スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

悪を知る

 前記事で中国流の悪しき国家ビジネスを見ましたが、韓国も同類です。
この二国は非難・攻撃の対象としてではなく、日本が乗越えるべき相手と見なければなりません。つまり、日月神示で言う「御用の悪」です。
 仮令(たとえ)、相手がどんなに卑劣・悪辣な手を打って来ようとも全てお見通しで、その上手(うわて)を取れるぐらいでないと神の御用は難しいと言うことです。「三国志」の諸葛孔明のような存在にならなければならないのです。
 これに関連して、最近、「ねずさんのひとりごと」で紹介された根本博・陸軍中将の話は大変教訓的です。(鍛え上げられた陸軍将校の強み 2016年02月13日)

 “根本中将は、終戦時に支那派遣軍の司令部命令に敢えて背き、駐蒙軍の武装を解かず、また北支方面に展開した後も、武装したまま北京に駐屯しました。
ソ連にも、支那国民党軍にも、勿論支那共産党軍にも屈せず、どこ迄も軍を保持して敵を撃退し、敵方からは「戦神(いくさがみ)」として恐れられる存在となりました。
 そのお蔭で、蒙古方面にいた4万人の日本人居留民、北支方面にいた35万人の日本人居留民、そして後に台湾金門島の戦いに於いては、嘗ての敵である国民党軍を指揮して台湾1千万人の命を救っています。”
 
 中国人の本性を知悉していれば、支那での「武装解除」が何を意味するかくらい容易に想像出来なければならなかったのです。
無条件降伏後も支那派遣軍100万人が一致結束して武装解除せず、襲われれば撃退し粛々と日本人居留民を帰国させ、最後に軍が撤収していれば、どれだけの悲劇が避けられたことでしょうか。未だに「九条を守れ」とか「戦争反対」とかのたわ言に騙される人がいる日本人の「お人好し」と「おバカ」を叩き直すにはまだまだ「御用の悪」が必要です。

千人力の人が善人であるぞ、
お人よしではならんぞ、それは善人ではないのざぞ、神の臣民ではないぞ

(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第23帖)

悪には悪の道、それ知らん善の神では、悪抱き参らすこと出来ん。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第38帖)

智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。
智の中には総てを取入れて理解出来るやうになってゐるのであるぞ。
愛の中に悪入れてはならんぞ。

(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第17帖)

参考過去記事: 「一厘の仕組」
 善か悪か(2014-04-08)
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-382.html


スポンサーサイト

テーマ : 考察
ジャンル :

日月神示はインチキか

 日月神示は、同じテーマに複数の答が用意されており、読む人の身魂(霊格、波動)相当の答が出て来ます。逆に言えば、日月神示をどう読んでいるかで、その人の霊格が判ります。
 「日月はインチキ」と言っている人の論理に私を納得させるものは一つも無く、皆、其々の偏見で群盲象を撫でているだけです。
日月神示が正しく理解出来るためには、「国常立大神の霊統」と、10年位の歳月が必要と思われます。判らない者は判らないで良いのです。

元のキのことは、元のキの血統でないと判らんのぢゃ、判る者は判らなならんぞ、判らんものは判らんのがよいのぢゃぞ。
(ひふみ神示 第十九巻 マツリの巻 第12帖)

この神示も身魂により何んなにでも、とれるやうに書いておくから、取り違ひせんやうにして呉れ、
(ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第27帖)

 食に関する神示は、「身魂相当」ということが最も解り易い例なので以下に詳しく説明します。
先ずは原則論です。

1.遠くて近きは、男女だけではないぞ、
神と人、天と地、親と子、喰べる物も、遠くて近いがよいのざぞ、

(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第12帖)

 植物は、進化の上では鉱物に次いで人間から遠いが、身近にあって最も安らぎを感じるのも植物です。(遠くて近いの意味)
植物自身、動物に食べられることが嬉しいと神示にあります。

2.草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。
出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生れると申してあろがな、

(ひふみ神示 第十三巻 アメの巻 第3帖)

 植物とは対極にあるのが人間です。その次が四ツ足動物です。
四ツ足ではありませんが、進化の段階という観点から見ると、哺乳類のイルカやクジラも人間に近い動物です。
 家畜の場合は、屠殺されると察して涙を流し、必死に泣き叫んで抵抗するあの姿を見ただけで、肉食は人の道ではないと悟らなければいけません。
植物と四ツ足動物の中間に、海のもの川のもの(魚貝類)が位置します。

 肉食は、進化の遅れた野蛮人の行為です。小さな宇宙人アミが言っている「愛の度数」(進化の物指し)が標準以下であることを示しています。
進化した社会では、肉食は必ず無くなります。
動物でさえ、肉食動物は未開惑星へ移されて、宇宙の文明社会から姿を消します。

3.四ツ足を食ってはならん、共喰となるぞ、草木から動物生まれると申してあろう。神民の食物は五穀野菜の類であるぞ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第8帖)

 上の「神民」は進化した人類と読み替えても良いでしょう。
以上が理想的な原則論で、以下が現実的な各論です。
 
4.日本には、五穀、海のもの、野のもの、山のもの、皆人民の食ひて生くべき物、 作らしてあるのぢゃぞ、
日本人には肉類禁物ぢゃぞ。
今に食物の騒動激しくなると申してあること、忘れるなよ。
今度は共喰となるから、共喰ならんから今から心鍛へて食物大切にせよ、
食物おろがむ所へ食物集るのぢゃぞ

(ひふみ神示 第廿巻 ウメの巻 第14帖)

5.日本には五穀、野菜、海、川、いくら(で)も弥栄の食物あるぞ、人民の食物間違へるでないぞ、
(ひふみ神示 第廿一巻 ソラの巻 第12帖)

 上の神示は、「日本には」とか、「日本人には」とか、対象を日本人に特定しています。実際、江戸時代までの日本人にはこれが極自然な食生活だったのです。
他民族、或いは日本人であっても霊性の低い人は以下の神示に波長が合うことになります。

6.その人その人によって、食物や食べ方が少しづつ違ふ。
身体に合わんもの食べても何もならん。かえって毒となるぞ。

(ひふみ神示 第二十八巻 夏の巻 第19帖)

7.欲しいもの欲しい時食べよ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第23帖)

8.いよいよとなりて何でも喰べねばならぬやうになりたら虎は虎となるぞ、獣と神とが分れると申してあろがな、
獣の喰ひ物(獣肉)くふ時には一度神に捧げてからにせよ、神から頂けよ、(感謝して食べよという意味)さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ、

(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第5帖)

 あと、「何を食べるか」以外の注意点として、「食べ過ぎないこと」、「良く噛んで食べること」、「感謝して頂くこと」等が挙げられています。

9.何でも神に供へてから喰べると身魂ふとるぞ。
今の半分で足りるぞ、それが 臣民の頂き方ぞ。

(ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第17帖)

10.臣民一日に二度食べるのざぞ、
朝は日の神様に供へてから頂けよ、 夜は月の神様に捧げてから頂けよ、
それが、まことの益人ぞ。

(ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第25帖)

11.腹へったらおせよ。二分は大親に臣民腹八分でよいぞ。
減らんのに食べるでないぞ。
一日一度からやり直せよ。ほんのしばらくでよいぞ。

(ひふみ神示 第十四巻 カゼの巻 第1帖)

12.腹八分、二分は先づさゝげよ。運ひらけるぞ。病治るぞ。
(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第11帖)

13.腹一杯食べてはならん、死に行く道ぞ、二分を先づ神にささげよ。
(五十黙示録 第七巻 五葉之巻 第14帖)

14.もの頂く時は拍手打ちて頂けよ、神への感謝ばかりでないぞ、拍手は弥栄ざぞ、祓いざぞ、清めぞと申してあらうが、
(ひふみ神示 第十八巻 ヒカリの巻 第1帖)

15.食べるには噛むことぞ、噛むとはかみざぞ、
神に供へてからかむのざぞ、かめばかむほど、神となるぞ、

(ひふみ神示 第十巻 水の巻 第6帖)

16.食物(たべもの)頂く時はよくよく噛めと申してあろが、
上の歯は火ざぞ。下の歯は水ざぞ。
火と水と合すのざぞ。かむろぎかむろみぞ。
噛むと力生れるぞ。血となるぞ、肉となるぞ。

(ひふみ神示 第十巻 水の巻 第15帖)

17.食物、食べ過ぎるから病になるのぢゃ。不運となるのぢゃ
食べないで死ぬことないぞ。食べるから死ぬのぢゃぞ。
一椀をとって先づ神に供へよ。親にさゝげよ。子にささげよ。
腹八分の二分はさゝげよ。
食物こそは 神から、親から与へられたものであるぞ。
神にさゝげずにむさぶるからメグリつむのぢゃ。
メグリが不運となり、病となるのぢゃぞ。
運ひらくのも食物つつしめばよい。言つつしめばよい。
腹十分食べてはこぼれる。運はつまってひらけん。
人民に与へられてゐるものは食物だけぢゃ。
日のめぐみ、月のめぐみ、地のめぐみだけぢゃぞ。

その食物節してこそ、ささげてこそ、運ひらけるのぢゃ。病治るのぢゃ。
人民ひぼしにはならん。心配無用。食物、今の半分で足りると申してあらうが。
遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。
運ひらけ、病治ってうれしうれしと 輝くぞ。

そんなこと位で、病治ったり、運ひらけるくらいなら、
人民はこんなに苦しまんと申すが、それが理窟と申すもの。理窟悪と申してあるもの。低い学に囚われたメクラ、ツンボと申すものぞ。
食物節すればツキモノ改心するぞ。
先づ百日をめあてに、百日過ぎたら一年を、三年つづけたら開運間違ひなし。
病もなくなってうれしうれしとなるぞ。

(ひふみ神示 第三十巻 冬の巻 補帖)


テーマ : 考察
ジャンル :

赤い月

 今夜9時前後、僅か12、3分の間ですが、晴れた地域では こんな赤い月が見られる筈です。
日月神示中、最も不吉な予言の時が来ているのでしょうか。
でも、それは新しき世の岩戸開きの始まり。

岩戸ひらき 御祷(みほぎ)の神宝(たから) たてまつらまし。
月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はちの色となるぞ、流れもちぢゃ
人民四つん這(ば)ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、
大地震、ヒの雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれようとて、神でものがれることは出来んぞ、
天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ。

(五十黙示録 補巻 紫金の巻 第5帖)


 皆既月食
皆既月食
画像転載元記事: (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E9%A3%9F


テーマ : 予言に関するもの
ジャンル :

ミロクの世の地均し

金で世を治めて、金で潰して、地固めして みろくの世と致すのぢゃ
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第59帖)

同じこと二度くり返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度、
(ひふみ神示 第 廿二巻 アホバの巻 第7帖)

 二度目のバブル崩壊は、もしかしたら起さない方法があるかも知れません。しかし、それでも起る筈です。何故なら、悪の頂点に君臨する存在(=神)も、その心算だからです。そもそも、高次元では善も悪も表裏一体。

金(かね)では治まらん、悪の総大将も其の事知って居て、金(かね)で、きんで世をつぶす計画ざぞ 
(ひふみ神示 第廿巻 ウメの巻 第26帖)

 今の金融バブルが行き着くところまで行って大崩壊し、津波のように現行の金融システムを破壊し尽さなければ、建直しは出来ません。
潰すところまでは悪の御役です。日本では安倍さん、黒田さん等がその大事な任に選ばれたのだと思います。(参考記事2 で副島が吠えているけれども、この人には解らない)
その後の建直しは、霊的に覚醒した人々の出番です。
だから、私は今からホンモノとニセモノの峻別に五月蝿いのです。(多分、それが私のお役目の一つ) もう、ニセモノに大きな顔をされる場面じゃない。

 70年前、日本は焦土となり、皆が心を一つにして頑張ったから、その後の奇跡的な経済復興が可能になったのではありませんか?
但し、今度の復興は、もう経済ではありません。今更、そんなものに一生懸命になれますか。
今度は、日本が世界に先駆けて全く新しい社会システムを構築するのです。その秋(とき)が来ているのです。
日月神示が、みろくの世に至るまでの道筋をどのように描いていたかは、当ブログの過去記事「日本が目指すべき社会」、「金融崩壊について」」を参照して下さい。


参考記事1: 「幻の桜」
美しさと孤独は表裏一体だ
   2015-03-13 
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1746.html
〔抜粋〕

