スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

反安倍連合

 小沢一郎氏は親中派の鳩山民主党政権最大の実力者だった人物。その彼を一貫して持上げている板垣英憲氏が親中派の工作員であることは自明。
安保関連法に反対しているのは世界では中・韓・(露)以外にありません。
この程度の限定された「集団的自衛権」など、国際的には全く問題になりません。(日本人は「頭おかしいんじゃないの」と言われるレベル)
下記記事の「市民連合」に名を連ねている団体は共産党系の政治組織。


安倍晋三首相を倒せ!市民5団体が「市民連合」設立、野党統一候補を擁立・推薦・支援し政権打倒謀る
   2015年12月22日 06時59分38秒      (板垣英憲情報局)
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/7acf4a0804a59eebfdb1b30832313648

◆ 〔特別情報1〕
 2016年7月10日の参院議員選挙(総選挙との同日=ダブル選挙もあり得る)を控えて、小沢一郎代表は「野党が纏まるのを国民も期待している」(日刊スポーツ12月20日午前11時19分配信)と力説している。
これに応えるかのように、野党が統一候補を立てて一丸となって戦う「オリーブの木」連合が、次第に形を現し始めている。
 学生団体「SEALDs」、安全保障関連法に反対する「学者の会」、「ママの会」、「総がかり行動実行委員会」、「立憲デモクラシーの会」5団体が12月20日、野党統一候補の擁立促進・推薦・支援を目的とする新団体「市民連合」を設立、東京都千代田区の私学会館で、記者会見し、活動方針などを説明した。
 民主党(岡田克也代表)が歓迎、共産党(志位和夫委員長)は、「応じる用意がある」と表明した。今後の「与野党対決構図」はどうなるか?

続きはこちら→「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」*有料サイト


〔参考記事〕
中国の李克強首相は、「小沢一郎政権誕生」に期待し、当面は「日本との関係改善に力を入れない方針」
   2015年12月20日 00時30分22秒     (板垣英憲情報局)
http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/abd976adc3740973a891654405240166

◆〔特別情報1〕
 中国北京政府指導部「チャイナ・セブン」内では、「軍部を掌握していない」習近平国家主席が象徴的存在になり、「軍部を掌握している」李克強首相(バックに胡錦濤前国家主席=中国共産主義青年団のトップ)が、事実上の実権を掌握したという。李克強首相は、小沢一郎代表と極めて親しい間柄にあることから、北京政府は「小沢一郎政権誕生」に期待して当面は「中日外交を重視せず、日本との関係改善に力を入れない方針」を決めた模様だ。これを受けて、程永華駐日大使が2010年2月に着任して6年目を迎えているのに、日中関係は一向に改善の見通しが立っていない。そのため、已む無く2016年早々、後任に邱国洪駐韓国大使を起用する方向で調整中という。これは、中国の国内情勢に詳しい専門家筋からの情報である。一体、これからの日中関係は、どうなるのか?


スポンサーサイト

テーマ : 検証
ジャンル :

安倍、プーチンは光、オバマは闇

 何時も当ブログをサポートして下さる「永遠に続く道」の Kaoru さんからの心強いメッセージです。


「永遠に続く道」
697.正しい選択
http://eternalhighroad.blog100.fc2.com/blog-entry-697.html

 日月の民草さまの 一厘の仕組 日月神示の解釈 の記事の中で、特に カテゴリー「政治・経済」 は視点が鋭く、的を射ていると思うので、いつも共感しながら興味深く読ませて頂いております。

 ハイヤーセルフは私に大切なことを伝える時、「〇〇は光」「〇〇は闇」という言い方をします。
この時の「光と闇」は、単に「善と悪」或いは「ポジティブとネガティブ」と言換えられるものではなく、地球が進化した星に生れ変る過程に於いて、「進化を推進する存在が光、妨げる存在が闇」と解釈するのが最も自然だと感じています。

 数年前、気になる人物の名前を次々挙げて尋ねた時、「安倍晋三氏とウラジーミル・プーチン氏は光、バラク・オバマ氏は闇」だと言われ、その後も聞き違いではないか尋ねる度に答えは同じでした。
不安で何度も尋ねたのは、恥ずかしながら全く反対の答えを予想していたからです。

 流れとしては米露が和解して中国と敵対するようになるが、次第に隠されていた真実が明らかになり日本が大きな役割を果し、何れ通貨さえ必要のない平和的世界統一が成遂げられるようですが、そのシナリオに他力本願(宇宙人が助けてくれるとか、皆で祈れば変るとか)は通用しないようです。

 その最初の過程で大きな鍵を握るのが安倍晋三氏とウラジーミル・プーチン氏、そして最終段階で最大の鍵を握る人物(日本人)が登場し、地球は進化した星に生れ変ることが出来るそうです。

 勿論、上記の人物に任せて置けば何もかも良い方向に事が進む訳ではなく、私達1人1人が各々役割を果さなければならないとのことで、その最たるものが「正しい選択」ではないかと思います。

 私にもっとパワーがあれば、ハイヤーセルフとの対話を逐一ブログで紹介したいのですが、現在はレイキヒーリングと深い闇との対峙に精一杯なので、日月の民草さま が勇気を持って書いて下さることに感謝しております。


テーマ : 検証
ジャンル :

クレムリン・メソッド 目次から

 この北野幸伯氏のライフワーク的著書を私は12月17日に入手しました。
内容的にはこれ迄記事にした「MAG2 NEWS」やメルマガ等とかなりダブっているので、少し新鮮味やサプライズには欠けましたが、全く手に入るべくして手に入った本でした。所謂引寄せです。
 ここでは目次から私の琴線に触れた部分だけを紹介させて頂きます。

  
第一章 世界はある「原理」で動いている

● 「世界の本当の姿」を知るための大前提①
  「あるがまま」に「事実のみ」を見る

● 「世界の本当の姿」を知るための大前提②
 特定の「主義」「思想」に偏らない

● 「愛」が「世界の本当の姿」を知るのを邪魔している

● 未だに「21世紀に戦争等起らない」と信じ続ける「平和ボケ」日本人

● 世界では、今も戦争状態が続いている

● 中国は2018~2020年頃に「バブル崩壊」が起る可能性が高い

● 国が「成熟期」に入ると、「移民労働者の大量流入」問題が起る

● 欧州「キリスト教文明は、イスラム移民の大増加で滅びる

● 2030年頃、アメリカと欧州の時代は終り、アジアの時代が来る

● 現在「成長期前期」のインドは、近い将来、日本のGDPを遥かに超える


第二章 世界は自国の「国益」で動いている

● 「平和憲法」だけでは「国と国民の安全」は守れない

● アメリカによるイラク戦争、真の理由は「石油」の強奪である

● 「シェール革命」で、アメリカにとっての「中東の重要度」は下がる

● 近い将来、「エネルギー価格」が下がり、エネルギー資源国の経済が悪化する

● 「ドル基軸通貨体制」を揺がすための通貨「ユーロ」の誕生

● 「石油」の決済通貨を、ドルからユーロに変えようと企んだ仏のシラクとイラクのフセイン


第三章 何故、世界の動きが見えないのか?

 「国益」のために、国家はあらゆる「ウソ」を吐く

● 「政治的ウソ」は「事実」より優先され、情報として流される

 戦争とは、「情報戦」「経済戦」「実戦」の三つである
 
● 「尖閣」「沖縄」を巡る「日中戦争」はもう始っている

 「イデオロギー」は、国家が大衆を支配する「道具」に過ぎない


テーマ : 検証
ジャンル :

アサヒが報道した「瀬戸内寂聴法話」

 突込み所満載です。全部間違っています。宗教家やスピ系の人達は、うっかりするとこう言う罠に陥ります。


寂聴さん、法話で安保法批判 「安倍さん民意聞かない」
  2015年9月20日20時45分     朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASH9J6294H9JPTFC00W.html

 僧侶で作家の(じゃくちょう)さん(93)が20日、京都市右京区の寂庵(じゃくあん)で開いた毎月1回の「法話の会」で、19日未明に成立した安全保障関連法について「今の政治は間違っている。戦争しないという憲法9条は世界の珍しい宝で、世界が認めている。憲法9条を放棄して戦争が出来るようにするなんて、馬鹿なことだ」と批判した。

 寂聴さんは骨折やがんで約1年間の療養生活を続けたが、今年4月に法話を再開。6月には国会前で抗議の声を上げ、その後も被爆地・長崎や、出身地・徳島などで廃案を訴えて来た。

 この日、約160人の聴衆を前に「(参院特別委での)強行採決は見苦しかった。安倍さんは自分の名前を後世に残したい、そればっかりで、民の心を考えていない。自分のことは忘れて、民がどういうことを求めているかを察し、その望みを叶えてやるのが良い政治家。安倍さんは民意をちっとも聞こうとしない。今のままでは戦争になる。安倍さんが行けば良い」と非難。
 一方、学生団体「SEALDs(シールズ)」ら若者が立上がったことに触れ、「日本は未だ大丈夫。若い子が立上がって、政府の好い加減なことに反対している。素晴らしいこと。彼らは『これからが勝負。今度の選挙で勝負を付けよう』と言っている。今の国会議員は私達が選んだ人。(国会議員を)選ぶ時には気を付けなければ」と話した。

 また、聴衆の多くを占めた女性に対し、「子ども、孫、曾孫を守って下さい。女が力を出してやらないと、男だけに任せていられない。頑張って下さい」と語り掛けた。今後も法話や作家活動のなかで訴えて行くという。(岡田匠)


テーマ : なんだコレ!?
ジャンル :

木内鶴彦が見た未来

 「天下泰平」さんの記事に木内鶴彦の『「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み』という本のことが紹介されています。(http://ameblo.jp/pure-tenkataihei/entry-12053206892.html
その中に次のような件(くだり)があります。

 「木内さんが見て来た未来の世界は、両極端に大きく異なる2つの未来であり、1つは、お孫さん達のような子供達に囲まれて天体望遠鏡を眺めながら楽しそうに老後を送っている様子で、もう1つは瓦礫の廃墟の中で白髪になった木内さん本人が佇んでいる様子が、まるでフィルムが二重に重なったかのように同時に映し出されていたそうです。
 廃墟の世界の未来は、放射能が北半球全体を汚染している状況であり、その時は大規模な核戦争が起ったと思ったようですが、現在の原発事故の放射能汚染などを考えると、この未来は今の福島原発の汚染、もしくは、これから先にも未だ起る世界規模の原発事故の多発、更には核戦争も含めた未来の姿だったのかも知れません」

 以前の私は良く解らなかったのですが、今、こんな話を聞くと、「何だ。パラレル・ワールドか。(バカバカしい)」と思います。
パラレル・ワールドだということは、「まるでフィルムが二重に重なったかのように同時に映し出されていた」と言う箇所を見ると、一発で判ります。
パラレル・ワールドというのは三次元の過去でも未来でもありません。
元々、過去も未来も現実(三次元)には存在しない幻想なのです。存在するのは今現在だけです。
では、過去や未来は何かと言うと現時点での想念の世界です。想念の世界というのは、三次元では仮想でも異次元では現実です。
 だから、それには無限の可能性があって、その中の一つや二つを見たからと言って、それが三次元の現実になる確率は極めて小さなものです。但し、五次元、六次元のアカシック・レコード(パラレル・ワールド)にアクセス出来る場合や、預言の場合は別です。
 普通の霊格の人は、精々、四次元のパラレル・ワールドを見ているだけですから、予言が的中することは殆んどありません。木内鶴彦も、私は信用していません。
代表例として、「黄金の金玉」サイトを見ていれば分ります。何百回か何千回か飽きもせず予言を書いていますが、今迄、当った例(ためし)がありません。ご本人がそう言っています。


テーマ : 予言に関するもの
ジャンル :

528Hzと666

 意外なところで528Hzと666が繋がりました。
下記の引用文は、私の嫌いな「冗長で下手クソな翻訳文(日本語の恥)」ですが、要するに、どちらも神聖な数字であるが故に、闇の存在達によって隠されて来たということです。
 イルミが何故、聖書で邪悪な数字とされる666を愛用するのか、理由が解りました。
私が内なる声に従って、666を公然とハンドルネームに使い出したのは大正解だったのですね。最近、528Hzに辿り着いたのも必然という訳です。


「zeraniumのブログ」 2012年3月11日(日)
人間をコントロールする「国家標準音」に隠された謀略
レオナルド・G・ホロウィッツ著『ジョン・レノンを殺した狂気の調律A=440Hz』(徳間書店) より抜粋引用
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/528hz-75cc.html

・ 創造の周波数「528Hz」
   
 過去2000年間の間に、「黄金比」は取るに足らないものとなり、現代では検閲の憂き目にすら遭っている。
現代社会では科学、音楽、そして芸術が称賛されながら、それらの基礎であるシンプルな振動、特にπ(パイ)、φ(ファイ)の基礎である「528Hzの周波数」の共振について顧みられることがないのである。
宇宙の恵み深さを考えると「528Hz」は、愛の波のように、成功とも切り離すことが出来ないものだ。

 豊かなエネルギーと、あなたを含む全てを作り出す数学テクノロジーが「528Hz」に依存していることが、ここで明される。
それは、この知識を讃えようとする者が有効利用出来る鍵である。
本書は神の存在を証明し、愛の謎を解き、神の介入や指示、さらには「永遠の救い」に至る迄、全てが物理学の法則に基づいて音楽的・数学的に動かされていることを説明する。

 この本には、神の意図によって人生最大の問題を解決するようにと定められ、「528愛の革命」を鼓舞する驚くべき、かつ衝撃的ともいえる情報が含まれている。
これによって、これまでの従来の考え方と状況が揺るがされるだろう。
闇の権力であるイルミナティによる音楽界と管理された混乱への投資が、世界に精神的な争いを引起している。

 私の初のインターネット上の音楽変換サイト、i528 Tunes.com 開設後数日の内に、私が暗殺の警告を受けたのはこれが理由である。
この「宗教殺人」を意図する陰謀は、バチカンと繋がっている狂信的なレオ・ザガミを推すCIA/FBIの秘密諜報員が関わっていた。
ザガミは私を真似ることで私の信用を失墜させ、528を広める活動を貶(おとし)め、宗教的な殺人という動機を与えるために登用された。

 これらの秘密諜報員はネット上で、528は悪魔崇拝者のアレイスター・クロウリー(悪魔的超能力者)が好んだ数字だと主張した。
それは本当である。キリスト教学によれば、ルシファーは音楽と光の権威であるからだ。
この後述べるように、528Hzは、最もパワフルな音と光の周波数である。
もし悪魔が神を出し抜きたいと考えたなら、神の最も奇跡的な周波数と創造的なテクノロジーを悪用して、人類を奴隷にするに違いないのだ。
つまりそういう事情なのである。

 本書では、何故528が巨万の富などの奇跡を実現する聖なる数「6」に帰結するのかなどについて、多くの事実を明かす。
528は、各桁を足すことで聖なる「6」に帰結する。5+2+8=15 1+5=6 「6」はイルミナティによって日常的に用いられており、この秘密の聖なる奥義は、米国の金融エリートを代表するロックフェラー一族などによって利用されている。
それは「ルート66」、「フィリップス66」(ガソリンスタンド)など収益的に成功を収めており、「6」の力を知らない一般市民から金銭を搾取しているのだ。

 「6」はキリスト教社会では聖書の黙示録に出てくる数字であることから、「666」は不吉な、あるいは邪悪な数と見なすように教えられて来ており、人々がこの数字を使わないように意図されて来た。
このようにして「6」という数の意味は、宗教界に於いてすり替えられて来たのである。
 本当の「666」とは、三つの奇跡の現れなのだ。
ペプシやエクソンといった巨大企業の多くが、この「6」の数秘術知識をロゴマークにしているのはこのためである。
ペプシ、666とワクチン接種( PEPSI, 666 and Vaccinations) というタイトルのYouTube 動画に例がある。

 「X」の文字もまた、英語の根底にあるピタゴラス数秘術によれば、「6」に帰結する。
米国には最も裕福なメディア王、ルパート・マードック所有の「FOXニュース」があるが、実はこのFOXとは666ニュースなのである。
つまり、Fはアルファベットの6番目、Oは15番目で1+5=6、そしてXは24番目で2+4=6である。

 私は、この神から贈られた秘密の知識である「奇跡の6」の音、528Hzに関する研究と知識、そして活用が、天と同じく地上での無限の繁栄を約束すると強く主張する。
528に関する新事実は、宇宙の構造を垣間見させてくれる。
それは人生の再構築と健康の増進、そしてより良い世界を作り、平和と自由を謳歌する助けとなる。
言換えるなら、これらの新事実は、文明を転換させるのである。

 本書からあなたは、528と人生と、そして天の王国との関係を見い出すだろう。
探し求めていた「魔法の王国」が見つかったなら、他のどんな方法よりも多くの富が提供されるだろう。
「天の王国は近い」とイエスは断言した。それは今まさにここで起っている。
528Hzで振動するあなたの心が、それを最も良く感じている筈なのだ。

 現在のエネルギー、また電子の動きは「緑の海」を通じて起きている。
(緑は528の色であり、また米ドル紙幣の裏の色でもある)
黄緑色の藻と植物プランクトンが、海や大気を豊かにしていることに目を向けてみよう。
 クロロフィル(葉緑素)が生命を支える酸素を生産している。これも528に依存するものである。
クロロフィルは理想的なエネルギー変換機かつ運搬装置である。
クロロフィルは、生命の息である血液に活力を与える酸素と繋がって、日光から血中へ電子を運ぶ。
この霊的なエネルギーは永遠に水中音響的(ハイドロソニック)に振動する。
528による電子の共振を通じて、振動により現実を実体として存在させている。

 DNAも同様に働いており、太陽の528Hzの音のように、固定された電気的な生体音響的な振動を送受信するのだ。
528Hzは今この時も、あなたが奇跡的に現実的物質世界に実在することを助けている。
 あなたという存在は量子場において数学、物理学的存在であり、3次元において芸術的に実現化したものであるのだ。
NASAの録音によると、太陽の音楽や木星の中心の音は、528Hzと調和して振動しているという。
 全ての生命を織りなすこの「音楽」は、先住民族の音楽や歌い手が、西洋的な「平均律」の音よりチューニングを下げさせる理由になっている。
彼らは直感的に528Hzとそのハーモニーが、より魅力的で癒されることに気付いていたのだ。
                   (以下、省略)


テーマ : 知ってほしいこと。
ジャンル :

頭の体操 「時間の向き」

 「めもっとこ。」さんの最新記事「現在は過去から? 未来から?」の中に苫米地英人(とまべち ひでと)の「時間の向き」に関する変な説が紹介されています。

 私がこれを読むと、典型的な観念論(詭弁)に見えます。
霊学では「時間とは、現在の状態の変化である」と捉えます。
これは、物質界ではあまりハッキリ解りませんが、時間が無いと言われる霊界では当にこのとおりのことが起ります。

霊界には時間、空間は無いと申してゐるが、無いのでないぞ。
違って現はれるから無いのと同様であるぞ。あるのであるぞ。

(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第73帖)

時間も空間も映像であって、情態(註: 内面的な状態)が変るのみのことであるぞ。
(ひふみ神示 第二十五巻 白銀の巻 第7帖)

(霊の世界にも)物事が発生し進行(変化)するのに要する時間はあります。
(トニー・オーツセン編/近藤千雄 訳「シルバーバーチ最後の啓示」 p183 ハート出版)

 過去とは、文字通り「過ぎ去った現在」であり、記憶とか、記録の中にだけ存在するものです。実在ではありません。
未来とは、文字通り「未だ来ていない現在」であり、これも実在ではありません。
 そうすると時間の向きとは、過去の現在から未来の現在への変化の方向ですから過去から未来であることに疑問の余地はありません。
本当は実在しない未来から過去に「時間が流れている」と錯覚するから間違った結論になるのです。
実在するのは、あくまで永遠の現在(いま)だけなのです。
 また、「過去と未来を現在に繋いでいるのは、因果律と自由意志」ですから、苫米地の“過去の因果によって現在、そして未来があるなどと考える限り、自分自身で明るい未来を切開くことなど出来ない”などという詭弁も成り立ちません。「未来の因果」などというものも存在しません。
 正しい因果律を否定することは、マクロの物理法則も、この世の成り立ちも、輪廻転生等も全部否定することと同じです。
宇宙が整然と秩序を保っていられるのはこの因果律によります。
苫米地は観念に囚われて目の前の現実を在りのままに見ていません。

 ですから、「時間の向き」は過去から未来へ。
「現在は過去から? 未来から?」の答は、過去と自由意志からです。
早い話、「めもっとこ。」さんがこういう記事をアップしたこと自体、彼女の過去のカルマ(行為)と切り離すことは出来ません。
また、その過程で、その記事をどのように書くか、アップするか否か等、沢山の選択の余地があった筈です。
 さあ、今日も現在に集中して、選択を間違わないように生きることにしましょう。


引用元記事: Wikipedia 「時間」

〔時間の向き〕
苫米地英人の主張: 時間は未来から過去へ流れる


 苫米地英人は次のように主張する。

「時間は過去から未来へ流れているのではなく、未来から過去へ流れている」という考え方は、東洋ではアビダルマと呼ばれる仏教哲学で古くから述べられている。またこれは現代の分析哲学における結論でもある、と指摘しつつ、苫米地英人はこの見方を支持している。

