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「失せ物」の話

 産経ニュースの「海外こぼれ話」から拾った下記の記事。大事な結婚指輪を失くしてしまった女性は、さぞかし必死に捜し回ったことでしよう。色々とあらぬ妄想をしたこと、私も身に覚えがあります。
 実は私も最近2つ「失せ物」をしました。腕時計と小銭入れです。
腕時計はバンドの止めが緩く、時々勝手に外れて落ちてしまうのが気になっていたので、買い替えを検討している内に欲が出て結局、3万円近い芸術品的な高級時計を買ってしまいました。ソーラー電波、サファイアガラス、10気圧防水、オートデート、ステンレス三つ折れバンド留金という一生ものです。私が死んだ後も遺品として誰かの手に渡って使われ続けるでしょう。
ところが最近、冷蔵庫近くの物陰からその亡くしたと思った腕時計が出て来てしまったのです。
 小銭入れの方も、ズボンのポケットから鍵束やハンカチを出す時に時々一緒に出て来て下に落ちるということがあったので、「これは買物中に落したな」と諦めていました。きっと拾った人に神様が御褒美をあげたのだろうというのがその時の私の「感想」でした。で、それ以後、小銭入れは持たず、主な買物はクレジットカードかお札にし、釣銭は直接ズボンのポケットに入れて、帰宅したら直ぐに全部出して保管するようにしました。
 ところが、それも昨日、思わぬ所から出て来たのです。玄関脇のゴタゴタとした小物を入れて置く平たい段ボール箱の下からです。数えて見ると、500円玉1個、100円玉2個、10円玉10個、5円玉1個、1円玉5個、合計810円ありました。
 何か良くない事が起きた時は、事後の処置が大事ですね。「禍根を断つ」のです。
 

【海外こぼれ話】
結婚指輪をなくした母、見つけた場所は… おむつを替え、戻るのを待つ日々
     2016.1.30 13:41           産経ニュース
http://www.sankei.com/world/news/160130/wor1601300024-n1.html

 米西部シアトルで結婚指輪を失くした女性。「念のため」と1歳の息子にエックス線検査を受けさせたところ、内臓に指輪の影がくっきりと映っていた。米メディアが伝えた。

 医師は「自然に(指輪が)出て来るのを待つのが最善の策」とアドバイス。夫と共におむつの中身を一生懸命チェックする羽目になった。息子は女性が洗面台に置いた指輪を飲み込んだらしい。(共同)


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テーマ : にちじょー
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2016年の元旦に想う

 新年 明けましておめでとうございます。

 一昨年の大晦日、私は「来年が正念場」の中で、「2014年の元旦に想う」を引用し、

 <昨年、世界的に顕著だった異常気象は今年(2014年)、更に激しくなるでしょう。
そして、その先には“最も困難な”2015年の「地球の大変動」が待ち受けています。(レムリア、アトランティス、シルランカ大陸の隆起)」> と書きました。

 そして、去年の年頭、「獅子は我が子を千尋の谷底に落す」の中で、

 <2015年は「地球の次元上昇」の過程に於ける最大の山場となることが予想されます。何が起っても動じない覚悟を決めましょう。
 具体的に何が起るかは、“人民の心次第”です。
同じ状況下(天変地異とか経済情勢とか戦争など)でも経験することは一人一人皆違います。常日頃の行ないが形になって現れる時です。> と書きました。

 しかし、実際には大陸が動くような「地球の大変動」は起きませんでした。見様によっては、地球の次元上昇の過程に於ける最も困難な時期が、あの程度で終ったとも考えられます。是非、そうであって欲しいものです。
こうなると、もうどんな「陰謀論」は元より、「日月神示」(の解釈)も各種の「預言」も「チャネリングメッセージ」も当てにはなりません。我々の意志と選択(人類の集合意識)だけが地球の運命を決めます。
 つきましては、一昨年末<このブログを続けられるのも、多分、2015年迄でしょう。>と書きましたが、尚続けられる限り続けることにします。幸い、頭は未だ呆けていないようですし、身体も大丈夫です。

 さて、昭和18年5月生れの私は今年で73歳になります。
人生の残り時間が少なくなって来ました。この貴重な日々を費って、これから何をすべきか考えてみました。

 公的には7月の(衆参同時となるかも知れない)参院総選挙が極めて重要です。その結果が日本の運命を決めるのみならず、世界の運命を決める「関が原の戦い」と言っても良いでしょう。何としても自民党に勝たせ、安倍総理に引続き政権を担って欲しいと願っています。
安倍さんは、これ迄に何度も危うい局面を「神風」によって救われています。私には、そのことが国祖国常立大神の霊団が手助けしているように見えます。よって、当ブログも精一杯応援させて頂きます。