 「知ってるか? アベノミクスの焼き討ちはな バブル崩壊騒ぎどころじゃないぞ
バブル崩壊どころじゃない?
 (・・;)?
「バブル崩壊は1割逃げれたけどな アベノミクスの焼き討ちは 国が崩壊するんだ
ヤマトタケルが昔行なったような 先住民の焼き討ちみたいなもんだ
ことごとく惨殺 生き残った捕虜は奴隷 それが本当の古代の焼き討ちだ」
 (・・;)・
 「大体 今の株式投資はなんだ? あれはお仕事じゃないだろ
仕事はな 誰かの想いを叶えた対価として ご褒美をもらうことだ
物を作って 欲する人に渡して ご褒美をもらう 
野菜を仕入れて 欲する人に渡して ご褒美をもらう 
修理して欲しい人の物を修理して ごほうびをもらう
誰かに喜びや快楽を与えることで 利益を得るのがお仕事だ」
 (・・;)
 「だけどな 株の売買で利ザヤを稼ぐって その行為自体で誰かを喜ばせる性質の物じゃないだろ?
お仕事じゃないんだ 資金に困ってる人達に 長期投資をする投資ならともかく 多数を呼び込んで 資金の剥ぎとりあいをするのは お仕事じゃない 搾取だ
そして搾取の金額を増やすために物価や食料まで吊り上げていく
株式市場は搾取の象徴なんだ」
 (・・;)・
 「ただな 今度 バブルがはじける時は市場を操作していた 吸血鬼達も大ダメージを受けるはずだ
今まで吸血鬼達は いつ下がるかを 通じあっていた
大体これくらいには売り抜けろよ
想念的に そういうのが伝達されていて 養分に掴ませた途端 一斉に売り浴びせたんだ
それで売り抜けた吸血鬼達は ほとぼりが冷めた頃 またバブルをしかけたりしてたんだ
今回も大体これぐらいまでには売り抜けろよと伝達はされてるんだが おそらく今度は 株価を操作してきた吸血鬼達も 致命傷を負うはずだ」
 (・・;)・
 「アベノミクスで恩恵を受けた者達は 儲けた富の数万倍以上の対価を支払わされることとなる 月の精査がはじまってる時期の 繁栄だからな 
アベノミクスで奪われた者達に 後々使われることになるんだ
それはエネルギー緩衝で必ず起こる」(ガオガオちゃんの言葉)


参考記事2: 「副島隆彦の学問道場 重たい掲示板」
[1763] 私の最新刊の『余剰の時代』への書評文(ブックレビュー)を載せます。
      投稿者:副島隆彦 (2015-03-16) (http://www.snsi.jp/bbs/page/1/
〔抜粋〕

 日本株(東証平均株価)が、今日は、19300円台(19日の終値19,476円)にまで上がっている。
もうすぐ2万円だ。この計画的な株のつり上げには、日本国民の最後の虎の子である、厚生年金、共済年金がごっそり使われている。それから今年の分として新たに3兆円の郵貯・かんぽの資金を突っ込む。

 日本国民の大切な、本当に生き残るための最後の資金を、こうやって、株というバクチ市場につぎ込んで、ひたすら一方方向で、「株を上げろ、上げろ、買い上げろ」 と、バカ丸出しで政府自らがやっている。狂気の沙汰だ。

 博奕(ばくち)打ち というものは、どんな種類でも、双方向性(そうほうこうせい)でなければ成り立たない。バクチ(ギャンブル)は売りと買いの両方でやるのだ。それを、極悪人の安倍晋三たちは、この双方向性の市場の原理を無視して、買い一点張りの単線鉄道だ。行き着いた果ては、崖から落ちるしか無い。

 「日本株を買い上げろ。買え、買え、全力で買え」とやっている。一体、そのあとどうするのだ。
「買って、買い上げて、それで、儲かるんだー」で、盲目(もうもく、めくら)になって暴走している。 

 それが、どれぐらい恐ろしいとか、こいつらは、もう脳が麻痺(まひ)しているから分からない。そのうち買疲れて暴落がやって来たら、日本国民の年金(4千万人の厚生年金と 他の共済年金2千万人)と、郵貯・かんぽが、本当に吹き飛ぶのだ。支給額が半分になるでは済まない。

 最後は、自分たち権力者が敗れることになる。どうして、こんなバカなことを続けられるのだ。大きくはアメリカに脳をやられて、元々がスパイたち及び暴力団だから、自分たち自身が騙(だま)されている、という自覚がない。
「俺たちは、日本の権力者だ。国民を 煮て食おうが、焼いて食おうが、オレたちの勝手だ」という考えで動いている。歯止めになるものは、もう無い。

 自分たちのことを、国家指導者であり、知能と人材を結集した権力者であると思い上がっている、この“大きな坊や”たちが日本を破滅に向わせている。

「5頭のクジラ(GPIFを始めとする共済年金基金)が、池の中でばたばたと株式を呑み込んで、買い上げている」とNHKやテレビ朝日(報道ステーション)までが、放送したようだ。

 まだあと27兆円「株式買い上げ用」の年金資金があるそうだから、その玉(ぎょく、弾、たま)が尽きた時が、日本の終わりだ。「汝(なんじ)の時(とき)は数(かぞ)えられたり」である。
 そのとき、日本の国家経営、国家財政は死期を迎える。もうこれ以上の資金はない。アメリカに吸い上げられ尽くした。私が、5年前に、『日米、地獄へ道づれ経済』という本を書いたときの構図だ。私だけは、じっと今の事態の背後の真実を目撃し続ける。


テーマ : 伝えたい事
ジャンル :

「幻の桜」の仏教論と日月神示

 現在の仏教については、「幻の桜」のMAHAOさんが書いているとおりだと思います。
日月神示も明確に「偽の仏教」、「仏魔」と断じています。
意外に思われるかも知れませんが、日月神示は(仏教の)禁欲も、(キリスト教の)自己犠牲も否定しています。
替りに清富を大日月地(おおひつきくに)大神のマコトの大道と認めています。
とは言え、「幻の桜」と「日月神示」では、格が天と地ほどに違います。

釈迦もキリストも立派な神で御座るなれど、今の仏教やキリスト教は偽の仏教やキリスト教ざぞ。
(ひふみ神示 第十五巻 イハの巻 第1帖)

神の国は元のキの国、外国とは、幽界(がいこく)とは生れが違ふのぢゃ。
神の国であるのに人民近慾なから、渡りて来られんものが渡り来て、ワヤにいたしてしまふてゐるのに、まだ近慾ざから近慾ばかり申してゐるから、あまりわからねば、わかる様にいたすぞ。眼の玉飛び出すぞ。
近くは仏魔渡り来て、わからんことにされてゐるであらうがな。

(ひふみ神示 第十五巻 イハの巻 第5帖)

禁慾は神の御旨でないぞ。慾を浄化して、生めよ。産めよ。今の人民、慾の聖化を忘れて御座るぞ。
慾は無限に拡がり、次々に新しきもの生み出すぞ。慾を導けよ。

(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第34帖)

今までは悪の世(我よし)でありたから、己殺して他人助けることは、此の上もない天の一番の教といたしてゐたが、それは悪の天の教であるぞ。
己を活かし他人(ひと)も活かすのが天の道ざぞ、神の御心ぞ。

(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第1帖)

金が好きなら金を拝んでもよいのぢゃ。区別と順序さへ心得て居れば何様を拝んでもよいぞ。金を拝めば金が流れてくるぞ。金を拝み得ぬイコヂさが そなたを乏しくしたのぢゃ。
赤貧は自慢にならん。無神論も自慢にならん。清貧はまけおしみ、清富になれよと申してあろうが。
清富こそ弥栄の道、神の道、大日月地(おおひつきくに)大神のマコトの大道ぞ。

(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第23帖)


「幻の桜」
寺は気を吸う 「くだらない教え」
    2010-09-08
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-561.html

 欲は愛 
みんな 欲があるから 存在した
欲があるから 人が生まれ 欲があるから 木が生まれた

 欲があるから お日様が生まれ 欲があるから 地球が生まれた
欲があるから 進化が生まれ 欲があるから 夢も生まれた」(こはるちゃんの言葉) 

 「欲を捨てろ」 生臭坊主ほど したり顔で こう説くの   
無欲こそは この世の 苦痛から逃れる道と 人々の心から 欲を 排除しようとする  

 でもね 無欲に 一体 どんな意味があるのかしら?
欲が無ければ死んじゃうじゃない 確かにこの世の苦痛からは 逃れられるよね?」(Mちゃんの言葉)

 「みんなが 無欲に徹するようになれば 欲を捨てきれない者達にとっては さぞかしありがたい楽園が生まれるでしょう   
無欲は 人々にとって尊いものではなく 欲を捨てない 教祖や支配者にとってのみ尊いものだから 欲を抑えた人々が増える事は 自分達の奴隷がいっぱい 増えることになる 
無欲は 祭壇に供えられる養分への道のり 供養と言う字は 養分を供えると書く」(Mちゃんの言葉)

 φ(・・;)・・・

 因みに以下は そんなMちゃんの 仏教に対する 独断と偏見の数々です 
 <(_ _)> 
                (以下、長過ぎるので省略)


テーマ : 魔法・魔術
ジャンル :

日月神示は鏡

 日月神示は怖い神示である。
この神示を読めない者、信じない者は、霊統が違うか、自ら“化けもの”であることを暴露しているのである。
この神示を信じる者も、自分の波長が合う部分を見付けて、自分に都合の良い解釈をしているだけである。人間に解るのは常に神の一部だけである。
この神示に対するスタンスと解釈を見れば、その人の「身魂」がどんなものかが判る。心して扱わなければならない。


この神示も身魂により何んなにでも、とれるやうに書いておくから、取り違ひせんやうにして呉れ、
(ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第27帖)
 
この神示は心通りにうつるのざぞ、思ひ違ふといくら神示読んでも違ふことになるぞ、
(ひふみ神示 第九巻 キの巻 第5帖)

尻の毛まで抜かれた化物の姿、鏡にうつして見るがよい、鏡は神示ぢゃと早うから知らしてあろうがな。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第14帖)

此の神示八通りに読めるのぢゃ、七通りまでは今の人民でも何とか判るなれど八通り目は中々ぞ。一厘が、かくしてあるのじゃ、
(ひふみ神示 第二十三巻 ウミの巻 第15帖)


テーマ : ふと感じること
ジャンル :

中今(なかいま)

 今はまだなるやうにして居りて下されよ。悪いこと通して善くなる仕組、よく心得よ。
一切の未来も一切の過去も、【総てが現在ぞ】。中今ぞ。このこと判るが善ぢゃ。
神は総てを知っているのぞ。現在は永遠ぞ。

(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第7帖)


宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 いまなか        2014-11-20 
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11954620578.html

 俺はオレンジャー! 日本の神道の考え方の一つに「今中(いまなか)」というものがある。
今この瞬間が全てであり、最高であるということだ。
人は過去の記憶や未来の期待の中に生きていることが多い。
偶(たま)にはそうした時間も大切だが、殆んどの人はそうしたバーチャルリアリティの世界で生きているのではないだろうか。

 目の前のものをもっとちゃんと見よう。
五感を通じて今をあるがままに感じよう。
そうすることで、この世の中の素晴しさ、美しさに目覚めることが出来るよ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : スピリチュアルワールド
ジャンル :

人間に真の自由はない

 人間に自由はないのであるぞ。真の自由は、大神にのみあるものぞ。
大神の自由の一部が御喜びと共に神に流れ入り、神に流れ入った自由は、又神の喜びとなって人間に流れ入るから、人間自身は自由をもってゐると信ずるのであるぞ。本質的には自由はないのであるぞ。
 人間には自由の影があり、反影あるのざ。それを人間は自由と心得てゐるのであるぞ。
自由の反影あるから、悪にも善にも、陽にも陰にも為し得るのであるぞ。又進歩、弥栄するのであるぞ。
 悪自由を、人間は自由と心得てゐるが、それは自由ではなく、自分自身首くくるものぞ。善自由こそ真の自由であるぞ
自由は神から流れ出ると申してあらう。

(ひふみ神示 第二十五巻 白銀の巻 第5帖)