 「時間というのは過去から未来に向って流れている」とする考え方というのは、創造主が世界をつくった、とするユダヤ・キリスト教の伝統に沿った時間観に過ぎない、と苫米地は指摘している。
 創造主のいる宗教では「絶対神がビッグバンを起し宇宙を創造したことから全てが始まりそれにより玉突き的に因果が起きて現在まで来た」と考えたがるが、そう考えないと創造主自体の存在を肯定出来ないので、「過去の出来事が現在の原因である」と解釈されることになる、と苫米地は指摘した。
 こうした考え方で“過去の因果によって現在、そして未来がある”などと考える限り、自分自身で明るい未来を切り開くことなどできない、とも指摘されている。
自分自身を、まるでただのサーモスタットのように見なすことになってしまうからである。
 ユダヤ・キリスト教的な時間観の枠内だけで育った人には意外に思えるかも知れないが、その枠を取払って少し考えてみてみると分るようになるという。以下のように解説されている。

 現在は一瞬で過去になります。今、現在だったことはちょっと前の未来です。今現在やっていることが、1時間後には過去になります。つまり現在が過去になるのです。当たり前のことですよね。
現在の行為が過去になるのです。つまり現在の結果が過去です。あなたのいる位置が現在とすると、あなたに向かって未来がどんどんとやって来ては、過去へ消えて行っている訳です。

 この感覚は一度理解出来ると意外なほどに腑に落ちるという。
自分に向って未来がどんどんとやって来ては過去へと消えてゆく感覚。(自分が過去から未来へと向っているのではなく)未来の方が自分に向って流れて来る感覚である。
そして現在起きたことがどんどん過去になり遠ざかって行くという時間の流れの感覚である。
 こう考えれば、現在は過去の産物などではなく、未来の産物であり、しかも未来というのは固定されたものではなく、無限の可能性であり、しかもその未来は(過去の因果ではなく)更に未来の因果によって決まる、ということになる。

 これを川の流れに喩えるなら、クルーザーに乗って川上に進みつつ、自分は川の一点を見ている、ということである。川は上流(未来)から下流(過去)に向かって流れている。ある時自分が上流から赤いボールが流れてくるのを見る。その後青いボールが流れてくるのを見る。
ユダヤ・キリスト教的時間観で見てしまうと「赤いボールが流れて来たから、青いボールが流れて来た」という解釈になる。
 だが実際はそうではない、と苫米地は指摘する。赤いボールが流れてきた結果青いボールが流れて来た訳ではない。
未来という上流から、未来における何かの因果によって、赤、青の順番で放たれてそれが現在にまで到達したから、赤、青という順番で流れて来た、と苫米地は指摘する。

 例えば上の事例で、赤いボールを拾うか拾うまいか迷った揚句拾わなかった。その後青いボールが流れて来たのを見た時に、どう考えるか、ということがある。
ユダヤ・キリスト教的な時間観で解釈してしまうとつい「しまった、赤いボールを拾わなかったから、青いボールが流れて来てしまった」と考えることになってしまうが、この場合も、赤いボールを拾わなかった、ということと、その後に青いボールが流れて来た、ということは何の関係もない。つまり「あの時、赤いボールを拾ってさえいれば…」などとくよくよ悩むことは意味がないのである。過去に縛られる理由などどこにもないと苫米地は指摘する。


テーマ : 考察
ジャンル :

悪魔の「銀河法典」他

 昨日、当ブログの過去記事に関連する内容の記事を三つ見付けましたので、忘れない内に記録しておきます。
最も重要なのは、3番目の「Now Creation」(コブラ)最新情報です。
これは、真実の神の陣営に対する、魔界からの挑戦状に等しいものです。


1.「黄金の金玉を知らないか?」
 地震情報 伊豆大島で地震相次ぐ
      2015/03/13 
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1829.html

・ 気になるポイント
 「地震の最も危険なエリアは千葉の房総半島あたり

・ 当ブログの関連記事
 「幻の桜」 東京結界 (03/10)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-829.html


2.「めもっとこ。」
 STAP細胞は家庭で作れます
     2015/03/13
http://mintmk.blog.fc2.com/blog-entry-321.html

・ 気になるポイント
 「培養液は玄米乳酸菌溶液」 
 やはり、飯山一郎氏が言っていた「植物性乳酸菌培養液(弱酸性)を使う」ことがミソですか。

・ 当ブログの関連記事
 STAP細胞=ES細胞で幕引き (12/27)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-752.html


3.「Now Creation」  銀河法典
    2012年4月4日付  
http://nowcreation.jimdo.com/2015/03/13/銀河法典/

・ 気になるポイント
 「銀河連合は、現地の法律に関わりなく、銀河法典(註: 彼等が勝手に捏造した)が犯されるようなあらゆる状況に介入する、不可侵かつ無条件の権利を有する。(武力行使も容認する

 「おそらく人々の中には、銀河連合には介入する権利がなく、人類は自分たちの問題を自分たちだけで解決する(註: 「だけ」ではない。援助は受け容れる。問題は意識の進化が充分でない段階で介入することが有害であることだ)権利があると、感じている人もいるでしょう。
 これは全く真実ではありません。地球のあらゆる場所で起こる多くの戦争と、基本的人権が絶えず侵害されている状況が、人類が自分たちの状況を処理出来ないことを証明しています。
ですから、ガイドしてくれる賢明な守護者を受け入れるほうが、ずっと良いことなのです。(註: 援助と介入は明確に異なる


 これは明白な「宇宙の基本法」違反であり、疑いの余地がない「悪魔の銀河法典」です。
遂に牙を剥いた彼等が如何に邪悪な存在であるかを遺憾なく表明しています。
これを見ても尚、コブラが闇の勢力であることを理解出来ず、コブラに加担する者は闇の共犯者として、後々まで、大きな負債を負うことになるでしょう。

・ 当ブログの関連記事
アミの言葉、メモ(4) 宇宙の基本法と救済計画 ((02/07)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-797.html

続きを読む

テーマ : 伝えたい事
ジャンル :

またコブラの大嘘

 当ブログでは当初、コブラに好意的でしたが、最終的にはコブラを工作員(詐欺師)だと断定した理由は二つあります。(過去記事「コブラの決定的な誤り」を参照)

1.カルマをアルコンのプログラムだと言ったこと。

2.イベントが地球人の自由意志に依らず、“光の勢力”の介入によって行なわれると言ったこと。


 そして、今回、コブラはまたしても重大な嘘を付け加えました。

3.隔離の終り。

 これが何故大嘘かと言えば、スティーブン・グリアが言っているように、地球を隔離しているのは良い宇宙人達です。
何故、そのようなことをしているかといえば、分不相応なテクノロジーを手に入れた一部の地球人が、宇宙に進出して災厄を齎(もたら)すことを防ぐためです。コブラが言っていることとは全く違います。
 その隔離が解かれるほどには、地球は未だ進化していません。
アミが教えた、「宇宙の文明世界と呼ばれるための三つの必要条件」を満たしていないのですから、地球は未だ未開世界なのです。
ただ、進化が飛躍的に進行する時期に直面していることは確かです。
コブラはそこに巧く付け入り、一部の自称ライトワーカー達に幻想を抱かせ、結果的に真の覚醒を遅らせようとしているのです。

 この「隔離の終り」という画像だけのコブラ情報(参考記事3 にリンク)に対するハートさんの解説は完全な誤りです。
この慌て者のおバカさんは、(悪意はないのですが)またとんでもない間違いをネットに拡散して恥を天下に曝しています。
この彼女のトンデモ記事は「新・本当がいちばん」に転載され、それをまた「徹底検索、堀進」がグリアの記事と勘違いして抜粋するなど、少なからぬ波紋を拡げているのです。
 「ブレイクスルー」自体は、実態のないコブラ情報とは無関係に起ります。
オレンジャーが言っている「リセット」へ便乗(タダ乗り)して全部自分達がやったように見せ掛ける気かも知れません。それが詐欺師の常套手段です。

 これに関連して最近のコブラ情報(参考記事4)も酷い内容です。
「光の勢力がキメラと結んだ不干渉条約」など在る訳がありません。
何が“極めて有害なものでした”ですか! 完全な捏造記事です。
“光の勢力はキメラの脅威がなくなり次第、直接地球の表面に介入します。”も有り得ません。
未開世界の進化に対する原則不干渉は普遍的な宇宙の法です。
(注意深い情報の提供や、最小限の限定的介入は有り得ます)

良く考えてみれば当然のことです。それが解らない人は偽情報に洗脳されているのです。


参考記事1: ETによる核兵器破壊http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-782.html

 ハートさんが言う、“彼らが大っぴらに地表近くまで降りて来ることは不可能”だった理由は、「アミ 小さな宇宙人」の中にちゃんと書いてあります。基本的には「宇宙の基本法」に反するからです。

参考記事2: アミの言葉、メモ(4) 宇宙の基本法と救済計画http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-797.html

参考記事3: 「ハートの贈りもの」扉が開いた地球; スペース/スピリチュアル・ファミリーによる支援が拡大する!(2015-02-08)(http://blog.goo.ne.jp/narudekon/e/1f87852a01ca45c6ec692856bafcd969

〔抜粋〕
 “Cobraの最新記事、「ブレイクスルーの段階、隔離の終わり」が意味するところは、地球の監獄の終わり、即ち、地球と人類のアセンションを支援する地球外文明、スペースファミリーたちが、自由に地球の空へ入ってこられるようになった、ということです。

 これまでは、闇の勢力のスペース兵器が、光のETのスペースシップを迎撃するために様々な場所に待機していたため、彼らがおおっぴらに地表近くまで降りて来ることは不可能でした。
そのために、Cobra達レジスタンス・ムーブメントやポジティブ・ミリタリーが長い時間をかけて、その闇の兵器の撤去・無効化のために精力的に活動して来たのです。(註: Cobra達がやったという証拠は皆無) その掃討がついに完了した、ということでしょう。”

参考記事4: 「Now Creation」 太陽系情勢の最新情報2月9日付
http://nowcreation.jimdo.com/2015/02/10/太陽系情勢の最新情報/

〔抜粋〕
 “光の勢力は不干渉条約の署名を強いられました。彼らが惑星地球の表面に直接干渉しない代わりに、キメラも地表には直接干渉しないという条約です。
 この条約は、この26,000年間の人類の発達において極めて有害なものでしたが、キメラ及び手下のドラコ/レプタリアンが、人類を直接捕獲することを防いで来ました。
このためレジスタンス・ムーブメントの工作員は、地上で人間と接触することが出来ません。また、この条約があるため、1996年の事件後、レプタリアンのエンティティー数が5億という巨大なものになった時でも、レプタリアンは地上の人間の都市で、開けっぴろげに大量に人を喰らうことをしませんでした。
 更にまた、この条約は様々な機会でストレンジレット爆弾の使用にも歯止めを掛けました。
光の勢力はキメラの脅威がなくなり次第、直接地球の表面に介入します。”


テーマ : 考察
ジャンル :

霊能力の陥穽

 この参考記事を当ブログに掲載するのは二度目ですが、今回は特に「ハート」さんを念頭に置いています。
霊的なことに関わることの危うさを彼女は未だ殆んど認識していないようです。
 因みに、私は津田さんを始め、接した霊能者全員が認めた霊的パワーの持主らしいのですが、超能力の開発とか、瞑想とかヨガなどには全く関心がありません。
本当はヒーリング能力もあるのですが、偶々必要な時以外、敢えて使おうとも思いません。
日一日を普通に精一杯生かせて貰っているだけです。
(下の記事を魔龍さんが読んだら、霊力に目覚めて欲しくない支配層の陰謀だと言うかも知れません。私は逆に魔龍さんやたらの芽さんは既に魔界に波長が合ってしまった気の毒な人達だと思っています)


参考記事: 〔なわ・ふみひとの抄録〕(Browse 365 より)
 人間向上の秘訣 ( 町田達是・著 たま出版)
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1312-02.html

霊的な世界に興味を持つことの危うさ

 霊能力、超(常)能力、潜在能力開発、霊媒(チャネリング)、振り子占い(フーチ)、自動書記、瞑想、内観、各種のパワー療法、ヒーリング、ニューエイジ・グッズ等々、まさに今、精神世界は「百花繚乱」の観があります。
そして、一昔前であれば問題にされなかったであろう人達がテレビに出演し、または雑誌の表紙を飾り、大きな組織を作って行く現代です。
もしあなたが、今ここに挙げたような事柄に興味を持っているとしたら、多かれ少なかれ注意して頂きたいのです。
 さて、どのような人達が霊的な事に関心を持つようになるのでしょうか。
一言で申上げれば、邪神界や魔界の霊達の餌食になってしまった人達、つまり彼等に見込まれて憑依されてしまった人達が、霊的な現象に憧れるようになるのです。
 そして、霊的な事に関心を持っているから「魔」に魅入られるのではなく、既にやられてしまっているからそのようなことに目が行き、心が向くようになるのです。
 このような世の中になって来ますと、「我こそが救世主なり」等と言い出す人が、次から次へと出て来るものです。
しかしながら、このような言葉こそが畏れ多くも、ちゃっかり正神になりすました偽神(邪神、魔)たちの常套文句なのです。

● “本当の信念”とは力を抜くことである。力みは魔に通じる

 ここで、いわゆる「潜在能力開発」「イメージ・コントロール」「自己啓発」について、少しお話します。
 このような書籍も色々出ているようですが、これは、超(常)能力、霊能力ブームと並んで、「魔界」が人間世界に送り込んだ「教え」なのです。
しかしこれもまことしやかに作られていますので、普通は、何処が誤りなのか気づくことは出来ないでしょう。
 あのような勉強をしますと、必ず信念ということを教わります。
強い信念を持ち続けなさい……と。
しかし、本当の信念とは力を抜くことなのです。
人間は、力みを捨てて、全てを神様にお任せしなくてはならないのに、人間の力で何とかしようと教える訳ですから、益々力が入って、神様から遠く離れてしまうのです。
 そして目標を立てて、信念を持ってイメージすれば、それらは全て「念」「自我」「呪い」「業」ですから、そのようなことをやっている人の所へは「類は友を呼ぶ」の法則によって、「待ってました」とばかりに「魔」が入って来るのです。
そして「魔」が入って来れば、もしかしたらその力で願い事が一時的に叶うかも知れないけれども、決してその人は幸せにはなれないし、霊的に取返しの付かないことになってしまうのです。

毎日をより良く生きるための三つの指針

 大体目標というものは、私達の数ある過去世の全てをお見通しである守護霊様が立てた上で私達を昼夜導いて下さっているのであって、明日のことさえ分らない私達肉体人間が勝手に立ててはいけないのです。立ててもその通りにはなりません。
 ひたすら日々の生活を全うし、自分の向上を心掛けて行く ― これが、人間の務めなのです。
明日がある、という思い上りがあるから先々の目標を立てるのであって、毎日、“一日一生”と思って生きていれば、そんなものは要らないのです。
 そして諸々の力みを捨てる代りに、私達が今しなくてはならないことは、次の三つです。

(1) 総てを有りの侭に受止めて、世の中に、悪い事というものが存在しないことを理解する ― 全肯定。
(2) 総ての事が良い事だということが解れば、すべてに感謝出来る ― 全感謝。
(3) 総てに感謝出来るようになれば、それは既に総てを天に任せた心境 ― 全托。

★ 関連してこちらもどうぞ → 人間は皆、かみかかっているぞ(かみかからんものは呼吸せんのぢゃ 日月神示)(http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki071015.html


テーマ : 考察
ジャンル :

アイクの時間認識

 私はデーヴィッド・アイクの著書を一度も読んだことがなく、「zeraniumのブログ」さんで連載されたのを見るのが初めてです。
それにしても、ここに転載した部分は当ブログで主張して来たことと全く同じです。
参考記事: 永遠なる現在(久遠の今) (2014 07/08)
これで見ると、アイクも三次元のパラレル・ワールドは存在しないと考えているのですかね? 未だ分りませんが。

 
「zeraniumのブログ」
 テレビの指示に従って生きている人々
『ハイジャックされた地球を99%の人が知らない』 デービッド・アイク著 (ヒカルランド)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-7916.html

抜粋

 本当の時間は、今、この一瞬だけなのだ。これ以外に時間は存在しない。
多くの人は「現在」を過去から未来へ向かう旅の途中だと思っている。
だが、過去を語る私達は何処にいる? 「今」だ。
では未来を語る時は? これも「今」だ。
 すべては「今」にしか起らない。それなのに私達は精神的・感情的な「過去」に拘り「未来」に捕われている。
「過去」も「未来」も、実体は心や感情の状態であって「事実」ではない。
それは深い瞑想などによって知覚される「時間」の向こう側の領域に入れば、現実との関係は全く違ったものになる。

 そしてもうひとつ重要なことは、マインド-ボディ(肉体的精神)が架空の「時間」の中で作動するのに対し、心の「意識」は時間のない状態、つまり「今」にあることだ。
 これだけでも、マインド-ボディ(肉体的精神)と「意識」という心との関わりが切り離される大きな要因となる。
だから今の人間社会は、絶えず時間を気にするように作られているのだ。
 逆に、時間を幻覚と認めることで、現実感覚は呪縛から開放される。

続きを読む

テーマ : 考察
ジャンル :

魔龍さんのリアクション

 こういうリアクションが返って来るのがカルマの法則です。
魔龍さんが、この記事を書かなければならなくなった事情も書いてあります。(青字)
ここ数日のブログ記事を書いたことによる私の小さなカルマは、この記事で魔龍さんが肩代りして下さいました。これも亦、「悪く言われるとメグリを取って貰える」(日月神示)というカルマの法則です。
感謝! 感謝! 昨日は一日中、頬が弛みっ放しでした。
 魔龍さんと刃を交えるのは楽しいですが、それは態度が立派で学ぶものがある場合です。論争することに意味はありません。
ここで私がこの記事に突っ込みを入れると、折角、魔龍さんに移ったカルマがまた自分に返って来るだけです。先に刀を納めた方が勝ちなのです。
(下の記事で、「ほう、そうなのか」と思ったのは赤字でマークした2箇所です。私の誤解なら失礼しました。これがなければ転載せずに遣り過したところです)


「MAGICA魔法入門カバラ~真を見抜く法」
 カルマは結果論、言い換えると観念   2014-10-31(02:33)
http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-407.html#cm

 先日、カルマの話をした。人生にはカルマみたいに思える流れもあるのだが、一般に言われているカルマの法則は大衆を騙す偽りだという話だ。
当ブログではカルマの話なんて優先度合いは低いのだが、記事に「その通りですね。具体例としては……」みたいなコメントが幾つも入り、しかも、当ブログに反発してくる人に関する垂れ込み(笑)もあったので、また話をする事になった

 当ブログの記事を読むと、通常は「やっぱりカルマは思い込みなのかなぁ」となる。しかし、カルマが無いと損をすると感じる人がいるのか「それでもある、観念とか語るアホタレどもに俺様が喝」と語る人の情報が、当ブログに垂れ込まれた。

 その人は、「俺はいい思いをした後、酷い目に遭ったんだ。だからカルマはあるんだ」とか、合理的とは言いがたい論理を進める。
いい思いをした人がいるとして、その後に酷い目に遭う人なんて有り触れている。酷い目に遭わない人も有り触れている。よって、そんな状況はカルマの証明にはならないのだ。
また、その人が霊的体験をしたり、邪霊などと戦う事も、カルマの存在とは無関係だ。

 例えば、楽に5000万円手に入ったとしよう。そして、投資で失敗して3000万円損したとしよう。
こんな状況を味わって「カルマはある! 俺は霊的体験をしてしまった、はっはっはっ」とか言われても説得力が無い。
 そもそも、「損した」とかいう考え方自体が、極めて主観的な話で、人から見れば「結局2000万円はあるんでしょ?」という話にもなってしまうのだ。
不幸なんだという観点だと、「何でもいいから不幸を味わえば、その分、幸せが来る」といった破綻した思想にも繋がる。
 ポア(殺)されれば、来世でハッピーみたいな危ない思想もあるのだ。
家を失う人がいるとして、最初から家の無い人は不幸なの? 別に古アパート暮らしでも、本人に特に想いが無いならば万端のはずだ。カルマでも何でもない。

 大金が手に入って、お金は失わずに平均寿命で亡くなったとしよう。
この場合には、カルマ信望者は「カルマは来世に持ち越される」のように語ればいいわけだ。とにかく、結果を見てから、言い訳じみた事を語ればカルマの説明になってしまうのだ。

 結果が良くなかった場合には、「カルマの総決算は誰も免れる事はできない証明」「簡単には、他人には祓えない」と語り、結果が出ずに亡くなった場合には、「来世だ」「あの世だ」「最終的には」と語れば「カルマがある」という結論に誘導される事になる。
 そういうのはインチキというのだ。そもそもカルマがあるという前提だと、言い訳じみた観念(思い込み)を加えねばならないのだ。
何とでも理屈は捏ねられるというか、当ブログの筆者や読者が見れば理屈にもなっていないのだが。
 なお、「カルマの法則は完璧な教育システム」みたいに語られる場合もあるが、それは法則の存在を証明するのではなく、生き方の教訓になるという話に過ぎない。

 1つ笑ってしまったのは、「カルマは絶対にある」というブロガーは、つい先日の自分の記事で「悪口を言う人がおったら拝むのや(カルマを取ってくれたのだから)」と、まことしやかに記している。
 なのに、筆者がカルマは祓えるという話で「悪口を言われたら、その人に感謝しろ。自分のカルマを受け取ってくれた、ありがたい人だ。」と語ったら、先方は「悪口くらいで祓えるような罪ではなく、もっと大きな御用の悪」と語り出す。
 自己矛盾とはこの事で、何事も客観的ではなく、自分の都合いいように解釈しているだけなのだ。「自分は壮絶なカルマを食らったんだ」という話も主観的で、他の人の解釈が入っていない。

