこのブログを辞めようと思います。指導霊はアセンションに外れたことは望んでいない。できる限り指導霊に従います。
このブログを辞めても何らかのワクワクを見つけて、それに没頭します。ぼけ老人になりたくないから。”(http://blogs.yahoo.co.jp/horisusumu8/40235608.html


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テーマ : 検証
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小学生にも劣る75歳

 大人は、他人の子であっても、子供を国の宝として大切に護り育てる人としての義務があります。これは外からではなく、私の内側から出て来る魂の声です。
下記のような行為は、法律上は微罪かも知れませんが、関係した数人の小学生の一生に測り知れない悪影響を及ぼします。その人倫上の罪は極めて大きいと言わざるを得ません。
75歳迄生きて、一体何を学んで来たのか。正直、激怒しました。斯かる人物は日本の国土に住む資格なし。


たばこポイ捨て注意され…75歳男小学生の“首絞め”
   3月21日(月)13時41分       テレビ朝日系(ANN)
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20160321-00000022-ann-soci

 公園の側で煙草のポイ捨てを注意されたことに腹を立てて、小学生の首を絞めたとして75歳の男が逮捕されました。

 暴行の疑いで逮捕された無職の前田敏昭容疑者は20日午後、兵庫県加古川市内にある公園の脇で小学1年生の男の子(6)の首を絞めた疑いが持たれています。
警察によりますと、公園で遊んでいた児童数人が前田容疑者の煙草のポイ捨てを目撃しました。「煙草捨てたらアカンのに」等と注意したところ、前田容疑者は大声で怒鳴って男の子の首を絞めた他、他の児童の腕や服を掴んだり、引っ張ったりしたということです。警察に対し、「腹が立ったからやった」と容疑を認めています。 


テーマ : なんだコレ!?
ジャンル :

「手放す法則」の実践

 ディーパック・チョップラ著『富と成功をもたらす7つの法則』(角川文庫)の第六法則です。原文のエキスだけを抽出して自分の言葉も加え、出来るだけ簡略にしてあります。

1.私は全ての物事に対して自分の拘りを捨て、オープンマインドで臨みます。

2.私は物事を解決する過程に於いて進んで不確実性を受入れ、そこから現れる英知を見逃しません。
 物事の解決法は想定外の、思い掛けないものである可能性があります。

3.全ての可能性の場に足を踏入れる時、私は大いなる楽しみと冒険と魔法と人生の神秘を体験します。



参考:  
宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 サインだらけ          2016-03-17 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-12139999224.html

 俺はオレンジャー!
毎日、到る所に沢山のサインが出ている。

 あなたの心が開いていれば、そのサインを見付けることが出来る。
でも、心が閉じていれば、それはサインではなく、単なる偶然として処理されてしまう。

 この世の中に偶然なんてないんだよ。
全ては必然であり、全ては必要なことで、あなたにとって最善なことが目の前で起っているんだ。

 思考というフィルターが、そのサインを曇らせる。
常識とか過去の経験に照し合せて有り得ないとして心を閉してしまう。

 もっと心の儘に生きよう。もっと自分を開放しよう。
その瞬間に世界が変るよ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : 開運・強運・上昇運
ジャンル :

スピに隠れたエゴイズム

 エンリケ・バリオス著「もどってきたアミ」(徳間文庫)のp226~230に、私が決して忘れることの出来ない記述があります。
それは、宇宙親交世界による「救済計画」も空しく、暴力と悪を克服出来なかった実在の惑星が最後を迎えた時の情景です。 
 何千もの核爆弾が炸裂して暗くなり、大地震と山のような津波の中で滅んで行く惑星上で数千機の円盤が愛の度数700以上の「次の世の種」となる人々を救出して行きます。
その一場面。

 「ある円盤が山の上を通過した。下から一団のグループが合図を送っているが、その円盤は見向きもせずに通り過ぎて行った」

 「どうして、助けてあげないの?」というペドゥリートの疑問にアミがこう答えます。

 「このグループの人達は文明の危機に背を向けて来たんだ。皆で協力して直面している問題を解決する代りに、そこから逃げ出すことを選んだんだ。ただ“自分達だけ”の命の救済を求めた人達は、今、その命を失う・・・。別の人生の別のチャンスを待たなければならない」

 「今見ているような逃げ出した人達というのは、もし、仮に新しい世界に住むチャンスを与えられたとしても、彼等は人々に奉仕したり協力したりする行動は採らないよ。
 本当に単純なことだけど、彼等には愛が不足しているんだ。実際に彼等は、そのエゴイズムによって逃げるという行為に走ってしまったんだよ。健康な生活とか、心身の浄化とか、「精神の進歩」とか言った名目にカモフラージュされたエゴイズムだ

 
 アミは、また別のところで次のようにも語っています。
神は“溺れかかっている世界”に対して無関心で全く役立たずの、ただただ妄想的な自己救済や、個人の完璧さや、進歩だけに関心のある人よりも、神を信じなくても、兄弟に対して何時も心を割いている人の方を好むんだよ(『アミ 小さな宇宙人』p201)(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-842.html

 スピというのは現実の問題から目を逸らさせ、自己の精神世界に閉籠ることにより全てが解決すると錯覚させる一面があり、支配層にとっては極めて好都合な道具にも成り得るものです。
目隠し(洗脳)して幻想を妄信させるという点ではコブライベントやNESARAと同じです。(こちらの方は馬の鼻先に人参をぶら下げて、倒れる迄走らせる詐術ですが)
 基本的に、屁理屈の多いスピに嵌っている人間より、嘘を言わない誠実な普通の日本人の方が余程まともで信頼出来ると思います。正直言って、スピ系の人に反日左翼に同調する人が多いという事実が、スピリチュアリズムについては十二分の知識と感性を持つ私の心証を悪くしているのです。


テーマ : ふと感じること
ジャンル :

国家の品格

 日本人は大部分「元の種」で、少し曇りを取りさえすれば、「神の国の臣民」だと日月神示は述べています。神でさえ、日本人と外国人は「立て別けて」いるのです。肉体の話ではありません。魂の話です。日本人にも外国魂の人が居り、外国人にも日本魂の人がいます。
 ところが、外国被れの左翼や似非(えせ)スピには、この違いがさっぱり解らないようです。人間は皆平等だと思い込んでいるのです。そんなことはありません。同じ学級でも出来の良い生徒と悪い生徒が居り、出来の悪いのが良い生徒を嫉んで虐める。中・韓と日本の関係の本質はそんなところです。
参考過去記事: 自由・平等という罠

平等とか公平とか申すのは悪魔のワナであるぞ、
天地をよくみよ、人民の申す如き平等も公平もないであろうがな、
一寸のびる草もあれば一尺のびる草もあるぞ、
一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂天であるぞ。
これが公平であり平等と申すもの。

(五十黙示録 第七巻 五葉の巻 第9帖)

神の国(日本)の臣民がまこと神の子ざぞ、今は曇りてゐるなれど元の尊い種植えつけてあるのざ、曇り取り去りて呉れよ、依怙(えこ)の様なれど外国は後廻しぞ、
同じ神の子でありながら神の臣民の肩持つとは公平でないと申す者あるなれど、それは昔からの深い経綸であるから臣民には会得(わから)んことであるぞ、
一に一足す二でないと申してあろが、何事も神の国から神の臣からぞ、洗濯も同様ぞ

(ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 20帖)


【RPE】★ 国家の品格はどこに現れる?
       ロシア政治経済ジャーナル No.1346
     2016年02月23日            北野幸伯
http://archives.mag2.com/0000012950/20160223000000000.html

 全世界のRPE読者の皆様、こんにちは! 北野です。
先日のメルマガで、世界3大投資家ジム・ロジャーズさんが、「リーマンショックよりもっと酷い時代がやって来る」と言っているのを御紹介しました。(http://archives.mag2.com/0000012950/20160216134941000.html
で、その号の最後に、この本を御紹介しました。

● マンガ ジム・ロジャーズ (詳細は→https://hec.su/cWZj

 私も久し振りに読んで見たのですが、面白かったです。ジム・ロジャーズさんは、ある国に実際行って見て、「投資しようか、しないでおこうか?」決めるのですね。
マンガとは言え、解説も充実していますし、「どういう基準でジムさんは投資する、しないを判断するのだろうか?」が解り、とても有益です。
さて、今回は、「金儲け」の話ではないですが、「実際に行って見て」と言う話。
私も色々な国に行って見ましたが、「品格がある」と思う国、「こりゃダメだ」と思う国、色々あったのです。

仕事中にナンパしまくっている国

 その国の名誉のために、国名は書かないでおきましょう。
数年前、中東のある国に行った時のこと。本当に驚いたので、彼方此方で言ったり、書いたりしています。
 その国、働いているのは、全て男性でした。で、バスガイドが、外国人女性をナンパしていたのです。とても吃驚しました。ホテルに着くと、レストランのウェイターも、掃除している人も、みんな外国人女性をナンパしていたのです。
それで、男性には妙に冷たい。「俺は女にしか興味がないのだから、男は俺に迷惑かけるな!」と言う感じなのです。
 私は彼女(今の妻)と、その国の首都にある最大の観光名所に行きました。
そこには、ベトウィンがうじゃうじゃしていました。そして、カップルの観光客を見掛けると寄って来て、「お二人の写真撮りましょうか?」と言います。
「ああ、親切な人だ! 良い記念になる」と思い、お願いする。すると、写真を一枚撮った後、ベトウィンは「10ドルです」と言う。
只の親切心だと思っていた観光客は吃驚して、「そんな話聞いてないぞ!」といって支払いを拒否する。すると、デジカメ(当時スマホは無かった)を返してくれないのです。

 私自身は引っ掛かりませんでしたが、引っ掛かった人達がいて、とても憤慨していました。
私は、「この国はどうなっているのだ? 最大の観光名所の横暴を止められない政府は、機能しているのか?」と、とても不思議でした。
その国、暫らくすると「アラブの春」で革命が起りました。革命が起ったというニュースを見た時、私は正直、「そりゃあ、革命起るだろうよ」と、妙に納得したものです。

品格のある国フィンランド

 私は2000年代、毎年フィンランドに行っていました。ロシアの北隣の国です。ここは、本当に印象深い国でした。
首都ヘルシンキに着いて、(ロシア)ルーブルをユーロに両替しようとした。駅前の銀行に入ったのですが、両替所が直ぐ見つかりませんでした。すると、(銀行員ではない)おばさんが、「何か困ってるの?」と聞いて来ます。
「両替したいのですが」と言うと、その場所まで案内してくれました。
バスに初めて乗った時、お金の支払い方が分りませんでした。すると、別のおばさんが「こうやって払うのよ」と教えてくれました。