 因みに、私が応援した人もブログも何故か一種の霊力が加わり、私が何等かの理由で見限る時が大抵ピークになるという奇妙な経験を何度もしています。これには思い当る方が何人もいらっしゃる筈です。つまり、私の行為には「日月の臣民」に特有な神霊の力添えがあるということです。
表面的な是非善悪に拘らず、神の御用をする者は「光」、妨げる者は「闇」なのです。

 極めて幸運なことに、現時点で日米の国益は「中国打倒」で一致しています。今年はその流れが一段と鮮明になって来るでしょう。
昨年の掉尾を飾った「日韓慰安婦問題の妥結」も私はその一つと見ました。(北野幸伯氏の見解は未だ分りません)
只、ポストオバマに若干の不安があります。反ISIS、親ロシアのトランプ候補なら問題ないのですが、ヒラリー・クリントン候補の場合はどうなるのか、私には良く分りません。

 個人的には昨年末、この年になって柿の種類を入れ替える決断をしました。
折角、成木になって沢山の実を着けるようになった早生富有と黒柿を根本から除去し、早生次郎2本と、授粉樹として新たに禅寺丸1本(現在は筆柿1本)を植えることにしました。
また、干柿用に堂上蜂屋も2本植えることにしました。他には渋柿の平核無(ひらたねなし)が数本あります。
仮令、途中で私がいなくなっても樹は残り、誰かの役に立つのですから。

 それから今年、買って20年になるジムニーを新型の中古車に買換える予定にしています。12月の車検切れ迄にじっくりと探す心算です。

 それでは皆様、本年もこのブログを宜しくお願い致します。


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秋の味覚


1.さんま(去年、目に留った写真です)
P6210011_R_20140622113818973.jpg
画像転載元: (http://ohirunegoronyantou.blog.fc2.com/blog-entry-3906.html

2.クリPA030856.jpg
  (PA030856)

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  (P9260845)

3.カキ
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  (P9250834)

4.生り過ぎて枝折れした早生次郎柿
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  (PA030850)

5.(おまけ)日光浴中、偶然見付けた自然のアート
 この壁では傾く秋の陽射しの温もりを求めて、キリギリスが日向ぼっこもしていました。
あの虫は何処で命を終えたろうか。
PA030859.jpg
  (PA030859)


テーマ : にちじょー
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世界一不幸な日本人?

 オレンジャーが前記事で言っていることと関連しますが、日本人は、これだけ恵まれた暮しをしているのに、世界一「不幸な」国民だそうです。
その原因は、「自然」と「内なる世界」をないがしろにして、外の世界を追いかけていることにある、と思われますが、その平衡点を何処に置くか、がこれから重要な問題になって来ます。

 但し、念の為言って置きますが、日本が素晴らしい国であるからこそ、これを我が物にせんと牙を研いでいる国が直ぐ近くにいることも厳然たる事実で、隣国の幼児期からの反日教育や、日月神示の預言を見ても疑う余地がありません。
これを無視して、「九条を守れ!」と叫んでいる人達はメクラかバカか。そのリーダー達は顔写真を見ても日本人を皆殺しにしたい在日外国人系であり、狼の手下と言っても過言ではないでしょう。
 〔平和=他国から攻められない〕ために、日本はアメリカに頼らなくても国を護ることの出来る軍隊を持つべきだ、というのが、今の私の考えです。(集団的自衛権は過渡的なもの) 
軍隊の規模は大きくなくても、圧倒的な科学技術力で、それを達成することが可能だと思います。
そして、たとえ世界一の軍隊を持っていても、外国が攻めて来ない限り戦争はしない。
神国の誇りにかけて、日本はそう言う国になれると確信します。


武田邦彦 (中部大学)
温かい人生 その2 欲深くなった私たち
   2015年08月25日
http://takedanet.com/archives/1038035561.html

 「辛くないのに辛い人生」になるのはなぜでしょうか? 今日の話題はその1です。
19世紀の初め、今から200年程前のことですが、ヨーロッパの白人は力が余って世界中に軍隊を送り、次々と有色人種の国を侵略して植民地にしていました。
 しかし、日本は「東のはずれ=極東」にあってなかなかそこまでは到達しませんでした。
そしていよいよ幕末に鎖国が解け、白人の人達が日本に来てみるとビックリ仰天したのです。当時の記録をちょっと見てみます。