 ちなみに、例えば首相や都知事ならば、あちこちのブログや匿名掲示板で叩かれている。それだけ大勢の人に汚い言葉で罵られれば、1人が祓うカルマは少なくても、人数でカバーできる。
また、マスコミでも政治家を叩く事がある。なお、首相・都知事クラスは、富裕層や既得権利者などを大いに喜ばせているので、カルマはぐんと減っている(笑)。

 苦しめばカルマは消化されるんだという戯言も存在する。苦しむために生まれてきたみたいな思想は、カルマを重視する仏教的な考え方だ。
宗教はそのように大衆を支配してきたのだ。
 例えば、年収2000万円の美人にもてた高収入者が、年収500万円でもてにくくなり苦しんでいるとしよう。えーっ? それっとカルマの克服に繋がるの? 苦しめば負のカルマが無くなるという発想は破綻している。また、見方によっては、金目当ての異性が周りに減って幸せともいえる。

 カルマを祓う話で、当ブログは幻の桜というブログの話を持ち出した。
幻の桜の作者は巫女さんで、エネルギーの本質を見極める事ができるのだが、自分自身がほとんど見えていない状態だった。
 なんと、貧窮を理由に幻の桜が休止となった。当ブログでカルマの話をしたこんなタイミングで幻の桜が休止とは、カルマ信望者に塩が送られた形(助け船)になってしまったようだ。
ただ、それでカルマ信望者が調子こいてくれないと、当ブログの記事がまたアニメの話になる事は明白なので、結局は当記事が誕生したわけだ。

 カルマ信望者が調子こいたのはいいのだが、冷静に分析すると、幻の桜はお金に繋がらなかっただけだ。
なのに、カルマ信望者は「自分のカルマを祓い切れない巫女がいた。よって、カルマは存在する」のように勝手に解釈してしまっている。
このような勝手な解釈を観念と呼ぶのだ。ちなみに、医者の不養生とあるよう、お祓いをする巫女さんが邪気まみれ……なんて事はあるわけだ。

 幻の桜の巫女は貧窮しているという状況だが、別に破綻したわけではない。また、助言できる男が近くにいないというのも大問題だ。
恐らく、そこらの男がアドバイスしても無視し、自分を貫く性格に思える。
助言できる霊を持った男がいなかったので貧窮状態になったわけだ。

 さて、心理的な法則として、人は自分の得になる事を正しいと感じ、損になる事を間違っていると感じる。
例えば、自分がいい想いをして、後に酷い目に遭ったとしたら、カルマはあると思う事で自分を癒やす事ができるので得だ。
 自分は不運を回避できない程度の能力だと知ったり、不運を食らう人生だと思い知る事になれば生きてゆけない。
よって、神の法則が設定したと思い込む事で自分を慰める事ができるので得なのだ。
 一方、「カルマは無い」なんて思い込むと、癒やしが得られないので損となるわけだ。いずれも、自分視点(主観的)であって、他人から見れば極めて説得力が弱い。
 自分が見えていない状態で、論理学に基づいた知恵にも欠ける。
筆者は「実体験じゃないと聞く耳持てない」と記したが、「自分の体験に観念を加えて主観的に語れ」と記した覚えは無い。
主観的な解釈を体験と勘違いする状況も、何事をも独りよがりに解釈する結果と言える。

 去年の時点で「嘘を信じさせるトリック」のような記事を書いており、人は聞き心地のいい事を正しいとする傾向があると述べた。
ベンジャミン・Fとかによってお金を配布されるのは都合いいので、正しいと信じ込むというわけだ。
要するに、当ブログではとっくに語り尽くしているわけだ。

 「人は自分の得になる事を正しいと感じ、損になる事を間違っていると感じる。」という話は、当ブログへの天恵(追い風)と言えよう。誤った使い方をした人も、自分を思い知る事に役に立った事だろう。

 なお、当ブログ筆者は「アセンションなんて無い」という話をした覚えはない
「2012年の完全アセンションを語っていた情報源は、今後信用してはならない」(マシュー、サナンダ、サルーサ)という話はしているし、「支配層のプランが、今後20年は設定されている。もし、近い内にアセンションするとしたら、支配層の態度が矛盾する」とも語る。
 今の所、70年後くらいまでにアセンションみたいなイベントはあるかも知れない。
また、アセンションのイベントがある事と、カルマが適用されない立場がある事とは独立している。
 カルマ+アセンションの抱き合わせこそが罠と言えよう。
「俺にはカルマがあるから、自分は助かるために消化しよう」という思想自体がカルマだ。
自分こそはという思想に加え、選民思想というカルマもあろう。

 ちなみに、2012年末までに「納得できるだけカルマを消化できた」と思った人は、信者のどれくらいの割合がいるのだろう? 
恐らく99%の人が、「まだ消化できていない」と感じていたはず。
 よもや、不運が訪れた事をカルマの消化と考えているのではあるまいな? 2012年末に何事も起きないという不運を味わったので、もう信者のカルマはゼロだよね? いいや、単にエナジー・ヴァンパイアにはめられただけなのだ。

 垂れ込みのあったカルマ信望者は、他にも当ブログが語っていない話を前提に、ハチャメチャな論理を続ける。
例えば、「魔導師ならば、何をやってもカルマの負債を負わずに済む」なんて話を、当ブログでした覚えはない
 カルマを信じたい余り、カルマを否定する情報とは関係無い話で叩こうとしているわけだ。
このような詭弁は「藁人形論法」と呼ぶ。論争相手の意見を都合よくねじ曲げて紹介し、それに反論する事で、相手を言い負かせたように見せかける方法の事だ。
今回の場合には、反論すら詭弁で破綻しているので、藁人形論法すら不成立という事になる。

 スピリチュアルに浸かっている期間が長い事は誇りにはならない。
理由としては、そもそもスピリチュアルというのは、カバラの魔導師が「教育やマスコミなど基本項目に騙されない大衆」から吸うために設定したエナジー・ヴァンパイア・システムだからだ。

 少なくとも、「カルマは観念だ(回避できる)と語るアホが現れた、叩いてやろう」という発想で、当ブログや田舎で深呼吸とか幻の桜までおとしめようとする人間がカルマの消化をしているはずもなく、ますます増やしているだけだ。
以前に語ったよう、「魂磨きをしている程に人生は長くない」という話にも繋がる。もちろん、2012年末には失望を味わい、カルマを増大させている。

 カルマ信望者(他ブログに噛み付く)は今度は武田邦彦なんて人を立ててきたが、「武田邦彦 インチキ」で検索してから出して貰いたい。また、参考になる言葉があっても、使う所を間違えないで貰いたい。

 以前にコブラ解放を信じ、当ブログ(のバックにいるスピリット)に叱られた人が、また当ブログのスピリットに叱られる事になったわけだ。

 むしゃくしゃした時は、タバコでも吸って忘れよう。タバコは薬だ。ただし、本物は葉巻(シガー・シガリロ)とパイプのみ。
葉巻やパイプは楽天の次の店をお薦め。値段も良心的……のように紹介したが、実はタバコというのは全国均一の料金だった。
つまり、次の店は楽天ポイントが入ったり、使える分、得するわけだ。


テーマ : 考察
ジャンル :

魔龍さんのカルマ論を考える(2)

 カルマの法則とは「人にしたことと同じことが自分に返って来る」という単純で完璧な教育システムです。「人にすることは自分にすることである」と言い換えることも出来ます。
 ただ、物理の作用・反作用の法則と違い、時空を超えて最適な時と場所を選んで発動するため人間にはその存在が分り難い。
また、その本質が霊的、心理的なものであるため更に分り難く、「ある」、「ない」の議論が生ずる余地を生みます。
 この法則を物理法則と同じくらい確実なものとして認識出来るか否かは、その人の霊性を測る一つの物指しと言っても良いでしょう。
 
 話を簡単にするために、ここでは魔龍さん自身による「カルマのまとめ」に対して私の考察を付記します。詳細は過去記事に書いてあるので要約に止めます。

カルマのまとめ

1.支配層は大魔導師、よってカルマの法則の有無は把握している。
 
・ 然らん。

2.支配層は非道な行為を実施している。よって、回避する術を編み出しているか、自分達には適用されない事を確信している。

・ 「悪も神の働き」である。必要があって存在を許されているのであり、ある段階まではカルマの清算を猶予されている可能性がある。
しかし、宇宙神による「霊的進化」の巨大な圧力は如何なる抵抗も押流し、最終的にはカルマの清算が必要になる。

参考記事: 進化した「魔導師」の運命 (2014/05/27)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-458.html

 悪の働きは基本的に三種類あると思われる。
一つは善を験(ため)し鍛える役目、いわば、善の妨害者となることである。
もう一つはネガティブカルマの解消執行者としての役目である。これは一見非道に見えて、実際には殆んどカルマになっていない。
 本当の悪は自由意志によって犯す利己主義の罪である。これはカルマの法則によって矯正され霊的進化を促進する。
この悪の働きなくして、善も存在しえず成長もしない。

 魂は確かにモナドのレベルでは全知全能にして愛そのものであるが、次元を下がるにつれて不完全なものになって行く。
霊的進化とは、この低次元の泥沼の中をもがきながら多くの経験を積み、内なる神性に目覚めて上昇して行く過程である。
 この過程が自動的に進行するように作用しているのが因果律(カルマの法則)である。
「カルマの法則」は内なる神モナドから発し、カルマの司(つかさ)達によってコントロールされている。
 これによってモナド自身が更に進化して行く。モナドは太陽司神を経て究極的には宇宙神に繋がっている。
「カルマは存在しない」と考えるのは、「霊的進化」という「宇宙が存在する理由」を理解しないものである。
 
3.支配層は大魔導師。つまり、大衆から奪っているのは、お金とか権力だけでなく、超能力すらも奪っている。実際の罪は膨大過ぎて支払う事は不可能。

・ 上に述べたように、一見ネガティブカルマに見えて実際はそうでないものが多く存在する。
基本的に償えないほどの大きな罪は犯せない。(悪を犯す自由意志も無制限には与えられていない)

4.自分で回避できなくても、祓ってくれる術者に浄財と称してお金を払う方法もある。また、悪口などを言われただけで、簡単に負のエネルギーは消えてゆく。

・ 悪口を言われて何故、カルマが消えるかと言えば、“苦しい”からである。
病気とか怪我とか損失とかも、その形態よりも、そこから受ける“苦しみ”に意味がある。
従って、悪口を言われて“苦しみ”を感じないような輩にこの方法は効かない。
 尚、苦しみを感じないで済むカルマの解消法に“善行”がある。

5.カルマというと、なかなか克服できないようなイメージを植え付けられている。しかし、エネルギーというのは流動的で、容易に行き来する。等価ではなく、不釣り合いで交換される。

・ カルマは「心の癖」から発生するので、その克服は容易ではない。
・ カルマのエネルギーは、流動的ではあるが心理的には等価である。

6.支配層は人間ではない。そもそも人間と同じ法則が適用されるのかも疑問。

・ 信頼出来る宇宙人からの情報によれば、地球人と ET は肉体は違っても霊魂に大差はない。地球人も宇宙人の一種である。法則も共通している。全宇宙が究極的には一なる存在から発しているからである。


テーマ : 考察
ジャンル :

「幻の桜」も禊の季節

 これも一種のシンクロ現象でしょうか。
前々回の記事「魔龍さんのカルマ論」にも登場した「幻の桜」と、その姉妹ブログ「おひるねごろにゃんとう」が財政難により当分休載することになったそうです。結局、自分のカルマを祓えなかったのですかね。
 霊力とか、妖術とか言っても何れ、皆がこうなります。(MAHAO さんは一生懸命良いこともしていたようなので、その分、軽く済むかも)
かって私が経験したメグリの総決算は誰も免れることなど出来ません。地球の次元上昇を前に、その時期が来ているのです。
「カルマは存在しない」とか、「魔導師なら免れる」とか強がってみても無駄です。
 それとも、艮(うしとら)の金神を相手に戦ってみますか?


「おひるねごろにゃんとう」
 おぼえていてね      2014.10.28 Tue
http://ohirunegoronyantou.blog.fc2.com/blog-entry-4435.html

かたりて MAHAO&はるちゃん
 
 さて、9月10月、ねこねこ達やちくさあの海さんに言われ月食前、たくさんの人たちにできる限りのプレゼントをしました。
 (・・;) 
そしたらカードの支払いがものすごい額になり
 ガッビーン\(◎o◎)/!
今年、くまちゃんが土地を売って得たお金がみるみる減っていました。 

 それと先日、社長になることを引き受けた有限会社GOALLANDですが、決算書を見返してみると、なんと5,000万どころか7,800万以上の赤字や負債となってました。
 ガッビーン(|||||▽||||||)
しかもねこねこのごはん代は毎月10万以上はかかり光熱費やごはんを配る交通費などを含めるともっともっとかかります。 
 (>ω<)/ 
さらにさらにMAHAOがおひるねごろにゃんとうに使っていた防水カメラが欠けてきたり不具合が起こってきました。 
新しいカメラを買いたいのですが 予算的に・ 
 (・・;)・
さらにさらにパソコンの画面が夏ごろから壊れていて下部分がブラックアウトした状態で記事を書いてる感じでした。

 というわけで諸事情、状況、時間、労力、結構経済的にきつくなってきたのでそろそろ何とかしたいなーと想いました。  
 (・・;)
それで今日、ねこちゃんや海さんとも相談してこの辺でちょっとおひるねごろにゃんとう記事をお休みした方が良いという結論になりました。(註: 幻の桜も)
 (・・;)
もちろん、ねこの森のねこ達やこいさん達にはごはん配りは続けたいとおもっています。
でも経済的に安定するまで少し記事は休みたいとおもいました。 

 というわけで、いつの時期再開するかはまだわかりませんが、当分の間、おひるねごろにゃんとうをお休みさせていただきます。
もしまた機会があって余裕ができたらまたねこねこ達のお話を伝えしたいと想いました。
 とりあえず、40カ月と一週間の間、毎日読んでいただき応援ありがとうございました。 

 最後にはるちゃんからのメッセージを書いてこの記事を締めくくらせていただきたいと想います。

「忘れないでね おぼえていてね」 


関連記事: 「幻の桜」
 忘れないでね おぼえていてね  2014-10-28
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1704.html

MAHAO さんのイメージ画像
オーちゃんと
画像転載元 (http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1676.html


テーマ : ふと感じること
ジャンル :

魔龍さんのカルマ論を考える(1)

 魔龍さんのカルマ論を俎上に乗せる前に武田邦彦氏のこんな最新記事を見付けました。
以前から感じていたことなので一種のシンクロ現象です。換言すれば、霊界からの支援です。

 武田氏が言っていることは、要するに「人間は自分の得になることを正しいと思い、損になることを間違っていると感じる」ということです。理屈はそれを正当化するために後から付けます。
 魔龍さんのカルマ論の核心である、「支配層は非道な行為を実施している。よって、回避する術を編み出しているか、自分達には適用されない事を確信している」もこれに該当します。
そうであってくれなければ魔龍さんがやっていることの正当性が足許から崩れてしまいます。だから、魔導師ならば、何をやってもカルマの負債を負わずに済む筈だと思っているのです。
 勿論、私は「そうは問屋が卸すか!」と思っています。
(当ブログでも2回言及したことのある)「悪口」くらいでちょこちょこと祓えるような罪ではなく、もっと大きな「御用の悪」です。

 同様の事情は「タラの芽団地」さんも同じです。
この人の場合は、「ヨガ」とか「タオ」とか、会社を経営している(だからハードな経済崩壊ではなくコブライベントに期待すると御本人が言っている)ことなどが背景にあり、理屈の方は取って付けたものです。
 極め付けは「カルマは存在しない」、「自分が体験したこと以外は信じない」です。
これはある意味、唯我独尊問答無用、偉大な霊覚者達はもとより宇宙創造神よりも自分が偉いと言っているに等しいことです。

 事情は私も同じでカルマの存在を否定されると、自分の一生は何だったのだということになります。それでもこのお二人よりはずっと有利な立場にあると思います。
何故なら、魔龍さんが目指しているのは魔導師という時代遅れの支配層の一角であり、どう見ても真正スピリチュアリズムの香気は感じ取れません。
宇宙人オレンジャーも言っているアセンションも全然信じていないようです。
 一方、タラの芽さんが目指しているのは独善的なヨガやタオであり、ウソつきのコブラ擁護派でもあり、偉そうな事を言う割にはブログ記事は平凡です。
 この、やや特殊なお二方に対し、私は浩瀚なスピリチュアリズムの大道を行く者です。
しかも、単なる本読みではなく、身を以ってカルマの大ミソギを経験し、生涯をかけて霊的真理を探究して来た人間です。
霊的にも実生活でも筋金が入っており、邪神、邪霊との闘いにも慣れています。
                          (続) 
 

〔引用記事〕
「マスコミが伝えない事実と解説」武田邦彦(中部大学)
正しいとはなにか? 追補版 「正しい」と思う前の手続き
http://takedanet.com/2014/10/post_9cbb.html

 人は日常的に目の前にあることや話題について、「正しい」とか「間違っている」と判断する。自分の得になることを正しいと思い、損になることを間違っていると感じる。これは動物としてまともな事で、自己防衛反応である。
 しかし、人間はそれだけだと理性が納得しない。そこで、周囲の人が納得できる言い訳を考える。この場合の理性は「自分一人では人生を送って行けない」という理由から発動されると考えられる。
 だから、「正しい」というのは「単なる理屈付け」であって、もっと大っぴらに「俺の得になるから、正しいと思う。でもそれではみんなが納得しないからこういう理屈はどうか?」というのが誠実な態度かも知れない
だから人間は殆んど瞬時にして「(自分にとって)正しいか間違っているか」が分る。何故ならそれは「損得」を判断しているからだ。(損得なら瞬時に判断出来る)
                     (以下省略)

                    

テーマ : 考察
ジャンル :

魔龍さんのカルマ論

 最近の魔龍さんの記事に、氏のカルマについての考え方が整理されています。(引用記事の「● カルマのまとめ」に要約)
私はこの考え方を、自分が習得した霊学に対するテストとして考察してみる価値は充分あると思います。それには少し時間を要しますので、今回は取敢えず転載だけしておきます。(何れ考えが纏まったら記事にする心算です。)
 一方、「田舎で深呼吸」では、「タラの芽団地」さんのカルマ論に対し、「神智学を学び中の者」から長文のコメントが複数回寄せられています。(多分、当ブログでパラレルワールドについて議論された hamacho さんと同一人物です)
 こちらも私にとっては大変興味深いもので注目しています。

・ (hamacho)さんがコメントを寄せた記事のタイトル:
 「愚行とは何だろね」
 「カルマソフトウェアー仕様マニュアル」
 「道を失った魂の行くところ」 
 「宇宙理論が崩壊の予感(笑」 


「MAGICA魔法入門カバラ~真を見抜く法」
カルマは高次元に繋がった自分で回避するか祓う事で逃れる
        2014-10-27
http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-406.html

 先日、交流会を実施し、カルマの話もした。長くなったので、カルマの話だけ取り出し、加筆する事にする。

 ネットでカルマの話をすると、あるんだ無いんだで論争になるのだが、カルマの考え方にかかわらず、支配層は魔導師・妖術師という事は認めて貰えるだろう。
となると、支配層はカルマがあるか無いかくらいは、把握している事になる。
 支配層は非道な事を実施しているが、それはカルマがある事を知りつつ、カルマを受けてもいいから、いい思いをしたいからだろうか? それとも、カルマが無い事を知りつつ、精神世界に目覚めた大衆に因果応報と称して行動を制限させ、自分達だけがいい思いをするためだろうか? カルマなんて本当は無いのに、大衆をカルマの存在で縛っている事もあり得るぞという話だ。

 カルマが本当は存在せず観念だという根拠としては、そもそも精神世界(魂の世界)では人の区別は存在しない。全ての魂は一体であって、他人というものは存在しない。カバラで言うと、「全は1、1は全の思想」となる。よって、特定の魂だけが引き継ぐような天恵や天罰はあり得ないのだ。

 となると、例えば大富豪に属する○○という人が非道な事を実施したとする。
しかし、本質である魂の領域では、○○という人だけでは存在できず、他の一般大衆こそが○○で、○○こそが一般大衆であり神という事になる。
よって、「ある個人の実施した行為は、必ずその個人の魂に降りかかる」みたいなカルマの法則なんてのは存在しない事が仮定できるのだ。
 宇宙の法則として、作用反作用があるわけで、それをカルマの説明に使う事もある。
しかし、そんな法則があるとすれば、魔導師・妖術師というのは法則の存在を知っているわけで、回避する術を編み出す事が、真っ先にすべきと言える。
魔導師・妖術師は不可能を可能にする。
つまり、カルマの法則があったとしても、回避する事が可能になると仮定できるのだ。

 もう1つの仮定としては、カルマの法則というのは、バランスを取るため、あくまで自分の潜在意識が作り出す物なのだ。
天恵や天罰のたぐいではなく、潜在意識を相当に活用できる魔導師ならば、カルマを自分に課す事をしないというわけだ。
 言い換えると、術者というのはカルマの法則を自分に課すかどうかを自分で選択できるというわけだ。
大衆の持つような「これだけ人のためにしたのだから、いい思いをしてもいいはず」とか「人を傷つけたのだから、天罰を受けねばならない」みたいな弱い心は無いのだ。