 ある時、タクシーを拾おうとしたのですが、何処でとれるか分りませんでした。
きょろきょろしていると、道の掃除をしていた青年が、「何か困っていますか?」と聞いて来ます。「タクシー何処でとれますか?」と聞くと、タクシーを拾い易い場所迄の道順を詳しく解説してくれました。
 私は、本当に驚愕しました。この国は、全国民が、「困った人がいたら、直ぐ助けよう」と待構えているような感じでした。何故かと言うと、何時も私から「すいません。ちょっとお訊ねしたいのですが」と聞く前に助けて貰えたからです。
それで興味を持って調べてみると。フィンランドは、教育レベルがとても高く、世界中の国々がモデルにしていることが分りました。
フィンランドと言えば、当時最大の携帯電話端末メーカーだったノキアが有名です。
しかし、スマホに押されて凋落し、マイクロソフトに買収されてしまいました。景気も、ここ数年は低迷しているようです。
とは言え、フィンランドで受けた、さりげない親切は私の心に深く刻み込まれています。

国家の品格=人

 世界には色々な国があります。自然がめちゃくちゃキレイだったり、何千年も前の建築物が残っていたり。しかし、結局ある国の「品格」を決めるのは「人」ですね。
例えば道を尋ねた時に、親切に教えてくれるだろうか?
買い物をした時、ボッタくられないだろうか?
約束をきちんと守ってくれるだろうか?
何かトラブルがあった時、誠実に対応してくれるだろうか?
等々。

 ジム・ロジャーズさんは、アゼルバイジャンの大富豪に会った時、
「如何に狡賢く大金持ちになったか」を自慢され、「こりゃダメだ!」と幻滅したそうです。
面白いのはジムさん、「この男はダメだ!」と思うと同時に、「この国はダメだ!」と判断したということ。
世界3大投資家でも、一人の男の言動を見て、「この国はダメだ!」と判断する訳です。
 私が、何回か受けた親切で「フィンランドは素晴らしい」と言っているのも、同じことですね。だから、一人一人の責任は重大です。
日本は、恐らく世界で最も「品格のある国」だろうと思います。
道を尋ねると、わざわざスマホを取出し、ネットで検索し、その場所迄連れて行ってくれます。
 東日本大震災があった時、世界は「何故暴動が起らないのか?」と驚愕しました。
私達が守りたいのは、日本のそんなところですね。


テーマ : 知ってほしいこと。
ジャンル :

優しいだけが良いのではない

 概して女の人は優しい男が好きだし、スピ系の人はよく人も自分も「許す」のが良いことのように言います。
しかし、何時もそれでは個人も社会も「成長・進化」が遅れるのではないでしょうか。
時と場合によっては摩擦を恐れず人に厳しく接する必要も、怒ることが必要なこともあります。日月神示も「下肚からの怒りは怒って良い」と訓えています。イエス・キリストも怒ったことがあるのです。(「ナザレのイエス シルバー・バーチ(1)」)
 勿論、怒りの大部分は「エゴ」による「慢心」からで、自制しなければなりません。


そなたはよく肚をたてるが、肚がたつのは慢心からであるぞ。よく心得なされよ。
下肚からこみあげてくる怒りは大きな怒りであるから、怒ってよいのであるなれど、怒りの現わし方を出来るだけ小さく、出来るだけ清く、出来るだけ短かくして下されよ。
怒りに清い怒りはないと、そなたは思案して御座るなれど、怒りにも清い怒り、澄んだ怒りあるぞ。

(ひふみ神示(補巻) 月光の巻 第55帖)


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 厳しい人            2016-02-11
http://ameblo.jp/oranger13/entry-12127709796.html

 俺はオレンジャー!
自分に対して厳しいことを伝えてくれる人を大切にした方が良い。
優しい言葉は誰でも気軽に掛けることが出来るが、厳しい言葉は相手のことを本当に想っていなければ伝えることが出来ない。

 愛情を持って叱ってくれる存在は本当に貴重。
そうした人が、もし身近にいるのであればそれはとても幸せなことだ。
そういう存在を大切にして欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


 摩擦を恐れない        2016-01-24 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-12120742834.html

 俺はオレンジャー!
君達は摩擦を恐れていないか?
人間関係の摩擦は確かに面倒なことが多い。
でもその摩擦のプロセスを通じて信頼関係を築けたり、相手の本音が解ったりすることが多いんだ。
最近の傾向で、こうした摩擦を避ける風潮がある。
でも摩擦を避けてばかりいると本音が見えなくなり、形だけの関係性しか築けないことが多くなってしまうよ。

 今の時代は本音で繋がる時代。
肩書も大切だけど、目の前にいる人と本当の意味でフレンドシップが築けるかどうかがとても大切。
契約上の繋がりやビジネスだけの繋がりではなく、ちゃんと心で繋がっているか。
その心の繋がりを構築する上で、どうしても摩擦が生じることは避けて通れないんだ。

 価値観が違う者同志が本音で語り合って、お互いの価値を認め合いながら新しい関係を創っていく。
それが今の時代に求められているように思う。
摩擦を避けるのではなく、正面から受止めて、その上でどのような繋がりを創って行くのか、それが今問われている。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : 考察
ジャンル :

「意図と願望の法則」の実践

 ディーパック・チョップラ著『富と成功をもたらす7つの法則』(角川文庫)の第五法則です。原文のエキスだけを抽出して自分の言葉も加え、出来るだけ簡略にしてあります。

1.全ての願望達成は想いから始まります。
 私は自分の願望を全て書出し(顕在意識化)、それをあらゆる機会を捉えて反芻し、潜在意識に刷込みます。瞑想に入る前に。夜寝る前に。朝起きた時に。

2.願望実現のプロセスを宇宙の仕組に委ねます。
 物事が自分の思い通りにならないと見える時でも、それには理由があり、宇宙の計画は自分が考えた設計よりもずっと完全である筈だと信頼します。

3.どんな障害に遭遇しても気を逸らさず、瞬間瞬間に自分の意識を「意図と願望」に集中し、それにより私の未来を創造します。



参考:  
宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 信念(想い)の力          2013-09-15 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11614608640.html

 俺はオレンジャー!
今日は信念(強い想い)の力について少し話をしよう。

 世の中には多くの本が出回っていて、想えば実現する体(てい)のものが多い。
この手の本の特徴は、一言で言うと「楽をして結果が得られる」というものが多いことにお気付きだろうか?

 想いが実現すると言うのは真実だ。
特に君達人間というのは、その強い能力が与えられていて、実際にその力を使って絶えず進化をして来ている。

 ただ、少し君達が誤解しているのが、時間軸なんだ。
思ったことが全て叶うようであれば、君達の世の中は一瞬にして無くなって(崩壊して)しまうだろう。
良いことだけではなく、悪い想念も実現してしまうからだ。

 君達の世界に於いて、変化に足る時間を十分経た後、思ったことがどんどん実現しているという事実に早く気付いて欲しい。
種を蒔いても、時期が来ないと芽が出ない(時間と努力とタイミングが要る)んだよ!

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : 開運・強運・上昇運
ジャンル :

「最小限の努力の法則」の実践

 ディーパック・チョップラ著『富と成功をもたらす7つの法則』(角川文庫)の第四法則です。原文のエキスだけを抽出して自分の言葉も加え、出来るだけ簡略にしてあります。

1.私は物事を、あるがままに受け入れます。宇宙全体が因果律によってあるべくしてあるのですから、それが自分の望まない状態だからと言って抵抗するのはエネルギーの無駄遣いです。

2.物事をあるがままに受容れた上で、問題点に就いては自分の責任と考え誰も非難しません。そして問題のある状況を、「より良い状態」にシフトさせるために天が与えた好機と看做します。

3.自分のものの見方に固執したり、他人に押付けよう等、余分なエネルギーを浪費せず、あらゆるものの見方にオープンであり続けます。

(これは誰からも好感を持たれますが、非常に不親切とも言えます)


テーマ : 開運・強運・上昇運
ジャンル :

「原因と結果の法則」の実践

 ディーパック・チョップラ著『富と成功をもたらす7つの法則』(角川文庫)の第三法則です。原文のエキスだけを抽出して、出来るだけ簡略にしてあります。

1.今日、自分が選択する一つひとつを完全に意識的に行ないます。

2.選択をする際に、常に二つの自問を行ないます。
 1つ、「この選択の結果はどうなるだろうか?」
 2つ、「この選択は自分と周囲に満足や幸せを齎すだろうか?」
 
3.その選択に対して心地良く感じたらそれを実行します。
もし、不快に感じたら考え直します。
自分の感情や直感が常に正しい答を知っており、その導きに従うのです。



参考記事: 「宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ」                           
 選択の連続             2015-06-22
http://ameblo.jp/oranger13/entry-12041680118.html

 俺はオレンジャー!
人生は選択の連続。
一つひとつの選択があなたの人生を形造っている。

 選択する時にそれ迄の癖や人生の経験則で何も考えずに選択するのは勿体ない。
一つひとつ丁寧に選択してみよう。そこにあなたの価値観が現れている。

 丁寧に生きること。
意識的に選択すること。
とても大切だよ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 好きに理由はいらない       2016-01-06
http://ameblo.jp/oranger13/entry-12114314951.html

 俺はオレンジャー!
何かをやろうとした時、誰かを好きになった時、君達はやたらと理由を付けたがる。

 でも良く考えて欲しい。理屈で何かをやろうとするのか。理由があって人を愛するのか。
そうではない。先に衝動があるんだ。理屈じゃないんだよ。

 やりたいという衝動の後に理屈が付いて来る。
好きだという気持の後に理由を付けている。
説明ばかりしていると本当の気持が分らなくなるよ。

 説明は思考。衝動は感情。
感情と直感を大切にしよう。

 今日はこんなところだ。じゃ!