 心の動きを支配しているのが「カルマの法則」ではないか。
それは内なる神(分神霊モナド)から発している。だから神が定めた法則なのだ。
「人間に自由はない。真の自由は大神にのみある」と日月の神が言っている。これが真実だ。
「カルマは観念」と言った人(複数)は自分に大神の自由があると錯覚する大きな誤りを犯している。


参考記事:
宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
 全ては心の投影      2014-11-08
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11949581458.html

 俺はオレンジャー! あなたは、自分が見たいモノを見て、聞きたいものを聞き、感じたいことを感じている。
そうじゃないと思うことがあっても嫌なことも含めて、結局自分がそれを全て選択している。

 例外は一切ない。全てあなたが選択しているんだ。
その選択する時の基準はあなたの心が決めている。
心があるべき状態にあれば、穏やかに暮すことが出来る。
心が本当のあなたと共になければ、全ての選択肢は腑落ち出来ない。

何かずれたものになってしまうだろう。

 自分の心と頭と体が一致しているか。
自分の考えと言葉と行動が一致しているか。
その重なりを広げて行くことがとても大切だよ。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : 考察
ジャンル :

腹立つのは慢心からぞ

 私も若い頃は、偶(たま)にですが怒りを爆発させることがありました。
当地で土方をやっていた頃は、よく大事に至らなかったものだと思います。
学生時代、アルバイトをしていた時の親方は顔から腹にかけて大きな傷跡がありました。
何かの時に、土方の一人からいきなりスコップを刎ね上げられて斬られたそうです。そういうこともある世界です。
 私は元々地声が小さいのですが、大声で怒鳴ることでエネルギーを抜く方法を覚えたのもこの頃です。
歳とってからも時々爆発する癖は中々直りませんでしたが、「何故、こんなに腹が立つのか」という理由が解るようになってからは、抑えが利くようになりました。
 「とがむ心、天狗ぞ」と、「腹立つのは慢心からぞ」の二つを憶えておくと随分、役に立ちます。天狗も慢心も未熟なエゴの現れです。


 腹立つのは慢心からぞ、守護神よくなれば肉体よくなるぞ、善も悪も分からん世、闇の世と申すぞ。
(ひふみ神示 第八巻 磐戸の巻 第15帖)

 よき神にはよき御用、悪き神には悪き御用、自分で自分がつとめあげるのぢゃ、
人になんと云はれても腹の立つ様では御用六ヶ敷いぞ、腹立つのは慢心ぢゃと申してあろがな

(ひふみ神示 第二十二巻 青葉の巻 第10帖)

「エゴ的感情」はエゴが具現化したもので、次が最も重要なものだ。
A: 強欲、貪欲、好色、憎悪、攻撃性、羨望(より原始的なエゴ)
B: 執着、独占、嫉妬、怒り、恨み、無力感、情欲、罪悪感、恐れ、悲しみ
 怒りや腹立ちは持続しにくい攻撃性で、その程度が大きい「怒り」か小さい「腹立ち」かの違いである。
(ヴィセント・ギリェムの『魂の法則』 p.224 「エゴ的感情」)


テーマ : 考察
ジャンル :

人は罪の子でない、喜びの子ぞ

 昨日は秋晴れとなったので、溜っていた洗濯物を片付けました。
洗濯をしている間、気になって見ていたのがこの神示です。
やはり、日月神示は凄い。ここに自分が求めていた答が全部書いてあります。
陰謀論や特定の教えに囚われている人が気の毒なほどです。


ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄(クロガネ)の巻
抜粋

第1帖
 たとへ如何なる現在も、その現在を祝福せねばならん。喜びせねばならん。喜びもとと申してあらうがな。

第2帖
 一切に向って涙せよ。ざんげせよ。一切を受け入れ、一切を感謝せよ。一切が自分であるぞ。一切が喜びであるぞ。(特に不幸の只中にある人への言葉か)

第3帖
 理屈は一方的のものぞ。どんな理屈も成り立つが、理屈程頼りないもの、力にならんものないぞ。理(リ)が(カミ)の御能(オンハタラキ)ぞ、よく見極めねば間違うぞ。囚はれるなよ。(理屈と理の見極めは直感)

 今まいた種、今日や明日には実らんのざ。早く花が見たく、実がほしいからあせるのぢゃ、人間の近慾と申すもの。
神の大道に生きて実りの秋(トキ)まてよ。まいた種ぢゃ。必ず実る。誰も横取りはせんぞ。万倍になってそなたにかへると申してあらう。(因果律)
未来にもえつつ現在にもえよ。神相手に悠々と天地に歩め。

第4帖
 善にも神の心あり。悪にも神の心がある。

第7帖
 神示読んで、神示読まん人間と神示肚に入り込んでもう大丈夫と、神が見届けた人間と間引くのであるぞ。肚に入った芽は間引いて他に植ゑかへるのぢゃ。(私もその一人)
読んで読まんもの、間引いて肥料とするぞ。(これが多い)

 わざわざ遠い所へお詣りせんでも、自分の家にまつってあるのぢゃから、それを拝めば同じことぢゃ、それでよいのぢゃと理屈申してゐるが、格の上の所へ求めて行くのが仁義、礼儀と申すもの。キあれば必ず出来るのぢゃ。(前回、前々回の記事と関連)

 第11帖
 人間は罪の子でないぞ。喜びの子ぞ。神の子ぞ。神の子なればこそ悔い改めねばならんぞ。(なわさんや私が言っているのは後半の部分。今、どちらに力点をおくべき時期か)

第15帖
 神から出た教なら、他の教とも協力して共に進まねばならん。
教派や教義に囚はれるは邪の教。豚に真珠となるなよ。
天国の意志は人間の喜びの中に入り、幽界の意志は悲しみの中に入る。

第16帖
 神は善人の中にも悪人の中にも呼吸してゐるぞ。悪(我よし)なくては生きて行けん。悪は悪でないぞ。外道の悪が悪であるぞ。

第17帖
 判らんのは、われが偉いと思ってゐるからぞ。(殆んどがこれ)
智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。智の中には総てを取入れて理解出来るやうになってゐるのであるぞ。愛の中に悪入れてはならんぞ。

第21帖
 この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ないのぢゃと申してあらう。

第24帖
 悪霊自身は自身を悪と思うてないぞ。

第28帖
 喜びに入る門は愛からぢゃ。真からじゃ。二道あるなれど愛から入るのが入り易いが、愛からでは誤り易い。

第31帖
 とがむ心、天狗ぞ。神の前にへり下り、へり下っても尚過ぎると云ふことないのぢゃ。(ネットの世界は天狗だらけ)
人間は、色とりどりそれぞれの考へ方を自由に与へてあるのざから、無理に引張ったり、教へたりするでないぞ。(だから論争は無意味)
今あるもの、今生きてゐるものは、たとへ極悪ざと見えても、それは許されてゐるのであるから、あるのであるぞ。他を排すでないぞ。(サタンも支配層も例外なし)

第35帖
 人の為にイノるは、己の為にイノること。今の人民、イノり足らん。(カルマの法則)

第36帖
 神と金と二つに仕へることは出来ん、そのどちらかに仕へねばならんと、今迄は説かしてゐたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ。
影しか判らんから、時節が来て居らんから、さう説かしてゐたのであるが、この度、時節到来したので、マコトの道理説いてきかすのぢゃ。
 神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。
その次には霊の霊とも共に仕へまつれよ。まつれるのであるぞ。
これが、まことの正しき理(ミチ)であるぞ。
 今迄の信仰は何処かにさびしき、もの足りなさかあったであらうが。
片親がなかったからぞ。天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。
この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな。清くして富むのがまことぢゃ。
 地も富まねばならんのぢゃと申してあらうが。これから先は金もうけばかりも出来ん。今迄のやうな神信心ばかりも出来ん。神の理(ミチ)を進むものは嫌でも金がたまるのぢゃ。金がたまらねば深く省みよ。理に外れて御座るぞ。人は罪の子でない、喜びの子ぞ。(これによると、身魂磨きと社会的成功は両立することになりますね。身魂磨きを後回しにして社会的成功を追及すると何か落し穴がありそうな)

第38帖
 人間の死後、自分の命(イノチ)の最も相応(フサワ)しい状態におかれるのであるぞ。悪好きなら悪の、善好きなら善の状態におかれるのであるぞ。皆々、極楽行きぢゃ。
極楽にもピンからキリまであるぞ。神の旨に添ふ極楽を天国と云ひ、添はぬ極楽を幽界と申すのぢゃ。
心の世界を整理せよ。そこには無限のものが、無限にあるのであるぞ。神の理(ミチ)が判れば、判っただけ自分がわかる。

 めでたさの九月八日の九のしぐみ、とけて流れて世界一つぢゃ。


テーマ : 考察
ジャンル :

幻想的な光景

 皆既月食・スカイツリー頂点通過時
皆既月食・スカイツリー頂点通過時
画像転載元: (https://twitter.com/ysk_photo/status/519859085869469696/photo/1


月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はちの色となるぞ、流れもちぢゃ。
人民四つん這(ば)ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、
大地震、ヒの雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ。

(五十黙示録 補巻 紫金之巻 第5帖)


次の皆既月食
 2015年4月4日 皆既は約13分間継続

次の皆既日食
 2015年03月20日 皆既は02分47秒継続 


 2014年10月9日のNYダウ暴落。335ドル安。


テーマ : 満月・新月
ジャンル :

天災地変は人民の心次第

 台風に続いて地震です。
しかし、これも大したことはありませんでした。(笑)
東北の人は艮(うしとら)の金神さんに鍛えられていますからね。
大難を小難にしてビクともしません。


吹く風枝を鳴らさず、雨土くれを砕かず、
代は羲農の世となりて、今生には不祥の災難を払ひて長生の術を得、
人法共に不老不死の理(ことわり)顕はれん
 
(日蓮 立正安国論)

 衆生見劫尽 大火所焼時 (しゅじょうけんこうじん たいかしょしょうじ)
 我此土安穏 天人常充満 (がしどあんのん てんにんじょうじゅうまん)
 (妙法蓮華経 如来寿量品 第十六)

神示で知らしただけで得心して改心出来れば大難は小難となるのぢゃ、
やらねばならん、戦は碁、将棋、位の戦ですむのぢゃ、
人民の心次第、行ひ次第で空まで変ると申してあろがな、

(ひふみ神示 廿二巻 アホバの巻 第16帖)

つつましく、正しくして行けばその国々で一切不足なく暮して行けるやうに何も彼も与へてあるに気付かんのか。
天災地変は人間の心のままと申してあらう。豊作、凶作 心のままぞ。

(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第92帖)

神の世と申すのは、今の臣民の思ふてゐるやうな世ではないぞ、
金は要らぬのざぞ、お土からあがりたものが光りて来るのざぞ、
・・・
雨も要るだけ降らしてやるぞ、風もよきやうに吹かしてやるぞ、
神をたたえる声が天地にみちみちて、うれしうれしの世となるのざぞ。

(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第20帖)


参考記事: goo ニュース
<地震>東北地方などで震度4 津波注意報発令
    2014年7月12日(土)04:27      毎日新聞
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/nation/mainichi-20140712k0000m040164000c.html

 12日午前4時22分ごろ、東北地方から北関東にかけて震度4の地震があった。
震源地は福島県沖で震源の深さは約10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは6.8と推定される。

 この地震で岩手県、宮城県、福島県に津波注意報が出た。津波の予想高さは1メートル。
気象庁は、海の中や海岸付近は危険で、海の中にいる人は直ちに海から上がって、海岸から離れるとともに、注意報が解除されるまで海に入ったり、海岸に近づいたりしないよう呼びかけている。

 震度4の地域は次の通り。

 宮城県岩沼市、川崎町、丸森町、福島県郡山市、田村市、いわき市、川俣町、猪苗代町、会津美里町、天栄村、茨城県常陸太田市、栃木県大田原市、市貝町、高根沢町


テーマ : スピリチュアルワールド
ジャンル :

全ては神からの預り物

 このオレンジャーからのメッセージ(全部または一部)は、もしかして国常さんが出させているんじゃないでしょうね? 

この世はみな神のものざから臣民のものと云ふもの一つもないぞ
(ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第17帖)

衣類も家も土地も、みな神から頂いたのでないぞ。あづけられてゐるのであるぞ。
人民に与へられてゐるものは食物だけぢゃ。日のめぐみ、月のめぐみ、地のめぐみだけぢゃぞ。
(ひふみ神示 第三十巻 冬の巻 補帖)



宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
すべては地球からのレンタル  2014-06-18
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11880015485.html

 俺はオレンジャー!