 あくまで仮定の話なので、カルマ肯定派は噛み付かないで貰いたい。
以前にも話したが、カルマがあるとしても、一般庶民にはやはり適用され、あくまで術者が回避できる(自分で制御できる)という内容だ。

 欧米の大富豪総帥や日本の皇族などは長寿といえる。まあ、たまに一族に短命とか暗殺される人もいる程度だ。早死にしたから不幸が降りかかったという事にはならない。
 例えば、津波が来た時に、若い女性が誰かを助けて、そのまま溺れたみたいな事故があった。別にその女性が悪いカルマで死んだのではなく、むしろ、三次元の地球という牢獄から解放されたと解釈できる。いずれにしても、早死には精神世界的には不幸ではない。

 金沢交流会で話した人は「死にたいと思っても、死ぬ時まで生きる事になる」という不思議なメッセージが心から生まれたようだ。
福井に来て下さった人も、「人はいつ死ぬか決まって生まれてくる」みたいな話をした。
言うならば、いつ死ぬかは宿命なので、そういう観点でも短命だから不幸とかいう判断は誤りと言える。

 今まで「カルマはあるんだ」とか、長文でコメントを入れてきた人を分析すると、仏教で長年伝えられてきたからとか何の根拠にもならない事を語っている。
世の中は偽りだらけなので、当ブログは「カルマは寸分違わず誰にでも適用される」という偽りを指摘しているに過ぎない。
また、そもそも支配層と奴隷層とはDNAが違うという観点が、カルマの法則の話には存在しない。地球に住んで地球人として生きている皆が人間という状況すら嘘だったのだから。

 カルマの話題になると当ブログで語るのだが、主張者の根拠として「私が交信している霊がカルマの法則があると語ったんだ」とか「私が幽体離脱して霊界を見てきたら、カルマを確信できた」という話ならば、主張の意義を感じられる。
 しかし、「カルマは絶対あるんだ、魂は固有なんだ」と語る人は、何の根拠にもならないのに、とにかくあるんだとしか言わない。
「支配層は非道な事をしている、だから裁かれねばならない」「裁きを回避できるような思想は許せない」が本音ではあるまいか? 希望や都合と、真実である事とを混同してはならない。

 取りあえず、筆者の考察として以上のように書いたが、読者からコメントがあった。

 昔読んでた頃の幻の桜の情報が正しいとすれば、カルマは「祓ってる」そうですね。「ポイポイする」って表現をしてました。古い記事にいろいろあります。
カルマがない、あるいは受けないですむ人種がいるのは、世の中を見てみれば間違いないことですが。

 幻の桜の作者は巫女さんだ。ただし、はぐれ者で、真実を次々と語ってしまっている。
その巫女さんが「カルマは祓える」と語るわけだ。また、交換するという表現もある。小さい何かを渡して、大きい何かも受け取って貰うなど、全くバランスの取れていない交換もあり得るわけだ。
お金を使った取り引きでも、等価ではなく、不釣り合いの取引が存在する。

 悪口を言われたら、その人に感謝しろ。自分のカルマを受け取ってくれた、ありがたい人だ。みたいに語る人がいる。
要するに、あくどい事をしても、悪口を言った人にカルマが行ってしまうわけで、その時点でバランスは取れてしまうのだ。
 別に術者ではなく、一般人ですら、相手のカルマを祓える事になる。
そういえば、首相はよくネットでも叩かれているが、その時点でカルマは祓われてしまう。
本当に嫌いならば、決して首相とかの悪口を言ってはいけないのだ。
当ブログでは、政権の個人に関して悪口を言っていない。エネルギーの流れを認識しているからだ。

 宗教というのは、人々が貧乏でも我慢できるように設定されている嘘。
同様にカルマの話も、人々が支配層の非道さを見ても我慢できるように設定した嘘というわけだ。
呪術師が「大衆に自分達の非道さを知られても我慢させる呪文」を希望し、できた呪言、それが「カルマ」という短い言葉だったのだ。

 全は1、1が全が真実だという話は、魔法結社にでも行かないと知る事ができない。(アニメなどの架空の話としてアプローチしてくる事はある。)
しかし、カルマの話は、そこらのお寺で簡単に聞く事ができるし、本もたくさん出ている。となると、真理というより押しつけの可能性が高くなる。
隠されているのが全は1、1は全と言える。この観点でも、カルマの法則は怪しくなるのだ。

● カルマのまとめ

・ 支配層は大魔導師、よってカルマの法則の有無は把握している。
・ 支配層は非道な行為を実施している。よって、回避する術を編み出しているか、自分達には適用されない事を確信している。
・ 支配層は大魔導師。つまり、大衆から奪っているのは、お金とか権力だけでなく、超能力すらも奪っている。実際の罪は膨大過ぎて支払う事は不可能。
・ 自分で回避できなくても、祓ってくれる術者に浄財と称してお金を払う方法もある。また、悪口などを言われただけで、簡単に負のエネルギーは消えてゆく。
・ カルマというと、なかなか克服できないようなイメージを植え付けられている。しかし、エネルギーというのは流動的で、容易に行き来する。等価ではなく、不釣り合いで交換される。
・ 支配層は人間ではない。そもそも人間と同じ法則が適用されるのかも疑問。


 反感を持った人に忠告したい。自分が瞑想するなどして、高次元存在と繋がったり、霊界へ行った体験に基づいた話ならば聞く耳持てるが、どこかの本でそう書いてあったのように、実体験に基づいていない話は却下する。
 せめて、現実と照らし合わせて、筆者みたいに自分が考察して結論を出したという話ならば分かるが。
ともかく、今まで筆者に向けて「いやいや、必ず全員にある」と語った人は、ことごとく「宗教でどうだこうだ」の話しかしていない。

 例えば次の本を書いた人は、精神科の薬で脳が覚醒してしまい、守護霊と会話できるようになってしまった。

 その守護霊から、「魂というのは霊界では、複数が一体化していてグループになっている。そのグループが他のグループと結び付いて、全体を作っている」みたいなメッセージを受け取った。
そのような実体験ならば聞く耳持てるし、守護霊からメッセージを受け取るような人によると、独立した魂など存在しないというわけだ。

 なお、本の作者は残念ながら東京に引っ越して取り込まれ、セミナーを開き、1枚5万円もする瞑想CDを売る人になってしまった。
ただ、本を書いていた当時は、守護霊から次々と訪れるメッセージを書き記しており、それが本になったのだ。

 アイテムの購入に関し、楽天の会員の人は楽天からどうぞ。魔術グッズも揃い、食用金箔(覚醒に結び付く)も購入できる。


関連記事
カルマの法則とは?~存在するが覚醒者ならば逃れられる
http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-335.html
鋼の錬金術師……魔導師による錬金術がテーマの物語。全は1、1は全の思想(http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-328.html


テーマ : スピリチュアル
ジャンル :

宇宙人オレンジャーとパラレルワールド

 表題で検索すると下記2件の記事がヒットします。
オレンジャーがこの中でパラレルワールドをどういう意味で使っているかに注意して欲しい。
記事1.では“同じ時間場所に対する情報が数千~数万も存在していて”とあることから判るように、明らかにシルバー・バーチや日月神示と同じ意味であり、異次元の話です。

「空間に充満している無線電信のバイブレーションと同じです。
さまざまな波長があり、さまざまなバイブレーションがあります。が、その全てが同時に同じ空間を占めているのです」
(シルバーバーチ)

「地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団も、内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様である事を知り得るのである」(ひふみ神示 第十七巻 ジシンの巻 第14帖)

 記事2.についても、「ボルテックス=渦が別のパラレルワールドへの扉になっている気がする」と言っているのであり、これも異次元の意味に使われています。
これが「パラレルワールド」の本来の使われ方なのです。ニューエイジの奇怪な使い方とは違います。
 そして、現在、「zeraniumのブログ」さんで連載中の聖白色同胞団のメッセージ中でこの言葉がどういう意味に使われているかに注目しています。
その結果次第で、このメッセージ全体が聖白色同胞団を騙る偽のチャネリング・メッセージだと確信することになるかも知れません。
 大体、このメッセージが「黒猫を招き・・・」さんや、「ハート」さんレベルの人達と波長が合うこと自体が怪しいと思っています。


1.宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 アカシックレコードの真実    2013-05-08
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11525241123.html

 俺はオレンジャー! 今日はアカシックレコードについて話そう。
君達の体験や思考は全て、アカシックレコードに保存されている。
イメージとしては膨大な情報を格納した図書館だと思って貰えれば良いだろう。
 このアカシックレコード、実は誰でもアクセス出来るようになっている。
君達もとある訓練をすることで、アカシックレコードにアクセス出来るようになるんだ。
アクセス出来るようになると、様々な情報を手に入れることが出来る。
過去も未来も全てそこには記録されているからだ。

 ただ、世の中で説明をされているアカシックレコードについての書籍で少しだけずれている部分がある。
アカシックレコードには、全てのパラレルワールドに関する情報も含まれているため、アクセスした世界が唯一の世界だと思い込んでしまうと、それは大きな間違いの本になるということだ。

 アカシックレコードに関する記録を書いた書籍を見ると恰もそれが唯一の確定情報であるという記載が多い。
ただ、実際には、同じ時間場所に対する情報が数千~数万も存在していて、そのどれにアクセスしたかによって、かなり情報が変ってしまうんだ。
当然時間のゆらぎにも範囲があるので、その範疇の中での話だが。。。。

 瞑想して、ゆっくりと頭の中に浮ぶ、自分の想像と思える情報の中にも、結構アカシックレコードからダウンロードされた情報が入っていたりする。時間があったら、是非試して欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


2.宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 時空間のひずみ       2014-02-06 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11766031852.html

 おれはオレンジャー! 最近、特に今年に入ってから彼方此方に時空間の歪みが生じていることに気付いているだろうか?
ふとした時に部屋の隅を見ていると、そこにボルテックス=渦が生じていて明らかに歪んでいるのが見える。
その場所がどんな意味を持っているのかは定かではないが、明らかに別のパラレルワールドへの扉になっている気がする。

 以前はいわゆるパワースポットと呼ばれるような場所でしか見えなかったが、最近は東京の街中にある喫茶店などで見えるようになって来ているから何かが始まっているのだろう。
もう少しこの現象について解読が出来たらまたこちらのブログで紹介したい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : 考察
ジャンル :

玉蔵さんの因果

 少し前、9月30日付けで玉蔵さんがこんな記事を書いています。
ジャストミートする理由を分析しました。
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1624.html
27日の御嶽山噴火の時に、彼は偶々山麓を仲間達と遠足していたのですが、その前、墨田川と諏訪湖の花火大会鑑賞会でも途中からパニックになっています。
その後、東京のイベントでも又また記録的な大雪に見舞われています。

まだ東京。大雪で帰れません。(2014/02/17)
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1378.html
 “くほほほ。まだ東京にいます。
ガクガクガクガク き、金玉がぁぁ。寒いよう。
何たることでしょう。電車もバスも大雪で不通になっていておうちに帰れません。
うーん。なぜかワタスがイベントをやると豪雨とか。豪雪とか。
 以前も花火大会鑑賞会をやった時も2回連続で滝のような豪雨に見舞われた
ことを覚えているのですが。
今回はこのような大雪に。”

諏訪湖花火大会(2013/08/16)
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1191.html

隅田川花火大会(2013/07/30)
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1175.html

 その理由として彼がお風呂の中で「うーん、うーん」と唸りながら思い当った一番の理由は「引寄せ説」です。
いつもワタスは災害のことを考えてる。そしてブログでもしょっちゅう言及してるいるので災害を引き寄せてるのだ。”という訳です。

 正確に言えば、玉蔵さんが自然災害を引寄せたのではなく、彼の波長が何かに同調してそういう場所に引寄せられたのです。
霊学的には、この世で起ることに偶然は一つもなく、全て因果律に支配されています。目の前で起ることは自分の内側の投影なのです。
良くないことを考え、良くないことをするから良くないことが起る。玉蔵さんの動機に何か不純なものがあるのです。

 その後の記事に、久し振りに日月神示の引用がありましたが、やはり、知識として引用しているだけで、身魂磨きには繋がりそうにありません。
http://golden-tamatama.com/blog-entry-1625.html
疎開村の動機が「我よし」なら、先行きの結果は見えています。
近くの噴火で火山灰に埋まったり、フォッサマグナで日本列島が二つに折れる大地震で壊滅したりということになるかも知れません。

 フォッサマグナ(大地溝帯)
フォッサ・マグナ(疎開村はレッドラインの中央、長野県茅野市に近い八ヶ岳山麓らしい)

 更に最近の記事では柳田ファーム関連の記事が出ていますが、家庭用バイオトイレは良いとしても養豚業はいけません。(http://golden-tamatama.com/blog-entry-1627.html
玉蔵さん自身、肉食は悪いという意識は無さそうです。それも含めて、この人はまだまだです。

 参考までに、私が最近経験した対照的な出来事を書いておきます。
下の写真は10月4日朝に気がついて撮った写真です。前日は雨でしたが、朝の散歩ではこうはなっていませんでした。
 何故、こんな高い所の大枝が折れているのかといえば、その近くで私が薪にするためにコナラの中木(ちゅうぼく)を2本伐採した時に巻添えを食ったのです。
 そして、伐採して他の木に引っ掛かって斜めに倒れた木を根元の方から長さを測って切断して行くのですが、先の方に近い、枝の込入った部分ではかなり手間暇が掛かります。
枝に掛る力をちょっとでも読間違えると直ぐにチェーンソーを挟まれて手こずります。(太い幹の方がトラブルが少ない)
その作業をしている間、この折れかけた大枝は、私の頭上に伸びたまま落ちて来なかったのです。
 もし、この大枝が作業中に(高さ6~7mの位置から)落下していたら、丸太や小枝、藤や山ブドウの蔓が散乱している足場の悪い場所では逃げる間も無く直撃されていたと思います。

画像1: P040421(クリックして拡大)
PA040421.jpg

 下の写真が落下した大枝を先の方から撮ったものですが、この地面を覆っている枝葉の下には私が切断した大小の丸太が沢山転がっているのです。つまり、ここで長時間(二日間に亘って)、作業をしていたのです。

画像2: P040423(クリックして拡大)
PA040423.jpg
 
 このように、「日月の臣民」=「神の御用をする身魂」というのは常に見えざる力で保護されているのが普通です。交通事故のヒヤリ、ハットの際に一番良く分ります。
玉蔵さんのように、何かやると良くないことが起るというのはホンモノではない証拠(戒告)なのです。
 この人も「神の御用をする因縁の身魂」の一人だろうと思うので敢えて言っておきます。(工作員の可能性が無い訳ではありませんが、私にとってはどうでも良いことで憎めないことに変りはありません)


テーマ : 考察
ジャンル :

コブラの決定的な誤り

ヴィセント ギリェム著 小坂真理 訳 (ナチュラルスピリット刊)
『魂の法則』 p133
第二法則 「自由意志の法則」(イザヤ) 

・ 魂には、自分自身の運命を選び、進化したいか否かを決める自由がある。
・ 魂が、自己決断で「愛の法則」と調和する時にのみ進化する。
・ いかなる強制にも強要にもよらず、魂が自分で進化しようと心に決め、努力した場合にのみ、霊的に進歩出来る。
・ 進化は、自由の中にのみある。


あなた方の魂の進化は、本人自身が本当にそれを望み、決断した時にのみ本物となる。
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-625.html
各人の心から我欲を根絶して愛に置換えなければならず、そうして初めて、内面の変化の論理的な結果として、集団レベルでの物理的な変化が自然に現れるのだ。
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-612.html
もし、進歩することが強いられていたり、強制あるいは強要されていた場合、そうしたものが失われてしまうと、とたんに魂は元の状態に戻ってしまう。
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-573.html

 私はこの頃強く思うのですが、幾ら陰謀論的真実を知っても、テクノロジーが進歩しても、霊的真理を知っても、霊能力を獲得しても、その他、表面的なアプローチだけで、真の「魂の覚醒」や「魂の進化」が達成されることはありません。
その意味で、ネット上で覚醒を呼掛ける殆んどのサイトが空疎なものになっています。

 イザヤのメッセージとは対照的に、コブラは下記のインタビューで、

人類のスピリチュアルな目覚めのプロセスは、イベントの後でないと不可能だと思います。
光の勢力は、もはや、人類の目覚めや人々の協力を待ち望んではいません。” 
もし私たちがただ人類の目覚めを待っていたら、何十年も、何世紀もかかるでしょう。(註: イザヤはそれでも止むを得ない、とする立場です。その場合でも「分離」が起り、目覚めた人達と目覚めなかった人達は地球を含めて別々の惑星に別れます)
変化を起すという観点に立つと、光の勢力の介入が必要なのです。
人間は内的経験だけでは目覚めることが出来ません。具体的な裏付け、具体的な証拠が必要なのです。
私は、大規模なスピリチュアルな目覚めはイベントの後だろうと言っているのです。
 
 と本音を吐露しています。つまり、「イベントなしで人類規模の覚醒は起らない」と。
そのイベントは「光の勢力」という人類以外の勢力(架空の存在かも知れない)によって起される、というのですから宇宙の法に真っ向から逆らっています。
コブライベントの本質を簡単に言えば、「子供の宿題を親が代ってやる」ようなもので、宇宙の法で禁じられている「進化のプロセスへの明白な干渉です。
 以前に「カルマはアルコンのプログラムである」(グーグル検索可)と言ったことに加えて、今回の発言でコブラの正体が完全に確定したと断言出来ます。
同時に、コブラを支持する人々は吸血鬼の餌食になって自らも吸血鬼に変身する「ゾンビ」だとも言っておきます。
 その一つが、「ほんとうがいちばん」という、本当は嘘だらけのサイトではないか、と思います。(勿論、嘘と本当の見分けがつき難いように、沢山の真実を混ぜてあります)


「Now Creation」
ロブ・ポッターのコブラインタビュー(後半) 8月26日インタビュー
http://nowcreation.jimdo.com/2014/09/07/ロブ-ポッターのコブラインタビュー-後半/) 
 より抜粋

人類の目覚め (この項、全文転載)

ロブ: あなたが今している仕事は、あなたが選んだのですか、レジスタンスがあなたを選んだのですか?

コブラ: 私は、レジスタンスからブログを始めるようにずっと要請されていました。それは私の考えではありませんでした。
いくつか提案を受けましたが、あまり嬉しくありませんでした。時期尚早だと感じていましたからね。
彼らが、今こそその時だ、ただ取りかかれと言うから、始めたのです。

ロブ: 物事の成長には時間がかかります。地上にいるあなたの仲間からのサポートは、嬉しいものですか?

コブラ: ある人たちは私を非常に喜ばせてくれると言えますね。とても良い意味で、ある人たちは私を驚かせます。
たくさんの人たちは悪い意味で私を驚かせます。なぜなら地上での協力はあまり得られず、私の期待を大きく下回っているからです。
これが、時間がとてもかかっている主な理由なのです。ドラマを見せつけられると、信じられない気がします。

ロブ: 分かりますよ。地上の要員にはさらに何を望みたいですか? 
私たちが創り出したり、行動したりできることで?

コブラ: 私は人々に、この戦いを共に戦い始めてほしいです。
あなたがこの惑星を解放したいのなら、私たちは協力しなければなりません。本当にそうなのです。
私たちは、共通のヴィジョンと共通のゴールをもち、それに向かって共に働き始める必要があります。

ロブ: 人類がスピリチュアルな意識と波動を高めれば、エネルギーは熟してイベントを実らせるのではありませんか? 
あるレベルの人たちは、地球で生じていることを学ぶのと同じくらい、スピリチュアルな目覚めにも専念すべきではありませんか? 
スピリチュアルな目覚めのプロセスも同様に大切だと思いますか?


コブラ: 人類のスピリチュアルな目覚めのプロセスは、イベントの後でないと不可能だと思います。
キマイラグループのテクノロジーが除去されたとき、イベントは起こります。
 光の勢力は、もはや、人類の目覚めや人々の協力を待ち望んではいません。
もちろん、そうしてもらえればやり易くなるし、移行もずっと落ち着いたものになるでしょう。
今そのテクノロジーは除去されているところです。このような要因がすべて解決すれば、自ずとその方向に進んでいくでしょう。


ロブ: ではあなたは、人々がスピリチュアルな波動を高めることが、地球の変化を創り出すために重要なことだとは考えていないのですね。
今の私たちのレベルでは遅すぎるのだと、そう言っているわけですか?

コブラ: もし私たちがただ人類の目覚めを待っていたら、何十年も、何世紀もかかるでしょう。
変化を起こすという観点にたつと、光の勢力の介入が必要なのです。

もちろん、どの人も重要です。スピリチュアルなグループを作ってもらえれば、いずれのグループも移行をより簡単で、より速いものにしてくれるでしょう。
 人類は、変化を成し遂げるための優れたプランを、うまく実行できる状態にあるとは言えません。
解放運動のリーダー格の人たちでさえ、協調的行動を取る力が不足しているからです。
 しかし、地表を超えたところからインパルスが届きます。その時にのみ、人類はそのインパルス、そのヴィジョンに従うことができるでしょう。
そして具体的な結果、具体的な証拠を示されれば、人々は目覚めます。
人間は内的経験だけでは目覚めることができません。具体的な裏付け、具体的な証拠が必要なのです。そのような証拠が示されることでしょう。

ロブ: ちょっと賛成しかねますね。それぞれの人がそれぞれのスピリチュアルな経験を通して、目覚めることもできると思います。
イベントが起こらないうちは、自らを解放できるようなスピリチュアルな目覚めを、誰も経験しないと言っているのですか?