テーマ : 超能力・潜在能力
ジャンル :

「与える法則」の実践

 ディーパック・チョップラ著『富と成功をもたらす7つの法則』(角川文庫)の第二法則です。
原文のエキスだけを抽出して、出来るだけ簡略にしてあります。


1.何処に行っても、誰に会っても、贈りものを用意して行きます。
贈りものは(高価な)物とは限りません。相手に喜びを与えるものなら言葉や花一本でも良いのです。

2.自然や人からの贈りものを喜んで、感謝して受取ります。

3.思い遣りや注意、感謝や愛情といった最も貴重な贈りものを、与えまた受取ることによって人生を豊かにします。



テーマ : 開運・強運・上昇運
ジャンル :

「純粋な可能性の法則」の実践

 この正月休みに、「クレムリン・メソッド」の他に、もう一冊本を読みました。
それが、北野幸伯さんが「1億円払ってもゲットしたい」と紹介していた、ディーパック・チョップラ著『富と成功をもたらす7つの法則』(角川文庫)です。149頁、¥475円
 タイトルにはちょっと抵抗がありましたが、中味は世俗的なハウツーものではなく、立派なスピリチュアル(の応用)本です。
日月神示に、「清貧はまけおしみ、清富になれよと申してあろうが。清富こそ弥栄の道、神の道、大日月地(おおひつきくに)大神のマコトの大道ぞ」(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第23帖)とありますから、これが道理に適った人間の生き方なのでしょう。
 ですが、「クレムリン・メソッド」と違って、この本は全文読むことが出来ませんでした。年齢の所為で何事にも省エネ的になっているからでしょうか。
その代り、有難いことに各章の最後にある「『○○○・・・の法則』の実践」という短いサマリーを読むだけで充分だと解りました。
よって、著作権に触れない程度に、その部分の「要旨だけ」を簡単に御紹介することにします。(折を見て全7回。「スピリチュアル」カテゴリーにて)

1.毎日、朝夕30分づつ、瞑想の時間を持つ。
 (自分と向合う沈黙の時間を作る)

2.毎日、自然と触れ合う時間を作る。
 (オレンジャーがよく言っていました)

3.「判断しない」ことを実践する。
 (「全肯定、全感謝、全托」ですね。なかなか実行出来ませんが。)


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ネガティブな波動から逃げない

 所謂、「引寄せの法則」を持出して、醜い嫌なことには目を瞑り、楽しいこと、ワクワクすること、美しいこと、善いこと等々、ポジティブなことに波長を合せましょう、という話をする人々がいます。
耳触りは良いけれど、彼等は結局、「二極性の学び」から逃げているのであって、彼等に真の「二極性の統合」など出来る訳がありません。
それが出来るのは、善も悪も身を以って体験し、しかもそれを超えられた人だけです。
そういう人でなければ、「サニワ」も「この世の建替え」も出来ません。


なわ・ふみひとの〔Browse 365〕
「意識と波動」の不思議な世界  杉山育代・著  星雲社 
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1311-15.html

● 嫌いな人と付合えるようになる

 ある霊能者が言いました。「東京の繁華街は私にとって地獄です。だって、例えば新宿の歌舞伎町に行って御覧なさい。あそこは欲望の渦ですよ。妬(ねた)み・嫉(そね)み、裏切り、憎しみ、脅し、……もう人間の醜さの展示場です。あんな所に行ったら私の体は保ちません。そもそも東京は(まともな人の)住む所ではないです」と。
 確かに、霊能者は人の意識の波動を受けることの出来る能力者ですから、好むと好まざるとに拘らず、色々な人の想念を体が受けてしまいます。想念の中でも特に醜い波動ほど影響を受けます。ですから、「もう沢山」という気持ちになるのでしょう。霊能者は極端なケースですが、私達も多かれ少なかれ、こうした気持ちを持っていないでしょうか。
 私に言わせれば、これは間違いです。現実から逃避してはダメです。良し悪しを別にして、妬み・嫉(そね)み、憎しみなどがあるのが人間世界なのです。その代り、愛もあれば優しい心に出会うことだってあるじゃないですか。そうした諸々を含んだ所に人間世界が成立っているのです。私達は、こうした世界で生きて行かなければならないのです。憎しみが醜いからといってそこから逃避しては何の解決もありません。憎しみを愛に変えることだって不可能なことではないのです。
 今から10年前、筑波で開かれた科学博で、3000個の実をつけた一株のトマトが展示されていました。遺伝子に特別の操作をした訳ではなく、まったく普通のトマトです。野澤重雄さんが開発した水気耕栽培で、ハイポニカ農法と言われるやり方で育てられたものでした。(苗を土に植えるのではなく、酸素を強制的に送る装置が付いた、常に動く水溶液内で育てる) 単にこれだけのことなのに、どうして3000個もの実を着けられるのでしょうか。
 野澤さんは次のように説明します。
「……植物の生命の本質は今私達が見ているよりも、もっと大きい可能性を宿しているのです。植物は何処までも大きくなる性質を潜在的に秘めているのです。問題は、その可能性を阻害する要因があることです。その中で最大の阻害要因が土です。……土は光を通さないし、水分が一定していない、温度も不安定、栄養にもムラがある……云々」と。
 水気耕栽培は、その阻害要因を全部取除いた栽培方法だったのです。一株のトマトが松の木のように大きく枝を張り、3000個もの実を着けるのは壮観です。生命の未知なる可能性を垣間見る思いがします。
 でも、これは手放しで賞賛出来るものでしょうか。私にはやや疑問に思えるのです。
確かに、土は成長のための阻害要因にはなっていますが、自然界で土が無かったら植物は自分の根ですっくと立上がることは出来ません。風に倒れないように根を張ることも出来ません。雨による水分の補給も、栄養の摂取も出来ません。それが自然というものです。常に限界が付き纏うのです。
 そのために生命の潜在能力が開花出来ないという論理は、少し飛躍し過ぎていると思います。理想的な環境など無いのです。大いなる可能性とは、どんな粗悪な環境でも、それなりに生命を育む能力と言う風に考えるべきだと思います。
 これと同じことが、人と人との付合いでも言えないでしょうか。嫌な人もいれば好きな人もいる。欲望の渦もあれば愛の泉もある。こうした雑多な要素で成立っているのが人間世界です。そこから逃出したのではダメです。
 色々な邪気に対して、そこから逃げるのではなく、自分の気を同調させ、その気と付合える能力を身に着ける訳です。こうすることによってどんなタイプの人間とも分け隔てなく付合えるようになります。実に理想的な姿だと思いませんか。

★ こちらも参考にして下さい → 人は神になるための道程である


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道を踏外して行く人々

 「有難う」、かおるさん。


〔転載〕 「永遠に続く道」  2015.11.18  の記事      
695.たくさんの方々に「ありがとう」と言われた1年
http://eternalhighroad.blog100.fc2.com/blog-entry-695.html

 昨年は仕事と健康に恵まれたものの全ての幸せが吹き飛ぶような 絶望的で恐ろしい体験 をしました。

 それがきっかけの1つとなって昨年12月にレイキヒーリングをマスターし、導かれるままに邁進したところ、今年は沢山の方々に「有難う」、「有難うございます」と感謝の言葉を戴いた1年でした。

 「有難う」と言われたいから始めた訳では決してありませんが、「有難う」は嬉しいものですね。
その嬉しさが私の力になって幸せがずっと続いています。

 旅行三昧の時期を過してから、家族が増えて急に忙しくなり、暫らく頑張ってからまた旅行に…
それでもやはり、魔界と波長が合ってしまった彼女達が哀れで1日に1度は心がチクチクと痛みます。
それだけでなく、以前は指導霊様から 「参考にして良い」 と言われていた幾つかのブログの記述が日に日に疑問を抱くような内容に変貌し、軌道修正される気配すら全くないのが残念で仕方ありません。

 それらは 極端に不安を煽るような内容と、極端に夢物語のような内容、の何れかに分類されますが、共に安保関連法案に対する社会的関心が高まってからは、誤った捉え方がどんどんエスカレートして無意味で不毛な政権批判を続けながら更に方向を逸脱している様子で、こちらも心が痛みます。
(但し1つだけ突然閲覧不可になったブログがあり、もしかしたら気づいたのかな? と期待しています!)

 ハイヤーセルフ曰く、「肉体を捨ててこの世を離れた中国と韓国の指導者や一般人の中に、生前の認識は誤っており日本は素晴らしい国だと(死後の)早い時点で気付いた人が相当数いる。今生でも気付いている人は多い」とのことです。
それが私の大きな希望であり、水面下で細々と日韓草の根交流を続ける理由でもあります。

 そして、「今生で真実に気付いている中国と韓国の人々が表舞台に出られない状況から解放される迄、日本は謝罪もせず、反省もせず、譲歩もせず、挑発もせず、毅然とした対応が必要不可欠。
緊迫した状況を何とか持ち堪(こた)えれば、エネルギーの大きな変化に乗じて真実に気付いた魂が集結し、一気に情勢逆転のチャンスが必ずやって来る」 とのことです。

 最も波動の高い言葉の1つである「有難う」を私も沢山言いながら、レイキヒーリングを通して1人でも多くの人が真実に気付くよう願いながら、千載一隅のチャンスを何れこの世を離れた後も待ち続けるつもりです。


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異次元からのメッセージ

 所謂異次元からのメッセージの入り方は人によって色々なパターンがあるようですが、私の場合、ブログ記事をアップした後、何かの拍子に、突然、記事の一部が鮮明に甦って、「あそこはこう書直した方が良い」という思いが強く浮ぶことがしばしばあります。
 また、9月28日の月食・スーパームーンの朝は、これとは又違って寝起きに非常に強い思念が湧いて来ました。(夢の内容も良かった)
そして偶然にも地球の裏側で皆既月食が起きていた午前11時11分から12時の時間帯に、私は雲ひとつない青空の下、サマーベッドの上で日光浴をしながら528ヘルツの音叉を鳩尾の上で100回鳴らし、その後、528ヘルツの音楽CDを録音したテープを45分間聴いていました。
 
      28日のスーパームーン・月食
     スーパームーン
     画像引用元: (http://www.asahi.com/articles/ASH9X628KH9XULBJ016.html

 「この月食後、みんな心から渇望してる物がやって来るぞ」(ガオガオ)
 だと良いですね。


[なわのつぶや記(復刻版)]  
高橋克彦にも霊が憑いていた
2005年7月29日(金)・8月3日(水)掲載文を再編集しました。
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki035.html)  