 「彼等(日本人)は皆よく肥え、身なりも良く、幸福そうである。
一見したところ、富者も貧者もいない。これが恐らく国民の本当の幸福の姿と言うものだろう。
私は、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果して日本人の幸福を増やすことになるかどうか疑わしく思う。
質素と正直さがあれば黄金時代を築けるとしたら、どの国よりも日本がその典型的な社会だろう。
生命と財産の安全、人々の質素と満足は、現在(幕末)の日本のはっきりした姿であるように思われる」(註: 幕末の日本の姿は、http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/Yukishiyo.html を参照)

 当時の日本は、安全な社会で生命と財産が保証されていて、その中で「質素」を「満足」としていたので、日本人は皆、幸福そうだったと言っているのです。
さて、表紙の殆んど見えない程の小さな字で書かれているグラフをザッと見て貰いたいと思います。(註: 画像省略)
このグラフは、一日が終る時に、「今日は良い日だった」と思った人の割合を青い棒グラフで示しています。
グラフの上の方、つまり、「今日は良い日だった」というのが多い国は、アフリカや南アメリカの国が殆んどで、先進国ではアメリカが13番目、イギリスが22番目です。
 そして目をグラフの下の方に移して貰うと、極端に「良かった」という人が少ない国があります。つまり最下位の国、それが何と日本なのです。この調査によれば「今日は良かった」と思う人が、たったの8%!!?? 
その一つ上が残念ながら韓国で9%。これほど不満持ちな国が隣り合せになっているのですから、歴史認識も問題になる筈です。
 つまり、日本は気候が良く、山紫水明、四季折々の自然に囲まれて命の危険を感じることもありません。その上、治安は素晴らしく(世界で10万人当りの殺人件数が0.6人と世界最低)、女性でも夜一人で歩ける珍しい社会です。
それに、所得、寿命など生命財産に関係するものも世界のトップですから、素晴らしいのです。
 そして、かつての日本人はそれで満足して「不満なし」だったのですが、今の日本人は不満だらけと言うことです。
江戸時代と比較しますと、現在の日本は、所得、生活レベル、健康、寿命等あらゆる点で「幸福に生きることが出来る環境」にいます。
それでも世界で最も不満の多い民族ということになるのです。
つまり、日本人の不満は「事実」ではなく「作られたもの」、「幻想」であることが分ります。
(平成27年8月23日)


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笹目秀和仙人

 道院の笹目秀和老師(通称 仙人)、この様々な伝説に包まれた人物と私は二度お会いしたことがあります。
東京で環境計量士の仕事をしていた頃、『モンゴル神仙邂逅記』(徳間書店)という本を読んで、偶々場所が東京近郊だったため訪ねてみたのです。

 御会いした印象はどうということは無かったのですが、成行きで求修を申し込みました。(その時、老師は何故かちょっと意外という顔をされました。私に霊的な何かを感じ取られていたのでしょうか?)何を話したかは憶えていません。
 それから1ヶ月ほど経って、当時、下宿していた世田谷のアパート宛に秀和仙人直筆の手紙が届きました。
その中にフーチで私に与えられた道名が「岳須(がくす)」であることを報せる書類があり、余白に秀和仙人直筆の書込みがありました。
それによると、
 「岳は人に抜きん出ることで一方の旗頭となる意、須はスベカラクと約し得て、修道よろしきを得れば、総てのことが人に抜きん出て事を運び得るとの御神意かと拝察されます」
 だそうです。
「岳○」という道名は他にもあるようですが、スベカラクなどというのは珍しかったかも知れません。
まあ、道院の修道(もしかして魔法?)は殆んどしなかったので世間的には大した者になりませんでしたが。ポテンシャルはあったのでしょうか。
 また、別紙2枚の便箋に、
「・・・この世を去る時には主神在住の妙山に居を賜る名前であるとまで申されますので、その名に恥ずることなく一切のカルマを去って妙山復帰が出来ますよう祈ります」
 とあり、「開設記念日(八月廿日)にはフーチもありますから御来山を期待して居ります」と書き添えられていました。
しかし、これだけ期待されていながら、私は何となく道院と波長が合わず、自然に離れて行きました。
 後に、日月神示によって、その理由を知ることになります。