コブラ: そのような目覚めはあり得ることです。
私は、大規模なスピリチュアルな目覚めはイベントの後だろうと言っているのです。
 イベント後は、 人々に証拠が示され、光が存在し、カバールがおらず、そのような障害物抜きでスピリチュアルな成長が始まるときです。
私が今話しているのは、世界規模のことです。
もちろん、個人レベルでは、目覚めはその人次第です。私は人類全般について話しています。

ロブ: オーケー。はっきり区別してくれてありがとう。
あなたの言っている意味は感じとっていましたが、明白にしたかったのです。


テーマ : 考察
ジャンル :

波動が違う世界=パラレルワールド ではない

 当ブログの、高次元では過去・現在・未来が同時に存在するか(08/06)に対し、8月9日早朝、hamacho さんから2件のコメント投稿がありました。一つの原稿を字数制限のために2分割したそうです。
尚、本日10日未明にも3件目の投稿がありましたが、昨日用意したこの記事をアップする時点では未だ読んでいません。

 さて、この中で核心的に重要な見解の相違(というか大きな誤り)が一つ明らかになりました。
尚、文中、私が使った「波動」の用語は、次元、質料、界層、階層、波長、バイブレーション、内分等、様々な表現を一括りにしたものです。

hamachoさん:“私は、「無数の波動が違う世界=無数のパラレルワールド」と考えているのであって、パラレルワールドの中には次元の違う世界だけでなく、過去・現在・未来の世界も当然含まれていると思っております。

私: パラレルワールドは次元の違う世界ではありません。

“パラレルワールドとは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいう。「異世界(異界)」、「魔界」、「四次元世界」などとは違い、パラレルワールドは我々の宇宙と同一の次元を持つ。”(Wikipedia)

 このウィキぺディアの引用は、当ブログの パラレルワールドという嘘(2014/03/30) の中で既に為されています。
また、「霊性進化の道」さんも同様な認識であったことは明らかです。

“* 霊界の界層(階層)は、全て一つの場に重なり合って存在しています。
これをパラレル世界・多次元世界と呼ぶのであれば、それは正しいと言えます。
しかしニューエイジで言われるパラレル世界とは、そうした意味ではありません。”
ニューエイジ、パラレル世界観の虚構 (08/02)

 ですから私は、“三次元の世界に別の三次元の世界が重なって存在する事は、電気的な反発により物理的に不可能なので(パラレルワールドは)原理的にあり得ません”と言っているのです。
 パラレルワールドとしての過去も未来も三次元ですから、当然何処にも存在する筈がないのです。
シルバーバーチが言うように、この事情は、他の界層でも同じです。波動(次元)が同じなら重なり合うことは出来ません。

 私の考えは旧いと言っていますが、以前、「田舎で深呼吸」さんの「カルマとは観念である」を批判した時も同じように言われました。
これは正しくも使えるし、詐欺師が騙すのにも使える便利な言葉です。
日月神示にも「今までの教えは今までの教え」という言葉が1箇所出て来ますが、その内容は二元性の統一という充分納得出来るものです。
 オレンジャーも同じことを言っています。

(悪を)抱き参らす人の心に、マコトの不動の天国くるぞ。
抱き参らせば悪は悪ならずと申してあろうが。
今までの教えは今までの教え。
(秋の巻 第1帖)

これまで善悪で単純に見えていたものが、一つレイヤー(階層)を挙げてみると、実はそこには善も悪もなく、一つの出来事であったことが解ったりする。
これまでが間違っていたのでも、時代遅れになったのでもない。そういうステージに入っているだけのことだ。
(オレンジャー)
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11897849313.html

 基本的に霊的真理に旧いも新しいもなく、最近の「ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』」にもパラレルワールドは出て来ません。
また、宇宙人オレンジャーは、最近のメッセージの中で、

過去も未来もあなたの思考が生み出すただの幻想に過ぎない
その幻想のために今というリアルを失ってしまうことはとても勿体無いことだ。
もっと今を感じよう。もっと今を生きよう。”
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11905578382.html
 
 と明快に断言しているではないですか。これ以上、何を議論する必要があるというのです。
後、多少気になった細かい点を以下に箇条書きで指摘して置きます。

・ 「信じるものになりなさい」、「新しい葡萄酒は新しい皮袋に」、「月光の巻51帖」、「極めの巻4帖」等。
→ 牽強付会、我田引水の間違った勝手な解釈。

・ (一厘の仕組が)異端視しているのは、「パラレルワールドが存在する」という事、「高次元の霊界(狭い意味では低次元の霊界でも)、過去・現在・未来が同時に存在」する事、「過去や未来にタイムトラベルが可能」である事、現在の行動によって未来が変わり「過去も書換が可能」である事などですが・・・・
→ 「現在の行動によって未来が変わり」は当然正しい。私の過去記事の中で、はっきり書いています。
「未来を変えたければ、現在を変えれば良い」 (http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-564.html
「変えることが出来るのは現在だけで、現在を変えることによって「未来」(実は未だ実現していない現在)が変ります」(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-540.html

・ 神智学の類魂は動物に関するもので人間に関するものではありません。
→ アップ後1日位に気が付いて群魂に修正してあります。

・ 木内鶴彦氏の話で、最近の本の方が(脚色の)偽情報で、2001年の「ムー誌がほぼ正確」ではと思っています。一方のあなたは、本の内容の方が正しい。との事の様ですが、実は本の内容も(多分全く?)信用していない様です。
→ その話は本に書いてあるので、当然、本の内容を正しいなどとは思っていません。 
 
・ 般若心経の「色即是空 空即是色」
→ 神智学の天地創造そのままです。空がコイロンであり、色がコイロンの中に想念で出来た“泡”の集まりである質料です。

メンタル界でちょっとでも物を思うと、またアストラル界でちょっとでも欲を出すと、すぐに波動が起き、それがどんな微かな波動であろうと、メンタル質料とアストラル質料はただちにそれに感応して種々様々な形を取り、やがてそれが想念形態に結晶するという生き物のような、奇妙な特徴をメンタル質料とアストラル質料に与えているのは第二ロゴスのこの入魂する生命なのである”(神智学大要 1 エーテル体 序論 第一章)

・ ゲリーボーネル
 
 試みに、なわさんのHPでこの名前を検索して見ると、唯一件、次のような記述があるだけでした。(http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki080205.html

“ デーヴィッド・アイクによれば、「神」や「救世主」が語りかける形での「心霊交信」による情報も、大半は特定の周波数で人工的に流されているものだ、ということです。
私も、アイクのこの説は正しいと思っています。
 ちなみに、このような手法で巧妙に眩惑されている著名な人物をピックアップしますと、以下の3人を挙げることができます。”

  ① ゲリー・ボーネル(『光の12日間』の著者)
  ② ニール・ドナルド ウォルシュ(『神との対話』の著者)
  ③ ジュセリーノ 

午後3時頃、追記:
・ ファルス、ゲリー・ボーネル、コンノケンイチの著書からの引用

 スピリチュアル的には一文の価値もない、どうでも良い内容。
全て、真理とは無縁の嘘、捏造と判断します。読むだけ時間の無駄。


テーマ : 考察
ジャンル :

高次元では過去・現在・未来が同時に存在するか

 当ブログの時空観に関して、hamacho さんと名乗る方から多数のコメントが寄せられています。(数えて見ると11件あり、殆んどが長文です)
これまで直接の応答は控えて来ましたが、8/03の投稿では大分、論点が絞られて来たので初めてブログ上でお応えさせて頂きます。
今回のコメントの要点は下記抜粋のとおりで、煎じ詰めれば、この記事のタイトルのようになります。
 
 私の見解は、「高次元で過去・現在・未来が同時に存在しているように見えるのは、アカシックレコードを見ている時だけである」というものです。
高次元では、想念移動の速度と情報処理能力が飛躍的に拡大するので違った時空が存在するように見えるのです。
 時空が意識だというのは、五感全てがそうですが、例えば、波長700nm(ナノメートル)の光を赤いと感じるようなもので、感覚(=意識)に関係なく「波長700nmの光」という実体が存在すると思っています。(時空にも実体があり、=内部意識ではない)
 神智学の六次元ブッディ界層に於ける「久遠の今」という意識情態は、アカシックレコードに意識を向けている時の特別な感覚です。(当ブログ、時間についての再考 (7/24) 参照)
ブッディ界層自体の状態がそうだというわけではありません。
神智学ではアーディ界層(九次元)から物質界層まで、各界層を構成する質料の泡の数によって統一的に説明されており、同じ時空の中に存在していると理解されます。
但し、物質宇宙が占める空間より、霊界が占める空間が圧倒的に広大です。しかし、どちらも同じ空間の中に存在しているのです。

 もうひとつ、類魂に関する問題がありますが、神智学の群魂は動物に関するもので人間に関するものではありません。
人間について言えば、低我3体(メンタル体、アストラル体、肉体)を恰も投資のように低次元に降しては学習と教訓を回収している「高我」がそれに相当します。
 シルバーバーチは、「私はそれを大きなダイヤモンドに譬えています。一つのダイヤモンドには幾つかの面があり、そのうちの幾つかが地上に再生するわけです」と述べています。
 そうすると、「バシャール自身は、このダリル・アンカというチャネラーの来世から来た存在です」というのは、チャネラーが自分自身のハイアーセルフ(高我)と対話している可能性がある、というだけの話で来世とは関係がありません。
ハイアーセルフは未来に存在するのではなく、今現在、この空間に重なって存在しているのです。
 但し、チャネリングの質から見て、バシャールはダリル・アンカのハイアーセルフではなく、ただの低級霊でしょう。

 それから、木内鶴彦氏の話で追記があります。
もし、彼が言うように、幽体離脱した人が誰でも簡単に三次元の過去や未来に干渉出来るのなら、何故そのことが多くの霊界通信に出て来ないのでしょうか?
また、睡眠中は誰でも幽体離脱しているのに、朝、目が覚めたら突然、自分の状況が変っていたりすることが、何故、日常的に起っていないのでしょうか?
 例えば、目が覚めたら宮殿のベッドに寝ていたり、事故で切断した足が生えていたりしないのでしょうか?
もし、別のパラレルワールドではそうなっている、と言うのなら、検証不可能な話です。(信じるに値しない)
だから、柱に痕跡が残っているのが事実なら、hamacho さんも認めておられるように、それは過去、実際にこのタイムラインで行なわれた行為の痕跡なのです。
 hamacho さんが過去の月刊誌「ムー」を半日掛けて調べて判ったように、木内氏の本の内容とは相違している部分があります。(8/01の投稿コメント) 
本の内容の質から見ても、全体的に信用出来ません。

タイムトラベル、パラレルワールドについて

 「三次元の世界に別の三次元の世界が重なって存在することは、電気的な反発により物理的に不可能」ですから原理的に有り得ません。
シルバーバーチの霊訓によると、この事情は他の次元でも同じようです。
(本稿で引用しているシルバーバーチの霊訓は、文言の一部をグーグル検索すると複数出て来ます)

「今そうやって座っておられるイスを皆さんは硬いと感じているでしょうが、それは、そのイスを構成している素材の原子核の回りを回転している電荷と、あなた方の身体の電荷とが同じだというに過ぎません」(シルバーバーチ)

「死ぬと今度は幽体と呼ばれている、より高い周波数で振動している身体で生活を続けます。
その幽体は死後の階層の波長と同じですから、今皆さんが身の回りの環境が硬いと感じているのと同じ原理で、やはり全てが硬くて実感があるように思えるのです」
(シルバーバーチ)

日月神示の三千世界の意味

 シルバーバーチも日月神示も、同じ時空間に無数の波動が違う世界が同時に存在していると言っているのであって、時間が違うパラレルワールドとは無関係です。

「あなた方が幽界と呼んでいるところは霊の世界の中の小さな区域です。
それは低い境涯から高い境涯へと至る無数の段階の一つにすぎません。きっちりと周囲が仕切られて存在するのではありません。
それを”界”と呼んでいるのは、あなた方に理解できる用語を用いるしかないからです」(シルバーバーチ)

「互いに混ざり合っています。空間に充満している無線電信のバイブレーションと同じです。さまざまな波長があり、さまざまなバイブレーションがあります。が、その全てが同時に同じ空間を占めているのです」(シルバーバーチ)

「地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団も、内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様である事を知り得るのである」(ひふみ神示 第十七巻 ジシンの巻 第14帖)


hamacho さんのコメント(8/03の要点抜粋)

・ 「パラレルワールド」が存在するのは事実です。ニュー・エイジの「時間・空間論」(=全ての時間と空間も同時に存在する)も、死後の世界と輪廻転生を卒業した存在(=時間超越の7次元以上の存在?)から見れば事実となる内容です。
魂は永遠の存在で「全ての時間や空間が、共に自分自身の内部に存在する(!!)」という意識だからです。

・ 霊界でも(3次元世界と同様)? 過去→現在→未来」の流れの時間の意識は「低い霊界の時間」で、「過去も現在も未来も同時に存在する」時間の意識は「高い霊界の時間」だと思っていますが・・・・貴殿はどの様にお考えでしょうか(?)・・・・・。

・ あの世での現実も(低次元では)流れる時間→(高次元に行くと)同時に存在する過去・現在・未来の時間へと変化していくと思えます。

・ バシャールと、そのチャネラー(=ダリル・アンカ)との関係は、バシャールがフォーカス35(=6次元)の存在(=向こうの私)で、そのチャネラーは3次元の私(=こちらの私)という事になるかも知れません。
そうすると、「私(バシャール)自身は、このダリル・アンカ(チャネラー)の来世から来た存在です。という内容も正しい内容かも知れません。(多分そうでしょう?)


テーマ : 考察
ジャンル :

ニューエイジ、パラレル世界観の虚構

 この記事は昨日(8/1)、ネットで検索中に偶々見付けたものです。
やはり、スピリチュアリズムの本道を歩んでいる数少ない方々は、私と同様の考えを持っているのです。
 端的に言って、「パラレルワールド」に代表されるニューエイジの時間・空間論は、真理から遠くかけ離れた外道の怪説だということです。
バシャールを筆頭に、この悪意に満ちたオカルト説を蔓延させた元凶は、闇の手先以外考えられません。


「霊性進化の道-スピリチュアリズム」
 霊界における時間と空間について
http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/sp_newsletter/spnl_backnumber/spnl-09/spnl-09-2.htm

霊界は時間と空間がない世界?

 よく霊界には時間と空間がないと言われます。この点において、霊界は地上世界と根本的に違っています。
時間がないとするなら、過去も現在も未来もないことになります。
 過去・現在・未来は一つであって、過去の自分も、現在の自分も、そして未来の自分も、同じ一つの現存在ということになります。
そこには、今の私と未来の私が同時に存在しているのですから、当然、未来の予知は可能ということになります。

 霊界に対する知識が普及するにつれ、現在ではこのような理解をする人が多くなっています。
しかし結論を言いますと、今述べたような考え方は事実ではありません。
「霊的真理」に照らした時、明らかに間違っています。
 “時間論・空間論”はスピリチュアリズムにおいても重要なテーマの一つです。
もし時間論・空間論についての正しい理解がない所では、先に述べたような間違った解釈がなされることになります。
 実際に、スピリチュアリズムに係わる人々の中においてでさえ、間違った時間・空間論が受け入れられています。
多くのスピリチュアリストが、この点で大きく混乱しています。

天外伺朗(てんげしろう)氏の“時間論・空間論”の解釈

 ここでは、典型的な間違った時間論・空間論の解釈を取り上げてみます。
天外伺朗氏は科学技術評論家としてばかりではなく、あの世に対する造詣の深さで知られています。
その天外氏は、『未来を開くあの世の科学』(祥伝社)の中で次のように述べています。

「あの世」には、時間という概念が成立しないわけです。ですから、いったん「あの世」に情報を取りに行って戻ってくれば、予知ということも可能になるはずです」
        『未来を開くあの世の科学』(天外伺朗/祥伝社) p.62

「あの世」では、原因と結果を区別することが不可能であり、因果律そのものが成立しないということです。これも時間がないのだから当然です。
連続した時間があるからこそ、原因とか結果があるわけです。(中略)
 前世・現世・来世を始めとして綿々(めんめん)と続く輪廻転生の一つひとつの人生は、「あの世」ではすべて重なり合っているはずです。(中略)
私は、カルマの法則というのは人間が自分で決めた約束事だと思っています。
ですから「あの世」に行けばそういうものは一切ないけれど、「この世」に来た時だけあるというルールにしたのではないでしょうか」
     『未来を開くあの世の科学』(天外伺朗/祥伝社) p.63~64

「この目に見えない宇宙、すなわち「あの世」とは、死んでから行く所ではありません。(中略)
つまり、われわれが生きている時は、「この世」でも生きているし、「あの世」でも生きているという二重の宇宙の中で生きている。
本当は二重ではなくて、ひとつの宇宙なんですけど、「あの世」というのは、普通の状態では我々には知覚できないので、恰も二重の宇宙になっているように感じられるわけです」
        『未来を開くあの世の科学』(天外伺朗/祥伝社) p.118

「つまり、時間が畳み込まれているということは、死がないのです。
ですから、「死後の世界」は「あの世」では定義できないのです。
「あの世」は死後の世界ではありません。死後の世界と言ったとたんに、そこには時間が入っています。
 死のうが生きようが、そんなこととは無関係に「あの世」は存在し、われわれはそこで生活しているのです。
死後の世界ということを考えること自体が過(あやま)ちの原因なのです。
        『未来を開くあの世の科学』(天外伺朗/祥伝社) p.124

 以上は天外氏の言うところの「あの世観」の要約ですが、彼の考え方はすべて、霊界には時間・空間がないという前提から引き出されていることが分かります。 あの世には時空が存在しないという前提から出発し、論理を推し進めています。
そして最終結論として、彼は死後の世界である霊界そのものの存在を否定するに至っています。

 天外氏はこの本の中で、彼の前著『ここまで来たあの世の科学』で死後の世界について言及したことを自己反省し、その時点では、まだ今のような考え方に気がついていなかったと述べています。
 すなわち彼は、前著を書き記した後に、「あの世と死後の世界は同じもの」と考えることが間違いであることに気がついたと言っているのです。
彼がこのように前著の考えを変えるようになったのは、“ニューサイエンス”がきっかけであったとも述べています。
天外氏は、こうした新しいあの世に対する見解は、ニューサイエンスが初めて明確に言い出したと語っています。

ニューエイジにおける形而上学(けいじじょうがく) ― パラレル世界観・多次元人間観

 ニューサイエンスとは、言うまでもなく“ニューエイジ”の一部を構成する分野です。
従来の科学に対して新しい科学的視点を提示することによって、人類に新たな知見を齎そうというものです。
 ニューエイジに関心を持ったことのある方ならば、天外氏が述べた「あの世観」は、ニューエイジにおいて流行している「パラレル世界論」という、「ニューエイジ独自の形而上学」であることに気がつかれる筈です。
(* 形而上学とは、感覚を超越した世界、形を知覚出来ない世界を探求する学問で、「神学」がその代表です)

 あるニューエイジャーは、この形而上学について次のように説明しています。

「形而上学の多次元論では、現在の自己が過去へ情報を流し、過去を変えることが可能になる。これによって現在も変化して行く。
現在の自己が、可能性未来に既に存在する自己からメッセージを受けるということも出来る。それが現在の選択に影響を及ぼすことになる。
 直線的輪廻の概念では、前世→現世→来世と順序だって進むように捉えられる。
しかし多次元論では、それらは全て多次元人格で、時空を超えて同時に存在するとも考えられる」
        『ニューエイジ・夢みる地球』(桜井ゆみ/三省堂) p.277

「未来も時間を進行して到達する地点とは捉えられなくなって来ている。可能性未来として、既に存在しているものとも考えられる」
        『ニューエイジ・夢みる地球』(桜井ゆみ/三省堂) p.80

 こうしたニューエイジの形而上学は、多くのチャネリングの中にも色濃く見られます。
日本人の間に一時期流行したチャネリングに、『バシャール』があります。
バシャールとは、自称宇宙人である通信ソースの名前です。
そのバシャールの通信の中にも、「パラレル世界観」と全く同じ内容が述べられています。

「時間をあまり考えに入れる必要のない非物理次元の観点から見ると、過去・現在・未来は、すべて同じものとして捉えられます。
皆さんが過去に生きた人生、現在の人生、そして未来に生きる人生、これら全てが同時に起きているように見えます。
 皆さんの人生は重なり合っているのです。(中略)
全ての過去世と未来世に加えて、どの人生においても、皆さんは同時に多数の人生を生きています。
更に、並行した別次元での人生を同時に体験しています。
これは物理的現実の中に限ってみても、皆さんは多次元存在であるということです」
  『ニュー・メタフィジックス』(ダリル・アンカ【著】/関野直行【訳】/ヴォイス) p.142~144

「彼(チャネラー)は、私(バシャール)の過去世です。私(バシャール)は、自分の来世のチャネルなのです」
  『バシャール』(ダリル・アンカ【著】/関野直行【訳】/ヴォイス)  p.238

「私(バシャール)自身は、このダリル・アンカ(チャネラー)の来世から来た存在です。
  『バシャール』(ダリル・アンカ【著】/関野直行【訳】/ヴォイス)  p.206

* 『バシャール』については次回のニューズレター(10号: 「どちらでもよいことに、いつまでも関心を向けていてはなりません」)でも取り上げる予定ですが、バシャールと名乗る存在は宇宙人ではありません。
 バシャールによるチャネリング(霊界通信)の内容は、チャネラー(霊媒)であるダリル・アンカの潜在意識にある知識がトランス下で吐き出されたものか、あるいは単なる低級霊のからかいと思われます。
ニューエイジで流行している「パラレル世界観」をダリル・アンカが自分流に解釈したものが、宇宙人からの通信として述べられているに過ぎません。