〔抜粋〕
誰かに書かされている
 NHKの大河ドラマになった『炎(ほむら)立つ』の原作を書いている時のことだ。
盛岡市内で、あるパーティーに出席したことがあった。この時、ある霊能者から「高橋さんの周囲には三人の鎧(よろい)を着た人が憑いている」と言われたことがあった。
容貌を聞いてみると、どうも『炎立つ』の登場人物である藤原経清、安部貞任、源義家のようなのだ。この三人は、作者として大いに困った登場人物達なのだ。どんな台詞を書けば良いか、頭を悩まし続けた面々だからである。
 彼等は作者の僕ですら考えてもいないことを語り出し、僕がその言葉を慌ててワープロに打つということすらあった。それを見て、「あぁ、そうか。こいつ、こんなことを考えていたのか」などと作者の方が感心してしまう位だったのだ。 どうもこれは僕が書いているのではなく、誰かが後ろに立って誘導しているような気がしてならない。
 他の小説の場合は、ある程度、自分でコントロールが利いたが、この『炎立つ』と『竜の柩』という小説だけは特別だった。
この二つは自分が書いたのではないという意識すらしている。
それ程、自分では想像も出来ない台詞を登場人物達が語り出すということが数多くあったのだ。
 そんなことが起るのは、僕がトランス状態だったからだろうと、自分を納得させてはみても、何でもないたった一行の台詞を書いている時に、急に涙が止らなくなったりすると、やはり何かが違うと考えざるを得ない。
物語を作る時、読者に涙を流させるテクニックがある。僕もプロだから泣かせるコツをマスターしている積りだ。ところが、その積りで書いたのではないところで、作者自身が泣いてしまうとはどうしても納得出来ない。
 『炎立つ』の場合、それは経清の妻の台詞だったのだが、おそらく僕が流した涙は、彼女の無念の涙だったのではないだろうか。
また『炎立つ』の最終場面で最も描写に苦慮したのが北条政子だった。元々自分には女を描くことが苦手だという意識もあった。また北条政子にスポットを当てると話がずれる危険もあった。しかし政子程の大きな存在に触れない訳には行かない。
 そんなジレンマの中、僕は名前だけ出して表には登場しないように描こうと決めた。
たとえば、「政子は今、身重で動けぬ」という感じと言ったら良いだろうか。
ところが、「高橋さんにもう一人、霊が憑いていますよ。北条政子さんが本当の私を描いて貰いたいと言っています」と、先ほどの霊能者に言われてしまった。これには思わず背筋がゾッとしてしまった。 
    ―― 『未来からのメッセージ』(高橋克彦・著/サンマーク出版)

 作家や俳優に霊が憑く話はよく聞きます。かの沢田研二さんが映画「魔界転生」で天草四郎の役を演じた時、撮影中に天草四郎と思われる霊に憑依されて困ったという話を聞いたことがあります。
 また、自衛隊の市ヶ谷駐屯地に乗り込んで自決した作家の三島由紀夫さんは、生前『英霊の声』を執筆中に、「自分は眠くて朦朧としているのに筆だけは闊達に動いて、小説を書上げたことがあった」と述べています。しかも、内容を後で読んでみると、自分でも納得出来なかったのだとか。
 そのとき憑依していたのが、二・二六事件の青年将校の一人で、事件後死刑となった磯部浅一だったそうです。
当サイト「Bookstand1号室」の中の『運命の法則』(原田豊・著/三笠書房)に、美輪明宏さんの話として載せています。
 生長の家の創始者の谷口雅春さんも、執筆中の姿を霊能者が霊視すると、白衣を着て長い髭を伸ばした老人が背後から覆い被さり、谷口さんの腕に自分の腕を重ねるようにして執筆している姿が見えたと、著書の中に書いておられました。
 異次元の存在は、色々な形でこの三次元世界の人間に干渉しているということです。
その中には、高級神霊もいれば、未だこの世界に未練を持つ未成仏の霊、あるいは動物霊やそれ以下の意識を持つ魑魅魍魎まで、様々な存在がいるということです。

そのことは多くの霊界通信が伝えているところですが、その中でも日月神示の内容が最も体系的に述べられていて、またレベルの高い通信であると思っています。

註: 最近の「なわのつぶや記」を見ると、なわさんも悪霊に取憑かれたか、魔術者に夢を操作されているのではないかと思います。


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ブレイクスルー思考

なわ・ふみひと の「Browse 365」
人生の価値』  飯田史彦・著 (PHP研究所)
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1308-27.html

 「ブレイクスルー思考」の基本は、「私達は決して挫折することはなく、不運に見舞われることもない。一見、挫折のように見えることも、不運のように感じられることも、実は全て順調そのものだ」という大前提です。
 (中略)
 一般的に「合格はプラス、不合格はマイナス」、「生存はプラス、死はマイナス」、「健康はプラス、病気はマイナス」、「お金が沢山あることはプラス、お金が無いことはマイナス」、「地位が高いことはプラス、地位が低いことはマイナス」、「安楽はプラス、苦労はマイナス」などの価値基準が沢山あります。
  しかし、何とかして現状からブレイクスルーを果したいと願う人にとっては、そのような「これまでの価値基準」とは違う、何か別の基準を参考にすることが大いに刺激になります。
そのような、私達の価値基準に刺激を与えてくれるものの一つ(これが全てではありません)として、いわゆる「スピリチュアルな観点」があります。

  「スピリチュアルな観点」とは、物質的な豊かさを追求する観点とは全く違う価値基準です。
  物質主義的な観点のみで生きてしまうと、物質的成功こそが順調な人生として意味や価値を齎すため、物質的成功を追求めることばかりに必死になり、物質的に成功していない人は、「無価値な人生を送っている可哀想な人」となります。
肉体という物質の喪失である「死」は無価値なもの、肉体という物質の機能不全である「病気」は不運なもの、物質的成功をもたらす「地位」から遠ざかってしまう「不合格」は挫折となり、それらに意味や価値を見出すことは困難です。
  しかも、物質主義的な観点だけを活用して生きてしまうと、「人間は、ある親のもとに偶然に生まれ、偶然の積重ねである人生を生き、ある時に偶然死ぬ」という考え方が大前提となります。
このような、物質主義の限界を超えるためには、スピリチュアルな観点を応用しながら生きることが有益なのです。
  但し、スピリチュアルな観点は、これのみに偏り過ぎたり、使い方を誤ると、物質主義的観点を全く無視した、不自然な社会生活にあこがれてしまう危険性があります。
私達が人間として物質世界に生きている限り、物質世界で人間として生きるに当って必要な社会的役割を果し、社会的な規則に従わなければなりません。
この物質世界では、仕事をしてお金を稼ぎ、人間関係のしがらみに縛られながら、社会生活を通じて学ぶことにこそ、大きな意義があるからです。

 付記: 浜までは海女も蓑着る時雨かな (滝瓢水)


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ソルフェジオ周波数 963Hz

 963ヘルツは、第7(頭頂)チャクラと同調し、高次元、宇宙意識と繋がるそうです。
2分40数秒と短いので気軽に視聴してみて下さい。転載元(Pando)はサンプル豊富です。


ソルフェジオ周波数 963Hz 
動画転載元: (http://pando.club/post-1324


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「美しき緑の星」の紹介文

 今、ネットで話題の映画「美しき緑の星」の紹介文を、ブログ「自由人の カルマ・ヨガ ノート」の光奈広大(みつな・こうだい)さんが書いて下さったので転載させて頂きます。
 実は、私は映画そのものは見ていないのですが(サイズが大き過ぎ)、この紹介文だけで充分以上に満足してしまいました。
何時ものことながら、この方の文章力は見事で、スピ界随一かも知れません。未だ見ておられない方はどうぞ。


自由人の カルマ・ヨガ ノート
 美しき星の、ああ無情       2015.05.15   
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-404.html#cm

 スピリチュアル分野の周辺で俄に注目される映画ってありますよね。
数年前だと、世界を操る影の支配システムを暴露するドキュメンタリー『スライブ』や、「真の自分の探求」を神話の冒険物語になぞらえた『ファインディング・ジョー』などがそうだ。
で、最近特によく話題に上がっているのが――、1996年作のフランスのコメディー映画『美しき緑の星』だろう。

 僕自身も、ここのコメント欄で教えて貰ったのを始め、スピリチュアル関連のブログやフェイスブックなどでちょくちょく紹介されているのを目にして、とても興味を持って動画サイトにあるものを見てみたのだけど――、
うまく作られた面白い内容だし、20年近くも前にこんな「ど真ん中ストレート」なテーマをよく描いたものだなと感心してしまう…。

 この物語の主人公は、地球から離れた小さな惑星に暮す異星人だ。
彼らは、産業化された文明や貨幣経済を既に何千年も前に卒業し、今では豊かな自然と調和しながら、皆で収穫物などを分ち合いながら幸せに暮している。

 有名な『神との対話』の本の3巻目に、地球外にいる「高度に進化した存在(HEB)」という話が出て来るけど、まさにそのような人々だ。
ファンタジー物語『アミ 小さな宇宙人』に登場する「オフィル星」にも似ている。その主人公のアミは「宇宙の基本法とは『愛』であり、地球はまだまだ未開の星だ」と語っているけど――、「美しき緑の星」の映画も、まさしくそのような図式である。

 だから、アミの物語が好きという人は、きっとこの映画も気に入ると思いますね。

                        ◇

 折角だから映画の粗筋を説明すると――
その小さな惑星に暮す人々が、山の上で集会を開いているところから話が始まる。

集会では、他の惑星への派遣について話し合われる。
司会の長老が「ナボ星に行きたい人!」と呼び掛けると、大勢が一斉に手を挙げる。
「クリスト星への希望者は!」と言うと、これもまた沢山の人達が我先にと名乗りを上げる。
 ところが、「では、地球へ行きたい人は」と尋ねると、皆が急に俯いてシーンとなってしまう。

 ある者は思わず口にする。「ほっときましょう」。
長老は困って言う。「しかし、もう200年間も無派遣だよ」。
すると別の者が諦めるように、「無駄さ。他の星ならまだしも、地球は論外だ」とこぼす。
集まった人々はそれに賛同する。「全くだよ。圧政、不平等、差別、独占、飢餓。酷いところさ。しかも貨幣経済だし」――

 そんな行詰った雰囲気の中、ミラという一人の女性が手を挙げる。「あの、私行っても良いわよ!」

                          ◇

 「高度に進化した宇宙人が、遅れた地球にやって来る」という設定は、「アミ」がまさしくそうだし、トミー・リー・ジョーンズが演じる缶コーヒーのCMだってそうだし、SFの最早定番と言って良いだろう。

 でも、そんなお決まりパターンでありながらも、この「美しき緑の星」が他にない異彩を放っている理由が――
地球にやって来たミラが、様々な人々のいわゆる「意識の目覚め」を誘引して行く、という展開にある。

 これは映画のかなり「要点」になってしまうけれど…、でも要点を知ってから見ても魅力が損なわれることはないだろうから、ちょっと踏込んで紹介しますね(余計な情報は要らないという人は、読み飛して下さい…)。

 地球についての情報不足なままパリの中心街に降り立った異星人のミラは、何か疑問を抱く度に、目の前にいる忙しそうな人達を呼び止めては質問をする――
 「ここは何という街ですか?」「この四角い紙がお金というものですか?」「きれいな水は何処で飲めますか?」…