 君達の周りにある物を少し見渡して欲しい。
目の前にある机、椅子、パソコン、書籍、紙。。。
身に着けている服、アクセサリー、ブレスレット、靴。。。。
外に出て見れば、家、建物、道、ビルディング、車、電車、飛行機。。。
今朝食べた朝食、昨晩のつまみ、ビール、これから食べるランチ。。。

 全て、君達人間が生み出した物ではない。
そう、加工はしているが、結局その原料は地球から借りている物なんだ。
君達は、そうした借物を勝手に自分の物として所有権を主張して、そしてそれについて争っている。

 所有という概念をそろそろ卒業した方が良い。
所有をしている限り、君達は宇宙人の仲間入りが出来ない。
それは、この世界の本質を未だ理解していない事と同義だから。


 君達のその乗物であるカラダも地球からのレンタル品だ。
死を迎えた時、そのレンタル品は地球に戻される。
母なる地球という意味をもっと知って欲しい。
その地球に君達が今何をしてしまっているか知って欲しい。
そして小さな事でも良いから、地球の為に何が出来るのか、考えて行動して欲しい
その意識のエネルギーが世の中を変えて行く原動力になる。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : 知ってほしいこと。
ジャンル :

神界の転写が始っている

メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。神界ではその戦の最中ぞ。
(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第3帖)

悪神総がかりで善の肉体に取りかからうとしてゐるからよほどフンドシしめてかからんと負けるぞ。神の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世の、も一つ上の神の世は戦済んでゐるぞ
(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第6帖)



宇宙の本質を語る宇宙人「オレンジャー」からのメッセージ
神界の転写   2014-06-17
http://ameblo.jp/oranger13/entry-11879351824.html

 俺はオレンジャー!

 今、神界で大きな変化が起っている。
正確には、起こっていたという表現が正しいかも知れない。

 人間界とは別に、神界と魔界が存在しており、其々の波動に合致した存在達が其々の世界で暮している。

 魔界の封印が解かれて、今魔界で生活出来なくなった存在がどんどん人間界へと姿を現している
そんな存在達に体を乗取られてしまう人もいたりして、今かなりの混乱が生れているんだ。(註: 最近の不可解な殺人事件の多発等)

 神界も予定されていた建直しが略完了し、その内容が(転写の)ルール通りに行けば、これから人間界へと転写されて来る
新しい仕組みが少しずつ人間界にも適用され、これまでの常識やルールが通用しなくなって来るんだ。

 変化の時に大切な事がある。
それは本質を見抜く事。

表面的な価値観や感情に騙されてはいけない。
変化の中心にあるエネルギーを見抜いて、そこに自分を合せて行けば良い。

 不安がる事は全く無い。
何故なら、あなたはその変化を楽しむ目的でこの時代に地球を選んで生れて来ているのだから。
表向きは大変だと思える事であっても、それは捉え方次第。
折角の人生、思いっきり楽しんで欲しい。

 今日はこんなところだ。 じゃ!


テーマ : 伝えたい事
ジャンル :

清くして富む道

 神と金と二つに仕へることは出来ん、そのどちらかに仕へねばならんと、今迄は説かしてゐたのであるが、それは段階の低い信仰であるぞ。
影しか判らんから、時節が来て居らんから、さう説かしてゐたのであるが、この度、時節到来したので、マコトの道理説いてきかすのぢゃ。
神と金と共に仕へまつるとは、肉と霊と共に栄えて嬉し嬉しとなることぞ。
嬉し嬉しとはそのことであるぞ。神と金と二つとも得ること嬉しいであろうがな。

 その次には霊の霊とも共に仕へまつれよ。まつれるのであるぞ。
これが、まことの正しき理(ミチ)であるぞ。
今迄の信仰は何処かにさびしき、もの足りなさかあったであらうが。
片親がなかったからぞ。天に仕へるか、地に仕へるかであったからぞ。
この道はアメツチの道ざと知らしてあらうがな。

 清くして富むのがまことぢゃ。
地も富まねばならんのぢゃと申してあらうが。
これから先は金もうけばかりも出来ん。
今迄のやうな神信心ばかりも出来ん。
神の理(ミチ)を進むものは嫌でも金がたまるのぢゃ。
金がたまらねば深く省みよ。理に外れて御座るぞ。
人は罪の子でない、喜びの子ぞ。
(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第36帖)

 金が好きなら金を拝んでもよいのぢゃ。
区別と順序さへ心得て居れば何様を拝んでもよいぞ。
金を拝めば金が流れてくるぞ。
金を拝み得ぬイコヂさが そなたを乏しくしたのぢゃ。

 赤貧は自慢にならん。無神論も自慢にならん。
清貧はまけおしみ、清富になれよと申してあろうが。
清富こそ弥栄の道、神の道、大日月地(おおひつきくに)大神のマコトの大道ぞ。

(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第23帖)

 毎日毎日、太陽と共に太陽について起き上がれよ。
その日の仕事与えられるぞ。仕事いのちと仕えまつれよ。
朝寝するからチグハグとなるのじゃ。不運となるのじゃ。仕事なくなるのじゃ。

 食物、食べ過ぎるから病になるのじゃ。不運となるのじゃ。

食物こそは神から、親から与えられたものであるぞ。
神に捧げずに貪(むさぼ)るからメグリ積むのじゃ。
メグリが不運となり、病となるのじゃぞ。
運ひらくのも食物慎(つつし)めばよい。言慎めば良い。
腹十分食べてはこぼれる。運は詰まってひらけん。

 衣類も家も土地も、みな神から頂いたので無いぞ。
預(あず)けられているのであるぞ。
人民に与えられているものは食物だけじゃ。
日の恵み、月の恵み、地の恵みだけじゃぞ。
その食物節してこそ、捧げてこそ、運ひらけるのじゃ。病治るのじゃ。
食物、今の半分で足りると申してあろうが。
遠くて近いものヒフミの食べ方して見なされよ。運ひらけ、病治ってうれしうれしと輝くぞ。
(ひふみ神示 第三十巻 冬の巻 補帖)



私の生活流儀」本多静六・著 実業之日本社 2005年刊
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1306-02.html
なわ・ふみひとの抄録から〔抜粋〕 

わたしの素人食養学

 私は子供の頃から粗食には慣れっこであった。
百姓時代は、どこでも同じであろうが、米半分、麦半分のいわゆる半白メシで、年柄年中、ミソ汁におこうこだけくらいのものであった。
それこそ、いまの栄養学者がみたら驚いて目を回すほどのしろものであった。
しかし、だれでも平気で農業の重労働に耐えてきたのである。
それだからといって、別に私はことさら栄養摂取を無視しようというのではない。
人間の健康に最も大切な食養にはできるだけの注意を払いたいと思うのである。

 そこで、同じ穀菜食でいくなら、まず米は玄米または半搗き米にしたい。
味噌類は欠かさず、しかも新鮮な野菜類を常用するように心掛けたい。
地方によってはそれに土産の果実、雑穀、魚介類を副食物に加えるとし、必ずしも肉類、卵、その他のゼイタク品は無理をする必要がないと思う。
しかし、新鮮な野菜額というのは、本多流「ホルモン漬」(註: 新鮮な大根その他の葉菜類、それに春先の木の芽または盛んに生育しつつある生食に適した植物の新芽、新葉、新蕾、新茎、新根、およそそういったものを毎日採集して、入念に水洗いをし、これを細かに刻み、食塩を少しふりかけ、しばらく石をのせて押しを利かせておくもの)と同じ理屈で、できるだけ加工調理を行なわず、そのまま生で、または生に近い状態においてこれを食用することが大切であろう。

 そもそも、米麦その他の雑穀類をはじめ、各種野菜、魚介類は、いずれもそれぞれ特有の持ち味を有しているものである。
その持ち味を十分味わおうとすればできるだけ単純に、そのまま生食するか、少なくとも塩煮塩焼程度にとどめて食すべきである。
 もし砂糖、醤油、油その他の調味料を加えて料理しすぎると、かえってその食料固有の旨味が失われてしまう。たとえば米のメシのごときも、少しこわ目に炊いたくらいのものを、胡麻塩または味噌汁程度でよく噛みしめて食べると、メシの本当の味が出てきてとてもおいしい。
 それをほかの料理と一緒に食うと、その料理までいっそううまくなる。
しかし、その料理のほうが濃厚で勝ちすぎると、今度はメシのほうが押されてまずくなる。
こうしたところに、それぞれの持ち味を生かしていく工夫が必要となってくるのである。

 曲直瀬道三(まなせどうざん)は、わが国最古の食養文献たる『養生物語』の中で、日本人はあくまで、米、味噌、鮮魚、野菜など、日本の土地土地でできるもので、しかも先祖以来食いつけた方法で食すのが一番よろしい。
 外国人が何を食べようと、そんなことを真似る必要はない。
日本人には日本人の食い物がある、といっているが、私も日本人には日本食が最も適し、いかに珍味佳肴の中国料理や西洋料理でも、毎日つづかせるわけにもいかず、また毎日つづいたところですぐアキがきてしまうと思う。

 例の二宮尊徳翁にも『飯と汁、木綿着物ぞ身を助く、其余は我をせむるのみなり』といった道歌があるが、粗衣・簡易食の耐乏生活は、単なる非常時切り抜けの一時的方便ではない。
 一国国民の意気を昂揚し、健康を保全し、永生発展への途を拓くものである。
すなわち、人間の精神と肉体(すなわち物質)とはもともと一つのもので、いわゆる霊肉一致、物心一如である
 それは同じ一つの生命表現の両面であるに過ぎない。
しかも互いに相補の関係に立ち、精神の欠乏はある程度物質をもって補うことができるとするも、さらにそれ以上たしかに、物質の欠乏は精神でこれを補うことができるものである。

 しかもまた、一面の事実において、物質生活が大なれば大なるほど、精神生活が小さくなるものであるから、私は健全なる精神と、健全なる身体とを、両全、両立せしめるために、特に道三、尊徳、二先輩の意に賛し、できるだけ簡易生活を実行したいと考える。

★ なわのひとくちコメント ― 著者は大学教授として勤めるかたわら独自の生活哲学を実践して莫大な財産を築いた人です。
大学を定年退官すると同時に、全財産を匿名で寄付し、自らは簡素な生活を続け、370冊を超える著書を著しています。
私は今から20年以上前に読んだ氏の著書『わが処世の秘訣』(三笠書房)に大いに励まされたのを今も鮮明に記憶しています。当時一介の勤め人だった私が特に印象深く読んだ内容は次の部分です。

 …… また人が自分の悪口をいう、天に口なし、人をもって注意して下さると思えば、ありがたいわけである。
あるいは時々つまらぬ人に威張られることがあるが、「望みある身と谷間の水は、暫し木の葉の下を行く」木の葉の下をくぐるだけの辛抱ができてこそ、ついに船を浮かべる滔々たる大河となれるのだ、今が成功の基だと思えば、自分を大成させるために、天が邪魔をさせるのだと思えば何でもない。 …… (『わが処世の秘訣』より抜粋)

 本多氏の恬淡とした生き方は、終末の時代の指針ともなるものです。ここにご紹介した食生活のあり方に関しても、氏の考え方には今日の日本人が参考にすべき内容が多くあります。(なわ・ふみひと)


テーマ : 考察
ジャンル :

日月神示とカルマの法則

 日月神示に散りばめられているカルマの法則については、今後も見付け次第追加して行く方針です。
掲載順序は巻と帖の番号が若い順とします。
文章は、岡本天明・筆/コスモ・テン・パブリケーション刊の「ひふみ神示」上、下巻に従います。
ネット上では「ひふみ神示データー」で全文参照出来ます。

祓ひせよと申してあることは何もかも借銭なしにする事ぞ。
借銭なしとはめぐりなくすることぞ、昔からの借銭は誰にもあるのざぞ、それはらってしまふまでは誰によらず苦しむのぞ。
人ばかりでないぞ、家ばかりでないぞ、国には国の借銭あるぞ。
世界中借銭なし、何しても大望であるぞ。
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第8帖)