仙人と申すものは如何に高度なものであっても、それは幽界に属す、
仙人界には戒律があるからぞ、神界には戒律なし、
しかし神界にも仙人的存在はあるぞ。

(五十黙示録 第四巻 竜音の巻 第7帖)

 先日、多磨主院がその後どうなったか、ネットで調べてみましたが、結局よく分りませんでした。
ただ、以下の情報が少し、興味を惹きました。
どうやら、昭和の道院は笹川良一氏や安岡正篤師を通じ、日本の支配層にも影響を及ぼしていたようです。
その系譜には、ベン・フルフォード情報に出て来る内田良平の黒龍会改め白龍会、また老荘思想や合気道も垣間見えます。
http://heartland.geocities.jp/gypsyheart_1963/sinnsennnohito/sinnsennnohito6.html

出口王仁三郎 道名 尋仁 
出口日出麿 道名 運霊

 「昭和四十年代には、日本のドン笹川良一氏が(日本紅卍字会の)統掌(とうしょう)を務めている。(秀和仙人は多磨主院の統掌)
安岡正篤師(道名 誠恪)や白光真宏会の五井昌久師、また合気道開祖の植芝盛平師、昭和の棋聖呉清源、中矢伸一氏の著書がある謎の巨人堀川辰吉郎(明治天皇の隠し子で中丸 薫の父親?)など錚々たる面々が会員になっていた。 (一部、Wikipedia 世界紅卍字会 より)
 詳しくは知らないが、笹川良一氏の死後、その跡を継いで、深見東州師が「道院・紅卍字会」を援助しているらしい。実際、深見師のプロフィールに、日本紅卍字会副会長と書かれている」

     写真からだけでも凄まじい気を感じる
     合気道開祖の植芝盛平師(出口王仁三郎に師事)
      植芝盛平
    画像転載元:
   (http://www.onitama.net/modules/ot/index.php?content_id=39


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私が生れた年について

 私が生れた昭和十八年という年について、大本の出口王仁三郎はこんなことを書遺しています。

 「御経綸三千年に満ちぬるは、明治の24年なりけり(翌25年、出口ナオに艮の金神が憑かり初発の神示)
昭和歴十八年の元旦は五十年準備の満てる日にぞある
五十年の地の準備神業を終え十八年は第一年となれり
三千年と五十年にて切り替えの準備は全くできあがりけり
昭和十八年未の年より三千年のいよいよ仕組みの幕はあがれり」
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-219.html

 更に、これに関連して日月神示には次の言葉があります。

未の三月三日、五月五日は結構な日ぞ
(ひふみ神示 第二十九巻 磐戸の巻 第十六帖)

 つまり、私が生れた昭和十八年未年の五月五日は結構な日だったのです。
しかし、この後、王仁三郎がいう「次の三千年の仕組の幕」はなかなか上りませんでした。
(私が岐阜で津田さんから聞いた話では「大本の仕組を止めてある」ということでした)
代りに昭和19年6月10日から、岡本天明へ降されたのが、国常立大神の「日月神示」です。(或いは、それが「次の仕組の幕」だったのかも知れません)

 昭和23年1月19日、出口王仁三郎は、
「いま、大本にあらわれし、変性女子(へんじょうにょし、自分のこと)はニセモノじゃ。・・・
美濃か尾張の国の中、まことの女子が知れたなら、もう大本も駄目だろう。・・・」
 という自虐的な遺書を残してこの世を去りました。

 そして昭和61年(1986年)、ハレー彗星と共に美濃(今の岐阜県の一部)に津田さんを生宮として降臨した国常さんの許に、密かに呼び集められた身魂の中に昭和十八年未年五月五日生れの私もいたのです。
しかし、あれから29年、大本の仕組(雛型経綸)は依然として発動しなかったように見えます。そして、今年2015年、誰かがその起爆スイッチを入れるのでしょうか。
 そう言えば、今年も未年です。


テーマ : ふと感じること
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私のルーツ

 私は太平洋戦争最中の昭和18年5月4日の夜(母の記憶によると5日の未明)に台湾台北州蘇澳南方という所で生れました。
両親は奄美大島の人で終戦時、自分の持船(漁船)で台湾を夜逃げし、故郷の奄美大島へ帰りました。そこが奄美大島の宇検村阿室という所でした。
 今、何故この話をするかというと、1月3日の天下泰平さんの記事、世界の雛形の日本、日本の雛形である奄美大島へ に奄美大島を日本の雛形として紹介しているからです。
そこに掲載されている地図の左下に湯湾岳という山があり、その麓にあるのが宇検村です。
私の家は、入江の海岸から左程遠くない所にありました。(40代に一度訪ねた時は、住む人も居ない廃屋になっていました)