 尋ねられた人達は皆、「あんたは病気か」「付合ってられん」と、怒りながら立去ってしまう。
ところが、そうしてミラに接した人は、暫らくすると、はたと何か大切なことに気付く。自分がそれまで当り前と思っていたことが全く違って見えたり、その辺の街路樹の美しさに魅了されてしまったりと…。

 さらにミラは、頭の固い役人などに追詰められてピンチに陥った時、「切断」と呼ばれる裏技を繰出す。
これに掛ると、人間は突然雷に打たれたようになり、世の常識、社会システム、思考活動などから一切切離されてしまう。
 そして、完全にありのままの「素の自分」になってしまう…。

 中世の聖者のフランチェスコを描いた『ブラザー・サン シスター・ムーン』という映画で、豪商の家に育った青年のフランチェスコが或る時突然、この世界の全てが神の愛に満されていることを悟り、至福に包まれて恍惚となるシーンがあるのだけど――、丁度そのような感じ。

 「切断」された人の中には、街行く人々や、木や地面に向って、ただただ「ありがとう、ごめんなさい」と唱え始める人もいる。
これ、20年前の映画ですよ…。

 人々の「意識の目覚め」という、ある意味でスピリチュアルの最も中心的なテーマに、これほど真っ直ぐに切り込みながらも、作風そのものはハチャメチャなコメディーである。
この点は、冒頭に挙げた大真面目な『スライブ』や『ファインディング・ジョー』とはかなり異なる。
 そして終りに近付くほど、羽目を外すようにハチャメチャの度合いが増して行き、やがて人によっては、「こんな下らない低級コメディーなんか見てられない」という感じになって行く…。

 でも実は、この映画のメッセージ性があまりにも濃くて本質的であるために、ちょっとでも引いてしまう人を篩い落そうという意図で、わざとこのような作りになっているのでは――、なんて風にも勘ぐってしまう。
 その「隠された意図」の通りと言うべきか…、映画が作られた当時は、ほぼ全ての人に見向きもされないまま、お蔵入りになってしまった。

                          ◇

 僕がこの映画でとくに面白く感じたのは、冒頭の集会シーンでの台詞だ。
地球に200年前に派遣されたことがある男が(この星の人は物凄く長寿なのだ)、自らが目にした当時の地球の状況をこんな風に振返っている――

 「パリという街に革命が起って、共和制に移行したんだ。でも、直ぐにおかしくなって、皇帝が即位した。戦争で多くの人が死んだよ。皇帝の命令でそうなったんだ。本当にどんどん酷くなって行ったね。それでもう仕方なく、逃げて帰って来たという訳さ」

 この200年前のパリというのは、『レ・ミゼラブル』の舞台として描かれている時代である。
まさに政治も、社会も、人々の心も、どうしようもなく荒んでしまっていた…。

 でも、異星人が逃げて帰るほどの悲劇的状況にあった中でも――
レ・ミゼラブルの主人公ジャン・バルジャンが修道院から銀食器を盗み出して捕えられた時に、「その食器は私がこの人に差上げたものです」と庇ってくれる司教がいた、というそんな時代でもある。
 そしてジャン・バルジャンは、受けた愛に応えるため、他者を救うために果敢に生き続け、更には自分を追詰めようとする宿敵のジャベール警部の命をも救う――

 救いようのないほど荒んだ時代でも、「無償の愛」や「希望」が人から人へと細々と受継がれ(更には後にもっと悲惨な戦争を幾度も経験しながら)、何とかここまで至ったことを考えると――、人類の歩みも決して捨てたものではないと思える。
 そして今、こうした「美しき緑の星」という映画がシェアされることも、一つの時代の進展かなと思います。

 映画を作ったコリーヌ・セロー監督のインタビューがネット上にあったので、以下に引用します。

 「世の中の仕組みを根底から問い直すクレイジーな映画を撮ってみたいと思いました。
そして長い時間をかけて考証を行なったのです。アイデアを書留めたノートが何冊にもなりました。
 完成した台本を見た人達の反応は実に様々でした。プロデューサーは『本当にこの映画を撮る心算なのか?』と言うので、私は熱を込めて『もちろん』と答えました。

 かくして映画は封切られたのですが、完全な失敗でした…。誰も興味を示さなかったのです。客が入らず、批評家からは酷評されました。業界にとって、この作品は理解不能なUFOだったといえます。
 しかし、この映画は死にませんでした。逆境にも拘らず『美しき緑の星』は生残り、生物のように成長し、人々の話題となったのです。この映画が必要とされているからでした。一緒に映画を見て語り合うサイトが、幾つもネット上に見られるようになりました。
 私は早すぎたのでしょうか? この映画のように、価値観を根底から問い直すことで世の中を変えることが必要な、ぎりぎりのところにいま私達は来ているのかも知れません」

                      ◇

 結びのヒーリング・ミュージックは、Painted Water「Ilana’s Mansion」。



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「祈り」と「引寄せの法則」

 「引寄せの法則」は、通常、自分の思いを叶えるためにエネルギーを集める方法を意味します。その為に最も有効な方法が、「先に与えること」となります。(因果律の応用)
祈りは、これと似て広義には「引寄せ」ですが、動機の質が違います。
その故に魂の潜在エネルギーを引出し、必要ならば霊界の霊団が動きます。つまり、内からも外からも援助の手が差し伸べられるのです。
下記イナヤットカーンの箴言は、シルバー・バーチの霊言を参照すると、当人の精神的成長にとって最高の解答になっていることが解ります。


参考記事1
「自由人の カルマ・ヨガ ノート」
 贈り物としての「自分」   2015.03.28  
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-392.html

〔抜粋〕
私は強さを求めた。すると神は、強くなるための困難を私に与えた。
私は英知を求めた。すると神は、解決を学ぶための問題を与えた。
私は愛を求めた。すると神は、助けるべき人を与えた。
私は求めたものを受け取れなかったが、必要なすべてを受け取った。

(イスラム教スーフィー派の指導者ハズラット・イナヤットカーン)


参考記事2
「古代霊は語る」シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄・訳編 (潮文社)
第四章 苦しみと悲しみと-魂の試練-
http://kokorodou.p-kit.com/page234212.html#link4

〔抜粋〕
問: 「祈りに効果があるのでしょうか」

バーチ: 「本当の祈りと御利益信心との違いを比べれば、祈りが本来いかにあるべきかがお分りになると思います。
御利益信心は利己的な要求ですから、これを祈りと呼ぶ訳には行きません。
ああして欲しい、こうして欲しい。金が欲しい、家が欲しい、・・・こうした物的欲望には霊界の神霊はまるで関心がありません。
そんな要求を聞いてあげても、当人の霊性の開発、精神的成長にとっては何のプラスにもならないからです。

 一方、魂の止むにやまれぬ叫び、霊的活動としての祈り、暗闇に光を求める必死の祈り、万物の背後に控える霊性との融合を求める祈り、そうした祈りもあります。こうした祈りには魂の内省があります。
つまり自己の不完全さと欠点を意識するが故に、必死に父なる神の加護を求めます。それが本能的に魂の潜在エネルギーを湧出させます。それが真の祈りなのです。
 その時の魂の状態そのものが既に神の救いの手を受け入れる態勢となっているのです。ただこれまでも何度か言ったことがありますが、そうした祈りを敢えて無視してその状態のまま放っておくことが、その祈りに対する最高の回答である場合が良くあります
 こちらからあれこれ手段を講じる事が反って当人にとってプラスにならないという判断があるのです。しかし魂の心底からの欲求、より多くの知識、より深い悟り、より強い力を求める魂の願望は、自動的に満たされるものです。
 つまりその願望が霊的に一種のバイブレーションを惹き起し、そのバイブレーションによって当人の霊的成長に応じた分だけの援助が自動的に引き寄せられます。
危険の中にあっての祈りであれば保護するためのエネルギーが引き寄せられ、同時に救急の為の霊団が派遣されます。それは血縁関係によって繋がっている霊もおれば、愛によって繋がっている類魂もおります。

そうした霊達は皆自分もそうして救って貰ったことがあるので、その要領を心得ております」


参考記事3
「シルバーバーチのスピリチュアルな生き方Q&A」 崇高な存在との対話
スタン・バラード / ロジャー・グリーン共著 近藤千雄・訳 (ハート出版)
第1章 祈り
http://kokorodou.p-kit.com/page271660.html#link1

【Q15】 大霊に直接語りかけることが出来ますか?

 あなたは大霊であり、大霊はあなたです。あなたと大霊との違いは、「性質」ないしは「本質」にあるのではなく「程度」にあります。
大霊は完全の極致であり、あなたはそれに向って、果てしない努力を続けるのです。
 従って、大霊は内部にも外部にもあることになります。
あなたが神性を発現した時、即ち愛、寛容、慈悲、哀れみ、慈善などの行為を実行に移した時、あなたは大霊と通じ合っていることになります。
何故ならそれは、大霊があなたを通して働きかけていることに他ならないからです。


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自分の物差で人を測らない

 霊的真理は本来、神に由来するものであり、自分の魂が知っています。理屈ではありません。しかしそれは心の奥深くに隠され、長い輪廻転生による経験の中で、少しづつ明らかになって行きます。
全ての人が、異なる魂の履歴を持つが故に、真理に対して自分と全く同じ理解をする人は、この世に一人も存在しません。
 50年前、40年前、30年前・・・に、自分が何を信じていたかを考えれば解ります。
今の自分の目から見て、他人がどんなに愚かしく、もどかしく見えようとも、それを怒り、非難、攻撃等することは出来ません。
ただ、今現在、人からどう言われようと、自分が理解し信じている真理を語ることが出来るだけです。それで同意してくれる人もいるし、否定する人もいます。それで良いではないですか。
 長い目で見れば、時間と魂の成長が全てを解決します。
 

悪と思ってゐることに善が沢山あるのざぞ。人裁くのは神裁くことざぞ。
世が愈々のとことんとなったから、今に大神様迄悪く申すもの出て来るぞ

(ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第36帖)


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 バランスのものさし       2014-07ー02
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11887593634.html

 俺はオレンジャー!
今日はバランスの「ものさし」について少し話をしよう。
人は其々自分にとってのバランスを図る為のものさしを持っている。
そのものさしは小さな頃から色々な人によって培われて来た、君の価値観そのものだ。
そのものさしは人によってその尺度も長さも異なる。
だからそのものさしで人を測る事は出来ない。
 君達が勘違いするのは、そのものさしが万能だと思い込んでしまう事だ。
そのものさしは君達の視点では有効だが、いざ他人との間で何かを測る場合には別のものさしが必要だという事を忘れてはならない。
 人に自分のものさしを押し付ける事も、他人のものさしで評価される事も君達にとっては苦痛でしかない。
両方のものさしから、共通のものさしを作るその努力が必要だ。
それが世界全体で機能する時、世界平和も現実になるだろう。
 今日はこんなところだ。 じゃ!