人の手柄で栄耀してゐる臣民、もはや借銭済(な)しの時となりたのぞ、改心第一ぞ。
神の規則は恐いぞ、隠し立ては出来んぞ、何もかも帳面にしるしてあるのざぞ、神の国に借銭ある臣民はどんなえらい人でも、それだけに苦しむぞ、家は家の、国は国の借銭済(な)しがはじまってゐるのぞ、済(す)ましたら気楽な世になるのぞ、世界の大晦日(おおみそか)ぞ、みそかは闇ときまってゐるであらうがな。
借銭(かり)返すときつらいなれど、返したあとの晴れた気持よいであらうが、昔からの借銭ざから、素直に苦しみこらへて神の申すこと、さすことに従って、日本は日本のやり方に返して呉れよ、
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第35帖)

我れに判らんメグリあるぞ、
メグリは一家分け合って、国中分け合って借金無しにして下されよ、
(ひふみ神示 第九巻 キの巻 第15帖)

今度は借銭済(な)しになるまでやめんから、誰によらず借銭無くなるまで苦し行せなならんぞ、借銭なしでないと、お土の上には住めん事に今度はなるぞ。
(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第13帖)

悪く言われるとメグリ取ってもらえるぞ。悪く言うとメグリつくるのぢゃ。
(ひふみ神示 第廿二巻 アホバの巻 第17帖)

悪いこと通して善くなる仕組、よく心得よ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第7帖)

めぐりあるだけ神がうらめしくなるぞ。めぐりなくなれば神が有難いのぢゃ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第13帖)

この道に入って始の間は、却って損したり馬鹿みたりするぞ。
それはめぐり取って戴いてゐるのぞ。それがすめば苦しくても何処かに光見出すぞ。おかげのはじめ。
次に自信ついて来るぞ。胴がすわって来るぞ。心が勇んで来たら、おかげ大きく光り出したのぢゃ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第48帖)

めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。
めぐりは自分でつくるのであるぞ。他を恨んではならん。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第77帖)

損もよいぞ。病気もよいぞ。怪我もよいぞ。それによってめぐり取っていただくのぞ。
めぐりなくなれば日本晴れぞ。今がその借銭済しぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第83帖)

その人民にメグリなくしてもメグリ負ふことあるぞ。
人類のメグリは人類の誰かが負はねばならん。一家のメグリは一家の誰かが負はねばならん。果さねばならん。
善人が苦しむ一つの原因であるぞ。神の大きな恵みであり、試練であるぞ。
(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第24帖)

この道に入ると損をしたり、病気になったり、怪我をすることがよくあるなれど、それは 大難を小難にし、又めぐりが一時に出て来て、その借銭済しをさせられてゐるのぢゃ。
借りたものは返さねばならん道理ぢゃ。損もよい、病気もよいぞと申してあろうが。
(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第44帖)



テーマ : スピリチュアルワールド
ジャンル :

善か悪か

まことの善は悪に似てゐるぞ、 まことの悪は善に似てゐるぞ、
よく見分けなならんぞ、 悪の大将は光り輝いてゐるのざぞ、
悪人はおとなしく見えるものぞ。
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第17帖)

今の臣民見て褒める様な事は皆奥知れてゐるぞ。
之が善である、まことの遣方ぞと思ってゐる事(九割)九分九厘(99、9%)迄は皆悪のやり方ぞ。
悪と思ってゐることに善が沢山あるのざぞ。

(ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第36帖)

小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり。
(出典: 不明。経営者が好む格言)

悪とは我よしのこと。 
(ひふみ神示 第廿二巻 アホバの巻 第8帖)


 見るからに悪人面をしているのは小者(使い走り)です。
もひとつ上の、善人に見える悪人の分り易い例が詐欺師です。
詐欺師は概ね、感じが良く、誠実そうに見えるから騙されるのです。
もっと上の大物は詐欺師だと気付かれる事は殆んどありません。
 因みに織田信長は悪に似た善、秀吉は我よし(悪)、家康は善悪半ばする大人物と観ます。

 では、どうしたら真の善(人)と悪(人)を見分けられるのでしょうか?
やはり、自分自身が悪になったり、悪に揉まれたり騙されたり、と言った長い経験が必要だと思います。
 そして、悪の手の内が掌(たなごころ)を指すように解り、尚且つ、身魂の浄化が進んで悪(我よし)に染まらなくなれば、もう大丈夫です。
歴史上の名軍師・参謀、諸葛孔明、竹中半兵衛、児玉源太郎、秋山真之と言った人達はこの水準に達していました。
この意味では詐欺も陰謀論もそれなりの用があり、単純に否定すべきものではありません。
 日月の臣民としては、「悪も神の御用」という神訓を守り、悪によって己を磨く程の強(したた)かな心構えが求められます。

千人力の人が善人であるぞ、
お人よしではならんぞ、それは善人ではないのざぞ、
神の臣民ではないぞ、
(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第23帖)


 神示は更に一歩を進めて、「悪を抱き参らせよ」と説きます。

悪には悪の道、それ知らん善の神では、悪抱き参らすこと出来ん。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第38帖)

智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。
智の中には総てを取入れて理解出来るやうになってゐるのであるぞ。
愛の中に悪入れてはならんぞ。
(ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第17帖)

(悪を)抱き参らす人の心に、マコトの不動の天国くるぞ。
抱き参らせば悪は悪ならずと申してあろうが。
今迄の教は今迄の教。
(ひふみ神示 第二十九巻 秋の巻 第1帖)


 実際問題、ネット上に、きちんとサニワが出来る人は殆んどいません。(数人いるかどうか)
なので、ありとあらゆる情報が洪水のように氾濫するのです。
しかし、真偽の見分けがつくようになると、その事自体は何ら問題ではありません。
私などは面白がっているくらいで、それも飽きかけて、最近は少し退屈気味です。 


テーマ : スピリチュアル
ジャンル :

悪も神の働き(御用の悪)

(神の)光はゝ、真、善、美、愛となり、又そのうらの○、偽、悪、醜、憎となり現はれるぞ。
御用の善となり、御用の悪となる。
悪にくむは外道の善、

(ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第41帖)

ひつくの臣民は神がとことん試しに試すのざから、可哀そうなれど我慢して呉れよ、
その代り御用つとめて呉れたら、末代名を残して、神からお礼申すぞ。
この世ばかりでないぞ、生れ代り死に代り鍛へてゐるのぞ、
ひつくの臣民落ちぶれてゐると申してあろがな、

今に上、下になるぞ、
(ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第37帖)

悪の気断ちて下されと申しておらう。
心の鏡の凸凹なくなれば悪うつらないのざ。
悪はなきものぞ。無きとは力無きことぞ。
(ひふみ神示 第二十五巻 白銀の巻 第4帖)


 超意識と人間の運命
  (砂生記宜・著 たま出版)
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1311-10.html

〔なわ・ふみひとの抄録〕

● 魔界の使命


  魔界は神界に相対する世界であり、神界に匹敵する力を持っています。
すなわち、魔界も神であるということです。
神界と違うのは破壊、混乱、消滅という負の力がは働くことです。
その魔界の神は人間を神の道へ導く使命を持っています。
魔界はそのために存在しているのだと言っても過言ではないくらい大切な使命なのです。
  人間が神の道を求めるのは、魂が神界を求めるのですから当然のことなのです。
しかし、神の道を求めるとはいっても、求めれば誰にでも与えられるほど安っぽいものではありません。
それは命懸けであり、真剣勝負なのです。しかも、人間の一生を賭けて掴むものなのです。それだけに、厳しい試練が絶え間なく与えられるということになります。
  この厳しい試練を与える役を全て引き受けているのが魔界であるということです。
神を求める人間は掃いて捨てるほどいます。しかし、純粋に、しかも命を懸けてまで求めるという人はほんの僅かしかいません。
その選別をするには、人間の精神や肉体が耐えられる極限に近い苦しみや恐怖を与えなければなりません。
多くの人が、それに耐えられずに脱落して行きます。
  ここでいう厳しい試練というのは、俗に言われている宗数的な難行苦行のことではありません。日常生活の中での厳しさです。
病気、不幸、災難、肉親との死別、倒産、破産、戦争、離婚、怪我、孤独、等が次々と襲って来ます。
このような境遇に立たされた時に、それを自分への試練として受け取るか、それとも神も仏も無いものかと、自分の人生を怨むかで全ては決定されてしまいます。
  人間は魂を磨くために生れて来たのですから、どのような厳しい試練が与えられても、それを感謝して受け止めなければなりません。
大きな使命を持っている人ほど、その試練は厳しく長いものになります。
その試練を受けながらも、想念を汚すことなく耐え抜いた人だけが、純粋に神を求める人間として認められるということになります。
  多くの人が辛さ、苦しさ、悲しさ、惨めさ、ロ惜しさ、淋しさ等の悪想念によって魂を汚し、地獄への道を歩んでしまいます。

人間社会では、病気や不幸に見舞われて貧乏な生活をしていますと軽蔑とさげすみの目で見られます。
しかし、順風満帆で恵まれた生活をしていますと人間は魂を磨く機会を失ってしまいます。
人間として生れて来る目的が「魂を磨くことにある」ということを理解出来れば、恵まれた一生を送る人はむしろ不幸であると言うことが出来ます。
尤も、同じ恵まれた生活であってもその人が、多くの試練をすんなりと乗り越えてしまう程の高い意識を持っていて与えられるものであれば、それに勝るものはありません。
  魔界であれば、どの人間に見込みがあるか否かを見抜くのは簡単なことですから、見込んだ人間には次々と試練を与えます。
それでいて駄目だと分れば、容赦なく地獄へ堕します。

見込みの無い人間、すなわち神の世界とは無縁の人間には一切関与して来ません。
そのような低次元の人間は、地獄霊や邪霊たちに任せて置いて充分であるということです。
魔界が試練を与える人間は、精神世界ではエリートであるということです。
少なくとも、磨けば光る素質を持っているということです。
  このようにして魔界は、人間に厳しい試練を与えて本物の神の道を極める人物を育てて行く、という崇高な使命を持っています。
しかもこれは、神界と密接な協力関係を保ちながら行われることなのです。
  では何故魔界は人間に、これ程まで厳しい試練を与えるのかということです。
それは、人間がそれほどまでに愚かであるということです。
試練を与えられなくとも、人間が自覚して、神の道を外れることなく正しい道を歩んでくれるなら魔界も苦労することはありません。
あまりにも人間の想念が汚れ過ぎているからこそ、神界も魔界も必要以上の労力を費さなければならなくなるのです。
 親の心、子知らず、というのが現在の人間の姿なのです。


★ こちらも参考にして下さい → 人は人生の試練を選択して生れてくる(http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki080226.html


テーマ : 知ってほしいこと。
ジャンル :

地に潜む龍

 日月の臣民とライトワーカーは役目が異なる。
ライトワーカーの役目は次元上昇を先導することのようだ。
彼らはワンダラー(渡り鳥)とも言われるとおり、地球の次元上昇が終ったら地球を去って行く。
正直、私はライトワーカーを名乗る者と半端な霊能者達をあまり信用していない。
 ミロクの世を治めるのは「日月の臣民(ひつくのしんみん)」の役目である。
そのように下記神示に明記されている。
ライトワーカーとは明らかに波動が異なる、私より若い一群の人達がいる。
彼や彼女達に次の日本と世界が託されている。

 日月の臣民の心得は、以前に掲載した「日本魂(やまとだましい)」(09/05) そのものである。(http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-229.html
それ故、日月の臣民が、最も注力しなければならないのは、不断の身魂磨きである。
 身魂磨きとは知識を山のように集めることではない。
そんなものは「畳の上の水練」と同じで、実地の役には立たない。
百の知識より、善いと思ったことを一つでも実行してみることである。

 知識は未熟な身魂にとっては毒にもなり、混乱の因(もと)にもなる。
悪を見抜けず、簡単に騙される様な者は日月の臣民ではない。
悪を直視してたじろがず、悪を理解して悪に染まらない強さと清らかさが求められる。
 卑近な例では、10月11日(金)午後10時前からTBS系で放映された「クロコーチ」の主役、最悪の悪徳警部補 黒河内圭太(長瀬智也)と東大卒の清純な新人警部補 清家真代(剛力彩芽)を足したようなキャラクターが必要である。
 もう少し、上品な例だと、三国志の名軍師 諸葛孔明や羽柴秀吉の軍師 竹中半兵衛の名が挙げられよう。
近代には日露戦争の児玉源太郎や秋山真之等、名将の陰には必ず名参謀がいる。
見様によっては、コブラもこのタイプと言えなくもない。(総司令官は銀河連邦のアシュターなのか?)