 天下泰平さんの記事によると、

 “そして、世界の聖地、本州最大の霊山である「富士山」とリンクするのが“湯湾岳”という山であり、ここが古代文明ムーの末期の信仰の聖地だったと言われています。
つまり、奄美は古代ムーの頃より継承されている日本有数の聖地であり、古代日本の出雲の神は奄美発祥であるとも言われています。
 更に琉球王朝のルーツも奄美であり、琉球神道ノロ祭祀も奄美発祥で、天津神と国津神と竜宮(ニライカナイ)の神々は、すべて奄美がルーツとなっているとのことです。”
 とあります。

    奄美大島
   奄美大島
   画像転載元: (http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51905489.html

 私のルーツがそんな場所だったとは、今回、初めて知りました。これも何かの因縁でしょうか。
奄美大島で、父は密貿易の罪で船を失い、名瀬の刑務所で服役します。
出所後、私は両親に連れられてトカラ列島の十島村中之島に開拓民として移住し、ここで小学校3年まで過します。
 戦後の何も無い時代に、南の島で素っ裸で海に潜り、裸足で山野を駆け回って育ったのが私の野性的な一面の原点です。
そこから鹿児島に渡り、高校を卒業後、東北大学に進学し、大阪の化学系上場企業に就職、40歳代で真光系教団に飛び込んで、全国の道場を渡り歩きました。(北海道だけは行っていません)
 しかし、そこにも安住出来ず、2年で飛び出して岐阜で国常さんに邂逅、20年前、岩手の山中に住み着いて今日に至ったのです。
 

テーマ : ☆自分記録~不思議~☆
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高齢運転者講習を受けた

 私は来年春、72歳で運転免許証を更新しなければなりません。
これまでは、視力検査を受け、ビデオを見ただけで更新出来ました。教本は何冊か受取るだけで良いと言った感じです。
しかし、70歳以上75歳未満で免許証を更新する人は、その前に「高齢者講習」を受講しなければなりません。(6ヶ月前から出来る)
 で、先日、その講習を受けて来ました。
75歳未満は受講だけで良いということなので、たかを括って行ったところ実際は違っていました。
確かに予想通り、色々なお話の後、教本を数冊渡され、簡単な説明があり、ビデオを1本見せられました。
その後、免許証更新には直接影響しないものの、以下の様に想定外の検査をされたのです。(因みに75歳以上は認知機能検査がある)

1. 静止視力
2. 夜間視力
3. 動体視力
4. 視野測定
5. 状況の変化に対する反応の速さと正確さ
6. 複数の作業を同時に行なう能力
7. 実技(自動車学校のコース走行)

 総合的には同年代との比較で平均的(普通)と言う判定でしたが、特筆すべきことはアクセルからブレーキに踏みかえる反応の速さが5段階評価の5だったことです。(正確さは劣る)
実際、そのお蔭で危ないところを助かった記憶が過去に何度かあります。

その1. 20年以上も前のこと。
 岐阜で軽の乗用車に乗っていた時、T字路で目の前を左から右に横切るバンの横腹に間違ってジャンプするように突っ込み、激突する寸前にギッと停止した。
 如何に危なかったかは、その車の後部座席に座っていた若い男が窓を開けて真っ赤な顔を出し、「バカヤロー!」、「バカヤロー!」と二度も怒鳴ったことからも分ります。

その2. 去年のこと
 これもT字路で、魔が差したように右側確認を怠り、軽トラで側道からメインの道路に進入して左折しようとした時のことです。
右側から戦車のような大型車が地響きを立てて突進して来るのを全身で感じ取りました。
 咄嗟にブレーキを踏み、左一杯にハンドルを切りました。その目と鼻の先を大型コンクリートミキサー車が轟音を上げて通過しました。
もし、ぶつかっていたら、運転席を右後方から直撃され、私の身体もぐしゃぐしゃになっていたところです。
 今でも不思議に思うのですが、あの瞬間は極めて平静で身体が勝手に動いたような感じでした。見えざる世界からのご守護だったと思います。
その後、道端に車を寄せて、走り去る大型車を暫らく茫然と見送っていました。心臓がドキドキし出したのはそれからです。