「自由人の カルマ・ヨガ ノート」
これから起こると思うこと…
http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-381.html

〔前段省略〕
 この「二極化」の動きとどう向き合っていくかは、これからのスピリチュアルにおいて、けっこうウエートの高いテーマになっていくはずだと思う。
何しろ、ワンネスや意識の目覚めとは逆方向の動きに、自分自身が内的にどう向き合っていくかは――、純粋にスピリチュアルを志向すること以上に、難しいテーマと言えるでしょう。
 たぶんそれについての考え方は、単に「こうするべき」という一律パターンの答えでは済まないはずだ。
ひとりの中にも、いわば「多面的な向き合い方のスタイル」が求められると思う。
 で、ここからが本題のようになるけど――、
このブログ(パソコン画面)の右のほうにも出ているように、これまで読んだ本の中で印象に残った言葉を、ツイッターで日々紹介している。
その過去のぶんをパラパラと見ながら、「今後はこのような向き合い方が大事だろうな」と思う言葉を、いくつかピックアップしてみました。
 スピリチュアルにおける原則的テーマとまでは言えないけれど、知らないうちに道からそれて行ってしまわないために、こうした観点がこれからとても強く求められていくのではないかと思う。
 まずは、今後の「二極化」というプロセスの中で大事になっていくポイントのひとつが――、信念や行動を異にする人々に対して、「自分の価値尺度を用いて裁かない」ということだろう。その点を言い表しているのが、たとえばこんな一文だ――。

他人の魂の旅を判定するのは、あなたの役割ではない。あなたは、自分が何者であるかを決めるべきであって、他の誰かが何者であるのか、何者でないかを判定する必要はない。(ニール・D・ウォルシュ)

自分の道に確信を抱くために、他人の道が誤っていることを証明する必要などない。そのようなことをする人は、自分自身の歩みに自信が持てない人なのだ。(パウロ・コエーリョ)

 さらには、これはとても難しいことだし、このような考え方そのものがどうかしていると言う人もいるだろうけれど――、たとえ相手の信念や行いが「誤ったもの」である場合でも、そのことを糾弾したりせずに、必要なプロセスであると認識するということだ。
 誤った行為によってしか学べないテーマや、解消できない人類の潜在エネルギーというのもあるのだろう…。

人間の文明の方向性は、はるか昔から導かれてきた。歴史をふり返れば、人間は数えきれないほど間違いを犯してきたように見える。しかし、狂気の中にも道筋はある。私たちは、学ぶために間違う。自分で選んで間違ったときしか、それに向き合って向上しようとはしないのだから。(ボブ・フィックス)

人は道を踏み外すことがあるが、道を踏み外すことで何かを学ぶ。後に、道を踏み外したことを幸せに思うだろう。なぜならば、世の中には道を踏み外すことによってしか学べないことがたくさんあるからだ(OSHO)

 また、そうした異なる信念や誤った行動を目にしたとき、私たちの心では「怒り」の感情反応がわき起こることもある。
でも怒りというのは、「相手の問題」を指摘しているようでいて、その本当の目的は「自らの内の問題」を照らし出すことにある。

怒りを手放すのは難しい。自分の正直さと名誉がその怒りにかかっていて、試されているように感じるからだ。人間社会という大いなる学校での唯一のテストは、怒りを手放して愛の受容を学んでいるかどうかだ。愛は永遠であり、怒りは一時的だ。(ブライアン・L・ワイス)

あなたの怒りに責任がある他者は、誰もいない。その怒りに対する責任は、あなた自身にある。しかし多くの人は「他者が自分に対して責任があるのだ」と、マインドに深く刻み込まれてしまっている。(レナード・ジェイコブソン)

 悲しいことに世の中には、「怒りを覚えずにはいられない非道な出来事」が実際に数えきれないほど多く起こっている。とくに紛争地域などではなおさらのことで、カメラがとらえて報道されているのは、ほんのごくごく一部だけだろう。

 しかし、そうした世界の現実が厳然と存在する中にあっても、怒りの感情そのものは本当に個人の内側の問題であって――、外側の社会の問題解決にあたっては、「怒り」とはまったく違うところから取り組んでいく必要があるはずだ。
 怒りが、本当の平和を実現していくことは、まずあり得ないのだから…。

 「二極化」のプロセスの中で、ある意味で私たちは「試されている」とも言えると思う…。
周りの状況がどんな方向に動いていっても、自らの「内なる平和」を本当に大切に守ろうとしているのかどうか、そしてその思いを外側の世界へと発展させようとしているのかどうか――。
この点で、スピリチュアル分野でしょっちゅう言われる「自分の内側の状態が、世界の現実を作り出している」という見方は、やはり大事だろうと思う。

「真の平和」というのは、私たちの魂の内に生まれる。他者との間や、あるいは部族間の平和というのは、「真の平和」の似姿にすぎない。まず「真実の平和」を知っておかない限り、ほかの平和などとうてい実現しないことを、何よりも理解しなくてはならない。(アメリカ先住民族の言葉)

もし私が幸せなら、宇宙も幸せです。私が自分を愛していれば、他の皆も私を愛するでしょう。私が平和なら、すべての創造物が平和なのです。(アニータ・ムアジャーニ)

 真理というのは、とても「論拠に乏しい」ものだといえる…。きっと宇宙の意図として、わざとそういう性質になっているのだろうと思う。
私たちがこれからはっきりと問われていくことは――、根拠や実感もないような状況にあっても、それでもなお他者のことを信じるかどうか、自分のことを信じるかどうか、宇宙のプロセスを信じるかどうか、ということなのでしょう。

あなたには「信じる心」が授けられています。たとえ誰かがあなたを傷つけたとしても、たとえあなたが大きな間違いを犯したとしても――、決して他人や自分を見放すことのないように、あなたには他人や自分を「信じる心」があるのです。(シャーリーン・コスタンゾ)

◇ 結びのヒーリング・ミュージックは、Aetherium「Beacon of Light



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美しき惑星 地球

 霊格(≠霊能力)は、その人がどれだけエゴを克服し、(優しいだけではなく時に厳しく)真実の愛に生きているかで判ります。
また、その人がどのような真理、音楽、映像に感応しているかでも、ある程度、判ります。
私はヨガは嫌いですが、この「映像と音楽」の転載元ブログ主さんには一目置いています。
 このクラスの方々とは、記事の中のさりげない片言隻句からでも意志が伝わり、対話が成立します。
○龍さんも、童話(アニメ)こそ真実を語っているとか書いていましたし、最近(3/1)の記事では、収入源や魔法(カバラ、神道、密教呪術、仙道、鬼道、タオ等)が必要と考える理由も明かしています。


 映像と音楽: Aeoliah「The Light of Tao」

 動画転載元記事: (http://mitsunakoudai.blog.fc2.com/blog-entry-376.html


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日本人の心

 ある、オカルト否定派のお父さんが書いているというサイトに、ちょっと良い話がありましたので転載させて頂きます。日本人なら良く解る話だと思います。(文章は不自然な所を多少添削しました)
因みに私もオカルト否定派です。オカルトと霊学では、週刊誌と人類最高の叡智というほどの違いがあります。科学は只の知識(道具)に過ぎません。


「知人から聞いた話」 (いわゆる、知り合いの友人から聞いた話)
停車場      2015-02-22(Sun)
http://longbow5377.blog.fc2.com/blog-entry-71.html

外国人が見た明治の日本
 この記事は明治二十六年六月七日(1893年)、強盗及び警官殺害の凶悪犯が上熊本の停車場(駅)に護送されて来た時のことについて書かれたものです。

 汽車は、下駄を履いた乗客達の慌てた急ぎ足やカラコロという音が響き、また新聞やラムネなど飲物を売る少年達の呼び声などで、何時ものように慌しく、また騒々しい光景の中で停車した。
 改札口の外で、私達(筆者ら)は五分近くも待っていた。
その時、警部が改札口の扉を押し開けて出て来て犯人が現れた。
大柄の粗野な感じの男で、顔は俯き加減にしており、両の手は背中で縛られている。
犯人と護送の巡査は二人共改札口の前で、立止った。
すると、詰め掛けている人達が一目見ようと黙って前の方に押寄せた。

 そのとき、警部が叫んだ。
「杉原さん! 杉原おきびさん! いませんか?」
「はい!」と声がすると、私の近くに立っていた子供を背負った細身の小柄な婦人が人混みを掻き分けて進み出た。
この人は殺された巡査の妻で、背負っているのが息子である。
 警部がその手を前後に振って追払う仕草をすると、群衆は後ずさりに下がった。
そうして、犯人と護衛の警官のためのスペースが出来た。
この空間で子供を背負った未亡人と殺人者とが向合って立つことになった。
辺りは静まり返っている。

 そして、警部がこの未亡人にではなく、子供に話しかけた。
低い声だが、はっきりと喋ったので、一言一言が明瞭に聞取れた。
「坊や、この男が四年前にあんたのお父さんを殺したんだよ。
あんたは未だ生まれちゃいなくて、おっ母さんのお腹の中にいたんだからなぁ。
 あんたを可愛がってくれる筈のお父さんがいないのは、この男の仕業だよ。見てご覧。
ここで警部は犯人の顎に手をやり、しっかりと彼の目を向けるようにした。
「坊や。よく見てご覧、こいつを! 怖がらなくて良いから。
辛いだろうが、そうしなくちゃいけない。あの男を見るんだ!」
 母親の肩越しに、坊やは怖がってでもいるかのように、眼を見開いて見つめる。
そして、今度はしゃくり泣き始め、涙が溢れて来る。
それからまた、坊やは、しっかりと、言われたように男をじっと見つめている。
真直ぐにその卑屈な顔をずっと覗き込んでいた。

 周りの人達も息を呑んだようである。
犯人の表情が歪むのが見えた。後ろ手に縛られているにも拘わらず、彼は膝から崩れ落ち、顔を土埃の中に打ち着けて、人の心を震わせるような、自責の念に駆られたしゃがれ声で暫らく嗚咽していた。
「済まない! 許してくれ! 坊や、堪忍しておくれ!
憎んでいたからじゃねぇんだ。怖かったばかりに、ただ逃げようと思ってやっちまったんだ。俺が何もかも悪いんだ。
あんたに、全く取返しの付かない、悪いことをしちまった!
罪を償わなくちゃならねぇ。死にてぇだ。そう喜んで死にますとも!
ですから、坊や、お情けと思って、俺を許しておくんなせぇ!」
 男の子は静かにまだしゃくり泣いている。
警部は肩を震わせている犯人の男を引起した。
黙りこくったままだった人々は、左右に分れて道を空けた。
するとその時、全く突然に、群衆が皆啜り泣き始めたのである。
 銅像のような表情をした護送の警官が側を通り過ぎる時、私は、それから多分、殆んどの人もかつて見たことのない、そして恐らく再び見ることもないであろう日本の警官の涙を目撃したのである。