 こうした形而上学は、今日のニューエイジにおける中心的思想の一つの柱になっています。この「パラレル世界論」という形而上学は、ニューエイジにおける際立った特徴の一つになっています。
ニューエイジャーはこの形而上学を、人類史上初めて明らかにされた画期的なものと考えています。

 スピリチュアリズムの観点からすれば、こうした世界観は明らかに間違っています。
理解に苦しむ奇妙な空論としか言いようがありません。
もっともニューエイジャーに言わせれば、その奇妙さこそが、ニューエイジの素晴らしさを証明するものということになるのですが……。

どこから奇妙な世界観が出てきたのか ― パラレル世界観の形成過程

 アメリカのニューエイジに蔓延するパラレル世界観という形而上学は、量子力学とチャネリングをきっかけにして形成されました。
「パラレル世界」という言葉は、もともと現代物理学で言われたものです。
パラレル多次元空間は、量子力学の基本方程式、シュレーディンガー方程式から導き出された数学上の仮想空間です。
 それはヒルベルト空間と呼ばれていますが、言うまでもなく、そうした空間は数学的にのみ考えられる理論上の存在に過ぎません。
現実の存在世界ではありません。そのためニューサイエンスの旗手的存在と目(もく)される物理学者アラン・ウルフは、 ― 「実際、そんなもの(多次元世界)があるかどうかは分からないが、数学上では可能である」と言っています。

 ところがニューエイジでは、それを勝手に拡大解釈し、パラレル世界が現実に存在する世界であるかのように言うのです。先に述べた天外氏も、まさにその一人と言えます。
現代物理学の仮説であるパラレル世界論は、いつのまにかニューエイジでは、事実の世界にすり替わってしまったのです。

 こうした事態が引起こされた要因の一つとして、チャネリングの存在が考えられます。
特にアメリカの本格的なチャネリングの走りとなった『セス』は、形而上学の形成に大きな影響を与えたと言われます。
 セスのチャネリング(霊界通信)は、チャネリング界のバイブルのように言われて来ましたが、その内容は、スピリチュアリズムの観点から見ても評価に値する深さと正確さを併せ持っています。
アメリカのチャネリングの中では、最も良質なものの一つと言うことが出来ます。

 特に『セス』の優れた点は、アメリカにおいて初めて“類魂”の存在を説き、輪廻転生をこの類魂との係わりの中で明らかにしたことです。
シルバーバーチと同様な再生観を、セスはアメリカにおいて初めて述べたのです。
 セスは ― 「現在のパーソナリティーは、我々の個々の意識より大きな意識の幾つかの側面に過ぎない」、「個々の意識は、大きな意識の一部でしかない」、「我々のパーソナリティー以外の沢山の側面がある」、と言っています。
 またスピリチュアリズムで言うところの類魂を、「多次元的な自己群(multidimensional selves)」とか「集合実在(a group being)」と呼び、それを独自のアイデンティティーを持った多次元的な自己群から成り立つ存在だと説明しています。
ここではインディビジュアリティーとパーソナリティーの区別が明確になされ、類魂並びに輪廻・再生が正しく説明されています。

 ニューエイジのチャネリングの中には、『セス』以外にも二、三の良質なチャネリング(ラザリス、ミカエルなど)があり、そこでは類魂についての正確な認識がなされています。

 さて問題は、このように『セス』によって初めて明らかにされた類魂の説明が、ニューエイジでは正しく理解されず、それどころか大きくねじ曲げられてしまったことです。
 セスの語る ― 「時空を超越した存在」とか「多次元的な自己群(multidimensional selves)」などの概念は、勝手に歪めて解釈され、更に物理学のパラレル世界と結び付けられて、奇妙な形而上学理論が作り上げられてしまいました。
こうして出来上がった奇妙な“空想的形而上学”が、ニューエイジの中で独(ひと)り歩きすることになってしまいました。

 『セス』など良質のチャネリングにおいては、輪廻は、過去→現在→未来という一方向の流れの中で捉えられています。
それがパラレル世界論では、あの世には時間がなく、過去・現在・未来は同時に多次元に亙って存在するというような、SF的世界に取り替えられてしまいました。
過去の自分・現在の自分・未来の自分が同時に存在するというような、現実とは凡そ掛け離れた“輪廻転生観”が出来上がってしまいました。

* 霊界の界層(階層)は、全て一つの場に重なり合って存在しています。これをパラレル世界・多次元世界と呼ぶのであれば、それは正しいと言えます。しかしニューエイジで言われるパラレル世界とは、そうした意味ではありません。

 現在ニューエイジに流行している形而上学は、このように物理学の仮説を勝手に事実と決めつけ、さらに類魂についてのチャネリングの見解を歪曲して解釈し、それらを結び付けた結果として出来上がったものです。
 二重の拡大解釈・歪曲から作り出された想像的産物に過ぎません。
当に空想以外の何ものでもありません。
もしパラレル世界論が事実であるとするなら、天外氏の言うように、死後の世界である霊界は存在しないことになります。
死後の成長のプロセスも存在しないことになります。
「霊性の進化」という大事実さえ否定されることになります。

 どのように都合の良い解釈をしたとしても、死後の世界としての霊界は厳然として存在しています。
あの世には因果律がないどころか、それは霊界の隅々まで行き渡り、すべての存在を支配しています。
 神の造られた法則である“因果律”は地上と霊界の両世界に跨り、誰一人としてその支配の及ばない者はありません。
既に決定されている具体的な未来などというものは、神の造られた世界の何処にも存在しません。
 それは空論の上では有り得ても、霊界の現実として、そういうことは絶対にないのです。
霊界は空想の世界でも数学的に考えられる仮想世界でもありません。厳然として存在する事実の世界なのです。
 その事実の世界にあって、時の流れが逆行することは決してありません。もしそれが本当なら、霊性の永遠の向上というプロセスは成立しなくなるのです。
 現在のあなたは未来から来た存在であるなどという馬鹿げた話は、空想の上でしか存在しません。
言うまでもなく、未来の自分にコンタクトすることによって、未来予知が可能になるということもありません。

* “予知”という現象は実際にありますが、それは、すでに存在している未来の自分にコンタクトすることによるものではなく、別の方法によって可能になるものです。
 肉体を脱ぎ捨て、霊的能力を発揮するための制約が少なくなったあの世の霊においては、(成長の為の環境を自ら選び取った)地上人の未来は、凡そ見当がつくのです。
 本人の性格・環境などの諸条件と因果律の霊的要素を総合して、未来に起り得ることを予測するのは、ある程度まで可能になります。
本人の将来において実現される可能性を、かなり正確に推し量ることが出来るのです。それが予知の実際の内容です。

 予知についてはこの他にも様々な複雑な要素があり、簡単に説明することは出来ません。いずれ別の機会に取り上げることにします。
取り敢えずここでは、“予知”がすでに実現している未来を覗き見し、情報を引き出すことによってなされるようなものではないことを理解して頂ければ良いでしょう。

スピリチュアリズムの“時間論・空間論”

 ニューエイジにおけるパラレル世界観の間違いは明らかになりましたが、スピリチュアリズムにおける「時間論・空間論」はどのようなものでしょうか。
 霊界には時間・空間がないということになれば、それはどのような世界として考えたらよいのでしょうか。
もし本当に時間と空間がないとするなら、現在・過去・未来は同一のものと理解しても、間違いではないように思えます。
 幸いなことに、シルバーバーチはこうした問題に対する重要な手掛かりを与えてくれています。(註: 日月神示はもっと明快に「違って現れるから無い様に見えるが、有るのである」と断言しています)
シルバーバーチの言葉を引用しながら、霊界における時空の問題について考えてみましょう。

 シルバーバーチも、霊界には時間というものが無いと言っています。
しかし、それをそのまま文字通りに受取ると、これまで述べたような間違いを仕出かすことになります。
まともな理性の持主ならば、とても納得出来ないような奇妙な結論に辿り着くことになってしまいます。

 時空の問題について正しく理解するためには、シルバーバーチが述べている、次のような言葉に注目しなければなりません。

「こちらには、あなた方がお考えになるような時間がないのです」
         『シルバーバーチの霊訓(5)』(潮文社) p.48

「地上と同じ意味での時間はないのです。こちらでは霊的状態で時間の流れを計ります。
言い換えれば、経験していく過程の中で、時の流れを感じ取ります。一種の精神的体験です。
霊界の下層では生活に面白味が乏しいですから、時間が永く感じられます。上層界では ― むろん比較上の問題ですが ― 快い活動が多くなりますから短く感じられます」
             『シルバーバーチの霊訓(2)』(潮文社)  p.146

 このシルバーバーチの言葉から明らかにされるのは、霊界には地上のような時間はないということです。
霊界には地上と同じような時間はないが、ある種の時の流れ、すなわち私達地上人が感じるような時間の流れに相当するものは、霊界にもあるということです。シルバーバーチは、あの世には時間が全くないと言っているわけではありません。地上のような時間はないと言っているのです。そこが重要な点なのです。

 霊界に関心を持つ多くの人々は、霊界には時間の流れに相当するものさえも一切存在しないと思っていますが、それは間違いです。そうした間違った理解から、SFまがいの奇妙な世界観・形而上学を信じてしまうようになるのです。霊界にも、主観的な時の流れ、ある種の時間はあります。それなくしては、一切の因果律も、人類の霊的な成長・進化も存在しないことになります。

 シルバーバーチは、更に次のように述べています。

― 霊の世界には時間はないというのは本当でしょうか。(質問)

「私達の世界の太陽は昇ったり沈んだりしませんから、夜と昼の区別はありません。従ってそれを基準にした時間はありませんが、物事が発生し進行するに要する時間はあります。
私も本日この場所へやってまいりました。それには時間が掛かりました」
     『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版) p.183

 このシルバーバーチの言葉から、霊界にも主観的な時間の流れ・主観的な時の経過があることが明らかになります。
また霊界には空間がないと言われますが、これも時間と同様に理解しなければなりません。
 即ち地上のような空間はないということであって、主観的に感じる広がり、ある種の空間はあるということです。(註: 瞬間移動が出来るので無い様に感じられるだけ)
実際、霊界には山や海や川があります。海で泳いだり、山を飛び越えたりして楽しむ霊もいます。
このことは、地上とは違っていてもある種の空間があるということを意味しています。

 霊界では思うだけで離れた場所へ瞬間的に移動したり人と出会ったりすることが出来るなど、地上とは時間や空間の在り方が全く異なります。
だからといって、主観的に感じる時間や広がりがない訳ではありません。
地上のような時間と空間がないということ、すなわち地上的な「時空」を超越しているということなのです。

 時間の流れがある以上、「パラレル世界論」で言うような、現在・過去・未来が同時に存在するといったことは決してありません。
未来から現在に来るというようなタイムトラベルは、SF小説の中では存在しても、現実には存在しません。
 霊界においても未来は(100%)決定されてはいません。(註: 限定的ではあるが、自由意志が許されている)
未来の人間が、現在のチャネリングで現れるというようなことはあり得ません。もし、そうしたことがあると言うなら、それは全て、インチキか低級霊のからかいであると思うべきなのです。

 地上にいて、確定した時間と空間の次元の中に存在するしかない私達には、霊界における時空を実感を持って理解することは出来ません。霊界の「時間論・空間論」は、私達地上人にとっては最も理解の難しいものです。
しかし、そうではあっても、数学的にのみ存在する多次元世界観が、あの世での現実であると思うような間違いだけはしてはなりません。


テーマ : スピリチュアルワールド
ジャンル :

木内鶴彦のパラレルワールド体験?

 7月29日、「zeraniumのブログ」さんに紹介された下記記事について私の見解を述べさせて頂きます。
 
 問題の本質は、幽体離脱状態の木内氏が見たのは四次元アストラル界低層の取りとめの無い想念の世界だということです。
それが、不完全な五次元メンタル界のアカシックレコードでさえなかったことは、未来が正反対の二つの場面の二重映しに見えたことからも分ります。
 本物のアカシックレコードなら、その時点での不確定部分がそんなに大きい筈がないからです。
おそらく、木内氏自身が未来は滅亡か天国だと思っていて、そのとおりの未来が見えたのでしょう。(それは未来ではなく、単なる想いの世界)
 お寺の建築現場で自分の名前を材木に書いたというのもおかしい。
木内氏がいた幽界と建築現場では次元が違い、友人に話しかけても 気付かれなかった同氏が木材に文字を書き残すことなど出来る訳がありません。
 その江戸時代は現代と同時に存在する並行世界(パラレルワールド)ではなく、単なる過去に過ぎません。
木内氏の潜在意識に残っている何らかの記憶が甦っただけでしょう。
この話には、かなり作為が入っている可能性もあります。
少なくとも、読者である我々にはその真偽を簡単に確かめる手段はありません。

 スピ系の人達は、世界の三大霊訓と言われる「シルバーバーチの霊訓」、「モーゼスの霊訓」、「アラン・カルデックの霊の書」、また、「日月神示」、「神智学」、新しいところでは、「ヴィセント・ギリェムの魂の法則」、「アミ三部作」、「オレンジャーのメッセージ」等々、霊学の本流に「パラレルワールド」の文字も概念も全く出て来ないことをもっと重く受止める必要があります。(要するに「パラレルワールド」は、純正スピ界に闇が注入した「陰謀オカルト」だと言いたいのです)
 上に挙げた本物の霊学に較べると、素人の臨死体験を何度かしただけの木内氏の話など、この世界では小学生の戯言(たわごと)程度のものです。 


引用記事: 「zeraniumのブログ」
この世界は過去、現在、未来が交差する「パラレルワールド」!
      2014年7月29日(火)
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-5bc1.html
『あの世飛行士』 木内鶴彦×保江邦夫  ヒカルランド
〔抜粋〕

保江邦夫: 藤田(一照)さんから、ご自身がなぜお坊さんになったかというお話を聞きました。彼はすごく優秀で、東大の大学院まで行って、修士になるとすぐに心理学の助手になりました。
 そのご褒美に1、2年アメリカに留学させてもらい、新進気鋭の東大の心理学者ということで、アメリカのいろいろな学会に出て活躍していました。
ですが、他の学者から足を引っ張られる。もちろん日本人の学者も足を引っ張るし、アメリカ人も、ほかの国の人も足を引っ張る。
表面上は味方のようなことを言っておきながら、いざとなったら陰でおとしめるようなことを平気でやる。

 そういう学問の世界が嫌になって、藤田さんはアメリカにいながら東大に辞表を出しました。
「心理学に限らず、学問の世界は汚い。辞めます」、と言ってスパッと辞めました。
そして気持ちをよくしなければいけないと思い、アメリカで見つけた禅寺に入門しました。
もちろん他に日本人もおられたけれども、アメリカの禅寺で修行して、得度し、ちゃんと名前も頂戴したそうです。

 そのうちに藤田さんは、アメリカでたまたま「東大大好き」の日本人の大金持ちと出会いました。
藤田さんは彼に気に入られて、「俺の家が鎌倉にあるが、私はしょっちゅうアメリカに来ているので留守が心配だ。もし留守番として鎌倉の家に住んでくれるなら、生活費も全部出すし、家も自由に使ってくれてかまわない」と言われました。
 藤田さんはいい話だと思い、日本に戻って鎌倉の大金持ちの家に住むことにしました。
藤田さんは早稲田大学と筑波大学の非常勤講師もしています。
古巣の東大には一度辞表を出したのでにらまれているということですが、そのうち東大にも戻られると思います。

 私はその鎌倉の家に行ったことはありませんが、豪邸だそうです。
彼は「自分がどういう人間か」というお話をして、「もっとすごい話がある」と言うのです。
 そして彼が鎌倉の豪邸に留守番として住み始めて、しばらくたった頃の出来事を話してくれました。
ここからは藤田さんから聞いた言葉をそのまま伝えます。私が言ったわけではないので間違えないでください。

 すごい豪邸を預かっていたら、藤田さんいわく、「何か浮浪者みたいなやつ」が訪ねてきて、その豪邸の一部を会合の場として貸してくれと言う。
普通の留守番なら、あるいは普通の坊さんなら断っていただろうけども、藤田さんは、その人をうさん臭いけれども、何か憎めない、何か違うと思い、その日の夕方からそこを貸すことをオーケーし、さらに会合に人を集めるのにも協力しました。
 「近所の人にも、自分のネットワークの人にも声をかけてあげましょう」と、なぜか自分で言ってしまったそうです。
実はそこへ「場所を貸してください」と言ってきた浮浪者のような、しかし何か憎めない人物が、「木内鶴彦さん」だったのです。(笑)

 その日の夕方から会合が持たれましたが、藤田さんは会場を提供するだけなので出る必要はなかったのですが、留守番としてのプロ根性で、最後まで会場で木内さんの話を聞いていました。
 聞いているうちに吸い込まれて、彼いわく「その日の聴衆の中で自分が最もよく聞いて、最もよく信じた」と。
その時の木内さんのお話の内容を藤田さんから聞いた私は、それを今度は次ぎに出会う人みなに語りました。
 しかも私はまだ木内さんに会ったこともないのに、まるで木内さんの懇意であるかのように、「木内さんってすごいんだよ。こんな凄い人が世の中にはいるんだよ」、と会う人、会う人に言いまくりました。
そして今日、初めてお会いしました (笑)。  

 ご存知の方も多いと思いますが、木内さんは臨死体験だけでなく、何度かの死亡体験まで経験していて、30分以上亡くなっていてちゃんと死亡診断書まであるのです。
 これは藤田さんから聞いた話ですが、木内さんは死亡体験の中で、起き上がってみたら側に何かあって、それが自分の身体だと気がついた。
木内さんはそのうちお迎えが来るだろうと思ったけれども、なかなか来ない。

 そのうちふと、最後にあの友だちに会っておけばよかったな、残念だなと思った瞬間、何とその友人のいるあたりに自分の視野があり、友人は元気そうにやっている。
 声をかけても相手にはわからず、ともかく安心し、そろそろお迎えが来そうだし、その時に身体のそばにいないと、天国に連れて行ってもらえないかもしれないと心配になり、木内さんはまた病室に戻る。
 それはやってみると簡単だったそうです。
それで「あ、これ簡単なんだ」と思い、木内さんは本来天文学をされる科学者ですから興味が湧き、まだお迎えも来ないようだし、もうちょっと遠くまで行けるのではないか、せっかくだからこの状況を楽しんでみようと思いました。

 私なら、皇居の中とか(笑)、ホワイトハウスの大統領執務室に行く程度ですが、木内さんはずっと疑問に思っていた「ピラミッドをどうやって造ったかを知りたい」と思ったのです。
 すると何と、ピラミッドの建築現場に来ている。(略)そうだったのか、こうやってピラミッドは造られたのかと長年の疑問が晴れた木内さんは、もうそろそろお迎えが来るだろう、病室に戻らないと俺は天国に行けない、ヤバイ、帰ろうと思いました。
その場所がどこだったかはうろ覚えですが、とにかく日本の、ご自分が亡くなった病院の一室を思い描きました。

 ところが、一発で帰れなかった。
何か日本的な感じの場所には着いたのですが、見ると、人々が「ちょんまげ」を結っている。明らかにそこは江戸時代でした。
 木内さんがいる場所は、どこかのお寺を建立している最中の工事現場のようで、大工さんがキセルでタバコを吸いながら一服していました。
藤田さんから聞いた話では、その時に木内さんはちょっと遊びごころを出した。
 俺はもう天国に行ってしまうのだから、せめて俺がいたという証拠を残そうと思い、その辺に置いてあった材木に「木内」と何かアルファベット的なサインを書きました
そして再び病室を思い描いたら、今度はちゃんと病室に戻れました。

 しかし病室で待っていてもまだお迎えは来ない。
そこで木内さんは、過去にも行けたのだから、ひょっとすると未来にも行けるのではないかと思い試してみた。
 すると行くには行けたのだけれど、藤田さんが私に語ったところでは、その未来は二重写しのようになっていたのです。
それは2つの状況が重なり合っており、一方は生き物がまったくいない荒涼とした悲惨な世界。片や緑に溢れた場所で子どもたちがキャッ、キャッと楽しそうに遊んでいる。その2つの場面が二重写しになっている

 木内さんは、「エーッ、何で?」といぶかしんでいると、ヒュヒュヒュッと病室に戻され、ああ、お迎えが来たのか、もう観念しなきゃいけないと思ったとたん、何と横たわっている自分の体に戻っていました。
木内さんが「フンギャーッ」と起きたら、周りの人はみんな「エーッ」とそれはそれは驚いた。
それはそうです。30分以上も死んでいたはずの体が動いて起き上がったのですから。

江戸時代に行って残してきたサインを、高知のお寺で発見!!