 あと、最後(上記7.)の実技は、バックで駐車スペース入れもS字もクランクもスイスイと通過して初めて免許を取得した時の苦労が嘘のようでした。
ただ、踏切りでは一時停止して左右を目視時、窓を開けて音も確認するようにと注意されました。
この時の講習終了証明書と、視力検査だけで免許証は更新されます。

 さて来年、免許証更新の後、いよいよ天地が引っ繰り返るような大騒動が勃発することになるのかどうか、今年も残りあと2週間です。


テーマ : にちじょー
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重い初雪のお土産

 例年、初雪は重いドカ雪になり易く樹木に応えます。
この写真は昨日(12月4日)朝の、我家の庭先です。道路への出口を完全に塞がれてしまいました。
除雪の前に、ここの枝を処置し、その先で更に1本の倒木を片付け、その上、両脇の篠竹や小枝を刈り込んで大きな道路に出るまでの通路を確保しなければなりません。
 他にもしなければならないことが幾つもあり、夕方4時の日没までやっても全部終りませんでした。
今日もこれから刈払った篠竹や小枝の後片付けと、雪の重みで傾いた果樹をパワーウインチで引起し、固定する作業にかかります。


PC040587(クリックして拡大)
PC040587.jpg


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ある鳶職人の話

 一時期、土方も大工も経験したことがある私には身につまされる話です。


「知人から聞いた話」 鳶(とび) 2014-11-26(Wed)
http://longbow5377.blog.fc2.com/blog-entry-159.html

いわゆる、知り合いの友人から聞いたと言う怪談> 

 鳶(トビ)とは高い所で作業する職人の事で高所作業のエキスパートである。
仕事の危険性、専門性から荒くれ者が多い建設業界の中で工事現場を肩で風を切って歩ける職種だそうだ。

 もうかなり前の話だが、鳶の世話役(職長、作業班長)をしていたと言うAさんからこんな話を聞いた。
「テレビで鳶職人がご飯に味噌汁をぶっ掛けて食っているが、本物の鳶職人ならそんな事は絶対にしない」のだそうだ。

 Aさんは16歳で鳶職人になったと言う。
20台で経験年数10年の一人前になった頃、社長の跡取り息子、御曹司の教育掛かり「補佐」になった。
昭和30年代、高度成長期の頃の事だそうだ

 会社の寮に住み、食事は社長の奥さんが作ってくれたものを食べていたのだが、ある朝、新顔の職人がご飯に味噌汁をぶっ掛けた。
近くに座っていた古株の職人が、すぐさま、そいつをぶん殴ったそうだ。
それを見た狡い職人達は、「今日は休み!休み!」と喜んでいる。

 ご飯に味噌汁を掛けるのは「味噌汁の具が落ちる」=「身が落ちる」と言い、人身事故に繋がり、鳶職人の間では非常に縁起の悪い事だと言う。

 結局、社長が出て来て「今日は縁起が悪いので休みにする」と言って仕事を休みにしてしまったそうだ。
そんな時代だったそうだ。

 ただ、御曹司は困った。
早稲田大学を出たばかりで、現場責任者として仕事をしている。
まだ若く、経験も無いのでボーシン(世話役より上、番頭)とAさんが支えていた。
御曹司は「どうしても、今日中にやらねばならぬ仕事がある」と言う。

 御曹司は父親である社長に説明したが、社長は「日が悪い」と言って職人を出す事を許さなかった。
御曹司は「元請の現場所長は迷信など許してくれない。我社の評判が落ちる」と言い・・・
ボーシンとAさんに土下座して、「社長に内緒で現場に一緒に来てくれ」と頼んだ。
 御曹司に土下座までされてはボーシンもAさんも断れなかった。
それに、大して難しい仕事でも無い。
御曹司は鳶職人としては半人前だが、ボーシンとAさんがいれば明るい内には終えられる。

 それで三人は現場に出た。
そして、なんとか仕事を終え、後片付けをしている時に、御曹司は足を踏み外し、20メーターの高さから転落、そして亡くなった。

 社長はボーシンとAさんを全く責めなかったそうだ。
「御曹司が勝手に現場に出たのが悪い。それ以上に悪いのはご飯に味噌汁を掛けて食ったあの職人だ。
あんなヤツを置いていたらコレからも悪い事があるに違い無い」
と言うと直ぐにその職人を解雇してしまったそうだ。


テーマ : 怪談
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プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

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