 外国人である著者は、この一件に、犯罪の意味を犯罪者に悟らせると言う本来の温情ある裁きがあると感じ、また当時の日本人を、「この人達(日本の庶民)は、人生の困難さや人間の弱さを純朴に、また身に沁みて経験しているので、犯人に対する激しい怒りではなく、罪についての大きな悲しみだけで胸塞がれ、後悔の念と恥を知ることで満足しており、またあらゆることに感動し、何もかも分っているのであった」と記している。

 良く出来た話だと思う人もいるかも知れないが、ラフカディオハーン(小泉八雲)が見た事を書いた実話である。


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意識の進化と日本人の役割

 2月19日、アミとオレンジャーにシンクロする記事が「めもっとこ。」さんにアップロードされていました。
長文の元記事から、要点だけをピックアップして列挙します。
この記事の主題である「意識のレベル」は、アミの「進歩度」と類似の指標のように思われます。
そして、一人の高い意識が驚くほど多くの人々の意識向上に寄与するというホーキンズ氏の話は大いに勇気付けられるものです。
また、日本人の重要な使命については、オレンジャー他が力を込めて説いていることでもあります。

 尚、この後の記事(2/20)を読んで私も初めて知ったのですが、彼女は女神 IRIS からのインスピレーションを受けています。その波動は紛れも無く本物です。
実は、私は船井幸雄を邪神と看做して、その周辺の人物をあまり信用していないのですが、彼女は一応切離して考えています。(関係無いかも知れません)
当ブログが1月15日の記事で、「めもっとこ。」さんを推薦したことは間違いではなかったと思います。「幻の桜」とは好対照と言えるかも知れません。
思い込みが激しく、その分、危なっかしい「ハート」さんとも違います。


・ 人間の意識を測定し、そのレベルを1から1000のレベルで表すという、キネシオロジー研究を、論文として デヴィッド・R・ホーキンズ氏が世に発表されたものが後に『パワーか、フォースか』」(三五館刊)という著書になりました。日本ではエハン・デラヴィさんと奥様の愛知ソニアさんが翻訳されています。

・ 人から命とエネルギーを奪うものをフォースと呼び、人にプラスのエネルギーを与えるものをパワーと呼んでいます。そしてパワーとフォースの境目は、レベル200となっています。

・ 人類の集合意識のレベルは、仏陀のいた時代は90、イエスのいた時代は100ぐらいでした。それから少しずつ上昇して何世紀にも渡って190に留まっていました。
それから1987年、意識レベルが急に飛躍して205になりました。そして、1990年代に207になり、ここ2年ぐらいの間に人類全体として204に下りました。

・ 日本人の意識の平均レベルは400以上と極めて高い。

・ カウンターバランスというのがあって、高い意識レベルの人がいて、その人が例えば500レベルなら200以下の個人75万人、600レベルなら、なんと1000万人とバランスが取れるということが、博士の研究で分っています。
 つまり、レベルの高い人の意識が上がれば、それだけで、世界の意識レベルも向上するということになります。
そのカウンターバランスで行けば、もっと日本人の意識レベルが上がれば、当然、世界の平均レベルを引上げるんじゃないかと思うのですが・・・。

・ ホーキンズ: そうですね、日本人の意識レベルを高められれば、世界を助けられると思います。世界中のリーダーになることも出来ます。

・ 国連は、自己中心主義ばっかりがぶつかり合っているだけです。意識のマップでは190にも達していません。200以上にならないと、きちんと機能しない訳です。
ですから、日本は、世界の国がどのようになれるかという成功例として、その極みに至って欲しいと思います。

・ 日本人の役割というのは、誰も未だ行なっていないものなんです。
それは、世界のリーダーになるという事です。無私の奉仕をする事です。そして、文化が成長した時に、どのようなものになれるかというモデルになる訳ですね。

・ ロシアではプーチン大統領が、石油資源の供給などで大変な思いをしています。それで、自己中心的になって来ました。政治欲に絡まれたからですね。
 中国は、世界のマーケットを制覇したいと思っているでしょう。もっとお金を増やしたい、だから、自己中心的な動機があるんですね。
中東は、オイルに関する自己中心ですね。
アメリカは占領したり、もっと力を持ちたい訳です。
 カナダも良い国ですが・・・弱い国です。何の為にも立上がろうとはしません。
フランスも、もう駄目になってしまいました。
ドイツもどんどん駄目になっています。
イギリスもイスラムに占領されていますね。残る国はありますか?
世界には、道徳的なリーダーシップが空洞になっています。
私は日本がその中に飛び込んでいく事を願っています。
そうすれば、世界はスピリチュアルな空間になって行くでしょう。

・ 日本に自信喪失があるならば、それは第二次世界大戦から来ていますね。
でも、ハートチャクラから想いが出れば競争心が無くなります。自信が無くても良いんです。必要ありません。ただ人々に対して愛を持っていれば良いんです。


引用元: 「めもっとこ。」
日本人の役割/自信なくてもいいんです愛があれば
      2015/02/19
http://mintmk.blog.fc2.com/blog-entry-305.html


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エネルギーが変っている

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 エネルギーの変化      2015-02-06
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11985902111.html

 俺はオレンジャー!
一昨日くらいからエネルギーが大きく変化していることに気付いているか?
昨年の12月にも小規模な変化はあったのだが、また一段とエネルギーレベルが上がったようだ。

 ますます、今の世の中で行なわれている様々な悪行が明からさまになり、そして抵抗勢力の最後の足掻きが始まるだろう。
今は個人が全体と繋がって様々なチカラを発揮出来る時代。
今の世の中はあなた達の想念の結晶化されたセカイ。
一人ひとりが自分の意識フィールドにもっとアクセスして、自分の世界を広げて行く必要がある。

 誰かが変えるのではない。あなたが変えるんだ。
その意識を持って欲しい。あなたが世界を創っているんだよ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


参考記事: 「天下泰平」 百匹目の猿の1匹として
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51907809.html


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大変なのは当り前

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 大変なのは当たり前     2015-01-31 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11983496894.html

 俺はオレンジャー!
君達一人ひとりには其々に与えられた使命がある。
その使命は勝手に与えられたものではなく、生れて来る前に、自ら承認した上で抱えたものだ。
その使命が大きければ大きい程、変化の度合が大きければ大きい程、君達の人生は大変なものになる。

 当り前だ。変化を促すためには相応のエネルギーが必要だからだ。
大変とは「大きな」「変化」を促すことだ。
労力もストレスも掛かるが、一方でそれを遣り遂げた時の達成感もとても大きい。

 大変なことが起ったら、そこから逃げるのではなく、真正面で受止めよう。
それに向って行くプロセスに於いて沢山の学びがきっとあるから。
今、大変だと思っても、数年後、今を振返ると、それは良い思い出になっている。
自分が越えられない課題は決してやって来ない。あなたが諦めない限り。
そのことを忘れないで欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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人間は何歳まで生きられるか

 私は未だ自分が死んだ時の備えを全くしていません。
病気や怪我で動けなくなったらどうしようとか、そのための保険に入るとか、考えたこともありません。(介護保険が役に立ちますかね?)
そんなことより、カルマを無くすことの方が大事です。(イスラム国の人質問題もそう)
まあ、自分のことは神様が何とかして下さるだろうと、のんびり構えています。
潜在意識では案外長生きすることを知っているのかも知れません。


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 細胞は生き続ける       2014-06-15 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11877954578.html

 俺はオレンジャー!
細胞は劣化せずに生き続けられるという事実を君達は知っているだろうか?
適切な栄養と環境を与え続けることが出来れば、細胞は劣化することなく、ずっとそのままで存在することが出来る。
これは君達の科学でも、生物学の世界で立派に証明されている事実なんだ。

 では何故生物は年を取るのだろうか?
一つは遺伝子に組込まれたプログラムによる操作だ。
ただ、実際、君達の二本螺旋型遺伝子に組込まれている情報によれば、君達の肉体は少なくとも400歳、物理的には800歳までは生きられるようにプログラムされている
実際、過去の文明に於いて、そうした超長寿型の寿命で生きていた時代もあるんだ。

 何故現代人の平均寿命が凡そ80歳となっているのか?
それは君達がそれを選択しているからだ。
潜在意識の中で自分達の寿命はそれ位だと勝手に定義をしている。
その潜在意識による影響はとても大きく、現在の人類の寿命がそこにセットされてしまっているんだ。
 チベットや現社会の影響を受けない人の中には、それ以上生きている人もいるが、そのような隔離されている存在でさえ、他の人々の影響を少し受けてしまっている。

 長生き出来るポテンシャルを君達は有している。
ただ、400歳生きることが現代時にとってはきっと幸せではないのだろう。
君達がもっと長生きして嬉しいと感じられる、そんな世界になって欲しいものだ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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自然に親しむ


 『銀漢の賦』良いですね。藤沢周平の名作『蝉しぐれ』を思い出します。 

・ 中秋月   
 暮雲収盡溢清寒(暮雲収め尽して清寒溢れ)
 銀漢無聲轉玉盤(銀漢声無く玉盤を転ず)
 此生此夜不長好(此の生、此の夜、長くは好からず)
 明月明年何處看(明月、明年、何れの処にて看ん)
                           (蘇軾)
(日暮れ方、雲が無くなり、爽やかな涼気が満ち、銀河には玉の盆のような明月が音も無く昇る。この楽しい人生、この楽しい夜も永久に続くわけではない。この明月を、明年は何処で眺めることだろう)

 スーパームーンやばいね!
 画像転載元: (https://twitter.com/ukitsuki828/status/509280897372139520
 

宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 自然と一体になる      2015-01-26 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11981235491.html

 俺はオレンジャー!
少し元気がない時には自然に触れるのが良い。
元気がない時には生体エネルギーが低下していて充電が必要だ。
更に、元気が無い時は過去に縛られていたり、未来のことに気が取られてしまっていたりする。
自然と向き合っている時、自然から沢山のエネルギーが得られるだけではなく、あなたは自然に目を向けることで今に生きることが出来る。