 真理は単純で明快でなければならない。
「神の方程式」が美しく(対称性で)なければならないのと同じである。
訳の解らないメッセージ、長過ぎるメッセージ、波動の善くないメッセージ、旨(うま)過ぎるメッセージ、ホントかウソか判らないメッセージ・・・、こんなものは全部、心のゴミ箱に投げ入れよ。


 日月の臣民とは、三次元の逆立ちした世の中では落ちぶれて苦労の多い境遇にあると下記神示にある。
彼らはミロクの世で初めて世の表に登場するところの、今は地に潜む龍である。

 あめのひつくの民と申すのは、世界治めるみたまの入れもののことぞ、
民草とは一人をまもる入れものぞ、
ひつくの臣民は神がとことん試しに試すのざから、可哀そうなれど我慢して呉れよ、
その代り御用つとめて呉れたら、末代名を残して、神からお礼申すぞ。
何事も神は帳面につけとめてゐるのざから間違ひないぞ、
この世ばかりでないぞ、生れ代り死に代り鍛へてゐるのぞ、
ひつくの臣民落ちぶれてゐると申してあろがな、
今に上、下になるぞ、
逆立ちがおん返りて、元のよき楽の姿になるのが近づいたぞ、
逆立ち苦しかろがな、改心した者から楽にしてやるぞ、御用に使ふぞ。
(ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第37帖)



テーマ : ひとりごと
ジャンル :

新大祓祝詞

 前稿で出て来た「新大祓祝詞(しんおおはらえのりと)」について説明させて頂きます。
 この原型は日本神道古来の「中臣祓詞(なかとみのはらえことば、略して中臣祓)」であり、これが大本の「神事(かみごと)」として完全に復元され、今に伝わっています。
 この「神事」を大本の後に降された「日月神示」に依り、岩戸開きの新時代に合せた形に改めたものが「新大祓祝詞」です。
その経緯は本ブログの過去記事に詳しく書いてあります。

1.旧九月八日からの大祓ひ祝詞
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-76.html

2.天津祝詞の太祝詞事について
http://hituki8910.blog.fc2.com/blog-entry-77.html

 何故、私のような者にこんな大それた事が出来たのかは、「此の神示は世に出てゐる人では解けん。(日月の巻 第36帖)」という日月神示独特の仕組が働いた、としか言いようがありません。

 この大祓(祝)詞は本来、6月末と年末の年2回、全国の神社で奏上されるものですが、私は朝の礼拝後に毎朝これを奏上しています。
これは、自分自身の大祓⇒東北の大祓⇒日本の大祓、つまり、世界の雛型である日本の大洗濯を天地の神々様に祈念するものです。
 同時に、〇から十までの数霊を入れることにより、岩戸開きを祈念する意味合いもあります。
これが、大祓詞(おおはらえのことば)ではなく、大祓祝詞(おおはらえのりと)と、「祝」の一字が入る所以でもあります。

 以下が「新大祓祝詞」の全文で、赤字の部分が大本の「神事(かみごと)」とは異なります。
 なお、中矢伸一氏は、「天津祝詞の太祝詞事」は「ひふみ祝詞」である、との見解を取っています。
しかし、それでは「かくのらば、」以後の「祓戸四柱の大神たち」の働きと文脈が繋がらなくなります。


 三拝八拍手

 たかあまはらにかみつまります。 
もとつ みおやすめおほかみの みこともちて、やほよろづのかみたちを かむつどへにつどへたまひ かむはかりにはかりたまひて、いづのおほかみ みづのおほかみは、とよあしはらのみづほのくにを、やすくにとたひらけく しろしめさむと あまくだりたまひき。
 かくあまくだりたまひし よものくぬち(国中)に あらぶるかみたちをば、かむと(神問)はしに とはしたまひ、かむはら(神掃)ひに はらひたまひて、こととひし いはね(磐根)、きね(樹根)、たちくさ(立草)のかきは(片葉)をも ことやめて、あめのいはくらはなち、あめのやへくもを いづのちわき(千別)にちわきて あまくだりたまひき。
 かくあまくだりたまひし よものくになかを、やすくにとさだめまつりて しもついはねに みやはしらふとしきたて、たかあまはらにちぎ(千木)たかしりて すめおほかみの みづのみあらか つかへまつりて、
 あめのみかげ ひのみかげと かくりまして、やすくにとたひらけく しろしめさむ くぬち(国中)になりいでむ あめのますひとらが、あやまちをかしけむ くさぐさのつみごとは、
 あまつつみとは、あはなち、みぞうめ、ひはなち、しきまき、くしさし、いけはぎ、さかはぎ、くそへ、ここたくのつみを あまつつみとのりわけて、 
 くにつつみとは、いきはだだち、しにはだだち、しらひとこくみ、おのがはは をかせるつみ、おのがこ をかせるつみ、ははとこと をかせるつみ、ことははと をかせるつみ、けもの をかせるつみ、はふむし(昆虫)のわざはひ、たかつかみのわざわひ、たかつとり(鳥)のわざはひ、けものたふ(仆)し まじもの(蠱物)せるつみ、ここたくのつみいでむ。
 かくいでば、あまつみやこと(宮言)もて、あまつかなぎ(金木)を もと(本)うちき(切)り、すゑ(末)うちた(断)ちて、ちくらのおきくらに おきた(置足)らはして、あまつすがそ(菅曾)を もとかりたち、すゑかりき(刈切)りて、やはり(八針)にとりさ(取裂)きて、あまつのりとのふとのりとごとをのれ。 

 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ~。
 たかあまはらに、かむつまります、かむろぎ、かむろみのみこともちて、すめみおやかむいざなぎのみこと、つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに、みそぎはらひたまふときに、なりませる、はらえとのおほかみたち、もろもろのまがことつみけがれを、はらえたまへきよめたまへと まおすことのよしを、あまつかみ、くにつかみ、やほよろづのかみたちともに、あめのふち、こまのみみふりたててきこしめせと、かしこみかしこみもまおす。
おほひつきくにおほかみ、まもりたまへさちはへたまへ、おほひつきくにおほかみ、やさかましませ、いやさかましませ、
 〇一二三四五六七八九十。
(レイ ヒト フタ ミ ヨ イツ ムユ ナナ ヤ ココノ タリ )

 かくのらば、あまつかみは、あめのいはとをおしひらきて、あめのやへくも(八重雲)を いづのちわ(千別)きにちわきて きこしめさむ。
くにつかみは、たかやまのすゑ、ひきやま(短山)のすゑに のぼりまして、たかやまのいほり、ひきやまのいほりを かきわけて きこしめさむ。
 かくきこしめしては、つみといふつみはあらじと、しなどのかぜの あめのやへくもを ふきはなつことのごとく、
あしたのみきり(御霧)、ゆふべのみきりを、あさかぜ、ゆふかぜのふきはらふことのごとく、
おほつべ(大津辺)にをる おほふねを、へ(舳)ときはなち、とも(艫)ときはなちて、おほわだのはら(大海原)に、おしはなつことのごとく、
をちかた(彼方)の、しげき(繁木)がもとを、やきがま(焼鎌)のとがま(敏鎌)もて、うちはらふことのごとく、
のこるつみはあらじと はらひたまひ、きよめたまふことを、たかやまのすゑ、ひきやまのすゑより、さくなだりにお(落)ち、たき(多岐)つはやかわ(速川)のせ(瀬)にます せおりつひめ(瀬織津比売)といふかみ、おほわだのはら(大海原)に もちいでなむ。
 かくもちいでい(往)なば、あらしほの、しほのやほぢ(八百道)のやしほぢ(八塩道)の、しほのやほあひ(八百会)にます はやあきつひめといふかみ、もち(持)かかのみ(可可呑)てむ。
かくかかのみては、いぶきどにます いぶきどぬしといふかみ、ねのくにそこのくにに いぶきはなちてむ。
 かくいぶきはなちては、ねのくにそこのくににます、はやさすらひめ(速佐須良比売)といふかみ、もちさすらひ(持佐須良比) うしな(失)ひてむ。 
 かくうしなひては、うつそみ(現身)のみにもこころにも、つみといふつみはあらじと、はらひたまひきよめたまふことを、よしはらへ あしはらへたまひて、いやさかのみよとこそ さきはへたまへ さちはへたまへ。
〇一二三四五六七八九十百千万歳万歳。
(レイ ヒト フタ ミ ヨ イツ ムユ ナナ ヤ ココノ タリ モモ チ ヨロヅトセ バンザイ)

 八拍手三拝



テーマ : 神様の領域
ジャンル :

世界平和

 神なくして和ないぞ。
世界平和と申してゐるが、神にかへって、神に通じねば和平なく、よろこびないぞ。

(ひふみ神示 第二十九巻 秋の巻 第21帖)


 神不在の平和運動には意味がないという神示です。
異教徒や聖戦を叫ぶキリスト教やイスラム教に、神は在(いま)さないのでしょう。
 そもそも戦争(だけではなく争い事全般)は何故起るのでしょうか?
人々の心に「神の愛」がなく、自分さえ好ければよいという「我よし」の心があるからです。

己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、
それで戦が済むと思うてゐるとは、 あきれたものぞ、
早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。
(ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第1帖)


 艮(うしとら)の金神が建替えの準備段階(建壊し)として世界的な大戦争を引き起したのは、その我よしが生み出したカルマを一掃するためでした。
出口王仁三郎がいう、

神(艮の金神)は偽悪だ。悪に見せて大善をなす。

 がこれです。

 従って、それが終った後、必要なのは、新しいカルマを作り出さないための霊的な仕組です。
日月神示の役目は当にそこにあるのです。
 根本的に身魂の建替え(霊性の向上進化=身魂磨き)がなければ、世界平和など永久に達成されません。
次元上昇など、夢物語です。
 「身魂磨き」の重要性については、「日月神示」に“耳にたこが出来る”くらい繰り返し説かれています。

 その身魂磨きの軽視こそ、チャネリング・メッセージが仕掛けた最大の罠であり、自称ライトワーカーたちが嵌った陥穽(かんせい、落し穴)ではないでしょうか。


テーマ : スピリチュアル
ジャンル :

苦しみとは・・・

神に従へば楽になって逆らへば苦しむのぞ。
(ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第19帖)

 結局、苦しみとは「神の法則」の教育なのです。




テーマ : スピリチュアル
ジャンル :

堀進と神と666の対話

堀進: 光の部屋がないと完全覚醒できません。(0630)
 
神: そなたは一足飛びに二階に上りたい気持がぬけない。
何事も一段ずつ、一歩づつ進まねばならん。
それより他に進み方はないのぢゃぞ。
(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第40帖)

小学生が大学生のまねしてはならん。
(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第35帖)
 
金は金、鉛は鉛ぞ。鉛を金にしようとしてはならん。
鉛は鉛として磨かねばならんぞ。浄化とはそのこと。

(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第40帖)

666: 堀進が金なのか鉛なのか、或いは銀や鉄なのか、私には判りませんが、光の部屋に入っても鉛が金になるわけではありません。
初めから鉛だったのではなく、長い間の自由意志による選択が霊格を決めたのです。
神の法(因果律)を曲げることは誰にも出来ません。


堀進: 私がゴミ拾いをしているのを公表するのは、賞賛されたいためだとか、名前を売りたいためではありません。利他の心を普及させたいためであり、そのような社会になってほしいためです。自分のためだけなら、誰にも公表せず、黙々とゴミ拾いをします。それでは利他があまり普及しません。(0702)

神: 自分で世界を建直すような大きこと申して御座るが、そなたのくせを治すこと(身魂磨きの一つ)が最も大切な御用ではないか。
これに気がつかねば落第ぞ。
(ひふみ神示 補巻 月光の巻 第52帖)

たれ一人、悪いわがままの癖持たん人間ないぞ。
その癖を直して行くのが、皮むくことぢゃ。改心ぢゃ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第90帖)

666: 次元上昇のために、改心、掃除洗濯、身魂磨き(=霊性の向上)が、今、何より求められています。
他人や、世の中をどうこうしたいと言う前に先ず、自分の霊性向上を優先すべきです。その、霊性向上は我よし(利己主義)では出来ません。
 
みたまみがきとは善いと感じたこと直ちに行ふことぞ。
(ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第67帖)