 その死亡体験からしばらくたって、木内さんは天文学の方にも復帰され、四国の高知県高知市で開かれた学会に参加しました。
しかし木内さんが高知に行かれたのはその時が初めてでした。
 会場と宿舎の間のどこかの町並みを学会仲間の人と2人で歩いていると、あるお寺の前を通りかかった。
木内さんは「あれ? ここには来たことがある」と思いました。
何か気になって、一度は通り過ぎたそのお寺に行ってみました。
お寺の本堂の形を見ると、死亡体験時に偶々江戸時代に行った時の、大工さんが建立していたあのお寺ではないかと思われる。

 それならどこかに自分がサインした板があるはずだと思い、木内さんはそこのご住職に「ここのお寺のどこかの板に梵語(ぼんご)のようなグニュグニュした、何か変な文字が残っていませんか?」と尋ねました。
 それを聞いてご住職は、「えっ! 何であんた、それを知っているの?」と驚いた。
実はそういうものが実際にあって、そのことはそこの檀家の方々でも、昔からの檀家の方しか知らない事実なのだそうです。
その場に連れて行かれて木内さんご本人がそれを見ると、果してあの死亡体験の時ご自分がサインしてきたものだったそうです
 藤田さんが私にそう語ってくれました。(笑)

 しかもご住職は、「実はこのお寺が建立された時に、不思議なことが起きたという話が巻物で伝えられている」と言うのです。
その言い伝えとは、職人が一服して休憩していたら、置いてあった材木になぜか勝手にバーッと梵語が出て来たというものでした。
 当時はアルファベットなんかわからない時代ですから、当然、当時の人は木内さんのサインを梵語だと思う。これは凄い、お釈迦様のお力に違いないということになって、その話を最初の住職が巻物にして残した。
それがずっと伝わっているということでした。

 木内さんはそれまで、ピラミッドに行ったり、江戸時代に行ったり、未来に行ったりし、自分が死んでいた30分間の間に体験したことは事実なのか、それとも熱にうかされた脳が勝手に作り上げた妄想、イメージなのかと、科学者として判断出来なかったのですが、自分が江戸時代に行った時に書いたサインが残っている高知のお寺へ行った時、あの体験は全部事実だったのだと悟られたのでした。


テーマ : 不思議な体験
ジャンル :

時間についての再考

一切の未来も一切の過去も、総てが現在ぞ。中今ぞ。
このこと判るが善ぢゃ。神は総てを知っているのぞ。
現在は永遠ぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第7帖)

 現在は過去の行為(カルマ)の結果であり、未来は現在の行為(カルマ)の結果ですから、現在の中に過去も未来も潜在していると考えられます。
過去、現在、未来を繋いでいるのは因果律と、限定された自由意志です。
実際に存在しているのは現在だけであり、過去も未来もパラレル・ワールドという三次元の時空としては存在していません
 そもそも、この三次元の世界に別の三次元の世界(パラレル・ワールド)が重なって存在することは電気的な反発により(物理的に)不可能です。
重なることが可能なのは、次元(波動、神智学の質料)が異なる場合です。
 重ならずに何処かに無数のパラレル・ワールドが存在するなどは、小学生でもしない馬鹿げた妄想に過ぎません。
量子力学の多世界解釈でも、パラレル・ワールドを観測することは不可能だとされています。(Wikipedia)
観測不可能なものを有ると主張するのは無意味です。
 子子子子子(ねここねこ)さんのブログは全体的に粗雑なものですが、次の言葉は参考になります。(但し、魔龍さんによると、スピリチュアルの真髄はカバラの理論と全く同じだそうで、「科学的に」検証出来なくても真実です)

「どんなことでも、自分で検証出来ることだけを正しいと信じなさい
自分で検証出来ないことへの真偽の判定は保留にしなさい。
検証出来ないことを利用する詐欺師に騙されないために

 

 ただ、これが四次元以上になると、話が複雑になって来ます。

時、所、位、総てが想念の中、想念のままに現はれて来るのであるぞ。
判るやうに申すならば、時間も空間も映像であって、情態が変るのみのことであるぞ。
情態のもと、本質は限りないから、無限であるから、自由であるから、霊界は無限、絶対、自由自在であるぞ。
現界では、時間に順に得たものでも、心の中では時間に関係なく、距離に関係なく、一所へならべられるであらうがな。
心の世界で、時間、空間のない道理これでよく判るであらうがな。

(ひふみ神示 第二十五巻 白金の巻 第7帖)

 「霊界では時間、空間に関係なく、想念のままに現実が現れる」ということになると、その中には過去や未来も含まれることになります。
しかし、その「過去」や「未来」は三次元ではありません
私の認識ではアカシックレコードの記録(記憶)です。(そのオリジナルは太陽司神の全経綸として宇宙メンタル界層に実存し、下位の界層に行くほど不完全なコピーとなります)
一度、アカシックレコードに記録された三次元の「過去」を改変することは不可能です。(再掲した下記神智学の記述参照)
また、神智学の別の所では、未来は過去程、はっきりしたものではないと明記されています。
未来を変えたければ現在を変えれば良いのです。
こういう単純で明快で合理的な説明に比べて、タイムトラベルやパラレルワールドを説く人達の説明は如何にも胡散臭い陰謀的妄説だと思います。
 私の本心は、信頼する霊学書にそんな言葉が一言も出て来ない以上、議論の必要もないというものです。
また、正しい生き方をする上で何の関係もありません。
まあ、私が一目置いている「なわ・ふみひと」さんや、「魔龍さん」が認めるというのなら一応、考え直すかも知れませんが。

 “メンタル界層(五次元)は想念が何らの拘束も受けない領域であるから、もし修行の出来た人が何かの情景に特にその注意を向けると、その情景は直ちに彼の前に出現する。
 例えば、もし彼がジュリアス・シーザーの英国上陸が見たいと思うと、一瞬の裡(うち)に彼は、その情景を見るのではなく、実際に彼自身がその現場の海岸に古代ローマ軍と共に上陸している自分に気付く。
 その全情景は、西暦紀元前55年に彼が現場に居れば目撃したであろう様に、正しくそのまま彼の廻りで再演される。
勿論、演者達は単なる反映(うつし)に過ぎないから彼など全く意識しないし、また彼がやろうとしたところでこの演者達の行動を変えることは全く出来ない

 尤もこのドラマが眼前で進行する速度を(ビデオの様に)変える事も、一時的に止めて見る事も出来る。
また、話している事も聞えるし(それが何語であっても)理解出来る。そして彼等の思っている事もその動機も解るのである。
(中略)

 大自然の記録と云われているアーカーシャの記録にはブッディ界層(六次元)では、普通の意味で言う記憶よりも遥かに多くの意味がある。
この界層では時間と空間とは最早何らの制約もしなくなる。
観察者は事件の関連を殊更に査閲する必要は最早なくなる。
過去も現在もそして未来も同時に彼の前に現われる
のである。
 何故なら、彼は所謂「久遠の今」の中にあるからである。
この言葉は物質界層では無意味ではあっても、ブッディ界層では事実なのである。”
(A・Eパウエル編著 神智学大要3 メンタル体 第28章)

 この「久遠の今」を理解する上で参考になるのが、次の記述です。

 “臨終の、時間にしてほんの数秒の間に、人は自分の過去の全生活をどんな些細な事でも事細かに次々と見せつけられる。
そして今生における因果の鎖全体を一瞬にして了得し、かくして彼は今や一切の虚飾を剥ぎ取られ、在るがままの己自身の相(すがた)を悟る。
彼は数々の成功と失敗、数々の愛と憎しみを見、その全てを支配して来た傾向を観、自分の全生涯を支配して来た考え方が浮き彫りにされ、死後の生活の主要部分を送る界層が明らかとなる。”
(A・Eパウエル編著 神智学大要2 アストラル体 第12章)

 つまり、高次元の「魂」は地上の如何なる「スーパーコンピューター」よりも優れた「能力」を持っているのです。
これと、「質料の軽さ」(意志によって瞬時に動く)、及び「精妙な質料によって表現される意識の高さ」の三つが高次元を特徴付けているのです。
 これは、我々が生きている時空以外に別の時空が存在しているのではなく、単純に意識の問題だということです。
言い方を変えると、数学的な次元と霊学的な次元は似て非なるものだということです。
 例えば、ビルの屋上から投身自殺をした人が地上に激突するまでの僅かな時間に、今生の出来事を細部に至るまで追体験したところで、それは異次元時空間にシフトしたのではなく、あくまで意識の上の体験なのです。
 意識の表れ方は次元によって異なります。それが全てです。


テーマ : 考察
ジャンル :

プロジェクト・ペガサスとタイムトラベル

「宇宙 NEWS LETTER 2012」
“プロジェクト・ペガサス”と火星秘密基地 (その1)~(その3)
http://amanakuni.net/uchu/64.html)/(http://amanakuni.net/uchu/65.html)/(http://amanakuni.net/uchu/66.html) 
 
 アメリカ軍産学複合体が秘かに進めて来たとされるタイムトラベル/火星テレポーテーション計画、“プロジェクト・ペガサス”―。
このSFもぶっ飛ぶような信じ難い極秘計画は、ある内部告発者によって暴露された。
 驚くことに青年時代のオバマ大統領は、テレポーテーション要員だったというのだ。
あまりにも壮大で信じ難く、全米を当惑させた驚愕プロジェクトの真相は何だったのか―。

           全米を驚愕させた奇想天外な内部告発

 「現役大統領バラク・オバマは、20歳前後の学生時代、DARPA(国防高等研究計画局)とCIAの極秘タイムトラベル/テレポーテーション計画、“プロジェクト・ペガサス”の実験要員に密かに選抜され、火星上に建設されたアメリカの秘密基地に2度以上、テレポートした! 
同プロジェクトに関わった複数の元要員が国家陰謀の〈内部告発者〉として名乗り出て、〈火星で若き日のオバマに会い、話も交わした〉と暴露証言している―」

 今年(2012年)の正月早々、季節外れのエイプリル・フールのような、奇想天外過ぎるニュースが流れて、アメリカ中を沸かせた。
インターネット上では昨年の夏頃から話題になっていたトンデモ話のネタで、当初は黙殺しようとしていたホワイトハウスも、マスコミに突付かれて当惑し、1月10日、国家安全保障会議のスポークスマン、トミー・ヴィーター氏が、ジョークに紛らわせながら、“大統領の火星旅行”を真っ向から否定するマスコミ向けの公式声明を発表した。
「オバマ大統領は、絶対に火星になど行っていません。『火星人マーヴィン』がお気に入りでよく見ていることが、火星旅行を意味する訳ではないとすればの話ですが…」

 しかし、メディアをさらに唖然とさせたのは、このトンデモ体験告白に踏み切った内部告発者達の中心的存在が、ただの変人ではなく、複数の一流大学で複数の学位を修め、在学中から環境生態学者として多数の論文を発表し、現在は環境保護の弁護士として活動する、社会的信用も高い知識人だったことだ。
 その人物の名はアンドルー・バシアゴ。今年50歳。
社会的地位も高い知識人のバシアゴが、己の地位と名誉を台無しにしかねない危険を恐れずに、声を大にして内部告発する理由は唯一つ。
「アメリカの政府・軍・情報機関・軍需産業・軍事科学者が一体となった、いわゆる軍産学複合体は、宇宙と人類の歴史に関する真実の情報を徹底的に隠蔽し、自国民は勿論、世界中の人民を完全に騙している!!」
 もっと具体的には―

・ 「アメリカはすでに1960~70年代に、極秘のタイムトラベル実験に成功した」
・ 「アメリカは同じ技術を転用して、月や火星に瞬間移動出来るテレポーテーション実験にも既に成功済みだ」
・ 「アメリカはこのタイムトラベル/テレポーテーション技術を駆使して、既に火星上に秘密基地を建設している」
・ 「火星には生命が存在し、地球生物に似た高等生物もいる。また、レプティリアン型文明人がいて、今も地下都市に大挙居住している」

 (以下省略)
-----------------------------------------------------------------------------------------------------

 この記事の中で私が唯一注目したのはタイムトラベルの証拠です。
残念ながら、それは1枚のピンボケた写真だけでした。
写真の画面中央に立っている少年が、「11歳のアンドルー・バシアゴ少年が、1863年へとタイムトラベルした時の姿」なのだと幾ら当人が主張した所で何の根拠もありません。
証拠価値ゼロです。

  プロジェクト・ペガサス
 従って、この記事によっても、タイムトラベルは原理的に不可能とする私の見解を変えることは出来ませんでした。
(三次元の過去、未来、及び現在のパラレルワールドは存在しない。量子力学の多世界解釈は誤り。霊界については、物質界とは違った現れ方をするので、時間、空間がないように見えるが、あるのであると日月神示は断言している。これから見ても、神智学の記述を注意深く読んでも、次元に係らず存在するのは唯1つの現在だけだと考えられる。これを否定することに、建設的な意味は何も認められない。正しい生き方を誤らせ、思考を混乱させるだけである。それがこの戯言を広めている者達の狙いでしょう)
但し、下記の“仮想時空トラベル方式”は、アカシックレコードにアクセスする方式と思われ、基本的に可能です。この場合は、勿論、過去や未来に干渉することは出来ません。 

 「バシアゴは、“量子置換”法をはじめとした“テスラ技術”に基づく様々な時空トラベルの方法に関する技術を、総合的に“ジャンプルーム・テクノロジー”と名づけている。
 同じペガサス計画だが、別進行の“仮想時空トラベル”方式とでも呼ぶべき“時間透視機探査プログラム”も実施され、1970年代初頭に一応の成果を見たという」

 その他の「テレポーテーション技術」については、原理的に可能であり、宇宙人達が実際に使用している技術ですから、アメリカが成功している可能性はあります。
 そうであれば、火星上に秘密基地を建設している可能性も否定は出来ません。
しかし、私はそれを確信すべき根拠を何も持合わせてはいません。
話だけならどのようにでも捏造出来ます。
画像も動画もコンピューターを使って偽作出来ます。
 従って、「これは本当かも知れないし、嘘かも知れない」としか言い様がありません。
要は自分なりの合理的な世界観を持つことです。
理性も愛と同様に神に由来するのです。
 正しい判断が出来るか否かは結局、その人の霊格如何に帰着します。


テーマ : 考察
ジャンル :

永遠なる現在(久遠の今)

 「ハート(narudeko)さん」が最近の記事で、
“過去・現在・未来すべてはNOWに存在しており、過去は変えることができます
別のパラレルワールドに移動するだけです。”
http://blog.goo.ne.jp/narudekon/e/9e527dea010076309034188c108bb9ad)   
と間違ったことを書いておられるので、他の方々の為にも敢えて修正させて頂きます。
正しくは、“過去は変えることができます”ではなく、“未来は変えることができます”です。

 三次元の世界には過去も未来も時空としては存在せず、現在だけが存在しています。三次元のパラレルワールドは存在しません。
当然、時空として存在しない過去や未来からタイムトラベルをして現在に現れることは出来ませんし、過去を変えることも出来ません。(ジョン・タイターは大嘘)
変えることが出来るのは現在だけで、現在を変えることによって「未来」(実は未だ実現していない現在)が変ります。
 現在と、過去及び未来は因果律と多少の自由意志で繋がっており、それをアーカーシアの記録で観ると一体に見えるのです。
アーカーシアの記録は神の意識であり、人間の意識と同じように、記憶や未来への意志が含まれています。

 人間の判断の是非は知識のコンポーネント(部品)が正しいか、間違っているかで決まります。「ハートさん」の霊的知識の「部品」はニューエイジか、最近のチャネリング・メッセージでしょう。殆んどが闇の勢力や妄想によって汚染された信用の置けないシロモノです。
 私の霊的知識の部品はシルバー・バーチを頂点とする古典的な霊界通信、日月神示、及び神智学等です。
其々が時間について何と言っているか、その真髄を再掲しますので良く読んで下さい。
 恐らく、この問題は、地上人にとっては、最も理解し難いことの一つだと思われます。 

1.シルバー・バーチ

問) 事故が予知出来るのは何故でしょうか。

答) その人が一時的に三次元の物的感覚から脱して、ホンの瞬間ですが、時間の本来の流れをキャッチするからです。
大切なことは、本来時間というのは“永遠なる現在”だということです。
このことをよく理解して下さい。
 人間が現在と過去とを区別するのは、地上という三次元の世界の特殊事情に起因するのであって、時間には本来過去も未来もないのです。
三次元の障壁から脱して本来の時間に接した時、あなたにとって未来になることが今現在において知ることが出来ます。
(近藤千雄 訳編「古代霊は語る シルバー・バーチの霊訓より p102」潮文社)

2.日月神示

一切の未来も一切の過去も、総てが現在ぞ。中今ぞ。現在は永遠ぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第7帖)

霊界には時間、空間は無いと申してゐるが、無いのでないぞ。
違って現はれるから無いのと同様であるぞ。あるのであるぞ。

(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第73帖)

時間、空間もあるのであるが、ないのであるぞ。
同じ状態にあれば同じ処に住み、変化すれば別の所に住むのであるぞ。
見ようと思へば、念の中に出て来て、見ること、語ること出来るのぢゃ。
見まいとすれば見えんのぢゃ。
自分で見、自分で語るのぢゃぞ。時、所、位、総てが想念の中、想念のままに現はれて来るのであるぞ。
判るやうに申すならば、時間も空間も映像であって、情態(註: 内面的な状態)が変るのみのことであるぞ。
情態のもと、本質は限りないから、無限であるから、自由であるから、霊界は無限、絶対、自由自在であるぞ。
現界では、時間に順に得たものでも、心の中では時間に関係なく、距離に関係なく、一所へならべられるであらうがな。
心の世界で、時間、空間のない道理これでよく判るであらうがな。
(ひふみ神示 第二十五巻 白銀の巻 第7帖)

地上人に於ては、地上的物質に制限され、物質の約束に従わねばならぬ
其処に時間を生じ、距離を生じ、これを破ることはできない
(ひふみ神示 第十七巻 ジシンの巻 第4帖)

3.神智学

 “臨終の、時間にしてほんの数秒の間に、人は自分の過去の全生活をどんな些細な事でも事細かに次々と見せつけられる。
そして今生における因果の鎖全体を一瞬にして了得し、かくして彼は今や一切の虚飾を剥ぎ取られ、在るがままの己自身の相(すがた)を悟る。
彼は数々の成功と失敗、数々の愛と憎しみを見、その全てを支配して来た傾向を観、自分の全生涯を支配して来た考え方が浮き彫りにされ、死後の生活の主要部分を送る界層が明らかとなる。”
(A・Eパウエル編著 神智学大要2 アストラル体 第12章)
 
 “メンタル界層(五次元)は想念が何らの拘束も受けない領域であるから、もし修行の出来た人が何かの情景に特にその注意を向けると、その情景は直ちに彼の前に出現する。
 例えば、もし彼がジュリアス・シーザーの英国上陸が見たいと思うと、一瞬の裡(うち)に彼は、その情景を見るのではなく、実際に彼自身がその現場の海岸に古代ローマ軍と共に上陸している自分に気付く。
 その全情景は、西暦紀元前55年に彼が現場に居れば目撃したであろう様に、正しくそのまま彼の廻りで再演される。
勿論、演者達は単なる反映(うつし)に過ぎないから彼など全く意識しないし、また彼がやろうとしたところでこの演者達の行動を変えることは全く出来ない。

 尤もこのドラマが眼前で進行する速度を(ビデオの様に)変える事も、一時的に止めて見る事も出来る。
また、話している事も聞えるし(それが何語であっても)理解出来る。そして彼等の思っている事もその動機も解るのである。
(中略)

 大自然の記録と云われているアーカーシャの記録にはブッディ界層(六次元)では、普通の意味で言う記憶よりも遥かに多くの意味がある。
この界層では時間と空間とは最早何らの制約もしなくなる。
観察者は事件の関連を殊更に査閲する必要は最早なくなる。
過去も現在もそして未来も同時に彼の前に現われる
のである。
 何故なら、彼は所謂「久遠の今」の中にあるからである。
この言葉は物質界層では無意味ではあっても、ブッディ界層では事実なのである。”
(A・Eパウエル編著 神智学大要3 メンタル体 第28章)


参照過去記事: タイムトラベルは嘘


テーマ : 考察
ジャンル :

進化した「魔導師」の運命

 直近の魔龍氏の記事を読んで疑問が氷解しました。
魔龍氏に降臨したドラゴン魔女は少なくとも低級霊ではありません。
下記引用記事の1.にあるように、五次元メンタル界の最高亜層に達した邪神と思われます。
この域に達した邪神は、自分が間違った道を歩んだことを理解しており、そのカルマの清算のために「御用の悪」を務めている存在です。
 邪神は通常、“霊的向上を目指す人々の妨害者としての役割を勤める”ものですが、本例のように、“悪鬼の如く偽を暴く”場合も有り得ると考えます。
それも、“悪の力が亡ぼされる為”であり、「カルマの清算」になるからです。 

 尚、現在、“ドラゴン魔女(魔龍)が、何者かによって封印されてしまっている”というのは、私の背後にいる“怖~いお方”の所為である可能性があり、彼女の御役目が終りつつあることを意味しているのかも知れません。
少し前にも書いた、その“怖~いお方”からの慈愛溢れるメッセージを再掲しておきます。

 此の方悪が可愛いのぢゃ、御苦労ぢゃったぞ、
もう悪の世は済たぞ、悪の御用結構であったぞ。
早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ。

(ひふみ神示 第廿一巻 ソラの巻 第10帖)



引用記事:
1. A・E・パウエル 編著 「神智学大要 4 コーザル体」 第21章 第七天界
 より抜粋

 その数は非常に限られているが、メンタル界層の無形亜層で意識を働かせている人の中には過去に於いて「魔法使い」であった者もいる。
彼等の中には高度の知性が目覚め、それと共に万物一体を知的に認識もしている。
 彼等は今では自分が間違った道を歩んでいたこと、世界が上昇の弧を昇るのを妨げ抑止することが如何に無駄であり不可能であるかが解っている。
彼等は自分が造ったカルマに未だ繋がれているために間違った側、即ち崩壊の側で働かなければならない。
しかし、その働きの動機は変化している。