 ランニングでも散歩でも良い。
いつものコースを回る時に様々な植物に目を向けて欲しい。
そこには大きな変化と気付きがある筈だ。
夜空を見上げて星を見る。
見事な満月に感動する。
その瞬間、あなたは今になる。
そんな感覚を大切にしよう。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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川は橋で渡ればよい

 普通の人が特別な人の真似をして、「空中浮揚で川を渡ろう」などとは思わないことです。人生の無駄使いになります。
そんな無理をしなくても、「宇宙人オレンジャーからのメッセージ」、「アミ」シリーズ三部作、シルバー・バーチの霊訓を引き継ぐ「ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』」、「日月神示」など、誰でも真理の彼岸へ渡れるように、立派な「橋」が幾つも用意されています。
 これらの中から自分のレベルに合うものを選べば良いのです。


「zeraniumのブログ」
『UFOテクノロジー隠蔽工作』 スティーブン・グリア著 (めるくまーる出版)
国際テロの次に起こされる計画は、捏造による宇宙からの脅迫
        2015年1月16日 (金)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-6b30.html

〔抜粋〕
 私が常に好んできたのは、意識の探求とその現れである。
ある時私達は、コロラド州のブランカ・ピークで野外探査をしていたが、ひどい雷雨になったために車内からそれを行なっていた。
そこに静坐しながら、私はある技法を用いて”無限のマインド”に入り、2つの逆方向に回転する円盤を心の中で見ながら、大きなエネルギーをそこへ注ぎ込んだ。
それはメルカバ(古代の秘教の持つ秘伝で、心象化技法のひとつ)のようにだった。

 すると突然、反重力浮揚が起き、私達の乗っている車が飛び上がったのだ! 側にいた数台の車も同じようになった。
仲間のメンバー達が、「マイ・ゴッド! 何が起きたのですか!」と訊ねたが私は笑って言った。 
「意識は実際にどんなことが出来るか、ちょっと試してみたんだよ」と。

 私達に出来ることは沢山ある。
しかしそうした実際的な成果は殆んど現れず、”地球”はその成果を求めて叫んでいる。
私達は100年前と同じように、未だに電力需要の殆んどの部分を賄うために、化石燃料の石油や石炭を燃やしている。
何故なら人類の進化は、無知と強欲というエゴの勢力によって100年間ハイジャックされて来たからだ。
だから私達は今、地球のために働かねばならない。

 私はある話を思い出した。
それは小川を空中浮揚で渡るテクニックのために、30年を費したという男が釈迦に会った時の話だ。
その川には歩いて渡れる橋が架けてあった。
彼は「御覧下さい」と言いながら自慢そうに、川の上を浮遊して向う岸へ渡った。
そして釈迦は橋を渡って向うへ行き、こう言った
確かに。だが空中浮揚に30年費やさずとも、歩いて橋を渡ることも出来た・・・」と。

 私は、こうした能力が素晴らしくないと言っているのではない。
それは確かに素晴らしい。だがそういった能力のために、人は膨大な時間と努力を費やすべきなのか
ということだ。
その間にも私達は地球を破壊し続けており、しかも私達の文明は末期的状態にある。
そのために、もし最も重要なやるべきことがあるならば、その他のことが重要であってもそれは脇に除けておかねばならない。


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することと知ること(身魂磨きの真髄)

なわ・ふみひとの「Browse 365」
心にまく種、心に咲く花』 ジェームズ・アレン・著 菅靖彦・訳 Softbank 2004年刊
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1301-19.html

することと知ること

 性格、身に起こる出来事、環境、境遇、人間関係など、人生のすべてのことは心から生じます。
心は沢山の習慣の組合わせからなっています。習慣は固定されたものではなく、根気よく努力することによって、いかようにでも変えることが出来ます。
人は習慣を自由自在に操る力を握っているのです。と同時に、あらゆる束縛から解き放たれ、自由への扉を開ける鍵をも握っています。
 しかし、人生を汚すものからの解放は、心を浄化することによって徐々に達成されるものであり、何かをしたり、何かを手に入れたりしたから、直ぐに達成されるものではありません。
 ともすれば情熱に駆られて間違った行動に走りやすい状況の許で、清らかなことを考え、落ち着いた態度を取れるよう、日々、心の鍛錬をしなければならないのです。
正しい人生を望む者は、根気良く大理石に鑿(のみ)を揮う彫刻家の様に、心の粗削りな部分をゆっくり時間をかけて丹念に削り落し、自分のもっとも美しい夢という理想像を彫上げなければなりません。
 そのような崇高な偉業を体験するには、もっとも低い簡単なステップを踏むことから始め、徐々に高度な難しい段階へ進んで行くことが必要です。
成長、進歩、進化、と云ったものが段階を踏んで徐々に昇って行くというこの法則は、人生のあらゆる領域で通用しますし、人間が何かを達成しようとする時に絶対必要なものです。
それを無視すれば、間違いなく失敗に終るでしょう。

 「より高潔な人生は、神学や哲学の本を読んで、そこに書かれている形而上学的な仮説を採用すれば実現出来る」と考えるのは、よくある誤りです。
高潔な人生とは、考えること、話すこと、することにおいて、高潔さを発揮して生きることを意味します。
これらの知識は、徳のある行ないを追求し、実践する長い鍛錬の末に初めて獲得されるものです。
 偉大な知識を得るには、まず些細な知識を徹底してマスターしなければなりません。
真の知識を獲得するには、必ず訓練を経なければならないのです。
 正しい躾けがされる家庭では、子供は先ず親の言いつけに従順に従い、どのような状況でも言われたことを正しくやるよう教えられます。
子供はどうしてそうすべきなのか告げられずに、そうするよう命令されるのです。
親に言われたことをその通りに出来るようになった後に、初めて「何故そうすべきなのか」を告げられるのです。
 このように、日常の世界においてさえ、知識より訓練が先行します
清らかで高潔な人生を達成するためには、この法則は絶対に護らなければなりません。
真理は、日々徳を積むレッスンをすることによってのみ達成出来ます。
最初はごく簡単なことから始めて、次第に難しい課題に取組んで行くのです。

★ もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → 心にまく種、心に咲く花

〔なわ・ふみひとの前書き〕
 ベストセラーともなった『原因と結果の法則』(サンマーク出版)の著者であるジェームズ・アレンの著書です。「なわのつぶや記」でも何度か取上げたものですが、改めて御紹介します。
 この本で著者が述べている内容は「身魂磨き」の真髄とも言えるもので、新約聖書にもある「自分が蒔いた種を自分で刈取る」という人生の法則を具体的に解説したものと言って良いでしょう。
 「種」とは「思い」であり、「言葉」であり、「行為(行動)」であることを言っているのですが、それらは総て自分の「心」の中に蒔かれるものですから、その「心」をしっかり見張っていれば、やがて解脱(げだつ)や悟りの境地に達し、それに伴って人生も輝かしいものになって行くという真理が述べられています。
 私が常々「心の癖」という言葉を使っておりますが、その意味もよく理解して頂けることと思います。心の癖がカルマを生み出し、それが人生に撥ね返って来るということです。何度も読み返して頂きたい超お勧めの1冊です。


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言葉の霊力

 日月神示は素晴らしい言霊(コトタマ)に満ちています。
天人の言葉は一語で万語を伝える。冗長な啓示などありえません。
解らない者はそれだけの人。若しくは光を怖れる闇の存在。

天人の言葉はマコトであるから、只一言で万語を伝へ得るぞ。
(五十黙示録 第三巻 星座之巻 第19帖)

霊に〔○の中にゝの記号〕(ひつぐ)神示をよんで聞かせて見よ、
その偉大さがハッキリ判るぞ。

(五十黙示録 第四巻 竜音ノ巻 第18帖) 

 新約聖書の「始めにことばありき」は、神の意思(想念)が天地を創造し、未来のあるべき形象(すがたかたち)を定め給うたの意味。
霊界では、言葉を介しなくても、言葉の元である「意念」だけで現象化し、意念だけで意思の疎通が出来る。


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 ことばのチカラ         2015-01-12
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11975786661.html

 俺はオレンジャー!
日本では古来から言葉には言霊が宿っており、その音や響きによって、様々な影響があると伝えられている。

 君達人は、全ての意識は言葉によって具現化され、そしてそれが時間をかけて結晶となって、最終的に現実化されて行く
実現化までの時間が長いから、そのシステムに気付き難いのだが、とても大切な仕組だ。

 先ず始めに言葉(註: 意識の表現)があるんだ。
毎日の自分の言葉を見直してみると良い。
如何に自分が自分を否定し、周囲を否定しているかに気付かされるだろう。
言葉を不用意に扱っていると、それは凄い強い武器を乱射しているのと同じことになるんだ。

 出来れば、普段無意識に使っている言葉に注目してみよう。
敢えてそこに意識するように心掛けてみると、きっと大きな発見と変化がある。

 言葉は言霊。
その言葉の使い方によって、あなたの人生を良くも悪くもすることが出来るぞ。
今に生きることの一つとして今使っている言葉に意識を向けること。
とても大切だよ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


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ゴミを一つ拾う者は徳を一つ積む

 ゴミを一つ捨てる者は、大切な何かを一つ捨てている。
 ゴミを一つ拾う者は、大切な何かを一つ拾っている。

   「ゴミを1つ捨てる者は、
画像転載元: (http://trycosme.tokyo/p/category/love-job-word-all/kagayaku-siawase/page/5 ページ5にない場合は6以上にあります。他の画像も素晴しいです)

参考記事1:
「人の心に灯をともす」
 ゴミを1つ拾う者は       2013-04-05 
http://ameblo.jp/hiroo117/entry-11503932283.html

 志賀内康弘氏の心に響く言葉より…。

「ゴミを1つ捨てる者は、大切な何かを1つ捨てている。
ゴミを1つ拾う者は、大切な何かを1つ拾っている」

 これは私の「そうじの師」から教えて頂いた金言です。
師は、1年間に10万本の吸殻を拾って歩いていました。
毎日300本です。
それも75歳になってから始め、10年後の85歳になった時、100万本を達成しました。
バスでも電車でも、どこへ行くときにも右手には金バサミ、左手には紙袋を持って拾い続けられました。

 「大切な何かを拾っている」とは何なのか。
「品格」、「こころ」、「おもいやり」、「自尊心」、「高潔」、「公共心」、「道徳心」、「魂」、「礼節」、「信用」、・・・。
人によって様々な言葉が当てはまると思います。
             (以下、省略)

・ 当ブログの
参考記事2: (http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-91.html‎)
参考記事3: (http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-171.html
参考記事4: (http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-604.html


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日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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