人に知れん様にする好い事神こころぞ。
(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第7帖)

666: 私のゴミ拾いは、善いと感じたことを直ちにしているだけです。それが身魂磨きになっています。
 それを黙って続けていると、神の心に近づく行になりますが、いちいち公表すると何故か人は美しいと感じません。
だから共鳴するより、そっぽを向く方が多いでしょう。
やる人は、他人がどうであれ、自分からやります。
 
神: 今までは悪の世でありたから、己殺して他人助けることは、此の上もない天の一番の教といたしてゐたが、それは悪の天の教であるぞ。
己を活かし他人も活かすのが天の道ざぞ。神の御心ぞ。
(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第1帖)

666: 自分の霊性が向上すれば、目に見えない波動の影響は思いがけないほど広範囲に及び、多くの人を助けることも出来ます。神も手を添えて下さいます。
だから身魂磨きは、己を活かし他人を活かすことが出来る天の道なのです。

神: いよいよとなりたら神が臣民にうつりて手柄さすなれど、今では軽石のような臣民ばかりで神かかれんぞ。
早う神の申すこと、よくきいて生れ赤子の心になりて神の入れものになりて呉れよ。
一人改心すれば千人助かるのぞ、今度は千人力与えるぞ、
(ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第12帖))

人民磨けたら、神が人民と同じ列にならんで経綸(しくみ)致さすから、これからは恐しい結構な世となるぞ。
(ひふみ神示 第十四巻 カゼの巻 第10帖)



テーマ : アセンション(次元上昇)
ジャンル :

半霊半物四次元界

 四次元以上の霊界を特徴づけるものに、テレパシー通信と、想念移動と、想念による物体の創造があります。
現在、我々がどう意識を集中したところで、そんなことは一般的に不可能ですから、未だ次元上昇は起っていません。
 その上、霊界を構成する原子、分子は物質界のそれとは異なっています。
日月神示には「来るべき世界が、今迄のような物質でない物質の世となる」とハッキリ書かれています。

このこと判れば来るべき世界が、半霊半物、四次元の高度の、影ないうれしうれしの世であるから、人民も浄化行せねばならん、
今迄のような物質でない物質の世となるのであるぞ。
(五十黙示録 第三巻 星座之巻 第12帖)

太陽は十の星を従へるぞ、原子も同様であるぞ。
物質が変るのであるぞ、人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ、
(五十黙示録 第六巻 至恩之巻 第16帖)


 次元上昇後の世界は「物質が変る」のです
どんな物質に変るか、ハッキリとは判っていませんが、未だ変っていないことは確かです。
 
 光の灯台さんがいう、「五次元の中に三次元の現実がある」というのは、霊学的には当り前のことを言っているのに過ぎません。
例えば、霊的真理のことを考えている時、私の意識は五次元界にありますが、一方、肉体は三次元界にあり、物質界の束縛を逃れることは出来ません。
宇宙も人間も元から多次元構造になっているのです。
 次元上昇をする、ということは、一番外側(低次元)の世界が四次元以上になる、ということです。

 冒頭に挙げた「想念による物体の創造」がどのように行なわれているのか、アストラル界(幽界)の場合を御紹介しましょう。
尚、五次元のメンタル界では、これとも違って殆んど瞬間的に行われます。
メンタル界の質料がアストラル界より更に「軽く」、住人の意識も進化しているからです。

 出典は、「ベールの彼方の生活」 G.V.オーウェン著 近藤千雄訳(潮文社)で、「真正スピリチュアリズムの考察 雑感 - 思念の力3」http://spiritualismjp.blog.fc2.com/blog-entry-654.html)から借文しました。

(引用開始)
 「全員である一つの偶(偶像の偶)を念じてその出来具合を見ました。
私たちが選んだのは、後で調べるのに都合が良いように、固くて長もちをするものということで象に似た動物でした。
但し、象とは少し違います。こちらにはいますが地上ではもう絶滅しました。
 私たちは空地で円座を組み、その動物を想像しつつ集中しました。
すると意外に速くそれが目の前に姿を現わしました。

こんなに速く出来るものかと皆で感心しました。
しかし私たちの目には二つの欠点が見えました。
 一つは大き過ぎるということ。全員の意念を加減することを忘れたのです。
もう一つは、確かに生きた動物ではあるけれど、部分的には石像のようなところもあることです。
生きた動物を想像して念じた者が多かったからそうなったので、結局は石と肉の混合のような、妙なものになってしまいました。
 他にも挙げれば細かい欠点が色々と目立ちます。
たとえば頭部が大き過ぎて胴が小さ過ぎました。念の配分が片寄っていることを示すものです。
 こういう具合にして欠陥を知り、その修正方法を研究します。
実験してみてその成果を検討し、再びやり直します。
ここに紹介したのがその一例というわけです。

 そうして拵えられた像から注意を逸(そ)らして語り合っていると、その像が徐々に姿を消して行きます。
そこでまた新たにやってみるわけです。
 私たちは同じモデルは二度と使用しないことにしました。
送念の仕方が一つのパターンに嵌ってしまう恐れがあるからです。
そこで今度は果実の着いた樹木にしました。
オレンジの木に似ていますが、少し違います。

 こんどは前よりも上手く行きました。
失敗点の主なものとしては、果実が熟したものと熟していないものとがあったこと。
それから葉の色が間違っていましたし、枝の長さにまとまりがありませんでした。
 こうして次から次へと実験し、その度に少しづつうまくなって行きました。
あなたにはこうした学習の愉(たの)しさや、失敗から生れる笑いやユーモアが、ある程度は想像して頂けると思います」
(引用終り)

 上の記述のように、「一度拵えた物体が徐々に姿を消す」のは特別な場合に限られます。
以前の記事で御紹介したオムネク・オネクの著書から引用しましょう。

「オムネク・オネク 著 私はアセンションした惑星から来た 益子祐司 訳 徳間書店」

第5章 アストラル界の仕組みと自然の法則(抜粋)

 「アストラル界においては、人は思念の力だけでどのような形態の物体でも顕現させることができます。
家屋、衣服、家具、植物、食べ物、宝石類、そして想像可能なものなら何でも創り出せますが、そのためには特別な精神的プロセスを用いる必要があり、それは幼い頃に習得するように求められます。
 創造にはいくつかの制限があります。
自分が創り出した物体を破壊することや、元のエネルギーに還元することはできません。
物体はその創造者がアストラル界からいなくなった時にのみ消滅します。

666註: 他人が創った物でも、自分の物として使用していると、元の製作者の磁気が消えても物が消滅することはないと思われます)
ただし初めから期間限定で一時的に存在させる意図で創造されたものは例外です。
 たとえば、もし私が玩具を創造してすぐにそれに飽きたとしたら、その形を変えて別の種類の玩具を作ることはできても、それを指差すだけで瞬く間に消し去って、無に帰することはできないのです」
(引用終り)

 想像可能なものなら何でも創り出せるということは、逆に言えば、想像出来ないものは創造できないということです。
その上、習得や学習が必要だということは、能力に個人差も出るでしょう。
言い換えれば、「モノ」によっては造れる人と造れない人がいるということです。
他人への奉仕が喜んで行われることでしょう。


テーマ : アセンション(次元上昇)
ジャンル :

人間心と神心

堀進: 「二年ほど前にウン万円を東北地震に寄付したとき、寄付者の名前を公表しないでほしいと言っておいた。そしたら、後悔するようになった。
 匿名の寄付は闇から闇へと送られることが多く、どこかで不正に利用されないとも限らない。
信用はしているが万一ということもある。寄付は匿名でしないほうが良い」

神示: よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが、
(ひふみ神示  第六巻 日月の巻 第16帖)


666: 堀進氏が東北地震に寄付したことをブログに公表した途端、この善行の陰徳は神の帳面から除かれてしまいました。
魂の貯金が減ってしまったのです。
 寄付が正しく使用されるかされないかは、三次元世界の話です。
魂の貯金には影響しません。
御心配なら記名で寄付したら宜しい。陰徳にならないだけです。

堀進: 「善行は公表しないでやれ、とのことだけれど、利己ではなく利他だから、どんどん公にするべきだと思います。利己社会より利他社会になってほしいから」

神示: 人に知れん様にする好い事神こころぞ。
(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第7帖)


666: 利他そのものである神や宇宙人が、自分のしているよいことを人間に知って貰いたいと思うでしょうか?
人に知れるようにするよいことは人間こころというのです。
それが如何なるものかは自分の心に訊けば解ります。
 堀進氏は確か、「自分は神のようになる」と、言っていたように記憶していますが、未だ無理のようですね。
でも、まあいいんじゃないですか。
何事も一足飛びにはゆきません。一歩、また一歩です。

 基本的に、この「人に知れないようによいことをする」と言う行為が、「霊性の進化」に物凄い効果があることと、その「霊性の進化」が、創造神(宇宙)の至高の目的だ、ということを理解している人は稀である。


テーマ : スピリチュアル
ジャンル :

鉄をダイヤモンドに変える 

 堀進氏がロケットバスさんに触発されて自分もゴミ拾いを始め、「ゴミを捨てる人が少なくなり、拾う人が多くなってほしい」ため、ブログに公開した…。
それはそれで良いのですが、それによって得られる霊性の向上という、この世で得られる最も大切な成果は僅かなものです。

よき事も現れると帳消しとなる事知らしてあろが、
人に知れぬ様によき事はするのざぞ。
この事よく深く考へて行へよ。

(ひふみ神示  第六巻 日月の巻 第16帖)

人に知れん様によいことつとめと申してあろが。
人に知れん様にする好い事神こころぞ。
(ひふみ神示 第十二巻 夜明けの巻 第7帖)


 上の神示に込められた神の叡智がどれほど深いものかを、私は身を以って知っているが故に先の記事を書いたのです。
所期の目的は一応達成されているのですから、今後は、たとえ炎天下で汗みずくになって、熱中症で倒れそうになってもやり抜いて、なおかつ、黙っていることです。
 それが、鉄をダイヤモンドに変える魔法です。
それを解った上で、どちらを選ぶかは、堀進氏の、否、このブログを見ている人総ての自由です。
それとも、「光の部屋」があれば、そんな苦労は必要ない、と思いますか?
それが悪魔の罠だと私には思えるのですが…。

神の法則は魂の進化を至上目的として働きます。
(近藤千雄 訳編 「古代霊は語る」 潮文社刊 第二章 より)

知識は無いよりは有った方がましです。
が、その人の真の価値は毎日をどう生きてきたかに尽きます。
つまりどれだけ人のために尽したか、内部の神性をどれだけ発揮したかにかかっています。
大切なのはそれだけです。

(近藤千雄 訳編 「古代霊は語る」 潮文社刊 第五章 より)



テーマ : スピリチュアル
ジャンル :

神のキを頂く

神前に向って大きくキを吸ひ肚に入れて下座に向って吐き出せよ、
八度繰り返せよ、神のキ頂くのざぞ、キとミとのあいの霊気頂くのざぞ。
(ひふみ神示 第十三巻 アメの巻 第15帖) 


 これは、私が毎日、朝夕の礼拝時に行い、過去の合同瞑想の時にも取り入れた呼吸法です。
過去記事「12-12-12 にすること」参照。
また、過去記事身体がぽかぽか温かいでは参考記事(2)として次のような記載もしました。

「参考記事(2)

 日月神示の神のキを頂く」という行為は、チャクラと深い関係があるようです。下記記事をご参照下さい。(コメント欄に私の投稿があります)

松果体と太陽神経叢」ー真正スピリチュアリズムの考察http://spiritualismjp.blog.fc2.com/blog-entry-624.html#comment33

 ところが、最近のチャネリングメッセージの中に殆んど同じ内容の記述を発見しました。(※)
文中、「胸骨の下の胸の中に小さい炎があり」とあるのが、第三チャクラ(太陽神経叢)です。
また、赤字で記した末尾の四行には特に御注目下さい。

「あなた方が望むのなら、以下のことを試してみるようお勧めします。

静かに座り、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出してください。
胸骨の下の胸の中に小さい炎があり、それが暗闇の中のキャンプファイアのように大きくなってゆくと想像してください。

細かいところまで感じられるように、具体的なイメージを描いてください。
その炎は実際には三位一体です。
相互に絡み合い、お互いに包み合っていて動きを止めません。
色を感じてください。
青、緑、黄色、及びピンクです。