 今や彼等は、霊的生活を妨げるものと戦うことによって強くなって行かなければならない人々に、その妨害者としての役割を勤めるのである。

 この真理をマリー・コレリは覚知したようで、彼女はこの点をその著書「悪魔の嘆き」の中で扱っている。
同書の悪魔は敗北する度に喜んでいる。 
悪魔たる彼は努めて反対する。
しかし、相手がそれに対抗するほど霊的に成長していることが判ると喜ぶのである。
 
 生命のこの側(悪)のことはヒンズー教プラーナ書でも認識されている。
同書の中には、ある人が高度の知識を得るところまで進化し、やがて自分の過去のカルマを償う為に、ラーヴァナ(※)のような善の敵対者という形で生れ変る
 彼は彼自身の過去のカルマのために、世界中の悪の力(複数)を自分自身の中に糾合しなければならないのである。
そして、それはその悪の力が亡される為なのである。
 他の宗教にも形は変るが同じ考え方がある。

※ インドの神話ラーマーヤナに登場する魔王。


2. なわ・ふみひとの抄録
コナン・ドイル・人類へのスーパーメッセージ
アイヴァン・クック・著 大内 博・訳 講談社 1994年刊
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/daiyogen43.html
 より抜粋

地球とそれを取り巻く異次元が浄化される  

 すべての存在の局面に光の天使と暗黒の天使が住んでいることを、私はすでに説明しました。
この事実が何を意味するかお解りでしょうか。
 多分、皆さんはこれまでは、すべての暗黒の天使は地獄に落ちてそこに住みつき、一方、光の天使は天界の最も高いところまで引き上げられ、神の右手に座っているといったふうに想像してきたのではないでしょうか。
 これは真実からほど遠い考えで、このために、人間は何世紀もの間、善と悪について誤った考えを抱くという結果になったのです。
知性に溢れた存在達からなるこの二つの軍隊、皆さんがそう呼びたければ、光の天使と暗黒の天使は、共に手を取り合って仕事をし、一緒に進化する存在であり、お互いになくてはならない存在なのです。
 そのことに皆さんを目覚めさせることが、今夜の私の使命です。
この事実をしっかりと把握して初めて、善と悪の性質について明確に理解できるようになるでしょう。
 これまでのところ、人々は、善は常に悪と対決しなければならないものと考えてきました。
これほど間違った考えはありません。
悪は、人間が善と呼ぶ資質ないしは状態を補足する大事なものであり、悪がなければ善は進化することも存在することも出来ません。

 人間が悪と呼ぶものもまた神の一部であり、人間が神と呼んでいる宇宙の知性は、それ自身のなかに善と悪を含んでいるのです。(註: シルバーバーチも同様の考え) 

 現在のところは、善と悪は神の僕として、神の完璧な計画を実現すべく働いているのです。
善悪が人間の僕となることこそ究極のあり方です。  
人間一人一人が自分の物質的な生活、そして個人的な思いに支配された生活よりも高いところに引上げられた時、初めて、生命とは一つの巨大な全体であることが解るでしょう。
その時、生命とは神の包括的な一つの全体であり、善と悪、白と黒にはそれほどの違いがないということが理解されるでしょう。
 これを聞いて、次のような疑問をもつ人がいるかも知れません。
 「もしそれが本当であるとすれば、善に向かおうとする衝動は失われてしまうのではないでしょうか。
正しいことと間違ったことの間に実質的な違いがないというのであれば、この世界を改善したり、人間が自分自身を高めていく必要はなくなってしまうのではないでしょうか。
すべてのものが究極的には正されるのであれば、自分の好きなようにやっていけばよいのではないでしょうか」

上昇への道、下降への道  

  ここで皆さんに思い出して貰いたいのは、星が天空にかかっているのと同じように、人間の魂は生命の永遠の周期の軌道に乗っていて、眠ることのない神の意識に支えられてその軌道を巡り、かつ、その神の意識の中に保持されている、ということです。
 確かに、魂はある程度の自由意思と選択する能力を与えられ、それによって善を受け入れたり悪を拒否したりすることができます。
しかし、人間の魂はいかなる時であれ、崇高なる魂である神との絆を断ち切る力はありません。
そして、神に向って上昇しようとする力が常に働いているのです。
(中略)
 人間の運命とは、究極的に神の許に帰ることによって完成するものなのです。
と同時に、人間が神のような存在になるためには、高みに昇るだけでなく、最も低いところまで落ち、悪の深い縁まで落ち、最も深い地獄の底を通り抜けて、やがて自分の住む場所となる天界に達しなければならない、ということも確かです。
 人がこの深遠な真実を把握すれば、同胞である他の人々を責めることはなくなるでしょう。
なぜなら、人間としての完全な魂の達成という素晴らしい目標によって、心は喜びで満され、その目標に向って、他の人々も自分自身も、善や悪を経験しながら努力しているのだということが解るからです。


3. 一厘の仕組  御用の悪 (4)   再掲
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-12.html

御用の悪

 この世に善と悪があるのは、霊と身、真と偽、美と醜、愛と憎があるのと同じです。
片方だけでは、能(ハタラキ)がなく、従って弥栄しません。
そこに底知れないほどの神の叡智と仕組が存在しているのです。

(神の)光はゝ、真、善、美、愛となり、又そのうらの○、偽、悪、醜、憎となり現はれるぞ。
御用の善となり、御用の悪となる。
悪にくむは外道の善、

(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第41帖)

善のみで善ならず。悪のみで悪ならず。
(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第43帖)

善と悪との動き、心得なされよ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第98帖)

悪なくては生きて行けん。悪は悪でないぞ。外道の悪が悪であるぞ。
(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第16帖)

外道とは上からの光が一度人民界にうつり、人民界の自由の範囲に於ける凸凹にうつり、それが再び霊界にうつる。それが幽界と申してあらう。
その幽界から更に人民界にうつったものが外道の善となり、外道の悪となるのざ。
(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第41帖)

何も彼も存在許されてゐるものは、それだけの用あるからぞ。
近目で見るから、善ぢゃ悪ぢゃと騒ぎ廻るのぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第69帖)

悪あればこそ向上するのであるぞ。悔い改め得て弥栄するのであるぞ。
人間の能(ハタラキ)あるのざぞ。ゝを忘れてはならん。
(ひふみ神示 第二十五巻 白銀の巻 第4帖)

この世の悪も善も皆御用と申してあろが。
身魂相当の御用致してゐるのざぞ、

(ひふみ神示 第九巻 キの巻 第17帖)



テーマ : 魔法・魔術
ジャンル :

「カルマを手放せ」の罠

RHNDS【イルミナティ白書】LUCIFER帝国☆666の世の建設
運命を決定しているカルマの法則   2012年12月10日
http://new-mu.seesaa.net/article/305974668.html
 
 〔抜粋〕 

 カルマを信じていない人や全く囚われていない人でも、確実にカルマの法則に基づいて生きているのである。

 「ただただ手放せばいい」というのは逃げる行為で、カルマは解消していないままなのだ。

 「カルマ」の観念を手放そうと思っても手放せるものではない。
表面意識で「カルマ」の観念を手放そうとしても、潜在意識にインプットされているからである。


 表面意識でカルマの観念を手放すことができたとしても、その原因である潜在意識では解決できておらず、蓋をして見て見ぬふりをしているだけとなり、結局は同じことが延々と繰返されるのである。

 観念を変えようとしたり無くそうとしても、そう簡単には変えることも無くすことも出来ないのが現実である。

 日常生活の中での個人的なトラブルや怪我、事故、病気などの不幸や災難は潜在意識の投影(カルマの結果)である。
現象として現れたということは、それで終わった(カルマが解消した)ということなのだが、人間はその外側の現象を見て、再び新たなカルマを生むのである。

 解決すべき心の問題が浮上してきた自然の流れ(カルマ)を無視すると何の進展も起きない。
「ネガティブ・カルマ」の観念を手放したところで、カルマの法則から逃れることはできない

 客観的に「幸・不幸」を等価に観ることが、内観であり、正見であり、真実の姿を観るということなのだ。
その過程で様々なパターンでの因果律が浮き彫りとなり、すべては「必要・必然・ベスト」であることが認識できる。

すなわち、すべてを肯定的(ポジティブ)に捉えて「理解」することができるようになるのである。

 カルマが実在ではないことは、ある意味で事実だが、「カルマは存在しない」という一面だけを信じるのも危険である。
人生での出来事を「理解」に繋げることが出来ず、潜在意識(カルマ)の浄化や意識進化の道を閉されるからだ。 

 カルマが実在ではないというのは、人間界も幽界も実在ではなく、人間も輪廻も幻影だからである。
だが、自分が人間界に人間として生きているという確信を持っているなら、カルマだけが存在しないことを信じるのは唯物論者と同じである。(一面しか見ていない)

 人間界は幻であり、自分という人間も幻であり、輪廻も幻であることを理解しているなら、カルマも幻であることが分る。
しかし、それを理解するということは、カルマの結果で人間界に生まれ、自分という人間が存在していることを「理解」するということでもあるのだ。

 あくまでも投影だが、人間界は存在し、自分という人間も存在し、厳然と存在するカルマの法則に基づいて輪廻転生が繰り返されているのだ。
カルマの法則を理解し、カルマを浄化するために生れて来たと言ってもいい。


 つまり、「カルマを手放せ」という教えは人生の目的を放棄するようなもので、人間界や人間の存在そのものを否定することにも繋がってしまうのである。



テーマ : 知ってほしいこと。
ジャンル :

シルバーバーチは悪霊である?

 私はシルバーバーチの盲目的信者でもなければ、日月教の信者でも、神智学の学徒でもありません。
なわ・ふみひと氏と同様、霊学(霊的真理)の探究者です。
私のブログの「サニワ」というカテゴリーは、その立場から疑問を抱いた記事に対する考察です。
 
 「to C」というサイトに「シルバーバーチは悪霊である 1~4」という記事が載っています。 
Profileを見ても、どんな人物が書いたかは不明ですが、「お勧めカトリックサイト」などという欄があり、文面から見ても、カトリック系と思われます。
それなら、シルバーバーチを悪霊というのは当り前で、その時点で、もう底が割れています。
 しかし、一応、全文を読んで見ると、要するに論拠は3つです。
http://to-chihiro.blogspot.jp/2010/11/4.html

1.教会の権威を全面否定している。
これは、ご存知「イルミナティの極秘指令」と同じである。

2.彼が「イエスをよく知っている」と「嘘」を言っている。
カトリックの示現を見慣れている者から言わせると、シルバーバーチは「イエスをよく知っている」と言ったからこそ、自ら「墓穴」を掘ったのである。

3.シルバーバーチは自分の祈りをいつも「ああ、真白き大霊よ」(Oh, Great White Spirit)から始める。
だから、聖白色同胞団(Great White Brotherhood)や、白光真宏会(White Light Association)と関係あるのではないか。

 
 以下は、私の反論です。

1.教会の権威が偽物であることは真実ですから高級霊が知っていて当然です。
それが、「イルミナティの極秘指令」と同じだからと言ってシルバー・バーチと結び付ける理由にはなりません。

2.シルバーバーチがよく知っている霊界のイエスと、カトリックが信じているイエス像と相違しているのは当り前です。
勿論、カトリックのイエス像は宗教団体が人為的に創り上げたものです。

3.「真白き大霊」というのは、高級霊のオーラの色彩から来ているのです。
神智学に、“アルハットのメンタル体とアストラル体は、一種の乳白色の真珠貝のような美麗な色を呈し、その様は筆舌の良く及ぶところではない。”と記されています。
 (神智学大要2 アストラル体 第3章 色彩)


テーマ : 知ってほしいこと。
ジャンル :

なわのデーヴィッド・アイク論(4)

[なわのつぶや記(復刻版)]
竜であり蛇である? われらがアイク  
  2007年12月1日(土) 更新
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki026.html

 さて、ユダヤ問題が長くなりましたが、私がアイクの文章で最も問題があると感じたのは以下の内容です。
ここでも、アイクはアメリカや中南米の原住民を虐殺したのがスペインからやって来たコロンブスを始めとするユダヤ人を中心とした人物であったことに全く触れていません。
それどころか、「暴力を受ける側にもそれと同じような(争う)波長があるからだ」とまで言い切っています

 インディアンの文化に全く理解を示すことなく、「戦闘用に顔に絵の具を塗りたくるような心性」と言い切っていますが、インディアンが顔に模様を描くのは、決して戦いの時に相手を威嚇する為のものではなかった筈です。
それを「殺戮と争いが溢れていた」ことの証明のように断定している姿勢にも、たいへん傲慢なものを感じます。
愛のカケラも感じられない人物と言って良いでしょう。
以下は『大いなる秘密(下)世界超黒幕』の515ページ~516ページの内容です。

 キリスト教愛国主義者に、ブラザーフッドのアジェンダに代るものは何かと尋ねると、「神の下に一つに纏まった国」を作りたいと言う。
いいだろう。だが、誰の言う神だ? キリスト教の神か、イスラム教の神か、ヒンズー教の神か。
それともニューヨークのエセルやロサンジェルスのビルが見た神か。
いやいや、彼等が言っているのは勿論キリスト教の神、彼等が信じている神の姿だ。
 つまり彼等はブラザーフッドの代りに自由を求めているのではなく、彼ら流の独裁を求めているのだ。
ここでも両者は、自分の意思を他者に押しつけ、他者の生き方や信仰を抑圧しようとしている。
どんな口実があるにせよ、互いに引合わずにはおられないのも、同じ周波数帯で活動しているからだ。
                    (中略)
 キリスト教過激派に当て嵌まる事は、イスラム教過激派にも言える。
ヒンズー教やユダヤ教他、あらゆる宗教の過激派についてもそうだ。
これは、ヨーロッパ人がやってきた時点のアメリカ原住民についても、ある程度当てはまる。
アメリカ原住民の文化には驚異的な知恵もあるし、全てのものが繋がっているということに関しても、ヨーロッパ人よりも遥かに深い理解をしている。
 だが、ここで極端に走って、ニューエイジ運動を支持した多くの者のような甘っちょろいアメリカ原住民像を描いてはいけない。
白人が来る迄のアメリカ先住民の各部族は、その多くが、単に部族が違うからという理由だけで互いに争っていた。
 殺戮と争いが溢れていたのだ。
そのように荒々しいばかりで、戦闘用に顔に絵具を塗りたくるような心性で生きていれば、同じように暴力を正当化する別のエネルギーを惹き付けるだろう。

暴力も選択肢の中と考える2つのグループがいれば、必ず両者の間には霊的な対立が起るものなのだ。
    『大いなる秘密(下)世界超黒幕』(デーヴィッド・アイク/三交社)

 コロンブスの悪業については、既に当サイトの「ホンのひとくち」に以下の2冊の書籍の抜粋をアップしています。
① 『日本は掠奪国家アメリカを棄てよ』
② 『ユダヤ問題入門』
私が問題としている内容をピックアップして以下に再掲します。

・ 見せしめに腕を叩き切る偉人(=コロンブス)

 コロンブスは日記をつけていた。その日記には、バハマ諸島に上陸した時、先住民は数々の贈物を手に、海の中にまで出向いて歓迎してくれたと記されている。
 コロンブスが「穏やかで優しい」と形容した先住民は、武器を持たないどころか、その存在さえ知らなかったという。
コロンブスは記す。
「私がサーベルを見せたら、刃のほうを持って手を切ったくらいだった」
 上陸してから数カ月の間、スペインの後援者に宛てた手紙には「彼らは極めて純真かつ正直で、決して物惜しみしない。乞われれば、何であろうと与えてしまう」と書いている。

 しかし、日記の中に突然、次のような一節が現われる。
「彼らは立派な召使いになるだろう。手勢50人もあれば、彼らを一人残らず服従させられるし、望むことを何でもやらせることができるだろう」。
これが、コロンブスが先住民に対して抱いていた見解である。
客を手厚くもてなす主人としてではなく、自分達の思い通りのことをやらせる為の召使いとして見ていたのだ。

 コロンブスの日記には、やたらと「黄金」の2文字が登場する。
最初の2週間の日記には、75回も出て来る。
黄金に目が眩み、小躍りするコロンブスの姿が目に浮ぶようだ。
  ジン氏が記すように、コロンブスの話で強調されるのは彼の「厚い信仰心」だ。
コロンブスはそれ故、先住民に「改宗」を迫ったのだろう。
一行の主な滞在地であるエスパニューラ島には、至る所に十字架が立てられたそうだ。
しかし、それと並べて絞首台も立てられ、1500年には340台を数えているというから、コロンブスの信仰心とは一体何であったのか。

 コロンブスー行の所業は目を覆うばかりである。
先住民が持っている僅かばかりの黄金を見ただけで、大量にある筈だと思い込み、期限を設けて、黄金を差出すよう命じた。
そしてそのノルマを達成出来なければ、ほかの先住民への見せしめのため、腕を叩き切ったという。
  山に逃げた者は猟犬に追われ、仮令逃げ切れたとしても、その先に待っていたのは餓死か病死。何れにしても死だった。
絶望に打ちひしがれた人々は、毒を飲み干した。

 コロンブス等が来た事によって、地上の楽園だったエスパニョーラ島は急速に人口が減って行った。
もちろん、この「減る」という意味は、殆んど「死ぬ」と同義である。
もっと正しい表現を使えば、「殺された」という事だ。

 ある学者の推定では、当初30万人いた先住民のうち約10万人が、1494年から96年までの2年間で死亡したという。
1508年には更に6万人に減り、1548年には生存者は500人いたかどうかも疑わしい。
これを「ジェノサイド(集団殺戮)」と呼ばずして、何と呼べば良いのだろうか。
    『日本は掠奪国家アメリカを棄てよ』(ビル・トッテン/ビジネス社)

・ ユダヤは、エスパニョーラ島の原住民三百万人を、50年で皆殺しにした!

 この島の原住民は、元を辿れば、何万年か前、アラスカ経由で新大陸を南下したモンゴル族、即ち我々日本民族と同族の人々です。
スペイン国籍のユダヤ人は、この島の人々の保有する黄金を奪取する目標を立て、キリスト教の伝導を目晦ましに使って原住民を油断させてから、悪魔の本性をさらけ出しました。

 彼等は、馬に跨り、剣や槍や銃を持って、原住民の村落を襲い、老若男女長幼の別なく手当り次第に惨殺した。
身重の女の腹を裂き、誰が一太刀で体を真っ二つに斬れるか、誰が一撃の下に首を落せるかの腕試しを競った。
また母親から乳飲み子を奪い、その子の足をつかんで岩に頭を叩き付けたり、幼児を川へ突落しておいて、「さあ、泳いでみな」と冷笑したりした。

 ユダヤ、スペインの侵略者達は、漸く足が地に着く位の高さの絞首台を13基作り、キリストと12人の使徒を讃えるのだと言って、13人をこの台に吊し、その下に薪を置いて火を付け、生きたままの原住民を火焙りにして殺した。
また、原住民の手足を鎖で縛り、その体に乾燥した麦藁を巻き付け、それに火をつけて転がし、その焼け死ぬ様を見て拍手を送るというふざけ方をした。

 インディオの家族を殺す手口は入念だった。
地中へ打込んだ4本の棒の上に、細長い丸太棒で作った板を取り付け、その下で火を焚いた。
耐え兼ねて悲鳴を上げるのを面白がってじわじわと死んで行くのを楽しそうに眺めていた。

 怒った原住民が、稀にユダヤ、スペイン侵略者を殺害したが、インディオが1人のキリスト教徒(実はユダヤ人)を殺したら、その仕返しに百人のインディオを殺すという掟を作った。
この島のある王国の有力者300人を集めたスペイン総督(ユダヤ)は、出入り口を塞いで閉込め、火を放って焼き殺した。
 ― といった記録が残っています。

 こうして、エスパニョーラ島300万人は200人を残して全滅し、この200人も間もなく死滅した、というのです。
我々日本人にはとても信じられない話ですが、旧約聖書とタルムードでユダヤの本音を知って見れば、いかにもユダヤのやりそうな事と納得出来るではありませんか。
                『ユダヤ問題入門』(太田龍・著/泰流社)

 ここで紹介されている話は史実として幅広く知られているものです。
アイクがそのようなアメリカ建国の原点となる歴史を知らなかった筈はありません。
このような歴史の“真実”には目を背けて、アイクは次のように吐捨てているのです。

 「‥‥甘っちょろいアメリカ原住民像を描いてはいけない。
白人が来る迄のアメリカ先住民の各部族は、その多くが、単に部族が違うからという理由だけで互いに争っていた。
殺戮と争いが溢れていたのだ。
そのように荒々しいばかりで、戦闘用に顔に絵具を塗りたくるような心性で生きていれば、同じように暴力を正当化する別のエネルギーを引付けるだろう」


 この事から見ても、口先で「ラブloveが大切だ」と言っているアイクという人物の欺瞞性を感じないではおられません。
アイクの書籍を通じて強く感じるのは、新約聖書でイエスが弟子達に「世の終りに大切なこと」として教え諭した内容と、正反対の波長です。

 その一つは「言葉使いが汚いこと(「聖書の神なんか、糞食らえだ!」と言った表現)」、「知ったかぶりで傲慢な態度(=謙虚さがない)」、「歴史的に多くの人の信仰の対象となってきた神を口汚く罵っている(=自分を高くする者)」等等です。
 ということで、私もこれ以上アイクの文章に係わりを持ちたくありませんが、最近太田龍氏が必死にアイクの宣伝を続けておられるので、間違った認識が広がる恐れもあります。
今後も機会を見て、更にアイクの虚妄性を明らかにして行きたいと思います。
                            
                        (了)



テーマ : 魔法・魔術
ジャンル :

プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。