人が闇、光のいずれに従っていても、それは、人の中に存在する聖なる三位一体です。
松果体と、魂と体の接点であるこの炎第三チャクラ=太陽神経叢)なしでは、肉体は生命を維持できません。
それはあなた方と天すなわちソウル体との、言い換えれば、多次元の自己と究極の存在であるハイアーセルフ
(高我)とをつなげるものなのです

666註)

 神智学では第三チャクラについて、
「この中枢は特に光輝が強く、太陽を彷彿させる。
 それは気圏から活力小球を吸収し、それを特殊の変性をした(七種の)プラーナを帯びた原子に分解して、肉体の各部に配分する最も大切な、かつ、独特の機能を営む。
 七種のプラーナはそれぞれ菫色、青色、緑、黄、橙、暗赤色、バラ色を呈している」
と記載されています。
この「炎」が第三チャクラを意味していることは明白です。
 また、この「三位一体」はキリスト教の三位一体ではなく、神智学三位一体だと思います。
神智学では、太陽司神(太陽ロゴス)の三つの側面を第一ロゴス(神性)、第二ロゴス(生命)、第三ロゴス(力ー質料)と捉え、この三側面は三位一体であると説きます。
 私が神智学を学ぶきっかけを与えて呉れたのは国常さんですが、今になってこんな所で役に立つとは意外です。


「GFLサービス」(たきさんのホームページ)
http://www12.plala.or.jp/gflservice/DivineDirectorJourneyAhead130120.html
「偉大な天の指揮者…これから先の旅」(2013年1月20日)


テーマ : スピリチュアルワールド
ジャンル :

神国の政治経済(3)

今の文明なくせんと申してあろうが、
文明残してカスだけ無(のう)にいたすのぢゃ、

取違ひ慢心致すなよ。
(ひふみ神示 第十四巻 カゼの巻 第5帖)

今の文明なくなるのでないぞ、たま入れていよいよ光りて来るのぞ、
手握りて草木も四つあしもみな唄ふこととなるのぞ、
(ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第11帖)

 
 前回の記事で書いた「何でも只」という社会は、次元上昇後の「お宝社会」(三つ前の記事「神国の政治経済」参照)と同時期なのか、それとも前か後なのでしょうか?
当初、私は前だと思っていたのですが、実際、前でも可能だったと思われるのですが、それは実現しませんでした。
 しかし、考えてみると、後の方が断然容易です。
何故なら、地上の四次元化が進むと、住民の一部が想念で物を創造出来るようになるからです。
霊的な指導者であるマスターとは別に特定の分野に精通した技術的な準マスターが出現するでしょう。
想念で複雑な「モノ」を造るには、その構造を熟知していなければならないからです。つまり、専門家が必要です。
部品まで考えると、やはり一つの組織化された集団が必要でしょう。
 こういう人達が増えて来ると、現在のように、原材料を加工したり組み立てたりする工場はもはや不要になります。
自動車でも電車でも飛行機でも船でも只で造れるのです。
彼らが自分では造れない人達の為に只で奉仕するようになるのは自然の成り行きです。(勿論、支配者層や自分自身の利己心と戦わなければなりませんが、)

 その内、想念移動が一般的になって来ると、交通機関そのものが不要になって来ます。
日常生活では歩いて移動するのですが、少し遠方であるとか、川や海を渡る時には心で念ずるだけで瞬間移動してしまうからです。 
替って、お馴染みの円盤型スカウトシップであるとか、惑星間移動の際に居住する巨大な宇宙船などが登場して来るでしょう。 
 ミロクの世などというと、何か原始共産主義社会のようなイメージがありますが、現在、金星のアストラル界に栄えている黄金文明は全く別種のものです。(「私はアセンションした惑星から来た」オムネク・オネク著 益子祐司訳 徳間書店)
その金星でも、長い苦難の時代が続いた末に、「お土にまつらふ」=大地と共に生きる、ことから再出発したのです。(以下、私の昔のブログ記事から引用)

 「結局のところ、金星の大衆は自分達が置かれた情況にうんざりして来たのである。
利己主義や貪欲は、それに嫌気が差すまで何百万年にも亘ってこれでもかこれでもかと悲惨な状況が続く中で、それを乗り越える機運が自然に熟して来るのである。
長い時間をかけて労働者階級は彼らの同志を選挙によって政界の上層部に送り込むことに成功し、ついに待ち望んだその日、「始まりの時」を迎えた。
 その記念すべき日、金星で最も尊敬されていた指導者達は政府と軍隊を撤廃したのである。
都市部の人々は喜び勇んで持っていたお金を放り投げ、家も車も何もかも捨てて、ただ、衣類、食料、野菜の種、テクノロジーの知識と製造のための技術だけを携えて田舎に向かって行進を始めた。
彼らは、お金に縛られ雇用者に自分のすべての時間を提供することは奴隷状態に他ならないことに気づいたのである。
彼らが目指したのはシンプルな自給自足の生活だった。
 従う大衆がいなくなっては政府も機能せず、工場も動かなくなり、市場も消滅し、今や支配階層は最も貧しい者となってしまった。
若干の空しい抵抗を試みた後、彼らは金星を見限り、宇宙船に乗って地球へ向ったという。
彼らが今に続く地球の支配階層の遠い祖先となったであろうことは想像に難くない」
 
 地球の場合、2015年の「海が陸になり陸が海になる」大変動により、文明も国家も消滅した後、同じようにして始まるのでしょうか。

 五次元以上の「ミロクの世」の本当の姿は、シルバー・バーチが最も正しく伝えていると思います。(当ブログ「みろくの世(1)」参照)


テーマ : アセンション(次元上昇)
ジャンル :

神国の政治経済(2)

 ここに御紹介する日月神示は、多分、次元上昇以前を対象としたものです。
一読して「そんなバカなことが出来るわけが無い!」と思われるような内容ですが、良く考えてみると、案外そうでもないのです。
 身近な例を挙げて考えてみましょう。
私は、月に11万円程度の年金という形で生活費を支給されています。
家も畑も井戸も薪を採る広い山林もあるので、電気、テレビ、電話、インターネット、プロパンガス、車2台の必要経費、税金等を支払い、欲しいものを買って尚、余りがあります。
もし、電気その他の物品やサービスが全部只で税金も無いのであれば、年金は必要ありません。
車が欲しければ自動車販売店へ行って気に入った車を只で譲り受け、ガソリンスタンドで只のガソリンを入れて帰って来る。
もっと広い家が欲しければ、工務店へ行って建ててくれるよう依頼し、その費用も全て只。
じゃ、お店の人の生活はどうなるのか、と言えば、その人達も只で何でも手に入るので給料が無くても少しも困らない。
じゃ、その人達はどうして働くのか、といえば、遊んでいてもしょうがないから、他人様の御役に立ち、喜んで貰うために働くのです。
こういうことが可能になるためには、
「この世の物は総て神のものである」と言う大原則を人類の共通認識として持つこと。
世界一斉に通貨を廃止すること。
「真の喜びは他人のために何かをすることから生れる」を倫理の根幹とすること。
そのために、人の霊性が一定の水準以上に進化向上すること。

などが必要でしょう。
(今日、私は、この神示を涙なくして読むことが出来ませんでした)

今の政治はむさぶる政治ぞ、神のやり方は与へぱなしざぞ、 (ウズ)ぞ、マコトぞ。
今のやり方では世界は治らんぞ、道理ぢゃなあ。
天にはいくらでも与えるものあるぞ、
地にはいくらでも、どうにでもなる、人民に与へるものあるのざぞ、
おしみなく、くまなく与えて取らせよ、
与へると弥栄へるぞ、弥栄になって元に戻るのざ、
国は富んで来るぞ、神徳 満ち満つのぢゃ、この道理判るであらうがな。
取り上げたもの何にもならんのぢゃ、ささげられたものだけがまことじゃ、
乗るものも只にせよ、田からも家からも税金とるでないぞ、年貢とりたてるでないぞ、何もかも只ぢゃ、
日の光見よ、と申してあらうが、黄金(きん)はいらんと申してあろが、
暮しむきのものも只でとらせよ、只で与へる方法あるでないか、
働かん者食ふべからずと申す事 理屈ぢゃ、

理屈は悪ぢゃ、悪魔ぢゃ、働かん者にもドシドシ与へてとらせよ、
与へる方法あるでないか、働かんでも食べさせてやれよ、
何もかも与へぱなしぢゃ、其処に神の政治始まるのぢゃぞ、神の経済あるのぢゃ。
やって見なされ、人民のそろばんでは木の葉一枚でも割出せないであらうが、
この方の申す様にやって見なされ、お上は幸でうもれるのぢゃ、
余る程与へて見なされ、お上も余るのぢゃ、此の道理判りたか。
仕事させて呉れと申して、人民 喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、
皆々神の子ぢゃ、神の魂うゑつけてあるのぢゃ、長い目で見てやれ、

おしみなく与へるうちに人民 元の姿あらはれるぞ。
むさぶると悪になって来るのぢゃ、今のさま見て改心結構ぞ、
そろばん捨てよ、人民 神とあがめよ、神となるぞ、
泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ、
元の元のキの臣民 地(くに)の日月の神ぢゃと申してあろがな。

(ひふみ神示 第十八巻 ヒカリの巻 第3帖)



テーマ : 伝えたい事
ジャンル :

神国の政治経済

 最近、私はチャネリングメッセージに全く興味が無くなりました。
唯一、心に残ったのはマスター イブラヒム・ハッサンのメッセージだけです。
このメッセージの特徴は、次元上昇が二段階で起り、かってエドガー・ケイシーが予言し、日月神示に「海が陸になり、陸が海になる(上つ巻第3帖)」と記されている地球の大変動が2015年に起ると言っていることです。
唯、従来と異なり、この大変動は三次元界ではなく、四次元界で起ります。
四次元界(アストラル界幽界)の様子は、霊界通信等で良く知られており、全く違和感がありません。
人の想念が形に現れる点では物質界も幽界も本質的に同じです。
他のチャネリングメッセージが、地球は既に五次元になっているとか、全員次元上昇できるとか、馬鹿馬鹿しいことを言っている中で唯一、霊学的に見てまともです。
改めて、そのタイムスケジュールを示しますと、

四次元の相は、2013年から2020年まで。
五次元の相は、2020年から2032年まで。
(2032年~最終段階)


 この前半の7年間に社会システムがどの様になるかを示唆している日月神示があります。
イブラヒム・ハッサンのメッセージでは、
・ 正義、平和、及び愛を実践するための新しい憲法と法律の承認。
新経済システムの開示と告知、及び新技術のダウンロード。

となっている所です。
チャネリングメッセージをサニワ(審神)する一つの物指しになると思います。

神国の政治経済は一つざと申してあろうがな、
今の臣民に判る様に申すならば、臣民働いてとれたものは、何でも神様にささげるのざ、神の御社は幸でうづもれるのざぞ、御光輝くのざぞ、光のまちとなるのざぞ。神からわけて下さるのざぞ、
其の人の働きによってそれぞれに恵みのしるし下さるのざぞ、それがお宝ぞ、
お宝 徳相当に集まるのざぞ、キンはいらんと申してあろがな、
元の世になる迄に、さうした事になって それからマコトの神の世になるのざ。

神の世はマツリあるだけぞ、それ迄にお宝下さるのざぞ、お宝とは今のお札(さつ)の様なものざぞ。
判る様に申すなら、神の御社と臣民のお役所と市場と合した様なものが、一時は出来るのざぞ、
嬉し嬉しとなるのざぞ、マコトのマツリの一(ハジメ)ざぞ。
(ひふみ神示 第八巻 磐戸の巻 第13帖)

神の国には、政治も経済も軍事もないのざぞ、まつりがあるだけぞ。
まつらふことによって何もかもうれしうれしになるのざぞ。
これは政治ぞ、これは経済ぞと申してゐるから「鰻つかみ」になるのぞ、分ければ分けるほど分からなくなって手におへぬことになるぞ。
手足は沢山は要らぬのざぞ、火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣(おみ)とあればよいのざぞ。
ヤとワと申してあろうがな、その下に七七ゝゝゝゝと申してあろうがな。
(ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第30帖)



テーマ : アセンション(次元上昇)
ジャンル :

プロフィール

日月の民草

Author:日月の民草
 ハンドルネーム666です。

五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。
六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、
六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、
666となり又六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
(五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第15帖)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。